※「【虐・覚醒】スイッチ入っちゃった」をお読みになってから本編をご覧になる事を推奨致します。 託児。 それは、まぁ実装石の棲息する場所なら必ずと言っていい程発生する。 そしてその日、二葉市に住むごく普通の青年もその被害を受けた。 「また託児かよ……テチテチ五月蝿いなぁ。オマケに臭いし」 「チャー、テチテチー」 託児が発覚したのは、リビングで品分けをしようとした時。 「テッチィ♪」 規格統一されたような媚びポーズ&上目遣い。 ホームセンターで買ってきた品々と共に、お呼びでないのに何故か緑色のアン畜生が居た。 幸い買い物袋の中は食料品ではなかったので無事……しかし実装臭と汚れを買った物につけられた。 全部パッケージに包まれているのが救いだが、それでも気分は良くない。 こんな、野良犬より数段生臭くて糞を信じられない程ブリブリと出すようなナマモノが入っていたのだ。 しかも、見ているとなんだか胸糞が悪くなる媚びポーズをとって。 「えーと、リンガルは持ってないけど大方これからここで飼われてやるから有り難く思えってトコか?」 「テチィーテチッ♪」 満足げに頷く仔実装を見下ろす青年の視線はとても冷ややかだ。 青年は二葉市に住んでいるだけあって、実装絡みのトラブルは大方経験している。 自治会による駆除、別件で託児、家宅侵入未遂(ドア開閉時に滑り込もうとし慌てて閉めたドアに潰された)、庭先への移住、路上での強請集り。 最初はこのアパートの1階に住んでたが、強化ガラスを張っても執拗に繰り返される家宅侵入の試みに嫌気が差して2階に移った位だ。 殺した数も二桁に達している。決して自発的に排除しなくても向こうからどんどん近寄って来るので仕方がない。 そんな感じで仕方がない仕方がないと繰り返している内に、殺す事に疑問も戸惑いも感じなくなった。 蚊が自分の周りや家の中に入って来たら反射的に叩いて殺す。それと同じ感覚になったのだ。 故に、仔実装の姿を確認し託児だと判断した瞬間に、仔実装を我が家から排除する事は確定していた。 問題は、どうやって追い出すかだ。 勝手に忍び込んだ挙げ句に不愉快な悪臭を品物に付けてくれたのだから、そのまま放り出すような生易しい事はしない。 前回は直ぐに首を捻って殺し、外で彷徨いてた親に叩き返したが、喰われた菓子の怒りは数日間燻り続けた。 あの対応は正直甘かったと思う。だから、虐待派じゃ無いけれどももう少し嬲って苦しみ抜かせてから殺すかリリースした方がいいか? 「チュッチュッ、テチィー♪」 何やら上機嫌で媚びポーズを繰り返す仔実装。すっかり飼い実装気分のようだ。 しかし、と青年は顔を顰めた。やっぱり夏だからだろうか。 「何というかもぅ……くっさいなぁ……実装服か?」 臭い、すこぶる実装臭が臭う。 仔実装がスカートの端を摘んでペコリとお辞儀なんぞしてるがどうでもいい。 その汚れた実装服から異臭がする。水浴びした野良犬の半渇きの臭いに腐った油の臭いを足したようなエグい臭いだ。 「取り敢えず、その牛乳染みこんだ雑巾級に臭い服没収ートな?」 「テェ?」 媚びポーズで小首を傾げて見せる仔実装。 仔実装が勘違いして調子に乗って居られたのもここまでだった。 「取り敢えずデコピンだな」 「デヂッ、ヂュ、ヂィ、ジャア!?」 デコピンを数発おでこに浴びせ、目を回した所で実装服を剥ぐ。 買ってきた軍手が早くも役にたった。汚い野良なんかに直接手を触れたくないので、軍手で実装服を脱がしていく。 黄ばみと糞がこびり付いたパンツも剥ぎ取る。正直気持ち悪くて少しだけ喉がえずいた。 「テチ、チュア、チャアアアア!?」 