タイトル:【?】 実装物語4 盲目(めくら)
ファイル:実装物語3.3.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1986 レス数:2
初投稿日時:2009/11/28-03:49:36修正日時:2009/11/28-03:49:36
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「盲目(めくら)」


実装ショップで生まれた仔実装の一匹は、姉妹や多くの新生実装の中で飛び抜けて頭が良かった。
母実装もこの子は幸せになると確信して喜び大事にした。

ショップ経営者もそれに気が付くと、この仔を他の仔実装と分けて特別教育を始めた。
だがそれはペット実装になる為の教育とは全く違う物だった。
普通なら情操教育と躾に大半を費やして、人間に気に入られるように一連のカリキュラムを施すはずだ。
この仔はいきなり姉妹達のいる隣の水槽に移されると、その日から終わりの無い虐待が始まった。

店員は仔実装の手足をペンチで潰したり、毒の混じった餌を与えたり毎日虐待を繰り返す。
ある時は1週間以上も餌を与えず隣の水槽の様子を見せ付けたりした。

隣の水槽では姉妹たちが美味しそうにフードをお腹一杯食べて、デザートに金平糖すら与えられていた。
どうやら店員はわざとそれを見せ付ける為にやっているようだった。
仔実装はそれを毎日物欲しそうに見つめるしかなかった。
ここに移されて以来コンペイトウ所かお腹一杯食べた経験すらない。
水槽に貼り付いては涎を流して「テェェン ティェェン」と隣を見つめていた。

隣では姉妹達がじゃれあって楽しそうだった、仔実装は楽しかった記憶すら思い出せない。
そして母実装も姉妹達を抱いては優しそうな眼差しを姉妹に向けた。

もう母実装や姉妹は隣の仔実装が自分達と関係ある事すら忘れている。
隣のみすぼらしい仔実装を「チププ」と軽蔑の眼差しで見るようになっていった。


そんな事が何年も続くとやがて姉妹達は新しい主人の下へ買われて行く。
母実装も役割を終えたのかいなくなってしまった。
仔実装もいつしか成体実装になっていた。

成体になっても扱いは全く同じだった、毎日虐待が繰り返され与えられるのは生きる為の最低限の餌。
一度も洗われた事の無いどろどろに汚れた実装服と体、それを見つめもはや自分に買い手など付かない事を認識させた。

自分は何の為に生きてるのか、なんの役に立つのか、孤独と虐待の中でそればかりを考えるようになった。
みじめで哀れで仕方が無い自分を呪い、誰もいなくなると涙を流して泣いていた。

だが不思議な事に実装石は捨てられたり殺処分される事も無く何年もこの状態で飼い殺しにされていた。



そしてこの実装石に転機が訪れた。なんと買い手が付いたのだ。
売買契約を済ませるショップ経営者はなぜか自信に満ち溢れ、中年女は腰を何度も屈め礼を言って購入した。

初めて体を洗ってもらい新しい実装服に袖を通すと新しい飼い主について行く様に言われた。

それでも実装石は少しも嬉しくなかった。
成体実装の自分を飼う目的はただ一つ、虐待以外にありえないと分かっていたからだ。

女の車に乗ってからは少しでも媚びてみようと、飼い主であろう女を上目遣いに見て様子を伺った。
女はまるで物を扱うような態度でこちらを見ようともしない。
それに毎日虐待されて孤独だった自分の性格も気になっていた。
きっとオドオドとして人間にとって嫌な物に映るだろう。
飼い主の家に向かう車中で、ずっとそんな事を考えていた。

着いた家は比較的大きな方だが豪邸と言うわけでは無かった。

「こっちへ来なさい」

事務的な声で実装石を呼んだ。
実装石は「デェ?」と自分が呼ばれた事を確認すると慌てて付いていった。

一番奥の一室、鍵のないドアを引くとその少女が座っていた。

「今日からあなたのご主人様になる、娘のミオよ」
「あなたはミオ以外ご主人様だと思わないように」

そう言うと女はその部屋から出て行ってしまった。

「デ・・デェ・・」

飼い実装になる為の教育など一切受けていなかった為か
残された実装石はどうして良いか分からずオロオロとしていた。
それにこの人間が虐待派とも限らない。

「どこ?どこなの?」

少女は床に手を突いて実装石を探している。
この少女は目が見えないのだ。
一年前の交通事故によって少女の目は見えなくなっていた。
事故の衝撃で網膜どころか水晶体に深い傷を負ってしまった為、今後も回復する見込みは無かった。

