躾競争 1 「よし、じゃあ行くぞ。——テッテレー」 そう言いながら、ひろあきは食紅を含ませたスポイトを、野良実装の目に垂らした。 四肢と首をがっちりとワイヤーで固定され、身動きが取れない野良実装は、デギャアアァァァァ!! と大声を上げながら、 強制出産モードに切り替わった。 剥き出しの総排泄孔から、ぷり、ぷり、と音を立て、粘膜に包まれた子供が輩出される。 それをぬるま湯を張ったシャーレに受け、即座に取り分ける。 「よし、あと五秒で交換!」 「うん」 続けて排出される子供は、交換された別なシャーレで受け止められ、十数秒後更にまた別なシャーレに交換・ 受け止められる。 最後と思われる排出が完了し、野良実装がぐったりした所で、拘束を解いてやる。 「おーとっしー、そいつ向こうにやってくれ。あー、活性剤頼むなー」 「了解ー」 脇に控えていたとしあきは、指示を受けて野良実装を部屋の外に運び出す。 先程取り分けた子供入りシャーレは、脇に待機していた別の仔実装達に与えられる。 仔実装達は、無言でそれを受け取り、懸命に粘膜除去処理を行っている。 「よし、すれあき。とっしー戻ってきたらジャンケンな」 「おーよ。今度こそ俺が最初の奴もらうからな」 「抜かせ、今度も三番目を取らせてやるぜ」 「へへん、お前こそ今度は俺に勝てよ」 仔実装達を監視していたもう一人の男・すれあきは、ひろあきと胸を小突き合ってガハハと笑った。 しばらくしてとしあきが戻ってくると、ジャンケンが始まる。 結果、としあき・すれあき・ひろあきの順に決まった。 「やったー! 初めて勝った! じゃあ遠慮なく一番目の貰うね」 「くっそぉ! 今回はドンケツかよ!」 「二番目か、まあ狙い通りだな。さて……」 すれあきが、仔実装達の様子を窺う。 粘膜を取り終えた子供達は、シャーレの横に置かれた半ゼリー状物体の上に丁寧に並べられている。 それを静かに手に取り、じっくり観察すると、すれあきはため息を漏らした。 「あ〜、お前等、今回きっついかもしれないぞ覚悟しとけ」 「え、何があったの?」 「今回ハズレだわ。ほとんど蛆だよ。しかももうかなり死んでるし」 「何、マジか?!」 並べて見ると、一番目はほとんどが蛆実装で、しかも身体が半透明の超未熟児だ。 身長10センチ程度の仔実装が手に取っただけで潰れてしまったようで、原型を留めていないものもある。 いくつかピクピク蠢いているのもあるが、まともに実装石の形をしている者は一匹しかいない。 二番目のものはほとんどが死産だったようで、蛆・親指含めて生きているとおぼしき者はたった三匹しかいない。 しかも、そのうち一匹は粘膜除去が遅れたようで、成長停止の兆しである身体硬化が見られる。 三番目は全体数こそ少なかったが、なんと五匹も形状維持している者がおり、元気そうに鳴いているものまでいる。 それを手にしたひろあきは、ニンマリと微笑んだ。 「残り物にはなんとやらって、マジだなー。お前等ありがとうよ!」 「くっそー、誰だ二番目の舐め取った奴は…ってこいつか!」 バキャッ! チベッ!! すれあきの踵落としが炸裂し、二番目のシャーレを担当した仔実装が床の染みと化した。 それを見てガクガク震える、二匹の仔実装。 すれあきは、靴下にこびり付いた汚物に顔をしかめながら、半ゼリー状物体から死んだ個体を取り除き、ビニール袋に 捨てる。 三十分ほどかけて各自「ゴミ」を処理すると、子供達の乗ったゼリー状物体を専用の容器に取り、それをガッチリした 大型のケースにそれぞれ収めた。 「よし、じゃあ準備完了。で、期限はいつだっけ?」 ひろあきの質問に、としあきが即答する。 「えっと、最初が来月の今日。締めが二ヶ月後の最終日曜日」 「よしわかった、じゃあ出す物出せお前等」 ひろあきの呼びかけで、二人は財布からありったけの札を取り出し、机に並べる。 