タイトル:【観】 実装花見 誤字修正
ファイル:実装花見.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2938 レス数:5
初投稿日時:2009/04/20-02:30:18修正日時:2009/04/20-02:30:18
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某郊外にある公園、街から離れた山の麓にあるこの公園はかなり広いものの
交通の便もあって訪れる人は少ない

公園の常として実装石が棲みついてはいたが人間のおこぼれをあまり期待できない環境のため
木の実や虫などを食べ、木の枝と葉を組み合わせたハウスに住むといった
山実装に近い生活を余儀なくされていた

とはいえ愛護派の援助が期待できないかわりに虐待派の脅威もほとんど無く
自然に近い厳しい環境が自動的に個体数を調節し街の公園にありがちな
野良実装の飽和状態を防いでくれている
人間への依存心が薄い個体にとってはいい環境といえる場所である

そんなこの場所にとっても最大の試練はやはり冬、山に面したこの公園の冬は厳しい
食料の蓄えを怠る者、越冬用の巣を準備しない者、そもそも冬を知らない者
生き延びる資格の無い者達は情け容赦なく冬という怪物に命を刈り取られていく
そうした中、見事に生き残った者たちに与えられる自然からのご褒美

春が訪れようとしていた

暖かい日差し、刺すようだった冷たい空気も少しずつ柔らかくなり
巣穴に引っ込んでいた実装石達を誘い出す

丸裸だった木にも新芽が芽吹きだし、枯葉に敷き詰められた茶色い地面も新しい緑色に
塗り替えられようとしていた
姿を消していた虫たちも戻ってきている

冬の間に痩せた体を引きずりながら出てきた実装石達は大いに日の光を浴び
柔らかい新芽や虫たちを貪り、春の恵みを満喫した

誰もが数ヶ月ぶりの開放感に浸っているそんな中、浮いた雰囲気の親仔が一組
手にした食料をその場で口にせず、袋がわりにした頭巾の中に詰め込んでいる
その様子はまるで越冬前の蓄えを掻き集めているかのようだ
親は虫を捕まえたり、仔実装の届かない場所にある木の芽を集め
二匹の仔実装達は全身を使って山菜や新芽を毟っている

「ママ、見てテチ、こんなにとれたテチ!」
両手いっぱいに新芽を抱えた長女がふらつきながらも自慢げに駆け寄っていく
「テェ…しんどいテチ、早くゴハン食べたいテチ…」
対称的に次女はつまらなさそうに細いツクシを一本だけ肩に担いでトボトボと歩み寄る
親仔で集めた食料を合わせると親実装の頭巾は一杯になった

「今日はここまでにするデス、長女ちゃんは良く頑張ったデス」
親に頭を撫でられて照れ笑いする長女、それを見て面白くなさそうな顔をした次女が溜息混じりに
「こんなことしてるのワタチたちだけテチ、もうサムサムは終わったんじゃなかったんテチ?」
次女の言う通り、他の実装石達は手に入れた食料をその場で食べ、腹を満たしている
蓄える必要はもう無い、春の開放感の下、皆がピクニック気分で天然の食材バイキングを楽しんでる中
わざわざ頭巾一杯の荷物を作っているのはこの一家だけだ
「寒いのはもう終わりデス、でもこれは今から必要になるデス、ちゃんと集めないと駄目デス次女ちゃん」
少し厳しい口調でたしなめられ、渋々といった顔で黙り込む次女

「妹ちゃんは疲れちゃったテチ、早く帰ってゴハンにするテチ!」
気まずい空気を変えようと長女が親と妹の手を引きながら明るく言った
いい仔に育ったものだ、そう思い目を細めながら親も気分を取り直し一家は巣穴へ帰っていく

帰り着いてようやくの食事、集めた食料のうち保存のきくものは貯蔵しておき
残りを家族で分けて食べる、ここでも長女は笑顔で食事、次女はもっと食べたい、
沢山集めたのだから腹いっぱい食べさせろと対称的な態度を見せる
しつこく駄々をこねる次女を親は叱り、ついには手が出そうになるが長女が必死に諌め
その場は収まったものの、次女の中には親に対する不満と不信が溜まっていく

