タイトル:【虐】 蒼歪め 1
ファイル:蒼歪め1.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2741 レス数:0
初投稿日時:2008/10/03-21:58:37修正日時:2008/10/03-21:58:37
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ザクゥッ!!

デギャア———……     ドサッ

ブンッ!!

テッチャア———……    ベチャッ


 濁った真鍮色の閃光が宙を切り、耳障りな断末魔が響く。
 両手で掴んだ金属の輪に、心地よい振動と手応えが伝わる。
 背後に気配を感じ、振り返り様に得物を振り回す。
 緑と赤に染まった刃が、遠心力を得て「それ」に襲い掛かった。

デギャ……!!   ボトッ

 遥か彼方まで首を斬り飛ばされた成体実装は、切断面から大量の血の噴水を吹き上げ、それでもまだ両腕をピクピクと痙攣させている。
 どうやら親子連れだったようで、事態が飲み込めていないのか、その脇ではまだ幼い仔実装姉妹が不思議そうな顔をしている。
 小さい方の子供が、母親の死体に何やら呼びかけた次の瞬間、振り下ろされた鉄塊によって、姉もろとも短い一生を終えた。

 チベッ
 ベチャッ


 やがて、公園から喧騒が途絶える。
 約12分間の、殺戮。
 恐らく、この辺に巣食っている実装石達は、これでほぼ全滅したことだろう。
 周囲は、まさに死屍累々。
 死体はいずれも細かく切り刻まれているため、もはやその場に何匹いたのか知る術はない。
 鉄の刃を、そして自身をも返り血で汚し、彼女は満足そうに微笑んだ。
 同時に、胸の奥から湧き上がる恍惚感にも酔っている。


 しばらく余韻に浸っていると、向こうから、聞き慣れた足音が響いてくる。
 足音に向かって、満面の笑みを浮かべて駆け寄っていく。

 初めてだったけど、我ながらなかなかのの成果を上げた。
 だから、きっと褒めてもらえる、愛してもらえる。

 確信を得ながら、大きな影に走り寄っていく。
 また、あの大きくて温かい手に包んでもらえる——


 ポッキュ〜ン♪


 —— ド ゲ シ ッ !!


 次の瞬間、腹部に強い衝撃を受け、高速で宙を舞う。
 飛翔する彼女を受け止めてくれたのは、ずっと向こうに佇む大きな木の幹だった。

 公園の惨状を見て、男は軽く舌打ちをすると、先程蹴り飛ばした実蒼石の襟首を鷲掴み、通常のものよりかなり頑丈な
特殊合金製ケージの中に放り込んだ。
 少し離れた所に落ちた鋏も、軍手越しに掴む。
 男としては、出来ればこんなものは持って行きたくなかったが、なければないで困った事になってしまうので、やむなく
回収する。
 ものすごく冷めた目でケージを見下ろすと、男は「くそっ」と短く吐き捨て、公園を後にする。

 公園に散らばる実装石の死体を、放置したままで。



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 蒼歪め   1

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 実蒼石。

 実装石の亜種であり、小人型生物として二番目に有名な存在である種族。
 その数は実装石と比較すると極端に少なく、また生息圏もかなり限定されており、本来であれば人間の生活環境で
見られることはまずない。
 だが、十数年前の珍獣ペットブームを機会に、日本でもかなりの数が輸入され、一気にその存在が広く知られるように
なった。
 実装石とは違い、大人しく従順、物覚えもよく意志の疎通も簡単、さらに教育次第では簡単な手伝い事をもこなせる。
 この上、出産頻度が低く、排泄物量も少なくて体臭も弱く清潔嗜好が強いとなれば、飼いたいと思う人が出てこない方が
不自然だ。
 事実、一時期はペット用実蒼石の需要が同・実装石のそれを遥かに上回り、注文数も実装石1に対して実蒼石10という
極端な偏りを見せた事もあった。

 しかし、ある時期からこのブームは急速に廃れ、現在では以前のような需要はほとんどなく、一部の好事家がごく少数
飼っているという程度に過ぎない。


 帰宅した男は、いまだ気絶している実蒼石を風呂場に連れて行くと、冷たい水を容赦なくぶっかけた。

 ポ、ポポ?!