ひろあき自身も同じように札をすべて取り出し、数え始める。 「えーと、今回の掛け金は…十二万六千円だな。過去最大だね」 「てことは、端数は二千ずつか。まー悪くないな」 「いいんじゃない? 前回の666円よりましだよ」 としあきは、そう言いながら二人に二千円ずつ返し、万札だけを茶封筒に収め、ホチキスで口を止める。 二人に了承を求め、それを鞄に収め、立ち上がる。 三人は顔を見合わせ、それぞれを軽く睨みつけた。 「じゃあ一ヵ月後に」 「今度こそ、絶対勝ってやっからな! 見てろお前等」 「がんばろうね、みんな!」 拳を重ね合って気合を入れると、三人は準備を整え、ひろあき宅を出て行った。 ※ ※ ※ ひろあき・すれあき・としあきの三人は、いずれも実装石虐待に関して長い経験を持っているのだが、最近すっかり 虐待に飽きてしまい、新しい刺激を求めて試行錯誤していた。 そしてたどり着いたのが「躾け」だった。 勿論、あらゆる虐待方法を試してきた彼らは「上げ落とし」の経験もあるため、普通の躾けは経験済みであり、それだけ では面白さなど感じない。 そのため、普通ではない難儀なルールをあえて設定して、それを厳守しながら行うことにした。 三人がそれぞれアイデアを出し合い、最終的にまとめたのは、「三人で同じ条件下で生まれた子供を育て、誰が一番 “理想的な”仔実装を育て上げられるか」というのを競うゲームだった。 まず、適当に公園から野良成体実装を一匹かっさらう。 性格・体調・その他モロモロの条件は一切考慮せず、糞蟲だろうが賢い個体だろうが関係なく、とにかく捕獲。 続けてこれに強制出産させ、生まれてきた子供を三分割する。 それを三人で分け、それぞれ一定期間育成させる。 二ヵ月後の最後の日曜日、それぞれが育成させた個体を持ち寄り、どれがもっとも“理想的”になるかを品評すると いうのが、全プロセスだ。 優勝者には、開催の時点で全員の財布に入っていた「万札全部」が賞金として与えられる。 前回は、としあき・すれあき・ひろあきという順位だった。 だが二回目となる今回は、前回よりハードルが高められている。 前回は、最初に母体を強制妊娠させ、一定期間体内育成を施した後に強制出産させこれを用いたが、今回は妊娠 期間なし。 強制出産で生まれた子供達はいずれも極端な未熟児で、これを仔実装になるまで育成するという、更に難易度の 高いルールとなった。 今回出産された子供達は、いずれも体質云々以前に骨格形成も不充分なものが多く、シャーレのぬるま湯に落ちた 時のごく僅かな衝撃で潰れてしまったり、半ゼリー状床の細かな段差に引っかかって身体が折れてしまう者が居るほど だった。 果たして、こんなチリィ者達をまともに育てる事ができるのだろうか? というほどのレベル。 ——だからこそ、三人の虐待師はそれに挑戦するのだ。 前回最下位だったひろあきは、自宅に戻り実装石専用にわざわざ改造を施したプレハブ小屋に篭ると、早速育成対象 となる子供達のチェックを始めた。 実装石活性剤の原液を、別種の栄養剤とブレンドし寒天を混ぜて固めた栄養床の上には、全長5ミリから1センチ弱 程度の蛆実装が5匹、身長3センチ弱の極小親指が2匹いた。 その他にも蛆実装が数匹居たが、ほとんど死んでいる。 生き残った7匹の中で、比較的身体が丈夫そうなのは、親指Bと蛆Cだけ。 あとはせいぜい目をパチクリさせたり、弱々しく口を動かしているだけで、ぎりぎり生きているという程度。 鳴き声すら上げられない未熟児の集団だが、これでも最も良さそうな配分内容なのだ。 今回は前回など比較にならないほど難しいなと改めて思い直し、ひろあきは、まずは死んだ蛆の死体を取り除く。 