タイトル:【駆除】 実装のいる風景8 秋の実装一斉駆除
ファイル:実装のいる風景8 秋の実装一斉駆除.txt
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初投稿日時:2008/09/28-21:26:44修正日時:2008/09/28-21:26:44
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実装のいる風景8『秋の実装一斉駆除』


   = 久々なのでレギュラーメンバー紹介 =
      主人公 : 田舎の兼業農夫
      ジュン : 馬鹿息子(小学生)
      クリ  : 居候の野生実装紅(正式名称クリムゾン)


−− プロローグ −−


 葛の葉の茂みに実装石の親仔がいた。
 親の膝元で仔実装達が寝息を立てている。
 一匹の仔は小さな蛆実装を抱えていた。

 蛆実装を抱えた仔が寝返りして、コロンと蛆を転がした。
 コロコロ転がる蛆だがすっかり寝入っているのか目を覚まさない。
 それを見た親実装は他の仔に蹴飛ばされないよう蛆を自分の膝の上に避難させた。 

  「プフ〜」

 寝ぼけた蛆が幸せそうに身をよじる。
 欠伸をした親実装が葛葉の隙間に見える秋空を見上げ呟いた。

  「平和デスゥ・・・   いつまでも、ずっとこんな日が続くといいデスゥ……」



−− 1 −−


   彼岸明けの日曜日は毎年恒例のイベントがある。
   今日は秋の実装駆除の日、これは村日役だ。
   同じ村日役でもかったるい村民運動会よりよっぽど盛り上がる。
   神社の前で実装被害対策委員の村役員さん達が エイ!エイッ!オォォーーッ!! 、と気合を入れている。
   秋祭り前の前夜祭のようなもんだな。

   年配組みと違って村の若手である消防団員達はダラダラ整列している。
   休日を潰されて不満タラタラなんだろう。
   気の毒なことだが彼らには行政が要求するところの防火責任者として出勤してもらわなければならん。
   昔はオレもやった。こんな秋晴れの日に気はのらんだろうがよろしくな。

   一方、ピシッと整列しながら意気揚々なのが実蒼部隊だ。
   鋏を振上げ、ボクー!ボクー!ボクボクゥーー!、と気勢を上げている。
   当然のことだが農家で一般的に飼われる労働用実装生物は実蒼石が多い。
   今や村の子供の数より多い。
   隠れ家の捜索や逃亡する成体の追撃など実装駆除作戦では重要な補助戦力としていつも重宝されている。
 
   うちの居候実装紅のクリは息子と一緒に駆除に参加。
   ちなみに小学生以上の男児は原則として駆除への参加が義務づけられている。
   わらわらテチュテチュ逃げ回る仔蟲の群れを掃討するにはどうしても手数が必要になるからな。



−− 2 −−


 川に近い林の中に郷実装達のコロニーがあった。
 岩と草むらがあって多少視界をさえぎっているものの、川原まで開けたなだらかな地形だった。
 あの川の向こうには人間の住む世界がある。
 ここから周辺を監視、警戒するのが今日の彼女の役目だった。
 林のはずれに葛の蔓が巻きついた岩場があり、そこがよい見張り場所になっていた。
 これは本来仔連れでのんべんだらりと果たす役目ではない。
 人間でなくとも水辺を通ってイタチやテンが近づいてくることもあった。
 しかし長い間続いた平和で安逸な毎日が彼女の緊張感をすっかり緩めていた。
 天気もいいし、木漏れ日しかささない薄暗い林より明るいところで日向ぼっこさせてやろう。
 彼女はピクニックがてら林内の巣穴から仔を連れ出してきて見張り場所についた。
 もともとが彼女はズボラでいいかげんな野良実装であった。
 同じコロニーの郷実装でも野良系と山系では外敵に対する意識が根本的に異なっていた。


   どうせ何にも起こりゃしないデス 
   なにか来ても親方がおっぱらってくれるデス

 外敵に見つかりにくい安全な場所である。
 葛の覆った岩場でかくれんぼや追いかけっこをしていた仔供達は遊び疲れてクークー寝てしまった。
 親実装も最初のうちこそ葛葉の隙間から周囲を窺っていたが、じきに親仔そろってウトウト寝入ってしまった。



−− 3 −−


   村を流れる川のやや上流側に小さな谷間がある。
   村と反対側の川向こうにあり、道路や田畑から離れているので人目が及びにくい。
   ほほろ谷と呼ばれていて、戦国時代に疫病で死んだ人をそこに捨てていたという伝承がある。
   そういう忌み地だから今も人があまり近づきたがらない場所だ。
   そういう安全地帯にいつの間にやら糞どもが居つき、ヌクヌクと数を増やしていた。

   半月ほど前にコイツらと遭遇したのが家のクリだった。
   柔らかい茶葉を求めて新たな餌場を探索中に襲撃されたのだ。
   リーダーらしい個体の号令で組織だった投石を受けたクリが怪我をして逃げ帰ってきた。
   バットを持って駆け出そうとするバカ息子を止めて区長さんに報告。
   その後、実蒼石の偵察隊が派遣され中規模コロニーの存在を確認。
   寄り合いにて協議され、村日役の主目標に認定された。



−− 4 −−


   ・ ・ ・  …  zzz ・ ・ ・ ZZZ ・ ・ ・  Z Z Z ・ ・ ・

   Z Z Z ・ ・ ・


 親実装はずっと昔の夢を見ていた。

 去年の秋のことである。

 彼女はここから遠く離れた町の公園に住む野良実装の仔に生まれた。
 彼女の一家を滅ぼしたのは、いわゆる虐待派と呼ばれる凶悪な人種ではなかった。
 ある休日の午後、ペットの仔実装紅を連れて公園に来た独身男性がいた。
 飼い主に溺愛されていることが一目でわかる幸せそうな仔実装紅だった。
 そんな姿を嫉んだ彼女の姉妹達が仔実装紅に喧嘩を売ったのだ。

   そのアマアマよこせテチィッ!

 飼い主が少し目を離しているスキに仔実装紅が持っている紅茶ペロペロキャンディーを奪い取ろうとした。
 好物を奪われまいと仔実紅が抵抗した。
 それに腹を立てた糞蟲姉妹が仔実紅の服に糞をなすりつけた。

   ナマイキテチ オマエなんかアタチのウンチがお似合いテチ チププッ

 愚行の報いは即座に顕れた。

 戻ってきた飼い主が糞仔どもをその場で蹴りつけた。
 その悲鳴を聞きつけた親が男にデスデス抗議した。

   なんてことするデスッ ケガしてるデス血がでてるデス謝罪するデス賠しょ ヲ フ゛ ッ?!

 それがいけなかった。むしろ男の怒りをかきたてた。
 糞仔を産み、育てた罪は重い。
 罪の報いは罰。というか死刑っ!

