実装石を飾る 虹裏町の町外れ、緩やかな上り坂を登りきったところに変わった店がある。 いまどき珍しい、実装石専門のペットショップだ。 ブームも終わり、専門店がバタバタと潰れていく中、このペットショップだけはずっと営業を続けてきた。 今では総合ペットショップでも見かける機会の減ってきた実装石だが、この店には掃いて捨てるほど居る。 そんな実装ペットショップ、「腸」が俺の仕事場だ。 1. ペットショップ「腸」の朝は早い。 夜明け前には店の主力商品である「未調教実装石」たちが、空腹を訴えて泣き喚き始めるからだ。 俺が住み込みで「腸」に勤めるようになった最初のころはこんなことはなかった。 「腸」で「未調教実装石」を取り扱うようになったのは半年前。オーナーが税務調査で指摘を受けたのがきっかけだった。 「腸」には営業の実態がないのではないか? そう疑われたのだ。 まあ、税務署の人が疑うのも当然だろう。 事実、躾済みだけを販売していた頃は、レジに立っていた時間は、営業時間中、正味にして一時間あるかないか、と言ったところ。売れ るのも近所で実装石を飼っている人向けの消耗品の類が主で、実装石そのものは、一週間に一匹売れればいいほうだった。 その頃の俺は、開店時にシャッターを開けた後は、定時まで時間をいかに潰すか、そんなことばかり考えていた。 それくらいに暇な仕事だったのだ。これでは、いかに税金対策の店とはいえ、目をつけられないわけがない。 けっきょくのところ、生き物相手の商売であるし、常駐の職員が居ても不自然ではないということで決着はしたようだが、オーナーはそ れなりに危機感を持ったらしく、斜陽の実装産業の中でも、例外的に堅調な売れ行きを示していた「未調教実装石」を、「腸」でも取り扱 いを始める事を決めたのだった。 騒々しく喚く「未調教実装石」に餌を与えるため、俺は2階に設えられた事務所兼住居から階下に降りる。 ホントは2階は事務所兼応接室だったのだが、「未調教実装石」の取り扱いを始めてから、「躾済み実装石」への悪影響が甚だしい、と言 うことで、それまで俺の住まいとして与えられていた離れのスーパーハウスを改装して躾済み実装石専用の畜舎とし、滅多に使われない2 階の応接室を俺の住居へと改装したのだった。 スーパーハウスより住み心地はいいが、朝はたまったもんではない。 五月蝿すぎて寝ていられないので、朝は夜明け前に起きる習慣が出来上がってしまったくらいだった。 俺が姿を見せると、「未調教実装石」たちの鳴き声は怒号にも似た絶叫に変わる。餌はじゅうぶん与えているはずなのだが、 この旺盛すぎる食欲はいったいどこから来るのだろうか? 業務用実装フードの袋(10kg入り)から、ゲージの柵を取り囲むように設けられた餌受けにザラザラとペレットを落とす。あっという間 にゲージの柵にへばりつく「未調教実装石」たち。柵の底の隙間から、腕を必死に伸ばしてフードを掴み取り、口に運んでいる。 健康な「未調教実装石」がゲージの四周に密集して蹲り餌を貪る間に、俺はゲージ中央付近に取り残された、緑色の塊を回収する。 塊はどれも絶命した実装石とその残骸だ。未調教の実装石は、空腹がすぎると共食いをする。集団の中で特に弱い個体が狙われ、食われる のだが、業務用実装フードほどに美味ではないために、こうして食いかけで放置されることになる。 回収した死骸の実装服の裾にプリントされた個数管理用QRコードを読み取った後、俺は実装石の死骸を廃棄ボックスに放り込んだ。 健康な「未調教実装石」は皆餌を食らうのに夢中のようだ。俺も朝飯を摂ることにしよう。 朝食と開店前のこまごまとした仕事を片付けるのに、だいたい1時間ほどかけた後、俺が1階のバックヤード、「未調教実装石」畜舎に 降りると、腹の膨れた「未調教実装石」たちが惰眠を貪っていた。 