続けて、育成見込みの乏しい蛆ABDEと親指Aを、別に用意した栄養床にピンセットで置く。 その最中、蛆AとDが鳴き声も上げず圧死した。 米粒を三つ横に並べて箸でつかめる程の精密技術を以ってしても圧死してしまうほど、この蛆達の身体はもろい。 ひろあきは、今回は親指Bを本命として育てるべきかと考え始めた。 親指Bは、この中で唯一鳴き声を上げられる個体だった。 だが、耳を近づければかすかに「チィ」と聞こえる程度に過ぎない。 対して蛆Cは、鳴き声を立てない代わりに一番元気で、ぴょこぴょこ尻尾を振りながら栄養床の上でピチピチしている。 この二匹が一つになれば理想的なんだが…と考えるが、それよりまずは死んだ者達の処理と、生きている個体の 生命維持が先決だ。 早速、ゲーム第一の難関が迫っている。 ひろあきは、まず死んだ蛆実装の死体を容器に取り、これをガラス棒でぐりぐり押し潰してペーストを作る。 だが、最初の擦りこみで「レピ」という微かな悲鳴が聞こえてきた。 どうやら仮死状態の奴が混じっていたようだが、もう遅い。 原型を留めないほど細かくすり潰し、濃緑色のペーストと化した死体を、最初の餌として利用する。 これは決して虐待ではなく、強制出産で生まれた未熟児の身体は消化も良く栄養も高いため、仔実装以下の個体 には最適なのだ。 軟質ビニールのスポイトでこれを取り、まず親指Bの口に少しだけ垂らしてやる。 親指は、突然口の中に入ってきたものに驚いたようだが、しばらくするとクミクミ口を動かし始め、全部飲み下した。 蛆Cも、問題なくペーストを舐め始め、ここでようやく「ヒー」と鳴いた。 それぞれ三回程度餌を与えると、そこそこ満腹したようで、ようやく顔に生気が宿り始める。 だが、まだ栄養床から下ろすわけにはいかないので、このままにしておく。 高さ10センチ程度の透明なケースに栄養床ごと親指達を降ろし、周囲に綿を大量に敷き詰める。 栄養床の厚みはせいぜい1センチ程度だが、今の彼女達には致命的な「高さ」だ。 端に寄っても押し戻されるように、壁にもなるクッションが必要なのだ。 栄養床から染み出す水分や栄養、活性剤成分は、親指や蛆のひ弱な皮膚から浸透するので、餌はそんなに しょっちゅう与える必要はない。 それどころか、内臓器官も弱いので、そう何度も消化を行わせるわけにもいかない。 下手をすると、それだけで内臓を壊して死んでしまうからだ。 窓横の後付エアコンを調整し、16度程度で維持できるようにすると、今度は本命以外の連中に餌を与える。 先程の蛆ペーストを再び取り、親指Aと蛆B・Eに与える。 だがその途中、餌を飲み込み切れなかった蛆Bが窒息して死んだ。 餌を吐き出した時点で異常を悟り、ひろあきは即座にピンセットでつまみ出す。 仲間の死の様子を今見せてしまうと、それだけで他の者が自壊してしまう危険があるためだ。 適当に背後に放り捨てたため、蛆Bの身体がどこへ飛んだかわからなくなってしまったが、どうせ7ミリあるかないかの ゴミ屑だし、いいだろうと諦める。 この時点で生き残ったのは、親指2匹と、蛆2匹。 皮肉にも、健康な二匹組と病弱そうな二匹組、しかも均等に分かれてしまった。 ひろあきは、ちょっと早いかもと思いはしたが、彼女達に名前をつけてやる事にした。 本命である健康組の親指Bには「ミドリ」 同じく蛆実装Cには「プニ」と付ける。 病弱組の親指Aには「ぷち」 同じく蛆実装Eには「れぴ」と付ける。 儚いにも程がある超未熟児の四匹には、恐らくまだひろあきの言葉は理解できないだろうが、一応それぞれの名前を 告げてやる。 だが、やはり明確な反応を返してきた者はいなかった。 脳の育成と発達すら、本来の出産時レベルに達していないのだろう。 今の彼女達は、恐らく公園の隅でレフレフ言いながら蠢いている野良蛆実装一匹にすら、あっさり殺されてしまう程だろう。 