タイトル:【観察】 実装石の日常 渡り 最終回
ファイル:実装石の日常 渡り 14.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:9095 レス数:9
初投稿日時:2007/11/17-08:07:26修正日時:2007/11/17-08:07:26
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ある実装石を取り扱う店。
店内でその経営者はつかの間のコーヒータイムを味わっていると、ふと、数日前の会話が頭をよぎった。

「渡りねぇ」

知り合いがバス停で見かけたというのだ、しかも託児をしてきたのだから驚きだ。

「もう仔は死んでいたんですけどね」

と言う。確かに渡りは成功が難しい。この店は公園の前にあるものの、今だ渡りでやって来た野良実装はお目にかかっていない。
たまたま見ていないときにやってきたのもいるだろうが、それほど希少なのだ。

「もし見つけたら、私の店で働いて欲しいものだよ・・・・・・」

店主は苦笑すると、備品のチェックのため席を立った。




そこからそれほど離れていない場所で、渡り一家はコンペイトウを手にしていた。




いまさらだがコンペイトウは実装石という種族にとっては

・・・・・・まさに珠玉のような

ものである。野良実装ならめったに味わえない甘み、そして懐かしさ。
ひととき、過酷な生涯を忘れて幸せに浸れる味、それがコンペイトウである。
かの織田信長も大変好んだという、400年以上昔から伝わる菓子。

親仔はそれの手触りを楽しんでいる。
何もかも素晴らしい、やさしい突起の感触に表面の滑らかさ。
色彩も豊かで、親実装は黄、長女は赤、3女は青色とそれぞれが秋の弱い日差しに輝いていた。








                   実装石の日常  渡り







相変わらず3匹はしげしげと己の手にあるコンペイトウを眺めている。
いきなり口に入れないあたり、この一家はそれなりに賢いと言えよう。

ふと、親実装が漏らす。

「ほかの仔たちにも食べさせてやりたかったデス」 

そう、他の仔たちは生きている間にコンペイトウを食べたことがなかったのだ。
散った4女がコンペイトウを見かけたとき大騒ぎした所以である。
彼女は生きてコンペイトウを口に出来る機会を永遠に逃した・・・。

親実装は仔たちに意地悪したわけでも怠慢だったわけでもない。
この一家の住んでいた公園は飢えていたのだ、贅沢を言える状況ではなかった。
だからと言って親実装が慰められるわけでもなく、オッドアイを潤ませている。

我が親の顔を見上げた3女、

「たくさん仔を産んだら、たくさんコンペイトウを食べさせてあげるテチ」
「私の姉妹の分もたくさん食べさせて幸せな気持ちにしてやるテチ」
「そのとき、言うテチ。食べられなかった私の姉妹のことを考えて食べて欲しいテチって・・・・・・」

言い終えると親実装に向かって微笑む。
「きっとみんな天国で喜ぶテチ」

気がつかない間に親実装、一滴の涙を流した。
「お前はいい仔デス、きっとみんなもお前が無事なことを喜んでるデス」

長女が3女の頭を撫でてやる。
「私もそうするテチ、幸せな仔で公園をいっぱいにするテチ」

喜ぶ3女であった。その3女が言う。

「ゴハンがたくさんあればみんな仲良く暮らせるテチ、私がちっちゃな頃はそうだったテチィ」

そうなのだ、まだ姉妹が本当に幼い頃は食糧事情がもう少しだけマシであったのだ。




*************************************




なかなかの収穫であった、ほとんど食べていないクッキーの箱をまるまる手にしたのだから。

まだ仔が幼い日、親実装は意気揚々と帰宅したものだ。
床に置いた細長い紙箱には甘いクッキー(賞味期限切れ)がたっぷり。

大騒ぎの9匹の仔と1匹の蛆を前に、親実装がクッキーを出してやる。
とは言え、貴重な物なので全て一度に食べるわけにはいかないし、我慢を知る親実装である、数枚出して食べやすいようそれをさらに割る。
クッキーの破片を仔たちに手渡す。
大はしゃぎで手渡されたクッキーの塊にかじり付く仔たち。

喧嘩しないか注意しつつ、自分もクッキーをほお張る。
甘い。
旨い。
飼い実装は好きなだけこういったものが食べられるそうだが、野良には天の恵み並にあり難い代物だ。

ダンボールの片隅に4女が6女となにかやり取りをしているのを、親実装が目ざとく発見した。

「何をしているデス、1匹1枚デスー」

弱い姉妹から奪っているのではないかと思い、声をかけると6女が振り向いた。

「私のが小さいからって4女姉ちゃんが交換してくれたテチ」

みると4女がもつクッキーのかけらのほうが小さい。
彼女は大きい自分のクッキーを6女の小さなクッキーと交換してやったのだ。

「4女、こっちへ来るデスー」

おどおどと寄って来る4女を、親実装が羽交い絞めにした。

「お前はいい仔デス」

と思いっきり頭を撫でてやる。


  そんな日を、かつては過ごしていたのだ・・・・・・。


そのクッキーの残りが5女と蛆へ残した最後のゴハンとなるのだが、当時は知る由もない。





ある日、親実装が疲れきってダンボールへ帰ると、少しだが床に敷いた枯れ葉が増えている。

「「「「「「「「「お帰りなさいテチ」」」」」」」」」

出迎える9匹の仔実装は疲れているが笑顔。

「ママの代わりにお手伝いしたテチ」

「少しでも役に立ちたいテチ」

「新しい枯れ葉テチ、気持ちいいテチー」

「ママ?どうしたテチ、変テチ泣いてるテチ」




「ゴハンを探すもの最近大変になってきたデス、私が小さい頃はもっと・・・・・・」

愚痴っている親実装。7女が見上げる。

「もう少しだけテチ」

「何がデス」

疲れていているからか声はどこか疎ましげ。

「もう少ししたら私が大きくなるテチ、そしたらママのゴハンは私が探すテチ。ママはお家でゆっくり寝てていいテチ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そう言えばママの好物、私知らないテチ」

