タイトル:【観察】 実装石の日常 庇う
ファイル:実装石の日常 39.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:6635 レス数:5
初投稿日時:2010/01/22-23:00:23修正日時:2010/01/22-23:00:23
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 実装石の日常 庇う




「みんな、逃げるデス——————!!」


親の叫び声を聞くや否や、ダンボールの奥で転がっていた仔実装たちが立ち上がる。

長女は妹たちが立ち上がったのを見て確認すると、ダンボールから飛び出す。


「みんなも付いて来るテチィィ!!」


仔実装たちはわらわらとダンボールハウスから駆け出していく。

姉妹はよそ見をしたり、おしゃべりもしない、一目散に走っていった。

少し離れた茂みに、最後の一匹が姿を消すと、もう一度親実装は声を張り上げた。


「今日の練習はお終いデス————」


茂みの中から、ぞろぞろと仔実装たちが引き返してくる。


「今日もみんな上手だったデス、ママはとっても嬉しいデス———」


親に褒められ、戻ってきた仔実装たちはうれしそう。


「もし、悪い奴が来ても今みたいにちゃんと逃げるデス。 そうすれば、またみんな仲良く暮らしていけるデス」


テチテチ、と仔実装たちがうなづく。

こうした訓練は毎日繰り返されてきた。

顔に小さい火傷がある親実装、1匹ずつ頭をなでて褒めてやる。

親自身、仔の時に巣を襲撃され九死に一生を得て以来、用心を重ねてきた。

用心と訓練が命を守る唯一の方法だと信じている。


「でももし動けない仔がいても、まず動ける仔だけで逃げるデス、これは大事な約束デス」


と最悪の事態を想定して、釘を刺す事を忘れない親実装であった。

テチテチ騒いでいる仔たちも、黙り込む。


「わかってるテチ」


と長女。


「分かってるテチ、動けない仔は助けようがないテチ。 私たちを襲うのは動物かニンゲンかほかのおとなの実装石テチ。

動けない仔に構って少しでもとどまれば、あっという間に残った仔も殺されてしまうテチ。

私たちの脆弱さを考えれば、ただの愚行テチ、自己満足にさえならないテチ」


「そ、そうデス」


親実装は賢いが冷徹な長女をもてあましていた。

もっとも、


……これくらいでないと、公園では生き残れない


と思うのであった。





*************************************





いくらか日にちが流れる。

一家の暮らす公園はすっかり飢えた公園と化していた。

あれほど行なわれた愛護派の餌撒きは滅多に起こらないし、あっても周囲は奪い合いから壮絶な殺し合いになっている。

やっとコンペイトウを拾い食いすると、その個体は七転八倒して死んだ。


公園を見渡せばあちこちに野良実装の死骸が腐って転がり、時折、実装石の悲鳴や絶叫が聞こえてくる。

公園の荒廃ぶりは筆舌につくしがたい。

なぜなら、公園に暮らす実装石にとって、公園とはほぼ全世界に等しいからだ。

たしかに公園からゴミ捨て場やそれどころか人家まで遠征して物色する者もいる。

しかし、所詮は公園という策源地からの遠征にすぎない。


野良実装のほとんどは公園で生まれ、公園で暮らし、公園で死ぬ。


だから、この親実装も違う公園へ逃れることを数少ない、親しい成体実装から勧められたとき断ったものだ。


その親しい個体と別れたとき、親実装も心配がなかったわけではない。

それでも公園残留を選んでよかった、と親実装は思う。

我が家で出迎えた我が仔の笑顔を見たときだ。


……もし、公園を出て違う公園を目指したとしよう。 でもその時この仔たちはどれだけ生き残れるだろう。


夜、仔実装たちの寝顔を見ながら親実装は考えた。

賢く度胸のある長女はともかく、ほかの仔実装は数日の旅に耐えられるとはとても思えない。

外敵や飢えや渇きや疲労や自然を乗り越えて、他の公園にたどり着くのは仔実装には極めて困難だった。

親実装は賢さから、渡りを選ばなかった。


ある早朝、公園からよその一家が抜け出していく姿を見た。

取り残されたようで、心中は穏やかではなかった。


それでも生きていく以上、不安を口にしているだけでは餓死してしまう。

親実装は雑草からまだ口にできそうな若葉を選ぶと、コンビニ袋にそっと入れた。

備蓄はある。 だが可能な限り雑草などで飢えを凌がねば、彼女たちも近所のように家族で共食いしかねない。

親実装が自分のダンボールに近づくと、迫る影があった。


「デジャ————————————!!!!!」


禿裸の成体は、いきなり大声で威嚇を発した。

