『可愛い妹・続』 ------------------------------------------------------------------------------------------------ いつものように公園で、できるだけ綺麗なベンチを選び、さらにレジャーマットを敷いてから腰を下ろす。 そして一袋のポップコーンに二人して手を伸ばしながら他愛もないおしゃべり。 学校の友達の話、きのう二人で観たドラマの話、お気に入りのミュージシャンの話とか、そんなところ。 身内の贔屓目ばかりでなく妹は可愛い。 ティーンズ雑誌の読者モデルをやっていて、学校の文化祭のミスコンでは優勝したりもしている。 そんな妹が週末ともなれば、兄貴と二人して公園に出かけて実装石の虐待を愉しんでるんだから。 なんだかなあ。 ミスコンで投票してくれた同級生や下級生たちは、こんな妹の趣味を知ってるのかな? まあ、妹ではあっても、しかも四つも年下の十四歳ではあっても。 可愛い女の子が横にいるというのは悪い気はしないけど僕としては。 しかも虐待に関しては結構いい感じのパートナーなわけで。 さて、毎週末ごとに同属を虐めてやっているおかげで多少は警戒心が強くなってきたらしい野良実装たち。 それでも根気よく、あくまで何げない様子でおしゃべりを続けていると、ようやく姿を現し始めた。 「…テチィ」 「…デスゥ…」 「…レチッ?」 「…テチテチテチ…」 向かいのベンチの下やゴミ箱の裏、植え込みの陰などから、わらわらと。 勇気を出したか我慢が切れたか、最初の一匹が人前に姿を晒すと、あとは雪崩のごとくである。 構って遊んで可愛がって、ゴハンちょうだいお菓子ちょうだい飼ってちょうだい。 他の仔じゃなくワタシを選んでワタシを一番可愛がって。 実装石の本質は「自分が一番」。抜け駆けなんて許さない。 何ごとでも他の実装石には負けたくないのである。 だって自分が一番可愛くて賢くて当然にして愛されるべき存在だから。 「まあ、見て、お兄ちゃん! 実装石よ、可愛い!」 妹がいかにも芝居じみた、はしゃぎ声を上げると、野良実装たちは揃って媚びてみせた。 「「「デッスーン♪」」」「「「テッチューン♪」」」 とことん阿呆だな実装石ども。毎週、同じようにからかわれているのに少しも懲りていない。 それどころか完全に僕たち二人を愛護派と思い込み、警戒心はかなぐり捨てて精一杯の早足で近づいて来る。 「テッチテッチ!」「デッスデッス!」「テチャァァァッ♪」「デッスーン♪」 「ねえ、お兄ちゃん? 実装石ちゃんたちにポップコーンを分けてあげていい?」 「ああ、いいとも」 僕が白々しい笑顔で答えてやると、妹は周りに集まった野良実装にポップコーンを投げ与え始めた。 「デーッスデーッス♪」「テチャァッ♪ テチャァッ♪」「デスデスデスゥッ♪」「テチテチィッ♪」 さっそく貪り喰らい始める野良実装たち。 その中の一組——仔実装と蛆のコンビに妹は今回、眼をつけたらしい。 小遣いで買った自分専用のリンガルを彼らに向け、表示されたログを僕に示して、ふふっと笑う。 『ウマウマのポップコーンがたくさんテチ、蛆チャの分も拾ってあげるテチ』 『あーんレフあーんレフ! オネチャ、蛆チャのお口に早く入れてレフ! あーんレフ!』 『テチャチャ♪ 焦っちゃダメテチ蛆チャ、はい、あーんするテチ』 『あーんレフ……レフッ!? これはウマウマレッフン♪』 仔実装は片手で抱っこした蛆実装にポップコーンを食べさせてやっている。 人間が赤ん坊の世話をしているのとそっくりな微笑ましい光景。 まぎれもなく妹好みの野良実装姉妹だ。イジメ甲斐のある。 「まあ可愛い蛆ちゃん、あなたの妹さん?」 妹に声をかけられて、仔実装は「…テッ!?」と驚いた様子で周りを見回した。 だが、羨望の眼で見ている同属の中に、ほかに蛆を連れているモノはいないことに気づき、 『そうテチ♪ ワタチの自慢の可愛い妹蛆チャテチ♪ 何しろワタチとそっくりで可愛いテチ♪』 『レッフーン♪』 蛆を抱いたまま胸を張るように身体を反らしてみせた。 