タイトル:【哀】 幸せに順番をつけると…
ファイル:パンタコーナ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:12336 レス数:0
初投稿日時:2008/07/07-14:25:03修正日時:2008/07/07-14:25:03
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シアワセ仔実装 パンタコーナちゃん

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『テチテチテチテチテチテチテチテチテチテチ…』

仔実装の声を模した電子音が鳴り響く。

純白のシーツがモゴモゴと蠢く。

「テチ  テチュ もう食べられないテチ… これはもうコンペイトウを使ったゴウモンテチ…」

そう、寝言を口走りながらシーツをはだけさせ、仔実装が寝返りを打ちシーツをベットから落とす。

「テェー テェー  テッテッテッテテ…テッ?    テチュー…うるさいテチィ!」
やがて、音に意識が覚醒を始めると、寝返りで自分が落としたシーツを被ろうとして手を彷徨わせる。
シーツが手に触れ無いので寝ぼけたまま目覚まし時計を止めようとするが。
音のする方にも手に一向に感触がない事に怒りをぶつける。

『テチテチテチ(バキ!)テッ(ガチャン!)』
浅い覚醒で出鱈目に振り回した枕がベットの隣にある小物置きのテーブルの上にある物をはじき飛ばし。
実装の顔をディフォルメした置き時計が派手に叩き落とされ。
落下の衝撃で電池がカバーと共に飛び散り音が止まる。


「 … テチャァ!!」

余計な音が鳴り止んだ後。寝ぼけた仔実装は満足そうにパタンとやや起こした頭を横にし。
10秒程の間があって大声で絶叫すると、まさに跳ねるように飛び起きた。

「テチャァ!! ワタシは何て事をしたテチ!?ママの時計、時計、時計が大変な事になったテチュ!」

転がるようにベットから落ち。
あたふたと時計を持ち振っては辺りを見回し叩いては。
「テチャ、テチャ」と焦りながら這うように飛んだ電池やカバーを拾い集めた。

「セレブなワタチがこんな事を…大変な失態テチュ!! テッテテッテッテテッ…」

仔実装は不器用な手で、焦って上手く入らずに電池やカバーを何度も落としながら組み立て。
パンパンと至る所を叩く。

「テチテチ、”また”やっちゃったテチィ… 早く鳴くテチ、テチテチ鳴くテチュ、鳴くテチュ…鳴かないテッチ…」

パン!パン!パン!
『(カチッ)テテテテテテテテテ…』

針が動き出し先程とは音程が違う、明らかに接触がおかしくなった音が鳴り出す。

仔実装は、片手に時計を持ったまま胸を撫で下ろし少し浮かした尻をペタリと床に落とした。

「テチュー… 鳴ったテチ… 心配しちゃったテッチュン♪そうテチ、ワタチが壊しちゃうわけないテチー♪」

仔実装は、再び時計の頭のボタンを押して音を止めると立ち上がって時計を机の上に戻し。
「テェーーー」っと軽い伸びをしてからベットの周りに飛び散った他の小物やシーツを元の位置に戻す。

「テッチュ、テッチュ、ティファニーちゃんは相変わらず寝相が悪いテチ♪ワタチを見習うテチュ♪
 ティファニーちゃんのお陰で”いつも”朝はシーツがこうテッチュ。おかたがタイヘンテチュ。
 だから、まだまだオシメの取れない赤ちゃんなのテッチュ♪
 ワタチのはオシメじゃないテチュ。寝間着と一緒に付けるから違うテッチュ♪」

仔実装は”ティファニー”と呼んだ自身の半分程の大きさの親指実装原寸大人形を。
自身の寝相の悪さで落としたベットの脇から拾い上げて。
服の乱れを直しベッタリと付いた涎を手で拭いてベットに戻す。

そうやって自己弁明の為に、人形に罪を背負わせたという事を確認して納得させた仔実装は。
テチテチと小走りで隣の部屋のトイレに急いで。
寝間着の一部なのだとの認識でオムツではないと解釈する就寝用オムツを脱いで専用容器に捨てて。
そのまま便器に跨って朝の排便をすませる。


仔実装の名はパンタコーナ。


生後2週間、この家にやってきてから1週間と少々。

生んだ親の顔を見る間もなく教育施設に預けられ、基礎的なペット教育を受けてこの家にやってきた。
未だに就寝中のオムツが手放せない栓の緩さ以外は、実装石という生物の範疇に置いては。
ややおませなところすらある”お利口さん”の部類である。

”お利口”とは言え、所詮は生まれたて仔実装に愛玩用教育を施しただけなので。
やってはいけない事、やらなければならない事のハードルの高さも数もそれほど多くはないのではあるのだが。


朝一番の排便をすませたパンタコーナは、トイレを出て寝間着を脱いで籠に入れると。
その先のシャワールームでシャワーを浴びてドレッサールームでおめかしをする。

「テッチュ♪テッチュ♪テチュ〜ン♪」
鼻歌を歌いながら前髪を整える。

その眺める鏡の先には、ふくよかな体格の実装石が椅子に座った飼い主らしき女性の膝上で。
嬉しそうに布に包まれた4匹の仔実装を両手に抱えている写真が1枚張り付けてあった。
他にも、その実装石に寄って撮った写真と仔実装に寄って撮った写真があり。
いずれにもサインペンで1匹の仔実装に赤丸がしてある。

それはパンタコーナがちゃんとした物心が付いた頃からもっている唯一の…。

そう、実装石にとって肉体の一部の如くに大切な服ですら。
生まれた時から着ていた服など、より奇麗で手の込んだ替えの服が有り余っている為に。
何処にしまったかすら判らなくなっても全く気にならない程で。

事実上、この写真がパンタコーナにとっては肉体以外で唯一の自分の持ち物であり。
ルーツを知る唯一記憶を形にした品である。

だが、パンタコーナは服がそうであるように、この写真にも特別な思い入れなど何も無い。
親の記憶がないのと同様に思い入れもないのだ。

全て現状が満たされており。
これから先も永遠に満たされ続けるであろうという事に。
何一つ疑念を抱く事すらない生活が別に過去に何の執着も抱かせない。
無くても気にならない。あればあったで「あっ、そう」と言える程度の物である。