 見ていた人間は多かった。しかし止める人間は全くいなかった。
 愛護派と呼ばれる人種にしても、飼い実装に粗相を働いた糞蟲を無礼打ちするのは全く当然のこと。
 ましてそれが実装石より高価な実装紅ならなおさらである。
 もし「やめろ」と言って「ならお前がクリーニング代を出せ」と請求されたら損だ。
 うちの仔の不始末ならともかく、下らん野良糞仔ふぜいのために数百円も使いたくない。
 ほどなく糞仔どもは全て地の染みに、親は服と髪を奪われズタボロにされた。
 
 その間、近くの茂みでうんうんウンチをしていた彼女は偶然その惨劇を逃れることができたのだった。
 男が立ち去るまで彼女は一部始終を茂みの中でずっと見ていた。
 彼女の親はまだ生きてはいたものの傷は深く偽石も傷けられていた。
 もはや再生能力も働かず、これではもう先は長くなかった。

 唯一残った仔もこのまま公園にいれば飢えた同属に喰われてしまう。
 人が見ている日中は猫をかぶっている連中だが、夜になればヨダレを垂らして襲いかかってくる。
 野良の生活は油断も隙も無い。だいたい自分自身がそうなのだから絶対間違いない。
 もう既にデププ ジュルルと我慢しきれない小声と粘つくような飢えた視線を周囲から感じていた。
 瀕死の親は運を天に任せて彼女を公園から逃がすことにした。
 だからと言って公園にいる人間は野良仔などそうそう受け取ってくれない。
 民家やコンビニ前まで行ってこっそり託児する力も残っていない。
 だから適当なコンビニ袋に彼女を入れ、公園近くに停まっていた軽トラの荷台にくくりつけた。

 ほどなくタバコを買って戻ってきた運転手は袋に気づくことなく車を発車させた。 



−− 5 −−


   地域にもよるが実装石の春の出産ラッシュは4月から5月にかけてある。
   そして春に産まれた仔が成体まで育つのに約2ヶ月かかる。
   家族単位で暮らす単独性郷実装なら梅雨明け頃に仔別れする。
   単独性郷実装は郊外から渡ってきた野良系統が多い。
   こうして巣立った野良の新成体は人里周辺に適当に営巣する。
   そして無知かつ無恥な野良同様に食い物を求めて人の畑を傍若無人に荒らしだす。
   7月頭に行われる夏の実装駆除はこうした連中の駆除を目的にしている。



−− 6 −−


 実装石のオテテでいいかげんに結ばれたコンビニ袋は田舎の工事現場近くのガタガタ道でコロンと落っこちた。
 こうして彼女は町の公園から僻地へと流れ着いた。
 だが当座の食べ物も無く、野生で生きる術も知らぬ仔実装ではじきに野垂れ死ぬ運命だった。

   テェェェェン ココどこテチュ? オナカすいたテチュゥゥ ママァーー ママァァ ァ・・

 そんな儚い仔実装の命をさらなる偶然が救った。
 それは冬に備えて物資調達中の郷実装だった。
 夕方、人気が無くなった工事現場から落ちている釘や小道具、弁当の食べ残し、空き缶などを漁って帰ろうとしていた。
 その一匹がチューチュー泣き声をあげるコンビニ袋に気づいた。
 都市部に住む一般的な野良実装なら道端に落ちている仔実装など食料でしかない。
 しかし街の野良と比較すると田舎の郷実装はかなり温和な性質をしている。
 加えて山実装系統が強いリーダーに率いられたこの群れには山系の鉄則が行き届いていた。
 すなわち同属喰いはご法度であった。(※ただし蛆実装は不問)
 大きい一斗缶を拾って運んでいたことも幸いした。
 このコロニーはまだ成体数10匹程度の発達過程で労働力が不足していた。
 それにちょうどアナグマの襲撃で1家族が巣穴ごと全滅し、頭数が減っていた。

 彼女を検分したリーダーはこの仔実装を仲間に加えることにした。
 釘や歯ブラシを運ぶ手頃な人足(石足?)がてら彼女は住処へ連れて行かれた。
 ついでに言えば片田舎だとコンビニ袋も案外貴重品である。
 
 奴隷よりかなりマシな従者としてコロニーに受け入れられた彼女は成長し、無事冬を越すことができた。
 ただ栄養不足で成長したこともあり、春に生まれた初仔は虚弱ですぐに皆死んでしまった。
 その後、春から夏にかけて栄養を蓄えた甲斐もあり、8月末頃には健康な仔に恵まれた。

 
  Z Z Z ・ ・ ・

  ・ ・ ・  …  zzz ・ ・ ・ ZZZ ・ ・ ・  Z Z Z ・ ・ ・


 健やかで素直な仔供達に囲まれて、彼女は今シアワセな眠りの中にあった。


−− 7 −−


   同属意識の強い山実装系の郷実装は血族で集団生活を送るコロニーを作る習性がある。
   だがコロニー周辺の食料事情などによっては個体数を養いきれないので巣別れを起こす。
   これは夏の終わりから秋にかけて気温がやや低下した頃、2〜3体の若い個体が新天地を求めて旅立つことが多い。
   もともと山実装は警戒心が強く排他的で他のコロニーと生活圏を重ねようとしない。
   余所者が山実装系郷実装の純血コロニーに受け入れられることはまずない。
   しかし巣別れを起こしたグループでは事情が異なる。
   先住者を追い出して営巣地を略奪、独占するような真似はせず他個体となるべく共存しようとする。

   厳しい自然に淘汰された山実装系郷実装は肉体能力、知能、生存スキルが高い。
   だから山系郷実装は多くの場合実装コミュニティの中で指導的立場に立つ。
   そういう指導者に恵まれた実装集団は結束が高く秩序あるコロニーを形成し数年間は安定する。

   問題は安定期を過ぎたこの後だ、カオス属性の高い実装石というヤツは秩序というものと本質的に相容れない。
   周辺環境のちょっとした変化や天災、指導部の派閥争い、世代交代などが引き金となって急激な崩壊を起こすことがある。
   その崩壊は大きい水滴が崩れるようにあっという間に起こる。
   山実装が安定したコロニーを長期間維持できるのは自然の厳しい淘汰圧が個体数調整と資質の維持に強く働いているからである。
   天敵が少なく食料の豊富な人里近くではどうしても淘汰圧が低くなる。
   往々にしてその結果は持ち前の繁殖力でイナゴのように大量発生した糞蟲の群れが田畑へ大量に押し寄せる悪夢になることが多い。
   腐海の大海嘯になぞらえられる田畑に津波の如く押し寄せる糞蟲大行進。(俗に“腑海の大海嘯”とも呼ばれる)
   安定期に比例して崩壊した時の傍迷惑の度合いは幾何級数的に増大する。 

