タイトル:【淡、設、長】 と、暮らせば。-地方ルール編-【おまけもあるでよ】
ファイル:と、暮らせば-地方ルール編-.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:9196 レス数:1
初投稿日時:2009/03/26-22:52:41修正日時:2009/03/26-22:52:41
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※ この作品はフィクションです。
  実際の事件、人物、団体とは何の関係もございません。





虐待らしい虐待もなく、愛護らしい愛護もない。
ただ漫然とした日常の一端。


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と、暮らせば。—地方ルール編—  

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仕事から帰宅すると、丁度宅配便と出くわした。
受け取りのサインをしつつ差出人をみると、先日ネット注文した品物だった。
給料日に合わせて、ちょっとしたものをお取り寄せするのがここ最近の楽しみだ。
年末から特にそういうのにハマってしまい、そろそろ財布の紐を締めなければと思っている。
しかし、地方住まいなせいか、なにかと重宝するのだ。
ただ単に、自分が送料無料とかポイント10倍とかに弱いだけかもしれないのだが。
発泡スチロール製の箱を抱えて台所に向かい、開封して冷蔵庫に収めた。
晩ご飯にでも出してもらおう。
家でもそれっぽいものを作れないことはないが、プロの味もみてみたいものなのだ。
そういえば、最近不況のせいか、魚や食肉の代用品として実装石が出回っているときく。
食用養殖された実装石は"本物"よりヘルシーらしく、
女性や成人病患者を中心に人気が出始めているそうだ。
附随して材料コストの安価さから、この不況の時期にはありがたられはじめ、
同時に実装料理本も次々に出版されたのもある。
それでも、人型の生き物を食べるという行為に抵抗を感じる人間はまだ少なからずいるし、
自分は好きなものくらいやはり"本物"がいい。
口にするものなら尚更だ。
いわゆる美味しいものは体に悪くて当然であり、高くても仕方がないものだ。
だが、スーパーの加工食品売場は勿論、いまでは生鮮食品にまで実装石が並んでいる。
国から援助金もでるので、牧畜農家も牛や豚から実装石に切り換えるというところもある話だし、
一部の企業も既にそれにのっかっている。
数年前の件当初から考えれば、実装石の立場はえらく好転したものである。
不思議系愛玩生物からの転落後、エチゼンクラゲよりもてあまされた存在を、
エチゼンクラゲ同様なんとかしようとした結果なのだろう。
何故かとりあえず食べるという方向に全力を注ぐあたり、自国ながら変な国民性だ。

デス、と居間の方からダミた鳴き声が聞こえる。
戻って見てみれば、寝床であるケージの中でのそのそと、実装石が起き出していた。
毛布から顔だけ出している。
暗い室内に急に灯を点けたせいか、ビー玉のような目がしょぼしょぼしていた。
そういえば皆まだ仕事だった、と思い出した。
セーフティロックを掛けたケージの戸を、がしゃがしゃと実装石が叩いている。
「わかったから、先にストーブ点けさせてよ」
デスーと鳴き返してはきたが、やはり叩く手はやめない。
ケージの天井にある据え置き型リンガルには、"寒いデスー!お願いしますデスー!"とあった。
古びた毛布はあるにしても、湯たんぽはさすがに冷めている頃だ。
惰弱体質が標準の実装石では、寒いに違いない。
だからといって人のいない日中、暖房やストーブを点けっ放しにはできない。
うちは貧乏ではないが、裕福でもないのだ。
電気代も灯油代もバカにできない、ごく普通の家だ。
そんな騒がしい実装石を放置して、ストーブにヤカンをかけ、今度は自分の部屋を暖めにむかった。
戸を揺らせるほど元気なのだ、所用を済ませる間くらい平気だろう。
しかし、暦の上では春だというのに、この冷え込みは人にもなかなかこたえるものだ。