服とパンツを強奪された仔実装が騒ぎ出したが、委細構わず取り置きしておいたコンビニのミニ袋に入れて口を縛りゴミ箱に棄てた。 デコピンのダメージが浅かったのか、仔実装がテチーテチーと青年の方を見上げ手足をジタバタ動かして鳴いている。 「さて、どうしよう……というか、裸の実装ってきも〜い♪」 実際の所、実装石の裸と言うのはかなりきもい。 雌である事がヒトガタな構造で強調されているので、嫌悪を抱く分には非常にきもい。 そんなきもい生物がまだテチテチ喚いている。大方「服を返せ」「ご馳走を出せ」「ご主人様扱いしろ」と言った所かと青年は当たりを付けた。 まぁ、愚かな要求を突き付けてくる間は無視してもいいだろう。相手にせず聞き流せばいいのだ。 脱糞や糞投げなぞしてきたら速攻で殺すなり瀕死にする必要が出て来るだろうが。 その意味合いでは、この仔実装は最悪のパターンを辛うじて回避しているのだ。 「まぁ、然るべき罰を与えるのは当然として……取り敢えず部屋を汚されるのは嫌だし」 青年の目に、卓上に置かれた乳酸飲料『漢汁シェイク』の空きペットボトル(500cc)が目に入る。 喉越しネバネバで後味がちょっと苦い変わり種の飲み物だった。 ちゃんと中を水で注いで乾かしてあるペットボトルを青年は手に取る。 「そういや、近所の悪ガキが生まれ立ての仔実装とか親指をペットボトルに押し込んで監禁して遊んでたな」 まだ青年に向かって抗議らしい言葉をテチテチ投げかけている仔実装を見やる。 10cm程度の体長と小柄な躰だ。これなら多少きつくても入るんじゃないかと青年は目星をつけた。 「よし、取り敢えずお前、臭いからこの中に入っておけな?」 「テ?」 軍手で全裸の実装石を乱暴にふん捕まえ、ペットボトルに頭を押し付ける。 「お、きついけどいけそうだな」 「チャー、チヂィ!??」 頭をグイグイとペットボトルの入り口に押し込んでいく。 きついどころか、かなり無理をしているのだが青年は委細構わず仔実装をペットボトルの中へとねじ込んでいく。 比較的大きなペットボトルの口なので、皮膚と骨格を歪ませつつ実装石の頭がペットボトルの入り口を通過した。 ついでに髪の毛がブチブチと派手に引きちぎれ、仔実装が悲壮な叫びを上げたがそんなもの青年は一顧だにしない。 「テチュ! テチャ!! テェエ!!!」 「ったく、うるせー奴だなぁ……お?」 ジタバタ動く足を持って胴体を押し込もうとしたら、仔実装の躰が急に押し込めなくなった。 グイグイと力を入れてみるものの、くぐもった仔実装の悲鳴が高くなるだけで躰の方はちっとも進まない。 「おっかしいなぁ〜頭が入ったから胴体も楽勝かと思ったんだけどな」 ヂューヂュー鳴き声が洩れているペットボトルの口をよーく観察してみる。 「あー、こいつ、両手で入らないように踏ん張りやがったか。両手が捻れてつっかえ棒になってるな」 「テチュウウウウウウウウウウウウウウウ!!!! テチャ!! テェエエエエエ!!!」 「このまま強引に……うへぇ、糞洩らすんじゃねぇよこの糞蟲!」 ブリリ、ブピピと言う音と共に軟便が総排出孔から洩れだした。 激痛と恐慌状態に陥り、反射的に糞を洩らしてストレスを軽減しようとしているのだ。 危うく手に糞がかかりそうになった青年は、慌てて窓を開けベランダにそのままペットボトルを放り出した。 「テヂャ!?」 「やっぱり実装石って最悪だぜ……軍手が汚れるのも嫌だし臭いからこのままにして明日処分を考えるか」 処分。そう、どのみち仔実装を殺すなり制裁を加えてから棄てるなりすると言うこと。 