タイトル:【哀】 特別な海
ファイル:特別な海.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:17681 レス数:0
初投稿日時:2008/11/16-15:38:00修正日時:2008/11/16-15:38:00
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            特別な海


ミドリのご主人様が風邪と言う病気になって3日も布団で寝ている。
ゴホゴホと咳をしてはとても苦しそう。
ワタシはここぞとばかり、ご主人様の為に世話をしてあげようと頑張った。
でもミドリは実装石だから、背中を擦ったり水を持ってくるくらいしかできない。
そんなミドリにご主人様は「こっちへおいでミドリ」と自分の布団を上げて入る様に促した。
ご主人様の布団に入る事は普段から許されていなかったから嬉しかった。

デスーっとご主人様の顔を見上げながらおずおずとそこに潜り込む。
ご主人様の温もりで暖かい布団の中、汗で湿って少し臭うミドリはそれでも幸せだと感じた。
見上げるとご主人様は笑っている、そして「風邪が治ったらまた海でも見に行こうな」と言った。

この街のはずれには海があって、その海岸へご主人様は車でミドリを何度か連れて行ってくれた。
一緒に座ってお弁当を食べて色々お話をしてくれたあの場所。
ミドリも楽しい記憶として、その時の事は鮮烈に憶えている。
どうやらご主人様は、何か楽しい事や嫌な事があると海へ行っては気持ちを落ち着けているらしい。
そんな話をミドリに何度も話してくれたから、ご主人様にとってあの海は特別なんだと分かった。

そうだ、ご主人様の代わりにミドリがあの海へ行って、風邪が治るようにお願いしてこよう。
そしてどんな風だったかどうやって行ったのか、ご主人様に話してあげよう。



翌日ワタシはピンクの実装ポシェットにフードを詰め込むと、ご主人様に散歩だと言ってハウスを出た。
海までの大体の方向は分かってる「あっちデス」指(正確には腕)を指すとそこに向かって歩き出す。

途中いつもの散歩道だった公園に差し掛かった、入りたいと思ったけど今日はここを素通りする。

「どこへ行くデス、ミドリちゃん」

声を掛けてきたのは実装石のお姉ちゃん、なんでお姉ちゃんなのか?この実装石には名前が無いからだ。

「今日はミドリのご主人様の為に海まで行くデス」

海と聞いてお姉ちゃんは少し驚いた顔をした。

「海まで相当あるデス、ミドリちゃん一匹じゃ絶対無理デス」

むっときたけどお姉ちゃんが近づいて来たので顔には出さなかった。
このお姉ちゃんはミドリが仔実装の時、この公園に始めて散歩してからの付き合いだ。

あの時ミドリは他の仔実装からウンチを投げ付けられたりして苛められた。
そんな時このお姉ちゃんがミドリを助けてくれた。
このお姉ちゃんはとても世話好きで優しい、だからミドリもお姉ちゃんが好きだった。

「海までなら何度も行った事があるデス、だからお姉ちゃんが連れて行ってあげるデス」

そう言うとミドリの手を取って歩き始めた。

「ミドリちゃん、街を一匹で歩くのは危険な事デス、暗くなる前に帰るデス」

「お姉ちゃんは海へ行った事あるデス?」

行った事があると言ってたけど、ワタシは念を押して聞いてみた。
するとお姉ちゃんは少し間を置いて。

「今はあんまり行かなくなったデス、でも前は毎日毎日海まで行ったデス」

何か意味ありげだったけど、ワタシはそれ以上興味が無かったし聞かなかった。

1時間も歩いたろうかワタシは疲れたので、休む事にした。
お姉ちゃんに言うと「もう少し先まで歩くデス」とミドリの手を引っ張った。

「ここデス、ここデス、待っててデス、ミドリちゃん」

お姉ちゃんは何か食べ物屋さんのゴミ箱へ歩いて行った。
そこに顔を突っ込むと生ゴミを漁った。

べったりと手に油を付けてお姉ちゃんが戻ってくる。

「ここにはいつも美味しい食べ物があるデス」

手にしたのは玉子焼きの食い欠片、その汚れを手で拭くとミドリに差し出した。

うえってミドリは吐きそうになった、だってゴミ箱はゴミを入れる所なんだもん。

「いらないデス、ミドリお弁当持ってきたデス」

ピンクのポシェットを開けて見せてフードがある事を教えた。

「そんなの捨ててミドリとフード食べるデス」

「そ、そうデスか・・」

お姉ちゃんはそのゴミを捨てずに、なぜか自分のパンツの中へ入れた。
二人でフードを食べながらワタシはご主人様の事ばかり考えていた。
帰ったらご主人様に今日の事を褒めてもらおう、そしたらまた布団に入れてくれるかもしれない。