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居間に再び入ると、実装石は再び毛布にくるまってじっとしている。
部屋も多少は暖まってきたからだろう。
湯たんぽを温め直してやろうと、ロックを外し戸を開ける。
デス、といつものことなので、心得たように実装石は湯たんぽの上から降りた。
保温カバーから昔ながらのアルマイト製湯たんぽを取り出し、ヤカンの隣りへ置く。
カバーを始め、毛布や実装石本体の汚れなどをチェックすると、幸い粗相の後はみられなかった。
休日前日ならまだしも、今日はまだ中日だ。勘弁してほしい。
片付けも躾も同時に両方やらなくちゃあいけないのが、飼い主の辛いところである。
「ここまでは上出来」
と頭巾頭を撫でてやると、デスゥと目を細めた。
ここに来た一年前、仔実装時代は"お留守番"がなかなか上手くできず、随分手をやかされたものだ。
うちの家族があそこまで一致団結したのなんて、いつぶりだっただろう。
その時に購入したUSBカメラと据え置きリンガル、
成体専用ケージと、就職祝いの家族への振る舞い酒で辛うじてボーナスと呼べるものの大半が消えた。
後半はともかく、前半は未だになんだか納得いかないでいる。
そもそも自分が飼いたいと言い出したわけではないのに。
ふいにつらつら思い出しながら、ストーブの前に座り込む実装石を座布団ごと引き離す。
デェ、と残念そうな声をあげるが焼死体は勘弁な。
今朝のニュースで知ったのだが、この近年の一般家屋の火災で、
寝煙草に次ぐ原因になっているのが飼い実装石だそうだ。
存在するだけで地雷や死亡フラグを回収出来ると言われるだけはある。
うちも気をつけないと、近所の人みたいに、
火事で隣家へ延焼して賠償金払えなくて夜逃げなんてしたくないし。
そろそろ風呂の湯を止めにいこうとして、炬燵の上にある回覧板に気がついた。
隣家に住む祖父が置いたのだろう。
バインダーを開くと、今度の日曜に公園の大規模な清掃駆除活動があるようだ。
そういえばもうそんな時期だと、思い出しながら読み進めると参加者記入欄に祖父の名前があった。
祖父はこういう活動には必ず参加する性格で、学生時代よく付き合わされたものだ。
掃除はまだ楽なんだけど、駆除は未だに苦手なんだよね。
妙にハイでノリノリな人乱入してくるし、おまけに片付けにくいことするし、余計に時間かかるし。
ついでにその他のお知らせも読んでいると、ふと水の音がしなくなり、慌てて浴室へ走った。


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戻ってくると、テレビが点いており、くるくるとチャンネルが切り替わっている。
炬燵の上に置いてあったリモコンを、実装石がやたらめったらにそのボタンを押していた。
「こら!」
と、リモコンを取り上げる。
デッ、と実装石は文字通り跳び上がった。
「炬燵の上のものは触るなって、教えたよね?」
デッデッデスー、としまらない口をますます開いて、途端に蹲った。
その後頭部に、ゆっくりと力をかけて足をのせる。
最近もの分かりがよくなってきた、と思う反面小賢しいとも思う。

それにしても、実装石というのは野生動物は無論、
人間の幼児にすら劣る危機回避能力なくせに、
人間並に好奇心旺盛なせいか種族全体が天性のトラブルメーカーだ。
そのせいで命を落とす実装石が多いと教えた筈なのだが、
ブリーダー生まれの上"飼い"であるにもかかわらず、
衣食住が保障された立場故に退屈に勝てないようだ。
西側三件隣りにお住まいの飼い主も、おかげで長くて三か月おきに新しい実装石を買い求めている。
そのさらにお隣りも、正確にはかつてだが、
退屈まぎれに産まれてしまった仔実装の処遇に、随分と悩んでいたようだ。
お向かいのファミリー用アパートでは、
子供たちが今や野良犬や猫より未だ多い野良実装を拾ってきては、しょっちゅう親に叱られていた。
確かあそこは珍しくペット可だが、実装石は不可だったはずだ。
犬猫はよくて、実装石はだめな理由なんて、小さい子にはまだ理解しにくいのだろう。
特にペットとしては、なかなか御し難い生き物であり、むしろ玄人向けなのだと思う。
そういえば、以前ブリーダーに貰った冊子には、
その生態と基本的な飼い方が意外なほど詳しく載っていた。
しかし、読めば読むほどにこのナマモノはわけがわからない。
冊子によれば、

「性別は基本に雌のみで、群での生活を好み、柔軟な環境適応力もあり異常に安産で多産である。
身体能力の特徴として、プラナリアのように四肢等が欠損しても、細胞ごと再生可能だが火傷や
毛髪、服のような体毛はその限りではない。
しかし、種としては様々な要因から非常に短命になりやすい。
また犬猫などのように間引きやストレスから、自分のこどもを食べてしまうこともある。
野生や野良に限らず、多頭数揃った環境だと、食料事情や嗜好で幼体成体にかかわらず弱い同族
を捕食することもある。
ちなみに、ストレスや飢餓から食糞行為をすることもあるが、一切しない個体もみうけられる。
尚、野良や野生のコミュニティでも同族食いは追放や私刑、あるいは奴隷としてコミュニティに
奉仕させられるのが通例のようだ。
性格的特徴としては、思い込みや自惚れが強いが、長いものには巻かれる主義であるらしく、種
全体として人間への依存心や依頼心が高く、飼われることによって生活の保障と安定を望んでい
る。
特に野良はその傾向が顕著で、公園やコンビニで自身や仔を売り込もうとする姿が頻繁に見受け
られる。
また公園などを単独もしくは家族で散歩している"飼い実装"を襲う例もあり、身に着けている服
やアクセサリーを奪って成代わろうとした事件も過去に何件か報告されている。」

と書いてあった。
人間を棚上げしてみても、動物としては、なんとも自活力や自立心の低い生き物だ。
それなのに、一向に絶滅する気配がないのは何故なんだぜ?
自然のままに、と保護されている絶滅危惧種さえ、確実に個体数を減らしているというのに、だ。
やはり、このナマモノは不条理のカタマリである。

