『食べごたえ』 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 蛆実装と親指実装は、なぜセットでいることが多いのだろう? 自分自身の面倒をみられるかさえ怪しいチリぃ親指に、足手まといな蛆の世話をさせていいものだろうか? 共倒れ確定じゃねーの? 蛆の面倒は仔実装のオネチャが見るように命じるべきじゃないのか親は? 疑問に思った俺は直接、実装蟲どもに訊いてみることにした。 早朝、日の出直前に目覚まし時計のアラームで跳ね起きる。 手早く着替えて家を出る。向かう先は近所のゴミ集積場。 きょうは実装蟲にとって「ゴハン回収日」、つまり生ゴミの日だ。 少し離れたブロック塀の角に身を潜めて様子を窺うと、来た来た。 拾いものであろう空っぽのコンビニ袋を手に提げた成体実装蟲が一匹。 近づいて来るのをよく観察すると、さほど実装服は汚れておらず髪も乱れていない。 野良にしては身綺麗で賢い個体らしい。 でも、これからやろうとしていることはゴミ漁りだ。賢いといっても実装レベルなんで基準は低い。 ものぐさな近隣住民が昨夜のうちに出したのであろうゴミ袋を早速、漁り始める実装蟲。 後ろから近づいていっても気づく様子がない。野良で生きているくせに警戒心なさすぎ。 俺はリンガルを起動して声をかけた。 「——おい」 「……デェェェェェッ!?」 飛び上がるくらい驚いて振り向く実装蟲。せっかく見つけたリンゴの芯が手から落ちた。 『デェェェ……ニンゲンさん、何の用デス?』 おどおど怯えた様子の相手のアホ蟲面と、リンガルのログとを見比べながら俺は実装蟲に話しかける。 「あー、脅かしてすまん。べつにゴミ捨て場を荒らしていることをクレームつけようってんじゃないんだ」 『そ……それは申し訳ないと思っているデス、でもワタシたちも生きるために必死なんデス』 「虐殺派の前で口にしたら『だったら死んでラクになれ』って死亡フラグ立てそうな台詞だが、それはいい」 こほんと咳払いして、 「実は朝一番でゴミ漁りに来たオマエが実装蟲にしては賢い個体であろうことを見越して訊ねたいことがある」 『デッ……いったい何デス?』 「蛆と親指は、どうしていつもセットでいるんだ?」 『デッ……?』 ぽかんと口を開けて、首を傾げる実装蟲。 そのポーズで口元に手をやったら死亡フラグが立つところだ。 『……それは姉妹の中でも特に仲良しだからデス』 「仲良しにしても、おかしいだろ? よく親指が自分と大してサイズの変わらない蛆を抱えてるのを見るけど」 『親指チャは小さいから、蛆チャのお世話が無理と思うデス?』 お、こちらが訊きたいことを先回りして言いやがった。 さすがに俺が見込んだ賢い野良蟲だ。警戒心は欠如しまくりだったけど。 「そうだ、そこを訊きたかったんだ。オマエら親蟲は何を考えて親指なんぞに蛆を任せてるんだ?」 『情操教育の一環デス』 リンガルのログに思いがけない言葉が表示されて、俺は思わず「へ?」と訊き返す。 うわあ間抜け。実装蟲相手に。 『小さい親指チャはオネチャたちに可愛がられて育つデス、だから甘えん坊さんになりがちデス』 実装蟲が説明する。 『だから自分より無力な蛆チャのお世話を任せることで自立心を養うデス』 「はあ……随分マトモな答えだな。そんなことをオマエら実装蟲は考えてるのか、みんな?」 『よそのおウチの実装石のことはわからないデス、ママがそうさせていたのを真似しているだけかもデス』 「でもオマエは、いちおうそう考えてやっていると?」 『ワタシの場合はデス、親指チャは頑張って賢く育てば、いずれママ実装になれるかも知れないデス』 だから、と、実装蟲は言葉を続けて、 『将来、立派なママになってほしいと願ってワタシは親指チャに蛆チャを任せているんデス』 「そりゃ大したもんだ。でも蛆はどうなんだ? 身の回りの世話は親指任せ、それこそ甘えん坊に育つだろ?」 俺が言ってやると、実装蟲は「デェ…」とうつむき加減になり、 『野良の暮らしで蛆チャがママ実装まで成長できる望みはほとんどないデス……』 「冬とかエサの乏しい時期にママやオネチャが非常食として喰っちまうからか?」 『デェ……そうじゃなくてもゴハンが足りなくて繭を作り損ねたりするデス……』 うつむいたまま実装蟲が言う。 こいつも追い詰められたら蛆実装を喰うつもりはゼロじゃないのだろう。 訊きたいことに充分な答えが返ってきたし、この先また役に立ってもらえることもあるかも知れない。 そう思って俺は、賢い実装蟲に手を下さず、ただ礼だけを言ってその場をあとにした。 