タイトル:【虐】 百一目
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3657 レス数:3
初投稿日時:2007/12/23-19:07:11修正日時:2007/12/23-19:07:11
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 クリスマスというのはキリスト教の行事というよりもドルイド教の行事といったほうがいいのかもしれない。
 少なくとも多神の存在を許す日本においては八百神の一柱と数えてもそう不思議なことではないと判断できる。
 いってみれば祭りである。
 祭りとは神に感謝する儀式だ。
 神の姿は神輿に隠れて見えない。
 だからこそ神の名を忘れても神への感謝を忘れても祭りは成立する。
 ただ、最初の場所に神がいたのは間違いなく。
 神聖であればこそ、人の心に何かを残す。

 それは森厳であり、異端の火だ。
 ケではないハレの日だからこそ、意味があって、何かを残す。

 しかし、そういうものが何も残らない人間もいないわけではない。

 クリスマス当日、その男はコンビニで買ったチキンを片手にパソコンの前に座っていた。
 一人暮らしの木造アパートの二階である。
 仕事場からはやや遠いが家賃が安かった。
 その分日当たりがやや悪いが布団など干したことのない彼には関係なかった。

 祭りの日である。
 そして雪の日であった。
 神秘的な輝きすらする雪の結晶の降る夜。
 多くの若者は恋人と思い出を刻み、或いは家族で暖かいパーティを開いたりしているのだろう。
 しかし彼には恋人などおらず、家族も離れ、そして友達などいなかった。

 クリスマスの日とは言え仕事はあった。
 当然といえば当然のことである。金をもらうというのはそういうことだ。
 だが、そのことに彼は不満を持っている。
 クリスマスという日ぐらい遊んですごしたい。
 その鬱憤を年末進行で忙しい現場を定時帰宅することで晴らした。
 現場の仲間の気持ちを少しも考えず。

 彼に欠けているのはそういう部分である。
 人の気持ちを理解しようと思わないのだ。
 いつも自分のことが中心であり、自分さえ良ければそれでいいと考える。
 自分が孤独な理由はそれであることに彼は気付いていなかった。

 彼の病理は言ってみれば非常に単純で低俗なものである。
 戦えばいいのだ。
 結果がどうあれ戦えばいいのだ。
 自分だけは傷つきたくはないという幼児じみた妄想から脱皮すればいいのだ。

 仕事の現状に文句を言う前に目の前に与えられた仕事をこなしていればいいのだ。
 自分の責任を果たしているうちに道はこなれてくる。
 一生の仕事としようというものを数ヶ月で見切りをつけたりするものではない。
 だからこそ仕事がつまらないし人生にも面白さを感じられていない。
 全ては同じ病根から発生している。

 ただ、インターネットの中では彼は人気者だった。
 少なくとも彼はそう思っていた。
 実装石虐待という負の凝り固まりのような趣味趣向の彼はその中でもさらに異質である。
 白と呼称されるサイトにある用語集を勝手に改ざんし、誤謬を作り上げることが彼の自負だった。
 もちろん自分では誤謬だとは思っていない。
 しかし、過去のスクリプトで掲載されたわけでもなく、人口に膾炙した設定でもない。
 そういった『自分だけの設定』を公のものとするために彼は書き込みを続けている。

 それだけの労力を考えれば自分でスクリプトを作ることも不可能ではないが彼はそうしようとしない。
 何故ならば見下す楽しみが減るからだ。
 批評するものは作り出したものより必ず上だ。
 彼はそういう信仰を持っていた。

 おろかな話である。
 言葉一つで作り出した労力を否定できるものではない。
 それができるものは責任というコストを払っているのである。

 彼はそのことに気付いていない。

 ただただノーリスクでノーコストで批判者ぶって心理的に楽しんでいる。

 もっと本質的に言えば、作品を作り出して否定されるのが怖いのだ。
 そして自分の無能をさらけ出すことが何よりも怖いのだ。
 そんなことをするよりは作らないで偉ぶっているほうが性に合っている。

 逃げているのだ。

 そんな彼が唯一「作っている」のが用語であった。
 が、勘違いしているのは先記のとおりである。

 彼はネタを提供しているつもりであった。
 無能なスク氏にとっておきの面白いネタを教えてやっているのだ。
 当然面白いものになるし、面白いものにならなくてはそのスク師の無能さを表すものとなる。
 しかし、当然というべきか、彼の設定は一度も使用されることはない。
 自分でスクリプトを作成しなければならないということに気付いてもいない。

「畜生・・・なんだっていうんだよ」

 自分の用語が使われないというイラつきを彼は双葉ちゃんねる二次裏掲示板で晴らしていた。
 クリスマスの日にこういう場所を覗くのもいかがなものかという第三者的な視線は既にない。
 そこで彼は自分の発言をことごとく邪魔されていた。
 彼の好きな虐待設定を記述するたびに、その設定の矛盾を全て論破されるのだ。
 他の人間の意見を含めているのだからそれは当然のコストであるのだが、そのことが彼には許せなかった。
 