そして数日後、それは爆発した
「もう嫌テチ!サムサム終わったのに何でいつまでもこんなことしなきゃいけないテチ!」
集めていた食料を地面に叩きつけ、次女が叫ぶ、食料集めはあれからも続いており
他の家族はまだ寝てる時間から起き、他の仔達が楽しく遊びまわっているのを横目に
汗まみれになって働く、それは遊び盛りの仔実装には辛く、頑張り屋の長女はともかく
並の出来である次女には我慢できるものではなかった

連日蓄えている食料もそのうち巣穴を埋め尽くしそうなものだが朝起きる時には無くなっている
親は「別の場所に置いてきている」と言っているが次女には信じられなかった
集めた食料を親だけで独り占めしているに違いないと更なる不信を抱いた

そんな感情が爆発した引き金になったのは他の実装達からの嘲笑である
「暖かくなってきたのにあいつらまだあんなことしてるデス、きっと春も知らない馬鹿デス、デププ」
「チュッチューン♪賢いワタチは賢いママから聞いて知ってるテチー♪これからピンクの花が
いっぱい咲いてポカポカの食べ物いっぱいテチー♪おまえのママはそんなことも知らないバカテチ♪」

常に他者を見下して優越感に浸りたがる実装石の性質に忠実な次女にとって
他者から見下されるというのはどうしても許せない状況だった

「みんなワタチたちのことバカにしてるテチ!もう春なんテチ!こんなことしなくていいテチ!」
「春はママも知ってるデス、ピンクの花はサクラというデス、暖かくなるのも食べ物が増えるのも
知ってるデス、でもこれはその前にしておかないといけない事なんデス、ママを信じるデス」
「嘘テチャァァ!ゴハンもお腹いっぱい食べられないテチ!遊ばせてくれないテチ!
ママはワタチたちをイジメてゴハンひとりじめにしてるクソムシテチィィィ!!」

肩を怒らせ、真っ赤な皴だらけの顔で全身を震わせながらほとんど威嚇状態で絶叫する次女
親は静かに次女の前まで歩み寄ると
「いい加減にするデス!」
その顔面に思いっきりビンタを喰らわせた、小さな体が成体の本気の一撃で吹っ飛び
地面に漏らした糞の跡をつけながら二、三回バウンドする

「テェェン!ママやめてテチィ!妹ちゃん叩いちゃいやテチィ!」
長女の泣き声に我に返り、ピクピクと痙攣しながら倒れている次女を抱き起こす

その後公園内を流れる小さな川に連れて行き、その日の食料集めは中断された
「お前達が辛いのも分かるデス、でもこれはしないといけない事なんデス、理由はまだ言えないけど
そのうち分かる時が来るデス」
次女の下着を洗いながら諭す親実装、しかし次女の親に対する感情はもはや最悪になってしまっており
口には出さないものの親に体を洗ってもらう間もずっと般若のような顔で親を睨みつけていた

その日、巣穴の中で眠る親仔、長女は親と抱き合って寝ていたが次女は自ら離れた場所で
親に背を向けて眠った

次女の心の中で親実装との間に決定的な亀裂が走っていた

「ママ、見てテチ、ピンクのお花のつぼみが出てるテチ!」
いよいよ本格的に暖かくなり、ついに桜の木に蕾が現れた、まだ見たことのない桜の花への期待に
はしゃぐ長女、あれ以来親とろくに口も利かなくなった次女はすっかりやさぐれて
どうでもよさそうにしている、二匹のそんな様子をよそに、親実装の表情には緊迫感が満ちていた

「とうとうこの時が来たデス…」
親実装は仔達を呼び寄せ、深刻な顔で話し始めた
「いいデスかお前たち、今からこの公園を出ていくデス」
「テェ?どうしてテチ?オウチはどうするテチ?」訊ねる長女に
「ここから離れた場所にもう一つお家を作ってあるデス、ご飯もそこに貯めこんでるデス」
そう答える親、賢い長女はその一言でなるほど今までの作業はその為だったのかと察したが
拗ねきった次女は「何テチ?新しいイジメテチ?」と歪んだ笑顔で皮肉を言うのみだった