言葉以外の報酬も与えなかったけど。ゴミ漁りの現場を見逃してやっただけで充分だろ? 愛護だなあ、俺。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ いったん家に帰って寝直してから、再び外出して今度は公園へ。 賢い実装蟲から満足のいく答えは得られた。 しかし考えたらアンケートをとるのにサンプルが一件では少なすぎるだろう。 金平糖を何粒か撒いてみると、デスデスやかましいアホ蟲どもが早速、集まって来た。 『ワタシのデスッ! 全部ワタシのものデスッ! 横取りするんじゃねえデシャァァァッ!』 同属を押しのけて金平糖を掻き集め、その場で口に放り込んでいる一番の糞蟲らしい個体に眼をつける。 家族のためにアマアマのお土産を持ち帰ろうという発想もないのだろう。 「おい、そこの高貴な糞蟲! 同属の中じゃ腕っぷしだけ一番上等そうなオマエのことだ!」 『デッ……持ち上げてるのかバカにしてるのかわからんニンゲン、何の用デス?』 「オマエに訊きたいことがある。ちゃんと答えられたら、この金平糖を袋ごとくれてやろう」 俺は手にした金平糖の袋を実装蟲に掲げてみせる。 『デシャァァァッ! 何でも答えてやるデス! だから早くアマアマを寄越しやがれデス! 先払いデス!』 「アホウ、喰ったらもっと寄越せとか言いやがるくせに誰が先に渡すか」 『だったら早く質問しやがれデスッ! 遅いデスッ! ノロマデスッ! 愚図デスッ!』 これ以上、質問を遅らせたら答えを聴く前に息の根を止めてしまいそうなので、とっとと質問。 「どうして実装蟲は、蛆と親指をセットにしておくんだ? 奴ら、たいてい一緒にいるだろう?」 『……デェッ?』 一瞬、きょとんと間抜け面を晒してみせた糞実装蟲。 次の瞬間、デプププと哄笑し始めやがった。 また答えを聴く前に殺してしまいそうになったぜ。頑張れ俺の自制心。 『そんなの決まってるデス! チリぃ親指や蛆なんてセットにでもしなきゃ食べごたえがないデス!』 実装蟲は、きっぱりと言い切った。 『親指には蛆はヌイグルミか抱きマクラ代わりと言い含めるデス! そしていつも一緒にいさせておくデス!』 デプププ……と、また実装蟲はアホ笑いして、 『蛆が非常食なのは実装世界の常識デス! でもいざとなれば仔や親指だって喰ってしまえばいいデス!』 「ああ……なるほどな」 糞蟲には糞蟲なりの論理があるということだろう。 とりあえず納得がいったので、俺は糞実装蟲に金平糖を袋ごと渡してやった。 『デプププ……また何か訊きたいことがあれば、いつでも来やがれデス、もちろんアマアマは忘れるなデス!』 「ああ、そうするよ……」 同類の羨望の眼差しを集めながら、勝ち誇った様子で俺に背を向け、立ち去ろうとする糞実装蟲。 「……おっと、足が滑った」 そいつの後ろ頭を、俺は蹴りつけてやった。 「…デベェェェェェッ!?」 にぎやかな悲鳴を上げて地面にキスする糞蟲さん。 そこに周りの目ざとい同属どもが「デヂャァァァァァッ!」と叫びを上げて群がっていった。 『何するデスッ! ワタシのアマアマ返しやがれデッ……デギャァァァッ!? 髪を引っぱるなデスッ!』 おーおー、見苦しい。さっきより激しい金平糖の奪い合いが糞蟲同士で始まったよ。 俺の質問に答えてくれた糞蟲代表は、どさくさまぎれに禿裸に剥かれている。 『オロローン! ワタシの麗しい髪がナイナイデスゥ! 愛らしい実装服もナイナイデスゥ……!』 まったく、隙を見せた同属には容赦がないな糞蟲ってのは。 朝イチでゴミ捨て場で出会ったような賢い個体はレアなので、何も手出しはしなかったけど。 糞個体は公園の野良の中でいくらでも見つかるので、先ほどの糞蟲代表に目こぼしかける理由はないわけで。 さんざんムカつく態度をとってくれたお礼だよ、ちょっとした。 ささやかな疑問も解消したところで、俺はすがすがしい気分で公園をあとにした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 【終わり】
1 Re: Name:匿名石 2017/03/24-20:48:31 No:00004570[申告] |
実装石もいろいろだな |
2 Re: Name:匿名石 2017/03/25-00:40:47 No:00004574[申告] |
それぞれの特徴が出てていいね |
3 Re: Name:匿名石 2019/04/01-09:08:42 No:00005846[申告] |
ママになんかさせてあげないよぉ
死なせてあげようねぇ |