そろそろ朝の冷え込みも激しくなってきたこの時期、押し競まんじゅうのように一塊になって眠っている。 そこにいきなり放水してやった。 実装石たちは悲鳴をあげ逃げ惑うが、ゲージの中をぐるぐると走り回るだけ。ホースから勢いよく放たれるお湯で濡れ鼠になる実装石。 やがて、放水されているのがお湯であるのに気付くと、めいめいに身づくろいをはじめるのだが、服を脱ごうともしないあたり、「未調教 実装石」らしいところだ。 実装石がシャワーを楽しんでいる間に、水圧を徐々に上げていき、コンクリート敷きのゲージの底面にこびりついたクソを洗い流す。汚 水は先程まで餌の入っていた4周の餌皿に流れ込み、四隅のグレーチングから排水されていく。 底面がすっかりきれいになる頃には、お湯の水圧が高くなりすぎて、実装石たちはシャワーを楽しむどころではなくなっていた。 実装石もゲージもすっかり奇麗になったのを確認して、俺はお湯の放水を止めたあと、強すぎるシャワーにぐったりとした実装石たちの 上からファ○リーズ系の消臭液をドボドボと降りかけていく。これで臭いも(店頭に並べて問題ない程度には)抑えられる。 仕上げに古いゴワゴワのバスタオル数本と新聞紙の束をいくつかゲージに投げ込み、柵に取り付けられた給水器の補充を終えると、俺は 離れの「躾済み実装石」畜舎へ向かった。 「躾済み実装石」の畜舎は、「未調教実装石」の畜舎に比べるとまるで天国のようだった。 既に全部目を覚ましていたが、餌をねだって泣き叫ぶようなこともない。2〜5匹ずつに小分けしてある狭いゲージに文句を言うことも ない。もちろん地べたにクソを漏らすようなこともなく、ちゃんと別に設えられたトイレで用を足している。 本当に手のかからない連中だ。 「未調教実装石」のと同じ、業務用実装フードを餌皿に盛り、各々のゲージに持っていくが、ゲージ内で争って食うということもない。 それぞれ一粒づつ手にとって、がっつくような食い方もしない。 餌を食い終わった実装石から順に、蒸しタオルを手渡していく。それだけでこの躾済み実装石たちは服を脱ぎ、全身をそれで拭うという 芸当をやってのける。 これで生後2週間程度だと言うのだから、この先の延び代はほとんどないにしても、実装石のポテンシャルと言うのはたいしたもの。 「未調教実装石」の取り扱いを始めた最初のころは調教の有無までここまで変わるものか、とあまりのギャップに驚かされたものだ。 全部が朝の食餌と身づくろいを済ませたのを確認すると、俺はちょっと気になる、変わった個体に声をかける。 「おはよう、実装石」 声をかけられた実装石はぴくり、と耳を動かすと、振り向いて俺を見上げ、お辞儀をした。 姿形は何の変哲もない実装石、そろそろ売り物としては値下げを考えなくてはならない中実装だ。 変わっているのはここからだ。 お辞儀をした後、中実装は空になった餌皿をひっくり返し、その上に腰掛けて動かなくなった。 少しも身じろぎせず、瞬きもせずに、ただ静止する。まるで人形のように。 「躾済み実装石」は「待て」の命令を理解できるようになってはいるが、この中実装のように、自発的に硬直してしまうのは居ない。試 しに「動くな」と何匹かの躾済み実装石に命令してみたものの、瞬きまで止めることは出来ないのが普通だった。 毎朝、もう一度俺が声をかけるまで、この中実装は何時間でもこの姿勢のまま、固まったままでいる。実装石はデタラメで変わったナマ モノだが、それにしても、この中実装の変わりっプリはなかなか興味深いものがあった。 人形のように固まってはいるが、俺の動きを追うようにしてギョロギョロと忙しなく回る赤と緑の目玉だけは実装石そのもの。 俺は固まった中実装の不気味な視線を感じながら、残りの仕事を片付けていく。 2. 午前10時。ペットショップ「腸」の開店だ。 もっとも、開店早々に客がくることは滅多にない。