真説・実装音叉 極めて初歩の物理学のお話 「デププププ。クソニンゲン、美しくて高貴なワタシに早くオスシとステーキとコンペイトウをもって来るデス」 ここは真昼の公園、一匹の成体実装の前には青い作業服の男。その脛にはたった今ついた異臭を放つ緑の染み。 「もう一発くらわないと解らないデスか?」 男の前の薄汚れた実装石は再び緑色のパンツの中に手を突っ込み、脱糞をして…… 男が後ろに隠し持っていた小型バールで頭部を殴打される。否、殴打ではない、それは切削。L字型に曲がった先の釘抜き部分で掠めるようにして実装石の左耳を削り取ったのだ。 「デギャアアアッ! クソドレイのくせに何を……デギャッ、デ、デギャ、デ、デ、デギャ、デ、デギャ、デ、ギャアッ!」 男はバールを∞の文字を描くように左右に振り、糞蟲の顔や身体を削り取っていく。 「デ、デッスーン、ニ、ニンゲンさん助け……デギャッ」 糞蟲が命乞いの媚びをするために右頬辺りに持ち上げた腕は、即座にその先端を千切り飛ばされる。 男は尚もバールを振るい、目の前の実装石を削って赤緑の肉塊へと変えていく。そして一旦手を止めてゴム長を履いた足を汚肉に乗せる。 「おい、糞蟲。何か言い残す事はないか?」 音声式実装リンガル越しに男は尋ねる。 「お、お願いデス。助けてくれデス」 「駄目だね」 にべもない。 「お前ら実装石と人間、どっちが大きくて強いと思ってるんだ。そんな事も解らずに糞を投げつけるような馬鹿な糞蟲は、殺処分が相応しい」 男は一旦足を上げると無情にも踏み下ろした。 「デギャッ!」 リンガルでも解読不能なその言葉が、糞蟲の辞世の台詞だった。 男は続いて向こうの茂みの影からこちらを伺っている何匹かの実装石達に声をかける。 「おい、お前らも私を奴隷にして、寿司やステーキや金平糖を持ってきてもらいたいか?」 血塗られた得物をそちらに向けると実装石の一部は逃げ、残った者は媚びをする。 「デッスーン」「テッチューン」「テッスーン」 「チッ、逃げればいいものを、馬鹿な奴らだ」 男は一跳びで距離を詰めると、バールを地面スレスレに横殴りに振って愚かな連中の足を粉砕。糞蟲の逃亡を封じたあとはバールの殴打によるお決まりの末路だ。ただし今回は比較的楽に死なせてやる。 「まーた、見逃してるんスか? 駆除ボランティアなのに甘いッスよ」 そんな青い作業服の男に、背後から若い男が声をかける。 「当たり前だ。連中にだって生きる権利くらいある。人間に迷惑をかけない限りな」 最後の仔実装を踏みつけて止めを刺すと、作業服の男は次の獲物を求めて周囲を見回す。が、目に着くところには見当たらない。流石にどんな馬鹿でも逃げ隠れしているのだろう。 「やれやれ、こっからが面倒なんスよね。ノルマは100匹だから、隠れた奴を探さないと」 若い男は年季の入った大ぶりのバールを肩に担ぐ。 「ま、鬼ごっこだと思って楽しんでみたらどうだ?」 「えー、面倒ッスよ。オレは糞蟲を潰すのが楽しいんであって、一々探し出すのは好みじゃないんスよ。はーあ、実装音叉でもあればイチコロなんだけどなあ……」 若い男の愚痴に作業服の男は応じる。 「そんな都市伝説を信じてるのかね?」 「え、実装音叉って実在しないんスか?」 意外そうに尋ねる。 「無い訳じゃ無いが、実用にはならんよ」 作業服の男はスマホサイズの自分のリンガルを取り出して操作する。すると甲高い金属音のようなものが響き渡る。 「実装音叉とは俗称で、正式には偽石共鳴音叉と呼ぶ。でもってこのリンガルにはその音波を発生させる機能がある」 「名前なんてどうでもいいじゃないッスか」 「物体はそれ自身が発する打撃音と同じ音波を浴びせると振動する、これを共鳴と呼ぶ。ガラスのような固くて脆いものは、共鳴が強くなるとやがて振動が物体の耐久度を超えて壊れる。 偽石共鳴音叉とは、この原理を応用して偽石を共鳴させてダメージを与えるものだ」 作業服の男はリンガルを手近な茂みへと近づけ、さらに弄る。すると金属音が高低へと変化していく。 「弦楽器や鉄琴・木琴で考えると分かりやすいと思うが、同じ材質でもサイズによって打撃音、即ち共鳴する周波数は違う」 程なくして、茂みのなかから「デギャ!」