タイトル:【観察】 実装石の日常 社会勉強
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:24010 レス数:4
初投稿日時:2007/08/26-16:44:11修正日時:2007/08/26-16:44:11
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 実装石の日常 社会勉強



木枯らしの吹く中実装石が一匹、膨れ上がった袋片手に雑草が生い茂った廃材置き場へ入っていった。
この廃材置き場は数年来、放置されておりそこへこの個体が住み着いたのだ。

「ただいまデスー、ママが今帰ったデスー」

成体がゴミの山に向かって言うと、何かが擦れる音がする。
それから成体が汚れた板切れに手をかけて横にスライドさせた。

「お帰りなさいテチ-」

「いい仔でお留守番してたテチ」

テチテチ仔実装が騒いで親を迎えた。
この野良一家は、横倒しの一片が1mほどの正方形の木箱を住処にしていた。

用心深い親は、スライドする戸を内側から棒を添えて戸締りさせているのだ、
極めて賢い部類と言えよう。

「今日は木の実が沢山あったデスー」

使い古したコンビニ袋には木の実が唸るほど詰っている。
日中、人通りの少ない住宅地や空き地に自生する木々の恵みを収集しているのだ。

仔の驚きの声に笑顔を見せながら成体はまず住処に入って戸締りを終えると、袋の中身をザラザラとプラスチックのバケツに流す。
専用の蓋でしっかり封をすると、上からやさしく叩く。

「たっぷりとたまったデスー」

蓋つきバケツはこの野良にとって家族の次に大切なものであった。このように食料の備蓄に重宝なだけではない、
道具を使いこなすという行為がささやかな誇りとなっていた。
親実装の身長ほどもあるバケツは、今まで採集してきた木の実で満ちている。
乾燥させた草もあわせれば一家が冬を越すには十分な量だろう。

住処の中には仔実装8匹の、家族分のタオルが完備されていた(さすがにサイズや柄はバラバラだが)。
他にも家財道具にペットボトル、留守番中に使うトイレの箱、水を入れた皿、床に敷かれた新聞紙…。
半年以上かけて暮らしを充実させてきたのだ。

(引越しして正解だったデスー)

親は生まれて一年以上という、野良としては長生きをしている方である。そんな彼女も生れ落ちたのは公園であった。
ふつう実装石は公園に住まう。ゴミであれ施しであれ人間から食料を得やすい上、水道が使える。

しかし公園は危険な空間でもあった。

彼女の故郷も例外ではなく、繁殖力の旺盛さから食糧不足となり、ろくに食べられなかった。
一番辛い時期は姉妹で餌の奪い合いとなり、気の弱いもの、体の弱いものから餓死し、その亡骸さえ食べつくされ影も残らない。

幸いにも生き延びて、巣立ちを迎えたとき彼女は公園を捨てた。

親から教えられた食べられる木の実や雑草を手始めに、何が食べられるか食べられないか、実践して知識を会得したのだ。
やがて住処や家財道具を揃え、彼女は妊娠・出産した。

仔には全てを教え込んだ。今も、より分けてあった木の実をポケットから出して新聞紙を広げた床に置く。

「これが食べられる木の実デス」

赤い宝石のように美しい木の実、黒くて重厚な木の実、茶色のボタンのような木の実を並べる。
人間なら、それぞれピラカンサ・エゴの実・ヒノキの実と言うだろう。

名称まで知らない、というのは厄介なことである。彼女らは色と形で覚えるしかない。
図鑑があるわけでもないので、見て記憶し来秋に備えるのだ。

「しっかりと覚えておくデス!そうしないとお腹が減って大変なことになるデスー!」

脅す親に、精一杯覚えようとする仔だち。1匹も怠けていない、手に取り形を覚えこもうとする。

「赤くてツヤツヤテチ」
「こっちのは硬いテチ」

試行錯誤して木の実を覚えた親実装はなんとしても、知識を伝授しようと心に決めていた。
同じ苦労を仔にしてほしくない一心である。餌探しの危険性を思えば当然であった。

勉強を終えると、まだ木箱の隙間から日光が入るうちに夕食となる。
残飯を等分に分け、足りない分は雑草で補う。

ちなみに主食はあくまで雑草と木の実である、これは徹底していた。
競争相手の実装が少ない植物を栄養源とすることで、この家族は生存率を高めてきたのだ。

残飯のほうが味があって嬉しいのだが、植物でも文句は言わない。
間引きしたわけでもないのだが、仔は賢いものばかり。

(私には勿体ないくらい、いい仔ばかりデス)