その日ひろあきは、とにかくこれ以上リタイアが出ないように細心の注意を払い続ける事になり、結局プレハブの中で 夜明かしをするハメになった。 どのような環境変化で死んでしまうかわからないため、戸を開け閉めする事にすら全神経を使うのだ。 眠りに就いた四匹をガーゼで作った布団に移し、そのまま翌朝まで見守る。 その様子は、まるで過度の愛護派のようだと考え、つい噴出してしまう。 気が付くと、サイレントモードになっていた携帯にメールが届いている。 すれあきからだ。 “そっちどーだ? こっちは散々 いきなり七匹も死んだよ 三匹しか残ってねー” 苦笑しながら、こちらの状況を簡単に返信しておく。 恐らく彼も、これから第二の難関に挑む事になる筈だ。 そして自分と同じように、気合を入れ直している筈だとも考える。 第二の難関。 それは、超未熟児として生まれた蛆実装を「親指にまで成長させること」だ。 ※ ※ ※ その後、二日経過したが、幸いにも健康組・病弱組いずれからもリタイアは出なかった。 栄養床と新規作成した蛆ペースト餌の定期的な提供により、どの個体も当初からは考えられないほどの健康さを手に 入れた。 だが、それでもまだ普通に生まれた蛆や親指の丈夫さには遠く及ばない。 普通ですら弱々しいことこの上ない者達よりも、まだ遥かにチリィ存在だ。 一ヶ月目の発表会の時までには、この中のどれか一匹だけでも健常な仔実装に育成しなければならないため、 うかうかなどしていられないが、かといって焦りも禁物。 ここから、ひろあき達の経験が活かされる。 第二の関門は、いかにこの未熟児達を親指から仔実装にまで育て上げるか。 親指も蛆も、本来ならばそれ自体未熟児であり、仔実装以上に成長する事はほとんどない。 確率的には、恐らく5%を割るほどだとも言われている。 このまま普通に育てたのであれば、ここに居る四匹はいずれもこのままの体格で生き続けてしまうだろうが、それでは ダメなのだ。 ゲームの条件は、あくまで「仔実装以上」であり、それは初めてゲームを始めた時に定めた鉄の掟である。 このルールを破って最下位になってしまった者は、全裸で部屋に監禁され、三時間ホモビデオを見せられた上、その 光景をビデオ撮影されるという地獄の恥辱ゲームが待っている。 三人のプレイヤーは、それぞれ「一段階“無理矢理”成長進化させる」術を施さなくてはならない。 このゲームには、更なるルールがある。 それは、「ゲームに利用した者以外の実装石を使えない」というものだ。 例えば実装服が欲しくなったとして、そこらの野良から引っぺがしたりしてはいけない。 当然、別に飼っている実装石から用いてもいけない。 問題は、すべてゲームのために育成している個体内で解決しなければならない。 さもないと、監禁三時間地獄が待っているのだ。 ただし、以前のゲームに使用した個体なら利用は可能。 幸い、ひろあきの家には前回利用した生き残りの実装石がいるので、これに頼ることになる。 まず、前実験の実装石を駆除に用いられる催眠スプレーで眠らせ、手早く偽石を取り除く。 これを栄養剤に漬け込み、本体を簡単に縫合して活性剤をたっぷり塗る。 必要なものは、これで揃った。 あとは、同じ容器に彼女達の偽石を一緒に漬け込めばいいのだが、今の彼女達は、とてもじゃないがそんな手術に 耐えられない。 そのため、少し回りくどい方法を取る。 成体実装の偽石は、よく知られる通り本体内から摘出されても本体に大きな影響はない。 それは、偽石と本体の間に、人間には感知できない不思議な神経通信網が形成されているからだ。 この通信網は、本体内に収まっている時はさほどでもないが、外部摘出されると本体との繋がりを維持するため、 普段より数倍強力になる。 