父に引っ叩かれた元空き缶入り仔実装は、名前をミドリとした。 ミドリはわがままで、自分の立場をまったく理解していない様子だった。 所々で糞をひり、非力なりに物を壊すのも相変わらずだった。 その度に父に殴られ潰れ、祖母から譲られた蝿たたきで引っ叩くが、その目には恨みの色が強い。 私は段々と動物を……実装石を飼ったことを後悔し始めていた。とてもではないが可愛くない。 「ねえ、ミドリを保健所に連れて行ったほうがいいんじゃないかな?」 「駄目だ。一度飼うと決めた以上、どんな馬鹿なやつでも簡単に殺しちゃなんねぇ」 父の言うことはもっともだ。しかし、ミドリは可愛くない。 私は夏休みの日課の空き缶潰しの手伝いの傍ら、そういえば、あの賢そうな禿裸実装石はどうしたろうと考えた。 あいつを見かけてから三日ほどだが、しょせん実装の足で、広大な空き缶の山から逃れられるとは思えない。 私は弟と誘い合い、例の禿裸を探してみた。するといた。 なんということもない。賢い禿裸は夏の炎天下、缶ジュースの空き缶からこぼれるわずかなジュースで飢えを凌いで生き延びていたのだ。 ただし、私が見つけた場所から五メートルと離れていない場所で。 禿裸にわたし達の影がかかると、怯えた禿裸はデデェと悲鳴を上げてその場にうずくまった。 「なにしてるんだろうね、こいつ」 「土下座じゃなかったら、蹴飛ばされて痛くないように身を守ってるのさ」 「実装石のくせに賢いじゃないか」 「だから言ったろ。賢そうだったって」 私は禿裸の首の辺りの肉を……素手は嫌だったので、潰した缶で挟み込んだ。 デヒィデヒィと憐れっぽく鳴く禿裸だが、わたしはべつにこの憐れな禿裸を殺すつもりはなかった。 * * * * 「父ちゃん、ミドリが馬鹿なのは、先生がいないからだよ」 「そうだよ、このボウズは結構頭がいいから、ミドリの先生役にすればいいんだよ」 夕飯時、台所の一隅に与えられたダンボールの中で、びくびくとこちらを窺う禿裸……ボウズを見つめる父の眼差しは、相変わらず厳しい。 厳しい顔つきに丸太のような腕の父は、わたし達家族の意志決定者だ。 悪いことをすれば容赦なく怒鳴られるが、良いことをすれば体が痛くなるほど抱きしめてくれる。 そんな父を、わたしも弟も、そして母も固唾を飲んで見守っている。 「わかった。ただし、ミドリだけじゃなく、ボウズの世話が増えるんだってことを忘れるなよ。 実装石は碌でもない生き物だが、それでも生きているんだ」 「はい、わかりました。ありがとう、とうちゃん!」 「よかったね! ボウズ」 ダンボールに駆け寄り、ボウズの頭をかいぐり喜ぶ弟に、母が嬉しげに微笑んだ。 ボウズは何がおきているのかわからないのだろう。頭を撫ぜられるまま、デ? デ? と目を白黒させていた。 そんな時である。 「実装石ってのは、間抜けた髪と汚い服がないと、同族同士でも殺して食っちまうんだ。ボウズはそのまんまじゃ駄目だろうな」 今の今まで一言も喋らなかった祖父が厳しい顔つきで、そんなことを言った。 「それじゃ、ボウズにミドリの教育させるのは難しいの?」 「難しいってより、無理だ。ボウズは頭がいいから、余計に苛められるだろう。 たぶん、そのうち殺されっちまうよ」 祖父の言葉は、わたしたち兄弟にはショックだった。 父も、母も、口をへの字にして黙っている。 代を譲ってから滅多に父に意見をしない祖父だが、考えてみれば父を育てた人だ。 言うことはきっと真実だろうし、そうなればボウズはうちにはいられないだろう。きっと殺されてしまうのだ。 「でもまあ、最近は禿の実装石に毛を生やす方法や、ばいおそざい? ってので編んだ服があるらしいから、そいつをボウズに着せてやれば大丈夫さ」 「禿が治るなら俺もその方法ってのを試してみたいもんだがね」と、にっこり笑った祖父の顔は、恵比寿様によく似ていた。 「ならぼくが調べて、ちゃんとボウズを実装石らしい格好にするよ」 「ぼくも兄ちゃんの手伝いする! ボウズかわいそうだもんね」 私の宣言に同調した弟だが、その手も目も、新しい家族であるボウズに釘付けであった。 風呂に入れていないボウズは、触るたびに手が黒くなる。 それも気にせずボウズの頬の肉を弛ませたり、耳を引っ張って遊ぶ弟を見ると、それだけでボウズを飼うことになったのは正解だったように思われた。 ———————————— 【虐】『ボランティア』 【観】空き缶処理場での実装飼育日記