食事を終えると早々に寝床に就く。

「4女姉ちゃんのタオルはすごく可愛いテチィ」

「5女ちゃんはいつもそれテチ」

仲のよい4女5女は隣り同士でおしゃべりしていた。

それぞれ専用のタオルを羽織って横になるだけだが、
枕元で親実装は話を聞かせてやるので仔は楽しみにしている。

「ゴムのボールというものがあるデスー、ママが小さい頃遊んだデス、
 押すとへこむけどすぐ元に戻る、不思議なおもちゃデス…」



翌朝。

「朝デスー、起きないと朝ごはんはなしデス」

いつもどおりの朝、親実装の声にのそのそと仔が起床して、外に並んでいく。
外で親実装がペットボトルの水を垂らしてやり、それで洗顔と手洗いをするのだ。
終えた仔からそれ用の布切れで拭いて、住処に戻っていき、先に終えた長女が朝食の草を出していた。


これだけ(実装石にしては)文化的な生活を送れるのも親実装の努力の賜物と言える。

親はともかく仔まで日の出と共に起床するのは早すぎるが、習慣づけるための行動であった。
活動が早いほど、他の野良実装と遭遇する可能性は低くなり、安全性が高まる。

共食いの惨状を見た親としては用心のしすぎは無かった。

朝食をとりつつ親実装は今日の予定を話した。
それを聞いた仔の興奮はただ事ではなかった。

「今日はお外にみんなで出かけるデス、木の実がある場所を教えるデス」

住処を離れれば仔実装はあらゆる捕食者に狙われる。
あるいはちょっとしたアクシデントで命を失う。

それゆえ、この家族では滅多に仔が外出させない。
せいぜいが住処から数mだった。

親が考えているのは500m先の住宅街。500m、と言っても仔はようやく身長が15cmほどになったばかり。
人間で言えば5kmほどの距離に相当する。だが、やらねばならない。

(さけて通れない道デス)

親実装は覚悟を決めている、最悪、犠牲が出る恐れがある。
しかし実地で木の実が成る場所を見ておかないと、来秋、木の実にありつけないかも知れない。
同じ場所でなくても、木に実が成る光景を知らなければ、うまく知識を生かせないのではないか。

選択の余地はない。




親実装は細い枝を武器代わりに持つと、

デス!

と仔に気合をこめた声をかける。

「絶対、絶対ママから離れたらダメデス!!!離れるとお家に帰れなくなるデス、ママや姉妹と会えなくなるデス!」

8匹はテチテチうなづく。彼女らも危険性は常々聞かされており理解している。

「出発デス!」

親の後を一直線に並んで付き従う仔たち。




10分後、車が行きかう光景に仔は立ちすくんだ。
早朝なので交通量は少ないものの、巨大な物体が轟音を立てて高速で移動する状況に、パンコンしなかっただけマシだろう。

「大丈夫デス!車の前に行かなければ、安全デス。あの機械が青い時に渡れば向こう側に渡れるデス」

横断歩道の信号が青くなると、親は率先して横断しはじめ、仔も続く。

「こ、怖くなんかないテチャ!!」

気後れしていた6女が、最後に飛び出した。

親実装は賢い。賢いが実装石である、仔の歩く速度を考えていなかった。

親がわたり終えた頃、ちょうど信号が点滅し始める。

振り返ると、最後尾の6女はまだ半分も着ていない。


「デチャア!早く、早く渡るデス!!」

親の剣幕に仔たちは大慌てである。走って走って親元へ急ぐ。
だが身長15cmではたかが知れている。

6女は真ん中にまでたどり着いていない。

「戻るデス!一旦向こう側に戻って待つデス!!」

間に合わないと思った親は6女に叫ぶ。

しかしこれが思わぬ不幸を招く。ほとんど渡り終えていた3女が自分のことだと思い、
踵を返して戻ろうとする。
いつもならこんな誤解はなかったろうが、外出で気が動転していたのだろう。