実装ブームが去り、世間一般がこのヒトガタの生き物の本性を知った今。 託児などと言った迷惑行為に対し、寛容な処分が下される訳がないのだ。 青年はベランダの窓を閉め、カーテンを引いてしまった。 後に残ったのはとても小さな、哀れっぽいくぐもった仔実装の鳴き声だけだった。 そして2時間後。 「あ、そう言えば訪問も来そうだなぁ……まぁ、いいかぁ」 青年は寝る直前に訪問が来る可能性に気付いたがどうでもいいと判断した。 ここはアパートの2階。入り口まで来る事は出来ても階段を上がり中に入る事は極めて困難なのだ。 「管理人さん虐待派だしな。見つけてくれれば、始末してくれるでしょ♪」 極めて他力本願な事を考え、青年は自室の明かりを消しさっさと眠ってしまった。 ペットボトルに半身を詰め込まれた状態でベランダに転がされた仔実装は必死に叫び、鳴いた。 母親に助けを求め、人間に対して声を枯らして抗議した……もっとも上げた声はペットボトルの中だったので殆ど外に響かない。 違う。自分が考えていた予想と全然違う。何でこんな目に遭わなければならないのか。 「お前は、これから飼い実装になってニンゲンに可愛がられるデス。大丈夫、ママ達も直ぐに後から飼い実装になる為に尋ねに行くデス」 こんな筈じゃない。ママが言っていたのと全然違う。 いや、それは最初からだった。最初からこの託児はおかしかったのだ。 袋の中は、狭かった。 人間がよく持っている袋なのに、美味しい匂いも食べ物も入ってなかった。 近くにあった箱のようなものを囓ってみたけど、堅くて歯が折れそうになった。 何で美味しい食べ物が入ってないの? この人間はケチなんだろうか? ママは人間の持つ袋の中には美味しいモノが沢山ある、とよく言っていた。 家に着くまでは食べるなと言われたけど、美味しいモノがあるなら食べない手はない。 そう思ってたのに、食べるモノがない。 仔実装は、標準的な思考の持ち主だった。 人間は実装石を可愛がるべき。自分達は、もっと良い生活をするべき。 それを実現する為に、託児を母親が行うと宣言した時に真っ先に志願した。 お愛想にも、媚びにも自信があったから。人間を自分の可愛さでメロメロにさせると信じてたから。 何よりも、一番最初に人間から寵愛を得たかった。惨めな、野良実装生活から抜け出したかった。 だからこそ、人間に託児された。いや、託児させてあげた。 なのに、人間は喜ぶどころか訳の解らない事を言いながら自分を酷い目に遭わせた。 仔実装には、何故飼われるべくしてこの家に来た自分がこんな仕打ちを受けなければならないのか理解出来なかった。 大切な服を奪われ、切実な抗議を聞いて貰えず、力尽くで変な容器に押し込められかけ、そのまま家の外にうち捨てられた。 何故だ。何故こんな目に遭わなければならない? 可愛い媚びをした。ちゃんと挨拶もした。楽しい踊りもこれから踊ろうと思っていたのに。 自分とママはただ、人間に飼われたかっただけなのに。 人間に飼われて、美味しいものを沢山食べて、ウンチを一杯したかっただけなのに。 後から来るママや姉妹達と一緒に人間の家で飼われ、人間の献身を受けて何不自由なく遊んで暮らしたかっただけなのに。 なんで、なんでこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。 人間はなんでこんな酷い仕打ちをするのだろうか。 実装石は、人間に可愛がられるべき存在なのに、なんでこんな酷い事をするのだろうか。 「テェェェェェ……テェェェェン、テェェェェン」 丸い両目から流れ落ちる血涙を、ポタポタとペットボトルに垂れ流しながら仔実装は嘆き続けた。 