だから、本来、実装石ならかなりの期間覚えていてもおかしくはない”生まれた時のタイセツな記憶”は。
その他の雑多な諸々の日常の記憶と共に忘却の彼方に忘れ去られてしまっていた。


もし、彼女や彼女の親が野良から這い上がったとして…。
それを栄光と感じようと忘れ去りたい過去と思おうとも、そうした事が過去の記憶に執着を持たせる。
人間に飼われるという事がどれほど厳しい選別と運命の篩に選り分けられているのか刻み込んでいる。

それは、活用できるかは別問題として、弱い肉体で生き残る為の無意識の経験値だからだ。

実装石という生き物の精神構造上。
支えとなる親という存在と共に、そうして過去に執着を持つのは実装石の業である。
それを切り離せるとすれば、自分を産んだ親、さらにその親から脈々と受け継がれる記憶や性格…。
そういった因果から無縁でなければならない。

だが、パンタコーナにはそんなモノは何も無い。

産んだ親が判らない実装石など数多くいるが、パンタコーナ程に気にも留めない者は居ない。

全てがごく当たり前に用意されココにいる事がパンタコーナには当たり前の事であり。
親を懐かしむとか自分は何処で生まれたのかとかを考える必要性もない。

パンタコーナは、その親を知らないという事でカルマを切り離され過去を必要としなくなっていた。

ただ、まったく写真に情がないわけではない。

仔を抱えて満面の笑みの実装石は。
そんなパンタコーナから見ればただの醜悪なデブ実装にしか見えないが。
それでも、その写真の中で印が付いているのが自分なのならば。
この今の自分に降り注ぐ幸せが、まさに生まれ出でた瞬間から延々と澱むことなく続いているのだという。

その事を確認できる証としてだけの価値はあるのだ。


そんなカルマの無いパンタコーナだからこそ、考えない事が2つある。

シアワセのカタチとフシアワセのカタチである。

パンタコーナには”与えられている”のではなく”そこにある”のがシアワセなのだから。
そのシアワセの形をアレコレと考える必要はなく形や大きさに不満も生まれない。
そして、シアワセのカタチを考えないのだからフシアワセのカタチを考える事もない。


ピンクの生地に、フリル付きの実装服を身につけたパンタコーナは。
「今日もバッチリ決まっているテチ♪やっぱりワタチは生まれた時からのセレブちゃんテッチュ♪」
と鏡の写真を一撫でしながら呟いた。


「テッチュー テッチュー」
朝の身支度を整えたパンタコーナは。
寝間着やシーツなどの洗濯物を籠にまとめると重そうにそれを抱えながら玄関を出る。

玄関の先に拡がっているのは人間の部屋である。

パンタコーナが寝る為の部屋やシャワー室があったのは。
実装石の為のサイズに作られた木組みの梁を持つ立派な小屋である。

それだけでも、パンタコーナがどれだけ他の実装石が背伸びをしても絶対に手が届かない世界にいるかが判る。

しかも、それを努力の末に掴んだわけでも与えて貰ったという感覚もない。
気が付いたら当然のようにここにいたと言うのがパンタコーナの感覚である。

それは悪い事ばかりではない。

彼女は盲目に身につけた事を出来るのだ。

彼女は無意味に出来ない事までやらない。やる事は無理強いされたわけでも何でもなく当たり前の事である。

自分を低く見て、焦って他の実装石より優れているところを見せようと言う気負いもなければ。
逆に自分を高みに置いて、選ばれた自分が何故に動かなければいけないという歪んだ矜持もない。
勿論、飼い主を含む他者からそれらを強要されたり評価や選別を受けるということすらない。

だから、彼女には習った事を何故やらなければならないのかが判らないからこそ。
対価を求めてやっているのではない。
ただ一種の遊びのように捉えて遂行できるのだ。
パンタコーナから見れば、飼い主には実装石の価値観を超えた”家族”の感覚を抱けている。

パンタコーナの世界はそれで纏まっているのだから拡がるのも狭めるのも全てが他人任せであり。
パンタコーナは他の実装石程に無駄な夢を見なければ余計な欲ももたない。

こうした洗濯物運びを、苦痛と感じたり義務だからガマンという考えは生じない。
パンタコーナにとって、お腹がすけば腹が鳴る生理現象と同じ感覚の事を疑問に考える必要性など無い。

「テチュテチュテッチュ♪テテッチュ、テッチュテチィーテッチュ~ン♪(テチュチテュテチュ♪マジカル、テッチュみんテッチュ〜ン♪)」

人気の実装向けアニメの主題歌を口ずさみながら仔実装にはやや重めの荷物を懸命に運ぶ。

パンタコーナは1畳、2階建ての家と、残り3.5畳の庭に当たる部分を抜けて。
閉められたドアの下にあるペット用ドアと似たような実装ドアを抜けて廊下に出る。

前を見るのもおぼつかない姿勢ながら、ちゃんと迷わずに洗濯機のある風呂場を目指す。

そして、風呂場にたどり着く手前…台所のドアの手前で「テッチュ(よいしょテチ)」と荷物を一旦降ろすと。
「テーチュン♪テーーチュン♪」と一際甘く高い声色で鳴き出す。


呼びかけて、しばらくそのままの姿勢で待ち続ける。

本来なら、何かのリアクションが帰ってくるはずなのに何の反応もなくパンタコーナは首を傾げる。

「テーチュン♪テーーチュン♪(ママー、ママーー)」と再び呼びかける。
普段なら、ママと呼ぶ人間が何らかの声を掛けてくれたり戸が開いて顔を見せてくれるのだ。

呼んでは待ち、呼んでは待つ…。

最初は呼びかけた後、うきうきと小躍りさせていた足も動かなくなっていく。
焦りと不安が顔を見せ、「テーチュン?  テーーチュン…」と泣き出しそうな声になる。

一見、怖い物無しの無邪気さと陽気さを持つパンタコーナも、仔実装らしく極度の孤独には耐えられない。
飼い主こそ、親で自分の家族。
無力な仔実装は本能的に寄りかかる物を求め、寄りかかる物があるからこそ安心できる臆病な生き物だ。