……ので、わりと暇だ。 畜舎からショウケースに移された躾済み、未調教、いずれもこの時間は大人しい。 未調教のほうは防音ガラスのショウケースに並べているから騒音が漏れてこないだけだが、躾済みのほうは普通に大人しい。 躾済みのショウケースには餌皿と給水器、トイレ用のおまるも設置されていて清潔だ。 いっぽう、未調教のほうはとなると……ショウケースのガラスの前面には投擲されたクソが早くもこびりついていた。 未調教のほうには餌皿も置かれていないし、トイレ用のおまるもない。置いておくだけ無駄だからだ。 餌を与えようものなら、ショウケースの中で争い始めるし、そもそもおまるの使い方を知らないので置いておくだけ無駄。一度、おまる を置いてみた事もあったが、当時、向かい合ったショウケースに飾られていた躾済みが餌を食んでいるのに嫉妬したのか、おまるの中の猫 砂を貪って窒息死した奴が出てからは撤去してある。 その後も待遇の差に嫉妬のあまり狂ってしまうのが続出したので、店内のレイアウトも少し変更した。未調教のショウケースから死界に なるよう、躾済みのショウケースを移動してからは、そこそこ平穏な日常が戻ってきた。 それでもやはり、未調教実装石たちの無軌道っぷりは酷いものがある。ショウケースの前を俺が所用で立ち歩くたびに、絶叫の形に口を 大きく広げ、歯を剥き出しにしながらブリブリと漏らしたクソを手にとって投げつけてくる。 防音ガラスにぶつかり飛沫を上げて砕けるクソが降りかかり、周りにいた未調教実装石がクソを投げた実装石を集団でリンチする。 ……畜舎に戻す時には、何匹かショウケースで絶命してるのがいるのも当然だった。 未調教の連中があいかわらずいつもどおりなのを見て安心した俺は、躾済みのショウケースのほうに移る。体格の似通ったもの、値段の 似通ったものを2、3匹ずつまとめて陳列してあるショウケースはやや手狭な感じだが、それでも皆仲良く遊んでいる。衣食住が保障された 環境であれば、躾済み実装石の行動に綻びが出ることはあまりない。ゴムボールやミニカーといった定番のおもちゃで、めいめいに遊んで いるようだったが、一つだけ、様子の変わったショウケースがあった。 あの中実装の飾られているショウケースだ。 中実装はやはり、餌皿をひっくり返してその上に腰掛け、じっと動かないでいた。 俺がショウケースの前面のガラスをこんこん、と叩くと一瞬身じろぎして、軽く会釈を返してくるが、それだけ。 すぐに元の姿勢に戻って、動かなくなる。 同じような体格の躾済みがおらず、価格帯も被らないので、このショウケースには中実装が一匹入っているだけだ。売れ筋の仔実装のシ ョウケースが目につきやすいところに配置されているので、客の目にはあまり止らないようだが、躾済みのショウケース全体を眺めた時に、 明らかに中実装のショウケースだけが浮いていた。 躾済み実装石のショウケースは上段から、売れ残り成体、大人の女性の目線にちょうど合わせた辺りに入荷したての仔実装、その下に動 かない中実装をはじめとする中途半端な価格帯の中実装・成体実装、子供の目線に合わせた最下段に値下げした躾済み仔実装、という配置 になっている。 大人の目線からも、子供の目線からも視界に入りにくい微妙な位置に配された中実装は、だれからも注目されることもなく、今日も一日、 餌皿に腰掛けたまま過ごす。 昼。昼食を終えた虹裏町のサラリーマンがこの店に立ち寄っていく。 この時間帯はけっこうな書き入れ時だ。 未調教実装石が飛ぶように売れていく。 仔実装なら一匹¥50〜、という低価格のため、あまり利益はないが、リピーター率が非常に高いので安定した収入になる。 ネットで見かけた商売をヒントに、 「禁煙をはじめたお父さん向けに! ストレス解消に抜群の効果! 仔実装に癒されろ!」 