【愛】実装山岳救助隊、亜紀ちゃんの場合 とある秋の山のハイキングコースの途中で、四人家族がピクニックをしていた。 夫婦と小学生低学年くらいの少女に、幼稚園くらいの男児。 見晴らしの良い広場にレジャーシートを広げ、持参のお弁当を食べた後のんびりとしていた。 両親が弟の方を見ている間、姉は辺りを見て回っていた。 腰まで届く長い髪にスラリとした身体。スニーカーを履き長袖のトレーナーこそ着ているが、ズボンではなく短めのフレアスカートでハイキングコースの散歩程度しか考えてない服装である。 「わあ、きれいなお花」 彼女は笑顔で少し離れた場所へと歩いて行く。 「あ、チョウチョ」「あ、真っ赤な実、キレイ」 こうしてふと気がつけば、すっかり迷子のできあがりだ。 「えっと、どっちからきたんだっけ?」 慣れてない山林だ、幼い少女にはどっちから来たなんて解るはずはない。自分の足跡を辿ってみるとか、太陽から方角を割り出すような知恵もない。 「ママーーーッ、パパーーーッ」 大声を出してもか細い少女の声は森の木々に阻まれてしまう。 しばらく叫びながらウロウロとしていると段々と暗くなっていく。山中では日が山の陰に入ってしまって日中から暗くなってしまう事がある。 少女の顔も不安で陰ってくる。 「そうだ。山だから降りていけばいいんだ」 少女は幼い知恵を絞って、下り坂と覚しき方へと道無き山中を歩いて行く。 実はこれ、やってはいけない事である。山は単純な坂ばかりではない、崖や大小様々な凹凸があり川もある。川沿いは増水する危険、川への転落の危険、崖(滝)で道が途絶える可能性もある。 だから最初は上に登る方が良い。見晴らしの良い場所へ出れば下山ルートを確認できるし、大抵の登山道は山頂へと通じているので道に出る可能性が高くなる。 スカートと靴下の間に露出している少女の柔肌は次第に草や下生えで無数のかすり傷ができる。さらには段々と肌寒くなってくる、この山は夏場でも日が暮れると涼しくなるから秋となれば尚更だ。 不安で少女の目に涙が滲み視界が歪んできて、なんとか川に出てきたときはすっかり泣きべそをかいていた。 川の両側は急な斜面で川の中は歩ける程の石や岩は乏しい。川沿いに歩く事はできないし、疲れ切った少女の体力では今から斜面を登るのは辛い。しかも夕暮れは迫っているし、先程から空腹感も苛んでくる。 「わーーーーん、ママーーーーッ、パパーーーーッ、たすけてーーーーーっ」 泣いても叫んでも返ってくるのは川のせせらぎだけである。既に少女の気力は限界だ。為す術もなくしゃがみ込んでひたすら泣きじゃくるだけ。どれほど泣いただろうかところがそんなとき、声を返す者ががいた。 「デェース、デスデス」 少女がうつむいた顔を上げれば、薄暗い中すぐそこに緑の服の小人がいた。白目のない右目は赤で左目は緑、口は兎口でほぼ三頭身。実装石である。身長50cmくらいだから成体だろう。 「あ、実装石」 街中の公園などで野良をみかけた事はあるし、クラスメートの中には実装石を飼育している者もいる。人里離れた山中で会うとはちょっと驚きだが、少女の目を惹いたのはその両手に一つずつ持っている柿の実である。 「デス、デスデス」 そう言って差し出してくる。 「え、これをあたしに?」 「デス!」 実装石は近づいてきて、両手のそれをそれを上に掲げる。 「グスッ、ありがとう……」 少女はひとまず泣き止むと柿を受け取って食べ始める。甘柿である。その甘さと空腹の解消が少女の心を落ち着けていった。 「デッス」 少女が柿を食べ終わると、実装石は今度は右手で彼女の靴下を引っ張り左手で森の奥の方を指し示す。 「え、あっちに行くの?」 