「ミドリちゃんのご主人様は優しいデスか?」

急に何を言ってるんだろうと思ったけど、ミドリはご主人様の良い所をたくさんたくさん話して聞かせた。
そしてワタシがどんなにご主人様を好きなのか一杯話した。

「羨ましいデス、ミドリちゃんはきっと実装石の中で一番幸せデス」

ワタシはフフンと心の中で思った、良く考えたらお姉ちゃんは野良実装、ミドリが羨ましくして仕方ないんだ。

「さぁ行くデス、グズグズしてたら日が暮れるデス」

立ち上がるとまたミドリの手を引いて歩き始めた。

大きな道を何度も渡り小さな路地を見つけては隠れながら歩いた。
お姉ちゃんはニンゲンに見つかると危ないからと言ったけど、ミドリにはなぜなのか分からなかった。

ツンと何か今までと違った匂いがする何だか生臭い。
ワタシがフンフンと鼻をひくつかせるとお姉ちゃんが答えてくれた。

「潮の匂いデス、海はもうすぐデス」

路地を抜けると大きな一本道があってその先に海が見えた。
ご主人様と来た初夏の海と違ってとても濃い青だ。

それに凄く風が冷たくて楽しい場所には見えなかった。

ざしゅざしゅと砂浜を踏みしめる、その砂でバランスを崩した。

「あぶないデス」

お姉ちゃんが手を取ってワタシを支えた、大きさは変らないのにお姉ちゃんの姿が大きく見えた。

「これじゃご主人様は喜んでくれないデス」

ワタシは海がキレイで楽しい場所だと思っていたのに、裏切られた気分だった。
寒さでお姉ちゃんに寄り添いながら座って海を見つめた。

そんなワタシを見てお姉ちゃんが話し出す。

「お姉ちゃんにもご主人様がいたデス」

えっとお姉ちゃんの顔を見た、その目には涙が溢れて悲しそうだ。

「・・・ここで捨てられたデス」

ご主人様に捨てられるなんてありえない、実装石はニンゲンに愛される為に生きているのに。

「仔が生まれたワタシは代わりの実装石が出来たから・・その日のうちに捨てられたデス」

「毎日毎日ここへやって来てはご主人様を待ったデス」

ワタシは声も出せず目の前の砂を見つめた、そこにはピンク色の貝殻があった。
その貝殻を取るとポシェットへ入れた。

そんな姿を見てお姉ちゃんはつくろう様に違う話を始めた。

「お姉ちゃんはもうここには来ないデス」

おずおずと聞いてみた。

「ご主人様はどうするデス」

お姉ちゃんは吹っ切れたような顔をすると。

「あのねミドリちゃん、ワタシはもうお姉ちゃんじゃなくママになるんデス」

お腹をさすると目つぶった。

「だからこの街を離れて、仔共たちと新しい生活をしようと思うデス」
「ミドリちゃんも、前のご主人様も今日でお別れデス」

お姉ちゃんはまだ用事があるのかと聞いたので首を振って答えた。

「帰るデス、ミドリちゃんには帰る場所があるデス」

帰りはどう帰ったのか行く時と違いミドリには分からない道を通って帰った。
二度とここには来ないようにって言ってたから、そうしたんだろうと思う。





ご主人様のハウスに戻るとご主人様が優しく迎えてくれた。
お姉ちゃんのご主人様もミドリのご主人様なら、あんな寂しい顔しなくても良かったのにと考えた。

寝ているご主人様に今日あった事を全部話してポシェットからピンクの貝殻を取り出してあげた。
ご主人様は難しい顔をしてたけどミドリをヒョイと持ち上げ、布団のまま膝上に置いた


「ミドリの見た海とお姉ちゃんの見てる海、そして俺の見てる海は違うんだよ・・分かるかい」

ミドリには何の事か全然わからない、同じ海を見て違う筈が無いからだ。
分からないと答えると「あの時たまご焼きの欠片を見てミドリはゴミだと思ったろ?あれと同じさ」

「まぁミドリにも分かる時が来るよ、明日そのお姉ちゃんには礼を言っておいで」







翌日ワタシは公園にやってくると、お姉ちゃんのダンボールハウスへ走って行った。
昨日ご主人様に褒めて貰えたし他にも色々と話したかったから。

ハウスに入っていつもあるペットボトルや汚れたタオルが無い事に気付いた。
ガランとしてもうお姉ちゃんはそこにはいなかった。

ハウスを出てお姉ちゃんはもうこの街にはいないんだと改めて思った。
そして昨日の事を考えているとなぜか胸がきゅっと締め付けられる気持ちになる。

すると重く湿った風が吹いた、その風は海の近くから吹いた風だろうか。
顔を上に向け鼻をクンクンと嗅ぐと、潮の匂いがわずかにした。

海で見たお姉ちゃんの顔を思い出す、涙が溢れてくるとそれは口まで伝った。

ワタシは塩辛いその味がお姉ちゃんの海なのかと感じた。



終わり




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