「デス?・・」
その仕草がいつも見ていた人間と違って弱々しく見えた。
実装石は少女の動きに気が付くと恐る恐るその手に近づいて行った。

(虐待されるわけじゃ無さそうデス・・)

手に触れると「あっ」っと言って手を引っ込め、その手を胸に当てて自己紹介を始めた。

「私の名前はミオよ、これからよろしくね」

「そーねぇあなたの名前は・・・」
「ありきたりだけどミドリ・・うんミドリに決めた」

ミドリと命名された実装石はその体勢のまま暫く動けなかった。
自分に名前が付いたのだ、しかも何の前触れもなくである。
実装石とって自分の名前が付く、それは衝撃に近い出来事だった。

「な、なまえぇぇ!ワタシになまえくれるんデス?」

ミオは耳に手を当てると音声変換式のリンガルのボリュームを絞った。
「うん、調子は良いみたい」

「当たり前でしょ、名前が無いとなんて言って良いか分からないじゃない」
「良い事ミドリ、あなたはミオの色んな事を手伝ってくれる介護実装をやってもらうの」
「まぁ言うなれば実装版盲導犬、あっ実装だから盲導実装かな」

にこやかに笑うミオの顔には失明をしている暗さもなく上機嫌だ。

そして一言「さぁミドリ、まずは冷蔵庫から水を持ってきて頂戴」と告げる。

「冷蔵庫・・デス?」

「あっそうか、実装石じゃ冷蔵庫って分からないんだ」
「あの箱が冷蔵庫よ、ドアを開けると水が入った容器があるわ」

指差す先には白い冷蔵庫があった。

言っては見たもののミオはそれほど期待はしていなかった。
実装石がさっきの言葉を理解できるとは到底思えなかったからだ。

ミドリは冷蔵庫の前まで来ると暫く考え込んだ。
この物体は何かを入れている物だとは理解できた。
ただどうやって開けるのかは分からない。

ぐるぐる周りを調べては押したり引っ張ったりしてみた。

バン!

偶然冷蔵庫の取っ手に手が掛かりドアが開く。
中を覗き込むとひんやり冷たい。

丁度目の前の段に数十本のミネラルウォーター置いてある。
ミドリはそれを手に取ると頭を捻って考えた、結局分からないので一応持って行く事にする。

少し歩くとミオが「ドアを閉めなさい」と命令した。

「ドアデス?・・」

「今開けた物を元に戻すの」

ミドリはその言葉にピンと来てドアを開けた時と逆のやり方で閉めた。

これで良いのかとミオの顔を覗き込むと、ミオは首を縦に振っていた。

「それで良いわ、さぁ水を持って来て」

ミドリは恐る恐るミネラルウォーターをミオの所に持っていった。

「これデスゥ?」

ミネラルウォーターのボトルをミオの手に当てるとミオはそれを手に取った。

「こっちにいらっしゃいミドリ」

そろりそろりと近づいて行くと、ミオは膝をポンポンと叩いてここまで来るように合図をする。
ミオの膝に手を置くと左手でミドリを掴んだ。

ぶたれる!ミドリは体をこわばらせた。

「良く出来ました、ミドリは頭が良いのね」

ペットボトルを置くとミオはミドリの頭をすりすりと撫で始める。
柔らかな手が自分の頭を撫でている、その行為はほんわりとしてとても暖かな気持ちに包まれる。
その瞬間ミドリの胸から何かがこみ上げて来て、大粒の涙がボタボタと落ちた。

「デェェン!デェェェン」

自分を必要としてくれる人がいた、それだけで今までのみじめな生き方が報われた気がしたのだ。

「ありがとうデス、ありがとうデス」

ミドリはミオに何度も礼を言っては泣いた。




それからのミドリは主人様の手足になろうと、それこそ死に物狂いで頑張った。
何かを取ってきてと言っては走って取ってきた。
母親が呼ぶとミオの変わりに行って用件を聞いてくる。
いつもどんな時でもミドリはミオの傍らにいてミオの手助けをした。
散歩の時はミオの前に立って肩を掴ませ歩く、細心の注意を払って車や歩行者の動きを考えながら歩いた。

それにミオもミドリには優しかったいつも頭を撫でてくれて、うれしい事があると抱いてもくれた。
餌も昔食べさせられた虐待用に作られる不味い餌ではない、半生タイプの高級品である。