「目が覚めたかブルー」
 
 ブルーと呼ばれた実蒼石はまだ事態が飲み込めていないらしく、懸命に辺りをキョロキョロと見回している。
 お気に入りの玩具を見つけ、そこが自宅の風呂場であると気付くと、入浴させてもらえると思ったのか、今度はとても
甘えた声を上げ始める。
 だが男は、目の前に血塗られた鋏を放り出し、怒りの形相で睨みつけた。

 ポ?

「さあ、説明しなさい。
 どうして、実装石を殺したんだい?」

 呼びかけながら、実装リンガルのスイッチを入れる。

 ポキュ?
『ご主人様、どうして怒ってるポキュ?』

「質問に答えなさい。どうして実装石を殺したんだ?」

ポポ、ポキュポキュ、ポキュ〜
『とても臭い実装石が一杯いたからポキュ。
 ポキュが殺さないとニンゲンさん達に迷惑をかけるポキュ。
 だから殺したポキュ。ポキュはいい事をしたポ……ボゲェッ?!』

 言い終わらないうちに、男は鋏の切っ先をブルーの右腕に深々と突き刺した。

ポ、ポギャアァァァァ?!!? ポ、ポ、ポキュ、ポキュポキュウッ?!
『い、痛いポキュ〜!! なんでポキュ?! どうしてポキュ?!』

「実装を殺しちゃいけないって、あれだけ教えた筈だよな? どうして守れないんだ?」

『痛いポキュ〜!! ハサミを抜いてポキュウゥ!!』

「答えなさいブルー」

『イタイイタイ、痛いポキュ!! グリグリしちゃダメポキュウウゥゥゥゥ!!』

「何かを聞かれたら、すぐにお返事しなさいと教えたよね。いつからそんなに悪い仔になったんだ?」
  
 そう言うと、男は突き刺した鋏を強引に開き、ブルーの傷口を更に引き裂いた。

『ボ、ボッギャアアァァァ?!!?』

「さあ、返事はどうした?」

 ギリギリ、ギリギリ……

『ボギャアアア!! 許して、許してご主人ザバァァァァ!!!』

「許しを請えとは言ってないだろう。ちゃんと命令に従いなさい」

 ギリギリギリギリ……ブチッ

『ブギャアァァァ!!! お、おテテ、おテテェェェェ!!』

「ブルー、どうして実装を殺したんだ、言いなさい!」

 男は、腕を縦に真っ二つにされ泣き叫ぶブルーに向かって、なおもしつこく問い質す。
 だが、生まれて初めて主人から与えられた過酷な激痛に、とても返答する余地などない。
 苦しみながらも、どうしてこうなってしまったのか、どうして主人を怒らせてしまったのかを、必死で考えようとするブルー
に対して、男は更なる責めを与える。
 二本に裂けた右腕を無理矢理引き開き、断面部にあらためて鋏を突き刺した。

『ウボゥワアァァァァッッッ!!!』

「質問に答えるまで、何度でも、いつまでもやるからな。嫌なら早く答えなさい!」

『ボギャアァッ?! じ、実装石は死んで当然だからボギュウッ!!
 ポキュ達に殺されるのが当たり前だからボギュゥゥゥ!!
 だから殺しウボワアァァァッッ!!!』

 男は、責めを止めるどころか、逆に鋏を更に深くねじ込んだ。
 先端部が、ブルーの背中から飛び出し、大量の鮮血が風呂場を汚していく。
 
『ボ…ボキャ……ポキュ……キュ……』

 大量出血と、あまりの激痛に意識が途絶えそうになる。
 男はそれを察し、大量に水を張った風呂桶の中にブルーを叩き込む。
 勿論、鋏は突き刺さったままだ。
 すぐに意識を取り戻したブルーは、必死の形相で水面に上がろうともがくが、男は手助けする気配をまったく見せない。
 鋏の重さなのか、利き腕を封じられたためか、ブルーは何かに引き込まれるように、風呂桶の底まで静かに落ちていく。


 ブルーが救出されたのは、それから10分後、完全に溺れた後だった。
 実装活性剤を傷口に塗りつけられ、分厚い包帯でグルグル巻きにされ、粗末なダンボールハウスの中に放り込まれる。
 昨日まで使っていた専用の羽毛布団も、良い香りのする専用の小屋も、もうどこにもなく、寝具は何枚か重ねられた
新聞紙だけだ。
 その扱いは、まるで虐待派に適当に扱われる託児実装のようですらあった。