「テーチュン… テーチュン… テェェェェチュゥゥゥゥン!! テェェェェェェェェェェェェェェン!」

ついには、その場に腰を落とし大声で泣き出した。

飼い主が自分に何も告げずに家を留守にする事はない。
決まっている朝の挨拶も、その後の一緒の朝ゴハンも無しに出かけるハズなど無い。

ママの身に何かがあったのではないか?!という気持ちがパンタコーナを悲しくさせる。

「テーチュン…テーチュン、テチテチ、テチュワァァァァァァン!(ママ…ママ、タイセツなママが居ないテチ、テチュワァァァァァァン!)」

パタパタパタ…

『あら、パンタコーナちゃん、どうしたの?そんな所で泣いて』

「テチュ!?」

パンタコーナが振り返ると、そこには心配そうな顔をした飼い主…ママが居た。

「テェェェェェェェェェェェェェェン! テチテチテチテチュテッチテッチュン!! テェェェェェン」
パンタコーナは、感極まってブリッとパンツを膨らませると。
その緑の筋を廊下に残すのも気付かずに駆け寄って飼い主の足にしがみついて泣いた。

この家にやってきて、就寝オムツが必要な程に寝漏らしはあるが、起きている状態では初めてのお漏らしだ。
それほどパンタコーナにとって毎日は不安なく恵まれていて。
それほどに、パンタコーナにとって家族たる飼い主は全ての支えである。

「ドコに居たテチュ?心配したテチュ!ママがタイヘンな事になったと思ったテチュ!!テェェェェンテェェェェン」
ポフポフと足を叩いて涙と鼻水に崩れた顔をレギンズにすりつける。

『ごめんなさいね、何か心配しちゃったのね?
 パンタコーナが朝ゴハンの時間に起きてこないから先に済ませてお家のお掃除していたのよ』
飼い主は、そんなパンタコーナを少し困りつつも優しい顔で抱き上げた。

『ほら、汚れちゃったから風呂しましょ』
パンタコーナの持ってきた荷物も手に飼い主は脱衣所の洗面台にパンタコーナを入れる。

「失礼テチィ!ママのセイテチュ! ワタチがこんなに心配したのにママは一人でゴハン食べちゃったテチ!?
 おゴハンのお時間マダマダなのに、ワタチをからかってカクレンボまでしたテーチュ! プンプンテチ」

『何を言っているの?パンタコーナちゃん時計の見方は大丈夫なんでしょ?
 もう9時過ぎてるわよ…いつもならもう私のお仕事の時間なのよ』

脱衣所に置かれたデジタル時計が既に9:30になっていた。

「テェ!!」パンタコーナは服を脱がされながら目を丸くする。

パンタコーナの基準では、自分の寝室に置かれた時計は7時という時間に鳴る。
数分余計に寝ぼけて寝坊しても朝の挨拶は8時に遅れた事はないと思っていた。
しかし、毎朝の寝覚めの悪さで今朝の如く時計を止めて、時間が少しずつズレて居たのだ。

「テッ…テェー…  仕方ないから許すテチ」

思えば最近、朝の挨拶をしてから飼い主が出かけるまでやけに慌ただしく時間がなかったり。
時には起こしに来る事もあったのを思い出した。
そして、同時に時計を拾い集める自分の姿を思い出して、バツが悪そうに頭を傾げて下に目線を移す。

「きっとティファニーちゃんがワタチのトケイにイタズラしたテチュ!
 きっとそうだからワタチがちゃんと良く言って聞かせるテッチュ」

それを知られてはいけないという気持ちが余計な一言を吐かせた。

それでも飼い主は、やさしい笑顔でパンタコーナを洗った。

飼い主が着替えの服を取りに行っている間、洗面所という湯船でいい加減のお湯に浸るパンタコーナは。
あらためて、この当たり前のようにある幸せに足をパタパタさせながら満足の笑みを浮かべた。

「やっぱりワタチはセレブちゃんテチ。とっても大きくてやさしいママに幸せイッパイテチ♪」

着替え終われば、火照った身体で台所のテーブルの上に置かれる。
既にテーブルの上には乾燥フードと生のフードにミルクを掛けて混ぜた物が一皿。
新鮮なイチゴとプチトマトがそれぞれ2個置かれた一皿。さらに暖かいコンソメスープが加えられる。