好き嫌いはなかった、それを言うゆとりがないのだ。

「何が好物テチ?」

「・・・・・・お前が持ってくれば、なんだってママの好物になるデス」

不思議そうな顔の7女であった・・・・・・。





最初から仲が悪かったわけではない。
親が仔を心配するように仔も心配していたのだ。
窮乏生活の余り、家族の仲もおかしくなって行ったけれども。

・・・・・・もし、この公園で最初から産み育てていれば。

そう思わざるを得ない親実装である。
目の前では長女と3女が亡き姉妹の話をしている。

「大きくなったらみんなでお外に出かけてピンポン玉で遊ぶ約束だったテチ」

「私たちだけじゃ楽しくないテチ、ピンポン玉もないテチ」

そうボール遊びが好きな姉妹であったのだ。
とくに3女はボール遊び好きであったが、ダンボールの外は危ないので狭い空間でしか遊んでいたい。
広々とした場で思いっきり楽しみたい思いがあった。

「それは大丈夫デス、お前たちが仔を産んだらその仔たちを遊んでやるデス」

姉妹は顔を見合わせる。

「お前たちの仔ならきっとボール遊びが好きになるデスー。今から楽しみデース」



デスデス、テチテチと笑顔の一家。

長女チーム対3女チームだの、混ぜて遊ぶのだの豊かな未来の話に花が咲く。

しかしおしゃべりしていても時間はたつ。

今日は公園の中で寝床だけでも探さないといけないのだ、親実装はその旨を言う。

だからそろそろコンペイトウを食べて、中に進もう、と。

少し顔を引き締めて長女と3女がうなづく。

「さ、いただくデス」

言うが早いか、まっさきに長女がコンペイトウを笑顔(生涯最高のものであった)でほおばり・・・


     一瞬後


両耳から水鉄砲のように血を噴出させた。


右耳からは赤い血が、左からは緑色の血が。
鼻からどばっと血が流れる。
吐血する口からは内臓まで出てきているが、まだ長女は笑顔だ。
ようやく激痛が脳に達したのか、

「テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

狂って踊っているようだ、手足をバタつかせコンペイトウならぬ「猛烈コロリ」を口から吐き出す。
だがもう遅い、ひと舐めで十分、小さな仔実装にはその効果があった。
あっというまに猛毒が全身を駆け巡り細胞を破壊する。
脳も内側から急速に破壊されていく。けたたましい声を上げながら、一秒間に20回以上頭を上下させる長女。

「ア゛------------------------------!」

助けて、と手を親と妹に伸ばそうとするが、家族はいきなりのことに真っ青になって身動きも出来ない。
親実装はわずかに口に入れたものを吐き出し、3女は食べる寸前で手からこぼれ落とす。
苦痛と恐怖でクシャクシャの顔をした長女は、一歩前に出たがそれが引き金となって肉体に止めを刺す。
足から焼けるような苦痛が立ち上り、長女の全身に達する。



               ヂッ



一言を残して、長女の全身が炸裂し血煙となった。
べチャッと音を立てて長女の体液が路上のシミと化す。

親実装と3女は声もない、惨状を理解できずただ恐怖した。
だが猛毒の効果は親実装に現れ始めた。口の粘膜に触れるかどうか、であったがそれで十分だったらしい。
よろめいて親実装は歩道に倒れた。

「ママ!」

3女は親実装を気遣い、しがみ付く。

「しっかりしてテチ!何が起こったテチャアアアア!!!!」

分けもわからず泣き出す3女を震えながら親実装はあやす。

「あの、拾ったコンペイトウは、多分毒だった、デス・・・・・・」

かすれた視界のスミには、鮮やかなコンペイトウならぬ猛毒が転がっている。
うかつであったと後悔するがもう遅い、大切な長女は地面のシミになってしまった。
いつもならコンペイトウのようなものを手に入れれば、まずは自分で毒見をしてから仔に与えるのに。
最後の最後、あとわずかで油断してしまった自分が呪わしい。
だがその反省を生かす機会はもうやってこないだろう。

