タイトル:【観】 駅舎の実装石(5/5) 【オムニバス】
ファイル:駅実装5.txt
作者:中将 総投稿数:51 総ダウンロード数:3498 レス数:1
初投稿日時:2008/11/30-00:29:18修正日時:2023/06/28-13:40:54
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愛される実装石もいれば、愛情の足りない家庭で飼われるものもいる。
共に外出に連れて行かれる実装石は幸福な部類に入るのだろう。
しかし、幸福なものに常に幸運がついて回るとは限らない。

あまつさえ飼い主の庇護の及ばない所に来たのなら、その結末は推して知るべしである。


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             駅舎の実装石(5/5)
           〜落し物センターの実装石〜


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駅のはぐれ実装と言えば、放任リードなしの愛護派の手元からはぐれた実装石ばかりを想像しがちだが、
電車のなかではぐれる実装石も意外と多い。

実装石には人間よりも割り増しな乗車券が必要であり
(リスク代込みなのだという)
さらに飼い主は連れ込む実装石をケージに入れておく必要がある。

それでも満員電車の中などでケージの留め金が緩んでしまうと、
あまり暑さや息苦しさに我慢のきかない実装石はケージの中から飛び出し、
人の足の合間や座席の下を縫ってどこかへ行ってしまう。
どこかの駅で降りてしまうこともある。
そのまま終点まで運ばれてゆくパターンもある。

そして、はぐれた実装石は、命があった場合にだけ落し物センターに届けられるのだ。



「おい、今日3つ目の落とし石だぞ」
「まじっすか先輩、勘弁してくださいよ」


駅の中をうろついている飼い実装はセンターで保護される。
保護と言っても時間を書いたタグをつけ、落とし石預かり箱に放り込むだけである。


その日保護された3匹目の実装石はちょっと目立つ個体だった。
ピンクの服、青いリボン。
首輪がわりに意匠をこらした涎掛けを付けており、そこには「グリューン」と名前が縫いこまれていた。

しかし、どんな実装にも駅員は贔屓しない。
デップデップうるさいグリューンちゃんは無造作かつ迅速に預かり箱に放り込まれる。
標準的な個体よりもよく肥えた体が地面とぶつかりくぐもった音を立てた。

         *         *         *

「デブルゥゥゥゥゥァ!? この糞人間! 何するデスァァァァァ!?」

グリューンが吼える。
しかし預かり箱の蓋はすでに閉じられ、人間の姿は見えなかった。
代わりに暗闇の奥から答える声がある。

「デェ、うるさい奴デス。静かにしておくデス」
「そうデス。昼寝の邪魔する糞蟲は死ねばいいデス」

グリューンが振り返れば、そこにはやや小柄な普通の実装石と、ちょっといい服を着た実装石がいた。

「デェェェ お前タチはなんデス! なにものデス」
「ワタシはドミーというデス」
「お前に名乗る名前はないデス」
「そんな事言わずに教えてあげるデス こっちはメロンちゃんデス」
「デャア! 大切なゴシュジンサマに貰った名前をこんな糞蟲に教えるんじゃないデス!」

落ち着いた風情の普通実装と少し高ぶっている上実装。
絢爛実装であるグリューンは即座に相手を目下の相手と設定した。
もとより今までの実生において、グリューンの眼前には常に目下の相手しか居なかったのだが。

「デプ ドミーにメロンデスか それではここにいる間このグリューン様のゲボクになることを許すデス」
「グリューンちゃんていうデスか」
「デァァァ! なに決め腐ってるデスこの糞蟲! だれがだれのゲボクデス!」
「もちろんお前たち2匹デス」
「デェ なんでグリューンちゃんはそんなこと言うデス?」
「そんなのお前たちがワタシに遥かに劣っているからに決まっているデス」
「なに糞蟲が糞蟲なことを糞蟲に糞蟲の糞蟲ィィィィィ!」

         *         *         *


「今日の糞蟲どもは本当にうるさいなぁ」
「辛抱しろよ、もうすぐ引継ぎなんだからさ」
「あー、そうっすね…」


         *         *         *

「メロンちゃん、あんまり相手をクソムシっていっちゃいけないんデス」
「でもこいつは間違いなく糞蟲デス!」
「デェェ さっきはあんなに優しかったのにどうしちゃったデス…」