そんな不可思議な生態であるから、おすすめの飼い方もそうか、といえばそうでもない。
猫や犬、もしくはハムスターの飼い方に、比較的近いようだ。
冊子には"飼い主さんのためのお約束"という項目があるのだが、
ここに畜主としての義務や飼い方のポイントが書いてあるのだ。
例えば、

「餌についてでは、人間と同じ食事を与えると、偏食しやすくなり、肥満や病気にかかりやすく
なってしまうことや、体臭も強くなってしまいます。欲しがるからといって、むやみに人間の食
事を与えないでください。
おやつを与えたい場合は、できるだけ専用のものを適量にしてください。」

とあり、猫や犬でも陥りやすい点が指摘されている。
昔飼っていた猫での悲しい経験から、我が家の実装石は人間の食事をめったに口にさせたことがない。
成代わりや連れ去りが怖いので外飼いできないし、
他に余裕のあるスペースもないので居間にケージを置いているにも関わらず、だ。

そう、いけないと分かっていても、あの仕草をみるとついつい従ってしまうのだ。
瞳を丸くして小首をかしげ、じっと視線を送る姿の愛らしいこと。
足に爪を軽く立てて催促することなんて、憎らしいやら可愛らしいやらだ。無論猫の話だ。
お陰で、先の猫は腎臓を悪くし晩年は欲しいものが与えられず鳴き喚く姿が不憫でしかたがなかった。
人間の勝手な思い込みでそうさせたのだから、人間心を鬼にすることも大事だと、学んだ。
お陰で、うちの実装石は肥満も病気もする事なく、平均よりも小柄ではあるが実に健康体であり、
獣医さんに褒められたこともある。
しかし、留守中の間のリンガルログをたまに読むと、
未だにステーキだの花丸ハンバーグがだのを食べれたらと、歌っているようだ。
たまに焼肉やお好み焼きをすると、物凄い形相でよだれをたらし、
ケージの金柵に張り付いていたりするのも、人間の食べ物への本能的な執着心からだろう。
でも許可しない。
といっても、"めったに口にさせない"とは言ったが、余所の家に比べればの話だ。

先に例にあげたが、西側三件隣りの何十代目かの実装石たちはどいつも肥満児だったし、
妙に我が儘で、いつも何かを食べている。
この前なんか、帰り道で散歩途中の時に出くわして、
家族とでも食べようと買った揚げたてのコロッケを奪われそうになったし。
飼い主のおばさんはすごくいい人で謝ってくれたのだが、
いかんせんいい人過ぎて実装石にナメられているのが問題だ。
因みに、その時チププとイヤな笑いをしてた仔実装石は、カキフライが原因で三週間の生を終えた。
熱々の牡蛎の汁が喉内ではぜるくらいのこと、
日々ひもじい腹を抱えたままの野良に比べれば、幸せな方だと思う。
ほんと、カキフライと一緒にうっかり揚げられてしまえば面白かったのに。
ちなみに、うちの実装石なんて、残り物にありつけるかどうかも微妙だというのに。
うちは健啖家の兄がいるものだから、捨てるほど残らないのである。
まあ、あっても酔っ払った父がみかん投げ付けてたくらいか。
仔実装の時はさすがに死んだと思った。
よーし父さん県大会出てたコントロール見せたげるよー、とか言ってる場合じゃなかった。
その後、背骨バキバキ肋骨ベキベキになったくせに、
みかんと牛乳与えてみたらすぐ治った理屈が未だに理解しがたい。
やっぱりビタミンCとカルシウムなのか?そうなのか?
というか、地球上の生物なのか、そもそも。
その事件以後、実装石のオヤツに煮干しが基本となった。
カルシウム摂っときゃなんとかなるだろ的な発想だ。
実装石もフードにはない独特の塩味があるからかわりとよく食べるし、
おかげで骨も比較的に強くなったから、ためらいなく踏めるようになった。
蹴ったり殴ったり、という荒事に慣れてない自分には力の加減が難しいのだ。
なんとなく、踏むという動作なら、重心の置きようなのでなんとでもなる気がする。
そう、気がするだけだ。
うっかり潰しかねない時も、ないではない。


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ついでに思い出したが、前にあげた無知による無責任な妊娠出産をさせた飼い主の件、
結局うちの庭に親子ごと捨ててあったのだ。
正確には祖父の家との境界になんだけど、同じ敷地内で垣根もないから広く見えるらしい。
広い家イコール裕福でもないし、実装石を飼っているイコール愛護派ではないというのに。
しかも不法侵入の上に、不法投棄って何の嫌がらせだ。
里親捜しなら保健所に登録、処分ならお隣りのプロに頼んでくれたまえよ。
"かわいがってください"って、頼みごとなら目を見てものを言え、
ダンボールに一言書いたらそれで終わりか。
んなわけないだろう。
家庭菜園も荒らされてたし、うちの実装石をいじめるし、というか窓ガラス割られてたんですけど。
不幸中の幸いで、隣家にいた祖父が速攻で捕獲後、現場保存と写真撮影、警察へ通報余裕でした。
ガラスの割れる音とうちの実装石の叫び声で、空き巣泥棒でもきたかと思ったからだそうだ。
この件、警察沙汰にしたせいで町内の人たちも知るようになり、思ったより事が大きくなってしまった。
実装石による菜園とガラスの損害の賠償云々で、
誰が実装石を捨てたかの憶測の噂が飛び交ってしまったのだ。