 ブルーを介抱した男は、呆れたため息を吐きながらも、彼女が眠るダンボールハウスから目が離せなかった。
 真鍮色の鋏は綺麗に洗浄され、水分もきっちり拭き取られた上で手製のフェルト風ケースにすっぽり収められている。
 ダンボールハウスに移されたといっても、その中にはいくつもの玩具が点在し、しかも脇には決して安くない専用の食器
類が設置してあった。
 男は、ようやく軽やかな寝息を立て始めたブルーの頭を愛しそうに撫で、目を細める。
 そして、自身が傷つけた右腕を見つめ、眉間に皺を寄せた。
 寝息のペースを確認し、体温を計り、負傷による悪影響が出ていない事を確認すると、男はようやく安堵の息を漏らした。


      ※      ※       ※


 翌朝、いつもより遅めに目覚めたブルーは、しきりに右腕を気にしながら小首をかしげている。
 活性剤の効果で、一晩も経たないうちに回復・復元したのだが、それに気づいていないらしい。
 男の顔色を伺い始めたブルーは、自分の鋏がきちんとケースに収納されている事に気づき、ようやく明るい表情を向けて
きた。
 恐らく、昨日のことは夢だと考えたのだろう。

ポキュポキュ、ポッキュ〜〜ン♪


 男は、両手を伸ばして甘えてくるブルーを優しく抱き上げ、いつものように少しジョリついた頬摺りをしてやると、にこやか
に微笑んだ。

ポッキュ〜ン♪ ポッキュ〜ン♪

 大きくなってもなかなか治らない甘え癖に、やれやれと呟くと、男はブルーの耳元にそっと囁いた。

「おはよう、良く眠れたかい、ブルー?」

 ポキュポキュ、ポッキュウン♪

「そうかぁ、とってもご機嫌だな。いい事だぞ」

 ポキュポキュ、ポキュ〜☆

「よし、じゃあ、今日も公園へ行くからね」

ポ?

「昨日の続きだよ、ブルー。今日こそは、実装石達と仲良くなるんだ」

ポ?! ポ、ポキャアアァッ?!

 ブルーの顔がみるみる青ざめていく。
 全身ががくがく震え始め、脂汗がにじむ。
 どうやら、昨日のことを思い出したようだ。
 だが男は、怯えまくるブルーを無視して、朝食と水を用意し始めた。
 実装石のように漏らしこそしなかったが、男が準備を済ませて戻ってくると、ブルーはすっかり腰を抜かし、鋏の収め
られたフェルトケースを抱きしめて泣いていた。


 仔実蒼ブルーは、男に飼われて約半年になる。
 ペットショップ出身の高級実蒼石が生んだ仔で、まだ親指実蒼にも満たない大きさの頃から、男に引き取られて育てられ
てきた。
 優秀な親の性質を引き継いだのか、賢い実蒼石の中でもブルーは特に頭が良く、しかも躾も一度ですぐ覚え、身につけ
られた。
 更に、男を飼い主として、生涯仕えるべき主人としてきちんと認識し、懸命に尽くそうと努力してきた。
 男の手間になるだろう事を事前に察し、出来る範囲のことはすべて自分で行い、世話を焼かせない。
 どうしてもわからない事があれば素直に質問し、そのために疑問を訴えるための特殊なサインをも自己開発した。
 夜泣きも、お漏らしも、だだこねも、過剰な要求も一切なく、生まれて一年未満とは思えないほど完成された実蒼石。
 そして男もその心意気・素質を充分に理解し、ブルーをとても大事に大切に扱ってきた。
 男は、ブルーに贅沢なものを与えたり、過度な愛護に走ることはまったくなく、すべてにおいて適度な環境を完璧に提供
し続ける。
 しかし、スキンシップは充分に行い、物理的に補えない部分を優しさと愛情で補った。
 やがて、両者間には厚い信頼と愛情が芽生え、ブルーは、心の底から男が大好きになった。
 いずれ大きくなったら、お手伝いや身の回りの世話を行い、男の生活を助けようと必死で勉強し始めていた。
 それどころか、もし自分が人間だったら男のお嫁さんになり、もっと尽くしたいとも願っていた。