たしかにグリューンがくるまでメロンはドミーに優しかった。
何のことはない。自分よりも少々見た目に劣るドミーにメロンが優越感をもって振舞っていただけであるのだが。
そして、その場に現れたグリューンの絢爛な姿にメロンは嫉妬していたのだ。

「ゲボクどもがうるさくてたまらんデス ゲボクニンゲンが迎えに来るまでせめてワタシに仕えるデス」
「デヤァァァ! ワタシにだって素敵なゴシュジンサマが居るデス! すぐに迎えに来るデス!
 ゴシュジンサマが来たら糞蟲なお前なんかメチャクチャに叩いてもらうデス!」
「デププ… お前タチに迎えはこないデス」
「「デェ!?」」
「なんでそんなこと言うデス」
「簡単デス お前タチはニンゲンに愛されていないデス」
「デェェ! ゴシュジンサマの悪口までいうつもりデス!?」

グリューンがデップデップ笑う。
ドミーは悲しそうに、メロンはもはやグリューンに飛び掛らん勢いだった。
ドミーがぽつりと言う。

「…ワタシはご主人様に愛されているデス」

しかしグリューンはドミーの様子の変化にすら気が付かない。

「デプー それは嘘デス だったらなんでそんな惨めな格好してるデス」
「…」
「ワタシは愛されているデス その証拠がこの服デス このリボンデス
 だからワタシにはお迎えが来るデス お前たちには来ないんデスゥーーー!!」
「おのれこの糞蟲…言わせておけば…デスゥ…」




「リボンがあれば来るんデス?」




「「デ?」」
「リボンがあればご主人様 来てくれるんデス?」

一歩前に進むドミー。
逆に冷静になるメロン。
反射的に一歩下がるグリューン。

「オマエのリボンがあれば ご主人様 来てくれるんデス?」
「デェェ それ以上近寄るんじゃないデスこのゲボク…」

一歩、一歩と進むドミー。
すでにグリューンは壁際に追い詰められていた。

「デェェ ドミーちゃんどうしちゃったデス」
「メロンちゃん…メロンちゃんはご主人様に迎えに来てほしくないんデス?」
「デェ?」
「あいつの持ち物があればご主人様が迎えにきてくれるデス」
「ゴシュジンサマが…」

二対の目が狂気に染まる。

「ワタシに手を出したらゲボクニンゲンが黙ってないデス…」
「リボンをとっちゃえば来ないデス」
「薄汚いおまえらなんかギタギタになるデス…」
「服も奪ってやればいいデス」
「あのステキなエプロンはメロンちゃんにあげるデス」
「ありがとうデス」
「デェェ…」

かつてない恐怖にグリューンの腰が抜けた。
脂肪にたるんだ尻が湿った音を立てる。
丁度ドリーの目の前にリボンが揺れる。

そんなリボンをドリーはゆっくりと撫でた。

「ステキなリボンデス…これでご主人様にあえる…デスッ!」

リボンごとグリューンの耳を引きちぎる。
頭巾の隙間から血があふれ出た。

「デギャァァァ!! ワタシの耳がッ! ワタシのリボンがァァァッ デスゥゥゥゥ!!」
「いけないデス。ステキなエプロンが汚れちゃうデス…」
「手を離すデスゲボク! これはワタシのデス! オマエになんか不相応デスゥ!」
「耳なしがうるさいデス…髪も抜けばおとなしくなるデス?」
「さわるなデス!」
「メロンちゃん、ワタシがこっちの髪を抜くからそっちを抜いてやるといいデス」
「デェェ…お前タチ、今なら許してやるデス…
 …ちょ ニンゲン! 糞ニンゲン! ワタシを助けるデス!!
 
 デェ…デェェ…デェェェェェェェ!!!」




         *         *         *


「はいよ、特に伝達なし、引継ぎ終了」
「判子ないぞ、ここ」
「あー、サインでいいかな」
「やめとけよ、前の監査で言われたろ」
「しょうがねーか」

「おい、先行くぞ」

「あ、先輩待ってくださいよ」
「で、あのうるさいのはなんだ?」
「あー。今日の落とし石。やったら元気で元気で」
「マジかよ…最悪の引継ぎじゃねーか」
「そのうち疲れて静かになるからよ、後頼むわ」