   こうなると地域の青年団、消防団、駐在さんまで総動員した殲滅駆除、不快の大潰ショーに駆り出されるハメになる。
   こうならないためにも地道で執拗な駆除が定期的に必要なのだ。
 


−− 8 −−


 優れた長に率いられたコロニーは安定期に入り順調に運営されていた。
 成体の数は今や30匹を超えていた。
 安定した食糧確保と配分がなされ、産児制限をかけるまでまだしばらくの余裕がある。
 全ては順風満帆かと思われた。
 だから些細な偶然が破滅をもたらそうとは夢にも思っていなかった。

 前にも彼女が見張りをしていた日、その日は天気がよかった。
 こういう晴れた日は人間の活動性が高い。
 人間に発見されるリスクを考え物資調達隊は日中お休みしていた。
 林中のコロニーにメンバーがそろっていた。

 そこへ実装紅がトコトコ近寄ってきた。

 自然界における実装石の天敵は多い。
 繁殖に実装石を苗床にする寄生生物、実装燈。
 種族的憎悪に駆られ襲いかかってくる実蒼石。
 ゴムタイヤでできた(水陸両用)重戦車と称される食欲旺盛な捕食者、肉苺(実装雛)。
 大型肉食獣であるクマ、野犬の類は別格として、タヌキ、アナグマ、イタチ、テンなどは好んで仔実装を捕食する。
 そばに親がいても抵抗らしい抵抗にならず仔を奪われる。
 カラス、フクロウ、猛禽の類も危険だ。

 しかし実装石の天敵達と異なり、野生の実装紅は実装石にとってあまり危険な存在ではない。
 そもそも実装紅という実装生物は食物連鎖的に他の動物とほとんど関係していない。
 茶葉を主食とする特異な食性のため一部昆虫以外の草食動物と競合が全く生じない。
 そして体内に蓄積した多量のタンニンは大部分の肉食動物を忌避させる。
 要するに渋いのだ。(生葉でなく紅茶を主食とする飼い実紅はこの性質が薄れる)
 実装紅の紅色は赤ワインと同じポリフェノールの赤である。
 冬眠明けの飢えたクマでもなければ野生実紅を襲う肉食動物はいない。
 血液も強い蛋白質収斂作用を持つので蚊や蚋、山ビルですら近寄ってこない。

 ちょっかいさえ出さなければ無関係な存在、コロニーを脅かすような相手ではなかった。

 彼女が見張りを担当していなければ破滅の運命は避けられたかもしれない。
 しかし実装紅が原因で家族を失い、辛い仔実装時代を送る破目になった彼女は実装紅を深く憎悪していた。(※野良のドレイと比べたらアマアマである)


   とっちめてやるデス

 大き目の石をひろって実装紅に投げつけた。
 だがぶきっちょな彼女の投擲は外れ(それどころか届きもせず)、実装紅に気づかれた。
 さらに小石や砂利を投げつけると、さすがに怒った実装紅が伸ばしたツインテールで反撃してきた。
 かすり傷だが怪我をした彼女は悲鳴をあげ村に駆け戻った。

   敵がおそってきたデスーーッ! ケガしたデスーーッ! イタイイタイデスーー!

 負傷している見張りの報告にコロニーのメンバーは素早く反応した。
 山実装の血が濃く、知識の豊富なリーダー達は脅威に対して適切な対応を取った。
 闖入者である実装紅を遠巻きに包囲しながらひたすら投石する。
 実装紅はツインテールという効果範囲の長く広い武器を持つ。
 数で勝るからといってうかうか近づけば大怪我をする。
 これで立ち去ってくれれば余計な被害を出さずにすむ。

 目論見どおり投石で怪我をした実装紅は逃げ出した。

 実畜無害な実装紅を刺激してコロニーを騒がせた見張り役の彼女は後でコッテリ怒られた。

 近づいてきたのが人間であれば逃亡するかひっそり巣穴に隠れてやりすごそうとしただろう。
 実蒼石であれば相打ち覚悟でも数で押して仕留めようとしただろう。
 実蒼石は実装石に強い種族的敵意を持つのでここで追い出してもまた復讐に戻ってくる。
 なまじ遭遇した相手が実装紅だったのが結果的に災いした。
 野生実装紅は強者であっても飢えた捕食者ではないし、実蒼石のような執念深い殺戮者でもない。
 迷い込んできただけの実装紅なら一度痛い目にあえば二度とわざわざ実装石のなわばりに入って来ない。
 これは自然界なら合理的な判断であった。
 しかしどんなに辺鄙でもここは人里。地上の支配種族人類の支配圏なのだ。


−− 9 −−


   途中で二手に別れ、寄り合いで念入りに協議したように配置につく。

   相手は中規模コロニーらしいので正面からの強襲ではなく包囲して殲滅する。
   山側に主力と実蒼隊、川側に消防団と子供会を配置。
   まず山側から草刈機の爆音で糞蟲どもを川へ追い立てる。
   ついでに林の下草を刈って上向きの逃走経路をふさぐ。
   同時にコロニーへ実蒼隊を突入させる。
   川向きへ逃げた連中は消防団と子供会で殲滅する。
   その後、川原の草むらに隠れたヤツは草を刈って念入りに掃討する。
   巣穴に隠れているヤツは灯油バーナーで炙りだす。

   実のところこの作戦にはかなり不安がある。
   作戦会議でもだいぶすったもんだした。
   まず包囲網に穴が多い。
   もしも山へ向かって一点突破してきたら大多数を取り逃がすだろう。
   それに里山とはいえ山中を草刈機を持って上がるのは疲れる。

   しかし過疎化で人手が足らないのだから仕方ない。
   そりゃあ20年〜30年前なら人手だけで叩き潰せたかもしれんが。
   無い袖はふれない。



−− 10 −−


  バオン ブロロロン キンチュインチュイン ババババババ

 突然、うららかな秋の風景に爆音が響いた。
 まさに青天の霹靂である。

   「デッ!? デエエ?!」
   「テェェェェッ? なんテチ?!こわいテチ!こわいテチー!」
   「ゴロゴロテチ? カミナリテチ?」
   「でもこんないいおテンキテチ?」
   「レフ??」

 見張り役の彼女が居眠りしていなければ、運命は変わったかもしれない。
 人間達が近くの川原をうろちょろしている。
 これだけでもコロニーは警戒体制に入っていただろう。

 完全な奇襲でなければリーダー、サブリーダーを中心に組織だった逃亡が可能だった。
 少なくとも敵が待ち伏せている川へ向かって遁走することだけはなかった。

 だが草刈機の爆音に驚いて巣穴から出てきた実装石は突撃してきた実蒼隊を目にして恐慌状態に陥った。
 そして人間の目論見通りに行動してしまった。


−− 11 −−


   あちこちでブレードを樹にぶつけたり石にぶつけたりチャンチャンチャンチャン姦しい。
   これじゃこっちに糞蟲どもが逃げて来てもうまく対応できんな。
   お互い怪我だけはさせないよう距離をとっているし、なにより自由が効かない。
   スパンと頭をたたっ切ってやろうにも、斜面を下向きだと草刈機は扱いにくい。
   実蒼隊の活躍に期待するしかなさそうだ。