次女の発言は無視して巣穴に残っていた荷物をかき集め、出立しようとしたその時
公園の入り口から、滅多に見る事が無いはずの人間が大勢現れた

「来たデス!急ぐデス!見つからないように茂みの中を行くデス!」
さらに緊張感を増す親につられて慌てる長女、しかし次女のほうは足を止めて人間を見つめていた

自分たちと似た、けれどずっと大きくスラリとした体格
生まれて初めて見た人間の姿に、あらゆる点で並の実装である次女の実装的本能が刺激される
幸せとは名ばかりの破滅を呼ぶ事しかない回路が唸りをあげて全力運転し始めた

 ワタチは知ってる、あれはワタチを幸せにするもの
 ワタチを可愛がり、ワタチに尽くすワタチのためのドレイだ
 スシ、ステーキ、オフロ、可愛いオベベ、フカフカベッド、飼われる…飼い…飼わせるんだ、そうだ、
 ワタチを飼え!可愛がれ!幸せにしろ!それがオマエたちの使命だ!

身勝手な事この上ないが本人にとっては自然の摂理である衝動に従い、人間達のいる方へ
行こうとする次女の手を掴んで引き止める親実装
「何してるデス!こっちデス!」
「離すテチ!あのニンゲンたちにワタチを飼わせるテチ!」
もはや親の方を振り返りもせずもがく次女、その視界には小さな粒をばら撒く人間たちの姿

その粒に他の実装達も殺到して、夢中で貪っている様子が目に入った瞬間
次女の脳に甘い電流が流れた、人間と同じく初めて見るが本能が教えてくれる

 知ってる!あれはコンペイトウだ!
 アマアマで、幸せで、ワタチに与えられるべき、ワタチのための宝物だ!

「あれを食べたらいけないデス!死んでしまうデス!」
「嘘つくなテチャァァ!このクソババァ!どこまでワタチの幸せを邪魔する気テチャァァ!」
とうとう親の手を振り払い、茂みから飛び出す次女

「妹ちゃん、駄目テチ!戻ってくるテチィ!」
「うるさいテチ!オマエはそうやっていい子ぶって一生クソババァのドレイやってろテチ!
ワタチはもうだまされないテチ!飼い実装になってニンゲンをドレイにして、幸せになるんテチ!」
そう吐き捨てると、人間達の方へ全力で突っ込んでいく

「ニンゲェェン!そのコンペイトウを全部よこすテチィィ!ワタチを飼えテチィィ!」

「妹ちゃん…」呆然とその背中を見送る長女
「あの子は…もう駄目デス…」長女の肩に手を置いて、親実装が悲しげに顔を左右に振った
「でも…」戸惑う長女の手を少し強引に引きながら、親実装が歩き出す
「諦めるデス、あのニンゲン達はワタシ達を殺しに来たデス、早く行かないとワタシ達も殺されるデス」
突然現れた沢山の人間、そして金平糖に興奮する実装石たちの乱痴気騒ぎをよそに
親仔二匹がこっそりと公園を離れていった


これといって名産品も無いこの小さな町が唯一誇るもの、それはこの公園の桜である

普段人の訪れない広さだけが取り柄のこの公園は、春になると県下でも有数の桜の名所に生まれ変わる
大勢の人が花見にやってくるこのシーズンは、町が一番活気づき、施設や商店の潤う
その一年の景気を左右するといっても過言ではない重要な期間である

そのために町内会は様々な対策を行っており、その一つが実装石の一斉駆除だった
大勢の人間で賑わう花見、そんな所に実装石の家族一組でも紛れ込めば多大な衛生被害が生まれ
花見客の興を削ぎ名所としての評判が下がってしまう、それはこの町としては絶対に避けたい事態だ

そこで冬に数を減らし、春になって生き延びた者達が全て巣穴から出てきたところを駆除する
タイミング的にあまり早くやってしまうと桜が咲くまでの間が空きすぎてその隙にまた流れの実装が
棲みつく危険があるため、基本的に桜に蕾が現れた頃に行われる

勿論そんな人間側の都合を実装石達が知るはずも無い
たった一匹を除いて。

何も知らない仔実装姉妹、彼女達が生き残る唯一の方法は何が起こるか知っている
その一匹の言う事を信じることだけだった
姉は信じた
疑い、信じなかった妹の運命は決まった


 ハァ、ハァ アマアマテチ!幸せテチ! テッチテッチ…

「おーおー、どんどん寄って来るな、コロリ食べに」
「遅効性じゃないっすけど大丈夫なんすか?食った仲間が死んでるの見て逃げません?」
「あー、お前初めてだもんな、バラけた後死なれたら回収が面倒だしこの場で殺した方が楽なんだ
それに撒かれた餌にまっしぐらってレベルの馬鹿なら大丈夫、コロリ撒いてるだけで一掃出来る」
「はー、そんなもんっすか」

 テッチテッチ… ゼハーゼハー 来てやったテチィニンゲェェン!早くコンペイトウよこすテチィィ!