「ママァ、ママァ、ハヤクキテテチィ、ニンゲンヲアヤマラセルテチィ、ハヤクココカラダシテテチィ」 仔実装は知らない。 夜の内はまだ序の口だという事を。 ここはベランダ。陽射しが良い場所だ。 天気予報では翌日の天気は快晴。日中の温度も35°に迫る真夏日。 素っ裸で無防備な仔実装が身動きの取れない状態で、陽射しが思いっきり当たる場所に居る。 ずっと真夏の陽射しの中に放置されればどうなるのか。結果は言わずもがなだろう。 仔実装はまだテェェンテェェンと我が身の不幸を嘆くばかりで気付いてない。 自分が今、数時間後に訪れる灼熱地獄という死地の只中に居る事を。 仔実装は嘆くのと狭苦しいペットボトル内で藻掻くのに精一杯で、気づけなかった。 仔実装が転がされているベランダから距離にして二十数メートルの地点。 そこで、1つの悲劇が発生していた事に。 「デスー♪」 「「「テチューン♪」」」 夜道を縦一列で行進する実装家族。 先頭を成体実装が歩き、後に仔実装が三匹続く。 彼女らは今、非常に幸せであった。 「ママー、ワタチ達のオウチはまだテチ?」 「もう疲れたテチ、ポンポンも空いて来たテチュ」 「お姉チャは大丈夫テチィ?」 「お前達、何も心配する事なんて無いデスよ」 不安と期待の入り交じった仔実装達の声に、あの仔実装を託児した親実装は自信満々に答えた。 「後ちょっとで辿り着く筈デス。臭いがとても近くなって来たデス。もう少しでワタシ達の新居デッスーン♪」 親の返答に仔実装達は嬉しそうにはしゃぐ。 親実装もそんな仔達を微笑ましげに見詰めながらも、平坦な鼻をスピスピ鳴らして仔実装の臭いを追い続けている。 実際の所、青年が住むアパートまで後数十メートルの位置まで来ていた。 この分なら、夜半を過ぎる前までにはアパートの前に到着していただろう。 ……が、実装家族の幸福と幸運はそこで尽きていたのだ。 「デ?」 異常に気付いた親実装が首を傾げた。 前からフラフラとした足取りで人間が歩いてくる。 どうやら、酔っ払いのようだ。親実装も酔っ払いが偶に公園で暴れるのを知っているので、関わらない方が良いと判断した。 「お前達、脇に寄るデス。あのニンゲンは下手をすると暴れるデス。関わらない方が身のためデッスン」 「「「はーいテチィ」」」 仔の返事と共に、実装家族の隊列は道路の脇へと寄り酔っ払いから距離を取ってから行進を再開する。 無謀と愚鈍がテンプレートな野良実装の判断としては、充分に及第点だろう。 (もうすぐ飼い実装に成れるという根拠のない確信と希望があったから慎重になれたとも言えるが) 確かに、普通に何事も無く酔っ払いをやり過ごす可能性も出ていたに違いない。 だが、この実装家族にとっての不幸は、 「おんやぁ、こんなトコに糞蟲ちゃん発見〜♪」 相手が全くを持って普通では無かったという事。 街灯の明かりがすっと遮られ、酒臭い息が実装家族に降りかかる。 何事かと親実装が上を見上げた瞬間、 ギュ! シュピ! ズピ! ギョパ! 四つの擬音が鳴り響く。 信じられないスピードで自分達の周りを何かが過ぎっていった。 訳が解らずまん丸なオッドアイをギョロギョロさせて居た実装家族の前に、何か板のようなものがかざされた。 それは小さな手鏡だった。 それに映っていたもの、それは一匹の成体と三匹の仔実装の禿裸だった。 「デ!」 「「「テ!」」」 「ほれ、見てみんさい。きれーなもんだろ私の腕前は? 偶には、辻斬りならぬ辻剥きと言うのも悪くないねぇ」 「……デ?」 「「「……テ?」」」 