テッチ、テッチ、と掛け声を上げて全力疾走して逆送していく。

肝心の6女は聞こえないのか、相変わらず真ん中へ走ってくる。


べそをかきながら抱きついてくる仔たちを抱き寄せながら、
親実装が事態に気づいたが、もう遅い間に合わない。

無情に信号機は赤くなった。

間近に車はいないが、数00m先から自動車が走ってくる。しかも左右同時に数台づつ。

「真ん中にいるデス!真ん中は安全デスー!」

左車線と右車線の間で取り合えず待たせようと親実装が叫ぶ。だが間が悪かった。
3女と6女が真正面からぶつかり、

「「テチャァァァーーーー!痛いテチャア!!」」

座り込んで泣き出してしまった。場所は中央ではなく向こう側の車線だった。

「真ん中ぁ!真ん中まで行くデスゥ!」

叫びながら親実装が駆け寄ろうとするが、ほかの仔がしがみ付いている。
もし、自分が離れたらこの6匹がどうなるか分からない。

動けず、2匹を見守るしかなかった。

数台の自動車が2匹が座って泣いている場所を通過した。
2匹は…無事だった。車体の真下をくぐったのだ。

「良かった!大丈夫デス!動いちゃだめデスゥ!すぐにママが行くデスッ!!」

まだ数台がつづくが、同じ場所なら安全だろう。
ほっとする親実装。姉妹たちも泣きながらも無事に安心した。

だが、すぐにブルドーザーを積んだ大型トレーラーが反対車線を通りかかった。巻き起こる突風。

「「テヒャァッ!!」」

軽い仔実装はあおられてコロコロ転がる。
転がるところへ自動車がさらに数台、走ってくる。



まるで水風船が破裂したようだった。

緑色の飛沫が空中に広がる。

仔の悲鳴は車の騒音にかき消された。




親実装が叫ぶ。



車が去っていくと、鮮やかな緑色のシミが道路にひとつ広がっている。
カタカタとそばで1匹の仔実装が震えていた。

「お、お前たちはここにいるデス!絶対動いちゃダメデス!」

信号が青くなると左右もみず、親実装が横断歩道を走る。

3女は文字通りシミしか残っていない、が、6女は無事であった。
仔を抱きかかえる親実装。

「ママ!痛い…痛いテチッ……」

左半身だけが、無事であった。
右半身はきれいに轢かれなのか失われ、断面は鮮やかなほどだ。

カタカタ震え、瞳にいっぱいの涙を溜めている6女。
「痛いっ!痛いテチ!すごく、すっごく痛いテチ!
 ママ!…助けて、ママッ!」

激痛に苛まれる6女の前に、親実装も震える。
だが手の施しようもない、どう考えても致命傷だ。

しかも、信号はまた色を変えようとしてる。
向こうからは人間の子供が歩いてくる、見つかれば面白半分に殺されるかも知れない。

決断するしかない。

「いい仔にしているデス、ママがすぐ治してあげるデス」

自分がどんな表情でそう告げたのか、親実装は分からなかった。
確実にしたのは、仔をまたアスファルトの路面に戻したことだ。
置かれた6女は弱弱しく左手を伸ばして親の脚をつかむ。



                    「行かないで……。

                                          行かないでテチ……」



無造作に6女の手を振りはらう親実装。

「少し待ってるデス、すぐ痛くなくなるデス」  

言い終える前に、親実装は残った仔たちのほうへ走っていく。

路面に置かれた6女は海老のように体を反らせる。

繰りかえし、繰り返し。

意識しておこなっているのではない、死に伴う痙攣が始まったのだ。
傍目には踊っているようにもみえるが、左半身のみの6女はその生を終えようとしている。
涙でぼやける視界には姉妹を引き連れ立ち去っていく親実装の姿があった。
それもじき、見えなくなった。

    
                テジャァッ!



