『【観察】愛されない理由』 ---------------------------------------------------------------------------- 「…テッチューン♪」 仔実装が、おあいそをしてみせた。 小首をかしげ、右手を口元に当て、得意げに口角を吊り上げる。 自分のその姿を可愛らしいものと思い込んでいるのだ。 ペットショップに来ている客からは見向きもされないが。 仔実装が収まる小さな水槽は、見切り品を並べたワゴンの上に置かれていた。 レジに近いので前を通る客は多く、たまに足を止める者もいるが、何が売られているかを知れば皆、苦笑いで去って行く。 蛆実装や親指実装のぬいぐるみ。 仔実装サイズの椅子やテーブルに、オモチャのお鍋やフライパン。 糖分を減らして植物性原料で固めたダイエット用コンペイトウなどなど── 見切り品はいずれも実装石関連商品で、何度も値札を貼り替えた跡がある。 ぬいぐるみ以外のオモチャは他実装でも遊べるが、パッケージに実装石のイラストが描いてあるせいで売れないのだ。 仔実装の水槽には店員が手書きしたPOPが貼ってある。 『実装ちゃんサヨナラ処分大特価! 買って飼うか? 飼わずに買うか?!』 しかし飼うためでなければ、どんな客が何のために仔実装を買うというのか。 POPを作った店員に、まともにペットとして販売しようという意識が薄いことは確かだ。 もちろん、まともに売れないからこそ仔実装は見切り品として扱われているのだが。 「…テチィッ♪ テチィッ♪」 ニンゲンたちの反応が乏しいことを悟ると、仔実装は両手を振り上げ、ぴょんぴょこ飛び跳ねた。 ちょこまかした動作と甘えた鳴き声。 それを可愛いものと錯覚するニンゲンも、いないわけではなかった。 丸い頭と、ずんぐりした胴体、短い手足というバランスの悪い二・五頭身も、ぬいぐるみのような愛嬌がないともいえない。 だからこそ、かつてはペットとしての実装石ブームが一時的にしろ成り立ったのだ。 「ブサカワ」「キモカワ」という留保条件付きで。 そう。彼らの容貌は致命的に「ブサイク」であり、「キモ」かった。 全体的にのっぺりとした凹凸に乏しい顔は、ニンゲンをデフォルメしようとして失敗した出来損ないの人形さながらだ。 顔の中央にあるのは箸の先で突いたような鼻の穴。鼻梁というものはなく、ただ穴だけが二つ並んでいる。 その左右斜め上方には二つの目玉が微妙な距離を置いて埋め込まれている。 向かって右が緑、左が赤と色違いのその両目は、古びたビー玉のように曇って何も映さない。 まるで死んだような目をしているくせに、喜怒哀楽を訴える表情ばかり大袈裟なのがグロテスクだ。 おちょぼ口からは、ちょろりと舌を覗かせている。 リスや野ネズミのような小動物なら愛らしく見えたであろう、その顔つきも、元がブサイクでは台無しだ。 ただ「締まりがない」としか見えないのである。 「…テチュワワワ♪ テチュワワワ♪ テチュワチュテテテチュワァァァ…♪」 仔実装は今度は、イゴイゴと踊りながら歌うように鳴き出した。 得意満面に、おちょぼ口の口角を上げながらである。 仔実装は歌も踊りも得意だった。もちろん、そう思っているのは仔実装自身だけだった。 ペット用実装石のブームが去ったいまとなっては、ブサイクな仔実装が不格好に踊ったところで滑稽とさえ思われない。 ただ、みっともないばかりである。 実装石ブームの終焉は、あっという間だった。 もともと素直に可愛いと思えるような一般受けする容姿ではなかったのだ。 それに加えて実装石自身の悪癖が知れ渡ったことで、ニンゲンたちから見放された。 人語を解するように見えて、実は全くヒトの話を聞かない。自分の欲求だけを訴える。 飼い始めたその日から、たちまち増長する。 もっとオイシイゴハンを寄越せ、もっとカワイイ服を着させろ、もっと広く快適な場所に住まわせろと要求がエスカレートする。 