−− 12 −−


   どうするデス どうしようデスゥゥ

 葛の茂みで見張り役をしていた実装石は震えていた。

   しまったデス
   いいおテンキだからつい居ネムりしちゃったデス
   また親方に怒られるデスゥ

 最初はそんなレベルで頭を抱えて言い訳を考えたりしていた。
 だが事態は坂道を転げ落ちるように最悪を通り越した破局へと向かっていた。



−− 13 −−


   やっと糞蟲どもの棲家が見えてきた。
   もうヘトヘトだ。

   実蒼隊は糞蟲どもを切り刻み川原に追い立てる組と巣穴を探し出してマークする組に分かれている。
   先端に蛍光塗料を塗った目立つ棒が林のあちこちに立っている。

   草刈機を停めて一休みしよう。
   ハァ… この作戦にはちょっと無茶があっただろ。

   子供の頃死んだ爺さんからしょっちゅう聞いていた昔話を思い出した。
   戦争中に南の島で兵隊に大砲と弾薬担がせて山越えさせたアホウがいたらしい。
   無謀指揮官に付き合わされてそこで戦死した人が村の家にもいるそうだ。
   こんな気持ちだったんだろうかねぇ。



−− 14 −−


 潰走に陥った郷実装だったが、それでもリーダー達は指導者としての最善を果たそうとした。
 実蒼石は単体でも強敵である。それが群れで襲ってきた。もはやこの近辺に安住はできない。
 せっかく開拓した集落を放棄するのは惜しいが命には代えられない。
 この襲撃を乗り切ったら新天地を求めて移住せざるを得ない。
 ならばここで下手に抵抗して犠牲を増やすより勢力を温存した方がいい。
 移住の負担になる仔は見捨てていったんこのまま逃亡する。
 冷たいようだがこれが最善だと判断した。

   川に逃げるデスッ 仔はあきらめるデス!この村はもうおしまいデスーー


 こんなこともあろうかと、郷実装達は脱出ルートの一つに川を利用することを考えていた。
 川原の茂みには工事現場から拾ってきた板など浮き袋代わりになりそうなものが隠してあった。
 いざという時にはこれで川を下って脱出する。
 何一つ持ち出せなくても命さえあればやり直しができる。

 この時、周辺の動向に関する僅かな情報でもあれば、こうも間違った判断にはならなかったであろう。



−− 15 −−


   地面のあちこちに穴が開いている。
   実蒼石の捜索組が鋭い嗅覚でいろいろ目星をつけてくれた。
   中にまだ獲物が隠れている巣穴、空の巣穴、偽装された脱出穴、一斗缶を埋めたトイレ穴もあった。
   溜まった糞は川へ捨てに行っていたようだ。
   巣穴に隠れている連中がコソコソ逃げ出さないよう見張る監視要員を残して川辺へ向かうことにする。



−− 16 −−


   デデッ!?

 実蒼石に追い立てられ、川原に逃亡した郷実装はやっと自分達の過ちに気づいた。

  「ニ… ニ  ン ゲ ン デ ギャ ァァッ!」

 人間を前に立ちすくんだ一匹の郷実装が消防団員の振り回す鳶口に頭を潰された。
 鳶口とは消防積載車に積んである道具で、戈という武器に似ている


  「うぅぅおーーりゃぁあああぁぁっ! 必殺っ!国士無双!三国無双!天下無双ぉぉぉぉおっ!!!」

 一番若手の彼は休日を潰された怒りを糞蟲にぶつけることにしたようだ。
 方天画戟を持った勇者のごとく郷実装をなぎ倒していく。
 もっともあーゆーはっちゃけたのは一人だけで、他の団員は巻き込まれて怪我をしないよう距離を置いている。
 ブツブツ文句を言いながら、おとなしく麺棒を持って郷実装を待ち受けていた。


  「 ひ ゃ ぁぁぁぁっはぁぁ ぁ あ あ あ あ あ あ っ! ! ! ! ! ! 」
 
 若い激情に駆られた雄たけびが川面を震わせる。
 その声に脅え、後ろを振り向いた郷実装達は再び絶望にかられた。
 ハサミを構え整然と横一列横隊を組んだ実蒼隊がやってくる。
 前門を塞ぐヒャッハー、後門に押し寄せる蒼バサミ。

   ギャアァッ デギャァァ!

 逃げ遅れた1匹が実蒼石のハサミで四肢をちょん切られて悲鳴をあげている。

 冷酷な実蒼石はテチテチ逃げ惑う仔供達にも情け容赦ない。
 1匹の仔実装がハサミで脚をすくわれ地面に転がされた。

   チャキャァッァァアアアッ!イヤイヤイヤァァー チョッキンイヤァァアアーー ゆるチテッゆるチテエエ

 倒れた仔実装は必死で泣き喚く。
 だが任務に忠実な実蒼石はそんな命乞いになど全く耳を貸さない。
 機械のような手馴れた動きで倒れた仔の胴体にハサミをあてがう。

   ちぬのイヤテェェェン たちゅけテェェェェン  ママァァァァァ

 チタパタ暴れたものの残酷な刃は逃がしてくれない。
 四肢を切られダルマになったママに仔実装が助けを求める。

   やめるデスッ!やめてデスゥゥッ!

 イモムシのようにのたうつことしかできないママが叫んだ。
 次の瞬間、仔実装はチョンと胴体を真っ二つにされた。

   ヂュベェッ
 
 上半身Aパーツだけになった仔実装はそれでもまだ生きていた。

   チ ィ・・ に たくナい テ・・ ママ・・・

 仔実装はオテテを伸ばしママに近づこうとジリと這いずった。
 そして、そこでグタリと力尽きた。
 涙にうるんだオメメが最後までママを見つめていた。
 何もしてやれなかったダルマなママがむせび泣く。 

   ……デ・・ あ ん ま りデェェェェェス゛ゥゥゥゥゥーーーン!