「どうすれば良いテチ、ママ、どうすればいいテチーーーー」

泣き喚く3女だが、親は自分が死ぬことを悟った。
長女の凄まじい死にざまを見れば、わずかでも口にした自分が助かるはずがない、と。

全身が熱く重く痛む。それは経験したことがないほどであった、意識があるものの不思議なほどだ。

「もう、ママはだめデス・・・・・・」

言葉を発することさえ億劫だ、世界がぐるぐると回る。

「しっかりしてテチャア!ママがいなくなったら寂しいテチャアッ」

はっとして3女は公園の入り口を指した。

「公園!公園テチィィ!!!ここまで来たのに公園に入らないテチ?!」

元気づけようと言う一言だ。

激痛にさいなまれながら、



                   公園



の一言が親実装へ染み透る。

コウエン。こうえん。公園。

たしかに公園を目指し一家を危険へ晒してまでやって来たのだ。


公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・公園・・・・・・。


ここで死んではあまりに虚しい。

どこからか3女が木の枝を引きずってくる。

「大丈夫テチ、ママなら大丈夫テチ!公園に入れば大丈夫テチ」

「そう・・・・・・デス、公園に入らないといけないデス」

語る口から血がたれる。すでに内臓が猛毒で蝕まれていた。

「そうテチャ、みんなそう思ってるテチィィィ!長女姉ちゃんも次女姉ちゃんも、4女ちゃんも5女ちゃんも・・・・・・!」

3女、滝のように血涙を流し続けた。

「6女ちゃんも7女ちゃんも8女ちゃんも9女ちゃんも蛆ちゃんも・・・・・・!」

枝を握り、よろめきながら親実装が立つ。

「ここで終わったら死んでも死に切れないデスゥッ・・・」

ミシリと体のどこかがきしむ。

・・・・・・だがそれがどうしたと言うのだ、どうせ死ぬ。もう死ぬ。

「だったらせめて公園の中に入ってやるデス・・・・・・!」

歩いているというよりもよろめいている。立っていると言うよりも、倒れないだけ、と言う感じだ。
それでも親実装は立ち上がり、前に歩いて行く。
血涙を流す3女も親実装を見上げながら横を歩いた。

死に体の彼女を動かすのは意地と本能。体力など無いに等しかった。
だが実装石として、公園を目前にして死ぬことだけは我慢できなかった。
彼女らの存在をあざ笑う存在に対する抗議でもあった。

「私たちだって、ちゃんと生きてるデス・・・・・・!」

公園へやって来て退屈しのぎに実装石を殺す連中。
惨殺して楽しむ連中。
最初から全く無視し、なんら手を差し伸べてくれない連中。
気が向いたときだけゴハンをばら撒き、気が向かなければ餓死・共食いをさせて平気な連中。
公園にいるというだけで駆除する連中。

自然環境も冷酷だ、ちょっとしたことで命が奪われる。
猫やカラスも容赦ない。
雨に打たれて死ぬ。
風に飛ばされて死ぬ。
暑くて死ぬ。
凍えて死ぬ。

なぜこうまで虐げられねばならぬのか。苦しまねばならないのか。
こんなにも一生懸命生きているのに!

体を張ってそういった全てへ抗議しているのだ。

そして最後の仔。

溶解しかかった目で親は3女を見た。
血涙と涎と汗でぐちゃぐちゃのわが仔の行く末が案じられる。
いくら公園が良い条件とは言え、まだ仔なのだ。
何か残せるとしたら、残飯やペットボトルではない。


「ママががんばるのをお前が見届けるデス・・・・・・」


ゴボッと血が噴出す。
よろめいて、杖代わりの枝へしがみ付く。テチャアっと3女が泣きついた。

「大丈夫デス・・・・・・、ママはまだ大丈夫デス」

自分の死にざまを見せ付けて生きる糧にしようというのだ、彼女は。
野良実装として生きる彼女は、その全てをわが仔へ見せていた。
一歩。また一歩。よろめいて、膝をつき、それでも前進する。
執念で6mの距離のうち、5mまで歩いた。残り、たった1m。

6日間で歩いた距離よりもこの6mの方が長かった。

ふと親実装が立ち止まり隣りの3女を見る。
テチ?、と3女。

「・・・・・・ママは本当にここまでデス。あとは家族の分まで、お前が自力で歩くデス」

「ママァ」

「お前が言うとおり公園に入らないといけないデス。お前はママの分まで・・・・・・」

そこで仰け反って親実装が地面に倒れ伏す。
3女の悲鳴が公園入り口に響く。

「テッチチャアアアアアアアアアアアアアア!」

あれだけ手足を動かしていたのに、もう動かぬ。
とっくに限界を超えていたのだろう。

「・・・・・・公園の中にはいれば、とりあえず大丈夫・・・・・・デス」

残してあった実装フード(試供品)の袋を渡そうとして、中身をぼろぼろとこぼす。

「無理テチ、1人ぼっちになったら生きていけないテチィィィィ!」

一人ぼっちでこの世界に放り出される仔に何かかける声はないものか、
残されたわずかな時間を懸命に考える親実装。

「・・・・・・お前は、強い仔デス。優しくて賢い、デス。死んでいった姉妹の分まで、生きるデス」

もう3女も公園も彼女には見えない。
3女以外のわが仔たちの姿が見え始めていた。

「ママも今からそっちに行くデス、長い旅が・・・・・・」

言い終えると、おびただしく吐血しながら全身を路上で痙攣させ、そして静かになった。

「ママ・・・・・・!」

3女は目を剥いて仰け反っている親実装の体を揺する。

「しっかりしてテチィ!」

両目から熱いものが流れる。

「私だけじゃ生きていけないテチ、死んじゃうテチ!!!!寂しいテチャアアアアアーーーーーーーーーーーーーー」

どれだけ喚いても親実装はわずかに動くこともない。ふと3女が目を動かすと、路上に散った長女のシミがある。
ぶるっと震えて一層親実装を揺さぶった。

「もうママしかいないテチ、ママだけテチィ!」

しかし死骸が喋ることはない。

「嫌テチャ、一人ぼっちはイヤテチャアアアアア!なにか喋ってママァァァアアアア!!!!」




*************************************




新天地「双葉市立運動公園」の指呼の距離で渡りの親仔はさらに被害を出した。
しかも致命的なことに親実装、この家族を率いてきたそれなりに賢い個体、そしてその長女である。
被害をもたらせたのはレストランの裏にまかれた「猛烈コロリ」。
一度は手放したものの、まったくの善意から再び渡り一家の元に返って来た。
まるで今までの幸運のツケを一括で支払ったような災難だ、目の前に熱望した公園の入り口があるというのに。