親実装と仔実装達の頭髪と実装服の残骸を、近くの自販機のゴミ箱に放り込みながら酔っ払いの男は朗らかに笑った。 ついでとばかりに呆然としている親実装の禿頭をツイッと指先で撫で、その剥き具合の滑らかさに満足げに頷く。 これなら後輩の若造が設計した最新鋭機とやらにも勝てるかもしれない。惜しむらくは、手作業なので能率では非常に劣るという所だろうか。 「伊達に第36回蟲剥き円卓杯(春)優勝者じゃないんだぞっと……さて、明日も早いしカミさんに怒られる前に帰るかぁ」 機嫌の良い口調で笑いながら、酔っ払い……虐待派に覚醒したメイデン社開発部主任はそのまま歩き去っていった。 「デ…………」 「「「テ…………」」」 そんな酔っ払いの後ろ姿を、媚びる事も威嚇する事も出来ずにただ見送るしか出来ない実装親仔。 一瞬で奴隷の身分まで落とされショックが大きすぎて叫ぶ事も発狂する事も出来ず、剥き出しになった総排出孔から軟便をブピピと吹き出す程度しか出来ない。 命以外の全てを喪った実装親仔は知らない。 後、十数秒後に別の酔っ払いを載せたタクシーが、かなりのスピードでこの道を通過する事に。 翌日、昼前になって青年はある事を思い出した。 「あ———!! 仔実装の事すっかり忘れてた!」 ベランダを覗いて見ると、仔実装は案の定ピクリとも動かなくなっていた。 全身は日に焼けたのか真っ赤になっており、放り出す時にパタパタと動いていた両足はダラリとしなだれている。 両目は瞑られた状態であったので白目かどうかは解らなかったが、完全に脱力しているので青年は死んでいると判断した。 「まぁ、ベランダだし暑いもんなぁ」 実際、ベランダは床が素足で歩けない位に熱されていた。 人間でも堪えるレベルの暑さである。素っ裸な仔実装が耐えきれる筈がない。 「ったく、こっちが制裁下す前に死んでしまうだなんてな……腹の虫が収まらないぜ」 本当なら縊り倒した後で禿裸にして追放するのが、人間の領域を侵した実装石に対する適切な処断だろう。 しかしそれも『生きていれば』の話だ。死んでしまってからじゃ、取り返しが付かない。 幾ら化け物のような再生力があったとしても、本当に死んだ後では意味が無くなるのだ。 「……しゃーない。直接的な被害は臭い程度だからな」 こうしていてもしょうがない。このままだと腐って近所迷惑になる。 「さっさと棄てて、忘れてしまえばいいか」 青年は幾分醒めた口調で呟くと、実装回収袋を広げ、ペットボトルの方を摘んで見る。 脱力した実装石の躰が、大きくペットボトルの中へと動いた。 「お?」 取り敢えず斜めにペットボトルを立てて見たら、すんなりと仔実装の躰がペットボトルの中へ滑り落ちた。 どうやら、仔実装の躰が口で引っ掛かっていたのは、他ならぬ仔実装が踏ん張っていた事と躰を緊張させていた為なのだろう。 それが死んで筋肉が弛緩した結果、容易にペットボトルの中にずり落ちたという訳だ。 暫く青年はペットボトルの中にすっぽりと入った仔実装を見詰めていたが、飽きたのか何気ない仕草でペットボトルを回収袋の中に放り込んだ。 通常のゴミは午前のみの回収しか無いが、二葉市は実装石の多い街なので実装ゴミに限り午後にも回収時間が設定されている。 今から棄てに行けば、充分に間に合うだろう。青年はサンダルを足に引っかけ、実装ゴミとトングを持って外に出向いた。 ゴミ捨て場に赴く途中、青年は顔を顰めたくなるような光景に出くわした。 「うわぁ、車に轢かれた奴らか……全く、ひき逃げせずにちゃんと片付けろよなぁ」 何やら、車に刎ねられて壁に叩き付けられ惨殺死体と化した成体実装と、ぺちゃんこに潰された仔実装が三匹路上に転がっている。 