タイトル:【記録】 追憶のピザ実装
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作者:中将 総投稿数:51 総ダウンロード数:2835 レス数:2
初投稿日時:2008/12/04-00:12:56修正日時:2023/06/28-13:40:22
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雨の切れ間に公園に行く。
湿気を含んだ寒すぎない風が心地よい。
ベンチに腰をかけ、休日の昼下がりを楽しんでいると、どこからともなく

「デー」

と小さな声が聞こえてきた。
周囲を見渡してもあの緑色の姿は見えない。
ふと、隣のベンチを見てみると、見覚えのある形の平たい箱がある。
ピザを入れる薄いボール紙の箱。
表には知っているチェーンのロゴはなく、凝ったデザインで「J−PIZZA」と書かれていた。

すべてを理解する。

箱を開けてみれば、そこには一枚のピザ…の形をした、元実装石が、こちらを見つめていた。

「デー」

ピザ実装はもう一度だけ、こちらに向かって弱弱しく泣き声をあげた。

それは、久しぶりに見る、とてもとても見事なピザ実装だった。


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久しぶりとはいえ、そもそもピザ実装の歴史自体はとてもとても浅い。
調べればすぐにわかるが、数年前、実装愛護家専用の雑誌「J=LOVER」に
とある写真が投稿されたのが発端だった。

『プリン実装ちゃん』

バケツで作られたプリンに裸で潜り込み、頭をカラメルまみれにして、
まるでプリンと一体化したかのような幸せな表情の実装石。
今月のベスト実装ちゃんの称号を得たこの写真に感化されたのか、
しばらく食べ物と実装石を絡ませる写真が愛護家の間で流行となった。

ふわふわのパンに挟まれて幸せそうな顔をしたサンド実装。

底の深いグラスに入り込んで生クリームまみれになっているパフェ蛆実装。

暖かい生地に包まれ眠るクレープ親指実装姉妹。

甘いものに囲まれる、という実装石にとって最高の環境と、それに喜ぶ実装石の表情に魅せられ、
愛好家たちは次々と自らの飼い実装の写真を投稿していった。

このブームに過剰な愛護家、すなわち愛誤派達が拍車をかける。
それまではあくまで実装石の幸せそうな風景、というカテゴリであった「食べ物+実装」。
それに対して人間にまで恍惚のリアクションを求め始めたのだ。
いわく、「うちの実装がこんなに幸せそうなのだから、あなたは和むべきだ。むしろ金払え」というわけである。
高級食材と血統書付きを組み合わせたなんとも見当違いな「自称芸術」が世にはびこり、
挙句の果てに、カリスマ愛実装で知られる『ボナンザちゃん』(ちゃん、までが名前)をモデルとした、

『グリンピース 愛の実体盛り写真集』

が発売されるに至って、とうとう虐待派と呼ばれる人間達の堪忍袋の緒が切れたらしい。


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虐待専用雑誌「翠 羅刹」に寄せられた写真、タイトルは『ピザ野郎』。

写真の中央にはピザと思しきものがひとつ。
やわらかそうな生地はパイ型に整えられ、上にはサラミの赤、ピーマンの翠。
チーズがとろけた表面にはこんがり焼き色がつき、食欲をそそる。

しかし、よく見ればこんがり焼けたピザの表面には、ガラス玉のような目玉が二つ。
おまけにだらしなく開いたミツクチが自己主張していた。


つまり、このピザらしき物体は、すべて実装石の体で作られていたのだった。


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作り方は面倒の極みだ。
丁寧なことに翌月の「翠 羅刹」には特集が組まれ、ピザ実装の製法が記載されていた。
以下、記事からの引用。


    *   *   *



まずは健康な実装石を用意する。
長い付き合いになるので、できるだけ清潔そうな個体を選んだほうがいい。
服を奪い取り、保存する。髪の毛は問答無用で処分してもよい。

デギャーデギャー騒ぐが、迅速に偽石を摘出しないといけない。
広めの円筒に実装石を放り込み、中心に固定する。

円筒よりも一回り小さな落し蓋を用意し、実装石の首を上向きに固定したまま、
ゆっくりとゆっくりと潰していく。

一気に潰してしまうとただの轢殺死体にしかならず、あまりゆっくり過ぎても
実装石の体が劣化してもたない。

理想では2週間ほどかけて圧力を加えていくのがいい。
その間栄養は注射器で与え、ストレスで偽石を割らないようにたまに金平糖を口に入れてやる。

やがて顔面が胴体に押し込まれ、そこからさらに周囲を圧迫し始める。
パン生地に拳骨を埋め込むように周囲にのけられた実装石の体は、重石から逃れるように円筒の外縁に押し出される。
この工程が終わるころには、隅から手足の突起が4本生えた、肉色の盆のようなものが出来上がるという寸法だ。
これで下ごしらえは完了である。