叱れば逆ギレして癇癪を起こすか、哀れっぽく泣きじゃくる。 そして反省しない。ニンゲンの理不尽な怒りを買った自分が可哀想と嘆くばかりである。 自分が誰よりも可愛らしいと自惚れて、暇さえあれば、おあいそを見せつける。 可愛いおあいそでゴシュジンサマをメロメロにして、もっと可愛がられたい、甘やかされたい、我がままを押し通したいのだ。 確かに仕草としては可愛いのかもしれないが、ブサイクな実装石がやるのでは何のありがたみもない。 容姿ばかりか性格までブサイクなイキモノを愛でようと思うのは、よほどおめでたいニンゲンだけであろう。 「…テッチューン♪」 仔実装がまた、おあいそをした。 ここにいる自分の可愛らしさに、そろそろニンゲンたちは気づくべきだった。 だが、ちっぽけな水槽に入れられているおかげで、さっぱり目立たない。 そうでなければ、可愛い自分がこんなに可愛らしさをアピールしているのに、ニンゲンたちが目を向けないわけがない。 悪いのはチンケな水槽しか用意しないペットショップのテンインだが、仔実装は寛大だった。 注意力に欠けたオロカモノのニンゲンたちのため、仔実装は繰り返し繰り返し、おあいそをしてみせた。 「…テッチューン♪ テッチューン♪ テッチューン…♪」 見切り品コーナーの前を通り過ぎるニンゲンは誰も、卑しく媚びを売るばかりの仔実装など相手にしないのだが。 実装石のちっぽけな脳味噌を支配する幸せ回路は物事を自己中心的に解釈する。 成功は全て自分が賢くて可愛らしいことに起因し、失敗は不運によるもので自分には何ら責任がない。 一度の成功に味をしめると何度もいい思いをしようと執着する一方、失敗からは何も学ばない。何度でも過ちを繰り返す。 なおさら悪いことに、彼らは出来の悪い脳味噌とは別に体内に備えた偽石に先祖代々の記憶を刻んで受け継ぐ。 もちろん成功体験ばかりを、極めて中途半端で不正確に。 だから実体験は誇張される上に、伝聞や妄想さえも次の世代には現実の出来事として引き継がれる。 おあいそでニンゲンがメロメロになるというのも、本来は実装石ブームの初期に、仕草が可愛いと少し褒められた程度のことだ。 それが伝聞も含めて大袈裟に子々孫々まで伝わり、実装石はことごとく、おあいそに固執するようになったのである。 ゆえに実装石は生まれる前から増長する一方の糞蟲としての未来が約束されているのであった。 自分は賢く可愛い成功者であると誤った前提条件のもとに確信して、親実装の尻から糞と一緒にひり出されるのだった。 ニンゲンの言うことなど聞かなくて当たり前である。 自らを成功者として任じる彼らは、自分の脳内と偽石に記憶した成功体験こそが絶対的に正しいと信じて揺らがないのだから。 それでも虐待同然に徹底的に折檻すれば「痛い目に遭わなかった=成功体験」という脳内変換が働き、ようやく躾けに成功する。 だが、そこまで達するには非常に手がかかる。 要するに頭が悪すぎるのだ。 見た目も性格も頭も悪い実装石が一時的にしろペットとしてブームになったとは、あとから振り返れば悪い冗談である。 「……おい見ろよ、いまどきジッソーセキなんて売ってっぜ、クソダッセェ!」 「売ってるってーか、売れないから処分セールになってんじゃん」 ようやく仔実装に目を留めた客がいた。若い男女の二人連れである。 二人揃って毛先が金色で根元が黒い逆プリンのような髪をして、女のほうはトイプードルを抱っこしている。 澄まし顔のトイプードルは毛並みが綺麗で、店に併設されたペットサロンでトリミングしてもらったばかりだろう。 でもワタチのほうがもっとカワイイってことを見せつけてやるテチ♪ ワンコロにはサヨウナラしてワタチを飼うといいテチ♪ サロンにも麗しい亜麻色の髪のワタチが通ってやるテチ♪ 男女の客が水槽を覗き込んで来たので、ここぞとばかりに仔実装は渾身のおあいそを披露した。 