−− 17 −−


   日陰の林を抜けて明るい川辺を眺める。

   川岸には若手の消防団員がいて、そこへ向かって実蒼隊が糞蟲どもを追い立てている。

   川に向かって右手が上流側だ。
   ススキの藪が茂っているものの、その先は岩肌の露出した崖になっている。
   動物ならヒョイヒョイ駆け上っていくだろうが、実装石の運動能力で踏破できる地形ではないと判断。
   だからそっちには人員を配置していない。

   川下側には子供会とクリが待ち伏せしている。

   さてはて、計画倒れにならないといいんだが。



−− 18 −−


 前には武器を振り回したヒャッハーが狂気乱舞する。
 後ろからは実蒼石がハサミをチャカチャカ鳴らしながらやってくる。
 偽石に深く刻まれた種族的恐怖に囲まれ郷実装達は立ちすくんだ。


  「 お ん ど り ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ!! 」

 竜巻のように得物を振り回しながら実装石の群れにニンゲンが突っ込んできた。
 圧倒的な恐怖を前にして、コロニーのリーダーである実装石は手にした武器を見つめ勇気を振り絞った。


   あ… あきらめないデス たたかうデス
   ミンナを守るデス ニンゲンをやっつけるデス 

 枝の先に工事現場で拾ってきた釘を結びつけた原始的な槍だ。
 これは去年の冬、集落を襲ってきたアナグマを追い払った武器だった。
 肉の味を占めて巣穴に首を突っ込んだアナグマの鼻づらに槍を叩き込んでやった。
 あの時のように急所に鋭い一撃を食らわせてやれば・・・

   動きのノロいデクノボーのスキをついてつっついてやるデス
   コケオドシのデカブツはイタイイタイされたらみっともなく泣いてツヨいワタシにひれ伏すデス
   そしたらニンゲンも蒼いのもミンナおそれをなしてコウサンするデス
   ミツギ物にスシとステーキとコンペイトウを持ってこさせて毎日シュチニクリ・・ デ・・ッ ? !


  「 死 ね や ぁ あ あ 糞 蟲 ぃいいいぃぃぃ!!!」


 途中から・・・ 絶望的状況下で発動したシアワセ回路が描き出した妄想に浸っていた。

 ハッと気がつくと頭上に鳶口が迫っていた。
 リーダーである実装石は自慢の槍を突き出した。
 だが死神の鎌のごとく振り下ろされた鳶口は貧弱な棒切れごとリーダーを脳天から打ち砕いた。
 クマでも即死するような重い一撃である。
 脳漿をぶちまけ頭部は木っ端微塵、首から下はほぼ真っ二つ。
 両側へ裂ける様にして身体がゴロンと倒れた。
 その勢いで砕けた偽石の破片がキラキラと飛び散った。

 厳しい実生において長らく封印してきたシアワセ回路。
 その生の終わりにあって甘美な幻にはじめて身をゆだね、身を滅ぼした。
 山の血が濃い郷実装といえども、実装石は実装石だった。
 もっともどう足掻いたところでどのみち助かりはしなかったのだ。
 妄想に浸ったまま苦しまず逝けた方がシアワセだったのかもしれない。



−− 19 −−


   どうやら思っていたより駆除作戦は順調に進行しているようだ。

   川岸からずいぶん張り切った声が聞こえてくる。
   あの声は金矢一雄君かな?
   最近街から村に戻ってきて力仕事には慣れてなかったはずだが。
   村の為に全力で働いてくれるとは最近珍しい好青年だ。
   そういう元気な若手にたくさん戻ってきてもらえたら村の未来は明るいんだが・・・


   ・・さて、オレ達もまだまだ若いモンに負けんよう頑張らんとな。



−− 20 −−


 頼みのリーダーを文字通り粉砕された郷実装達は今度こそてんでバラバラに逃げ惑った。
 こうなると人員不足のためかえって対応がややこしくなる。

 片手の数しかいない残りの消防団員達が麺棒で郷実装をめった打ちする。
 ポカスカ殴られた郷実装はうずくまってデギャデギャ悲鳴をあげる。
 しかし成人男性に殴られて悲鳴をあげられること自体、まだ余裕がある証拠。
 やる気が不足しているその他消防団員のスクリーンをうまく何匹かが突破した。

 1匹が川のすぐそばの茂みに駆け込んだ。
 茂みの中からガサガサ板きれを取り出す。
 どこから拾ってきたか知らないが、素麺の贈答用空き箱だった。

  「助かったデス これで逃げられるデス」

 こんな物でも実装石が使うならビート板くらいの役に立つ。
 もっともこの郷実装は自分が逃げるために板を取り出したわけではなかった。

 実装服の中に腕を突っ込むと、モゾモゾ何かを取り出した。
 仔実装だった。
 母親の服の中で何も見えなかったかもしれないが、聞えてくる恐怖にプルプル震えていた。
 板に乗せようとしたが、母の腕にしっかとしがみついてなかなか離れようとしなかった。

  「これに乗るデスッ 早くするデスッ!」 

 仔実装は不安なまなざしで母を見つめた。

  「ママはどうするテチ? これじゃママはのれないテチ」

  「ママは・・ ママはダイジョウブデス ママは泳ぎが得意なんデス」

 もちろん嘘である。
 泳ぐというよりハダカデバネズミの川流れだ。

 ただしこの個体はリーダーの妹でもあって、多少は山系の知恵が回っていた。
 自分達が多少溺れたくらいで死ぬほどヤワでないことを知っていた。
 たとえ溺死してもうまく浅瀬にのれば蘇生できる。
 周辺の地形は熟知している。この先には浅瀬が何ヶ所かあることを知っていた。

 追手の声が迫ってくる。
 仔を乗せた頼りない舟を抱えて川に飛び込む。
 アタフタと舟を流れの奥に押し出すと自分も川の流れに身を任せた。

 ろくすっぽ泳げない体がボコボコと水中に引き込まれる。
 仔の悲鳴が聞えた。

   ママァァァァーー

 思っていた以上に体が自由にならない。
 息が苦しい。
 でも耐えろ 耐えるんだ 
 ここで死んだらあの仔はどうなる


   死ねないデス ぜったい死ねないデ・・・


 何かに引っかかったのを感じた。
 水から引き上げられる。
 息ができる。


   ェ?デェデェ…… デ?・・・


 やや小さめの人間達が見つめていた。
 だからといって実蒼石以上にかなう相手ではない。

  「糞蟲 ゲェェットォォォーー♪」

 川下には子供会が待ち構えていた。
 男の子が無様に溺れていた彼女をタモ網でスッポリ捕えたのだ。
 仔の方は虫取り網で捕えられ、火箸で突っつかれてガタガタ震えていた。


   テェェェン すぐ捕まっちゃったテチィィィ  ママァーー

   デェッ?!デジャアアァッァアァーー!