偽石と本体間で交わされている情報がどのようなものなのかは知る由もないが、実はこれが利用出来る。 まず、栄養剤浸けにした偽石とその本体の間に、数十センチ程度間隔を置く。 本体に偽石の位置や周囲状況がわからないよう、不透明なケースに閉じ込め、両者の間には超未熟児達の入った ケースを設置する。 成体実装の声に怯えて子供達が自壊しないように、事前に薬品で喉を焼いておく必要もある。 偽石・子供達・本体という順番で横並びにしたら、後はそのまま普通に育成し続ける。 本体の方も生かし続けなければならないのがやっかいだが、そうしなければならない理由がある。 偽石と本体の間に挟まれた子供達は、不可視かつ強力な神経通信網に常時挟まれる形となるが、ただでさえ 弱々しい身体構造のため、敏感に影響を受けてしまうのだ。 つまり、現在は「親指実装・蛆実装」としての記録が書き込まれている偽石に、強引に「成体実装」としてのデータを 上書きする理屈だ。 これにより、蛆や親指の偽石は劇的な変化を起こし、得た情報に見合うよう身体強化を実行し始める。 当然、その急激な変化に耐えられるかどうかは保証の限りではないが。 うまくいけば、繭を作り始める筈だ。 二年前としあきが発見した(正確には海外の科学専門誌に記述されていた情報を持ってきた、だが)この方法は、 100%確実ではないものの、結構信頼性の高い結果をもたらしてくれる。 ひろあきも、以前この方法で蛆実装を成体実装まで育てた経験を持っている。 強制出産による超未熟児に試すのはこれが初めてだが、後は神に祈るしかない。 万が一失敗した時は「最終手段」の使用も検討しなければならないが、それを考えるのは早過ぎだろうと自戒する。 実験開始後約一時間ほどで、親指ミドリと蛆実装れぴが、きょろきょろと辺りを見回し始めた。 早速、通信網をキャッチしたのだろうか? 喉を潰した成体実装は、分厚いクッションで保護された壁をぽふぽふ叩きながら、何やら必死で抗議している。 口の中に金平糖を数個放り込み、無理矢理口封じを施す。 残念ながら、子供達に変化が訪れるまで、成体実装にはこれ以降虐待まがいの行為は一切行えない。 もしここで危害を加えてしまうと、神経通信網に有害な情報が流出してしまい、未熟児達に悪影響を及ぼしかねない のだ。 だからこの成体実装は、できるだけ「愛護」し続けてやらなければならなくなってしまう。 ひろあきの精神力は、ここでも試される。 ※ ※ ※ 一週間後。 幸いにも、ここまでにリタイアは全くなし、なかなかの成果だ。 一番最初に変化を見せたのは、意外にも病弱組の蛆実装れぴだった。 朝、実装フードの粉末を水に溶いたものを与えようとすると、口から大量の糸状繊維を吐き出している。 その様子に不安を覚えたようで、親指ミドリが懸命に糸を取り除こうとしているので、間に厚紙の壁を設置する。 ミドリはとても不安そうにひろあきを見上げていたが、彼はこれを大変に良い傾向だと考えていた。 何故なら、彼女が四匹の中で一番最初に、感情らしきものを表現したからだ。 それに、自分達を覗き込むひろあきに無駄な恐怖心を抱いてないというのも、見込みが感じられる。 他の三匹は、いまだに「動く肉塊」に過ぎず、ほとんど反射反応しか示していなかった。 もう一方の、病弱組親指ぷちは、そんな様子をただボーッと見つめているだけ。 ただ、健康組の蛆実装プニが、いまだ明確な反応を示さない事が気に掛かる。 ごくたまに親指達にプニプニを要求する程度で、それ以外はほとんど動かない。 九日後には、れぴはすっかり繭を作り終え、安静期に入った。 ここで、一旦れぴはケースから取り除かれ、別な環境に移動させられる。 繭の中で育成している最中も偽石情報の上書きを続けると、とんでもないエラーが発生してしまう可能性があるためだ。 