ちなみに、うちの町内会では実装石の飼い主同士で繋がりをつくっている。
Aさんちにはジュン(仮名)、Bさんちにはメイ(仮名)、
Cさんちにはデク(仮名)、Dさんちにはアイ(仮名)以下略というように、
誰が何を飼っているか把握しているのだ。
繋がりと言っても、お互い特に干渉しあうことはないのだが、
実装関連の問題についての取り決めはしている。
といっても、実装ゴミの始末、避妊処置もしくは一人っ子厳守、放し飼いの厳禁、
最期まで面倒をみることなどの飼い主として最低限度のマナーだ。

それさえ守れば、溺愛しようがイビリたおそうが、
できるだけ個々人の主義に干渉はしないのが決まりであるし、この県の条例に則している。
だが、もしこれが破られたとしたら、もうこの県では実装石や動物を飼えないし、
様々な罰則が科せられるのだ。
今や野良実装石なんて掃いて捨てても捨て切れない程、ありとあらゆる場所にいる。
本質上、"飼い"から"野良"へと転落するものも多い種だ。
生ゴミを漁って散らかし、異常な臭いや量の糞害、公園の不法占拠などが問題視されている。
一過性のブームというのは中心にいるものへ常に残酷な結末をもたらすものだ。
一息に駆け上がれば上がるほど、転げ落ちるのもそれ相応になる。
"キモかわいい"、"生きてるうなずきん"、と持て囃された実装石の実態は、まさにケダモノそのものだ。
中途半端に人型であるからこそ、人々の期待も大きく、失望も大きかったのだろう。
人類の親戚である霊長類のゴリラやチンパンジーの、
人間にとっては唾棄すべき悪癖を知っておいて今更のように思う。
つくづく人間の業は深過ぎて手に負えない。
やがて平成を代表する公害に成り得た結果、現在販売されている愛玩用実装石を飼うには、
後頭部へのバーコード焼印と保健所への届けがいるようになった。
実装を扱うペットショップやブリーダーも免許制になり、
無登録での販売にはやはり重い罰則が科せられる。
ただし金銭上のやりとりをもたない、特にまったくの個人間の譲渡ではその限りではない。
というより、そこまで行政司法も構ってられないのだろう。

前置きが長くなったが、うちに捨てられた実装親子だが、素人故の爪の甘さで、
親の焼印が消されていなかったことが飼い主特定の決め手になった。
最初は迷子になっただけとか、成体はともかく仔実装は野良だとか、
たかだか畑くらい作り直せばいいとか、近所なんだから困った時は助けてくれるのが当然、
とその飼い主である主婦はのたまった。
あつまさえ旦那には黙ってろ、という。
謝るどころか、笑っちゃうようなその言い草に、我が家族の心はさすがに冷えていた。
他人の家族事情なぞ、親しくなければ知ったことではないし、
余程のことがなければ不用意に干渉することでもない。
しかし、そんな己ばかりの都合で他者への迷惑を省みない、反省のないものに情状酌量する余地はない。
そこに、人間だろうが、実装石だろうがの区別も差別もなく、
ただ等しくそれ相応の報いを受けさせるまでだ。
そう、単なる私怨としてではなく、
県の「対実装問題特殊条例」に基づいた罰則を科すことが重要だった。
あの時のことを思い出すと、今でも身震いがする。


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あの後、例の飼い主は保健所職員の監督の元、
親実装と仔実装たちを自らの手で始末するよう要求された。
また被害を被った我が家はその日、立会いが求められ、
暇な学生であった自分と現役を退いた祖父が出向いた。
二度と対面する気も起きなかった人間が一時は情をかけた仔実装を調理し、
それを親実装に焼けた鉄串ごと、口の中に押し込む光景は二度とみたいものではなかった。
マジックミラー越しの彼女は、泣きながら、笑っていた。
狂気の沙汰という境地を、人生ではじめて目にしたのだと思う。
そう仕向けたのは自分にも負うところがある。
だが、発端はあの飼い主なのだ。
気にやむことはない、祖父はそう自分に言った。
魔がさしたとしても、自ら播いた種は自ら刈らねばならないのだと。
しかし、これで本当によかったのか、と問われると断言しようがなかった。