さりげなく自分自身の可愛らしさのアピールも入っているところが実装石らしい。 一方、抱っこされている蛆までも仔実装の手の中で仰け反ってみせているけど意味わかってるのかな? 我が妹は、にんまりと会心の笑みを浮かべて言った。 「その可愛い妹さんを、わたしにも抱っこさせてくれないかなあ?」 『喜んでお願いするテチ♪ 優しいニンゲンさんは大歓迎テチ♪』 実装石に対する妹の優しさなど上っ面だけなのに、ころっと騙されている仔実装。 トテトテと前に進み出て来て、妹に向かって蛆を高く掲げてみせた。 その様子を後ろで見ていた他の野良実装たち、 『羨ましいテチィ……ワタチも蛆チャを連れて来れば自慢できたテチィ……』 なんて指のない手をくわえて羨ましそうにしているのは可愛げがあるほうで、 『オマエは何で蛆じゃないんデスッ! 手足を喰いちぎってやるから蛆になるデスッ!』 『テヂャァァァァァッ!? ヤメるテチ糞ママッ!!』 連れていた我が仔に襲いかかる糞親も一匹ならずいるのは、いかにもだ。 そんな外野の騒ぎは気にせず、仔実装から蛆を両手で受けとった我が妹。 「まあ本当に可愛い♪ プニプニしてあげるわね♪」 左の掌の上で蛆を仰向けに寝かせると、右手の指で蛆の腹を優しくプニプニし始めた。 『プニフー♪ プニフー♪ ニンゲンさんのプニプニは力加減が絶妙レッフーン♪』 『ニンゲンさんに可愛がられるのは蛆チャが可愛いからテチ♪ オネチャも鼻高々テチ♪』 オマエの鼻なんか扁平だろ! と、突っ込みというか蹴りを入れたくなった僕に、妹が苦笑いで首を振ってみせる。 まだ「上げ」の段階だと言いたいのか。まっ、いいさ。 「でも、これから夏だし蛆ちゃんも大変ね? 自分一人じゃ水浴びも、おくるみの洗濯もできないでしょ?」 ……おっ、そろそろ「落とし」にかかったぞ我が妹。 お手並み拝見。 『大丈夫レッフーン♪ ぜーんぶオネチャがやってくれるレッフーン♪』 『そうテチ♪ 蛆チャのお世話は全部ワタチが見てるテチ♪ 可愛い妹蛆チャだから当然テチ♪』 随分と愛情深い姉妹のようだ。 というか蛆は単に依存しているだけで、愛情深いのは姉の仔実装のほうか。 「でも、それじゃお姉さんも大変でしょ? 夏はみんな暑いんだから。よし、人間のお姉さんに任せて♪」 『……レッ?』 おくるみ型実装服を脱がされ始めて、蛆は、きょとんと間の抜けた顔をした。 いや普段から締まりのない口からヨダレを垂らした間抜け面だけど、笑ってる間は少しはマシに見えたので。 『……ニンゲンさん、どうするテチ……?』 不安げに訊ねる仔実装に、我が妹は、にっこり微笑んで蛆の服を剥ぎながら、 「うん? だから蛆ちゃんが夏を過ごしやすくしてあげるのよ♪」 『……レレッ? 蛆チャ、裸レフ……?』 蛆まで不安げな様子を見せ始める。 ゴハンとウンチとプニプニしか頭にない低脳がスタンダードの蛆実装だが、裸への不安も少しは感じるのか。 ……で、悪い予感、的中ーっ♪ 「ただの裸じゃないわよ、禿裸♪」 我が妹、蛆実装の前髪を、ぷちっと毟りとってしまいました♪ 悲鳴を上げる蛆実装と、その姉の仔実装。 『う……蛆チャァァァァァァァァッ!?』 『レッ……レピャァァァァァッ!? 蛆チャのキレイキレイな亜麻色の髪がぁぁぁぁぁッ!? ……レフ』 最後の「レフ」はリンガルの翻訳上のお約束かね? それにしても随分と語彙の豊富な蛆だこと。これまたリンガルの超訳じゃなければだけど。 「さて二〇〇X年夏モードでさらに可愛らしくなった蛆ちゃんを、お姉さんの仔実装ちゃんに返してあげる♪」 我が妹、呆然としている仔実装の手に禿裸の蛆を押しつけ、仔実装は反射的に抱いて受けとったのだが、 『レピィィィィィッ! レフェェェェェンッ!! 蛆チャのダイジダイジな髪がナイナイレフゥゥゥゥッ!!』 『テヂャァァァッ! うるさいテヂャッ! ハゲハダカッ!!』 