「デッス、デッス、デッス」 実装石はその小さな身体で草を掻き分けて先導すると、少女は暗くなった森の中を足下に気をつけながらその後をついていく。 少し歩くと川の側の小さな崖の下側に出る、高さは大人の背丈より少し高いくらい。壁面からは清水が湧き出て細い滝を作っている。 「デッス」 実装石は小さな滝壺に行き、一度少女振り向いてから四つん這いになって小さな滝壺から直接水を飲む。 「このお水、飲めるの?」 水分を含んだ柿のお陰で少女は多少は喉が潤ったが、やはり何か飲み物が欲しいところだ。水を飲み終わった実装石は、もう一度振り向く。 「デッス」 少女は湧き口からこぼれる冷たい水を両手で受けて、恐る恐る口を付けてみた。 「美味しい」 初めて飲む湧き水の味に少女は驚きの声をあげ、勢いよく飲み干す。 身体が水を欲していたうえに清浄な山の雨が地層で濾過された清水である、美味しいのも当然だ。きっと二・三日この水だけを飲み、その後街の水道水を飲むと臭くて不味く感じるであろう。 「デース、デス」 続いて実装石は川の直ぐそばまで歩いて行く。崖下だけあってここは川と大差ない高さである。実装石は川に背を向けると、その緑のワンピースのスカートをまくって白いパンツを下げてしゃがみ込む。 「デッス」 「え、あ、おトイレそこなの?」 そう言えば、そろそろ尿意もしてきた。 「うー、お外だから仕方ないか。あ、でも……」 少女は実装石の視線を気にして、一瞬困り顔になるが直ぐに気付く。 「あ、そっか、実装石って女の子ばっかりなんだっけ」 少女は実装石に倣ってしゃがみ込んで小用を足す。拭く紙はないけど仕方がない。 「デッス」 さらに実装石は先導して少女を川から少し離れた大木の下に連れて行く。そこは木の下の平坦な場所に枯葉の山があった。 自然にできたものではない証拠に、斜面の方から数匹の実装石が両手で枯葉を抱えてやってきては山に追加をしている。 「デッス、デスデス」 実装石は一瞬少女を振り返ると枯葉の山にダイブする。そして一旦潜ってから首だけを出して目を瞑る。 「えっと、お布団ってこと?」 「デッス」 実装石は腕を振って引き寄せるような仕草をすると、少女も枯葉の布団の中に入る。葉の縁や葉柄が剥き出しの肌に僅かな刺激を与えるが、思ったより暖かい。 「デッス、デスデスデス」 先に潜り込んでいた実装石が何か叫ぶと、枯葉を運んでいた実装石も一緒に枯葉の布団に潜り込む。その数五匹。やがて枯葉越しでも少女にその体温が伝わってくる。 「わあ、ポカポカだあ……」 疲労していた少女はその温もりに安心したのか睡魔に身を委ねた。 (●△○)(●△○)(●△○)(●△○) 「ハックション!」 くしゃみと共に少女は目覚める。顔に当たる空気が冷たい。見回せば朝靄の山林の中で、彼女は自分が枯葉の布団の中に埋もれているのに気付いた。 顔に触れる外気の冷たさにも関わらず、首から下の温もり。それは枯葉の中に潜っている六匹の実装石だった。 「そっか、あなたたちがいてくれたから寒く無かったんだ。ありがとう」 少女は上体を起こすと、すぐ脇で寝ぼけ眼をこする実装石の頭を撫でた。 「デッスーン。デスデスッ」 実装石は嬉しそうに鳴くとすぐ側の大きめの石の上を指し示す。そこには昨夜と同じく柿の実が二つあった。また別の実装石がそれを抱えて差し出す。 「デッス」 「あ、朝ご飯ね。ありがとう」 少女は空腹だった事に気付き、柿を受け取ると囓り始める。甘さが身体に染みこむようだ。実装石達もどこからか取り出した団栗や木の実を囓って朝食を摂っている。 「ちょっと待っててね」 少女は起き上がって川岸まで下ると、昨晩のように小用を足す。