*************************************





中止にしようか、と親実装は悩んだがそうなれば2匹の犠牲が無駄になる。
結局、後日同じ道を、危険を冒して通らねばならない。

いつしか親は泣いていた。
姉妹も泣いている。


無言のまま、行進が再開した。

「ママ、3女お姉ちゃんと6女ちゃんは…」

5女が問いかけてきたが、親実装は答えようが無かった。
3女はシミしかないし、6女は助からない上、構っていれば時間だけが経って家族が危険であり、
もちろん連れても行けない。

涙を呑んで、置き去りにするしかない。今頃6女もシミになっているだろう。

「しょうがない、しょうがないデス…」

無力さを思い知りながら一行は進む。





一時間後、ようやく住宅地にたどり着いた。

庭先の木々や街路樹は紅葉し、実を成らせている。

「ああやって木の実がなるデス、下には落ちたのがあるから拾うデス」

前掛けのポケットから愛用のビニール袋を取り出し、仔には採集を任せた。
家族との死別でショックを受けながらも、しばらくすると、やはり仔である、はしゃいで集め始めた。

「大きいのあったテチ!」
「ワタシはとがったの持ってきたテチ!」
「ママ、ママ!」

袋が満タンになるころ、昼食となった。

「今日は奮発したデス、おいしく食べるデス」

円陣を組むように座る一家。親実装は前掛けのポケットからパンの耳を出す。
おととい入手しながら、この日のためにとっておいたのだ。
取っておきのご馳走に目を輝かせる仔たち。

「早く!早く配ってテチ!」
「お腹減った!」

「慌てなくても大丈夫デスー」

笑顔で9等分し、仔の前に配る。配り終えたのに、2匹分が残った。

「あれ、おかしいデス…、余っちゃったデス」

長女がささやく。

「…ママ。3女ちゃんと6女ちゃんはもういないテチ」





昼食を終えるとの下で休憩する一家。しばらくすると活発な仔がその辺を駆け出した。
暗い木箱の中の日々と違い、あまりに世界が違いすぎた。すべてが輝いて見える。
大きなニンゲンのお家。大きな木々。青い空。

「あまり遠くに行ったら駄目デスー」

一声かけてから、木の実でいっぱいの袋をクッション代わりに座り込む親実装。
2匹も失うのは大きな犠牲だった。
だが、おかげで貴重な経験を仔たちは得られた。

…来年の今頃は仔たちも親になってるデス

ふと未来を想う。仔たちも成体になり、仔をもうけ、こうして教えているだろう。

実装石、特に野良にとって来年、というのはあまりに果てしなく遠い将来である。
とてつもない未来である。
彼女らは今日一日無事に過ごせるかどうかさえ分からないのだから。

この個体は一年生き延びられたため『来年』という概念を得られた。
だからこそ、来年のために与えられることはすべて仔に与えたいのだ。


仔が仔をつくり、繁栄していく。
未来の光景を想像すると、不思議な感覚を覚えた。人間なら幸福、と呼ぶだろう。
その幸福を終える声がした。

長女が走ってきて、親実装に呼びかける。いや、悲鳴といっていい。

「ママ!4女ちゃん、4女ちゃんが!!!」


血相をかえて親実装が走っていくと、道の端に仔が集まって大騒ぎしている。
悪い予感をしつつ、親実装が溝を覗き込むと、泥まみれの4女が

「痛いテチャァー!!!冷たいテチャァァー!!!」

血涙を流して泣いていた。

「ふざけていたら落っこちたテチ」
「ワタシのせいテチ、遊んでて…」
と次女。5女はしゃがみ込んで泣いている。

「そんなことは後デス!なんとかして助けるデース!」

だが溝は深く、親実装の身長ほどある。水こそ流れていないが、泥濘でよごれ、光も差し込まない。
降りようか、と思わない事も無い親実装だったが、頭を横に振る。
自分が降りて仔を路上に戻しても、自分は戻れない。