おちょぼ口をすぼめて、高らかに鳴いた。 「…テッチュゥゥゥン♪」 「キメェ! ひょっとこみてえなブサイク面、見せんなクソムシ!」 男のほうが、バチンと平手で水槽をひっぱたき、衝撃で仔実装は尻餅をついた。 「…テヂャァッ!?」 「ちょっとヤメなよ、いちおう売り物なんだから」 女が男の腕をひっぱたく。 「店員に見られて買い取りさせられたらイヤじゃん、ジッソームシなんて」 「そんときはソッコーで公園に捨ててやるよ。水槽込みで百円とか書いてあっし安いもんじゃねえか」 「イヤよ百円でも、お金のムダでしょ。それならプーちゃんのオヤツを買ったほうがいいもんねー、プーちゃん?」 女はトイプードルに頬ずりする。言葉遣いの乱暴な男女だが、愛犬は可愛がっているらしい。 トイプードルも、まんざらでもない顔で目を細め、飼い主によく懐いているようだ。 男女は見切り品コーナーから去って行く。 起き上がった仔実装は彼らの後ろ姿に向かい、金切り声を上げて、ぴょんぴょこ飛び跳ねた。 「…テヂャッ! テヂャァァァッ…!!」 高級飼い実装として販売されてるワタチになんてコトしてくれるテチ! これはハンザイテチ! エイギョウボウガイテチ! ケイサツを呼ばれたくなければいますぐ戻って土下座しやがれテチ! テンインのヤクタタズはどこにいるテチ! あいつらを捕まえてシャザイとバイショウを請求しろテチ! そこにちょうど通りかかった別の客が、癇癪を起こしている仔実装に呆れた顔をした。 「処分品にしても、ひでえ糞蟲だな。テヂャテヂャ喚き散らして躾けが全くされてねえだろ」 「…テッ?」 ニンゲンの視線に気づいた仔実装は、ころっと気持ちを切り替えて得意のおあいそをしてみせた。 「…テッチューン♪」 「うわあ、媚びやがった。やっぱ躾けゼロだわ、公園の野良蟲と変わんねえ。タダでも引き取りたくねえレベル」 客は失笑して、仔実装の前から立ち去った。 仔実装は、おあいそのポーズのまま硬直する。 「…テ?」 カワイイワタチのカワイイオアイソを鼻で笑っテチ? ふざけるなテヂッ! カワイイモノをカワイイと認められないオマエのシンビガンが腐っテヂッ! カマドウマかゲジゲジでも飼ってやがれテヂッ! 「…テヂャァッ!! テヂャァッ…!!」 ジタバタイゴイゴと地団駄を踏む仔実装の水槽を、いつの間にか近づいて来た店員が、ひょいっと抱え上げた。 「…テッ?」 「はい、ちょっとすいませーん」 店員は通路にいる客に声をかけ、水槽をバックヤードへ運んで行く。 客の目につかないバックヤードで、店員は作業机に水槽を置いて蓋を開けた。 仔実装は店員の顔を見上げて、おあいそをしてみせた。 「…テッチューン♪」 オヤツの時間テチ? それともシャンプーしてくれるテチ? ワンコロなんかよりワタチをキレイキレイしたほうがお店にとってもお得テチ♪ 高級飼い実装のワタチがもっと高値でお買い上げされるテチ♪ 「どうして糞仔蟲ちゃんは自分の立場をわきまえないのかな? キミ一匹だけ中途半端に売れ残って店は迷惑してるんだけど?」 仔実装の頭の左右には小型犬のパピヨンのような耳が張り出しているが、もちろんパピヨンとは違い全然可愛らしくはない。 その不釣り合いに大きな耳を片方つまんで、店員は仔実装を水槽から引っぱり出した。 「…テヂィィィッ!?」 イタイイタイイタイイタイテヂッ! バカテンイン放せテヂッ! カワイイおミミがチギれるテヂッ! こんなタカイタカイはヤメるテヂッ! コワイコワイコワイテヂィィィッ……!! イゴイゴとバタつかせた両脚の間から、ぼとぼとと実装糞が作業机に落ちた。仔実装は実装服の下にパンツを穿いていなかった。 癇癪持ちの仔実装がたびたびパンコンするので、店員がパンツを取り上げて処分したのである。 もしも仔実装が奇跡的に売れたなら、大量に売れ残っている飼い実装用の着せ替えセットからパンツを抜いて穿かせればいい。 