というポップを立てて、10匹まとめて買った場合、320円と言う価格設定にしたところ、これが大当たり。 購入していった客が、いったいどういう風に癒されているのかはあえて書かないが、昼休みに立ち寄った客が、仕事が終わった帰り際に もう一度寄って帰る、というのも珍しくないから、だいたい想像はつくだろう。 午後一時を回る頃には、犇くように実装石が蠢いていた未調教実装石のショウケースは閑散としていた。 変わって満員御礼になるのは店の前に置かれた実装石廃棄ボックス。店の前の舗装路は歩道も車道も赤緑っぽい色に染められていて、ど うにも外聞が悪い。躾済みだけを扱っていた頃にはこんなことはなかったのだが、未調教を扱い始めてからは、こうした店頭の掃除も欠か せない日課となってしまった。 廃棄ボックスの回収袋を取り替え終わると、躾済みのショウケースを一通り眺める。 昼に大勢の客が来たにもかかわらず、ただの一匹も売れなかった躾済み。皆一様にしょげ返っていたのを励ますために、ショウケースの 前面のガラスに指を滑らせる。 躾済みの大好きな遊びだ。ガラス越しに指先に飛びつこうとする仔実装たちは、俺が指を動かすたびにそれについて動き 「テッチ、テッチ」と歓声を上げる。成体や中実装でもこれはあまり変わらない。 背の届かないほどの高さ、ショウケースのガラスの天井付近に指先を置くと、「テッチャー!」と鳴きながらジャンプするものもいる。 ひととおり相手をし終わると、躾済みたちは疲れて寝入ってしまうのだが…… やはり例の中実装だけは反応がなかった。 中実装はショウケースのガラスの上を滑る指先をギョロギョロと見つめるだけで、 一向に立ち上がり、指先に飛びついてこようとはしない。 変わり者の実装石だと思ってはいたが……ここまで反応がないのはつまらなさすぎる。 客もいないし、ちょうどいい。 俺はふと思い立ち、バックヤードに「あるもの」を探しに戻った。 3. 五分ほどして店内に戻り、俺は聴診器のような管をガラスの前面に押し当てて、中実装に声をかけた。 「オイ、実装石。俺の言葉がわかるか?」 俺がバックヤードから探してきたのは極初期型の実装リンガルだ。肩掛け式で嵩張るわりに、拾える語彙はやたらと少ないのが難点だが、 最近のリンガルのように、使用者の嗜好に合わせた超訳機能がないため、より実装石の本音が拾えるので、業者の間では重宝している。 「デス(ワカル)」 中実装は前を見据えたまま、俺の言葉に応えた。リンガルは機能しているようだ。続けて尋ねてみる。 「お前なんでいつも座ったまんまなんだ?」 中実装は、俺の言葉に驚いたように顔を上げた。不思議な生き物でもみるかのように。 「デッデデスデデッデ(ニンギョウハウゴカナイモノ)」 ……語彙が少なすぎてよくわからないが、どうもコイツは自分のことを人形だと思い込んでいるらしかった。 この世のどこに食って寝てクソして喋る人形がいるのだろうか? ……クソする以外は当てはまる人形が居なくもない気もするが、あれは伝説の存在だしな。 頭がおかしくなりそうだったが、中実装の言葉をなんとかつなげてみると、だいたいのことが分かった(ような気がする)。 中実装いわく。 ワタシたちはニンギョウ。 ヌイグルミじゃない。 ヌイグルミじゃないから、飾られなくてはいけない。 飾られ、見つめられ、愛でられて初めてニンギョウはニンギョウになる。 ワタシはニンギョウになる。 ワタシは、ニンギョウに、なる。 4. 中実装の独白を聞いてから、俺はどうも仕事に身が入らなかった。 実装石というのはああいうナマモノだっただろうか? 俺の知るかぎり、実装石とはもっと人間に依存したがる、どうしようもないナマモノだったはずだ。 これは躾済みだろうと未調教だろうと変わらない。実装石は人間に依存せずには生きて行けないモノなのだ。 