「お、ほら見ろよこのちっこいのとか、もう周りに死んでる奴もいるってのに全然気付きもしないで
ここまで全力疾走してきましたってツラだろ」
「うわぁ…すげぇ必死な顔っすね、なんか喚いてるし…ちょい引くっすわ俺」
「ほーらよ、ご苦労さーんっと」 ポイ

 ガバッ ワタチのものテチ!テ…?まわりのやつらがおかしいテチ?…死んでるテチ?

「あ、気付きましたよ、お仲間が死んでるの」
「お、見てろよー」

 チププッ、きっとワタチのコンペイトウを横取りしようとした罰が当たったんテチ!
 カミサマは可愛いワタチの味方テチ!ワタチの幸せを邪魔する奴には罰が当たるんテチ!チププププ!

「死んだ仲間見て笑ってますよ…なんかすごいムカつく顔で」
「な、きっと毒だからヤバいとか思いつかないんだよ、他の奴らは不細工だから酷い目にあった、
自分は可愛いから大丈夫とか思ってんだ、大体こいつらの考えってそんなもんだ」
「この状況でっすか…動物とはいえちょっと頭悪いっつーかありえないっつーか…
なんか気分悪くなってきたんすけど俺」
「そーいう生物だって事をしっかり分かっとけよ、こいつら相手にいちいち酷いとか可哀想だとか思っても
馬鹿見るだけだ、情けをかけずにテキパキ処分が基本な」

 アマアマテチ! カリカリ 甘いテチ!たまらんテチ!もっとよこすテチ!

「さて、残りも少ないしもう全部撒いちゃうか」 ザーッ

 テッチュー♪コンペイトウの大洪水テチ!チプププ!そうテチ!それでいいんテチ!

「ほい、コロリはおしまいと、これからが大変なんだよなー、警戒して食いついてこないようなのも探して
狩らないといけないし、こいつらの作った巣も全部潰して回らないといけないし」
「うへー、公園全部っすか」
「毎年の事なんだから文句言わない、後でご褒美もあるし、行くぞー」

 テッ?!どこいくテチニンゲン!ワタチを飼うテブッ
 オゲェェェ!なんテチ!苦しいテチ!痛いテチ!チュボォ!死んじゃうテチィ!
 …死ぬテチ?嫌テチィ!死にたくないテチ!ワタチはこれからたくさん幸せになるんテチィ!
 ニンゲェェン!助けろテチィ!可愛いワタチが死んじゃうテチィィ!どこいくテチィィ!
 戻ってこいテチ!た…すけろ…テチ…だれ…か………マ…マ…


「着いたデス、しばらくはニンゲンに会わないようにここで暮らすデス」
親が一匹だけとなった仔を連れてやって来たのは公園の敷地から少し離れ山中に入り込んだ場所
木々が生えてない箇所が小さな一軒屋ほどのスペースを作っており天然の広場のようになっている
人の手が入ってないらしく道らしい道は通っていない

天然広場を囲む茂みの中に避難所として作った巣があった、冬篭りを終えてからずっと溜め込んでいた
食料も全てその中にあった、このための餌集めだった、親の言ったことは本当だった

「ママ…」「お前は賢くていい子デス、だから全部話しておくデス…」
貯蔵食料で腹を満たし、歩き詰めで疲れた体を休めながら、親が話を始める

春になり、桜が咲こうとすると人間たちが自分たちを殺しに来ること
自分は昨年の殺戮から唯一生き延びた者であること
沢山いた姉妹たち、いい子も悪い子も、何も分かってない蛆ちゃんも、みんな殺されたこと
ママも自分を生かすために死んでしまったこと
一か八かで川に放り込まれた、岸にたどり着いた、そこは公園の敷地から少し離れた目立たない場所だった
そんないくつもの幸運に恵まれ、今ここにいること