       テェェェェェェェェェン。

               テェェェェェェェェェン。


孤児となった3女はすわりこみ泣いている。どれだけ泣いたのか、もう時間も随分経っている。
冷たい秋風が吹き抜けていき枯れ葉が舞い、親実装の上にかかる。
泣いて泣いて泣きつかれた3女はふらつきながら立ち上がった。

自分がコンペイトウ・・・・・・いや、猛毒を受け取ったのが悪かったのか、ここで出したのが悪かったのか。
思い悩みながら、3女は1歩前に出る。
本能だろうか。公園へ、公園へ、と進もうとする本能が3女を後押しするのか。
涙をぬぐう3女。

「まだ泣いちゃ駄目テチ、せめて公園に入るテチ」

ここで自分が死ねば、家族はみな無駄に死んだことになる。なにがあっても、せめて公園に入ろう、と決意してまた一歩までへ。


(実装石にしてみれば)膨大な記憶がよみがえる。

公園に残してきた5女と蛆ちゃん。元気でいて欲しい。
8女ちゃん。渡りの過酷さを教えてくれた。
次女姉ちゃん。優しくて勇敢。6女のために命を捧げた。
6女ちゃん。もしニンゲンさんが優しければ助かったかも。
9女ちゃん。置いていってゴメンね。
7女ちゃん。帰ってきてくれたときは嬉しかった。
4女ちゃん。もし生まれ変わったら仲良くしようね。
長女姉ちゃん。天国にいったら謝るからね。

ママ。厳しいけど優しかったママ。


もう夕焼けの時を迎えていた。太陽は世界を赤く染め上げている。
その中を家族の思い出と共に、3女が歩く。小さな体で精一杯大地を踏みしめて。
最後の1mを一人ぼっちで歩いて行く。


実装石の渡りの成功率はおおよそ5%とされている・・・・・・が時として確率は問題ではない。

仮に親実装は渡りを決断しなければ確実に一家は公園ごと全滅していた。

あらゆる生物と等しく、やはり実装石も多くの犠牲を支払い、その代わり命を繋いでいる。

どれだけ確率が低かろうが、挑まなければ0のまま。

何事もそうだとわかっていても、中々動けない人間が多いことを比べれば渡りの一家は生命として優秀と言っていいだろう。

今よろめきながらでも公園に向かって前進していくその勇姿は、あらゆる命と重なるものだった。

たとえその多くが途中で果てるとしても。


テッチと3女は小さな足で公園に踏み込み、笑顔を見せ、そして倒れこんだ。


たまたま、公園前の店舗から出てきた男性がいた。
公園入り口に転がる血まみれの親実装の死骸に眉をひそめ、そして、そこから少し離れて倒れていく3女の姿に声を上げた。

男性が必死の表情で走り出す・・・・・・。





*************************************





「大丈夫か?」

3女が意識を取り戻したとき、彼女は見知らぬ人に覗き込まれていた。自身は公園のベンチに横たえられている。
混濁した意識を取り戻しつつ、彼女は家族をすべて失った事を思い出し、震え、涙す。
男性は何も言わず涙を取り出したハンカチで拭い、見守った。冷たい風が吹くのも気にせず。
少し3女が落ち着きを取り戻し、しかし今度は恐る恐る男性を見上げる。
男性は笑顔を見せてリンガルを起動させた。

「大丈夫だよ、君に何もしない。ただ倒れていたから薬を飲んでもらったけれどね」

言われて見れば3女、随分元気になっていた。
傷心と疲れから卒倒するほどだったのだが、十分な休息をとったほど活力が溢れてくる。
それにしても手馴れたものである。

「実は公園の前に私の店があるのだが、偶然君が公園に入っていくのが見えてね。そこで倒れたから驚いたよ。
ひょっとして、違う公園から来たのかい?」

起き上がった3女、ぶわっと涙が湧いてきた。

「そうテチ、ずっとずっと遠い公園からみんなで歩いてきたテチ。でもみんな途中で死んじゃったテチ」

男性は少し緊張の面持ちでリンガルの録音機能を起動させた。

「詳しく聞いていいかな?」

3女は必死に語った。誰かに聞いて欲しかったのだ、一家がどんな目にあったのか、どれだけ苦労して渡りを遂げたのか。

話は公園暮らしから始まった。
最初はそれなりの生活であったこと、姉妹仲良く暮らしていたこと。
だが急に食糧事情が悪化して、とうとう故郷(公園)を捨てて渡りをはじめたこと。
毎日のように家族が死んでいくところでは、また涙を流した。
仲のよかった姉妹でさえ、苦しさからか家族につらく当たるようになったこと。
姉妹を救う為命を捨てた姉のこと。

そして、公園を目前にして散った親と長女。

「本当に大変だったんだね、君たちは」

男性は感慨深げに言う。

自分の話を聞いてくれた男性に、テチテチ興奮して3女は続ける。

「だから私はこの公園でいっぱいいっぱい仔を産むテチ、死んだ家族の分まで産んで増やすテチー」

「それなら問題はないよ」

笑みで肯定する男性は公園内を指差す。
夕暮れ時、親子連れ、成体、姉妹の実装が帰宅していく姿がある。
餌を持っている個体も多いが襲われる心配がないので、のんびりしたものだ。
プラスチックの食器に暖かい炊き出しを持っている者もいる。
この双葉市立運動公園では前に述べたように、愛護団体が餌を与えているがこの日はとくに炊き出しだったようだ。
雑炊らしきものが振舞われたらしい。