「クリスマスぐらい俺にいい気分にさせろよ、屑ども」

 人知れず誰もいない部屋で口にする。
 聖夜ということで少しだけ豪華に発泡酒ではないビールがやけに苦く感じる。
 今年で30代の初めてのクリスマスだが20代の最後と大きく変わることもない。
 大きく変わったことといえば独り言が増えたことか。
 誰に言うことでもなく思ったことが口に出るようになった。
 ワンクッション置いて物を口に出せなくなったのは心理的に追い込まれていると感じているからか。
 もう若いと呼ばれる年代ではないことが重圧となっているのかもしれない。

 しかし、若くなくなったといっても自分のやることが何か変わったわけではなかった。
 むしろ他人に対し要求するようになっていた。
 職場でこそ多少は自制するものもネットの中ではその僅かな自省すらもなくなっていた。

 自分の中で不満が膨らんでいく。
 しかしそれを解消する術を知らない。
 だからネットで傲岸に振舞う。

 誰もそれに付き合う必要などない。

 だから彼は孤独になる。

 それがさらに不満になる。 
 気付かない。気付こうとしない。でも心はごまかせない。
 そのアンビバレンツが流々としてゆがんだ樹木として精神を蝕んでいる。

 彼は可愛らしい実装を描く絵師に粘着行動を起こした。
 そのことで論破された。
 自分の妄想を受け止められないからといって相手を責めていると。

 彼は辛らつに自分を批判するスク師に粘着行動を起こした。
 そのことで論破された。
 自分で何も作り出せぬものが作り出したものに挑むステージなどないと。

 論破。
 論破。
 論破論破論破。
 論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破論破。

 そのたびに彼の薄っぺらなで強大な傲慢が破壊されていった。

 誰も彼を気持ちよくさせようと思わない。
 そんな義務など何処にもないからだ。
 だが彼は求め続ける。
 自分自身のことなど何もできないからだ。

「ちくしょう・・・ちくしょう、ちくしょう・・・」

 血が滲むほどに唇を噛む。
 臆病な犬ほど良く吼えるというが、その言葉通りであった。

「ぶっ殺してやる、糞蟲ども。全員ぶっ殺してやる」

 妄想の中で実装石相手にそうするように。
 心の中で相手の反撃なども許さずに、一方的になぶり始めた。
 思いっきり殴り。
 思いっきり蹴り飛ばし。
 その顔面に放尿してやる。放尿しながらげらげらと笑って見下してやる。

 その空想の快楽に。
 彼の粗末な一物がむくりと頭をもたげようとしていた。
 無意識に右手がそれをしごこうとしていた。

 そのとき。

 右手がつかまれた。
 何かがつかんできた。

 心の奥底から何かを鷲づかみにされたような、それ。

 ぞっとした。
 目を疑った。
 モニターの中から指のない手が出てきて自分の右手を握っていた。
 息を呑んだ。
  
 そしてモニターの中から実装石が覗きこんでいた。
 あの、デフォルメされすぎて何を考えているかわからないあの眼で。

 にたり、と笑った。

 嘘だろう?
 こんなわけがない、だって実装石だぜ?
 妄想の産物だ、妄想なんだ。この世にはいないんだ。

 でも、だったら。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 なんで右手が実際に握られているんだ?

「ひぃ、やああ、わあぁああおおおっっううおおおおっ!」

 確かに感じるその手に。
 体温に。
 握力に。

 何かわけのわからない叫びを上げた。

 気がつけば。
 実装石は既にその半身をモニターから出していた。
 ぎょろりとした丸い眼でこっちをにらんでいた。
 旨いものでも見たかのように舌なめずりしていた。
 無数の牙が生えていた。
 圧倒的に、逆らえない何かを持っていた。

 無我夢中だった。

 必死に振り払った。

 中身の残っているビールを投げつけた。
 ビールをこぼしながらモニターにぶち当たった。

 もうそこにはいなかった。

 ぽん、と肩を叩かれた。

 振り向いた。

 げらげらげら。

 笑っていた。
 笑っていた。
 笑っていた。

 見下していた。

 俺を見下している。
 俺を、俺を、俺を。

 この俺を見下しているだと!!!!