全部、禿裸に剥かれた状態だ。猛暑の所為か、既に悪臭が発生している。 「臭っ、ったく何でこんな事してるんだか俺は」 青年はブチブチ文句を言いつつ実装回収袋を広げる。ご近所だもの、助け合いは必要なのだ。 ペットボトル+仔実装を入れただけの実装回収袋に、念のため持ってきたトングで成体と仔実装を摘み入れる。 青年には与り知らぬ事だろうが、こうして託児された仔実装とその家族は同じ回収袋の中で再会を果たした事になる。 彼女らが望んだ、飢えも暑さもないウハウハな飼い実装ライフとは掛け離れた環境の中でであったが。 こうして青年は轢き殺された実装家族の死体を回収袋に放り込んだ後、ゴミ捨て場に回収袋を棄てた。 託児をされ迷惑をかけられた青年と、託児で安楽な飼い実装生活を手に入る事を夢見た実装家族の物語は、幕を閉じた。 …………と思われていたが、実はそうではない。 「テ、テェェェェ……」 青年は知らなかった。 一見灼熱地獄に居た所為でくたばっているように見えた仔実装。 しかし、彼女は死んだ訳ではなかった。 あまりに過酷な灼熱地獄に偽石が自壊寸前まで行き、それを察した本能が自己防衛の為に躰全体を仮死状態にしたのだ。 そして一緒の袋に放り込まれたスプラッタな具合に肉塊化した両親と姉妹の血肉。 それらの血液やら糞便に含まれる水分がペットボトルの中に流れ込み、真っ赤に萎びていた仔実装の躰を潤し始めたのだ。 信じられない話だが、ビニール袋の底に横倒しになっているペットボトルの中に居た仔実装の躰は僅か1時間足らずで元に戻った。 こうして、幸運にも仔実装は仮死状態から蘇生したのだった。 いや、本当にそれは幸運なのだろうか? そのまま仮死状態で実装ゴミとして回収された方が、仔実装の最後としては苦しまずに済んだのではなかろうか。 だが、もう遅い。 事態は、既に動き始めたのだ。 ヒドイテチィ……ニンゲンハアクマテチュゥゥゥゥゥ…… 暗い闇の中で、仔実装は呻いていた。 ベランダに放り出されてから暫くの間、泣くかニンゲンを呼ぶために必死に鳴いた。 何の意味も無かった。泣いたところで何も起こらなかったし、声を嗄らせて呼んだのにニンゲンは姿すら見せなかった。 ここに至っても仔実装は何故自分がこんな目に遭っているのか全く理解していなかった。 ベランダで上げた嘆きや怨嗟の声も、自分達がニンゲンに対し抱いてた一方的な希望を否定された事で出た身勝手なモノ。 しかし、最後の最後まで仔実装は実装石を取り囲む世界を知らず、我が身の不幸だけを嘆いていた。 やがて泣き疲れて眠った仔実装。 次に意識が覚めたのは、夜が明けジリジリと温度が上がり始めた頃だった。 「暑いテチィ……日陰に入りたいテチィ……ニンゲン、何で来ないテチュゥ……お水、お水頂戴テチィィィィ」 ペットボトルの内側から見せる世界は、眩しいほどの青空だった。 普段通りなら、公園の拉げたダンボールハウスの中で、蒸し暑い空気とヤブ蚊に魘されながら母親が餌集めから帰って来るのを待っている頃。 ここは快適な筈のニンゲンの家なのに、状況は実家よりも更に酷かった。朦朧とし始める意識と滝の様に流れ出る汗。 両手はペットボトルの口に挟まっているので、汗を拭う事すら出来ない。 服がない為体温調整が出来ず、体力の消耗も激しい。 しかし、この蒸し暑さならまだ致命的では無かった。 本当の地獄は、陽が高くなりベランダに夏の陽射しが入ってきてからだった。 「チャ、ジィ、チャアアアアアアア」 コロコロとベランダの中央で左右に揺れるペットボトル。 