テチテチ泣く姉妹をあやしながら、周囲を見渡す親実装。

……こうなったらニンゲンに助けてもらうデス

本来なら人間との接触は避けたいが非常事態だ。
しかし、人影は無い。

「ママ!」

賢い長女が武器代わりの枝を引きずってくる。

「これで4女ちゃんをひっぱりあげるテチ!」
「お前は賢いデース!」

親実装は枝を溝の4女に差し出す。

「これにしがみ付くデス、ママが持ち上げるデスー!」

4女は涙を流しながらしがみ付く。
仔の重みで枝をしならせながら、親実装を持ち上げる。

「テチャ!」

滑り落ちた。


「しっかり持つデス!!」

「無理テチー!お手手が泥で滑っちゃうテチ!」

「これしかないデス!このままじゃお前はここに置いてきぼりデス!!」

「テチャア!」

「もう一回いくデス!」
釣り竿のように持ち上げる親実装。今度は仔も必死になってしがみ付いていた。

「テチャァァッ!!」

やはり落ちる。
3度目は握力がなくなったのか、溝から浮く前に4女は落ちた。

  テチャーーーーー!!


痛みと恐怖で泣き出す4女。


釣り上げは最早不可能だ、親実装はなにかないか周囲を見渡すと、向こうから人間が一人歩いてきた。
千載一遇のチャンスである。仔を残して親実装は人間に駆け寄ると身振り手振りで助けを求めた。
ちらりと男性は実装石をみやるが、まるで何事も無かったかのように歩きをとめない。

「……!」

手段を選んでいられない、親実装は男性の足元にしがみ付く。

「仔を、仔を助けて下さいデス!お願いデス!」

男性はまだ無視した。足にぶら下げたまま、数歩歩くがため息交じりに止まると、携帯電話を取り出す。
リンガル機能を立ち上げると

「で、何事だ。くだらないことだったら潰すぞ」

笑顔だが恐らくそうするであろう気配に、親実装は冷や汗を流しながら窮状を訴える。

「溝に仔が落ちて助けられないデスー、拾い上げて下さいデス」



「ああ、たしかに」

溝に寄ると確かに仔が1匹落ちて泣き叫んでいる。男性は摘み上げ、親実装の前に置いてやった。

「ママー!」

死の淵から生還した4女と親実装は抱き合い、姉妹が回りから抱きついていく。

「助かったテチャァ!!」
「良かったデス、どうなるかと思ったデス」
「4女ちゃんが助かったテチ!」
「ニンゲンさん、ありがとうテチ-!」

喜び合う一家。
男性も笑顔だ。笑顔のまま、4女を


                       ひょい


 と持ち上げると溝に放り込んだ。

「レチャア!」

とっさのことに声もなく振り返る親実装へ男性が言う。

「確かに一度拾い上げてやったが、そのあとどうするか言ってなかったな」

「デ!」

男性はさわやかな笑顔を向けた。

「だいたい俺様がわざわざ害虫を助けるわけないだろwwwww。
 バーカバーカwww。
 糞虫は黙って死ねw」

と、言い捨てると、とっとと立ち去っていく。
追いかけようとするが、仔たちが事態の急変に泣き出している。
慌てて溝を覗き込むと、両足が押しつぶされた4女の姿があった。

