実装石のお食事 前編 その公園は、無関心派が多い街にあった。 愛護派があまりいないので、同属が増えすぎず、 虐待派が適度にいるので、適度に馬鹿な実装石が間引かれていた。 そんな町に嫁いできた一人の新妻がいた。 彼女の名前は虹子。 彼女は初めての子を授かり、無事出産した。 その子の名前は利明。利発で明るい子に育って欲しいと名づけた子だ。 虹子は、この公園によく訪れていた。 多くの人が経験するように、マタニティブルーに陥った。 パンくずを実装石に投げ、デスデスと奪い合う姿を見る。 子供に教育させるつもりなのか、バーゲンセールよりもっと殺伐とした奪い合いに子供を参加させたり、 収穫したパンくずをその場で食べず、家に持ち帰ったりする姿を見ると、がんばっているのは自分だけでないと、少し癒された気分になる。 一方、実装石はというと、数少ない奴隷が増えたことに喜んでいた。 実装石的な考えで、もらえるだけでもありがたいというのに、来る時間が不規則なのことに、デスデス文句を言ったりしているが。 虹子家はある程度裕福な家庭なので、餌もわざわざ買ってきたものを与えていた。 それには、金平糖やケンタッキー、保存がきく乾パンを、必要以上にばら撒いていた。 そんな恵みを享受している、実装石一家がいた。 飯を毎日もらえることに慣れきった親実装石は、もはや餌を探し出すことすらしていない。 今日は奴隷が来るのが遅く、子供はテチテチ文句を言っている。 親実装はいつものように、家の中でゴロゴロしていた。 「お腹へったテチィ!」 「食事を要求するテチ!」 「ご飯の時間はまだテチィ!?」 朝から何も食べていない。 この親実装は、他の実装石より体躯がでかいため、餌を多くとることができた。 だが、その場で腹がいっぱいになるまで食って、その余った分を家に持ち帰るため、子に行き渡る量が少ない。 5匹で配分すると、一人一切れ、もしくは行き渡らないこともある。 その度に壮絶な争いがあり、余計にお腹を減らす原因になっていた。 今日は、昨日の争いで負け、手足をかじられた仔実装が 「テ…」 と、か細く鳴いているが、他の仔実装はまだお腹が減っている。 しかも、例の人間が来るのが遅い。もうすぐ夕方になるくらいだ。 仔実装が騒ぎ立てる。 「うるさいデスゥ。お前らは糞でも食ってろデスゥ」 親実装はポリポリとケツを掻きながら、プスゥと屁をこく。 「糞なんか食えるかテチ!」 「ワタシの口にあうのは、コンペイトウとステーキくらいテチ!」 「今まで我慢してやってるテチィ! たまにはアマアマくらい持ってくるテチィ!」 「お前は甲斐性なしテチィ!?」 仔実装達は無駄にグルメだった。 仔実装は、生物界最底辺の実装石の中でもさらに底辺に位置していることを知らない。 さらにボリュームを上げ、テチテチと騒ぎ出す。 「親ならさっさと餌を持ってくるテチィ!」 「お前は糞親テチィ? いつまでワタシを待たせるつもりテチ!」 「サボタージュテチ! サボタージュテチ!」 さらには親実装の尻を蹴り始める。 親はやれやれ、といった感じで、ムクリと起き上がる。 仔実装は、ようやく餌を取りにいくつもりになったか、と思った。 「まったくうるさい仔たちデスゥ」 親は悪口を先導していた仔をムンズと掴む。 掴まれた仔はわけも分からず、テチィと鳴いた。 次の瞬間。 「うるさい仔はお仕置きデッスン♪」 親は顔を上げ、仔の下半身から踊り食いした。 「テチャァァァァアアアアア!」 口の中でたまらず、仔は悲鳴を上げる。 容赦なく咀嚼しようする親実装。 先に食われた下半身の痛みに耐えながら、噛み潰されまいと残った手で必死に奥歯を支える仔実装。 だが、非力な仔実装が支えきれるわけがない。 支えていた手ごと上半身をすり潰される。 「ムグムグ、やっぱり、ムグムグ、仔の肉は最高デス」 周囲の仔実装達は、驚きのあまり、パンコンした。 仔実装の頭を、舌の上に転がしながら味を楽しんでいた。 頭だけになってもまだ意識があるらしく、転がすたびに、テ…テ…という声が聞こえる。 そんな中、奴隷が来たデスゥ! 食事の時間デスゥ!という声が聞こえた。 「やっとデスゥ? まったく最近の奴隷は殴ってやらんと物事を理解できないんデスゥ?」 親は仔実装の頭部を飲み込んで、意気揚々と出かけていった。 虹子は急いでいた。 虹子はお腹が痛かった。 今日は夫の忘れた書類を届けに行ったのだが、利明を置いていくわけにはいかない。 