「おい! もう待たねーぞ!」

「あーっと、すいません、今行きますー」


         *         *         *



多少の体型差はあれど、場数0同士の飼い実装同士の勝負は数で決まる。
グリューンのドレスは細切れになり、辛うじてレースだけが原形をとどめていた。
見事な涎掛けは僅かな返り血に汚れたままメロンの首に収まっており、
ドミーは髪の毛に奪い取ったリボンを留めてご満悦だった。

そして、絢爛実装だったグリューンは服どころか髪も耳も失い、箱の隅で痣だらけの体を丸めてがたがた震えていた。
あまりにも一方的な暴行略奪劇だった。

グリューンの末路はここで決まっていた。
そして、他の二匹もまた、大きく道を外してしまっていたのだ。


         *         *         *




「はい、落し物センターです。
 ああ、実装石ですね。はぐれた時間はわかりますか?
 …はい、はい、確かに数匹届いていますね
 ええと、ピンクの服で、リボンをつけた実装石ですね…

 …ええと、リボンをつけた実装石はいるんですが、ピンクの服ですよね?

 残念ながら届いていませんね…
 本当に申し訳ありません。念のため連絡先を…」




「はい、センターです。
 実装石ですか。特徴は?
 
 ええと、ごく普通ですか?リボンはつけていない…?
 名前とかがわかるものは…メロンっていうんですね?
 ああ、確かに普通の実装石がいますね…

 あ、でもこの実装石はグリューンって名前があるようです…」
 申し訳ありません、届いていないようです」




「はい、実装石ですね?
 今こちらにはリボンをつけた実装石と、涎掛けをつけた実装石、
 あとは禿裸の実装石が届いていますね。
 はい、リボンも涎掛けもつけていない…
 ええ、小柄な実装石はリボンをつけていますね。
 届いていないようです。

 え? もしかしてその禿裸は襲われたうちの子かもしれない? 
 ああ、大丈夫です、さきほど小柄な実装石とおっしゃってましたが、
 一抱えもある大柄な実装石ですから、そちらの言う小柄なドミーちゃんとは違うと思いますよ。
 はい、ええ、特徴のある実装石がもし届いたら、そちらにお電話差し上げますので…」



         *         *         *



「…こないデス…」
「なにやってるンデス…ゴシュ…」
「デププ…ざまーみ…ろ…デ」



         *         *         *



落とし主の現れなかった実装石は3日ほど保管され、そして処分される。
そうしないと捨て実装が絶えず、またその維持費も膨大になるからなのだ。
その間餌は与えられず、実装石たちは孤独で過酷な夜を過ごすこととなる。

もっとも、3日後の処分を待つまで生き残る「恵まれた」実装石は稀であるのだが。


それを知っているので心ある飼い主は居なくなった自分の実装をすぐ探す。
そして多くの場合、それは徒労に終わる。

実装石が駅員に無事保護される確率はとても低い。
しかし、それに輪をかけて、保護された実装石が飼い主の下へ帰還する確率は低いのである。


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出会いと別れを演出する駅舎。
数々の人間ドラマがそこで生まれては消えてゆく。

それはたまたま人間社会に紛れ込んでしまった実装石にも同じこと。
しかし彼女らに用意されたハッピーエンド行きの列車はとても少ない。

今日も鉄の軋みと共に、どこかで不幸な実装石が永久の旅に出ているのである。





完


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◆.YWn66GaPQ
おそまつさまでした。
テンションも視点も結末もクオリティもバラバラになりましたが、これにてシリーズ完結です。
皆様連夜おつきあいいただきましてありがとうございました。
一年以上のブランクを開けてしまいましたが、多少なりとも楽しんでいただけたのなら重畳です。





最後に拙作の過去作インデックス貼らせてもらいます。

sc1003.txt 【虐?馬?】中国製リンガル 
sc1004.txt 【哀?馬?】集めてフィーバー 
sc1005.txt 【愛?馬?】逆転実装 
sc1006.txt 【俺?馬?】実装拳 
sc1011.txt 【観】火事場の実装石 
sc1012.txt 【愛+愛=哀】御主人様とゴシュジンサマ・改(AB同時進行)
sc1013.txt 【哀+哀】御主人様とゴシュジンサマ・改(A→B)
sc1116.txt 【虐…?】遠い日の郷実装 
sc1131.txt 【あっさり虐】屋根の上のバイオハザード
sc1138.txt 【愛・俺】異形の望むもの
sc1205.txt 【馬・虐】さようなら蛆ちゃん

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1 Re: Name:匿名石 2019/03/13-23:15:30 No:00005799[申告]
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