すると実装石達もそれに倣う、尤も彼女達は総排泄孔からの緑の糞便だが。 実装石達は昨夜の枯葉の一部で尻を拭いそれを川に流す。それから少女の靴下を引っ張って山林を指し示した。 「デッス」 「こっちに行けばいいのね?」 少女は明るい笑顔でそれに従う。実装石達はきっとママやパパ達の所へ案内してくれる、そう彼女は確信してその後をついていく。 少女を伴った実装石達は山林の斜面を暫く登ってから、大きく曲がって下り始める。程なくして踏み固められた登山道に出た。 「デッスデス」 実装石は道に出ると一方を指し示す。 「こっちに行けばいいのね」 しかし今までとは違って今度は先導しない。ただ、六匹が並んで右腕を上げて左右に振る。 「デスデスデス」 「え? あ、バイバイってこと?」 尚も手を振る実装石達に、少女はその意図に気づく。きっと山に住んでいる彼女達は人里には近づかないのだろう。 「ありがとう。バイバーイ」 少女も挙げた右手を大きく振って山道を下っていく。 程なくして彼女は山狩りの人達に保護され、地元警察署の一室に設けられた対策本部にトランシーバーで連絡が行く。 「少女を無事に保護した」の知らせに、警察署の一室は安堵の空気に包まれた。そんな中、両親と警察官の他、地元の農家のおっちゃん達に混じって余所者の青色の作業服の男がいた。 山狩りの人達に連れられてきた少女が涙ながらに両親と抱擁をしているわきで、保護した地元のおっさんが青い作業服の男に声をかける。 「なあ、あんた。昨夜実装石の専門家だって言ってたよな?」 昨夜少女が行方不明だと報道されると、山狩りに協力したいと名乗り出てきたのが彼だった。曰く、山実装の調査をしていてこの辺りの山には何度も入った事がある、と。事実、彼は地元の商店で買い物をする姿などが以前から何度も目撃されており、山にそれなりに詳しいのは事実だろう。 「はい。どうかされたんですか?」 作業服の男は答える。 「この娘に聞いたんだが、実装石に助けられたそうだ。そんな事があるのかい?」 「ほう、実装石が」 興味深そうに作業服の男が聞き返す。 「ああ。なんでも柿の実を食べさせてくれて、枯葉の布団を用意してくれて、最後はハイキングコースまで連れてってくれたそうだ」 「うーん、山実装は生存環境が厳しいので、野良実装よりも知能・体力共に優れています。逆にそうでないと淘汰されてしまいます。それで人間の危険性も充分に承知していますから、普通は人間に近づきません」 「だろう? オレらだって、この辺りの山で山実装なんてほとんど見た事がないよ。よっぽど数が少ないか、警戒心が強いかのどっちかだろう? それがわざわざ子供の前に出てくるなんてな」 「普通はそうです。ただし今回のケースですと、かなり頭の良く人間の習性を理解している個体が居たようですね。恐らくは、山で人間の子供が行方不明になれば山狩りの人間が大挙して押しかけてきて巣が見つかってしまう、と考えたのでしょう。 大分昔ですが、似たような前例がありますよ」 「へーえ、あんなのにもそういう事考えられる奴がいるんだ」 作業服の男の話に、地元のおっさんは感心したように呟く。 「こりゃ、探して山の幸とかにするわけにはいかないな」 作業服の男も頷く。 「そうですね。作物とかへの被害がなければ、放っておいた方がいいでしょう。また迷子とかが出たときに助けてくれるでしょうから」 作業服の男は、実装石にお礼をしたいという少女とその父親にその事を踏まえたアドバイスをした。 「山実装は縄張りに人間が入るのを嫌うんですよ。だから、もう逢うのは難しいでしょうね。 