「ここは大勢の人間の「善意」でいろいろ実装石の面倒を見ている。多分、君1匹でも十分やっていける」

「でもダンボールがないテチ」

ダンボールは必需品だ、だが仔では運べないし、所有しても奪われてしまう。

「愛護団体の人が配ってくれるよ」

テチャ!と驚く3女。
ダンボールをくれるというのは野良実装にとって

・・・・・・無料で家屋をくれるようなもの

である。驚かぬ方がおかしい。

「タオルやペットボトルもくれるし、フードもくれる」

「・・・・・・・・・・・・!!」

至れりつくせりとはまさにこのことである。
まさに楽園であった。

目の前を幸福そうな親子連れが笑顔で通り過ぎていく。

「ここなら私も自分だけでやっていけるテチ」

そう、成体となり、仔を授かり、その仔達に教えるのだ。自分たちがいかに苦労を乗り越えてここにたどり着いたのかを。

「ありがとうテチ!ニンゲンさん!私、ここでがんばって生きていくテチ!」

ベンチの上ではしゃぐ3女。とは言え、自力では降りることも出来ない。
苦笑した男性はそっと地上に彼女を降ろしてやる。

「ありがとうテチ!ありがとうテチ!」

手を振り振り、3女は沈みかかった夕日に向かって走り出す。
この先なにがあるか分からないが、渡りほどの困難を乗り越えた今となっては恐れる何事もない。
期待に心弾ませながら走っていく3女の影が長く、長く伸びていた・・・・・・。

「少し待った、私のところに来ないかい?」

後ろから投げかけられた声に、3女は立ち止まり振り向く。

「私の飼い実装にならないかい?実は一応、君たち実装石を扱う商売をしていてね。
簡単に言えば人間のお客さん相手に遊んで欲しいんだ。
そう、疲れた人の心を癒すお仕事なんだ。
難しいことは要求しないよ、簡単なことばかりだ」

テェ!

3女はこれ以上ないほど目を剥いた。



                     「飼い実装」



これ以上のステイタスは野良実装にない。
新しい公園を目指したのも結局は生活のためであるが、そんなものは飼い実装と比較にもならないのだ。


だが。

「ありがとうテチニンゲンさん、すごく嬉しいテチ。でも」

そう。「でも」である。

「この公園に来るために家族がみんな頑張ったテチ。すごく、すごく頑張ったテチ。死んじゃったテチ」

「もし飼い実装になったら、なんだかそのみんなに申し訳ないテチ」

「だからこの公園で私は生きていくテチ」

どこか涼しげに言い切る3女であった。家族との死別でなにが悟るものがあったのだろうか。

「だからここでニンゲンさんとはお別れテチ」

笑顔で去っていく3女だった。





こうして一家の長い道のりは終わった。渡りも終わりを告げる。

実装石の「 渡り 」の成功率はおおよそ5%とされている。が、最近の調査によれば
渡りの成功確立は5%どころか、1%もおぼつかないとされる。

渡りに挑んだ個体のほとんどがあっけなく路上で散っていく。
もっとも渡りに限らず、実装石の日常は凄まじいまでに死で満ちている。
しかもそれは理不尽で突然で不条理で残酷なものばかり。
それでもなお、前に進む力が成功を生み、時としてこのような最後もあるのだ。






*************************************






・・・・・・その3女の決意は4日で萎(しお)れようとしていた。

3女は自分の薄暗いダンボールの中でタオルにくるまっている。ダンボールは公園の片隅だ。

公園では思った以上に辛い生活が待っていたのだ。

ゴハン・・・・・・たしかにニンゲンさんがくれるけれど、競争があっていい物は手に入りにくい。

ダンボール・・・・・・貰えた。でも一人ぼっち。周りの仔はみな、家族と遊んでいる、自分には誰もいない。

ペットボトル・・・・・・水を汲むのは大変だし、重たいから一杯にすると運べない。

そう、大きくなっているとは言えまだ3女は仔実装に過ぎない。
単独で生きていくのは精神的・物理的に容易ではなかった。
ほかの個体に襲われることがなくとも、「孤独」というだけで辛いのだ。
愛護団体といえど膨大な実装石全てに手が回るわけでもない、そうそう構ってはくれなかった、孤独だけはどうにも癒せない。

あるとき、好意的な個体と知り合えた。
一緒に暮らして欲しい、とその成体に嘆願したものだが。

「・・・・・・残念デス。私は生き別れの姉妹を探しに公園へやって来たデス。毎日毎夜、違う場所へ行ってるデス」

とうてい誰かと暮らす余裕はないと言う。
残念ながらそこで別れたものだ。しかし一旦希望が見えただけに失望は大きかった。
最初から会わなければ、あるいは、孤独に慣れる事もあったろうに。
しかしもう耐えられない、3女は一気に疲れ果てた。

