『高い城の実装』 【 1 】 20XX年。 地球は実装石に支配されていた。 * * * パァン、パァン—— 街に銃声が響く。通り魔を行なった、凶悪な殺人鬼が射殺された。 犯人の死体は解剖に回された。そこで、監察医たちは信じられないモノをみた。 「これは……」 「……偽石?」 犯人の身体には、あろうことか、偽石が埋まっていた。 * * * 異変はすぐに膨れ上がった。 「青少年の犯罪が急増……」 「政治家の度重なる自殺が……」 「子供を殺す親が目立って……」 「今日も通り魔です……」 社会に、徐々に暗い話が目立ち始めた。 凶悪犯罪が増え、自殺者が増え、殺人が増え、汚職が増え……。 とにかく、いつの間にか、かつて無いほどの暗い世情になっていた。 そして、いわゆる「犯罪者」を解剖してみると、そのいずれにも偽石が埋まっていた。 この事実は、決壊と破綻が訪れるまで、厳重に秘密にされていた。 しかし、噂が広まるのは早い。 街中で見かける人間すべてに、偽石が埋まっているのでは? と、疑心暗鬼が募ってゆく。 「十台を巻き込む交通事故が……」 「小学校で立てこもり、これまでに児童五名が刺され……」 「火力発電所で事故、早くても復旧に一ヶ月……」 「警官の不正が多発……」 「またも食品に毒物混入……」 しかし、政府も、民衆も、なれきった日常を信じるだけ。 誰もかも、偽石の事実から目をそらしていた。 その愚かさが、人類全体を滅ぼすとも知らずに。 * * * 「デッデロゲー♪ デッデロゲー♪ デッデロゲッゲー♪ デロデッゲー♪ 働くデスゥ、ドレイニンゲンー♪ かわいいかわいいワタシのために、死ぬまで働くデスゥ♪」 実装石が楽しそうに歌っている。 この実装石は、——実際に呼ぶことはないが——ここでは『監督』と呼ばれている。 オレたちは、わけの分からない重労働をさせられている。 実装どもの話によれば、この工場並の大部屋は『ドレイの家』。 薄暗い大部屋に、百人ほどのニンゲンがいる。 そして、クソ重い車輪のような何かを回している。 「デッデロゲー♪ デッデロゲー♪ デッデロゲッゲー♪ デロデッゲー♪ 働くデスゥ、働くデスゥ、ドレイニンゲンー♪ かわいいかわいいワタシのために、 死ぬまで死ぬまで働くデスゥ♪ デスデスデスゥ♪」 この作業は一体何なのか、誰も知るものはいない。 一説によれば、車輪の軸には実装石専用のメリーゴーランドがつながっているらしい。 「クソッ、やってやれるか!!」 「デスゥ!?」 前列の男が叫び、手押し棒の列から飛び出した。 オレは、この後どうなるか知っている。 彼の反逆は、決して成功することは無い。 彼が非力で、実装石が強いわけではない。なぜなら……。 同列のニンゲンたちが、飛び出した男を押さえつけ、瞬く間に袋叩きにする。 死なない程度に。 「おいっ、何する、止めろ、止めろ、止めろ……」 その男の声は徐々に小さくなる。 「やるデスゥ! もっとイジメるデスゥ! おイタするクソニンゲンはいらないデスゥ! ほらそこっ、もっと殴るデスゥ! 蹴るデスゥ! デププッ! デプププッ! デププププッ!」 彼らたちは、「監督」に逆らおうとした男を黙々と殴り続け、蹴り続ける。 「ぐ。ぼげぇ。ぐぼ。ぼ」 その男の口からは、すでにニンゲンの言葉は出ていない。 「おい、ドレイニンゲン。もっとヒャハーするデスゥ! デププププゥーーッ! デププププゥーーッ! ワを乱すクソニンゲンはヒャッハーデスゥ! 間引くデスゥ! いらないデスゥ! ドレイニンゲン、バールのようなものを使うデスゥ!」 彼らの前に、二三本の、バールのようなものが投げ入れられた。 「監督」は、専用のドレイニンゲンの頭の上に雛登りしている。 専用のニンゲンは、すでに実装石のリモコンおもちゃになっている。 なぜかと言えば、そのニンゲンの中には偽石が埋まっているからだ。 「よく見るデスゥ、ドレイニンゲンーー! これが末路デスゥ、お仕置きデスゥ、間引きデスゥ!! デプププププゥーーーッ♪♪」 「監督」は興奮して、土台ニンゲンの頭の上でパンコンしている。 