ママが最後にいった言葉
「いっぱい考えるデス、何をやったら役に立つか考えるデス、お前は賢い子デス、きっと生き延びるデス」

いまや親となった実装石はその言葉を守った、この公園の住み心地は悪くない、だが桜が咲く頃に
やってくる人間、その手から逃れるための準備を忘れてはならない

「…どうして妹ちゃんや他のみんなにも教えてあげなかったテチ?」
話を聞き終えて、長女が俯きながら重い声を絞り出す

「皆に教えたら皆が私たちと同じ事をしようとするデス、春になって餌は増えてるデス
けど全員で餌集めをしてたらとても足りないデス、隠れる場所も足りないデス
生き延びたくて悪いことをする仲間もいるデス、そうすると餌も隠れ家も持ってるワタシ達が狙われるデス」
「……」
「お前たちに教えなかったのもそうならないためデス、お前は優しい子デス
皆に助かって欲しくてきっと皆にも教えてしまうデス、次女ちゃんも…」
次女も言ってしまうだろう、ただしあっちは「賢いワタチたちだけが生き延びる」自慢という実装石らしい理由で
親はそれは口には出さないでいた

「……」
無言の長女、助かるためにやったこと、それは分かっているがそのために多くを切り捨てたという
事実が重くのしかかり、言葉が出てこない、そんな長女の心中を親も察した
「ママを恨んでくれても構わないデス、皆も見捨てたし次女ちゃんも見捨てたデス
でも…ワタシ達は弱いデス、いっぱい考えて一生懸命なんでもしないと生きていけないデス
ワタシ達だけが助かるので精一杯デス、皆も助けるなんて欲張っても無理なんデス
次女ちゃんみたいに楽しようとするばかりじゃ…今助かっても何かあればすぐ駄目になってしまうデス」

長女は賢い、理屈は分かる、だが同時に優しい、心が理屈に着いていかない
「くやしいテチ、みんなも…妹ちゃんも…助かって欲しかったテチ…」
涙を流し、歯を食いしばり、それでも頭を振って、顔を上げる
「でも、ママはひどくないテチ、ワタチもママもこうしていられるのはママががんばってくれたからテチ」
「…お前は本当にいい子デス」
精一杯の笑顔を浮かべる長女、その仔の頭を撫でる親実装、どちらも笑顔のまま泣いていた

「…あれを見るデス」
お互い泣き止むと、親は子を巣から連れ出し改めて広場を案内した、そして上を指し示すとそこには
茂みをやって来た長女は気付かなかった、数本の桜の木

「…ピンクの花のつぼみ…サクラ…テチ」
「この場所を選んだのもこれがあったからデス、この花が咲いて全部散って葉っぱに変わったら
ニンゲン達はいなくなるデス、そうしたらまた公園に戻れるデス」

親も仔も、しばらく桜の木を眺めていた
暖かさも増すばかり、この蕾もすぐに開き始める事だろう


数日後、満開になった花の下で桜吹雪を浴びながらクルクル踊る仔実装の姿があった
妹を失ったショックから立ち直り、ようやく笑顔も戻ってきた長女
食料はまだ充分にある、以前ほどの餌集めはもうしなくていい、存分に遊ばせてやれる
「踊り上手になったデス、長女ちゃん」
親もなるべく長女の相手をしてあげていた、頭を撫でられて頬を染めながら笑うと
「食べ物探してくるテチ!また美味しいイチゴ見つけてみせるテチ!」
と元気よく踊りながら駆けて行く

そんな様子を微笑ましく見守っていたが、鼻先を撫でた桜の花びらにふと上を見上げる

木を埋め尽くしピンクの雲海のように広がる桜の花は綺麗だった
冬の終わり、春の訪れを告げる祝福の花、同時にこの実装石にとっては破滅の到来を告げる
死神の花でもあった、咲き乱れる花と沢山の人間のざわめき、それから必死に逃れつつ地を這って
生き延びた昨年の春を思い出す
綺麗で、しかし恐ろしい、忘れることの出来ない花