 世の中そんなに甘くないゾ♪



−− 21 −−


   川岸の殲滅戦はだいたい終了したようだ。
   実蒼隊は隠れている残敵の捜索に散会、消防団は背負いポンプやホースを持ち出してセッティングを始めた。

   オレ達もとっとと草刈機を再始動して藪を切り払う。
   茂みから仔実装がテチテチ出てきたり、チュベッと肉片になって飛散したりと結構隠れている。
   仔蟲は蜘蛛の仔を散らすように逃げるからな。

   成体はなまじ逃げ足があった分、かえって川岸で包囲網に引っかかったんだろう。
   刈りとった茂みを実蒼隊がだいぶ慎重に捜索していたが、結局一匹も見つからなかった。



−− 22 −−


 葛の茂みで事態をなすすべなく見ていた見張り役の実装石はあせっていた。
 実蒼石があちこちをウロウロしている。
 このままだとこちらにやってきて見つかるかもしれない。

 葛の茂みというのは実装石が人間から身を隠すにはよい場所である。
 日光を吸収しやすいよう横に広がった葛の葉は上から見下ろす人の目線からうまく実装石の姿を隠してくれる。
 しかし同じ低い位置からの目線で捉える実蒼石だと隠蔽効果が薄くなる。


   ・・・どうしたらいいデスゥゥ

 コロニーにおける彼女の立場はもとより下働きのパシリであった。
 知恵、知識、技能、判断力や決断力といったものは何一つ有していない。
 強いて言うならリーダーの命令に全く反抗せず従う聞き分けのよさくらいしか取得はない。
 切羽詰った時の強運だけが彼女を成体にまで至らしめたといえる。
 そんな彼女であったが、ここままここにいたら一家全滅であることは理解できた。

   テェェェ テチュゥ チュー レフー

 脚元にしがみつくカワイイ仔供達。この仔達だけでもなんとかして助けてやりたい。
 彼女は家族で生き残る方法を必死で考えた。



−− 23 −−


   川原の掃討が一段落したので巣穴のある林に戻ることにした。
   監視係と実蒼石は巣穴に隠れた実装石が逃げ出さないようしっかり見張っていてくれた。

   巣穴の掃討は草焼き用灯油バーナーを使って火責めにする。
   コロリスプレーを使うのも手だが実装石に効く薬剤は実蒼石にも若干毒性を持つので共同作戦をする場合はあまり多用するべきではない。
   それにスプレーガスに添加した香料が実蒼石の嗅覚を鈍らせてしまう。

   火責めといっても寝藁に使っている干草などに着火させるだけだ。
   快適な巣穴に整えている程よく引火する。
   後は酸欠と煙にいぶされた実装石が穴から逃げ出してくる。
   もしも入り口と別の脱出口があるなら漏れ出た煙で発見できる。


−− 24 −−


   コ ・・コワイテチィ テ・・ テッ… テェェェ・・ムゥ・・ンギョ

   ナいちゃダメデス いいコだからコエをだしちゃダメデス

 巣穴の奥でその親仔は息を潜めていた。
 外から シャキィィィィイイン シャキィィィィイン と恐ろしい音が聞えてくる。
 あれは実蒼石がハサミを鳴らす音だ。
 実装石にとって偽石本能に刻まれた恐怖の音。
 生まれて間もない仔実装であっても死の恐怖を理解し震え上がる。
 チリィ蛆や親指だと聞いただけでパキン死する可能性が高い。
 耐え切れず泣き出そうとする仔の口を親実装が抱え込んで塞ぐ。
 この穴に隠れていることを気づかれまいと必死だった。
 もっとも親仔そろってパンコンが止まらないのだから嗅覚に優れる実蒼石にはモロバレであったのだが。

 人間と実蒼隊の多くが川原の掃討に専念している間、林内はかなり手薄になっていた。。
 その時点で郷実装達が連携して一斉に逃げ出そうとしたらかなりの個体が逃亡に成功しただろう。
 だが林に残った実蒼石は巣穴に雪隠詰めになった実装石を効果的に牽制していた。
 外の様子が全くわからない実装石達はそれぞれの巣穴でただ震えることしか出来なかった。



−− 25 −−


     デホッデホッデホッ デヒャァーー
     テホテホテホ テヂテフュー ヂュェェェェン

   足元の巣穴から実装親仔の悲鳴が聞えてくる。

   我慢しきれず出てきた親を殴打して実蒼石に捕縛させる。
   チョロチョロ出てきた仔蟲も実蒼石に命じて確保させる。
   親さえきっちり始末できれば生き残れん連中だが使い道がある。

   次から穴の入り口に火をつけた仔実装を放りこんでやると火の回りが速い。
   さくさく掃討が進んだ。



−− 26 −−


   あちゅちゅチュゥゥゥーーッ!! ヂャァアアアッ?!アタチが燃えてるテチュ! あちゅいテチャァァーー!

 実蒼石のハサミで押さえつけられた仔実装が灯油バーナーで背中に火をつけられた。
 ポエポエ燃え始めたら火箸でちょいと巣穴に放り込まれる。
 基本的に皮脂を含んだ獣毛である実装服はよく燃える。
 カチカチ山になった仔実装は助けを求めて奥へと駆け込んでいった。

   ダレか消ちテェェーー! ダレかぁぁぁ たちゅけテェェェン

 この巣穴にはたっぷりと干草が敷き詰められていた。
 住人である愛情深い母実装は愛する仔供達のためにフカフカの寝床を用意してあげていた。
 独身男性の万年床みたく湿気けらないよう、よく晴れた日は川原からよく乾いた新しい干し草を取ってきて交換していた。
 そんな快適で温かな家族の住まいに火達磨の仔実装が飛び込んできた。

   デジャァァァーー! ワタシのおウチが燃えちゃうデスッ こっから出てけデスーーッ 

 巣の主は乱入してきた余所の仔をたたき出そうとしたが実装石にとって燃える火は恐怖そのもの。
 火傷を恐れてオロオロしているうちに乾いた干し草のオフトンがあちこちポゥと赤くなる。

   チュワァァァアアアアッ!たチュけてっ!たチュけてっオバちゃぁぁぁぁーーん

   ギャァァーー! コッチくんなデスッーー!さっさとソトに出てけデスーーッ

 恐怖に駆られた巣の主は火達磨の仔実装をドンと突き飛ばした。
 突き飛ばされた仔実装はコマのようにゴロゴロ転がって干し草の塊に頭から突っ込んだ。
 その結果はいわずもがな。

   チャギアアアアアアアアアァァァァアアーーーーーーー!!!!!!

 断末魔の叫びと同時に周囲がメラメラと明るくなる。

   デェェェェェッ! なんてことデスーーーッ! もうオシマイデスゥゥゥゥッ!! 
   テヒャァアアアッ! おウチがアチチになっちゃったテチュゥゥゥゥゥウウーーーーーー!!!!!



