実装石の日常 餌泥棒 ヴェールと名付けられた飼い実装は幸せであった。 飼い主の若い夫婦に幼い頃から飼われ、とうとう成体となり、今もなお暖かい愛情を受けている。 夫婦は双葉市でも住宅街から少し離れた場所に一軒家を構え、玄関にはダルメシアンを一頭かっており、これもヴェールと仲が良い。 外では野良の仲間がゴミ漁りをして公園で生きているのを知っている。 残忍な飼い主に飼われて悲惨な生涯を送っている仲間がいるのも知っている。 ヴェールも思うところがあった。 ・・・・・・少しでもお2人と1匹の役に立ちたいデスー だからわがままも言わないどころか、食器を運んだり、床を掃除したりと実装石なりに働いたものだ。 おかげで一層夫婦からは大切にされたが、夫はしばしば難しげな表情で、ヴェールを見守っていた。 そんなある日。 ヴェールは飼い犬の糞の後始末をしてやり、犬小屋の周りのゴミを掃いている。 秋になってから枯れ葉が多いので一苦労だ。 この家の犬は大人しく、ヴェールが来たときも吠えず騒がずただ受け入れた。 まだ幼くて十分体温調整できないヴェールを自分の体で暖めながら寝たほどである。 成長してくればボールで遊んでやり、体に乗せて散歩したときさえありと、仲が良くて当然であった。 と、飼い主から声がかけられた。 「ヴェール、大事な話がある」 思いつめた顔だったので、ヴェールは何も言わずほうきとチリトリを犬小屋のそばになぜか置かれた捕獲器に立てかけて家の中に戻る。 ベランダに座りこむ夫はヴェールと向かいあい、言葉を捜すように口を右手で覆う。 「・・・・・・ヴェール、君はここに来たときの事を覚えているかい」 リンガルが彼女の言葉を早速翻訳する。 「全然覚えていないデスー」 あまり幼い頃に関心がないのはヴェールだけではなく、実装石全般に言えることであったが、飼い主は少し目を閉じ黙考する。 目を開けて、飼い実装を眺めた。 「少し、長いお話だけど最後まで聞いて欲しい。ちょうど一年前の秋のある日・・・・・・」 ************************************* 「またやられたみたいね」 妻が買い物帰りの帰宅をしたとき、夫にそう言った。悔しげに夫は呟く。 「また野良の仕業か」 ポルトスというダルメシアンに餌を与えているのだが、2人が与えているときはどうしてか寝ている時が多い。 別にそれで問題はなかった、あとで目覚めたポルトスが食べればいいだけだ。 しかし近頃そうはいかなくなった。餌泥棒が出てきたのだ。 大きな金属のボウルにドッグフードやら野菜やら時には豚足まで入れてやるのが、この家の餌やりだ。 それがあるとき、ボウルの外、しかもあちらこちらに散っているではないか。 「行儀悪いなぁ」 1人つぶやいたものだ。だがよくよく見てみると、ポルトスを繋ぐ鎖より離れているではないか、それに家の前の歩道にまで それは達している。ポルトスが撒き散らしたのではないらしい。 彼は思い出した、近所にある双葉市立運動公園に野良実装が住み着き始めたという話を。 聞いたときは。 ・・・・・・犬の散歩のときに出くわすと嫌だな と言ったものであった。 しばらくすると 「いやぁ託児された」 「まとわりつかれたよ、汚らしかった」 「糞害が酷くてね」 知人からそういった話が漏れていた。 そして、 「うちは家庭菜園をやられたよ」 「買ってきた食料品をちょっと玄関先において置いたら、やられました」 といった被害まででてきた。 秋になって個体数が増えたせいか、被害が拡大してきている。 とうとう、我が家にまで影響が出始めたか、と夫は覚悟した。 毎日、というほどではないが、確実に餌の一部が奪われていく。 一度や二度なら怒ることもないのだろうが、こうも立て続けでは温厚な夫も苦い顔である。 「お前もさぁ、少しは怒れよな」 ポルトスの頭を撫でながら呟いてみるが、当の被害者は心地よさげにしているだけだ。この犬は生来大人しい。 犬が起きている時間に餌をやれれば問題はないのだが、夫は近くでレストランを経営しており、帰りは遅い。 妻も外回りの仕事の途中、短い時間に立ち寄って餌をやる。 「ポルトスが自分の餌を守ればいいのよ」 妻は不機嫌に言う。 なにしろ飼い主夫婦がポルトスの食事の心配をしているのに、当事者がのんびりと構えているのでいっそう腹立たしい。 夫婦が話していると、ちょうどテレビが野良実装の害を特集した番組を流しだす。 餌や必要な物資を求めて、人家を荒らす内容だ。なかには飼い犬飼い猫の餌を横取りしようとする野良の姿もあった。 大抵はペットの逆鱗にふれて遭えない最後を迎えるのだが。 「明日にでも罠を買ってくるよ、意外とあっさりひっかかるかも知れないしね」 ホームセンターで買ってきた捕獲器を犬小屋の近くに設置した。 「トラバサミって禁止されたんだって。知ってた?」 不思議そうな顔でダルメシアンは飼い主が捕獲器を置くのを見守っている。 