ハッ…ハッ…と肩で荒く呼吸をしている、落下のショックが大きいのだろう。

「……」

しばらく無言で見つめる親実装に、4女は気づいて顔を上げた。

「ママ、あんよが痛いテチ、ワタシのあん」

「お前はそこで少し休んでるデス」

立ち上がると親実装は仔たちに指示する。

「そろそろお家に帰るデス、準備するデス」

「テ…」

4女は顔色を真っ青にすると、テチューンと媚びをはじめた。

「なんのつもりデス」

懸命に媚びをしながら4女は笑いかける。顔が引きつっているが。

「ママ〜。ワタシはママの可愛い仔テチ〜。
 置いていったら、駄目テチ〜」

恐怖でブリブリとパンコンし、あふれ出る。

「そこから出せられないし、お前は歩けないデス
 そこで休んでいていいデス」

4女の両目から血涙があふれ出る。それでも引きつった笑顔はやめない。

「ママ〜、ママ〜。今度はいいニンゲンさんにお願いすればいいテチ〜」

「今度?いつ来るか分からないし、時間が経てば猫やカラスが先にやってくるかも知れないデス
1匹のために他の仔を危険にさらす訳にはいかないデス」

数々の修羅場をかいくぐった親実装である。
的確な判断であっさりわが仔を切り捨てた。
切り捨てられた4女はなお食い下がる。

「置いていかれたら、置いていかれたらワタシ死んじゃうテチ。
 寒くなってきたテチ、
 あんよ痛い痛いテチ、
 暗くて怖いテチ」

「不注意だったお前の責任デス。運がよければ助かるかも知れないデス…」

「レチャァァァァァァァ!
 連れて行って!連れて帰ってテチャァァァッァ!!」

4女は媚をやめて泣き叫んだ。媚をかなぐり捨てて。

親実装は時間を惜しみそれ以上とどまらなかった。

目の前にいる4女は今や死んだも同然である、貴重な時間を費やすにはもう値しない。

別れも告げず、収穫をつめた袋を取りに街路樹の下に向かう。

入れ替わりに次女がやってきた。
「ワタシのせいで、ゴメンなさいテチ」

目を血走らせ、暗い溝の底で叫ぶ4女。

「テチャァァッァ!!!そうだ、次女姉ちゃんのせいだっ!お前が降りて来いテチィ!」

逆上した4女は姉をお前呼ばわりである。

次女はそれには答えず、何かを投げ落とした。木の実が一粒であった。

「それを食べて元気をつけるテチ」

「テチャァァァァ!?こんなもの食べても元気にならないテチ!
 お前も降りろ!責任とってお前も降りろテチ!」

「それだけは…いやレチ」

「殺してやる!お前を殺してやるテチィ!」

4女は潰れた足でもたつきながら溝の壁に突進した。泥まみれになりながら、壁を這い上がろうとあがく。

「4女ちゃん、無駄テチ。服が汚くなるだけテチ」

「ヒャァァァ-----!?ワタシは服どころじゃないテチィ!…ママを、ママを呼んで来いテチィ!」

「もう諦めるテチ」

いつの間にか長女の姿があった。
後ろには5女が付き添う。

「もう4女ちゃんは助けようが無いテチ、ママは戻ってこないし諦めるテチ、しょうがなことテチ」

「テ」
断言され、固まる4女。

「次女ちゃん、もう一緒にいくテチ」
長女に促され次女は一家の集まる街路樹の下に行く。

残された4女は軽はずみに遊んでしまったことへの、凄まじい後悔の念で涙しながら震えていた。
絶壁としか言いようの無い溝の壁。
溝を歩いて先に行こうにも足場は悪いし、はるか先まで同じ光景だ。
しかもその先からはなにか大きな水音がするではないか。
そもそも暗くてよく分からない。

絶望の底で、いつの間にか倒れこんでいた。

上から声かかけられる。

「4女姉ちゃん」

仲の良かった5女である。

ひょっとして、ママを連れてきてくれたのだろうか?
そうに違いない、それしかない。
希望をこめて真上を見上げると覗き込む5女の顔があったが、
陰になっていて表情まではよく分からない。