「他実装と抱き合わせで入荷する糞蟲ちゃんなんて速攻で実装ゴミに出せばエサ代も売場スペースも節約できるのにねえ。 事業系ゴミの処分もタダじゃないけど、無駄メシ喰いの糞蟲ちゃんたちを不良在庫で抱えるよりマシなのに」 イゴイゴと暴れもがく仔実装に、店員は、にんまりと笑いかけた。 「店長が博愛主義者だから仕方なくキミたちを売場に置いてあげてたんだよ? ようやく他実装ごと取り扱いが中止になったけど」 「…テヂィッ!! テヂィッ!! テヂャァァァッ…!!」 仔実装は血涙と糞を垂れ流して泣き喚く。 高級飼い実装として販売されている自分を店員が虐待するとは言語道断の不祥事だ。 表沙汰になれば大炎上して店の評判は地に堕ちるだろう。 だがそんなことよりも耳が痛くて千切れそうで宙吊りにされているのも怖くてたまらない。 どうして可愛い高級飼い実装の自分が、こんなにも非道な扱いを受けるのか。 店員は実装糞で汚れた場所を避けて作業机に仔実装を下ろし、後頭部をひっぱたいた。 「…チベッ!?」 頭でっかちの仔実装は受け身もとれず、顔を机に打ちつけた。 店員が糞を避けたのは仔実装が汚れては後始末が面倒だから。仔蟲自体が糞みたいなものだが、これでもいちおう売り物なのだ。 店員は左手で仔実装の背中を押さえつけ、右手の指で仔実装の後頭部を、べちべちと連発して弾いた。 つまりはデコピンだが、狙っているのはおデコではなく頭巾に包まれた後頭部だ。痕が残っても客の目につかないようにである。 「…テビェッ!? テピャッ!? テビョッ!? テピィィィ…!!」 必死で手足をばたつかせても、ニンゲン相手に非力な仔実装の抵抗が通じるわけがない。 店員は仔実装の中身の足りない頭を、べちべちべちと指で弾きまくった。 「処分セールで蛆も親指も全部片づいたのに、どうしてキミだけ売れ残っちゃったのかな? この空っぽな頭のせいかな? 叩けばいい音だけど中身は悪すぎるみたいだ。お客の前で癇癪を起こしたり粗相をしたらお仕置きだと何度も言ってるだろう? ほかの犬や猫まで躾けが足りてないように思われたら迷惑なんだ」 「…テビュッ!? テビョァ!? テビェピョピェビィィィ…!!」 理不尽な暴力に仔実装は、ただ泣き喚いた。 暴れもがいても、どうにもならない。 仔実装よりも遥かにカラダが大きなニンゲンに押さえつけられているのである。 そしてニンゲンの握り拳一つ分のサイズの頭にデコピンを喰らわされている。 頭でっかちというのはカラダの大きさとのバランスのことで、実際にはニンゲンよりも遥かにちっぽけな頭である。 ニンゲンがデコピンを受けるよりも遥かに衝撃は大きいのだ。 「きょうは店長、本部に呼び出されてるんだ。せっかく他実装が売れてもキミたちのエサ代で儲けが吹っ飛んでたからさあ」 店員は容赦なく仔実装の頭を弾き続ける。 「いまさら実装シリーズの取り扱いをやめても手遅れなんだ。言い渡されるのは降格か左遷か、店長の自業自得だけどねえ」 「…テピッ!? テピェッ!? テピョォォォ…!?」 仔実装がまた、もりもりと脱糞した。 店員は「ちょっとっ、汚ないなあ」と仔実装から手を離したが、とどめに一発、後頭部にゲンコツを落とした。 「…ヂョビョッ!?」 仔実装は机に倒れ伏したまま、ふるふると身を震わせた。 「…テヒィ、テヒィィィ…」 「こんな糞仔蟲、ブリーダーはよく生産を続けるよねえ。一万匹に一匹でも特別賢い個体が生まれれば高値で売れるそうだけど」 片耳をつまんで、仔実装を引っぱり起こす。 仔実装は血涙と鼻血で顔中を赤と緑に染めて、哀れに泣いていた。 「…テェェェ、テェェェ…」 「残りの出来損ないを他実装と抱き合わせで押しつけられるペットショップは、いい迷惑だよ? キミほどのハズレも珍しいけど」 「…テヒィ、テヒィ、テヒィ…」 仔実装は泣きじゃくる。 