久しぶりに浴びる外気に身震いする、円筒から取り出した実装石。

とはいえ、長い圧迫生活のせいで骨格は完全に崩壊し、手足もまともに動かないので逃げ出す心配はない。
ここからが仕上げだ。
まずは邪魔な手足を切り取って、ピザの土台となる部分を整形する。
切り取った傷口はしっかりと焼き潰し、形を整える。

切り取った手足の断面を確認する。
赤い部分が多ければ、輪切りにしてペパロニ風にする。
緑の部分が多ければ、削ぎ切りにしてピーマン風に仕上げる。
ついでにとっておいた実装服を切り刻み、バジル風にする。
これらを土台となった顔部分に満遍なく振り掛ける。
さらに余った皮をトロリで希釈し、チーズのように粘り気が出てから、具の上に振り掛ける。

この段になれば、流石の実装石も静かになるが、これで終わりじゃない。
ピザ独特の焦げ目をつけなくては、ピザとしてしまらない。
バーナーを用意し、表面を炙る。
なければ100円ライターやチャッカマンでチリチリやるのもいい。
反射でぴくんぴくん跳ねるが、ここで気を抜けばせっかくの作品が台無しになる。
満遍なくこげ色がついたなら、完成。



   *   *   *


この記事が発表されると同時に、空前のピザ実装ブームが巻き起こった。
ルールは2つ。

ひとつ、薬品以外の材料はすべて実装石であること。
ひとつ、完成状態で実装石がまだ生きていること。

この制限がスレスレに擦れた虐待派の心に火をともしたらしい。
まさに虐待派としての技術を競うかのように大量のピザ実装が製造された。

4種類の虐待を篩い分けたクォーターピザ実装。
蛆実装をパラペーニョに見立てた激辛ピザ実装(人生的な意味で)。
家族まるまる縦に潰したミルフィーユピザ実装。

ギャグとしてのデフォルメに走るものから、サンプル職人も真っ青の完成度を見せ付ける作品まであった。
また、加工した実装石が生命力に満ちていればいるほど巧みとされ、
自らの体に起こった悲劇に気が付かず、飼い主につぶれた声で「餌をよこすデスゥ」と罵り続けるピザ実装の動画は
一週間で3万HITを超える微妙な記録を残した。

元気一杯のピザ実装に鏡を見せ、ショックで自ら偽石を割らせる「ピザカッターの刑」は虐待派の集いでも人気があり、
「自覚のないピザ実装」は非常に高値で取り引きされたという。

しかし一方で愛護派も黙ってはいない。
なにか勘違いした…つまり虐待に対する意識の低い実装一般紙でピザ実装が取り上げられるたびに苛烈な抗議を行い、
担当記者の悪口で一部のフォーラムは常にフル稼働する有様となった。

しかし、皮肉なことにこの愛護派の活動により、一部のマニアのものであったピザ実装は広く認知され
より社会に影響を与えることになる。


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この騒ぎで一番あおりを受けたのが本物のピザ会社である。
なにせ飲食業界では絶対に禁忌の実装石だ。
いくらおいしそうなピザのカタログを見ても、
あの独特の青臭い排泄臭を思い浮かべてしまうと普通食欲は消滅する。

事実、大手ピザ5社のうち、1社がこの騒ぎで他社に吸収される憂き目に会った。
ピザを扱うファミレスでも悪質なクレーマーがついたりと大変だったという。

一部の経済にまで影響を及ぼし始めたピザ実装。

しかし、騒ぎは愛護派と虐待派だけの衝突だけに収まらなかった。
鍋派…つまり食実装派の台頭により、事態はさらに混迷を極めてゆく。


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「翠 羅刹」のある回に乗せられた写真。
「ピザ実装をモリモリ喰らうピザ人間」のタイトルの名が示すとおり、
こんがり焼いたピザ実装にタバスコをたっぷりと掛け、笑顔で食す肥満男の図。