もしお礼をしたいのでしたら、これから冬になりますから、保存の利く安物の実装フードなんかを縄張りの端辺り……多分、あのハイキングコースの脇にでも置いておくといいでしょうね」 ついでに作業服の男は最寄りの実装フード販売店の場所を教える。(株)ジッソーという会社が経営している店だ。念の為少女を病院に診せた後、すぐに買いに行って戻ってこれる距離だ。 一家はお礼を言って車で去って行った。 「さて、私も用事を済ませて帰りましょうか」 青い作業服の男はワゴン車に乗ると山の方へ去って行った。 (●△○)(●△○)(●△○)(●△○) やがてワゴン車は舗装されてない山道で、車で登れる限界まで到達する。丁度少女が山実装達と別れた辺りに近い。 男はワゴン車から出ると、リュックを背負って登山靴を履き、道無き山中を慣れた様子で歩いて行く。 じきに茂みの中から一匹の山実装が現れたので、男は実装リンガルを取り出す。 「人間の子供を助けたそうだな。よくやった」 「デッス。言われた通りにやっただけデス。ニンゲンの子供を捜しにお山に沢山の人間が来ると、巣の場所がばれてみんな食われてしまうデス」 「これは報酬だ」 男はリュックから小型の鋸と移植鏝を取り出して見せる。どちらも山の生活には便利な代物だ。 「助かるデス」 「それから、夕方までには少女の親が実装フードを持ってくるだろうから、少女と別れた辺りを見張っておけ」 「了解デッス」 「さらに重要な事だ。少女を助けた事で、この山に実装石が住んでいる事が人間に知られた。虐待派が探りに来るかもしれないから、実装フードを回収し次第今日から冬籠もりに入った方が良いぞ」 「了解デッス。既に『村』の撤収は終了しているデッス。取引の後は各家の冬籠もり場に移るデッス」 そんな会話をしていると岩場の陰に隠れた山実装のコロニーに到着する。張り出した岩の下等に草を使った竪穴式住居めいたものが幾つもあり、その前に蔦で縛り上げられた大小様々な禿裸の実装石達が転がって呻いていた。 その前に居るのは五匹の実装石、出迎えた者も含めて少女を助けた者達だ。 「今回の間引き対象デス。盗み食いをする糞蟲、共食いしようとする糞蟲、人間に餌をねだろうとする糞蟲、山中に捨てられていた元飼いの糞蟲デス」 「オーケー、買い取ろう」 男はリュックから里で集めた団栗や家庭菜園で採れた芋、実装フードなどを取り出す。実装フードは固くて不味いがその分保存性抜群で、冬籠もりする山実装にとっては貴重な食料となる。 食料の対価は食料。間引きされた糞蟲達は食用実装となる。野良実装と違って生ゴミや実装糞などを食べてないため、山実装の肉は野性味溢れるよいジビエとなる。捨てられた元飼いも清潔な餌で育てられているので、幾分か薄味ではあるものの食用に適している。 「この秋の取引は今日で終わりだ。また、春に逢おう」 「デッス。今年もニンゲンさんのお陰で助かったデス」 この山実装のコロニーへの男の支援は多岐かつ長期に渡る。生活に役立つ道具や知識、地元ニンゲンの動向の報告、間引きを手伝ってくれるうえにその対価として支払われる食料。時には避難や渡りの手伝いまでしてくれる。 それもこれも、総てはここを良質な食用山実装の産地とするためである。 青い作業服の男、それは野良や山実装すら躾けて統率の取れた群れにして利用する調教師なのであった。
1 Re: Name:匿名石 2019/01/07-16:01:50 No:00005714[申告] |
すげぇ(語彙力)
この男にかかったら実装石ですら益獣だ |
2 Re: Name:匿名石 2023/05/08-20:38:12 No:00007135[申告] |
山実装も下手な人間より賢い |