それはそれとして罰則内容だが、職員曰く、別に調理もとい料理という方法を、
定められているわけではなく、担当職員の趣向に任せるそうだ。
ただしあくまで条例である為、良識の範囲内と受刑者の適性を踏まえてのことらしい。
今回は普通の主婦という点に注視したもので、
彼女の場合生きたままのものを調理することに抵抗があると訊問の際答えたからだそうだ。
それに今流行ってますしね実装料理、とも職員は付け加えた。
受刑後死体は焼却処理されるが、残った衣服や靴は没収され、
使えるものはリサイクルに回されるそうだ。
例えば服の質にばらつきはあるものの、専門店より安価で純毛純正の実装服一式が手に入るなら、
そういう層には大助かりだ。
髪はなんとでも再生方法があるが、実装服は二度と元には戻らない。
市販のものでもよいが、実装石の健康と成長を望むのならばあったほうがよいものなのだ。
そういう理由で買い求める人は少なからずいるとはいっても、国営故に売上げは微々たるもの。
それでも、直接保健所の実装対策予算に補填されるシステムだ。
もはや愛玩動物というより、一資源という見方が強く、靴一足とて無駄なものではなくなったのだろう。
それに沖縄のハブ買い取りシステムのように、
町内清掃で集めた実装石に幾許かの謝礼を出すようにもなったのも、
住民の意識を刺激し結果が地域貢献に向かうようになったのも功績だ。
ミニ豚を飼うような気持ちで、実装石を飼う人も再び出てきだした。
案外世話が楽だし、グッズも他のペットに比べれば、
売れ残った人間用のものを流用でき多様で安価だと気付いた人々も増えていた。
しかし、お役所仕事というのはどこか非効率的で、えらく手間と金の掛かることをするが、
この件ばかりはお役所らしくてよかったというべきなのかもしれない。
実装公害以降、保健所は書類手続きをするように、淡々とことが運べる程、
強制力を持ち合わせた不思議機関になってしまったようだ。
一地方の条例だからこそ、世論を反映し、思うより簡単に可決したと新聞は論じていた。
そのおかげで、確かに溜飲はおりた。
だが、心のうちに生まれた名状しがたいわだかまりは、この先消えそうにない。
彼女の選択が、せめて公園に"リリース"だけならば、
見つからなかったか、見つかっても厳重注意及び罰金くらいですんだのにと今でも思う。


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ふいにそんなことを思い返していると、足の裏に下敷きになったままの実装石の存在を思い出した。
慌てて足をのけると、ちょっと額が赤くなっていた。
デスゥ、と息を吐いたので大丈夫のようだ。
少し悪いことをしたと思い、30分だけ好きなチャンネルを見ていいと許可をだしてやった。
その間に米を研いでいると、
リビングの隅から実装石がデッスデッスと自分用の椅子をテレビの前まで動かしていた。
お下がりの幼児用椅子を祖父がコロ付に改造したものなので、非力な実装石でも押して運べるのだ。
「近いよ、下げて」
デスーと言われたとおり、椅子を下げ結局定位置までくると座った。
ぼーっとテレビを見るのが好きらしい。
まぁ支度している間まとわりつかずに、大人しくしているので助かる。
あげられないからなぁ。
拒絶アレルギー反応が出ていた某携帯CMも終了したことだし、安心してそのままにしておいた。

寒いし、ついでに味噌汁でも作ろうと冷蔵庫を開けて味噌を探していると、
リビングの方から実装石の叫び声が聞こえた。
嫌な予感がしてリビングに顔をのぞかせると、実装石は慌ててこっちに走って来た。
モタモタあわあわと陸亀には勝てるが兎には徹底敗北する速度なので、こっちからも向かってやる。
「どうした?」
デズーデズーと半泣きの顔で、実装石は足にしがみついてきた。
顔をうずめ、片手でテレビを指し示す。
そこにはBS放送のアニメ"菓子パン野郎Aチーム"が映っていた。
人間向けしか見せてもらえない、うちの実装石の数少ないお気に入り番組だ。
実装向けの人気アニメ"美実装マジカル☆テチュミン"や"魔法っ仔♀テチカ"は、
作品タイトルと時間帯からして見せていない。
テレビは人間がいる時だけ見れるモノと刷り込む必要があるからだ。
でなければ、ケージ飼いしている意味がない。
しかし、アニメでこの反応ははじめてだ。
笑うか怒るかふて腐れるか、くらいなのに。
見ればいつも通り怪人コレ・ス・テロール男爵が星になっていた。
悪は滅びるんデスゥ、とリンガルにいつも残ってもいる。
不思議に思って番組内容を検索すると、思わず苦笑いを浮かべた。
今回は群れからはぐれたジッソーのチビノラちゃんとウーちゃんが男爵に唆され、
工房を荒らして居座ったり、食事を勝手に食べたり、男爵に量産され人海戦術を使ったり、
と悪さをする回だった。
子供向けアニメよろしく、最後には助っ人もあり主役のAチーム側が勝つようになっている。
お仕置として、髪を抜かれ身ぐるみはがれたチビノラちゃんとウーちゃんは、
仲良くお鍋になりましたとさ、という締めで終わっていた。
平均的な実装石なら失敗して禿裸になったお仲間を見たら本能的に嘲笑うはずなんだが、
うちの実装石はなんだか様子が変だ。