中実装はその後も一度も動こうとしなかった。 ショウケースに飾られてるかぎりは梃子でも身じろぎもしない、そう決意しているかのように。 中実装の表情が、わずかに動いたのは、隣のケースに居た格安の中実装と、上のケースにいた仔実装が買われていったときだ。 飼われていく中実装の「テスー」という歓声。 新たな飼い主に抱かれた仔実装の「テッチューン」という甘えた声。 そのどちらも聞きたくない、とでも言うかのように、耳を後ろに畳み、歪む表情を抑えようと必死になっていた。 今までにも似たような反応を示したことはあったが、売れていく同属に対する嫉妬心を抑えようとしているのだと思い込んでいた。 しかし、中実装の独白を聞いてから、俺にはそれが、思い違いのような気がしてならなかった。 中実装はもっと、別の感情に耐えているのではないだろうか? 閉店後、俺は中実装だけを畜舎に戻さずに、店内に留め置いた。 手には試供品の最新型リンガルと、極初期型のリンガル。 2種のリンガルを使って中実装の言葉を翻訳することで、この中実装の本音を探ろうと思った。 「なあ、中実装」 俺は中実装に声をかけた。 ただ一匹畜舎に戻されずに残された中実装は、顔を青くしたまま、「デス」と鳴いた。 「もう客は来ないから動いていいぞ」 そういうや否や、中実装はケースの隅に設えているおまるに向かって駆け出し、即座に跨るとブパン! と音を立てて脱糞した。 脱糞しながら血涙を流す。そういえば、こいつがクソをするのをみるのは初めてだな。 ……というか、俺はコイツが腰掛けている以外の姿を見かけたのはこれが初めてじゃないだろうか? 最新型リンガルが中実装の呟きを拾う。 「デッスン、デッスン……〔ニンゲンさんにうんちしてるところみられたデス……もうおわりデス……〕」 極初期型には拾われていない呟き。だが内容はそう間違っては居ないような気がした。 排便を終えた中実装は、へなへなと床にへたり込んでしまった。放心してしまったようになっている中実装に極初期型と最新型、双方の リンガルを向ける。 「デッス……デッス(ニンギョウ……ナリタイ……カワレル……ヌイグルミ……) 〔ニンギョウになりたかったデス……飼われるのはヌイグルミデスゥ……〕」 いまいち意味のよく読み取れない言葉だった。 「ヌイグルミって何だ?」 そう問い掛けると、実装石は昂然と顔を上げ、大声で鳴いた。 「デッス! デェエッス! デェェエエッスゥウウウ!! (カワレル! ウンチスル! ニンギョウナイ! ニンギョウカザル!) 〔ウンチしてゴハン食べるのはニンギョウじゃないデス! ヌイグルミデス! ニンギョウは飾られるものデスゥ!〕」 「デェック……デック……デッスン…… (ニンギョウナイ……カワレル……カワイソウ……カザラナイ) 〔飼われた仔はかわいそうデス。もうニンギョウになれないデス。飾られることもないデスゥ……〕」 途中から涙声になり、中実装は言った。リンガルの翻訳誤差はほとんどないようだ。俺は読み取り難い極初期型の電源を落とし、最新型 のリンガルだけで会話することにした。 「……飼われると可哀想なのか?」 「デス、デスデスデ 〔そうデス。もう二度と飾られないデス。ヌイグルミみたいにママゴトに使われるデス。もうお終いデス〕」 中実装はそう言い終わると、さめざめと泣いた。 なんとも驚いた話だ。中実装は人間に飼われるためにショウケースに飾られている自分よりも、飼われ、自由になった実装石を憐れんで いる。 もはやその実装石は陳列されることは二度とないから。 ただの愛玩「動物」に成り下がり、人形になることはもはや有り得ないことだから。 驚きのあまり声も出ない俺に、中実装は嘆願する。 その願いのあまりの突拍子のなさに、俺は頭を抱えた。その場で即答することも出来ず、俺は返事を保留して、中実装を畜舎に戻した。 