パンタコーナは、スプーンにフォークの機能が付いた実装用お食事スプーンを右手に、
実装用お食事ナイフを左手に嵌めてもらい食事を堪能する。

「ママはワタチより先に食べちゃったから今は食べられないテチ♪」

『うふふ、そうね』

「そう言えば、ママはこんな時間でもお家にいるテチュ? ワタチ、ちゃんとトケイ読めるテッチュン♪」

時計は読めても時間の感覚など無いに等しいのだが…。

『偉いわねぇ…そうよ、今日はお休みだからお掃除してたの。昨日言ったでしょ?
 だから、パンタコーナちゃんを起こさなかったのよ』

「テチャー、今日はお仕事の日じゃないテチュー。 テチャ!!だったら今日はお仕事の日じゃないテチ?!
 やったテチー。 今日はママとイッパイ遊ぶの日テッチュー♪」

『うん、お休みだけど今日はお部屋のお掃除だから遊ぶ日じゃないのよ』

「テチィー… お仕事の日じゃないのに遊ぶの日じゃないテチュ…」

『そう、明日は一緒に遊んであげるわよ』

「テチュ! 明日はお仕事の日じゃなくて、遊べないの日でもなくて、遊べるの日テッチュン! やったテチィー!!」

『だから、今日はお部屋にちゃんと居なさいね?
 お掃除しているとパンタコーナには危ない物がイッパイあるんだから』

「判ったテチュン♪ ワタチは賢いからママの言いつけは守れちゃうテッチュン♪」

食事時のいつもの他愛もない会話が繰り返される。



こうして、普段の朝食より長めの時間を過ごしたパンタコーナは。
再び、自室の前で掃除に戻る飼い主を見送って、実装ドアをくぐり自分の部屋に戻る。

四畳半の1室全てがパンタコーナの為の空間。
絨毯敷きの”庭”には大きめの玩具がそこかしこに並んでいる。

パンタコーナは、一旦、自分の家の中に戻り親指実装人形を抱えて庭に戻ると。
仔実装用イスに飼い主がティファニーと名前をくれた人形を立てかける。

「テチュー ティファニーちゃんも寝てばかりではブクブクのおデブちゃんになるテチ」

「テッチ、テッチ、今日はママはお仕事じゃないけど忙しいテチュ♪
 ワタチはちゃんとガマンしてティファニーちゃんと遊ぶんテッチュー♪」

そう話し掛けながら人形の見ている前で、まだ未熟な仔実装には一抱えあるプラスチックの積み木を立てて遊び出す。

ただ縦長の物を縦に立て、その上に正方形の積み木を乗せただけだが。
何個もそれを作り、できあがりを見て自慢げに自分で首を縦に振る。

「ティファニーちゃん、お花畑が出来たテチュ♪」

ティファニーを抱き抱えたパンタコーナは、自分の作った花畑を舞いながら歩く。

しかし、不安定な絨毯に立てられた積み木は、近くで派手に動くと簡単にカチャンと崩れていく。

「テテッ!  テェー…  テッチュ♪」

一瞬、悲しげに崩れた積み木を見たパンタコーナは。
次の瞬間、何かを思い立ったようにティファニーを玩具の車に座らせると。
その車の後ろに付いた手押しの棒をパンタコーナが押して走らせる。

カシャン、カシャン!

手押しの車は次々と自分の作った積み木を倒していく。
今度はパンタコーナは笑顔で破壊を楽しむ。

「テチャチャチャ♪ スゴイテチュ! ティファニーちゃん轢き殺しすぎテチュン♪
 テッチャー… ニンゲンもジッソウもバラバラテチ ティファニーちゃんは重大指名手配犯人テッチューン♪」

「テチャー! タイホテチ タイホテチュ! 抵抗するテチュ? シケイテチ! シケイテチ!」
運転席の人形を抱え上げると今度は一人で人形と転がり周り、手近にある物で人形を叩きのめして遊ぶ。



だが、そんな一人遊びもすぐに飽きが来る。

一人で遊ばなきゃいけないと言う気合いが無理矢理にテンションを上げさせていただけに。
余計に大味な身体を使う遊びを最初に優先してしまい、余計に疲労もする。
その遊びに飽きてしまうと、次に何をして遊ぶかという事が浮かんでこなくなる。

「テチュ…処刑ゴッコは疲れたテチ お絵かきはお外に出ないとツマラナイテチ…
 テチュ? そうテチ! ママは今日はお仕事の日じゃないテチィ♪
 お仕事じゃない日は、ワタチと遊ぶの日に決まっているテッチ! ママにお散歩に連れて行って貰えるテチュン♪」

また、身体を激しく使った事で”記憶の空白”が生まれるのも実装石だ。

パンタコーナは、抱きやすい実装ボールを片手にテチテチと自分の為の部屋を後にする。


廊下に出たパンタコーナは各部屋の実装ドアを使って飼い主を捜す。

「テーチュン テーーチュン…」

部屋の前、部屋に入っては「テーチュン(ママ)」と呼びかける。

しかし、どの部屋で呼びかけても返事は帰ってこない。

「テーチュン… テーチュン!?  テーーチュン!!  テーーチュン… テーチュン…」
不安が掻き立てられる。
つい1時間前に言われた事など抜け落ちて、頭の片隅にもない。

普段は飼い主が出かける前に『仕事』と言う単語をその口から聞く。

それでパンタコーナは、とりあえず夕方まではこのニンゲンの家には探しても誰もいないとは理解する。
だが、それ以外の状況は、判っていると口にはしても実際には理解をしていない。
仕事ではないと言われれば必ず飼い主は家の中、それも自分の行動範囲内にいる物だと思っている。

少なくとも、この家にきて1週間はそうだった。だから、それ以外は想定できない。


何度も同じ部屋を出入りしては呼びかけ、だんだんと早足であちらこちらを巡る。

さっきまで居たはず…それだけがパンタコーナの身体を突き動かす。
しかし、足が疲れてきたのを自覚すると、急速に足取りが重くなる。

まるで糸が途切れるように階段の手前でペタリと腰を落とす。

「テエッ、テエッ… テェェェェェェェェェェェン!! テチャテチュ、テーーチュンテェッチュー(いないテチュ、ママが消えちゃったテッチュー)」

不安が心の堤防を決壊させると、まさに堰を切ったように感情が溢れ出る。
生まれてから2週間と少し、こんな不安を味わったのは初めての事だった。

顔すら覚えていない頃の出来事だけに、実装石の親が居ない事には何の感慨も持っていないが。
居る事が当たり前の人間の親が居ない事は、パンタコーナには言い知れない不安である。

天を仰ぎ、実装ボールを壁に向かって投げ飛ばし泣き喚く。
ブリブリと糞尿が合わせて垂れ流しになるが、そんな事など気にはならない。

トントントン…

そんな叫びに階段の上から音が響く。

「テ、テチュ??」

『あら、パンタコーナちゃん、こんなところで何をしているの?』

「テーチュン!テーチュン!テーチユン!! テチャァァァァテチィィィテッチュ〜〜〜ン♪(ママ、ママ、ママ、ドコにいたテチィ!本当に心配したテッチュン)」

立ち上がり階段の縁に手を掛けるようにして出迎える。

『どうしたのよパンタコーナちゃん…お部屋で遊んでなさ言っていったでしょ?』

流石にそのグズグスに糞を垂らす容姿に、飼い主は呆れたような表情と声になっている。

「違うテチ、違うテチ、お仕事じゃない日は遊ぶの日テチュ!
 だから、ママを探していたらママが居なかったテチ。イッパイイッパイ探したテチュ!
 でも、いくら呼んでも居るはずのママが居なくて怖かったテチ とっても怖かったテチュ テェェェェン」