世界中から愛されるために生まれた高級飼い実装である自分を一方的に暴行するニンゲンが存在することが理解できない。 このような蛮行が許されるなら、この世に正義など存在するのか。 店員は仔実装の額を軽く指で弾いた。痕を残さないよう手加減したデコピンだった。 「…テピャッ!?」 「どうしてキミは、もう少しお利口に生まれて来なかったのかな? 処分セールで一匹だけ売れ残るって相当なものだよ?」 「…テヒィ、テヒィ…」 「キミの同属を買って行ったのもマトモな客とは思えなかったけど。ヒキニートみたいなピザデブや金髪の小学生だもの。 五匹や十匹まとめ買いとか明らかに虐待目的だよ。お人好しの店長は実装ちゃんたちのゴシュジンサマが決まって喜んでたけど」 店員は仔実装を水槽に放り込んだ。 頭でっかちで重量バランスの悪い仔実装は水槽の底に顔面を打ちつけて倒れ伏し、ふるふると震えた。 「…ヂピッ!? テェェェ…」 店員は作業机の端に置いていたウェットティッシュのケースから一枚抜き取り、仔実装に放り投げた。 「机を汚したのは仕方がない。キミみたいな出来損ないに掃除は無理だろう。でも、せめて自分の尻だけは自分で拭いてくれ」 「…テェェェ…」 仔実装は、よろよろと起き上がり、泣きながらウェットティッシュで尻を拭いた。 店員の言うことを聞いたというよりも、糞を漏らして尻が汚れたのが不快だったからだ。 「正式に異動が決まるまで、いまの店長が責任者だからね。その間はキミを売場に置いとかなくちゃならないんだ」 店員は、やれやれと首を振った。 「たかが百円だ。ボクが自分でキミを買って実装ゴミにポイしてもいいけど、従業員販売は店長がレジを打つ決まりだ。 ボクは店の利益のために不良在庫の実装石を処分しようと主張して来た。 建前はどうあれ実装石への愛情が欠片もないことは店長も理解しているだろう。 それなのに最後の一匹になったキミを、いまさらボクが買うなんて気まずいじゃないか。買ったら捨てるのが丸わかりだもの。 店長が交代するまで、もう少しの我慢だろうし。 それまでは躾けを欠いた糞仔蟲ちゃんが店の評判を落とさないよう、テヂャテヂャ騒ぐたびにお仕置きして黙らせるだけだよ」 店員は水槽を抱え上げて、また売場へと運んで行った。 水槽が揺れて立っていられず、仔実装は尻餅をつく。 「…テヂャッ!? テェェェ…」 じわっと涙を溢れさせると、仔実装はウェットティッシュを投げ出し、両目に手を当てて哀れっぽく泣き出した。 「…テェェェン、テェェェン…!」 ワタチが悪いんじゃないテチ…… プリン頭のドキュンが水槽を叩いてちょっとビックリしただけテチ…… なのにどうして怒られるテチ? イタイイタイコトもされるテチ? ワタチは高級飼い実装テチ…… もっとダイジダイジに扱われるべきテチ…… 安っぽいプラスチックの水槽に入れられてるからドキュンにイタズラされるテチ…… もっとデカくて立派で手を触れるのも畏れ多いガラスの水槽で高級飼い実装らしく快適に過ごさせるべきテチ…… お服も高級飼い実装にふさわしいドレスにお着替えさせるべきテチ…… お風呂に入れてシャンプーもするべきテチ…… バラの香りに包まれてこその高級飼い実装テチ…… こんなカイショウナシの店で売られてるワタチが哀れテチ…… ワタチは不幸テチ…… カワイイワタチがあまりにカワイソウテチ…… 高級飼い実装にふさわしいセレブのゴシュジンサマはいつ迎えに来るテチ……? 結局のところ仔実装は、どれだけ店員に痛めつけられても我が身を省みることがなかった。 もちろんそれが実装石の習性なのだった。 実装石の中には、うわべだけ聞き分けのいいフリをしてニンゲンを欺こうと目論む、ずる賢い個体もいる。 ペットショップで売られている間だけお利口そうなフリをして、飼い実装の座に収まれば手のひらを返し、糞蟲ぶりを発揮する。 