でも声はとっても嬉しそう。

「4女姉ちゃんの可愛いタオルは今日からワタシが使うテチ、お姉ちゃんにはもういらないテチ」




***************************************


無言のまま一行は帰路についた。
慰めは十分な収穫と勉強の機会になったということ。
自分を納得させようと親実装はそう考えた。

住宅街から出るとき、4女の声が聞こえた。

「ワタシを見殺すなテチィィィ!!!!」

背後で次女が泣き出したようだ、長女が慰めている。

自然環境はあまりに厳しく実装石は弱い。
誰もが圧倒的なまでの事実を押し付けられた。

一行は数を3匹減らしたまま、横断歩道の前までたどり着いた。

もう一息で空き地の住処である。
だが、シミとなった家族の上を歩いて渡らないといけない。

誰かが嗚咽しているが、気丈にもそれ以上は何もいわない。

親実装は耐える仔たちに感謝した、ここで泣き出せば歩みも止まり、危険なことになる。
今度は信号が変わると一斉に走り出す。仔を先に出し親は最後尾だ。
順調に走っていく。

ここで誰も気づかなかった。
シミがひとつしかないことに。

シミの上で同化したように6女がいた。
7女が走り抜けようとすると、手が動いて足を捕まえる。
勢いよく転倒する7女。
異変に気づいて家族の視線が6女に集まった。

「6女ちゃん、どうして…!」
6女は左半身のまま、生きながらえていた。
誰かが何か処置を施したのだろうか、野良一家にはわからない。
ただうろたえた。6女は体液を垂れ流しにしながら転んだ7女の上にのしかかる。

「ワタシも帰る、帰るテチィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 ヂィイイイイイイ!!!!!」

目は血走り知性が残っているとは思えない。
狂ったまま、妹にのしかかった。

「やめるデス6女ちゃん!他の仔は早く渡りきるデース!」

最初に親実装が我に帰った。
はやく渡りきらないと、7女までが…。

仔たちは7女以外渡りきる。腰が抜けそうなのを長女が手を引いて歩道の奥へ誘導していった。
その間に親実装は6女と7女を引き離そうとする。

だが、どうしたわけかひとつの肉の塊のようになって離せない!

「ママ!色が変わっちゃうテチィ!」

長女の声に親実装と7女は目を剥く。たしかに信号の点滅が始まった。

……二匹まとめて引っ張ってくデス?

だめだ、時間があまりにない、渡りきる前に車(数00m先まで来ている)に轢かれてしまう。
7女と目が合う。7女、気づいたように口をあけようとするが

「ここでなんとかがんばるデス!次の青色で助けにくるデス!」

「イヤテチ!今連れて行ってぇえええっ!」

姉妹が惨死した光景があるのだろう、7女が親にしがみ付く。
6女は7女にしがみ付く。

だが時間は無い、親実装は拳を7女めがけて振り下ろす。

身を軽くした親実装は、歩道に滑り込んだ。

そしてまた信号の色が変わる。

7女の絶叫が高々と響いた。

一群の車が走行していくと、大き目の飛沫が一つ広がった。
6女は最後まで手を離さなかったらしい。


***************************************


この日の社会勉強は必須とはいえ、あまりに失うものが多すぎた。
仔8匹のうち半数を失ったのだから。

憔悴した一家は住処のある廃材置き場の近くまで来て、しゃがみ込んで休んだ。
心身ともに疲れ果て、仔は多かれ少なかれ涙を流していた。
どこかから大きな騒音がするが、建物と建物の間で休憩している一家はそれどころではない。

「テェェェン、半分もいなくなっちゃたテチィ!」

堰を切った様に泣き出す長女。つられて残った3匹までも泣き出す。

「しっかりするデスー!」

ガガガガガと騒音がする中、親実装は立ち上がって仔を叱る。

「悲しいことデス。3女たちが死んだのは悲しいことデス!でもしょうがないことデスー。
ママの姉妹もいっぱい死んだデスー!」

ドガガガガガガガ!

「だけど外の世界がどれだけ危ないか、おかげでお前たちは勉強できたデス
木の実のある場所も知ったデス!
冬を越した頃お前たちは大人になって巣立ちするデス!」

ドガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!

「そのとき、今日のことを思い出すデスー。
姉妹たちが命がけで教えてくれたことデス。
お前たちはきっと生き延びて立派な実装石になるデスー!」

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!!!

「決してみんなが死んだのは無駄じゃないデス!これからもお前たちのことを天国で見守ってく…」

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!!!