仔実装はわめくと、禿裸の蛆実装を足元の地面に投げ捨てた。 『……レピャッ!?』 「……あ?」 このリアクションには僕も驚いた。隣で妹も眼をぱちくりさせている。 愛情深いと思われた仔実装が大事な妹を禿裸にされて、どんなリアクションをとるか見たかったのだけど。 『やいっ! ニンゲンッ! ワタチの可愛い可愛い妹蛆チャを返せテヂャァッ!』 仔実装は僕たちを見上げてテチテチテチテチわめき立てた。 『……レピィィィ……オネチャ、蛆チャはここにいるレフゥ……』 だらだらと本気涙とついでに漏らした糞を垂れ流しながら禿裸蛆が訴える。 すると仔実装、そいつを容赦なく二度、三度と蹴り飛ばし、 『ハゲハダカは黙れテヂャッ! みじめなドレイがワタチの可愛い妹蛆チャの名前を騙るなテヂャァッ!』 『レビャッ!? レビィッ!? 蛆チャはオネチャの妹蛆チャレフッ! ニンゲンにハゲハダカにされたレフッ!』 『うるさい黙れ氏ね氏ね氏ねテヂャッ! 醜いハゲハダカに用はないテヂャァッ!』 『レピィィィィィ……レビュグッ!?』 顔面を踏みつけられて口も塞がれるかたちになった禿裸蛆。 仔実装は、あらためて僕たちを見上げてテチテチテチテチ騒ぎ始めた。 『ワタチの自慢の妹テヂャッ! 可愛い可愛い蛆チャテヂャッ! どこにやった今すぐ返せテヂャァッ!!』 『……ムグ……レ……レピィ……』 禿裸蛆は姉の靴に顔面を踏みにじられて身を震わせるばかり。 我が妹は苦笑いで僕の顔を見た。 所詮は実装石の愛情なんて(僕たちが彼らに向ける笑顔と一緒で)上っ面だけのものということか。 それとも、本当に禿裸になった途端に自分の妹と認識できなくなっているのか? 眼の前で禿裸に剥いてやったというのに。 いや、それともまさか、本当にそこまで阿呆なのか。 何しろ実装石だからなあ…… 「オマエが踏みつけてる禿裸蛆が、その可愛い可愛い妹の蛆ちゃんだったんだけどな、さっきまで」 僕が言ってやると、仔実装は「…テッ!?」と足を上げて、禿裸で泣いている蛆を見下ろした。 『……レヒィィィ……そうレフ、オネチャ、蛆チャがオネチャの妹蛆チャレフゥ……』 『……ハゲハダカがふざけるなテヂャァッ! オマエのどこに可愛い妹蛆チャの面影があるテヂャァッ!?』 確かに、ないかも。さんざん実の姉に顔面を踏みつけられたからだけど。 仔実装は再び、ぽこぽこと禿裸蛆を蹴りつけ始めた。 『レピッ!? レピェッ!? 蛆チャが蛆チャレフゥッ! オネチャの妹蛆チャレフゥッ……!!』 『うるさい黙れ殺すぞ氏ね氏ね氏ねテヂャァァァッ!』 妹と僕は苦笑いで顔を見合わせた。 「どうしよっか、この仔たち?」 「姉妹の問題に他人が口を挟むことでもないだろ。放っといて帰るか、というか別の公園に行くか?」 「うんっ♪」 にっこり笑った妹が腕を絡めてくる。 「ちょっと待った、片腕ふさがったらレジャーマットが畳めない」 「えーっ? じゃあ、もう片手の分は、わたしが手伝うから。兄妹の息の合うところを見せちゃおう♪」 「見せるって誰に? というか、ちょっとやりづらいって……」 「んーっ、もうっ!」 ふくれ面する妹から何とか腕を自由にしてレジャーマットを畳み終える。 そして、妹にもう一度、捕まらないうちに公園の出口へ向かって早足で歩き出す。 「ちょっ……ちょっと待って! ズルいよ、お兄ちゃん!」 『ちょっと待つデスーッ! ワタシの仔も可愛い蛆チャになったデスーッ!』 『テヒィィィィィ……おテテもあんよもナイナイテフテフ……』 妹には追いつかれて再び腕に絡みつかれたけど、何やら思いきり勘違いしている成体野良は当然、無視。 そうして僕たちは公園をあとにした。 まだ土曜日の昼下がり、可愛い可愛い虐待派の妹と実装石をイジメて愉しむ週末は始まったばかりだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 【スマソ前回は嘘ついた、やっぱり続いた一話だけ】