タイトル:【観察】 実装石の処分場のお話
ファイル:実装沼.txt
作者:c 総投稿数:5 総ダウンロード数:941 レス数:8
初投稿日時:2023/03/12-18:29:44修正日時:2023/03/12-18:29:44
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実装沼







 駆除された実装石は厚手の袋に押し込められて、イゴイゴとしている。

 腕の先のひとつを動かす隙間もなく、袋の底にいる個体は同族の重みに耐えかねて圧死を免れなかった。

 そうでなくても、仔実装や蛆実装といった弱い個体は近くに埋もれた成体が身じろぎをする度に、逃げ場のない

圧力にひしゃげ、パチュンと弾けてしまう。

 ビニールの底はみるみる実装石の血肉交じりのドロリとした体液がたまり、圧死を免れた実装石でさえ、

そこであえなく溺死した。

 上澄みであっても、決して楽はできなかった。本能的に生き埋めとなった実装石は上を逃れようともがく。

 隣り合う個体を押しのけ、頭等の手ごろな足場をたすけに、上へ上へとよじ登ろうとする。

 蓋になっている者がいれば、手足を引っ張りその位置へ入れ替わろうとする。

 さながら、溺れる者を底へ底へと誘う、生ける沼のようだった。



 そんな地獄を内包した袋はトラックの荷台に満載され、処分場へ向かっていた。全国でも珍しい、

大規模な実装石専用の処分場であった。

 かつては野良実装から優良な個体を選別・教育し、飼育用の実装石を出荷するための施設であったが、

採算がとれず、処分場に転身したのだ。

 トラックの運転手が、施設の入り口に立つ看板にちらりと目をやる。



 [ミドリなかよし牧場]

 