デェェエエンデェェエンとただただ泣きじゃくる。
足にしがみつかせたまま、ケージのリンガルを見に行った。
"アン様に嫌われちゃったデスゥ!ひどいシナリオデスゥ……!"
グスグスと足にすがりついた実装石は、そんなことを繰り返し言っていた。
実装石をあからさまにモデルにしたチビノラちゃんに感情移入していたようだ。
さすが思い込み激しいだけはある。
でも、変なとこ冷静だな。
ひどいデス、監督はアクマイト光線にやられてしまえばいいデス、とさめざめと漏らしているようだ。
"クレイマーになるデス、なってみせるデス!"
いや、ならなくていいから。
ログを読むのも鬱陶しいと思い、実装石の頭を掴み持ち上げる。
デェッと驚いた声と、泣きはらした顔を目線に合わせた。
「いい加減泣きやまないと、味噌汁の具にするよ?」
けれど、今日のオカズはタンドリーチキンなのである。
やっぱりスパイシーなもの、カレースープにでも予定変更しようかな。
自分の片手には握り締めた包丁がその出番を待っていた。



                                    了


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条例:regulations
法規:laws and regulations


過去投稿スク
sc1674.txt 【淡々、馬鹿】と、暮らせば。−携帯アプリ編−
sc1716.txt 【淡々、設定?】と、暮らせば。-限定モデル編-【他実装含む】 



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おまけ:"おもちゃの兵隊"をBGMにお楽しみください。

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震えが止らない手で仔実装の服と頭巾、靴を脱がしていく。
糞を漏らしたパンツも脱がし、机の上に置かれたトレーの隅に追いやった。
そこには既に誰かのものもあったし、トレーの中央には緑の服や頭巾、靴も置いてあった。
最初その仔実装は保護者である女が、なぜ己の服を脱がすのかも、
なぜその部屋に一匹だけで連れ出されたかもわからなかった。
正確には四番目に連れてこられた仔だ。
先に連れて行かれたはずの姉達はどうしたのだろう、とぼんやりと女の顔を見つめていた。
風呂に入るからと言われていたので、服を脱がされても暴れもしなかった。
むしろ、飼い実装の中でも上流の飼い主の元でしか受けられないという、
"実装エステ"をして貰えるというのだから、幸せなことで頭が一杯だったのだ。

今まで押し込められていた水槽よりははるかに明るいし広い所だが、飼い主の後ろは真っ暗だった。
裸ではさすがに肌寒く感じたらしく、仔実装は短い手足をすり合わせる。
ふと仔実装はピスピスと鼻をうごめかし、辺りに姉妹の存在を嗅ぎとった。
テチ、と女に向けて小首を傾げる。
対して女は唇をかみ締めたまま、ガラスの小瓶を手にとり中から一粒の金平糖を取り出した。
好物であるそれを目にした途端、おとなしかった仔実装はテチテチと飛び跳ねた。
赤と緑の左右非対象の丸い目がキラキラと輝き、鼻孔も広がったり戻ったりと忙しい。
よだれがだらしなくポタリと、机に染みをつくった。
しかし、女は指に金平糖を摘んだまま、一向に与えようとはしなかった。
テチッテチッ、と仔実装は先程より大きな鳴き声をあげ、タムタムと苛立たしげに地団駄を踏んだ。
女はその足元に金平糖を放った。ころんと転がった粒は仔実装の足に命中した。
ヂッと痛みを訴えるなり、泣きながら机の上を転げ回ると、トレーの角に頭をぶつけた。
その衝撃に、仔実装は一瞬声を飲み込んだ。
赤く膨れた禿のある頭を指のない手で抱える。
幸い、血は流れなかった。

テェーンテェーンと涙がつぎつぎに溢れ、行を肺から搾り出すように精一杯声を張り上げる。
しかし、女は動かず、ただ何か言おうとするように唇を開いては閉じを繰り返した。
またその腕は収まらない震えを止めるように、彼女自身の体を抱いている。
しばらくして、ようやく痛みが和らいだのか、起き上がり落ちていた金平糖を拾いあげた。
そして、女に向けてチャーッと威嚇めいた声を投げ付け、砂糖の塊にむしゃぶりついた。
ピチャピチャこりこりと音を二重に立て、時折数日ぶりの甘味にテチュゥンと喜びを込めて鳴いた。
今朝までは妙な匂いのする草しか与えられていなかったのだ。
金平糖が丸ごと兎唇のなかに含まれたのを、女は見届けるとおもむろに仔実装の小さな体を掴みあげた。
仔実装の平均である体長十センチ程度ならば、女の片手でもまだ掴める。
突然掴みあげられたことに驚きながら、口の中にある金平糖が落ちないようモゴモゴと両手で抑えた。
女はそのまま流し台の方に連れて行き、その脇にあった業務用バケツの上に仔実装をかざした。
小さな体を両手で支え、宙ぶらりんな体勢を少しばかり安定させる。
テフェと仔実装は間の抜けた声を出しながら小首を傾げ、女の顔を見あげた。
だが、その表情は濃い影でうかがい知ることはできない。