「お前のためなんだぞ、少しは手伝えよなぁ」 苦笑しながらスライド式小動物保護器 踏み板式 (国産品) の準備を終える。 本来ならトラバサミで仕留めたいのだが、法律で禁止されている以上、彼も諦めざるを得ない。 それにこのような街中で使うのは本来危険な行為なので、結果的に良かったといえよう。 捕獲器は金網で出来た箱の中に餌が置いてあり、入れば入り口が閉まるいたってシンプルだが害獣には効果てき面の代物だった。 数日後、餌が荒らされており、捕獲器の中は空っぽだった。 ・・・・・・これは、存外手ごわい相手だな それでも捕獲器の餌を換えてみたりして様子を見てみることにした、彼は結構気が長い。 それから3回、餌が奪われ捕獲器は空のままである。 とうとう、定休日に夫は家の中から愛犬の餌を見張ることにした。 2回の窓からなら完全に地上から死角だ、野良実装に見つからず監視できる。 もう野良実装を捕まえるのが目的になりつつあるが、飼い犬の餌を盗んでいく行為が許せないのだ。 やがて、緑色の人間じみたものがデスデスと敷地内に侵入してきた。 ・・・・・・さてどうしてやろうか 夫は急いで二階から降りて玄関を飛び出す。 前掛けからドッグフードや野菜クズを落としながら、野良実装は歩道を走っていく。必死、というのが後ろ姿からも感じられるほどだ。 ・・・・・・捕まれば殺される! というのはやはりわかっているようだ、それなりに賢い部類なのだろう。 声もかけず、夫は餌泥棒を追跡した。だが、間が悪く横断歩道の信号で足止めを食らった。 走行する車で野良実装の姿は完全に見失っていた。 ************************************* 「惜しかったよ、もう少しだったのに」 「次捕まえればいいでしょう」 次の定休日に賭ける夫であった。 その定休日、夫は野良実装がやってくるのを見つけ今度は慎重に追いかける。 その日までに2回、餌が盗まれた。捕獲器はきれいなままなので、もう自分で直接駆除するほかないと覚悟はしている。 男性のその手には痛んで使えなくなった麺棒がある、容赦なく鉄槌(麺棒は木製だが)をあたえる腹積もりだ。 ・・・・・・ただし、公衆の面前ではやらない このあいだ見たテレビ番組では路上で実装石を駆除する光景があったが、やはり気持ちのいいものではない。 とくにいきなり見せられる子供や年寄りは気の毒だ、公園の人知れぬ場所で駆除しよう、と心に決めていたのだ。 餌泥棒の後をつけると、やはり噂どおり市立運動公園に入っていく。 万に一つ、飼い実装だったらどうしたものか、と不安に思っていた男性は安心した。 容赦なく駆除できる、と。 デスデス言いながら野良実装は前掛けに包んだ餌を大事そうに抱え、奥の茂みに向かう。 そこには大きいがくたびれたダンボールが一つ、置かれている。 前掛けを膨らませて、野良実装がなにか言いながら蓋を開けたとき。 「やあ、こんにちは」 振り下ろされた麺棒は、野良の頭に命中した。陥没し脳しょうが飛び散る。 打ちのめされた野良実装、デエ、と間の抜けた声を吐血する口から響かせる。 「お前が盗んだ餌は私の飼い犬のものだ。だからお前を駆除する」 宣言してから、もう一度振り下ろす。かろうじて構えた実装石の左腕がもがれ、空中を回転して地面に落ちた。 「デェェェェェーーーーー!!!」 絶叫。傷口を押さえながら。見開いた目は、血涙を浮かべながら駆除に来た人間を恐怖もあらわに映していた。 ・・・・・・ああ、やっぱりいい気持ちじゃないよね 駆除と言っても人間まがいの動物?である、いい気がするわけがない。 しかし、ここでためらえば、元の木阿弥だ。とどめを刺そうと麺棒を構える。 「デギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」 構えた姿に悲鳴をあげ、ダンボールを振り返る実装石。 「じゃあね」 「デス!デースデスデス!デスー!」 何か訴える野良実装だがあいにく、男性はリンガルを持ち合わせていなかった。 麺棒が振り下ろされた。 死骸を見下ろすと、とたんに彼は思い出した。 「死骸をこのままには出来ないよな、袋もってくれば良かった」 とりあえず、麺棒を洗おうかとすると、 テチ とか細い泣き声。 耳を澄ませば、わずかにダンボールから聞こえてくるではないか。 夫がダンボールの蓋を開くと新聞紙がかけられており、その下で小さな仔実装が4匹抱き合って眠っていた。 寝言か何かで呟いたのだろう、親が撲殺されたことなど露知らない表情で眠っている。 なんとも言いがたい表情で男は1匹をすくい上げた。 ************************************* 「それがヴェール、君だよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「いきなりこんな話、酷だとは思うけど、君も大きくなった。