これには親実装も肝を潰して、大切なコンビニ袋を落としてしまう。


「……………」

「……………」


一瞬、両者は飢えからか落ちたコンビニ袋に目が行く。


「デジャ————————————!!!!!」


が、禿裸は威嚇を再開する。

親実装は怯んだ。

禿裸であるにもかかわらず、この個体は体力がある。

恐らくは共食いによって体力を得、そしてその精神はすでに異常な状態にあるのだろう。

比べて自分は飢え、体力は乏しい。


……逃げようか


一瞬、渡来した怯え。

だが親実装はそれを振り払うと、大きく口を開けた。


「デジャ————————————!!!!!」

「デジャ————————————!!!!!」


即禿裸も威嚇で応酬した。


「デジィィィャ————————————!!!!!」

「デデデデジャ————————————!!!!!」


威嚇の応酬が続く。


「デジィャ————————————!!!!!」

「デジャ——————————アアアア——!!!!!」


どちらもただ生き残るがため、全身全霊の威嚇を繰り返す。

五分ほどもたったろうか、息が上がった禿裸に、余力で最後の威嚇をする親実装。


「デジャ—————————————————————————————————————————————!」


びくんと震えた禿裸、背を見せて逃げ帰っていく。

実装石の威嚇は戦意を喪失したほうが逃亡して決着を見た。

禿裸が姿を消すと、親実装も座り込んでしまう。


「ママ——————————ッ」

「怖かったテチャアア!!!」

「テヒャ———————————————。 でもママ強いテチ、すっごく強いテチィ!!!」


怯え、しかし親の勝利に歓喜している仔実装がダンボールから出てきた。

喜ぶ仔実装に囲まれながら親実装は自分の判断の正しさを確信した。


その日の夜、寝付く前に親実装は珍しく星空の下で、仔実装たちに言う。


「この公園は、ゴハンが本当に減ってしまったデス。 仲間は多いのにゴハンが入っている大きな箱は空っぽ、ニンゲンさんも来ないデス。

賢い家族は違う公園を探して出て行ってるデス」


「私たちも行けばいいテチィ!」


叫んだ次女の頭を撫でてやりながら、親実装。


「ママもそれは考えたデス。 でも公園のお外はとっても、とっても危ないデス。 まだ小さいお前たちには越えられないデス。

だからママはこう考えたデス。 お前たちがおとなになるまでがんばるデス。 お前たちがおとなになったら、大きくなったら

みんなで違う公園を探すデス。 そこで、ずっとみんなで幸せに暮らすデス」


遠大な計画を聞かされた仔実装たちは声もなく目を潤ませる。


「でもそれまではゴハンを我慢してほしいデス。 つらいけど、これが一番デス」


テチテチ、と仔実装がうなづく。


「我慢するテチ」
と4女。

「大きくなったらみんなで違う公園を探すテチ」
と次女。

「みんなと暮らせるなら、なんでも出来るテチ—」
と6女。

他の姉妹もどんどん賛成していき、親実装も目を潤ませた。


「これは簡単なことではないデス。 でもみんなで乗り切れる事デス」


……それほどこれは分の悪い賭けではない。 

……ダンボールの中でなんとか飢えを耐え凌げば、仲間が減って公園もよくなるだろうし、襲撃は撃退できる自信はある。

そう親実装は確信して大きな分かれ道を自分で選んだほうへ進んだ。




*************************************




さっそく、前からあった餌の制限がさらに厳しくなった。

育ち盛りの仔には辛いに違いない。

分けられた雑草をぐちゃぐちゃと咀嚼し終えた仔実装が呟いた。


「ちっとも足りないテチ」


「我がまま言う仔は、ママに置いていかれるテチ」


愚痴を言う4女を3女が制した。

顔を青くさせる4女に微笑んでやる親実装。


「今はお腹が空いても、新しい公園でたくさん、たくさん食べられるデス。 ママといっしょにがんばるデス」


厳しい制限を始めて3日目。

親実装はなにか足しになる物はないか、と公園内を物色していた。

何かが騒がしい、近づくと白い服装の人間が何かをばら撒いているではないか。

口にした途端、死んでいく仲間。

それを見ながら食べることを止めない仲間。


異常事態を感じた親実装は、その場を離れた。

他の賢い個体も、踵を返して逃げ出す。


親実装はかつて聞かされた話を思い出していた。

実装石が増えすぎると、どこからか白い悪魔がやって来て、大勢の実装石を皆殺しにする、と。


自分の巣に向かう途中、公園の入り口が板で塞がれていく光景を見た。

この双葉児童公園は低いがフェンスで囲まれており、入り口を塞げばもう逃げ場はない。