「デヒャアァ!人が大切な話をしているのに五月蝿いデスゥ!!!!!!」

目を血走らせて親実装は飛び出していった。

「マ?ママァ!?」
「待ってテチャァーーーー!!」
「テチャァーーーーー!」
「テェェェン」

置いて行かれてはならない、と泣きながら4匹は親の後を追う。

騒音の元にたどり着いた親実装は立ち尽くしていた。
廃材置き場にはブルドーザーとショベルカーがきており、廃材の山を崩してはトラックに積み込み地面をならしていた。
なんのことはない、この土地を所有する企業が売却することが決定し、整地し始めていたのだ。

瓦礫の中に布団代わりのタオルが垣間見えたが、すぐ土煙に消える。
木の実を貯蔵したバケツがブルドーザーのキャタピラに踏み潰され破裂した。
中身の木の実は周囲にばら撒かれながら、やはりブルドーザーに粉々にされ、瓦礫の下へと消えていく。
住処であった木箱など影もない。

ドサッ。

放心した親実装は木の実を入れた袋を落とした。
追いついた4匹の仔も呆然、と立ち尽くす。

長女が震えながら声を絞り出す。

「怖い冬が来るのに、おうちが、おうちが壊されたテチィ…。どうすればいいテチ…」

次女は寒さに震え始めた。

「ママ……寒くなってきたテチ。今夜からどこで寝るテチィ」

「テチャアァァァッァ!!!!私のタオルを返せ!返せテチィ!」

5女は叫び声を上げると作業中のブルドーザーにかけて行く。
ブルドーザーを運転中のオペレーターがそんな小さな存在に気づくはずも無い、たまたま方向をかえ仔実装へ向かう。

「テヒャア!」

近づいてから初めて、圧倒的なサイズの差を理解した5女は、慌てて来た道をパンコンしながら逃げる。

「ママ、助けて、助けてテチィィーーー!!!」

小さな仔実装の移動速度などブルドーザーから見れば止まっているのと変わらない。

親実装が5女に気づいたときには、キャタピラが迫っている。

ヂィッ

悲鳴は親姉妹にとどかない。
重機の騒音にかき消され5女は轢死した。

パキン

偽石が砕ける音がした。8女がストレスから偽石を割り、ポテリと倒れる。

「8女ちゃぁぁん?」

長女が妹を抱き起こすがすでに事切れている。

「ママァ!8女ちゃんまで死んじゃったテチィ!!」

親実装はただ涙を流す。

「……デジャアァァァァ!!!!
今から巣は作れないデスー!!!
餌も集められないデスー!!!
デェェェェェェン!デェェェン!」

とうとう仔のように泣き出す。

テェェェン、テェェェンと次女は泣きながら親実装の服にしがみ付いた。

長女は抱きかかえた8女の頭をなでてやる。


秋の冷たい風が吹き、一家を冷やす。
まだ冬さえ迎えていない。

END

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1 Re: Name:匿名石 2018/11/10-11:45:22 No:00005669[申告]
食い扶持は1/4になったし、木の実は袋一杯ある
まだ冬さえ来ていないんだからそう悲観することは無いんじゃない?
とりあえず八女の死骸でも食って落ち着こうゼ
2 Re: Name:匿名石 2020/01/21-18:56:11 No:00006169[申告]
なまじ上手く生きてこられたから本当のどん底でもないのに絶望しちゃったんだろうね
飼い実装も少し待遇が下がっただけで一気に糞蟲化するし
妄想の中にしかない特上飼い生活や野良の最底辺以外の生活では
安定した日常を感じることもできず不幸になったとしか受け取れないのは実装石が背負う業なのだろう
3 Re: Name:匿名石 2023/04/19-10:33:48 No:00007062[申告]
可愛そうだけど空き家に勝手に住んで人の庭に侵入して漁る時点でクソムシだから死んで当然だね
4 Re: Name:匿名石 2023/10/11-17:35:24 No:00008106[申告]
1匹ずつ毎日木の実の場所まで懐にでも入れて運んで勉強させりゃよかったんだ…
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