これには虐待派も驚いた。

「あんな不浄な生き物を食べるなんて信じられない」「あれはジョークだろ」
「無理無理無理まじ吐く吐く吐く」「ひゃっはぁ…」

さまざまなコメントで紙面が混迷する中、第二第三の食ピザ実装が投稿される。
いわく、

「見た目と正体と味のギャップが三段で楽しめる」
「今までのグロい実装料理はダメでしたがこれはいけました」
「なんにせよ安い 月末の友」
「焼けば食える 何者も」

この当時は生地加工した食用実装にピザの素材でデコレートし、本当のピザのようにするのが主流だったが、
やがて一部の虐待兼鍋派のリードにより、実装単一素材によるピザ実装が本流とされるようになった。

実装のみの調理は味付けが難しく、またどうしても味が素材のもののみになってしまうため、
軽度の鍋派はこの潮流から外れていったが、ガチの鍋派はむしろ望む所と大いに奮い立った。

まず、さしすせその調味料以外の素材の利用を禁止した本格ピザ実装レギュレーションが成立。
ルールによる束縛に、より競技性が高まったピザ実装はさらにその枠を広めてゆく。
虐待派がドッ引くほどのブームを受けて、大手実食サイト「装食動物」にコーナーが設立。
ほぼ同時に都内の老舗実食店「じそや」がピザ実装専門店「テッチュアーノ」を開店した。
誕生から半年で、もはやひとつの実食ジャンルとして社会に完全に定着してしまったのだった。

そしてピザ実装は実食の枠だけに収まらなかった。

チーズも炭水化物も使わないピザ実装が意外と低カロリーであるのが知られると、
一部のキモ好きな女性がこれをスタイリッシュなダイエット食と定義した。
それが「痛メシ」の名前でピザ実装をさらに流行らせてゆき、
やがて野趣(ビジエ)のひとつとして通常グルメサイトの一角に紹介されるに至った。


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これに反発するのはもちろん愛護派と、意外なことに虐待派であった。

愛護派は過激環境保護団体と手を結びこれらの実食文化に猛烈抗議。
港湾での実装輸入に妨害運動を行ったが、
ほとんどの鍋派が国内産至上&現地調達派だったため活動は空振りに終わる。

一方虐待派が焦ったのは実装石の食用捕獲による個体数の激減であった。
古来多くの動物を乱獲により絶滅させてきた人間の常、
食用価値が高く、以前より割高で取引されるとなると、山実装、郷実装はもちろん、
都内の野良実装に至るまで捕獲の手が伸びてきたのである。

事実この当時の全国の保健所の記録を見れば、野良実装の処分個体数が
前年の1/3までに落ち込んでいるのがわかる。

一部の虐待派はそれに対抗し、不本意ながら実装石の養殖に着手。

だが、餌の配給や安全な寝床などを確保してやるも、我慢できなくなりヒャッハー、
結果ただの上げ落としになってしまった例が反省文と共に虐待派のサイトに多数寄せられたと言うので
あまり効果的な結果は望めなかったと言えるだろう。


しかし、現実問題、虐待のためにピザ実装を作っていた虐待派と違い、
純粋に食料として実装をいただく鍋派に対しては、その不当性を問うことは難しく、
(元をたどれば食肉問題、宗教問題にまで発展するため、日本国内では意思統一が難しいのだ)
さまざまな抗議活動も対抗運動も効果を発揮できぬまま、国内の実装環境は大きく変わろうとしていた。


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そのときに起こったのが、後に「JP事件」と言われる事件だった。

ある日、虐待派の男が実装石にピザ実装を食べさせようと、公園に自家製のピザ実装を持っていった。
そのピザ実装には非常に強力な「即滅コロリ」が仕掛けてあり、
男は食われる実装と食った実装の死に様をダブルで楽しもうとしていたのだが、
どんな偶然が重なったものか、男が目を離した隙に行楽で公園に来ていた家族連れの手にこのピザがわたってしまった。
自分達が持ってきた本物のピザと間違えてピザ実装を口にしてしまった家族連れ。
通常実装系の薬は人間には効果はないが、実装石を素材としたピザ実装と即滅コロリが胃の中で交われば、
当然コロリは反応する。
特にこの即滅コロリは従来品とは異なり、実装体内の偽石成分を破壊する際に発生したエネルギーで
偽石本体に負荷を与えるという代物だった。
破壊された偽石成分のエネルギーが偽石を破壊できないまま胃袋から吸収され、
いわば未消化の偽石破壊成分は自らの摂取者に破壊すべき偽石の摂取を求めた。