5. 中実装の嘆願から、二週間がすぎた。 中実装は、もう居ない。 いや、正確には居ないわけではない。居るのだが、あの頃の中実装はもう居ない、と言った方がいいのかもしれない。 中実装は、殺してくれ、と言った。 ニンギョウのワタシがなぜクソをしなければならないのか。 ニンギョウのワタシがなぜエサを食わねばならないのか。 なにより、ニンギョウのワタシがなぜ、ニンゲンに飼われねばならないのか。 いろいろ考えたあげくに、中実装は、実装石であること自体が間違いなのだ、その結論に至ったらしい。今までは覚悟が出来なかったが、 脱糞するところを見られて覚悟が出来た、もうニンギョウとして見られる可能性がないのなら、いっそ殺してくれ、と言った。 中実装が必要としていたのは、人間の庇護ではなく、人間の視線だった。どれほど飢えようとも、人間に見つめられさえすれば、それだ けでシアワセだと思っていた。 けれど、人間に見つめてもらえるショウケース、その中に居るかぎり、いつかは人間に飼われるかもしれない。それならば、飼われる前 に、殺してほしい、中実装はそう言った。 俺は一晩考えたあげく、中実装の望みを聞き入れることにした。 今、中実装はペットショップ「腸」、そのレジの真後ろに設えられた最上段の特製のショウケースに入れられている。 もはや喋ることも食うこともクソすることもない、抜け殻となった中実装の骸。 だがその骸は、ショップのどの実装よりも目立つ場所で、人間の視線を集めている。 中実装の骸を包むのは、飼い実装向けのドレス。 数週間ごとにドレスは着せ替えられ、「腸」を訪れる数少ない実装石愛護派たちの懐をくすぐる。 死してようやく、中実装は望む待遇を得られたのだ。 永劫に飼われる事はなく、それでいて視線は常に注がれる、そんな夢のような待遇を。 防腐処理の施された中実装の眼窩に嵌めこまれた赤緑のビィ玉は、もはや動くことはない。 無表情なガラス球に映される光景は、中実装が生きていた頃となんら変わるところはない。 今日も「腸」は盛況だ。 ブサイクな中実装に見下ろされながら、俺はこれからも実装石を売りつづけるのだろう。 END 後書き はいどーも。 最初書いてた愛護モノがあまりにも愛護すぎるんでいったん仕切りなおして、これ書いてみました。 実装石って元ネタ〔と言っていいのかどうか……)は人形だから、こういう奴がいてもいいよね? 人形だから、人間に鑑賞されることをその存在理由としている実装がいてもいいんじゃないかと。 ちなみに「飾る」というのを思いついたのは 雑巾を虐待するとき最も効果的な方法って知ってる? 飾ってやるんだよ・・・ッ(ぐらっプ○ー●牙……だったと思うがうろ覚え) って奴から。 実装石を飾るってのはある意味虐待かなぁ、と思って書き始めたんだけど、書いてるうちにぜんぜん虐待じゃなくなったのは想定外。 もともと愛護っぽい奴を書くつもりで書いたけど、ここまで虐待分が消えるとは自分でも思ってませんでした。 あ、別に煽りのつもりで書いたんじゃないんで、そこんとこシクヨロ(笑)。 それじゃ、また次のスクで。 テッチューン。
1 Re: Name:匿名石 2014/10/20-22:30:52 No:00001485[申告] |
こういう器物化も面白いな |
2 Re: Name:匿名石 2014/10/28-21:14:37 No:00001519[申告] |
俺が嫌いなのは糞蟲の愛護なんだ
こういう本来ナニを実装されたかったのかは見つめるようなやつが愛護というか大願成就するのは嫌いじゃあない |
3 Re: Name:匿名石 2020/01/31-22:44:04 No:00006185[申告] |
読後の余韻がいい
自分を特別視し我儘を通し死んだという 実装石の性をこういう形にするとは見事 |