・・・・・・ついていけば良かった

そう後悔して涙する3女である。

後悔といえば、見知らぬニンゲンさんである。
飼い実装にしてくれるとまで言ってくれたのに、自分から蹴ってしまったのだ。
承諾していれば今頃楽しい日々だったろうに。

「やあ。こんにちはー」

ダンボールの外から声がかかった。実装石ではない、人の声である。
愛護団体かと慌てて横置きダンボール(愛護団体推奨方式)から飛び出すと、そこには。

「お久しぶり、元気?」

入り口で介抱してくれた男性だった、優しげに微笑んでいる。

一瞬、驚くと3女は泣き出して足元にしがみ付いた。

「テェェェェェェェン」



苦労のあれこれを涙ながらに話す3女に、男性はうんうんと相槌をうつ。

「そうか、苦労したんだね」

ところで、と切り出す男性。

「この間のお話はまだ有効なんだよ」

「・・・・・・・・・!」

自分から断っただけに、これは渡りに船。

「今日からでも飼い実装生活を送れるけどどうだい?」

「あそんでくれるテチィ?1人ぼっちはもうイヤテチィィィィィィ!」

「それはもう。私と言うより、お客さんが入れ替わり立ち代り、毎日遊んでくれるよ。
それがお仕事だし君と遊んでお客さんも疲れを癒せるし」

「お、お風呂に入れるテチ?」

「もちろん、というか、入ってもらわないと困る。お客さん相手だからね。当然服もきれいなものを着てもらう」

「ご、ごはんはっ・・・」

「安いかもしれないけどお腹いっぱい食べられるよ。体力だけはつけないとお仕事にならないからね」

「こ、仔を産みたいテチ!たくさん、家族の分まで産みたいテチ」

「それこそ、お願いしたいほどなんだよ。君は知らないだろうけれど渡りを成功させられる実装石は少ない、すごく少ない」

だから貴重なのだと、店一番の稼ぎ頭になるのは間違いない、と男性は言う。

「そんな君の仔だから人気が出るのは間違いない。普通のショップから仕入れる仔より断然人気が出るよ」



・・・・・・ここで少し、男性の店の話をしよう。

男性が切り盛りする店ではショップから実装石を仕入れるが、客受けがどうもいまひとつである。
そこで盲導犬が一般家庭で幼児期育てられるのを思い出した。
仔犬育成ボランティア、と言うのだが仔犬に愛情を注ぎ、人間関係を学ばせる大事な役割だ。二ヶ月ほど盲導犬候補を預かる。

それに近いのが「仔実装預かり」だ。

本当に幼い仔を一般の家庭に一定期間育てることを条件に預ける。
そして家庭で大事にさえ愛情を受けた個体を店に出す。
いくばくかの謝礼と愛くるしい仔実装を飼えると言うので、希望者は多いが条件に見合う家庭は少ない。
日中でも人間がいないといけないし、出来れば子供か老人のいる家庭がふさわしい。
愛情を注いでくれるので、理想的な仔実装が店に届けられるから。

もっとも、子供のいる家庭だと引き取りの時にひと悶着あるがそれもやむをえない。
数日前引き渡した家の少年など、大変大切にしていたので今から心が騒ぐ。
とは言え、短期間だけの飼育と約束してあるし、「人の役に立つお仕事」に就くのだから説得はできるだろう。

・・・・・・話を3女に戻す。



「・・・・・・しかし君はそんな仔実装より遥かに価値がある。よければ、来てくれないか」

どこまでも男性は低姿勢だ、あくまで3女自身の判断に委ねている。

ちらり、と3女は公園内を一瞥する。
どれだけいい公園でも野良は野良だ、飼い実装とは比べものにならない。

「ニンゲンさんのお世話になるテチ」
お辞儀する3女。
これほど好待遇を約されて否はない。

「ただし、わがままは許さないし、一度私の元に来たら家出は許さないよ」
厳しい口調しつつ微笑みを浮かべる男性。

その男性の差し伸べる手に乗る3女。

・・・・・・暖かい手

それが感想だった。







「冷えてきた、私の店まで急ごう。それと君の親も私の店先の敷地に埋めよう、君を見守ってくれるように」

ぎゅっと温もりある手にしがみ付く3女はまだ仔である。親代わり同然のこの男性に信頼を置き始めていた。

「さて、君も今から飼い実装だ。名前をあげよう」

夢心地の3女、手のひらで、まどろみながら。

「とうとう私も名前持ちテチ、たくさんがんばった甲斐があったテチ」

「イタリア語で旅人・巡礼者・放浪者を指す単語があるからそれでどうかな?
長い旅をしてきた君にふさわしい名前だと思うよ」

そしてその名前で呼んでみる。

名を呼ばれたとき、ぶるり、感動に震える3女であった。

いや、命名された今となっては正確に言えばもう3女ではなくなったが。

なお一層男性に感謝し、信頼する彼女であった。
男性は口元で笑みを作る。彼女と会って以来、初めて作る笑みだった。
そのまま公園の前にある実装石専門店へ帰っていく。








               実装石の日常 渡り     完結












ところでご存知であろうか。

イタリア語で旅人・巡礼者・放浪者をzucca(ズッカ)と言うことを。













「ニンゲエエンン!ニーーーンゲーーーーンが来たデスゥゥゥゥ!」
狂ったように喚き散らしながら、1匹の実装石が自分のケージの壁に頭をぶつける。

それを合図に店内のケージは大騒ぎだ。
ぶるっと震えて失禁する者。
頭を抱えて隅へ逃げ込む者
せまいケージの中を逃げているつもりか、走り回る者。

助けて 
来ないで 
ニンゲンが来た! 
ママ、助けてママ!