としあきは、以前これに失敗し、頭が三つあり下半身が腐敗したキメラ実装を作り出してしまった経験がある。 更に、あの無精者蛆実装ぷにも、繭を作り始めた。 親指達には特に目に見えた変化はないようだが、どうやら病弱組のぷちも少しずつ感情らしきものを表出させるように なり、たまにミドリと仲良くじゃれあっていたりする。 ぷにを隔離し、成体実装のご機嫌を取りつつ、引き続き育成と観察を続けていく。 もし、二週間以内に親指達に変化が起こらなかった場合は、残念ながら「悲しいこと」を起こさざるを得なくなってしまう——。 ※ ※ ※ 二週間後。 健康組: ・親指ミドリ…身体至って健康、通常の親指と同程度に成長 /大変豊かな感情表現を行うようになった ・蛆実装プニ…繭のまま変化なし 病弱組: ・親指ぷち…身体及び感情面、一切変化なし ・蛆実装れぴ…繭、極端に肥大化 ここに来て、病弱組のぷちが、かなり絶望視されてきた。 彼女だけはミドリと違い虚弱体質を維持したままで、また感情面も大きな変化が見られない。 無邪気で世話好きなミドリに構われればそれなりに反応を示すが、一匹だけだと何にも動かなかったり、それどころか 自ら餌を求めようともしない。 現在はまだ躾ができる状態じゃないため、脱糞はそのまま見逃し続けている状態だが、その糞量もほとんどない。 どうやら、精神面だけでなく内臓器官、脳幹中枢など、あらゆる部分が育成不足のようだ。 二週間、高濃度で計算された栄養をきちんと与えられ続けて来たにも関わらず、この状態のままだとすると、とても じゃないがテストの対象には使えない。 ひろあきは、現時点ではミドリを最有力候補と考え、ぷちはそのまま彼女の情操教育用として活かし続ける事にした。 幸いにも暴力的な性質ではないので、このままで良いだろうとも考えられた。 一方成体実装は、ロールケーキをおかわりしている。 繭に変化が現れたのは、さらに二日後。 育成開始から16日目の夕方だった。 後から繭になったれぴの方が、先に孵化した。 成体実装から正しい身体情報のデータを上書きされ、豊富な栄養を得て身体構造を作り変える事に成功したのだ。 繭から出て来たのは、ミドリよりごく僅か大きい親指実装。 身長は5センチ10ミリ程度はあり、親指実装の風格? はバッチリである。 繭から出た途端、元気に走り回り、餌が欲しいとピーピー鳴く。 試しに、濃度を高めた水溶き実装フードを与えるが、どうやらもうそれすら不満のようだ。 ミドリと同じケースに戻し、次回からは牛乳に浸したフードやパンの破片を与えようと考える。 自分と同じくらいの体格で、しかも自分より元気な親指の登場に、ミドリはかなり警戒していたが、すぐに一緒になって 遊び始めた。 だが、もう一匹のぷちは相変わらずお人形状態のままだ。 プニの繭は変化なく、また肥大化もほとんどない。 ひろあきは、最悪の事態を考慮し始めた。 夜、ピンセットでプニの繭を光に透かしてみるが、内部には固体らしきものが見られない。 この時点で、孵化の失敗は確定した。 繭の中で何かしらのエラーが発生したらしく、プニの身体組織の再構成に失敗したのだ。 デザインナイフで繭の表面を裂いてみると、案の定、中から赤黒い粘液がどばっと噴出した。 健康組プニ・リタイア。 残りはあと三匹。 次の難関は、いよいよ親指達に「躾け」を施すことだ。 つずく
1 Re: Name:匿名石 2020/01/31-03:01:16 No:00006184[申告] |
息を吹きかけても死にそうな状態からの育成実験感はすごく好き |
2 Re: Name:匿名石 2023/11/08-22:27:58 No:00008427[申告] |
前回の実装石でルール違反じゃないからって前実験の大人実装を利用するのはダメだろう |