 激怒した。
 彼のプライドは根拠もなく強固だった。
 実装石ごときに見下されるなど耐えられなかった。

 もう、妄想も現実も理解できなくなっていた。

 思いっきり突っ込んだ。身体全体で体当たりをした。
 妄想の中でそうあるように、彼は万能だった。
 そのはずだった。
 しかし鍛えたことのない肉体は思ったように動かず、重力は必要以上に粘着質だった。

 ずどん、と一人で転んだ。
 片付けもしていない部屋全体が揺れる。

 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら
 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら
 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら
 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら
 
 部屋の全てが笑い声に変換された。

 ちくしょう、ちくしょう!

 怒髪天をつくとはまさにこのことか。
 彼はもう限界だった。

 しかし。
 瞬間。

 眼。
 眼。
 眼。

 部屋の全てが眼で埋まっていた。
 全てが彼を見下していた。
 下らぬものを見るかのように見下ろしていた。

「ひっ!」

 恐怖した。
 怒りというものが瞬時に凍りついた。
 無数の眼に見られるという恐怖が全身の細胞を凍らせていた。

 冷たい眼で見られても仕事場なら逃げ出すことができた。
 ネットの中なら視線を感じなかった。

 だが、彼の本質はここにある。
 どんなに偉ぶったところで、逃げ出してしまうのだ。
 戦って作り出すことができないのだ。
 自分が無能であることが証明されるのが怖すぎて。

 逃げた。
 必死で逃げた。
 この部屋はダメだ。
 こんなに無数の眼があるところなんてダメだ。

 這うように逃げ出した。
 背後で何かがうごめく気配がした。
 それが薄皮一枚まで迫っていた。

 玄関にたどり着いた。
 必死の思いで扉を開けた。

 刺すほどに冷たい風が一気に吹き込んできた。

 その瞬間だけ、彼に理性が戻っていた。
 そのときだけ、逃げるのをやめていれば助かったかもしれない。

 だが、彼の本質は既に逃げることだった。

 飛び出した。
 靴も履かずに飛び出した。
 二階から一階に降りようとした。

 雪が降っていた。

 雪が解けていた。

 そこは濡れていた。





 ずるんっ!





 空を舞うように彼は階段を落ちた。
 不幸だったのはたった一度しかリバウンドしなかったことだ。
 つまり、僅かしか位置エネルギーを消費しなかった。
 残った全てのエネルギーをもって堅牢なコンクリートの床に叩きつけられたのだ。

 ぐき、という鈍い音が彼にだけ聞こえた。
 その音があまりにも非現実的で彼は気付かなかったが、そのときに頚部に異変が起きていた。
 おかしな方向に曲がっていたのだ。

 言い換えれば、脊髄が傷ついていた。
 呼吸器に関する神経が壊れてしまっていた。

 つまり、もう彼は呼吸できない。
 肉体から呼吸をするという機能がすっぽりと抜け落ちてしまった。

 しかし、落ちた衝撃が強すぎて。

 全身が麻痺して。

 そのことに気付けない。

 天は深々と雪を降らす。
 混濁した意識で見上げた空から無数に雪が落ちてくる。

 見れば、その一つ一つに目がついていた。

 赤い眼。

 緑の眼。

 百も二百も千も二千も、或いは億か兆か、京かそれ以上か。

 全ての雪に眼がついていた。
 彼が部屋から逃げ出す原因となった眼が。

 恐怖した。
 恐怖した。

 恐怖に全てが壊れた。



 誰か俺を助けろ!



 必死に叫んだ。
 そのつもりだった。
 しかし彼の肉体は既にその機能を失っていた。

 最後の最後まで、彼は自分で戦おうとしなかった。
 人に助けを求めた。
 もし自分で戦っていればなにか奇跡が起きたのかもしれない。
 聖夜なのだから。

 百戦して九十九敗しても最後の一勝さえすればいい。
 そんな考えがある。
 漢の祖、劉邦の言葉だ。

 だが、それは戦ったものの言葉だ。

 負け続けても戦い続けたものの言葉だ。

 戦うことせず、逃げ続けたものは敗北者の資格すらない。

 戦わなかった。逃げ出した。
 そして追い詰められた。

 彼は恐怖して恐怖して。
 悲鳴ひとつあげることもできずに。
 百の眼に包まれてできぬ絶叫を続けていた。

                             ちんすけ拝
 


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1 Re: Name:匿名石 2021/05/28-12:42:00 No:00006338[申告]
何かの風刺だろうか?
当時を知る人がいれば教えてほしい...
2 Re: Name:匿名石 2021/05/29-00:10:06 No:00006339[申告]
当時の実装界隈では、作品を作らない人を「無産」と呼んでいたのですが、素行の悪い一部の「無産」住人に対するカウンター作品だと思います。
誰も採用しないオリジナル設定をせっせと白保の用語集に書き加えて、スク師や絵師と対等な「設定師」を自称した人も標的になっているようです。
3 Re: Name:1 2021/05/29-08:22:38 No:00006340[申告]
なるほど、ありがとうございます。
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