最後の一欠片をかみ砕いて飲み込んだ後、仔実装は余韻に浸った溜め息を吐いた。
その次の瞬間、ピンポン玉のような顔の色が変わった。
興奮に赤らんでいた顔は青ざめ、ぽっこりした下腹も、
グルグルキュルキュルと水っぽい音を立てはじめる。
仔実装は強い腹痛と便意を催し、どうにかしようと手足をイゴイゴと暴れさせた。
女も頃合と見て、掴む手に力を込める。
ぽんと何かの栓が抜けたような音の後に、ドゥッと滝のような便が仔実装の尻から溢れ落ちた。
テッチャアァァと甲高い叫び、自分を掴む女の手にしがみつく。
既に腰から下は痺れており、半身の感覚がないという事実に本能的な恐怖を抱いたのだ。
排便が止まった頃には、ガクガクと身体全体が痙攣していた。
テヒューテヒューともはや叫ぶことすらままならない。
彼女が金平糖、正確には金平糖に擬した下剤の効き目を目の当たりにするのは、これで四度目だった。
一度目は驚いてバケツの中に落としてしまったが、二度三度と重ねると支える力加減も分かってきた。
実装石は新陳代謝が早いので、しばらく草食にさせたおかげか臭いが余りないのも助かった。
ただこれだけの大量な糞が小さな体積に入っていたことは、未だに不思議で仕方がなかった。

涙だけでなく涎や鼻水までだらだらと垂らし、そんな風にさせた原因である関わらず、
手にすがりつく仔実装を女はしっかりと掴んでいた。
そして、そのまま練りからしを搾る時のように力を入れる。
テキャアと鳴いたが、その骨が折れることがあっても構わず力を込め続ける。
内部に残っていた僅かな滓が、半分にまで溜まった糞の上に落ちていった。
女は兎口から泡を吹き、舌を出し小刻みに震える仔実装を持ったまま、今度は流し台に移動する。
鈍色の把手を手の甲で上げ、温水を出すと、そこへ仔実装の顔を突っ込んだ。
チュボォチュボォと奇妙な音がしたが、女は構わず温水を浴びせ続けた。
少しぐったりした頃、それを引き揚げて、今度は逆さにして水を流し入れる。
何度かそれを繰り返すと、今度は前髪と襟足から伸びる髪を思い切り引き抜いた。
テヂァッテヂァァッ、と二度ほど叫ぶと、再び気を失った。
それが、痛みになのか毛を失ったのを目の当たりにしたからかはわからない。

洗い桶の横に置いてあった白い砂を匙で掬いとり仔実装の腹に盛る。
それを手の平と指で、身体全体を撫でるように擦り込んでいく。
びくりと今まで意識がなかった仔実装が、目を覚ました。
いやいやと首を横に振り、辛うじて抵抗らしい素振りをみせる。
それでも容赦なく、女は仔実装の身体に指を這わせ、耳の穴鼻の穴、口の中へと粒を擦り付ける。
続けて目のまわりを指の腹で撫でる頃には、テフェテフェとやはり間の抜けた鳴き声が涙と共に流れた。
薄い胸、その頂き、脇腹へじっくりと丹念に指でなじませる。
ずりずりと白い粒を擦り込む端から膚は赤く腫れ、その痛痒さに仔実装は動かない身を捩る。
また身体の構造上、実装石の手には爪がないのが幸いだった。
白い砂粒の正体は食塩である。
掻けば掻くほど、傷口の痛みは増すだろう。
なんでどうして止めて助けて、
そう鳴いているのに女はいつものように優しく仔実装には応えてくれなかった。
仔実装は夢だと思いたかったが、身体を蝕む痛みは現実のものだ。
この小さな生き物の頭の中は、悲しみで一杯だった。

そうするうちに、女の指はすでに臍を越え、徐々に下腹部へと迫っていた。
両足をまとめて掴んでは扱き、また内側を擦るため一本づつと、念入りだ。
テァッと仔実装は妙な鳴き声をあげた。
痛みでも痒みにでも出なかった声音だ。
指は仔実装の敏感な部分に振れたようで、女もなんとも言えない気持ちになった。
しかし、しなやかな指は僅かなためらいを見せたものの、
その固く閉じた亀裂の上を再び何度も擦った。
テァと同じような声が断片的にあがり、砂粒に埋もれていた鼻息も荒くなった。
ぬるりと亀裂がその口を開け始めると、すかさず女は人差し指と中指を一息に突っ込んだ。
息と叫びを呑む音がして、仔実装の背中がのけ反った。
女もそれを予期していたように、胴体を掴んでいた方の手に力を込める。
反りが戻ろうとした時、女は二本の指を中でぐるりと沿わせた。
もはや開いたままの唇からは涎と、喘ぐような音しか漏れない。
不意に女が指を引き抜くと、テェェと名残惜しそうに鳴いた。
女は、器用にも汚れていない指で用器から小匙を拾い、その中身を掬い上げた。
そして、そのまま中身の塩を開ききった溝に注いだ。
テッテチュャアァァ、という鳴き声は今までで一番悲痛に満ちていた。
そう女は思った。
とはいえ、塩をさらに奥へと塗り込む為、もう一度二本の指を突き挿れる。
ぐるりぬるりずるりと、生物の柔らかな粘膜面はあまり触れて気持ちのよいものではなかった。
痛みの中に甘い喜びを見つけた仔実装もまた、女の指が自分の内部で蠢く度、
再び取り戻そうとかろうじて動く両手両足で空を掻いた。