 だがそんな矢先、男は突然、ブルーを“実装石の跋扈する公園”へと導き、先ほどのような暴行を行ったのだ。
 何の前触れもなく、突然に——


      ※      ※       ※


 その後、ブルーは男にたっぷり遊んでもらい、おいしい餌を食べさせてもらい、朝のショックも少しずつ忘れ始めていた。
 そろそろ夕方になろうとする頃、男が、突然外出の準備を始める。
 専用のケージを取り出し、その中にブルーを誘導すると、フェルトケースを取り外した鋏を手渡してくる。
 輪の部分を両手でしっかり握り締めた途端、ブルーの胸中に、なんとも言えない高揚感がふつふつと湧き出してきた。
 無意識に、昨日の手応えを思い出したのだ。

「さあ、公園に行くよ」

ポキュ!

 元気に返事をして、了解の合図を示してみせる。
 ブルーは、男の明るい呼び声に確信を得た。
 やっぱり、昨日のアレは全部夢だったのだ、と。

 小さい時から、とても大事に育ててくれた、大好きなご主人様。
 そんな人が、自分を蹴飛ばしたり、切り刻んだりするはずがない。
 なんで、そんな酷い夢を見てしまったのだろう?
 それは、ご主人様に対する冒涜だ!
 償わなきゃ!
 ご主人様やニンゲンさんのお役に立てるように、“役立たず共”を退治しなきゃ!

 かなりの時間車に揺られたブルーは、まったく見覚えの無い公園の真ん中に離された。
 その手には、鈍い輝きを放つ愛用の鋏が握られている。
 カシメ部分に埋め込まれた濃い青の宝石が、ブルーの鼓動に反応して光を放っている。
 興奮が、どんどん高まっていく。
 鼻腔は、その場に充満するおぞましい「負の香り」を捉えており、それが益々ブルーの野性を刺激する。
 男が、何かをしきりに説明しているようだったが、ほとんど頭に入らない。
 しばらくすると、背後の茂みがガサッと音を立て、何かが姿を現す。
 と同時に、ブルーは全力でそれに飛び掛って行った。
 男が、まだ話を続けている最中なのにも関わらず。

 デェ〜? ……デェッ?!

 ズバァッ!!

 ———ゴロン、ゴロン

 まさに一瞬。
 餌を取りに行こうとでもしていたのか、大きめの袋を提げた成体実装は、突進するブルーの姿を確認した直後、悲鳴を
上げる暇も無く断頭された。
 遅れて、同じ茂みから小さな実装石達が顔を見せる。
 母親を見送ろうと出てきた、子供たちだろうか。
 だがその仔達は、親の哀れな姿を視認するよりも早く、翻る鉄塊に叩き潰された。
 緑と赤の、少しねばついた血糊が鋏の表面を伝い、ブルーの手を濡らす。
 カシメの青い宝石が血に塗れる度に、言い様のない高揚感が全身を駆け巡る。
 ブルーは、身体の芯から立ちのぼる悦楽に陶酔し、震えた。

 茂みの中に飛び込み、更なる獲物を追う。
 完全に「ハンター」と化したブルーの目は血走り、冷静な感情は消えうせていた。
 否。
 獲物を見つけたら、どう切り裂こうか、どうすれば一瞬で殺せるか、殺戮の方法だけは奇妙なほど正確に計算し続けて
いる。
 いつしか、人間の動体視力でも僅かな影しか捉えられないほどに加速したブルーは、草葉が頬肉を切る痛みにも気づく
ことなく、「殺すべき者」の姿を追い求めた。

 公園の茂みの陰、街路樹の根元、公衆トイレの裏側。
 そこには、無数のダンボールハウスがひしめき合っている。
 平和な夕方のひととき、温和な雰囲気に包まれていた野良実装達の住処は、次の瞬間惨劇の場と化した。
 ダンボールを突き破り、殺戮魔の刃が飛び込む。

 デギャアァァァッ?!

 デジィィィッ?! デギャアアァァ!!

 テチャァァァ…デベッ!!

 レフレフー♪ レピョッ!!


 ザクリ、ザクリ、ザクリ!

 ドシュッ、ザシュッ!!