『だから、さっき今日はお掃除するから遊べないって言ったでしょ?まったく…』

嫌そうな声で、一瞬、パンタコーナを抱え上げる為に差し出された手が止まる。

掃除をした矢先にこんな状態では、気が悪くなるのも仕方がない。

それでも飼い主は気を取り直し、好き勝手に喚き、泣き、拗ね、喜ぶパンタコーナを抱えて。
邪魔された掃除を後回しに、再び洗面台でパンタコーナを洗う。

暖かいお湯で優しく洗われたパンタコーナは、再び幸せ満点で湯を楽しむ。

「ワタチね、本当にイッパイイッパイ、ママの事探したテチュ♪
 ママの事スゴクスゴク心配だったテチュ。 ママが居なくなったらおゴハン食べられないテチュ。
 お散歩も怖くて行けなくなっちゃうテチィ。 考えただけでも怖いテチュ」

他の仔実装が感じるのよりも強い”家族”が居なくなると言う不安を懸命に表現するが。
口を開いて出てきた言葉は、寄生するだけの並の実装石と大差のない内容であった。

「テチャー あったかお風呂最高テッチュ〜〜〜〜♪」


『はいはい…着替えを持ってくるわね…』

そう言って飼い主が脱衣所を出る。

『何が飼いやすいよ…』

でる間際、飼い主がブツブツと呟いて去ったがパンタコーナには聞こえなかった。


「ピンクのテチュみん服お気に入りだったテチュ…今日ずっと着ていたかったテッチュー。もう1着あったはずテッチュ」

そう文句を言いながら火照った身体で渡された服に袖を通す。

『それは朝に同じ事してお洗濯しているでしょ?』

飼い主が指差した先にはグオングオンと音を立てて動く洗濯機があった。

朝も漏らした事を思い出してパンタコーナはバツが悪そうに頬を赤くして口を閉ざす。

着終わったパンタコーナは走り回り泣き喚いた疲れと気の疲れが加わって。
さらにお湯に浸かって身体が温まったのも手伝ってか、フラフラ、ペタンとその場に腰を落とす。

「テーュン、テチューテチューン  テッチィィン(ママ、動けないテッチュー  ダッコテチ)」

『はいはい…』

飼い主の手に包まれたパンタコーナは、その指に甘えるようにペロペロとしゃぶる。


「テッチュン♪テチュテチュ… ママの手は温かくて最高テチュ♪ワタチはねむねむになっちゃうテッチュ♪」

『いい?パンタコーナちゃん、今度こそお部屋で大人しくしているのよ。
 ママは今日はお掃除で忙しいんだから余計な手間は取らせないでね』

「テチュ… ワタチはパンタコーナちゃんテチュ。そのぐらい完璧に判っているテッチュン♪」

華麗に2度も同じミスを重ねて醜態をさらしながらも、どこから自信が湧いてくるのかそう答える。

再び、自室に戻されたパンタコーナは眠そうな目を擦りながらも飼い主を見送る。

『今日は、お掃除で忙しいんですからね?わかってる?』

念を押すかのように飼い主が聞く。


パンタコーナはコクコクと頷く。

「ちゃんと一人で遊べるテチュン♪ワタチは賢いちゃんテチュ♪」

判で押したような答えが返ってくる。

そのリンガルの表示を怪訝そうに見た飼い主が疑う目でパンタコーナを見ながら戸を閉める。

パンタコーナは気が付かないが。
この時、飼い主は観音開きに開く実装ドアに軽い障害物を置いて出られないようにした。

そんなことを知らないパンタコーナは、再び、気を取り直して遊ぼうとするが。
身体が芯まで火照った上に柔らかい手の上で揺られたことで強い眠気が襲いかかる。

「テェー… フラフラするテチ…   遊ぶ…より お昼寝の気分テチ…」

重い瞼を擦り、フラつく身体を揺らせてパンタコーナは落ちているティファニーを拾い。
それをズルズルと引きずりながら自分の家を目指す。

眠気の余りティファニー人形をベッドに乗せることなく手を離してそのままベッド下に放置し。
ポフッと飛び込むようにベッドに身体を預けると。
あっという間に「テピュゥゥゥゥゥゥ… テピィィィィィィ」と寝息を立て出す。



『パンタコーナちゃん少しお買い物行ってきますから。お昼はココに置いておきますよ』

お昼を過ぎた頃、飼い主が昼食を持ってパンタコーナの部屋を訪れる。

パンタコーナの姿は見えないが返事が無くても何も気にしなかった。
どうせ、この四畳半の部屋から出られるはずはないのだから。

いつもは、仕事で居ないときのために昼食を置いておく場所に皿を置き部屋を出る。

出る時には、やはり廊下に出ないように実装ドアが開かないように物を置いた。

その頃、パンタコーナはベッドの上で大の字になり歯軋りと鼾を響かせながら深い眠りの中にいた。

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「ママ、ママ…ドコテチュ!? ママァァァ…」


パンタコーナは真っ暗な世界の中で一人叫んでいた。


右も左も上も下も判らない暗闇の中、自分の手ぐらいしか見えない世界に居た。


「ここはドコテチ? ママはドコテチ? ワタチはどうすればいいテチュ?」
不安にパンタコーナは闇雲に走り回り出す。

「何もないテチ… 何もないテチ… ママ、ママ、ママ、ママ…」

ほぼ、全力で駆け回るがどう走っても暗闇のままである。

やがて、息を切らせたパンタコーナはその場に腰を落とす。

「テェ… これは夢テチ… 悪い夢テチ」

パンタコーナは生まれてから一度もネガティブな夢を見たことがない。

全てが満たされているのだ。当然、自分の都合に悪い思考など起きるはずもなく。
見る夢と言えばコンペイトウの山の頂上でひたすらコンペイトウを食い続けるとか。
空を自由に飛び回るとか、眠る前に気になったことを満たす夢ばかりだった。

