ある秋のいい天気の昼下がり。少し秋風は冷たいけれど暖かい日差しが降りそそぐ。 そんな中、親1匹に仔が2匹、デスデス、テチテチと街中を歩いて行く。 そう、目的地はすぐそこであった。 実装石の日常 渡り 新天地「双葉市立運動公園」が間近いことは親実装は分かっていた、知識ではなく本能として。 だから激減した我が仔へ配慮するゆとりがある。歩き通しの仔を気遣い時々休み、昼休みは貴重なフードを惜しみなく与えた。 「お前たちはよくやったデス、新しい公園でお前たちは幸福に暮らすデスー」 よくやったのは確かに間違いない。この六日間は危険と困難が繰り返し一家を襲い、とにかく生き残ったのだから。 かつて一家には9匹の仔実装と1匹の蛆がいた。 旅立った最初の1分で仔が1匹、蛆が1匹厳しい公園の生存競争の前に死んだ。 まもなく自制心のなさから1匹が脱落する。 その直後には6女を救う為次女が路上のシミと化した。 夕方には仔が反抗し、親が離れた途端猫にもて遊ばれる。 2日目、幸運にも飼い実装の「グリグリ」と出会い、貴重なフードを食べることが出来た。が、4女9女は反抗を強めた。 3日目の朝、次女にその命を救われた6女も猫に負わされた傷がもとで死ぬ。助けようと一家は人に縋ったのだけれども。 その昼には空前の幸運に恵まれ、レストランの残飯を思う存分食べられるが、それ故に9女を失う。 4日目は渡りを決行してから初めての休日だった、夜空を見上げながら先達に思いをはせた。 5日目、峠越えを図るが運悪く雨天。側溝から溢れたわずかな水流で、また1匹減る。 だがやはりこの一家はついていた、心優しい少年が流された7女を救い上げてくれたのだ。 さらに一家を麓まで無事に送ってくれる。 一安心したばかりである、猫が救われた7女を奪ってしまう。 6日目、ついに牙をむいた4女であったが「策士策に溺れる」となり、新天地を目前にしてシミになった。 一週間足らずで家族のほとんどを失う、凄まじい環境を生き抜いただけでも大変なものである。 一部の人間が希少価値から有難がる成功例に近づこうとしていた。 休憩しながら長女が親実装に聞く。 「公園に着いたら何をするテチ?」 「まずは住む場所デス、はやくダンボールが見つかれば良いデスー」 そう、何はともあれ問題は住まい。ダンボール無しはあまり長生きできないのだ。 「それと一緒にゴハン探しデスー」 重要だが、先住者の真似をすればいいので困難ではない・・・・・・はずだ。 「ゆとりが出来たら、体や服を洗える場所を見つけるデス」 清潔にするのはある程度ゆとりがある個体のみである。 日々生き抜くのが精一杯では、とてもそんな余裕はない。 「あとは新聞紙やタオルデス、ペットボトルも欲しいデス、蓋がちゃんとあるのを。 ゴハン探しにはしっかりとした袋が欠かせないデス、ないと全然はかどらないデスー。 あと公園にくるニンゲンさんの誰がいい人か悪い人か、分かればもっと生活が楽になるデス」 色々考えなければならないことは沢山あり、簡単なことは何一つない。 それでもこういったことが考えられること自体、幸福なことであった。 仔が2匹、親の顔を見つめる。 「どうしたデス」 「すごいテチ、ママ」 「ママは賢いテチィー」 思わず親も顔が緩む。 将来を語ることが出来るのは実装石としてかなり上の個体である。大抵のものはその日一日のことを考えるだけだし、 低俗なものは1時間先のことも考えられない。 だから愚かな個体は渡りをしようともしないのだ。 「私たちは賢いデス、ママもお前たちもデス。渡りが成功するから間違いないデス」 「でも、妹ちゃんがいっぱい死んじゃったテチ・・・・・・」 「・・・・・・それはしょうがないことデス、公園の中さえ危ないのに外へ出ればただじゃ済まないデス。 でも死んだ妹を忘れない長女は偉いデスー」 「私も忘れないテチ」 「3女も良い仔デス。姉妹のことを忘れないでその分も仔を産むデスー。そうすれば天国できっとみんな喜んでくれるデス」 「テチャ、私沢山仔を産むテチ」 「私もテチー、約束テチ」 騒ぐ仔に嬉しくて仕方がない親実装であった。 「・・・・・・私は次女姉ちゃんが忘れられないテチ」と3女。 次女は脱落しかかった7女を助けられず苦しみ、直後に6女を助けるため命を捨てた。 その姿を目の当たりにした3女にとって忘れられない出来事なのは当然であろう。 ましてや次女の犠牲の上に一度助かった6女も結局路上で散った。 自分たち種族の余りの儚さを思い知る事実でもある。 「それこそお前が仔を沢山産めば次女も喜ぶデス、お前は何があっても」 と、少し目を潤ませている3女の頭を撫でる。 「何があっても生き延びて多くの仔を産むデス・・・・・・」 さて再出発である。