 古錆びた看板と、場内の道沿いに立ち並ぶ荒廃したプレハブ小屋だけが、飼育場としての名残を残していた。

 辺鄙な山間で、その面積は広大だった。プレハブの並びを抜けると、舗装もされていない轍ばかりの広野がひろがる。

 ところどころ盛り土のような山があり、その間を縫うようにして、トラックは奥へと進む。

 その先には、砕石場を思わせるベルトコンベアが待ち構えていた。施設の職員がトラックを誘導し、荷台はピタリと

ベルトコンベアの端に据え付けられた。

 シリンダー式の荷台は低い音を立てて、ベルトコンベア目掛けて荷物を滑り落していく。ベルトコンベアの幅は荷台ほど

広くはなく、ハの字になった荷受けのスロープを滑り落ちて、稼働をはじめたベルトコンベアに積載されていく。

 その衝撃で、生き残りの実装石が袋の中でイゴイゴと蠢きだす。

 袋は中身が透けて見えないように、濃緑色をしていた。その色もあいまって、一個の意思をもつ巨大な蛆実装が

蠢動ているようにも見える。その行きつく先には、袋がまるごと入るサイズの、巨大な金属製の筒が鎌首をもたげていた。

巨大な口を思わせるそれは、喉から空気を切り裂くような悲鳴をあげて、近づく実装石の処分袋を震わせた。

 分厚い袋と同族の肉壁越しにも、それが不穏なものだと実装石はすぐさま理解した。

 音から遠ざかろうと、懸命に各々が動ける範囲で身をよじらせる。

 実際、平地に置いておけばそれは蛆実装が這う程度の速度には動いていただろう。

 しかし、ベルトコンベアの上では、互いに押しのけ合うことしかしなかった実装石たちの最期の共同作業も空しく、

僅かの時間稼ぎにすらならなかった。



 円筒に袋が飲み込まれると、その先には回転刃があった。

 高速で回転する3対の分厚いブレードは力強く、袋ごと通過する実装石の塊をものともせずにゴリゴリと寸断する。

 更に切れ味の鋭い5対のブレードが、一段目のブレードをすり抜けた蛆実装や原型を留めた擬石を細断する。

 実装石の処分の為に特注された、巨大なディスポーザーだ。

 悲鳴をあげる暇もなく、ほとんど液状になった実装石の残骸は、露天に掘られた溝に注がれていく。

 溝の底は、先客たちで形成された、腐った泥土のような濃緑色の沼であった。

 同じ姿になった実装石たちが、そこへ合流していく。



 沼の上にはぽつぽつと実装服の切れ端が浮かんでいる。

 そして、親指実装や蛆実装が比較に乾いた沼の上で息づいている。

 それらは妊娠初期で発生した実装石の種子が、この環境で奇跡的にふ化したものだった。

 もちろん母体は跡形もなくなっているので、股からひり出されたものではない。

 ここで同族のペーストを揺り籠に発生したものだった。

 親も故郷もしらない小さな実装石たちは、比較的平穏な生活をしていた。

 酷い臭気と足場の悪さのため、ひとはおろか野生動物さえも、この場に近づくことはない。

 食料もそれこそ足場にするほどで満ち溢れているので、互いに奪い合うこともしない。

 誰が考えだしたのか、乾いて泥状になった沼を掘り下げてつくった穴倉で眠れば、夜露もしのげる。

 身体の大小の個体差もほとんどない。

 ある程度育つと、丁度沼地に沈む重量になるらしく、成体はおろか仔実装にまで育つこともなく、自然と淘汰されていくのだ。

 その為、集団にありがちな、強者による一方的な暴力も起こらなかった。

 親指実装や蛆実装に限っていえば、ここは理想的な環境であった。



 そんな彼らのお楽しみは、ディスポーザーから排出される新鮮な同族の血肉であった。

 いくらでもあるとは言っても、やはり新しいものの方が、好みに合うらしい。

 水気が抜けて固まりかけた古い血肉の上にゆっくりと広がっていく新鮮なごちそうに、蛆や親指がディスポーザーが掻き鳴らす

轟音に臆することもなく、レフレフレチレチと群がる。

 その小さな舌先がペチャペチャとまだ温もりのある肉汁を啜り、舌鼓をうつ。

 

 トラックは実装石の処分を見届けることもなく、走り去って行った。

 処分場の敷地中を漂う悪臭は、窓を閉め切った車内にて居ても、長く耐えられるものではない。

 フィルター付きの防護マスクをつけた職員は空を切るディスポーザーを停止させ、手にした帳面に何やら書き込むと、

零れた体液で汚れたベルトコンベアと、まだ血肉を下らせているベルトコンベアを高圧洗浄機で洗浄した。

 溝の中を見下ろすと、いつものように蛆やら親指やらが何が嬉しいのやら、イゴイゴレフレチとしている。

 手を伸ばせば届きそうな距離だが、蛆や親指では溝の壁をよじ登ることはできまい。

 手にした計測棒で水位を測るまでもなく、そろそろこの溝は満杯だった。 

 水気が引いて、ある程度固まれば土で埋め立て、実装石の残骸が自然に分解されるのを待つことになるだろう。

 そうして、また新たに溝を掘り起こして、ベルトコンベアとディスポーザーを移動させ、堆肥にもならない、

この不毛な糞溜めを新たにつくるのだ。

 

 そんな光景を幾度も目にしてきた職員だったが、背後にそびえる無数の実装石の墓標ともいえる土饅頭をふと振り返ると、

頭に過ることがあった。

 本当に、この不自然な生き物が、自然に分解されることなどありえるのだろうか。

 施設のパンフレットには、「土に還れてうれしいデッチュン」と吹き出しをつけられ、土に埋められた仔実装の

イラスト入りの解説があった。当の本人である職員がふざけて作成したもの、そのまま採用されたのだ。

 だが、飼育場時代からこの施設に勤め、虐待派として実装石への造詣を持つ職員は、それを誰も検証したことなどないことを

知っていた。



 実装石は、ただの生ゴミではない。

 おおよそ、実装石というものは自然をあざ笑うかのような生態をしている。

 姿形や言語能力は言うまでもない。

 生き汚さを通り越して不死を思わせるような肉体の損壊への耐性。

 自己増殖じみた抑制不能な繁殖能力。

 なによりも、ひとの昏い感情を呼び起こす、糞蟲と呼ばれる所以である、あの性質……。

 隣人として野に暮らすにも、ペットにして家族して迎えるにも、食料や資材として家畜化するにも、人の世に行き場のない生き物だ。

 飼育場が経営不振から処分場への転換を余儀なくされてから数年。

 この広大な敷地を埋め尽くさんばかりに、ひっきりなしに膨大な数の実装石が運び込まれている事実が、その証左ではないか。

 