 油断していた実装石達は瞬時に分断・切断され、一撃で命を散らされていく。
 仔供達は、何が起きたかを察するより早く踏み潰され、あるいは叩き潰されていく。
 親指実装や蛆実装のようなか弱く小さな者ですら、例外ではない。
 外に獲物がいなくなると、次のダンボールハウスに飛び込んでいく。
 外壁ごと隣の家の者を刺し貫く。
 木の枝やビニールなどで偽装した巣も、鋏の鋭利さの前では何の意味も成さない。
 家ごと真っ二つにされる者、わざと逃げ口を開放され、飛び出す端から次々に駆られる一家…中には病床にあえぐ
仔実装もいたが、ブルーは何のためらいもなく刃を振り下ろした。
 切刃が、峰が、平が、どんどん血痕で染め上げられていく。
 鋏が血肉を切り裂けば切り裂くほど、ブルーの興奮と快感は止め処無く高まっていった。


 死ね、死ね、実装石はみんな死ね!

 ニンゲンさんに迷惑をかけるだけの、臭いクサイ糞蟲共!!

 お前たちに、生きる資格なんかない!

 ニンゲンさんの手を煩わせることなんかない、ポキュが駆除してやる!

 いや、そうしなければならないんだ!!


 そこは、人気のまったくない寂れた公園。
 そのためか、昨日訪れた場所よりも実装石の数は多かった。
 しかし、それでも二十分。
 たったそれだけの時間で、この公園の実装石達はほぼ全滅してしまった。
 勿論、ブルーは一切の反撃も受けていない。

 先ほどの場所から、一歩も動かず成り行きを見守っていた男の許へ、ブルーは満足そうな笑顔を向けながら走り寄った。

 ご主人様ー♪ 見てみてー!

 ポキュ、今日もこんなに狩……


 ド ゴ オ ッ !!


 一切の加減のないキックが、ブルーの顔面に炸裂する。
 首の骨を折り、さらに後方へ数メートル吹っ飛ばされたブルーは、先ほど惨殺した実装石の死体の山の中に落っこちた。


      ※      ※       ※


 その後、ブルーは手厚い看護こそ受けはしたものの、完全復帰には翌日の夕方までかかった。
 それだけ、男から受けたダメージが深刻だったのだ。
 顔面を全力で蹴り飛ばされるなど、ブルーには予想すら出来ない扱いだった。
 否、褒められこそすれ、お仕置きされるいわれなどないと考えていた。

 なんとか自力で起き上がるが、まだ顔面が引きつるような違和感に悩まされる。
 それが、先日の男の仕打ちが現実であった事を改めて思い知らせる。
 愕然とするブルーに、男が静かに声をかけてきた。
 その表情はいつもの優しいものだったが、どこか、妙な殺気を感じる。

 ブルーは、無意識に振り返り、いつも鋏が置かれている場所を見た。
 が、そこに愛用の刃は置かれていない。

「ブルー、どうして昨日は、俺の言う事を守れなかったんだ?」

ポ? ポキュポキュ…ポキュ〜
『夢じゃないポキュ? ご主人様、本当にポキュを蹴飛ばしたポキュ?』

 いつのまにか用意されていた実装リンガルから、少しノイズを含んだ合成音声が響く。

「質問をしているのは俺だ。答えなさい、ブルー。どうして実装石と仲良くできないんだ?」

『どうしてご主人様は、糞蟲と仲良くしろって言うポキュ? あんな奴ら……』

 ボキッ

 男は、間髪入れずにブルーの右腕を掴み、へし折った。


ポ、ポギャアァァァァァァッッ!!!
 

「質問しているのは俺だ。ブルー、答えなさい」

『痛いポキュ! 酷いポキュ!! どうしてポキュ!! どうしてこんなことを……』

 ぶちっ

 ボッギャオアオアァァァァァ!!!

 今度は、折れた右腕を無慈悲に引き千切る。
 大量の出血で、床が濡れた。

「質問に質問で返すな」

 ポ…ボ、ボゲエェェェ……!!!