全身に満遍なく塩を擦り込み終えると、台にあったトレーに仔実装を寝転がせ、
その上から黒粒胡椒を振り掛けた。
今度も先程と同じようにまぶし、更にはカレー粉を揉み込んだ。
休むまもなく、ぐったりとした仔実装をボールに用意したヨーグルトと沈める。
テチゥとその柔らかい触感に、仔実装はひと心地ついた気分になった。
頭の天辺から爪先まで水気で覆われて、ひんやりとした感触が傷口に優しかったのと、
少し口にしたそれが甘いような気がしたからだ。
不思議と痛む手足や胴体が少しづつではあるが治り始めたような気さえする。
普通プレーンヨーグルトならさほど甘いとは感じないまのだが、
独特の酸っぱさに隠れたわずかな蜂蜜の甘さを仔実装の塩胡椒に塗れた舌でも、
感じ取ったのは執念のようなものだ。回復力が高まったのも、そのためだろう。
ただこのヨーグルトは確かに、他にレモン汁、カイエンヌペッパー、粉末状タイム、パプリカ、
塩、黒粒胡椒、玉葱、ニンニク、生姜が混ぜこんである。
仔実装は徐々に甘さから、さっきまでなじんでいた味や刺すような酸味を、
目と舌で交互に味わうことになった。
更には、足の届かない程のヨーグルトプールである。
女が一向に引き揚げようとしないので、泳ぎも苦手な種である実装石は例に漏れず、
溺れようとしていた。
固体に近いので水よりは緩慢な沈み方だが、結果は同じだ。

テァブテァッブと、口からは言わずもがなで、耳や鼻から刺激的なそれが流れ込んでくる。
どうしてどうして、と仔実装はずっと考えていた。
何故今まで可愛がってくれた女が、こんなことをするのかがわからなかった。
大好きなコンペイトウは毒だった。
骨が折れるまで握られた。
無理やり水を流し込まれた。
大事な髪の毛は全て抜かれてしまった。
辛くてざりざりする砂や目に染みる粉で全身を、さらには恥ずかしい所まで、擦られた。
そして今やヨーグルトの沼で溺れさせられている。
一体自分が何をしたというのだろうと、これはきっと悪い夢なのだろうと思いはじめた。
そうでなければ、こんな酷い目に合わされる理由がわからない。
ただ言われたとおり、みんなでお庭で遊んでいただけだった。
余所のお家のお姉チャと遊びたいだけだった。
きっと次に目を覚ませば、姉妹たちと一緒の籠で寝ている筈だ。
やがて、母親に助けを求めて腕を上に伸したまま、仔実装は改めて意識を手放した。

しばらくして、ヨーグルトから突き出た二本の手を、引き揚げる手があった。
上昇するにつれ白濁しどろりとしたものが、小さな体から下のボールへと落ちていく。
手はしっかりと、大きな手に摘まれていた。
すっかりくったりした仔実装を手の平の上に寝かせ、開かれたままの兎口に、
スポイトでレモンの汁を注ぎ込む。
すると先ほどまで、微動だにしなかった仔実装がひとしきりむせた後、
テェェとどこか虚ろな声音で鳴いた。
ぼんやりとした意識を引き戻すように、誰かが自分の名前を呼んでいる。
聞き覚えのある優しい声に、仔実装は思わず目に涙を浮かべた。
「ママァ……ママァ……怖い怖い夢を見たんテチュゥ……ママァ……」
やっぱり悪夢を見たんだと親にすがりついて甘えたいのに、身体は思うように動いてはくれなかった。
ズキズキと肌も胎も痛い。
やがて、はっきりしてきた視界に、見知った人間の顔が映った。
仔実装は血の気の失せた顔を、更に強張らせた。
「ママに、会いたいのね」
それは記憶の中にあるのと同じ、優しい声音だった。はらはらと涙がこぼれ、仔実装の頭に落ちた。
「こうなったのもママのせいなのにね」
そして、彼女は手に持っていた鉄串を仔実装の中心に突き立てた。


おわり

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参考:QP○分クッキング:タンドリーチキンの作り方

お粗末さまでした。

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1 Re: Name:匿名石 2020/02/01-05:43:53 No:00006187[申告]
こういう飼い実装との距離感好き
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