どこにそんな余力があったのかと思うぐらい、仔実装は暴れていた。 「あちゅいテチュ、陽射しがチクチクするテヂィ、隠れる場所、隠れるバショォォォォ」 人間すらノックアウト出来る陽射しから逃れるべく、仔実装は必死に動いた。 何とか身体を動かす反動でペットボトルを動かし、ベランダの隅の日陰まで逃げようと考えていたのだ。 必死の思いだった。決死の努力だった。 だが、結果として何の意味も持たなかった。 体長10cm程度の非力さ極まっている仔実装が暴れたところで、ペットボトルは殆ど動かなかったのだ。 左右にコロコロと揺れはするものの、ペットボトルの位置事態は1cmたりとも動いては居なかった。 「チ、チュ……アツイテチィ、モウウゴケナイテチィ、ニ、ニンゲン、ナゼコナイ……?」 仔実装の行動は、結果として無きに等しい体力を悪戯に削っただけだった。 動けなくなった仔実装の身体を、夏の陽光は容赦なく焼き付けていく。 陽に当たった仔実装の皮膚は真っ赤になり、所々に水疱が浮き始めた。 「ナンデ、コンナ事に……ママァ、人間が愛護してくれないテチィ……ここは、ギャクタイハの住処テチィ」 身体の奥からピシピシと鳴る破滅の予兆。 両目に白い濁りが混じり始めた頃、仔実装の意識は一瞬で途絶した。 「テッ」 身体がピクンと揺れた後、全身から力の一切が抜けた。 総排出孔から糞尿が少量だけこぼれ落ち、後は脱力した足がプラリプラリと揺れるだけ。 仔実装は死んだ訳では無かった。 身体と心のダメージが限界量を超えかけた事を察知した偽石が、生存本能で身体を仮死状態に移行させたのだ。 この状態にならなければ、仔実装は後20分程苦しみに苦しみ抜いた挙げ句、偽石を爆ぜさせてこの苦界から地獄へ旅立っていっただろう。 実に、青年が仔実装の事を思い出すまで1時間を切ったところであった。 しかし、仔実装が青年がやって来るまで意識を保ったとしても、仔実装の運命はどのみち好転はしなかっただろう。 託児などという浅はかな手段でお手軽に他力本願に幸せを得ようとした輩の末路等、どう転んでも悲惨だと相場は決まっているのだ。 仮死状態が解除され、最後に仔実装が目を覚ましたのは、ペットボトルの中だった。 「テェェ? なんでワタチはこの中に居るテチュ!?」 何時の間にか、自分は挟まっていたペットボトルの内側に入ってしまっていた。 ボトルの外に見える世界は人間の文字がかかれた薄い緑色。 仔実装は知らない。ここが実装回収袋の中である事に。 「ここはドコテチュ? ワタチはニンゲンの家に入ったテチ?」 何時の間にこんな場所に移されたのか。 人間はどこに居るのか。早く服を返して貰って涼しい部屋に入れて貰ってお水を飲ませて貰わないと……水? そこまで考えた仔実装は、ふと自分の身体を濡らしていたペットボトルの底に溜まっている液体に気付いた。 薄暗い袋の中と仔実装自身の混乱により気にはしていなかったが、仔実装はようやくその液体を見た。 「テ、テェ………………こ、これ」 多量の血液と、小さな肉片。いや、髪も混じっているだろうか。 よく見れば、ペットボトルの周りには、同属と覚しき大きな肉片やら手足やらが大量に転がっている。 気付きたく無い。しかし、仔実装の鼻腔は気付いてしまっていた。 嗅ぎ覚えのある臭い。 狭いダンボールハウスで生活していた間、毎日嗅いでいた臭い。 あまりにも、覚えが有りすぎる臭い。 それは、 「マ、ママと……い、妹チャ達の臭い……テチィ?」 ふと、一際大きな肉塊が崩れ、顔らしき部分がペットボトルに密着した。 