あらゆる悲鳴が沸き起こる。

「ママァ」

カチカチ歯を鳴らして、仔たちが3女に(いや、命名されたのかだらもうズッカと呼ぼう)にしがみ付く。
顔をこわばらせてズッカ

「大丈夫デス!ママがいるデスー」

言う自身が震えていた。
渡りを成し遂げズッカという名を与えられた3女は、十分成長していたので短い期間ののち成体となり仔をなした。

入ってきた客は店員に声をかけると、まっしぐらにズッカのケージを目指す。
それが遠めにも分かったので、ズッカはぎゅっと我が仔を抱きしめる。

「お前たちも手を離したら駄目デス、絶対駄目デスッッ」

「怖いっ!怖いテチーー!」

「痛いのはもういやーーーーテチーーーー」

「なんでニンゲンさんは私たちを苛めるテチィ!!」

泣き喚く仔に答える暇もない、ケージの天井が開かれると店員が客と会話しながら手を入れてくる。

「デジャアアアアアア!」

凄まじい威嚇。

が、軽く店員が拳を振るうとあっさりとひっくり返る。
一緒に仔もひっくり返るのでそこへ手を伸ばした。
ひっくり返った仔たちは這って逃げようとするが、無情にも1匹が簡単に捕まった。

「ママ、ママ!助けてママァ!!!」

親と仔は手を伸ばしあうが全然届かない、すぐ天井が閉められてしまう。

追いあがったズッカは慌てて連れ去られたわが仔と人間が見えるよう、ケージの前の窓にへばり付く。

「こいつでいいですか?」

「ああ、元気そうでいいねぇ」

「テチャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

店員の握る手の中で手足を動かす仔。
命を守る必死の抵抗だったが、こそばゆい程度の影響しか店員に与えなかった。

店員がケージからよく見える机に移動し、仔をそこに押さえつける。
客は竹串片手に近寄ると、先端を仔に向ける。

「やめてデスゥ!!」

「テジャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

ゆっくりと串が仔の大腿部へ突き刺さり、貫通して机の一部に達する。
これで固定できたわけだ。

どうぞ、と店員が指す出すのはガスバーナー。

足の激痛に泣き叫ぶ仔も、独特の音に気づいて客とガスバーナーを見上げる。

「熱いのは嫌テチャアアアアアアアアアアア!ママ!怖いテチ、怖いテチャアーーーーーーーー!助けてーーーーーーーーテチーーーーー!」

真剣な顔となった客は、ゆっくり、しかし確実にバーナーの炎を仔に近づけていく。
仔は逃げようとして、足の激痛に短く声を上げる。
串刺しでは逃げようもなかった。

「熱いテチ、熱いテチャアアアアアアアアアアアアア!ママ、助けてママァ!!ヂィィイイィ!!!」

「やめてデス!死んでしまうデス、ニーーーーンゲーーーーンさーーーーん!」

バーナーの火が近づくと仔は顔を腕でかばう。
その腕をバーナーの炎が焦がす。

「テヂィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」

肉が灼熱の炎で焼かれる。

「テヂャアアーーーーーアアアアーーーーーアアア!」

換気扇が回っているが血と肉の焼かれる匂いが立ち込める。

「アアアーーーーーアーーーーー!レアアァーーーーーーーー!!!!!!」

しばし、火を離す客。

「ハッハッハッハ・・・・・・」

仔の息は荒い。
血涙涎汗糞尿垂れ流しだが、生きたまま焼かれる苦痛の前では気にする余裕はない。

「ママ・・・・・・」

かすれた声を上げながらケージを向いた。

「助けてテチィ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

産んだ仔が助けを求めているがズッカはどうしようもない。
自分の入っているケージの中で、他の失禁しながら震えるわが仔を抱きしめるだけだ。

店主の予想以上に、ズッカとその仔は『可愛がられて』いた。
証拠はズッカとの初対面のときのリンガルの録音だ。店主はHPでそれを公開している。

なにしろ渡りに成功した実装石は珍しい、それを虐待できるのだから。

・・・・・・一度はやってみたいと思っていた

そんな客で一杯である。予約制でズッカは虐待された。しかしそれはあくまで準備段階であった。
虐待の恐ろしさを自分の体で教え込んだ後、仔を産ませそれに同じ目をあわせる。

一粒で二度美味しい方式である、虐待好きにこれ以上の実装石はそうそうないだろう。

幸せしか知らない飼い実装でもこれだけ虐待のし甲斐のある個体はいない。

思う存分虐待すると、客は仔をズッカに返してやる。
あちこち焦げているし内臓が見えているし服は残骸だけ、髪などない。

「しっかりするデスー!」     

しかしとても助かりそうにはない、熱でうなされて今晩中には死ぬだろう。

「あ゛ーーーー!私がバカだったデス!」

死ぬであろうわが仔を抱きかかえて血涙を溢れさせるズッカ。

「私のせいデス。ママがニンゲンに拾われたから、こんなことになったデス。
私がやっと生き延びたから、その私の仔を殺すのをニンゲンが楽しんでいるデス…。私のせいデスゥ」

難局を乗り越えて来た渡りの一家の生き残り。
そいつの前で仔を殺す、というのは虐待派にとってたまらないらしい。
今まで産んだ48匹すべてが惨殺された・・・。

特に「ボール遊び」という名目で、ボール代わりにされてむごい最期を遂げた仔が多い。
来店したばかりの頃ズッカが

「ボール遊びが好きテチ」

と言ってしまったためだ。

仔実装をボール代わりにして壁にぶつけて悲鳴を楽しむ残酷な遊び。
自分の身長の10倍以上の高さから投げ出される恐怖と痛みは並大抵ではなくすでに死んだ仔も多い。
今見える店の壁にも落ちないシミとなってそのままだ。