簡単に言えば急に下戸になった元大酒呑みが喉が渇いて水がとても欲しくなった、という現象の
ちょっとオーバーな事態が起こったわけである。

この壮絶な「食あたり」により極度の興奮状態となった元どこにでもいる一家は
即滅コロリのもたらした偽石破壊衝動のままに公園中にいる野良実装を襲撃し、偽石を奪い取り、むさぼり続けた。
現場を目撃した虐待派の男は「まるで往年の保管庫を見ているようだ」と謎のコメントを残した。

ちなみに後に保護された一家は体力を著しく消耗させていたが、
暴走中の記憶を残しておらず、心的外傷は残さなかったと記録されている。
もっとも、後から事情を知ればどうなるかわかったものでもないのだが。


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しかし、このショッキングな出来事はたちまち世論を動かした。
コロリの項目は巧みに情報が伏せられ、「安全だと思っていたピザ実装の思わぬ副産物」という形で
マスコミが連日面白おかしく取り上げる。
たった一度の小さな事件ともいえるのだが、こと食が絡み、わかりやすいタグが付けば
日本人は過剰なまでに反応する。
直接叩くべき対象が明確であり、それが本来マイノリティであるならばなおさらそういう傾向が強い。


同時に、これを機と見た愛護派は虐待派化反応を危険なものとして世間に向かい警鐘を鳴らした。
それを受けて「実装石を食べると心が破壊される」と一部の議員がろくに下調べもせずに提唱したのは今でも語り草になっている。

また自負のある虐待派は虐待派で「無意識に実装虐殺を行う薬」というものの存在を否定する動きをとった。
手ごたえもなく、ほどよい狂気に浸れることもなく、カタルシスも味わえない虐待に何の意味があろうか、というわけである。

この両派の活動もピザ実装全体の衰退を決定的なものとさせた一因だろう。

また、隠蔽されたコロリの効果に関しても、暴走した一部の意識の低い虐待派がこのコロリ反応を悪用し、
愛誤派に服用させることで自らの飼い実装を殺させるという事例が報告され、
即滅コロリおよび同様の作用タイプの実装薬は厳重に規制される流れとなった。

さらに食実装業界は世間から強制的に自粛を迫られ、一時メジャー化した実食もブーム以前の規模まで後退。
結果としてピザ実装も「世間を騒がせた一過性のブーム」の烙印を押され、
実装各派の間でもやがて下火になり、忘れ去られていったのだった。


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・・・


「デー」

目の前のピザ実装がもう一度鳴く。

ピザ実装自体は過去のものとなったが、全ての人間がそれを忘れたわけではない。
未だに自らの製作衝動を以ってピザ実装作成にいそしむ職人はおり、
彼らは常に作品発表の場を求めている。
公的な場でそれを行うことのできなくなった彼らは、「J−PIZZA」とロゴを刻んだ箱の中にそれを入れ、
公園のベンチなどにそれを放置し、鑑賞させるのだという。


見つけた虐待派はその職人の技巧を鑑賞し、評価するのが暗黙のルールだ。
評価に値しないと思うのなら、箱を閉じてそのまま放置する。


そして、十分に評価をしたのなら、今まさに自分がしたようにピザの箱を地面に置くのが正しい作法である。


見守るほどの時間もなく、すぐに茂みから野良実装が数匹現れて、ピザと化した実装石をむさぼり喰らう。
ピザ実装は最後に弱弱しく

「デー」

と一声鳴くと、そのまま野良の腹の中に消えていった。
これにてこの恐ろしく手間のかかる虐待が完成するのだ。

形を残さず、名を残さず、あくまで最後のとどめと評価は他人にゆだねるという、
このプライドの高い虐待行為は立ち会えること自体がすでに奇跡と言ってもよい。

この町内のどこかに居るまだ見ぬ職人の腕に敬意と、一抹の哀愁を感じながら、
さらに食料をねだる野良どもを蹴り散らかしつつ帰路に着いたのだった。



完


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◆.YWn66GaPQ
作品中の各派閥ってこんなものかなーといろいろ想像してみました。

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1 Re: Name:匿名石 2014/10/24-21:45:53 No:00001501[申告]
実装石をめぐる各派閥の動きを
記録という形で表現しているのが面白かったです。
2 Re: Name:匿名石 2021/01/29-06:50:40 No:00006310[申告]
コンテンツが流行り収束するまでの過程がリアルですね。
完全には消えずほそぼそと生き残っているのがなんとも
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