その量は、明らかに実装石の体以上だ。 土台ニンゲンはパンコンされて実糞まみれでも、嫌な顔一つしていないはずだ。 オレたちは車輪を回す作業をいったん止めて、「間引き」を見せられることになる。 今月に入って、五度目の間引きだった。 ちなみに、今月に入ったのはほんの三日前のことだ。 「……」 「……」 男たちが疲れきった顔で、バールのようなものを手に取る。 ここで従わないと、どんなお仕置きが待っているか分からない。 これは自分の命を守るための作業だ、そう言い聞かせて作業にあたる。 男たちが一斉にバールのようなものを振り下ろした。 それと、実装石が 「デップップゥーーーッ!」 と笑ったのは、同時だった。 * * * 数時間後。 カンカンカン——。 監督実装石が、手にした金属板を棒で打ちつける。 エサ——いわゆる食事——の合図だ。 「さぁドレイニンゲン、エサの時間デスゥ。 残さず食べるデスゥ。残したらお仕置きデスゥ。 ワタシのかわいい蛆チャンも仔チャンも一緒デスゥ。 喜べデスゥ。この上ない幸せデスゥ」 ドレイの家の上の方から、いつものエサが降ってくる。 緑色の粘土のようであり、もちろん粘土のほうがおいしい。 しかも、量が少ない。 決して百人の腹を満たせる量ではない。 無言のまま、エサの奪い合いが行なわれる。 いつもの光景だ。 オレは、なんとか一口二口入れることができた。 「いつみてもあさましい食べ方デスゥ。 蛆チャン、仔チャン、あんなになったらだめデス」 「わかったテチ、ママ!」 「チュチュ! チュチュ!」 「ほらドレイニンゲン、ワタシの仔のご作法を見習うデス。 優雅で上品デスゥ。 やっぱりワタシたちは高貴デスゥ!」 その蛆実装と仔実装が食べているのは、さっきの、バールのようなものでメッタ打ちにされた誰かだ。 そこでオレたちは、初めてそいつの顔を見た。 オレたちは、緑色のドレイ服を着せられ、緑色ドレイフードを被せられているからだ。 ドレイフードは顔全体を覆っている。 エサのときは、フードの下から手でエサを口に詰め込む。 ドレイフードを脱ぐことは決して許されない。 勝手に脱いだときは、それは死ぬときだ。 「おい、そこのオマエ。オマエデスゥ」 監督がニンゲンを名指しした。 とりあえず、実装石はめったに「オマエ」を使わない。 前に出てきたのは、さっきバールのようなものを使った男だった。 「よくやったデス。 ホラ、ニンゲン、ワタシが施しをしてやるデス。 ありがたく受け取るデス」 監督実装石が差し出したのは、小さめのビニール袋に詰まった、エサだった。 すごい悪臭を放っている。ここにまで臭ってくる。腐っているのかも知れない。 ニンゲンも、もしかすると実装石でさえ、食べると悪いことになるだろう。 「ありがたく食べるデス。 ドレイニンゲンにはもったいないくらいのご馳走デスゥ。 さ、さっさと食べるデス」 その男はビニール袋のエサを手づかみで、そのままフードの下の口に押し込んだようだった。 「さ、ニンゲン。 残さずさっさと食べるデス。 行儀よく上品に食べるデス」 男は、監督実装と同部屋の百人の注視の中、エサを口に運び続ける。 オレたちは食べるのも止めて、その男の成り行きを見ている。 「うっ、ぐっ、ぐっ」 男は嗚咽を漏らしながらそのエサを食べている。 やがて、全て食べ終わった。 「いいニンゲンデスゥ。 他のドレイニンゲンも見習うデスゥ」 監督実装は上機嫌だ。 「さ、お食事のあとはお休みの時間デス。 子守唄を歌ってやるデス。 ありがたがるデス、ドレイニンゲンども♪ デッデロゲー♪ デッデロゲー♪ デッデロゲッゲー♪ デロデッゲー♪ デッデロゲー♪ デッデロゲー♪ デッデロゲッゲー♪ デロデッゲー♪」 オレたちは眠りに入る。 監督実装からのエサを食べた男は、ピクリとも動いていなかった。 * * * 平成二十年 十月二十三日 ミョッパー