とぼとぼと歩くスカーフを被った実装を気づきもせず追い越して、彼女は我が家に戻った。









ダンボールに入ると叫ぶ。


「持てるだけの物を持つデス! すぐにお家を捨てるデス! さあ早くデス!」


いきなり言われても仔実装のほとんどがぼんやりと聞いている。


「白い悪魔が来たデス!!! 実装石へ悲しいことをしに来たデス! あいつらはダンボールに隠れていても、実装石を殺すデス!」


仔実装たちがざわめく。


「悲しいことをされるのは嫌テチャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「テヒャアアアアアアアアア!」

「だから早く避難を」


「デギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


断末魔が聞こえる。


「デギャア————————————————————————————!!!」

「助けて、助けてデ、デギャアアアアアアアア!」

「テチャアアアアアアア————————アアア!!!」


一家が外を見ると、駆除に来た市役所の職員がバールのような物で公園中の実装石を有象無象の区別なく虐殺していた。


叩いて潰す。

踏み潰す。

叩きつける。


何の感動もなく、淡々と、かつ一方的に実装石は殺されていく。



間近で絶叫が起こる。


……もうこんな近くまで!


1匹の実装石が頭部を砕かれて地面に倒れこむ。

バールを赤と緑に染め上げた職員は、一家が目に留まったらしく、ゆっくりと近づいてくる。


「みんな、何も持たなくていいデス! 急いで逃げるデ————————ス!」


言い終えるや否や、親実装はダンボールを飛び出す。


……大きい


駆除の職員と対峙した親実装は、改めて体格の差を思い知った。

だが彼女には怯えたり逃げたりする贅沢は許されない。

我が仔たちを守るため、人間に真正面から向かい合う。


ちら、と我が仔の安全を確認しようとするが、ダンボールから出て行った姿は見えない。

茂みまではまだ逃げ込める時間も無かったのだから、ダンボールにとどまってる事になる!


「早く、早く逃げるデ————————ス! 早————————く!」


親実装が叫ぶと、1匹だけダンボールから出てきた、長女だ。
真っ青な顔で親実装に言う。


「みんな怖くて動けないテチャアアア!!!!!」


目の前で同じ種族が殺戮されて、平気でいろ、逃げろ、というもの酷な話だろう。
ましてやまだ幼ければなお更だ。
これで仔実装が逃げ延びる可能性はほぼ消え去った。


親実装は何を思ったか。


だが沈黙は刹那。


「長女————————!」


響き渡る声。


「お前だけでも逃げるデ————————ス!」


長女の沈黙も一瞬。


身をひるがえし、何も持たずにひたすら、ひたすら、走っていく。

生涯最高の速度で逃げていく。


……これでもいい


そう親実装は思う。

長女だけなら生き残れるかも知れない、姉妹ではかえって目立って殺されてしまうかも知れない。

その点、賢い長女だけならばこの惨く残酷で過酷な世界でも生きていけるかもしれない。


無理やり自分を納得させた親実装、威嚇をしようと息を吸う。
その時、バールの重たく素早い一振りを頭上から受けた。


「デジャ」


頚骨を砕かれて、短い悲鳴をあげただけで親実装は倒れた。


職員は親を放置して、テチテチ騒がしいダンボールに近づく。

目から涙を流しながら、親実装はなす術もなく見ている。

ダンボールがひっくり返され、仔が地面にパタパタ転がる。


「うあ、きもい連中だな。 でかくなる前にとっとと駆除してやるさ」


倒れたまま、親実装は


  やめて


と声を出そうとしたが喉は動かない。


仔実装たちは泣きながら、一塊となって互いにしがみ付きあう。

彼女の仔実装たちは口々に悲鳴をあげて助けを求めている。


「怖いテチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ママ————————! ママ————————! ママ————————!」

「助けてテチ、ママァァァァ!」

「助けてママァ! たあ————————す————けてぇぇテチャアア」


職員がバールのようなものを構えたとき、茂みから小さな影が飛び出す。


「やめろテチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


一度は逃げた長女であった。

走ってきて妹たちと職員の間に割って入ると、小石を振りかざす。


「テチャアアアア! 私の家族に手を出したらぶっ殺すテチャアア!」


……長女!