 実装ショップが市街に立ち並び、ケージの中からおあいそをする実装石を微笑みながら眺める家族。

 そんな実装石と人との蜜月ははるか遠く、公園に蔓延る野良実装は肥え太ったドブネズミ以下の害獣として駆除される。

 増えすぎた実装石は……いや、いくなんでも増えすぎではないかと思われるほど増えた実装石が、その本性を露わにした結果だ。

 結局のところ、実装石と人との関係は、股からひりたての糞塊であったり、趣向を凝らした虐待であったり、

そういった悪意を互いに塗りたくりあう泥沼に終わるのだ。

 そんな実装石が、あっさりと駆除され、公園やコンビニ前、ゴミ捨て場は平和を取り戻し、実装石の本能を忘れた

ごく少数の高級飼い実装だけが生き残ることなど、ひとに都合のよい結末などありえるのだろうか。



 敷地では時折、荷下ろしの際にでも脱走したであろう実装石を見かけることがある。

 廃墟となったプレハブに、いつの間にか住み着いている家族の姿さえあった。

 そういった細々とした実装石は職員に捕まると、ディスポーザーの運転費さえ惜しまれて、そのまま溝に放り捨てられる。

 彼らは捕まったときにはデギャデギャとうるさく暴れまわるが、沼に落ちると急に大人しくなり、その身が沈むにまかせていく。

 その姿には、還るべき住処に着いたような、安らぎの微笑みさえあった。

 もしも、その実装石が、荷台から逃れたものではなく、ここで産まれたものであったら……。

 土饅頭を掘り起こせば、今でもそこには無数の実装石が蠢き、互いを貪り、仔をひり出しているのではないだろうか。



 沼に背を向けた職員の目に映る無数の実装石の墓標。

 その土饅頭が、埋め立てた当時よりも高く、こんもりとしているように見える。

 職員の背筋に冷たいものが走り、ぶるりとその身を震わせる。



 職員は被りを振るい、自身の妄想に怯える小心に、苦笑した。

 どうにも、疲れているようだ。

 そういえば、処分場をつくるにあたり、熱心に焼却処分を推す同僚がいたな。

 コスト的に折り合わず、粉砕処分が採用された訳だが、今だったら彼の主張を支持したかもしれない。

 火というものは悪いものを祓うものだし、火傷は実装石の再生を阻害する事実もある。

 この悪臭にさらされ、糞溜めを眺めているより、実装石が生きながら燃えつくされ、跡形もなく塵になっていくところを

眺めている方が、精神衛生上、健全だったかも知れない。

 どうにも、実装石の血肉そのものである、糞みたいな緑というのがよくない……。



 処分場が操業をはじめてしばらくして、執拗に焼却を主張した彼は姿を見せなくなった。

 噂では、彼は熱心な愛護派だったが、愛実装を野良に虐殺されてから、虐待派に転向したそうだ。

 そんな彼が、実装石の沼を眺める眼差しは、野良実装への復讐を果たし、愉悦をたたえたそれではなく、どこか怯えたようなものだった。

 自身も、今ではそんな不安な面持ちで、実装石の沼を眺めているのだろうか。

 職員は、急に心細くなってきた。

 そして、一刻も早くこの場を離れるばかりか、この職場を辞めるべきだと思った。

 彼は、正しかったのだ。

 実装石は焼却すべきだったし、それが叶わないのであれば、すぐにこの場から立ち去るべきだったのだ。

 やつらは、いつだって、ひとに敵わぬ卑屈なフリをしながら、股座の糞を塗りたくる機会をうかがっているのだ。



 デボリと、くぐもった音が沼から響いた。

 それは、汚泥に溜まった腐敗ガスがあぶくとなって放出された音に過ぎなかった。

 腰を抜かしかけながら振り返った職員が、一瞬だけ目にしたものは、ありうべからざる幻覚に過ぎなかった。

 あぶくの弾けた跡から、こちらを覗う無数の赤緑の瞳など、そこにある筈もなかった。

 巨大な頭をもたげるようにして、土饅頭が盛り上あがることなど、現実に起こりえよう筈もなかった。

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1 Re: Name:匿名石 2023/03/14-03:20:19 No:00006914[申告]
たんたんと語られる
処分場の話はどれも好き
2 Re: Name:匿名石 2023/03/15-15:28:55 No:00006923[申告]
社会派な怖さがあるデス
3 Re: Name:匿名石 2023/03/16-12:37:13 No:00006926[申告]
上質なホラー文学
4 Re: Name:匿名石 2023/03/18-09:08:00 No:00006941[申告]
かつての養殖施設『なかよし牧場』の名をかかげたままの看板
ナマモノを消毒等の処置をすることなくそのまま沼や溝に投げ込む処理方法
干からびた廃棄実装の残骸を埋めただけの盛り土
…どうもこの処理場には法的・条令的にヤバいシノギの臭いがする…
5 Re: Name:匿名石 2023/03/18-12:58:08 No:00006942[申告]
こんな投棄場が罷り通ってるのがホラーって話もある
6 Re: Name:匿名石 2023/03/22-04:17:48 No:00006963[申告]
仮にも生き物の処分場で働いてると確かに心病みそう
それはともかく土に還れてうれしいデッチュンの適当さ大好き
7 Re: Name:匿名石 2023/10/25-21:07:52 No:00008156[申告]
服とか髪そのままで実装石処分するの無理じゃねえかなって思う

燃やすとかじゃない限り
8 Re: Name:匿名石 2023/10/25-22:22:38 No:00008157[申告]
脆いし勝手に分解されてくでしょ
そもそも真っ当な処分場でもないんだし
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