しかし、たいていの実装石は悪知恵を働かせる脳味噌も足りず、お客の前でも裏表なく糞蟲だった。 だから、この仔実装が特別愚かなわけではなかった。売れ残ったのは、ただの成り行きだ。 どちらにしろ客の側も、まともに飼うつもりで実装石を購入するわけではない。 糞蟲ぶりが知れ渡った実装石を、いまどきペットにしようというニンゲンは稀である。 本気で愛護目的で実装石を飼いたいなら、それこそ一万匹に一匹レベルの特別賢い個体をブリーダーから直接購入するしかない。 ペットショップで安価に売られている実装石は、ことごとく糞蟲なのである。 それでもショップで実装石を買い求めようという客の目的は、九割九分が虐待だった。 上げ落としを愉しみたいなら、身のほど知らずにもニンゲンを欺くつもりの、ずる賢い個体が狙い目だ。 実装石の浅知恵では、どう足掻いてもニンゲンには勝てないことを思い知らせてやろう。 ただ暴力的に憂さ晴らしをしたいなら、どんな実装石でも構わない。 ひと口に糞蟲といっても高慢だったりナルシストだったり、嗜虐心をくすぐる泣き蟲だったりと意外に性格はバラエティ豊かだ。 それぞれどんな素敵な声で泣き叫んでくれるか、聴き比べてみよう。 だがペットショップにとっては、上げ落とし目的の客のほうがオモチャやコンペイトウなど関連グッズも購入する可能性が高い。 だから、あからさまな糞蟲よりは、お利口なフリができる小賢しい糞蟲のほうが店にとってはありがたい。 逆に、明らかな糞蟲はさっさと売れてくれないと邪魔なだけだ。店員の扱いも、それ相応に邪険になる。 それだけの話なのだった。 「…テェェェン、テェェェン…!!」 泣きじゃくる仔実装に同情を寄せるニンゲンはいない。 ただ、もしかすれば泣き顔に嗜虐心をそそられて、お買い上げしてくれる虐待目的のニンゲンは、いるかもしれない。 この店で売られる仔実装は、これが最後の一匹だ。 見切り品コーナーに戻された水槽の中で、仔実装は哀れに泣き続けた。 ---------------------------------------------------------------------------- 【終わり】
1 Re: Name:匿名石 2019/10/12-02:03:17 No:00006120[申告] |
そこまで嫌なら自分が100円レジに入れて踏みつければいいだけなんじゃ…
水槽は残るぶんだけ店側にも得でしょ つーか水槽が100円以上するだろうから、金払わずに踏みつけても損はないでしょ なぜここまで放置してるのかが謎すぎる 実装石がどれだけ醜悪な生物か、なんて今さら語ってもらうまでもないことだし この糞虫がどういう結末を迎えるにせよ、もうちょい派手なオチが欲しかったところ |
2 Re: Name:匿名石 2019/10/12-07:33:44 No:00006121[申告] |
> そこまで嫌なら自分が100円レジに入れて踏みつければいいだけなんじゃ…
それは全くご指摘の通りで 最初はそのあたりも考えていたはずが 書いているうちに抜け落ちていました いかんですね… ちょっと手直ししました |
3 Re: Name:匿名石 2019/10/12-08:07:28 No:00006122[申告] |
まさに何処かの半島人その物だなw
次作、期待してます! |
4 Re: Name:匿名石 2019/10/12-08:56:53 No:00006123[申告] |
実装石がこの世界でどういう扱いなのかきっちり書かれてるの、俺は良いと思うよ
例に漏れずどうしようもないナマモノなのはお約束みたいな所あると思うし それと、パンツ取り上げは妊娠のリスクが上がるので注意しないといけないね |
5 Re: Name:匿名石 2023/11/21-23:53:34 No:00008482[申告] |
妊娠したら体のいい処分理由になるからな |