「あっち行けテチャアアアアアアアアア! 殺すテチャアア! 私の家族に手を出したら、お前を殺してやるテチャ———————アア」


長女にとっては巨人のような職員相手に小石を振りかざし、叫ぶ。
だが恐怖しているのは間違いない、真っ赤な顔で涙を流し、パンツは失禁で汚れている。
親と同じく賢い彼女は億に一つも勝ち目がないことを知っているようだ。




それでも

「どっか行けテチャ———————!!!!! 近づくと殺すテチィィィィィィィィィィ!!!!!!」



勇気を振り絞り、彼女は家族を守っている。


「長女——————————————!!!!」


運よく声だけは出せる程度に回復した親実装が叫んだ。


「お前まで殺されてしまうデス! お前だけでも逃げてデ———————ス! 長女! 逃げるデス———長女ォォォ!」


さっと親を向く長女。


「私はママの仔テチィ!!! ママが私たちを守ってくれたように、私もみんなを守るテチィィィ!!!!!!! 私の家族を守るテチャアアッ!」



そして、職員への威嚇を繰り返し始めた。


「テチャアアアアアアアアアアア! テチャアアアアアアアアアアア!」


幼い、悲鳴とも威嚇とも分からない叫び声。
最後の最後で長女は全てをなげうって、家族を守ることを選択した。


「テチャャャアアアアア!!!! テチャアアアア!!!」



「…………ん?」



バールのようなものを掲げていた職員は、静かにそれを下ろす。


「そうか、お前、自分の姉妹を守ってるんだな……」


と感慨深げに職員。
職員はマスクをしているが、目だけは外からも見える。
その目を、長女は見返す。

職員と長女の視線が交錯する。

じ、と長女の目を見つめながら、職員は口を開いた。






「でもそんなの公務には関係ないから」

「ヂィ!」


長女は頭から踏み潰されて、体中の中身をはみ出させ地面に粘りつく染みと化す。


「長女おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「で、残りもプチプチっと」


職員はそのまま残りの仔実装を踏みつけていく。


「テェ」

「テベ」

「テベ」

「テベ」

「ママッ! ヂッ!」

「テェ」

「テ!」

END

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1 Re: Name:匿名石 2019/10/31-19:39:03 No:00006130[申告]
カス蟲ちゃんは家族ごっこが好きだねぇ
そういうのを蹂躙するのはこの上なく楽しいからもっと家族ごっこを続けてねぇ
善も悪も関係なく無念と絶望を抱いて十把一絡げに死のうねぇ
2 Re: Name:匿名石 2019/11/04-20:18:22 No:00006134[申告]
糞蟲は存在すること自体が悪だから仕方ないね…
3 Re: Name:匿名石 2019/11/08-21:55:20 No:00006136[申告]
>動けない仔に構って少しでもとどまれば、あっという間に残った仔も殺されてしまうテチ。
>私たちの脆弱さを考えれば、ただの愚行テチ、自己満足にさえならないテチ
確かに長女の言ったとおりになった。長女は賢いなあ
4 Re: Name:匿名石 2020/01/03-01:23:29 No:00006160[申告]
くされ公務員VS糞蟲
5 Re: Name:匿名石 2022/01/31-06:37:32 No:00006474[申告]
日常シリーズの初期で語られたスカーフ実装が再登場しているの好き
この期に及んでやっと家を放棄し生存のための逃亡を計ったこの実装石一家は殲滅され、哀れ緑赤の染みと成り果てた
その一方で、生存を諦めトボトボとダンボールに戻りせめて最後の瞬間まで穏やかに過ごそうとしたスカーフ実装の親子は、駆除斑係長の情けを受けて生き残った
結局、我が身に分相応な運命を受け入れることが出来る個体が生き延びる…そこがいかにも実装石らしい
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