花が散り、人間が去り、ようやく戻ってこれた公園、人も実装もいない空白期間のおかげで
仔実装一匹でも何とか生き延びることが出来た

夏、ほぼ成体の大きさになるまで生き延びるのは並の苦労ではなかった、
日々成長しながらそれでも増えてきた野良実装達の餌食にならないようひっそりと生き抜き
その生活の中で見つかりにくく過ごしやすい巣の作り方を覚えた

秋、越冬準備に早くから取り掛かり、半分ほど終えたところで仔を産んだ
本来なら秋仔は越冬の負担にしかならないが、仔実装のうちに冬の厳しさを経験して欲しくて
あえてこの季節に産んだ、負担を大きくしすぎないために選別も忘れなかった
産まれたのは仔実装四匹、蛆二匹、蛆は生まれてすぐ親の体力を取り戻すための糧になった
体格が小さく体の弱い仔と明らかな糞蟲気質の仔も他の二匹に隠れこっそりと間引かれ
巣の中にためた食料の仲間入りとなった、残った服と毛は越冬用の寝床の足しとなった

出産後の体で仔二匹の世話をしながら越冬準備をするのは辛かったが何とかやり遂げた
この時から既に積極的に手伝ってくれていた長女の存在も大きかった

色々やってきたものだ、その度に思ってきたこと
自分は、弱い
人間に全て面倒を見てもらえるほどうまくいかないことは知っている、自分達をゴミのように殺す
人間はそういうものだとこの目で見てしまったから
生まれつきの山実装でもない自分は完全に人里から離れ、山の中で生きていけるほど強くない
人に近付けない、人と完全に離れることも出来ない中途半端な野良実装
そんな自分だから、多少無理をしても家族が、いつも傍にいる誰かが欲しかった

しかし親から心の離れた次女も失い、いまは長女だけとなった家族
一番期待のかかっていた優秀な仔が生き残っているのは嬉しいが、少し寂しい
この花を使って、新しく仔を産もう、親実装はそう思った
駆除が終わり、人間もいなくなった公園は安全地帯だ、冬まで時間もあるし
優秀な長女は頼りがいのある姉となって新しい妹達の面倒を見てくれるだろう

そんなとりとめもない事を考えていたからだろうか
すぐ近くまで来ていた人間達の気配に気がつかなかったのは

「きっついっすよこれ、道とかないじゃないっすか、荷物持ってこんなところ通るとか聞いてないっすよ」
「まーまー、他の花見客の邪魔が入らない絶好スポットだ、文句言わない、地元の奴でもあんま知らない
隠れ場所だぞ、駆除をがんばった俺らだけの特権だ、ほら、見えてきた」
「おお、確かにいいっすね、これが後でのご褒美ってやつっすか」
「いいだろ、ここで飲む酒は美味いぞぉ…あ?」
「実装石?」

 デ…?
 何で…何で…ここに…ニンゲンが来るデス?

気付いたのは同時だった
奇跡的にも先に動けたのは実装石の方

子供の姿を探す、広場にはいない、茂みの中のどこかだろう、良かった、見つかったのはまだ自分だけだ
だったらもう行動は決まってる

走る、巣穴とは反対方向へ、少しでも仔のいる可能性の低い方向へ
「デシャァァァー!!」
全力で叫びながら走る、気合を入れるため、人間を引きつけるため、仔に警戒を呼びかけるため
「何でこんなところまで?」
「いいから捕まえるぞ!」

荷物を置いてから走り寄る人間、スタートに大きなハンデを貰いながらもあっという間に距離を詰められる
伸ばされる手、しかし奇跡的にもギリギリで捕まれず小突かれる形で済んだ
その衝撃によろけるが奇跡的に転倒はしなかった、靴が片方脱げ落ちる
あらわになったヤワな足の裏に小さな小石が刺さるが、痛みを感じている暇は無い

頭の中はグチャグチャだ、今まで築いてきたもの、捨ててきたもの全てが入り混じって
目まぐるしく脳裏に刺さる、あれほどやって来たのに、ここまで生きてきたのに

 何でデス?何でデス?何でデス?