彼女らの歩み(傍目にはゆっくりのんびりペース)で住宅地を抜けると、 フェンス沿いに木々が生い茂る空間があった。 その奥には芝生、噴水、運動施設が見えてくる。実装石の背丈ではたいして見えないが、ついに公園にたどり着いたのはわかる。 「「ママッ!」」 仔が2匹、親に向かって叫ぶ。親もただうなづくだけだ。 艱難辛苦を乗り越えて、ようやく新天地にたどり着いたのだ。それ以上言わずとも胸に迫るものはみな同じ。 フェンスの前の歩道を歩いて行くと妹連れの仔が人間に何か話している。 この公園は愛護派の団体「グリーンストーン」が組織的に野良へ援助しており、実装石は恵まれた生活環境にあった。 だからこうして人前に出て遊んでもらう個体もさほど珍しくない。 やはり渡り一家からは見えないが、ちょうどグリーンストーンがダンボールやエサを野良実装へ渡している。 餌やりは隔日、援助物資の供給は週に2回大々的に行なわれていた。 人間からの恩恵は大きく、フェンス沿いに仔たちが遊んでいる姿さえ見受けられた。 それを見た一家は驚いた。仔は仔だけで外に出て遊んでいる光景など信じられない。 ダンボールから出ればいつ食われても不思議でない世界で生きてきたのだから。 親は安堵のため息をついた。彼女が幼い頃の公園は、まだこうして仔だけで遊んでいても大丈夫であった。 「この公園はすごく豊かデスー」 願望は確信に変わってきている。自分たちが永住するのに申し分ない公園だった。 歩道を歩いて行くと、20mほど向こうに公園の入り口が見えてきた。 「・・・・・・ママ!」 3女は興奮を抑えきれない。長女は親実装の服を引っ張る。 親実装も唾を飲み込んだ。 ・・・・・・思えば長い旅だった、空腹にさいなまれ獣に襲われ、それでも山を越えて 感慨深い気持ちも当然だろう。 「ママ!公園テチ!公園ンンン!」 「我慢できないテチャアッ」 目を血走らせた2匹が親元から離れて走り出す。テッチテッチと声を出して。 親から1mも離れた瞬間、大声が発せられた。 「待つデスゥ!」 ピタリと静止する2匹。親実装はこのそばまで来ると。 「私たち一家の新しい生活が始まるデス。恥ずかしくない格好で行くデス」 手で仔の服の埃を払ってやる。渡りの苛酷な環境で服は汚れくたびれているがそれも今ではどこか勇ましくさえ感じられる。 「・・・・・・お前たちは今日のことを仔に語り継がなければいけないデス。その仔はまた仔へお話を伝えるデス」 だから身支度をしなければならない、と丹念にゴミを取ってやる親実装。 かしこまって、じ、としている長女。しかし3女は親実装を見ながらなにか言いたげだ。 「ママ、実は、大事なお話があるテチ」 「いいデス、話してみるデス」 3女は頭巾をごそごそとやると、星の形をした小さな御菓子を取り出す。 「テェ!」 「それをどうしたデス!」 じつは、と3女が語った。峠を越えたとき、親実装が少年に贈ったささやかなお礼。 だが少年は3女を呼び戻すとこれをそっと返してくれたのだ。 「無事公園にたどり着いたら食べてね」 と。 たしかにあの時、3女は少し一行から遅れたがまさかの出来事に有難くて親実装涙ぐんでいる。 「・・・・・・いいニンゲンさんデスゥ」 実は少なからず惜しいことをした、とコンペイトウのお礼について思っていたのだ。 自分が生きている間に、果たしてもう一度コンペイトウを口にすることが出来るだろうか、と。 それが目の前にある、しかも家族と同じ数だけ・・・・・・。 長い長い旅の果てにふさわしいご馳走ではないか。 「お前たち、そこで休憩するデス」 と、入り口から数m手前にある街路樹を手で指す。楠木の下に座る親と仔。 「長い旅だったデス、でもお前たちが生きていて何よりデスー。いいニンゲンさんのおかげで助かったデス。 最後にこの大切なコンペイトウをいただいて元気をつけてから公園に入るデス」 テチテチうなづく2匹へコンペイトウが一粒ずつ手渡された。 親実装も幼い頃以来の、貴重なコンペイトウに手が震える。 もう公園まで6mと無いだろう。 実装石の「 渡り 」の成功率はおおよそ5%とされている。 END あとがき 感想・ご指摘ありがとうございます。
1 Re: Name:匿名石 2016/11/16-23:04:16 No:00002816[申告] |
仔をたくさん産むとかコンペイトウとか昔読んだ話でオチを知っててもこれはフラグなんだろうなって空気がすごい
いよいよクライマックスだ |
2 Re: Name:匿名石 2021/10/15-06:34:12 No:00006428[申告] |
レストランのゴミ置き場に落ちていたコンペイトウ。
わーい。 |