これこそ自分の求めていた生き方だ、ミドリは幸せを噛み締めて生きている。
誰かに必要とされ愛される、こんな生き方が出来るとはショップ時代は考えた事も無い。

それもこれもミオと言う主人のお陰である、ミドリはミオに感謝をしても仕切れないくらいの恩義を感じていた。

ある日ミオがミドリにポツリともらした。

「私の目はもう二度と光を感じる事が出来ないの」

両手の指で目玉をぐりぐりさせると「ここのね玉になってる所が割れてるんだって」と言った。

ミドリは自分の胸が締め付けられる様だった。
もし自分の両目が主人の為に使えるなら迷わずあげるだろう。
だがそんな事が出来るんなら有無を言わさず目玉をくり貫かれていた。
実装石のガラス目玉が人間に使えるわけが無かった。


そして半年の月日が流れるとミドリの体に異変が起き始めていた。
体がみように重く、少し動くと息が切れ始める。
ミドリはもう寿命が近づいていたのだ。それはミドリにも分かっていた。
それでもミオの為にそんな素振りを見せずにいたのだが、もう限界が近づいてくる。

ミドリはある決意をすると寝ているミオのベッドによじ登った。
そしてミオを揺り起こすと手に持っている偽石を差し出した。
血がべったりと付いて妖しくエメラルド色に光るそれをミオに手渡すと。

「ご主人様、ミドリはもう寿命が近づいてきたデス」
「だから最後にご主人様の役に立って死にたいデス」
「今までありがとうデス、ミドリは本当に幸せだったデス」

「それを飲むデス、ミドリがご主人様の体の中で頑張るデス」

言われるままミオは偽石を飲むと、すぐにミオの体に異変が起きている事が分かった。
ミオは目に痛みを感じて両目を押さえてうずくまった。

痛みが引くとミオの目は見えるようになっていた。
目の前にはミドリが何かやり遂げた幸せそうな顔で死んでいた。


「長かった・・やっと・・やっと思い通りになった」

ミオはミドリの姿を見てくすりと笑った。



ある日偶然この事が分かった。
目の見えない主人に愛された実装石が主人の為に偽石となって目を修復する事を。
それには幾つもの条件が重ならないと、起こりえない奇跡に近い物だった。

まずはずば抜けて頭が良く性格もやさしい実装石で無ければならない。
その個体が幼少時から不遇な生き方をして、後で幸せになる必要もあった。
最初から幸せな実装石では主人に対して、そこまでの思い入れを持たないからだ。
そして寿命間際に実装石自身がそう思わないと実現しない。
これらをクリアして初めて実装石は、主人の為に偽石に乗り移り人間に取り込まれるのだ。

実装ショップではそんな個体を実装石ではありえない金額で取引した。
数万匹に一匹の割合だが血眼になって捜索され作られる、それほど価値を持った実装石なのだ。


「ミオー、早く行かないと遅れちゃうわよ」

母親の呼びかけにブレザーの襟を直し「うざいなー・・もう」と呟き机の上のコンタクトを取った。

「目が見えるのは良いんだけどオッドアイじゃねぇ」

カラーコンタクトを両目にはめるとカバンを手に取った。

ミオはコンタクトをはめる度にミドリの事を思い出していた。

「もういい加減忘れなきゃ」
「実装石なんかに優しくしてバカみたい」

「まっ目が見えるんだからそれ位は我慢するけどさ」

ミオはくすくすと冷めた笑いを浮かべる。
もうミドリの事はその程度の存在になっていた。


その時ミオの目から涙が一筋だけツゥーっとこぼれた。
「あれ?なんで涙が・・変なの」

その涙はミドリの流した涙だ。
涙の意味する物はミオの目が見えて嬉しいからなのか
自分を忘れようとする事が悲しいからなのかは誰にも分からない。


終わり


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1 Re: Name:匿名石 2019/02/26-20:31:37 No:00005767[申告]
なんかミオって女にムカついた。

だからってミドリに同情したわけでもないんだよなあ。
2 Re: Name:匿名石 2019/02/26-22:31:05 No:00005768[申告]
何だ役に立ててよかったじゃないか
最初から道具だと思ってたとはいえもう少し感謝してやってもよかったとは思うけど
オッドアイじゃ実装半分と虐められたり変なジックスオタとかに狙われたりとかがないとも限らないし
実装石が見つかるまでと見つかってからで何年もかかったうえにそういう不便もあるとなれば多少は冷淡になるのも仕方ないかもしれない
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