という叫びと共に一匹の成体実装石が飛び出してくる。 「クソニンゲン! 何をしやがるデス!」 威勢良く怒鳴る実装石に「糞蟲だな」と呟くと、作業服の男は左手でその首根っこを捕まえて持ち上げる。実装石の身長は成体でも人間の1/3弱、丸っこい体つきを考慮しても体重にして1/20以下だ。圧倒的な体格差に実装石は手足を振り回して暴れるだけで無力化する。 男は右手で持ったリンガルを操作して音波を変化させる。 「デギャアアアアアアアアアアアアッ」 実装石は突如絶叫を上げ、その手足の動きも激しくなる。排泄音が響き、異臭と共に大きくパンコンする。 「偽石は実装石の成長とともに大きくなっていく。また、同じ程度の体格の実装石でも偽石のサイズには個体差がある。つまりは、実装石一匹一匹ごとに音をチューニングしないと役に立たない」 彼は実装石にリンガルを押し当てるが、相変わらず暴れ続けるだけで一向に死ぬ気配はない。 「あと、共鳴で破砕するにはそれなりの高出力が必要だ。蛆実装ならともかく、中実装以上の個体では体内にある、つまりは肉で包まれた偽石を粉砕するには生半可な出力では足りない」 「え、じゃあ、実装音叉で駆除できるってのは……」 「できなくはない」 男は尚も苦しみ暴れる実装石を見る。程なくして、微かな破砕音とともにそれは糸の切れた操り人形のように動かなくなる。その両目は白濁し、口からは舌がはみ出ている。 「直接粉砕はしなくても、共鳴音波を浴びせれば苦痛を与える事ができる。そして長時間の苦痛はストレスによる偽石崩壊、俗に言うパキン死をもたらす」 男は命を失った肉塊を放り出す。 「辛うじて実用化した例といえば、笛のように風で作動する音叉を使ったケースがある。とある公園の周囲に数十種類の音叉を設置し、風の強い日に一日中共鳴音波を発生させてパキン死をさせたそうだ。 しかしその場合でも、周波数がズレたり遮蔽物で音波が届かずに生き残った個体がいたそうだ」 若い男は大きく溜息をついた。 「じゃあ、音叉一叩きで全滅とかは……」 「そりゃ、無理だよ。小麦粉を適当に撒いただけで粉塵爆発を起こせるって位の無茶だ。机上の空論ですらない戯言だ。全く、この程度の初歩の科学知識すらないとは……」 「誰もがそんなに科学に詳しくねッスよ」 「科学って言ったって、弦楽器とかの身近な出来事の延長なんだけどねえ」 「フツー、そんな応用できないッスよ。はあ、それにしても美味い話ってないもんスねえ」 「そうだよ。額に汗して労働するんだな。労働後の飯は美味いぞ」 今回の駆除ボランティアには、弁当が支給される。 「飯っていったって、この実装臭じゃ食欲なんて湧かないッスよ」 「ん、そうか。じゃあ今度実装料理を食べさせてやろう。ちゃんとした山実装や飼実装の肉だからそれなりに美味いぞ。調理過程から立ち会えば、実装臭を嗅ぐと実装肉の味を連想できるようになるから平気になるぞ」 「なりたくねッス。そもそもアンタって何派なんスか? 駆除したり虐待したり料理したり、かと思えば見逃したり飼育したり野良の支援したりとか、わけわかんねッス」 「ん? そりゃ愚問だよ」 作業服の男は肩を竦める。 「ペットのミニブタと、養豚場の豚と、スーパーで売ってるブタ肉、それに畑を荒らす猪。同じ豚でも対応は全部違うだろう? 単純に何派とかって分けられるもんじゃないさ」 作業服の男が呵々と笑うと若い男が肩を竦める。 「割り切ってるんスねえ」 二人はバールを構えて再び糞蟲探しに向かった。
1 Re: Name:匿名石 2019/01/07-16:03:05 No:00005715[申告] |
この男只者ではないな!
割切り派とでも言うのか対応が多面的で面白い |
2 Re: Name:匿名石 2019/01/08-22:11:33 No:00005716[申告] |
また一つ賢くなってしまった(小波感)
それにしても、科学に限らず考証のしっかりした作品というのはいいね 凡百のラノベ作家にも見習って欲しいところ しかも実装石への対応を個体によって変える割り切り方といい この男のキャラも実に魅力的で素晴らしい 久々の良スクだったわ |