それが、今日は朝から今まで経験したことがない。
毎日変わることがなかった筈の朝に変化があったり、探しても飼い主が見つからない事態があったりした。
只でさえ周りの状況に引きずられやすい仔実装だけに。
無意識の夢が、そうしたネガティブを象徴する夢となっても不思議ではない。


「ママ、ママ、何も無いテチ… こんなのイヤテチ。
 ゴハンはどうするテチ? お風呂はどうするテチ? 新しいお洋服は? 玩具は?
 ママが居なかったら全部無いって事テッチュ…」

頭を抱え小刻みに震えるパンタコーナは、ガチガチと歯を鳴らし。
やがては自らの言った事にさらに恐怖を覚え。
真っ青な顔でスカートの裾を気分を紛らわせる為に噛んでカチカチと歯が鳴るのを抑える。

「ママが見つからなかったら全部ナイテチ… ワタチがナイテチ…。
 そんなハズはナイテチ…呼べばママはいつも答えてくれるテチ。
 ママのお仕事の日だって、ちゃんとワタチは一人でお留守番出来たテチ。
 ママが居ない日も大丈夫テチ…ゴハンもお水も決まったところにあるテチ♪
 テッ…ココには無いテチ…どこから出てくるテチ?  判らないテチ…。
 ママが居ないと何も判らないテチィーーーー!!教えてテチュ!用意してテチュ! パンタコーナが困っているテチュ!!
 テッ… テテッ… ママが居ないと何も出来ないテチ…
 ワタチは…ワタチは…ワタチはママの何テチ? ワタチが何テチ? ママはワタチの何テチ?」

だんだんと物を考えるという事が苦痛になると考えが壊れだしてくる。
飼い主が居ないと何も出来ない様が、何も無い空間というストレートに表現されたことで。
パンタコーナはそれを否定する為に何を言っても、何も出来ないというネガティブに押しつぶされ。
イライラする感覚に、座ったままスカートの裾を引きちぎらんと渾身の力で首を動かしながらも。
反対に言葉からは感情が消え淡々と居もしない誰かへの問いかける言葉になった。

「ワタチはワタチでワタチだからワタチのワタチをワタチに…」

やがて自問自答するようになり、言葉・思考の破綻が加速する。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「もう、イヤテチィィィィィィィィィィ!!!」

跳ね起きたパンタコーナは、ベッドのバウンドでバランスを崩して転がるように床にたたきつけられる。

流石に夢なので、思考が破綻しきって狂ってしまう前に確実に覚醒した。
覚醒すれば大抵は思考がリセットされて、特に記憶力に歪みが多い実装石は都合の悪いことを忘れやすい。

だが、夢から覚めた現実がパンタコーナにとっての現実とは限らない。

「テチュワァァァァ! イヤテチ、イヤテチ、イヤテチ、ママが居ないのはイヤテチィィィ!!」

何せ不自由なく”当たり前”を享受してきたパンタコーナが生まれて初めて、まともに”当たり前”ではないことを経験したのだ。

その衝撃に夢での出来事が加わって、さらにその足りない知能での解釈が入ったのだ。
夢から醒めたのは目だけで意識は夢の恐怖を味わい続けたままになっていた。

「テェ! テェ! テッテチャァ!! こ、ここは…  テチィ! ママ!? ティファニーちゃん!! 居るはずテチ!」

強かに身体を打ち付けながらも、なりふり構わず飼い主と人形、彼女にとっての”家族”を捜す。

首を左右に振り、ベットの上に首を伸ばしても見る。
「ママ、ティファニーちゃん… テチィ!! おベットにはティファニーちゃんが寝ているハズテチ!!
 いつも寝ているテッチュ!! 居なかった事なんて無かったテッチィ!! おかしいテチィ!
 これは、まだ夢テチュ!! きっと夢テチュ! おかしいテチ。 ありえないテチ」

ティファニー人形はパンタコーナが尻に敷いている。
強い眠気にベッド下に置きっぱなしにした人形の上にパンタコーナが落ちて乗っているのだ。
いくらベッドの上を探しても見つかるはずもなく。
見つからないことでパニックになり余計に足下に気が付かない。

「ありえないテチ… ティファニーちゃん… ワタチの妹ちゃん… 居ないテチ… 居なくなったテチ」

ティファニー人形を座布団にしながら。
パンタコーナは夢から醒めた後に夢が現実になっているという感覚に突き落とされ。
涙を溢れさせ泣きに入る前に目が眩む程に血の気を引かせ顔面が蒼白になる。

カタカタと身体が震え、カチカチカチと歯が鳴り出し。
浮かせた腰は何度か力無く砕け、へたりながらようやく立ち上がる有様。

立ち上がった頃には、パンタコーナの記憶している中では今朝が初体験のパンコン。
たった1度でも飼い実装にとっては恥とされるパンコン…それを本日だけで3度目を経験していた。

「ティファニーちゃんが消えたテチ…ママは? ママテチ!! ママも夢と同じテチュゥ!?」

パンタコーナはハッと頭に飼い主の顔が浮かんだ時には。
へたれた身体が嘘のように跳ねさせ、その勢いで身体を全力で駆け出させていた。

「テビャァァァァァァァ!! ママ!! ママ!! ママ!! ママ!!」

自分の小屋の玄関を頭から突っ込むように突っ張って開け。
その勢いで転び、全身を2回転ほどさせながらも跳ね起き「デビャァァァァァ!!」と。
ようやく涙を噴出させながら部屋の出口、実装ドアを一直線に目指す。

「ジビィィィィィィィィィン ママァー、ママァー、お返事するテチィ。ママァァァァァ」

自分の為の小屋の玄関同じく力を使わずに観音開きに跳ね開けられる実装ドア。
いつも、使っているだけにパンタコーナは自分達サイズのそれらを障害だと認識していない。

「ビビャァァァァァ!! ママァ! マヴベァ!!!(ベコン)」
いつもの調子で廊下に出る為のプラスチックの薄い板を手で押しのけようとした瞬間。
扉は開かず、そのまま勢いが付いた身体は手の突っ張りはあるものの。
顔はそのまま勢いに乗って激しく扉に打ち付けられ、打ち付けた反動で跳ね飛ばされ仰向けに倒れた。

「テェッ!? テッテッテテェ??? テッテェ!?」

ブバッ!ブバッ!