「もう一度だけ聞く。どうして実装石と仲良くしようとしない? どうして殺してしまうんだ?」

『ボ、ボボ……わからない…ボギュ。どうしてゴヂュジンジャバは、あんなカスに……』

「どうしても答えないというのなら、こちらにも考えがある」

 そう言うと、男は見慣れたフェルトケースに収められた鋏を取り出す。
 それを両腕でしっかり掴み、ググッと力を込め始めた。
 鋏が、きしんだ音を立てて歪んでいく。

 ボ、ボボボ、ボッギャアァァァァ!!!
『やめてボギュウ! 折らないでボギュウ!! 死んじゃうボギュウ!!』

「お前が言うことを聞かないから、しょうがないだろ」

『何をするボキュ! なんでいきなりギャクタイするボギュ?! 酷すぎるボギャアァァ!!』

「じゃあ、答えろ。お前は——」

『 そ れ を 離 せ ボ ギ ャ ァ ァ ァ —— !!! 』

 鋏が湾曲し、メキメキという音を立て始めた時、なんとブルーは、公園で実装石を狩っていた時の敏捷力を発揮し、男に
襲い掛かった。
 思い切り牙を剥き、手に噛み付こうとする。
 だが、男はその反応をまるで事前に予測していたかのように、慌てることなく空中で払いのけた。

 ボゲェッ!!

 固く握られた拳で側頭部を殴打されたブルーは、そのまま部屋の端までごろごろと転がっていく。
 猛スピードで飛び掛ったところを迎撃されたため、ブルーの頭部は大きく変形し、頭蓋骨は部分破砕・陥没し、圧迫された
目玉も飛び出し、脳漿も少し飛散した。
 それでもよろよろと立ち上がり、再び男に飛びかかろうとする。
 男は露骨に呆れた声を漏らし、ブルーに向けて催眠スプレーを吹きかけた。

 ポ……

 あっさり眠りについたブルーを優しく抱き上げ、男は再び丁寧な治療と看護を施す。
 そして、柔らかな布団に寝かせると、先ほどねじ曲げたニセモノの鋏を放り捨て、別に避けておいたブルーの鋏をその横
に置いた。
 太いタコ糸で、ケースごと雁字搦めに縛りつけた上で、だが。
 男は、水に薄めた実装活性剤をスポイトで取り、フェルトケースに滴らせる。
 全体がしっとりと湿り気を帯びるほど液剤を含ませると、次はブルー自身に投薬を行う。
 傷口を確認し、目玉を戻し、根気良く丁寧に処置を施していく。
 額の汗が床にしたたり落ちる頃、ブルーは全身包帯巻きの状態になっていた。

 投与された活性剤の影響で、ブルーの傷が治癒し始めたことを確認すると、男は携帯を取り出して何者かと話し始めた。
  

「もしもし——ご無沙汰しております。
 ……ええ、以前お願いしていた、例の件ですが。
 近いうちにお邪魔させていただいても、よろしいものでしょうか?
 ——はい、はい、ありがとうございます。
 どうか、うちの子に…はい、ご教示よろしくお願いします……」


      ※      ※       ※


 それから二日後に目覚めたブルーは、またあの過酷な記憶を「夢」だと思い込み、男に向かって愛らしい笑顔を向けて
いた。
 だが、その心中は決して穏やかではない。
 あの酷い扱いを無理やり夢だと思い込もうとしているだけで、実際にはしっかり現実として認識しているからだ。

 ブルーは、迷い、考えていた。

 これまで、長い間自分を大事に育ててくれたご主人様が、どうして突然あんな虐待を行うようになったのか。
 それに、実装石を殺すことを咎めるなど、どう考えてもおかしい、納得がいかない。
 自分が、何か悪いことをしたとでも言うのか?
 それともご主人様は、自分よりも、実装石の方が好きなんだろうか?
 そんなことはない、それはない、それは——でも……

 頭の良い実蒼石の中でも特に優秀なブルーは、人間の中学生並といわれる思考力を駆使して状況分析を行ってきた。
 そしてようやく、自分の境遇と男の態度の変化を結びつけて考えられるようになってきた。

 その日の夕刻、男は再びブルーをケージに入れて外へ連れ出した。
 向かうのは、またどこかの公園。
 今度の場所は、ケージから出される前からはっきりわかるくらい、実装石の数が多い。
 夕食を漁るために移動を開始したのか、多数の成体実装が公園を横切ろうとしている。
 そんな中、ブルーは突然ケージから離された。
 「今日はお前の好きにしろ」という、男の言葉と共に。


 ボギャアァァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!!