黙っている方が残忍だと思うから包み隠さず話させてもらった。 私の考えはこうだ、たとえ仔を養うためであれ人のものを盗む以上、なんらかの罰なり駆除なりは当然だったと思う。 だからと言って、君が私を憎むのも無理からぬことだ。 真実を知って辛いとは思うが、事実は事実だからね」 そこまで言って、夫はヴェールの言葉を待つ。 「・・・・・・他の3匹はどうしましたデス」 「私が4匹まとめて運べるように、近くのコンビニへビニール袋をもらいに行っている間に姿は見えなくなった」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「すまない、その時君しか運ばなかった。短慮だったよ」 それで飼い主がしばしば1人で公園に行っているのか、と得心したヴェール。 「まだ話はある。このことを知って、君はどうする。 このまま我が家にいてもらってもいいし、もう居たくないのならどこかへ行っても構わない もし飼い実装のままでいたいなら、他に飼い主を探そう。私が責任をもってはからう」 「・・・・・・もうひとつだけ教えて欲しいデス、このことは奥様は知ってるデス?」 「いいや、教えていない」 なぜならこれは自分の責任だから、と付け加えた。 星空の下、寝そべるポルトスにもたれるヴェール。ただ静かに星空を眺めている。 「ねえヴェールどうかしたの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 夫婦は玄関から飼い実装を見ているしかない。 ************************************* 三日後、旅支度を整えたヴェールの姿が玄関にあった。 ビニール袋には実装フードがもてるだけ入れられた。ポシェットには水の入ったペットボトル。 護身用に木の棒きれを腰に紐で結わえた。 「ねえ、本当に行くの?」 「ごめんなさいデスー。でもどうしても行きたいデス」 ヴェールは公園暮らしを選んだのだ、かなり迷った末ではあるが。 夫から事実を告げられた翌日、ヴェールは返答した。 「私はお2人にすごく大切にされて幸せでしたデス。お2人もポルトスも大好きデス。 ママのことは残念だけどしょうがないデス、例え私のためでも盗みは悪いことデス。 今は姉妹のことが気がかりデスー。もし、もし生きているなら会いたいデス。 それに、自分だけで生きてみたいデス。家族や仲間の故郷で」 「姉妹探しなら家から通えばいいじゃないか」 「飼い実装じゃ、野良実装の中に入っていけないデス。それにやっぱり自立したいデス、仔も生みたいデスー」 それらは飼われていては叶わないことだ、多産である実装石は出産もそうそう許せることではない。 妻はいきなりの事に反対したが、ヴェールの決心が固い事を知りなんとか納得した。 自立したいということ以外はヴェールの意志で知らせていない。その必要が無いと思ったのは夫も同じだった。 夫婦はせめてもの準備、と可能な限り準備はした。服は新しく丈夫なものを買ったし、フードは栄養価が高い最高品質のもの。 公園にも丈夫なダンボールを隠してきてある。 本当は公園まで一緒に行きたいのだが、人間といるところを野良に見られてはどうなるかわからないからこれが限界だ。 「本当にお世話になったデス、ご恩は一生忘れないデスー」 「元気でなヴェール」 「元気でね、ヴェール」 公園で会っても声をかける事もできないだろう。野良実装に知られれば、やはり危険だ。 だから2人はこの玄関で見送る。ダルメシアンのポルトスも何か感じるものがあるのだろう、じっと飼い実装を見つめる。 「ポルトスも元気でデスー」 ヴェールが右手を差し出すとそっと前足を出した、まるで握手するように。 もう語るべきことは語った、思いを断ち切るようにヴェール。 「みなさん、お元気でデス」 一言挨拶して頭を下げると、もう振り返りもせず歩き出す。 夫婦と犬は黙って見送り、姿が見えなくなってもしばらくそのままでいた。 「大丈夫かしらね」 「大丈夫だよ、きっと」 ふと、夫は外に置かれたままの捕獲器に気づいた。 何か言いかけ、そして結局黙って物置に片付けた。 ・・・・・・今度からは私が枯れ葉を集めないとね END あとがき 感想・ご指摘ありがとうございます。
1 Re: Name:匿名石 2018/07/31-22:19:56 No:00005536[申告] |
もしかして、ヴェールは渡りⅡの先生では!?
続き読みたいです… |
2 Re: Name:匿名石 2020/02/18-02:41:58 No:00006211[申告] |
大丈夫なわけないじゃないかw |
3 Re: Name:匿名石 2021/10/13-19:53:33 No:00006426[申告] |
大丈夫じゃないよねぇ(笑) |
4 Re: Name:匿名石 2023/09/16-16:34:32 No:00007978[申告] |
実質捨てただけじゃねーか!? |