もはや、飼い実装、それもセレブな実装石としての姿はない。
感情と尻の栓が直結した、ただの実装石そのままに驚きの表情と共に糞尿を漏らし放題となる。

開かないはずがない扉が、考えられないことに障害物になって外に出られないのだ。

顔の中央を真っ赤に擦り傷と鼻血を垂らし身体を起こしたパンタコーナは、
ボーっと惚けたまま、少しの間、自分を阻んだ扉を「テテェ?」と眺めた。

パンタコーナの頭の中では、あり得ないことが起こった…という事を、何とか理論的に理解しようとする。
ストレスを何とか僅かでも和らげるために、必死に無意識が何故そうなったのかを解明しようとする。

しかも、所詮は大した知識もない仔実装なので、そんなことをしても何か答えが出るわけでもなく。
結局は妄想でストレスを増やすだけで、そもそもの目的の役にもたたない無駄な行為なのではあるが。

「テチャァァァァァ!!」

パンタコーナも悪い妄想に行き着いたのか、電池の入った玩具のように跳ね動く。

「テチャァァァァァ!! テーチャァァァァァ!!」
蛇行し転びながら自分の家に引き返すパンタコーナ。

迷わずクローゼットに駆け込むと、その汗と鼻血まみれの顔を鏡に晒し。
そのまま鏡に張り付けてある写真を手に取る。

「テチュァ!!ティファニーちゃんが消えたテチ! このお庭から出られないテチ!
 ママも呼んでもお返事無いテチュ…これはママも消えているって事テチ!
 ワタチは、ワタチは、ワタチは…」

パンタコーナは、ついに自分に与えられた物を失い語りかけるべき相手を失ったと感じ。
最後に頼ったのは、殆ど存在を無視し気にも止めていなかった産みの親…。
それも、動かず物言わぬ写真でしかないそれを心を寄り掛ける支えにしなければならなかった。

否。そもそも産みの親とすらいう情報もないソレを、今は都合良く自身に言い聞かせたのだ。

それほどに仔実装の心は弱い。

同時に、支えさえ作ってしまえば妄想だけで生きられる程に図太い精神の生き物だ。


パンタコーナは、写真にグズグズの泣き崩した顔ですがるように頬を寄せて。
勝手に色々と言葉を並べる内に、気分が楽になったのか口調が落ち着いてくる。

「テチュ… そうテチ、ママの言う通りワタチは生まれた時からのセレブちゃんテチ。
 ワタチにはママと同じくみんな与えられているテチュ。
 妹ちゃんぐらいまた貰えばイイテチ。こんなワタチをニンゲンが放っては置かないテチ。
 だからゴハンの心配もなんにもないテチュ… そうテチ、そうテチュ… ママの言うとおりテチ。
 むしろニンゲンさんの持ち物がワタチだけのモノになったテチ。
 そうテチュ!!それがイイテチ!そう考えるのが正しい気がするテチ! さすがママテチュ♪」

全てはパンタコーナの勝手な妄想。だが写真の母親に言われたことにすればその理不尽が通る気がするのだ。

結局、パンタコーナは飼い主から言われたことを記憶できなかった事から始まり。
飼い実装として可もなく不可もなかったはずの平穏な実装生だったはずが。
一気に実装石らしい実装生のドタバタ劇に成り下がってしまった。

「落ち着くテチ、落ち着くテチ、パンタコーナちゃん…。
 なにも焦ることなんか無いテチュ♪
 …………………テチャ!? クサイテチュ!? これはどうした事テッチュ??おウンチまみれテチ!!
 落ち着くテチ…賢いから覚えているテチ…こんな時はお風呂してからお着替えテチ。
 テチャチャ、流石パンタコーナちゃんは賢いテチュン♪」


少しは自信を取り戻したパンタコーナは、そもそも何でそれほどに取り乱す事になったのかも忘れて。
独り言で受け答えしながら服を脱ぎ捨てシャワールームに向かった。

「テチャー… お気に入りのテチュみん服が2つとも無いテチ。
 おかしいテチュ。テチカちゃんパンツもないテチ…」

シャワーを浴びてお気に入りの服がない事に文句を言うパンタコーナは。
すっかり朝と昼前の脱糞の事など頭から抜け落ちていた。

そして、着替えを終えて小屋を出たパンタコーナは。
ごく当たり前のように用意された昼食をガツガツと頬張った。


しかし、完全に全てがキレイに忘れ去られたわけではない。
無意識が考えさせないようにしているだけで違和感がパンタコーナには残っている。

それ故に、いつもとは違い胸に母親と思われる写真を抱いて手放しては居ない。

食事で腹を満たしたパンタコーナは気を取り直して遊ぼうとした矢先に、その違和感がムクムクと頭を出す。

「ワタチの為のドアが開かないなんて夢テチ…」

パンタコーナは胸の写真を片手でギュッと抱きしめて恐る恐る実装ドアに近付く。

「悪い夢テチ…」
そう言い聞かせるが、ドアに片手を伸ばすと強かに打ち付けた顔面がズキズキと痛み出す。
まだツツーっと鼻血が垂れだしていて悪い考えを呼び起こして躊躇わせる。

そして片手で扉を押す…。

キュッ…

扉は難なく開いた。

勢いよく扉にぶつかった事で、戸の反対側に置かれた障害物がはじき飛ばされてズレていたのだ。


パンタコーナは胸を撫で下ろすと「やっぱり夢テチ…ママの言うとおりテチュ」と言い聞かせる。

安心し一旦は満足はするが、それで全てが解決するわけではない。
記憶力が不十分故に、心の奥に棘のように刺さる不安感を全て拭うまでパンタコーナは満足できない。

そこで気にする事を止めてしまえば楽だったのに。
パンタコーナは玩具の方を振り返らずに扉を押して廊下に出た。

与えられた物は当然、思い通りにあるべき…。
パンタコーナは不安を体験した。
不安を知った事で、与えられるだけで満足する事から与えられ無いと満足できない考えに変わっていた。