 ブルーは、男に振り返る事もなく突進した。
 鋏を握り締め、全速力で実装石の群れの中へ飛び込んでいく。
 一気に踏み切り、宙に舞いながら身体を捻り、刃に遠心力を加える。
 ここに落下加速を加えて、眼下の成体実装の頭部を粉砕するつもりだ。

 だがブルーは興奮のあまり、手にしている得物がいつもより遥かに軽いことに、まったく気づいていない。

 振り下ろされた凶刃が、成体実装の脳天を直撃する!

 バキャ!


 デギャ?! デデェェ?

 ポ?!

 成体実装は、脳漿ぶちまけることなく、生きてその場に立っていた。
 それどころか、頭頂部に必死で手を伸ばし、叩かれたところを確認しようともがいている。
 事態が飲み込めず戸惑っているブルーの背後を、また別な実装石が横切る。
 と同時に、再びブルーの狩猟本能にスイッチが入った。

 ボギャァァァ!!

 すかさず鋏を掴み、振り返り様に刃を叩き込もうとする。
 だがその一撃は、実装石の腹をぶっ叩く程度で、ブルーの望む状況には程遠い。
 いつもなら、鋏を伝わってくる筈の「引き裂かれた生肉の温かさ・ぬくもり」は全く感じられない。
 ただ、ぶよんっ、という気色悪い弾力だけだ。

 デゲボオッ?!

 とはいえ、それなりに大きな衝撃を受けた実装石は派手に後方にぶっ倒れ、腹を押さえて嘔吐し始める。
 やがて、騒ぎを聞きつけた野次馬実装達が、ブルーの周りにデスデスと集まってきた。

 デスデス? デスー 

 デッスー、デスデス、デスデス

 デスデスデス、デスー?

 デェェ—?

 ブルーに殴られた実装石を、別な実装石が介抱している。
 どうやら致命傷にはなっていないようで、当人は頭をプルプル振って叩かれた腹をさする。
 周りの子供達は別な成体実装達に誘導され、ブルーの傍から引き離され、その手前には更に別の成体実装達が立ち
塞がる。
 キョトンと周囲を見つめるブルーをよそに、実装石達は妙に統率された動きで彼女と距離をとり、警戒体勢を取った。
 この間、誰一匹たりともブルーをあざ笑ったり、指差したり、挑発したりせず、冷静に状況を観察している。
 さすがのブルーも、今回だけはなにかが違っている事を意識した。


 ——そう、鋏!

 どうしていつもみたいに、グワシャバーと斬れないポキュ?!


 ブルーは、手にした鋏を再確認し、それが自分愛用の得物でないことにようやく気づいた。
 良く似た形の、プラスチック製の偽物。
 刃もなければ充分な重さもなく、おまけにくにゃくにゃと柔らかい材質なので、殺傷能力などあるはずが無い。
 これでは、せいぜい実装石を殴りつける程度しか出来ない。
 殺せたとしても、親指か蛆実装がせいぜいだろう。
 ブルーは、目をかっ開いて男の方を睨み付けるが、そこにはもう誰の姿もない。

 ポキャアッ?!

“蒼い仔が紛れ込んだデス”

“武器はないデス、これなら安心デス”

“ひとまず取り押さえるデス”

“子供達はもっと遠くに避難させるデス”

“怪我をした奴は他にいないデス?”

“少し、思い知らせるデス”


 成体実装達が、四方八方からブルーに迫ってくる。
 なにやらぶつぶつ呟いているが、既に正常な意識を保てなくなっているブルーには理解できない。
 前方に迫る実装石達をなぎ払おうと再び鋏を振りかぶろうとするが、なぜかびくともしない。
 見ると、複数の実装石達が背後から鋏を取り押さえ、必死で抗っていた。
 
『離せボキャア! この糞蟲共がぁっ!!
 死ぬしか能のないお前らが、高貴なポキュに触るんじゃないボギャアァァッ!!』

 必死で暴れるが、多勢に無勢。
 無敵を誇ったブルーも、数十匹に及ぶ成体実装に密着され、もみくちゃにされては、もう打つ手はない。
 ついに鋏を奪われ、完全に武装解除されたブルーの目には、冷ややかな目でこちらを見つめる男の姿が映っていた。

 だがその姿も、次々に覆い被さってくる実装石達の影に隠れ、やがて見えなくなる。


 公園内に、絹を引き裂くような仔実蒼の悲鳴が響き渡った。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 続 ( 全二回 )









































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