家は社宅なので、会社からそう遠くない位置にあった。 利明をベビーカーに乗せて、書類を送り届けた。 帰り道、急にお腹が痛くなったので、トイレを探した。 コンビニがないか見回したが、ない。 そうだ、公園になら、と思い、公園に向かった。 実装石の水場と化していて、普段は使おうと思わないが、今は緊急事態だ。 「デスデスデスデス」 わらわらと実装石が集まってくる。 今は相手している暇はない。 「ゴメンね、後でエサあげるから待っててね」 そう言って女子トイレに入る。 さすがに、ベビーカーと一緒に個室に入れるわけがない。 個室前にベビーカーを置き、利明に向かって、 「おとなしく待っているのよ」 と言って、個室に入っていった。 彼女は別に危機感がなかったわけではない。 女子トイレの中に入れておけば、人目につかないだろうと思っていた。 確かに人目にはつかないだろう。 だが彼女は、これは結果論になってしまうかもしれないが——、ベビーカーを別の個室に入れておくべきだったのだ。 外には、トイレに入っていく虹子をゾロゾロと追いかける実装石。 その数、数十匹。 虹子の毎日の給仕のおかげで、順調に糞蟲は増えていた。 「食事の時間に遅れた挙句、ワタシをシカトするなんてふてえ野郎デスゥ!」 「主人の食事より糞を優先するなんて、お前は糞蟲デスゥ!」 家以外では、ところ構わず脱糞している真性の糞蟲が言うセリフではない。 デスデス言いながら、トイレになだれ込む。 さらには、個室の扉をドンドンとたたき始める。 虹子は、その浅ましさをさすがに呆れはしたが、何をしようと思わない。 お腹の痛みにそれどころではなかった。 さて、あの親実装はトイレのドアをドンドンと叩いている他の実装を見ていた。 「まったく浅ましい奴等デスゥ。食事の時間くらい、優雅に待つことができんデスゥ?」 実装石は昨日の乾パンを、ヨダレと一緒にボロボロこぼしながら齧っていた。 やがて、それもなくなる。 「デー。奴隷のやつ遅いデスゥ。さすがに温厚のワタシでもここまで待たせると、金平糖やステーキじゃ許してやらんデスゥ」 そんなことを言いながら、隣に目をやると、ベビーカーがある。 今までエサに気を取られ、奴隷のオモチャという認識しかなかったが、よく見ると、その中にうごめく生物がいる。 利明だ。 何がおもしろいのか、うごめく緑の生物群を見て、キャッキャッとはしゃいでいた。 「あの奴隷にしては、なかなか丸々とした可愛い仔を産むデス」 親実装は利明を持ち上げる。 利明はダァダァとあどけない笑顔を見せる。 はしゃいで手足をバタバタさせる。 「こらこら、暴れちゃダメデスゥ。落ちちゃうデスゥ。なかなか元気な仔デスゥ♪」 なお、ダァダァとはしゃぐ利明。 そんな利明を目を細めて見る親実装。 次の瞬間、 「いただきますデスゥ!」 利明の喉下に齧りつく。 親実装の前歯で、生後何ヶ月のやわい喉と動脈が食いちぎられる。 「!!!!!!」 喉をかじられ、利明は声が出ない。 ジョウロの水のように血が流れ出る。 顔がみるみる青くなっていく。 目は上を向き、手足がだらんと垂れる。 「これで食いやすくなったデス。まずはプリプリしたフトモモからいただくデスン♪」 兎口を大きく開け、前歯で肉を引きちぎる。 利明は声を上げたいが、代わりに血が噴出す。 やがて、血の勢いが収まり、完全に動かなくなった。 「デププ。今日は遅れてきたお詫びにお肉デスゥ? なかなか柔らかそうな霜降り肉デスゥ。奴隷にしてはなかなか気が利いているデスン♪」 肉の匂いに気づいた他の実装石が、ワラワラと集まり始める。 血の匂いと、クチャクチャという咀嚼音が広がる。 「脂がのってジューシーデスゥ♪ まさに天にものぼる味デスゥ♪」 親実装はご満悦だった。 異変を感じた虹子がトイレットペーパーを使うのもパンツをあげるのも後回しにして、扉を開けたときは、もう遅かった。 ベビーカー付近で、モゾモゾと蠢く緑の山。 中心部の周りでは、壮絶な殴り合いが始まっている。 まだ事態を把握できない虹子が、ベビーカーに視線をやると、利明がいない。 頭が真っ白になる。 夢中で実装石をかきわける。 実装石がデスデスと文句を言う。 なかなか開けない中心部を殴り飛ばす。 すると、そこには、半分白骨化した何かがある。 内臓はヌラヌラと光り、残っている肉片はやや青く変色した歯型がある。 それをわが子と認識したとき、虹子は発狂した。