「何で、何でデシャァァアアー!!!」
再び捕まれそうになる、が、奇跡的にも人間が足元の小石に躓きその手は空を切る
「…っこの!」
しかしもう一人の手が後ろ髪を引っ掴む、それでも髪をも切り捨てる精神力と
火事場の馬鹿力が発揮され、ブチッと毛を残してなお走る

この親実装は賢く、考えることを怠らずに生き延びてきた
仔実装の時から幸運にも恵まれ、見事にここまで生き延びてきた
今もいくつもの奇跡的な幸運に恵まれた、が、自分を生かす気の無い人間と対峙した
そのどうしようも無い不運にはいくつ奇跡を重ねても届かなかった
実装石として生まれたというどうしようも無い運命には届かなかった


茂みに飛び込むまで後数歩というところ
そこでとうとう踏みつけられ、ジタバタともがくことしか出来ない親実装の姿があった
「…くっそ、手間かけさせやがってこの糞蟲」
「こんなとこまで来てるもんなんすねー」

 離せデス!ワタシが何をしたデス!

「みんなが来る前に絞めとかねーと花見気分が台無しだよ、荷物からゴミ袋出してくれ」
「うぃっす」

 離せ!離せ!離せ!

広げられるゴミ袋、その中に突っ込まれ、袋越しに頭を掴まれる

「お前ちょっとまわり探してくれ、仲間がいるかもしれん」
「マジっすか?あーあ…」

 駄目…もう駄目?ワタシはもう…

(あの子は…もう駄目デス…)

 あの子みたいに…

「長女ちゃぁぁーん!!こっち来ちゃ駄目デスー!!ニンゲンデスー!!ここから離れるデスゥゥー!!!」

大絶叫。
最後の力を振り絞るように、全力でどこかにいるはずの長女に呼びかけた

「ワタシに構っちゃ駄目デスー!お前は賢い子デスゥー!!絶対に、絶対に生き延びるデスゥゥゥー!!!」

「あーもう、うっさい!」
コキャッ。
首を捻られ、ダランとさせた体から最後にブリブリと糞を漏らし、親実装は死んだ

最後の幸運、人間はリンガルを持っておらず、親の言葉は単なる鳴き声にしか聞こえなかった事
その声はしっかりと長女に届いていた事、まわりを探した人間は面倒臭がってざっと見回っただけで
茂みに潜んでいた長女には気付かなかった事

「ママ…」
手に持っていた野イチゴを落とし、歯を食いしばって涙を流しながら親の最期を見届けた仔実装
(絶対に、絶対に生き延びるデスゥゥゥー!!!)
親の言葉を守らなければ、落とした野イチゴを拾い上げ口に突っ込むとそのまま巣にも戻らず
茂みの奥へ消えていく、その目は強い決意に満ちていた

苦労を重ね、学び、幸運に恵まれ生きていた実装石
その幸運も途切れ、あえない最後を遂げたがその仔は残す事が出来た
一つの新たな教訓と共に

 ここにも…ニンゲンが来るテチ…他の場所を探すテチ…

親のように生き延び、自身の経験も加えていつか自分の仔にそれを託すことが出来るだろうか
来年の桜が咲く時、まだこの仔実装は生き延びているだろうか
多分それを知るのは、ただ変わらず咲き、散り続ける桜だけ


 【完】




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過去作

白:ガラス越し実装、UMA実装、超高級飼い実装  

塩:実装が大好き、捨て実装、実装斜陽時代、実装通信、実装で星新一パロ
  柿とり実装、養殖服蛆実装、ギャンブル実装、ショール、立体視実装
  中央分離帯実装、親指上げ落とし四連

なんでも:老実装



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1 Re: Name:匿名石 2019/04/01-07:48:36 No:00005840[申告]
賢い仔、とっ捕まえて死なせてあげたい
2 Re: Name:匿名石 2019/08/14-13:07:51 No:00006080[申告]
たとえ生き延びたとしてもこういう賢い個体に限って生んだ仔が糞蟲になりそう

どれだけあがいても最終的に行きつくのは地獄だろうね、報われない宿命
3 Re: Name:匿名石 2019/08/14-19:07:04 No:00006081[申告]
死orDieの精神で今日も死のうねぇ
4 Re: Name:匿名石 2019/08/16-22:30:50 No:00006082[申告]
誰か!ここに実蒼石を放て!残った仔も見つけ出せぃ!
5 Re: Name:匿名石 2020/03/12-22:54:47 No:00006230[申告]
必死に生き延びようとする賢い実装親仔も、それをなんの感慨もなく雑に殺す人間もいいね。実に醜い。
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