男の住む賃貸住宅には4畳半の虐待専用部屋があるが、高さ30cm幅30cm奥行20cmのスペースのみを今現在飼う実装石に与えている。
その空間の四方は防音素材の壁で囲われている。床は糞を落とすためグレーチングのような厚いプラスチックの網、塞がれた天井からは
給餌用のチューブが口元に伸びている。
彼女は、産み落とされてから男に拾い上げられるまでの数秒を除いた実生のほぼすべてをこの空間で過ごしてきた。

およそ実装石らしからぬ背筋の伸びた姿勢で立っているが、それは彼女がそう躾けられたからではない。
肩甲骨の上から尻までを貫いた左右二本の金属パイプと、そのパイプを通り床に固定された硬質プラスチック棒により直立姿勢を取らざるを
得ないのだ。

プラスチック棒と床を固定する台座は彼女の背中を通るパイプと同じ金属であり、膝を折ってパイプと台座が接触すると電流が流れる仕組みに
なっている。
流れる電流は弱いものだが、電気ショックに弱い実装石にとっては地獄のような苦痛である。

男の手によりこの姿勢に固定されて3年ほど、足の裏以外を地面につけることもできず、座る、寝転ぶといった楽な姿勢をとったことが無い。
鼻先3cmに迫るグレーの防音壁が目にする全てであり、給餌チューブをペースト状の餌が通る音と咀嚼音、自分の声、排泄音以外の
音を聞いたこともない。

彼女が固定され蓋をされて以来、男が顔を見せたり声をかけたりすることは一度もなかったが、チューブを通した朝夕二回の給餌だけは
正確に行われた。
与えられる餌の味は最低だったが、過酷な状況で生き延びるに十分な栄養価と数種類の薬剤が配合されていた。

体重の軽い実装石とはいえ床のグレーチングは足裏に食い込み常に痛む。通常なら出汁で戻した高野豆腐のように張りのない足も凝り
固まって消しゴム程の硬さになっていた。
眠るときも立ったまま、いや、正確には眠ったことなどなく、立つことの限界を超えたときにそのまま失神するのみである。

固定されて最初の1週間は助けを求め泣きわめき暴れた。癒着した背中のパイプが軋んで酷く痛んだだけだった。

中実装になるまでの半年は悲観しただただ涙を流し続けた。何も変わることがなく、無駄と悟ってからは涙も出なくなった。
枯れたのだろうと思った。

次の1年は妄想に逃げ込んだ。優しいゴシュジンサマ、暖かなママ、楽しい姉妹たち、おいしいごはん、綺麗な服、艶々の髪、
遊び切れないほどのオモチャ、今日は何をして遊ぼうか？どこへ出かけようか？どんなお話をしようか？
そろそろワタシも仔を産みたい。素直で賢い仔たち、いっぱい可愛がっていっぱい遊んでいっぱい愛してあげるんだ。
そんなに上手くは行かないデスゥ、お前たちは皆ヤンチャでママは何度もゴシュジンサマに叱られたデスゥ。とママが言う。
じゃぁ春までに1家族分の場所を用意して色々買わないとなぁ、お前はちゃんとママから躾の方法を習うんだぞ。とゴシュジンサマが言う。
ワタシの実生は楽しく何の悲しみもない。シアワセ過ぎることだけが少し不安な、そんな夢。
瞼を閉じ妄想に浸る間は完全にその世界で生き、瞼を開いて視界を埋めるグレーに絶望する。毎日何度も絶望する。

次の1年は死ぬことだけを考えた。何度も舌を噛みちぎり、偽石が崩壊するよう念じ続けたが、餌に混ぜられた活性剤が再生力を高め、
偽石にかかるストレスを緩和したため死ねことも狂うこともできなかった。
自ら膝を折って電流を浴びても、反射で体が仰け反り接触を保てないため苦痛しか残らない。
餌を拒否したり呼吸を止めたりもしたが、心がどれだけ死を望んだところで実装石の持つ無限の生存本能に抗うなど不可能だった。

それからさらに1年、足はもう動かすことができない。涙はとうに枯れ、声の出し方も忘れた。目を開けているが何も見てはいない。

ここ最近は何のために自分は産まれたのか、何のために生きているのかを考えていた。
産まれたのはここで立ち続けるため。生きるのはここで立ち続けるため。何で？そういうものだから、実装石だから。

「……ッ！…ッ！…！……！」
思索の末に出た答えに魂が絶叫するが、萎びた声帯は音を出してくれない。

実装石の平均寿命まで残り5年。