−− 25 −−


   一通り実蒼石がチェックした巣穴は全部回ったので、消防団と作業を交代する。
   彼らには林野火災用の背負いポンプを使い川からホースで水を引いてきてもらった。
   もし火をつけた巣穴を放ったまま去ると山火事の危険がある。
   万一の用心のため鎮火は念入りにしておく。
   さらに空の巣穴にも大量の水を注水してやる。
   これで中に保存食など貯め込んでいても全部台無しになるはずだ。

   この注水作業によって穴から仔実装が何匹か出てきた。
   濡れ鼠ならぬ濡れ仔蟲どもはもう使い道がないので始末する。

   一斗缶が埋まっているトイレ穴に死骸を放り込んで任務完了。
   捕まえた成体をしょっぴいて林を出ることにする。



−− 26 −−


 見張り役だった実装石はついに覚悟を決めた。

 仔供達をここに残し、自らオトリになって敵の目をそらす。

 しかし自分が敵の目を惹きつけてもここで隠れている仔供達が敵に見つかっては意味がない。
 彼女は過去の経験を生かすことにした。
 かつて物陰でウンチをプリプリしていた自分に人間は襲ってこなかった。
 だから隠れている間ずっとウンチをしていたら敵に見つからない。

 そう考えた彼女は仔供達を岩の隙間に押し込むと「ここでウンチするデス ママが戻ってくるまでずっとずっとウンチしてるデス」と言った。

 素直な仔実装達はパンツを下ろしてうんうんウンチをはじめた。
 脳足らずな蛆実装もつられてプリプリとウンチをはじめた。
 理由は全く分からないが出すほうはパンコンをガマンするよりよっぽど簡単だ。
 恐怖を忘れるかのように目を閉じて全神経をただただ排便に集中した。
 ムリムリと排便しているうちに快楽中枢を刺激された仔実装達はストレスが軽減されだんだん心が落ち着いてきた。
 青褪めていた顔色が少し良くなってくる。

 仔供達がウンチを始めたのを見つめた親実装は心の中で愛する我が仔に別れを告げた。

   ワタシはオマエたちのママになれてシアワセだったデス
   だから生きて… かならず生きてシアワセになるんデスゥ 
   あの時のワタシと違って一石じゃないデス 姉妹で助け合ってしっかり生きるデス 


 意を決した彼女は隠れていた葛の茂みから飛び出した。


   ク ソ ニ ン ゲ ン の ウ ス ノ ロ ー ー
   マ ヌ ケ の ア オ ム シ の ア ホ ム シ ぃぃ ー ー
   オ シ リ ペ ン ペ ン デ スーー  デピャピャピャー ー


 川原にいる人間と実蒼石へ向け、彼女はありったけの声を張り上げて罵声をあびせた。

 後は追っ手を少しでも自分に惹きつけて仔供達から遠ざけねばならない。
 山手へ向かって決死の覚悟で駆け出した。

   サヨナラデス・・ ワタシのカワイイコドモタチ……


                       ・
 
                       ・

                       ・


 葛の茂みから彼女が飛び出したその時、消防背負いポンプを始動したエンジン音が周囲に鳴り響いた。
 彼女の罵声はエンジンの爆音にちょうどかき消された。
 周囲の注意もポンプの設置された川岸の方へ向いていた。
 そのため山手へ向かってスタコラ走る実装石に気づいた者はたまたま誰もいなかった。

 さらに林内には巣穴を火責めした際の煙が立ち込めていた。
 もともと薄暗い林の中、いもしない追っ手を惹きつけようと山へ向かう彼女を見つけた者はいなかった。


 切羽詰った時の強運、それが彼女が生まれ持った星の巡りである・・・



−− 27 −−

 
   林のすぐ外でジュンとクリ、それに村の子供達が葛の茂みをウロウロしていた。

   話を聞くとこのあたりでクリが最初に石を投げつけられたらしい。

   岩場に巻きついた葛というのは草刈機で刈りにくい。
   石を削るとブレードが痛む。
   ビニール紐のアタッチメントに交換すればいいが、今回は用意していない。
   だからそういった場所は実蒼隊に自前のハサミで刈って捜索しろと命じてある。
   ざっと刈り込んであるが、まだまだ小さいヤツならまだ隠れる場所がありそうだ。

   すると見計らったように「う?うぇぇ…糞仔蟲はっけぇぇん」と近くで嫌そうな声がした。
   どうやら子供達が何か見つけたようだ。
   見に行くと岩の隙間に仔実装が3匹と蛆がいた。

   仔蟲どもはフンッフンッと顔を真っ赤にしながらウンチングスタイルで力んでいた。
   蛆も目を閉じてレフッレフッと腹筋運動をするような動きで必死に体をくねらせている。
   狭い隙間にあふれた自分の糞でクソまみれになっている。
   ?・・・何をしてるんだコイツらは・・・

   考えてみればこれも人間から身を守る方法の一つなんだろう。
   確かに有効な手段ともいえる。
   だがいちいち手を突っ込んで捕まえるまでもない。
   駆除もおおかた終わったし、コロリスプレーを噴霧してご昇天願った。



−− 28 −−


   テェェェン  テェエエエ〜ン コッカラダチテェェェェン
      テスン、テスン… テチュケテェェ 
     オネガイテチューー  ママニヒドイコトシナデチューーン
    タチュケテェェェン オウチニカエチテェェェン
     コワイテチー ドコテチー ママァーー ドコーー 


   …… デェェ… デッスゥゥゥゥ……

 人間に捕えられた仔実装達の泣き声が聞える。
 川に飛び込んで逃げようとした実装石は疲労困憊しグッタリとうなだれていた。
 ニンゲンの子供に親仔ともども網で捕縛された後、さんざ暴れて脱走しようとしたが手も脚も出なかった。
 歯をむき出してジャージャー威嚇した口に長靴キックをぶち込まれて黙らされた。

 気絶しているうちに仲間達の所へ連れてこられた。
 ミンナめった打ちにされて傷だらけ、フクを奪われハダカにされていた。
 周りを囲んだ実蒼石がじっと見張っている。

  ワタシ達はこれからどうなるんだろう……

 ムダを承知で近くの実蒼石に尋ねてみた。
 ぶっきらぼうに返ってきた答えは意外なモノだった。


   ゴシュジン様のハタケで役に立つボク
   寒くなったら”びにーるはうす”でヌクヌクにしてやるボク
   しっかりオツトメするボク


  ・・・・どうやらワタシ達はニンゲンのドレイにされるようだ
  それでもマジメにハタラけば冬を越させてもらえるらしい

  ワタシ達はマチのボンクラとはカラダのつくりが違う
  今までだってニンゲンに頼らないでずっとやってきた
  ハタケシゴトだってちゃんとできる
  使えるドレイなら殺されることもないだろう
  なら…… キボウは ある 
  生きてさえいれば…… い つ か ・ ・ ・



−− 29 −−


   実装被害対策委員の村役員さん達とこの後の打ち合わせをしていたら、実蒼石が面白いものを見つけてきた。
   見に行くと川原の砂地にサツマイモが植わっていた。

   砂を盛って畝らしきものにしてある。
   どうやらここの郷実装は原始的な農耕技術を身につけていたようだ。
   サツマイモなら痩せた土地でも栽培できるし、芋づるは食える。
   肥料気のない砂地の方が旨い芋ができるくらいだ。
   試しに掘り出してみたらしっかりした芋がちゃんとくっついていた。