何もかももう手遅れだ。嘆いても悔やんでも変わらない。
店内から逃げ出すなど絶対不可能だし、日々の虐待は凄まじかった。

今いる仔たちも、遅かれ早かれなぶり殺しにされるのかと思うと、発狂しそうなズッカである。
あれほど頑張ってきたのに、自分のせいで、と。
そして死んでいった家族に申し訳が立たない。

抗議し威嚇し手向かって仔を守ろうとしたが店主のまでは非力そのものだった。

「お姉ちゃんが大変テチ・・・・・・ママ、お姉ちゃんを治してテチィ!」

「お姉ちゃんがイタイイタイテチャアアア!ひどいテチャアー」

焼け爛れた肉塊の姉を心配し、妹2匹が涙している。
手の施しようがない親実装は、重態の仔をせめて抱いてやるだけだ。
火傷が痛まないようそっと抱いてやるのだが、仔はもう何も見えないのか、あらぬ方向へ濁った目を向けている。

わずかに呟いた。

「・・・・・・ママ。私悪いことしてない・・・・・・テチ・・・ィ・・・」

「分かってるデス、悪いのはママデスーーー」

涙する仔たちを抱きしめるズッカのもとへ店主が訪れた。

「やあズッカ、様子を見に来たよ」

「デジャア!その名前で呼ぶなああああデスーーーー!」

店主に呼ばれるその名前は、いまや自分の過ちそのものであった。
名を呼ばれるだけで魂がえぐられる。

「私はすべて約束を守っているぞ、仔も産ませているし、エサもやっている。君も約束を果たせ」

「デジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

ズッカの慟哭もどこ吹く風、店主が続けて言う。

「しかし、よく私の店の前の公園を選んでくれたものだ。遠くからわざわざ来てくれて感謝しているよ」

笑いを堪えていう店主。

何のために自分たちははるばる旅をしてきたのか、何のために家族は惨く死んでいったのか。

涙もいい加減枯れそうなものだが、ズッカの慟哭はまだまだ続く。
やがて隣りのケージへ「仔実装預かり」で預けられていたグリューンが、何も知らずにやって来て両者は久々の再会を果たす。
とくに3女だったころズッカが熱望した再会だ。

が、どちらも覚えていないし、そうでなくても意味はないだろう。

どうせ生きている限りここで虐待されるだけの生涯である、大差はない。



さて、まだまだたっぷりとズッカの物語は続くのだがそろそろ筆を止めるとしよう。
なぜなら渡りは終わりを告げ、あとはもう、ありふれた実装石の日常がただ延々と続くだけなのだから。







あとがき
ご声援・ご感想・ご指摘、そして挿絵をありがとうございました。
いく度か途中で挫けそうになりましたが、お陰をもちまして無事完結しました。

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1 Re: Name:匿名石 2014/11/14-18:50:57 No:00001557[申告]
虐待保管庫で言うことじゃないけど血も涙もない末路だなあ

うっすらと公園到達直前の出来事のせいで最後の1匹以外死ぬのとせっかく到達したのに…というオチは覚えてたがこうも残虐だったか

過去の名作、大作も読み返すと味わい深い
2 Re: Name:匿名石 2015/12/06-18:25:40 No:00001874[申告]
もう7年以上も前の作品だけど、今尚何度でも読み返してしまうまさに名作。
伏線の回収の仕方も素晴らしいの一言。初めて呼んだ時は「同じ世界観だったんだ」と驚いたなぁ。
3 Re: Name:匿名石 2016/11/17-00:16:10 No:00002819[申告]
この店長、大丈夫かな
しょせん実装だから犬猫以下の扱いで殺してようが何だろうが罪に問われるいわれはないが
人の癒やしになるからと育てた実装が虐待されているとわかったら元飼い主からは苦情も出るんじゃ
苦情を出されて気分は平気でも店の悪評を流される可能性も
少なくとも愛護して育ててくれる里親は減るだろう
それだけ悪辣だと逆に虐待派ウケはいいかもしれないが
4 Re: Name:匿名石 2016/11/17-00:23:36 No:00002821[申告]
元飼い主から会いたいと言われたらつい先日死んでしまって…とでも言えばいいのさ
ばれないばれない
5 Re: Name:匿名石 2016/11/17-01:28:45 No:00002822[申告]
親が生きていれば、せめて長女が生きてて仔でも2匹ならぬるい愛護公園で成体になって公園で繁殖できたんだろうなあ
もしくは店長と再会する前に妊娠して仔ができていれば野良親の自覚で寂しさも紛れて最悪の結末だけは避けられたのかもしれない
公園前に辿り着くまでで運を使い果たしたな
6 Re: Name:匿名石 2016/11/17-02:21:41 No:00002825[申告]
糞蟲の4女だろうと生きて公園に辿り着ければ「もっと小さかった頃」のように穏やかになって3女の救いになったのかどうか
最後の最後、死後の影響も含めて役に立たない糞蟲だった
7 Re: Name:匿名石 2019/12/12-22:02:06 No:00006144[申告]
人間の性悪なり。
8 Re: Name:匿名石 2020/06/08-22:21:30 No:00006251[申告]
委託で躾けた動物を用いた虐待か・・・倒産待ったなしだな
よほど経営状態がまずいんだろう
ズッカの更なる流転が読みたい気もするが、蛇足な気もするしな
9 Re: Name:匿名石 2020/09/03-01:43:30 No:00006270[申告]
いやー、すごい。ひょっとして同業さんですかってくらい読み応えありました
俺もまた時間みつけて投稿しまっす!
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