否定したい事実を突き付けられて恐慌寸前まで至っていた仔実装は、真っ正面からソレを見てしまった。 「マ、ママ……? マ、ママァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」 半分ザクロのように崩れていたが、それは確かに彼女を人間に託児した親実装だった。 両目を真っ白にし、舌をダラリと裂けた口蓋から垂らし、仔実装を恨めしげに見ている。 「チャアアアアアアア、ナ、ナンデママシンデルテチャアアタスケ、タスケママァァァァ、ヂィ!!??」 発狂したように叫んでいた仔実装の叫びは、 『また生きている仔実装が居るみたいだぜ。全く……』 『実装ゴミはちゃんと殺してから棄てるのが決まりなのに、困るっすよねー』 『まぁ、仕方がない。どうせコンテナに入る頃には圧死してるさ……さっさと済ませて次に行こう』 『ラジャーっす』 彼女が居る袋が急に持ち上げられた後、宙を1〜2秒間遊泳し、 「デヂャ」 収集車の中に放り込まれ、回転板によって袋ごと奥へ奥へと押し込まれ始めた。 ゴウンゴウンゴウンゴウン…… 無慈悲に回転し、実装ゴミを圧縮していく収集車の回転板。 その脅威は直ぐさま仔実装と死んだ家族の入った回収袋に襲いかかって来た。 「テチャアアアア、助けてママァァァァァァ!!」 メリメリメリとペットボトルが押し潰されていく。 ペットボトルの外が、挽き潰された肉と内臓で覆い尽くされた。 仔実装の叫びは、既に死んでいる母親には届かない。 「マ、ママァ、ママァ、マーマァアアアアアアアアアアア!!!!」 視界に映るものは、血肉。そして狭まっていく世界。 ペットボトルの端に追い込まれた仔実装の躰は、流れ込んできた血と己が洩らした糞便で染め上げられていた。 狭まる世界が、遂に仔実装の躰を捉える。彼女の躰を原型など留めぬレベルまで挽き潰す為に。 躰をペットボトルごと押し潰す痛みに、仔実装は最後の絶叫を上げた。 「デヂャアアアアアアアアアア、ナンデ、ナンデワタチガコンナメニアッアアァァァァァァ、デヂュオ!?」 メリメリメリ……ポキュ。 鉄製の回転板はペットボトルと中に居た仔実装とその家族を粉砕した。 その命も、その妄想も物理的に粉砕され、只のゴミとなって数時間後には焼却炉で燃やされて灰となるだろう。 収集車に乗ってた回収員はゴミを完全に回収し粉砕してコンテナの奥に押し込めたのを確認した。 そして、カラス避けのネットを手早く折り畳んで道路の脇に寄せた後、何事も無かったかのように去っていった。 完 ———————————— 感想を何時もありがとうございます。 実装石画像掲示板よりNo.10731〜No.10733をお題とさせて頂きました。 快くスクのネタとして提供してくださった作者様にこの場を借りてお礼申し上げます。 若干ストーリーの方は改訂しておりますが、その辺はご容赦くださいませ。 過去スク 【微虐】コンビニでよくある事 【託児】託児オムニバス 【託虐】託児対応マニュアルのススメ 【虐】夏を送る日(前編) 【虐】急転直下(微修正) 【日常】実装が居る世界の新聞配達(微修正) 【虐】山中の西洋料理店 【観・虐】実装公園のトイレで休日ライフ 【虐・覚醒】スイッチ入っちゃった 【虐夜】冥入リー苦死実増ス 【冬】温かい家(改訂版) 【虐】繭を作った蛆 【教育】神父様の教え 【哀】風の吹く町 【哀】【春】急転直下2 【哀・虐】桜の季節 【虐】繊維蟲 【餌】釣り場での託児 【虐・哀】春が過ぎた季節 【託児】託児オムニバス2 【哀】初夏を迎える季節 【ホラー】シザー・ナイト 【ホラー】幽霊屋敷