   せっかくだから子供会の子供達で芋堀りをしてもらうことにした。
   あまり出番がなかったので不足そうにしていた子供達だったが、最後によいお土産ができて嬉しそうだった。


   川原では手の空いた連中がふん捕まえた郷実装を仕分けて村へ連行する用意をしていた。

   成体は服を奪ってからビニールロープで数珠繋ぎ、収穫した芋を担がせて歩かせる。
   列の後ろに手脚を実蒼石に切られたダルマがズリズリ引きずられていた。
   誰がやったのか丁寧な亀甲縛りにされていてボンレスハムを引きずっているようにも見える。
   子供会が網で捕まえた仔実装は数が少ないのでバケツに入れてそのまま持ち帰る。
   小さい仔蟲を紐で括ったり、服を剥ぐのは面倒くさい。

   梅雨明けにある初夏の実装駆除と違って、秋の実装駆除ではあまり捕虜を獲らない。
   初夏の実装駆除の時は実装石をなるべく生け捕りにする。
   夏前からならいろいろ使いでがある。
   普通に農奴として使うだけでなく、電索用発電機に使う実装エンジンの駆動石、防獣案山子の中身、防虫用蚊取り実装、等々。
   しかしもう作物の収穫をほぼ終えた今からだとあまり使い道がない。
   ビニールハウスを暖める燃料石にしても、需要が増えるのはもうちょい先だ。
   たくさん捕まえ過ぎてもムダ飯を食うだけだから扱いに困る。

   しかしほんの数年前までなら実装駆除でわざわざ実装石を生け捕りにするようなまねはしなかった。
   例外なく全部叩き殺していた。
   それが効率の高い実装農業用品が次々と開発、実用化されて事情が一変した。
   使えないものの代名詞、蠢く産廃だった実装石は今や日本の農業を支える立派な礎として評価されている。
   春彼岸から秋彼岸の喰えない石は見かけしだい撲殺、秋祭りから冬の美味しい石は見つけた者が捕って食う。
   これが常識だったのに、ここ数年でずいぶん時代が変わったものだと思う。



−− エピローグ −−


 秋の夕暮れは早い。太陽が西の山に差し掛かる頃にはもう薄暗くなってきた。

 人気のなくなった川原に死臭をかぎつけたカラスがさっそく群がっていた。
 屍肉を喰い散らかしハラワタを奪い合ってガァガァ騒がしい。
 見張り役だった実装石も山からこっそり降りてきていた。
 頭上を舞うカラスに用心しながらコソコソと葛の茂みへ向かった。


 仔供達を隠した岩の隙間を覗き込む。


 ・・・仔供達はそこにいた。

 仔供達は死んでいた。
 ウンチに埋もれて死んでいた。
 カッと目を見ひらいて、血反吐を吐いて死んでいた。


 何故かうまく逃げのびてしまった彼女は悔いた・・・


  なんてことデスゥ・・
  きっとリキみ過ぎて死んじゃったデスゥ
  ずっとずっとウンチしてろって言ったのがマズかったデズゥゥゥン
  こんなことならイッショに逃げればよかったデスゥゥゥ

 とにかく… まぁ、彼女は悔いた・・・


 がっくりとうなだれていた彼女であったが、やがてとぼとぼと巣穴のある林へ向かった。

   ダレかいないデスーー 返事してデスーー

 生き残った仲間がいないか根気よく呼び続けた。

 返事はなかった。
 巣穴はことごとく焼かれ、水浸しにされていた。 
 切り刻まれ、踏み潰された仔実装の亡骸がトイレ穴に折り重なるように放り込まれていた。

   ・・・ムゴイ・・ デス ヒドすぎるデスゥゥゥ 

 彼女が諦めかけたその時だった。


   チ ュ ・・ ・ ゥ  ゥ 


 どこからか仔実装のか細い声が聞えた。

 彼女は声がした方へ向かった。
 遠くではない。カサコソと音がした周囲を見渡す。
 なかば草むらに埋もれた朽木の洞から仔実装が顔を覗かせていた
 
   テチューン  テチューン  テチュゥゥゥゥン

 こちらを見つけた仔実装が嬉しそうに鳴いた。
 ヨタヨタ洞を出て泣きながらトテトテ駆け寄って来る。

 希望を見つけた幼い瞳がただひたすら彼女を見つめていた。

 その時、彼女は自分を拾って育ててくれた親方のことを思い出した。
 コンペイトウの思い出一つ無く、遊んでいる暇もない仔実装時代だった。
 ドングリの皮むき、穴掘り、土運び、雪かき、ウンチ掃除、仔実装には厳しく辛い仕事を押しつけられた。
 不味くて少ないゴハンの分け前を恨みもした。

 だがみなし仔の自分を危険な外敵から身を挺して守り、しっかり育ててくれた親方だった。
 そのお陰でこうして成体になり、仔を産むことまでできたのだ。


  この仔をウチの仔にするデス
  オトナになるまで大事に育てるデス
  これからはワタシがムラの親方になるデス
  またここをミンナが笑ってるニギやかなムラにするデス

 小さな瞳の輝きに彼女もまた生きる希望を見出した。(大幅に己が力量を見誤った夢物語であったが)
 彼女はヨチヨチ目の前まで駆け寄ってきた仔実装を抱きしめようとした。


 ・・・が、その瞬間、素早い影がサッと目の前を横切った。

   テェェーーッ?!

   デベェエエッ!?

 茶色い影にさらわれた仔実装が悲鳴をあげた。
 彼女の腕が宙を切り、たたらを踏んでひっくり返る。

 地面に這いつくばったまま彼女は首をあげた。
 細っそりした茶色い生き物が仔実装を咥えていた。
 イタチだった。
 死臭を嗅ぎつけて寄ってきた生き物はカラスだけではなかった。

 彼女は立ち上がり追いかけようとした。

 だが俊敏なイタチは仔実装を咥えたまま倒木や草むらをヒョイヒョイと飛び越え、あっという間に見えなくなった。


   チャァァァァーー チョワァァァァァァーーー チュェェェェェーーー… ・・ ・


 助けを求めて泣き叫ぶ仔実装の悲痛な悲鳴もすぐに聞えなくなった。
 小さな希望の灯火は一瞬にして吹き消された。

 しばらく呆然と立ち尽くしていた彼女であったが、ガクリと崩れるように突っ伏した。


   オ・・・・・・ オロロロォォォォ〜〜〜ンオロローーン オ ロ オ オ オ ォ  ォ  ォ ロォ  ォ  ォ 〜 〜 ン


 日が沈み、真っ暗になった林に嗚咽の声がこだました。
 いつまでも。いつまでも。



−− 終わり −−
  

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