パンタコーナは最大の不安の元凶たる本当の母親、人間の飼い主を捜そうとした。

熟睡していたパンタコーナは飼い主が出かけるという事は聞いていない。
昼食が部屋に置いてある時点で普段なら飼い主が居ない証なのだが。
朝には居て仕事ではないという都合の良い情報だけ覚えていて、そんなところには機転が利かないのが実装石。

昼前と同じく、パンタコーナは「テーチュン、テーチュン」と呼びかけながら自分が行ける部屋を探し回る羽目になった。


そして、再び、飼い主が居ない不安に胸元の写真をクシャクシャに抱きしめながら泣き歩く。

「テーチュン… テーテュン… テェェェェ… テーチィィィ」

廊下で歩き疲れたパンタコーナは再び腰を落としてしまう。


そして、何かを思いついたように階段を見上げる。


パンタコーナの身長では今まで登れなかった階段。


ふと、パンタコーナの頭に”さっきはココの上からママが降りてきた”という事だけが思い出された。

「テーチュン! テーーチュン!!  テェェェェェン テェェェェェェン」

階段の踊り場に頭と手を預けて上に呼びかける。泣く声も入れて呼びかける。
そうすれば、さっき見たいに降りてきてくれるモノだと信じて。


「テーーーーチュン!! テェェェェェェン!! テェェェェェェェェェェン…」

カコン…

何度も泣き叫ぶパンタコーナの背後で不意に音がした。

「テーチュン!? テチュテチャテッチュ〜〜〜ン♪(ママ!?やっぱり居たテッチュ♪)」

パンタコーナが勢いよく音のした背後に振り返る。

「!!!!! テチャァ!!」

だが、振り返った先、ガラス戸の向こうに居たのは、薄汚れた身成の実装石が数匹。
見た事もない恐ろしい形相で石を抱え上げている姿だった。

ブバァ!!

パンタコーナはその衝撃に、爆発するようにパンツを膨らませて腰を抜かした。

庭先に野良実装の集団が入り込んで、今まさに石を使ってガラス戸をたたき割ろうとしている姿。

勿論、この家のガラスは実装石が持って投げられる程度の石では破壊できない対策ガラスだが。
野良達がそれを理解できないのと同じく、パンタコーナにも理解は出来ない。

透明で相手の姿がありありと見えるガラスというモノは、パンタコーナには無いのと同じに感じられた。

今まで庭先に野良実装達の姿を認めた事はあるが、その時には大抵そばに飼い主が居たので。
不潔で嫌うべき相手と感じはするが命に関わる程の恐怖に感じる事はなかった。

だが、飼い主が居ないと感じるだけで人間の家にいるという安心感すら揺らいでしまう。

相対的に、その薄汚れた容姿と狂気が支配する目が圧倒的に怖さを増幅する。


「テッ、テッ、テチャァァァァァ!!」

まさに、自分を襲う為に石を持ち上げていると感じたパンタコーナは。
もはやなりふり構わず階段に手を掛けるとバタバタと不格好によじ登りだした。

飼い主が上にいるはずと思っている印象だけが頭に残っていて。
パンタコーナには上に行く以外に安息はないと感じられたのだ。

そして、日々少しずつ大きくなっているパンタコーナは。
追い立てられる勢いを借りれば、階段を上がれてしまう位に大きくなっていた。

もし無理をしてすら登れないままであったなら…まだ救いはあったのかも知れない。

ガラス戸の向こうでは、石を投げつけている実装石集団の何匹かが跳ね返った石に潰され、死んだり大怪我を負っていた。
より重い石を持ってこようとして仔が轢かれ潰れている実装石親仔もいる。

「テチャァァァァァ!! テーーーーチィ」

「デスゥ!  デギャァァァァ!!」
「デチャァ!!」

ガラス戸を挟んで、双方の悲鳴が響きあっていた。

もし、パンタコーナが為す術無く、野良達の哀れな姿を見る羽目になっていれば。
入ってこられないと知って、安心して飼い主が戻るまでその間抜けな姿を鑑賞する気分に転換できていただろう。

しかし、パンタコーナは追われていると思いこみ、ひたすら上に登る事しか考えず。
焦りながらも着実に階段を上り続けた。

その頃には下の実装石達は攻め疲れて、庭先で自滅した仲間の肉を喰ったりと小休止を挟んでいた。



「テチャァァァァ…  デヂュゥゥゥゥ…  テー テー テェェェェ」

パンコンしたケツの重みを抱えてなお、なんとか追い立てられる勢い。
まさに火事場の糞力だけで階段を上りきったパンタコーナは、もう動けないとばかりに息を切らせてダウンする。

「ヘヒィ… ヘヒィ… テッ、テッテチュ? テチュ?」

下から追ってこないか心配で、自分が登ってきた方に向き直って下を見下ろす。

「デヂィ!!!  テチャァァァァァァァァァ…」

次の瞬間、パンタコーナにとってはほぼ垂直にイメージの下が見えない絶壁に目を眩ませた。

どれほどにバカでも、知能さえあれば落ちればどうなるかが容易に想像できる高さに。
パンタコーナはフラっと血の気が引いて吸い寄せられる錯覚すら覚えた。

「フヘヒョ… ヘッヒョ… ヒフッ… テェッ、テッ、テッ、テェッ… グゲッ、グエェェェェェェェェ」

ブビッ、ブビブビッ…

まさに目が回る感覚に酔いを覚え、恐怖心に貧血を味わい。
全身を襲う疲労感と筋肉の痛みに散々に痛めつけられまくりのパンタコーナは。
何とか両手でズルズルと階段の下を覗くまま固まる身体を踊り場へ後退させ。
下が見えなくなった安心感で、下の口では飽きたらず上の口からもゲロを吐き出した。


「ママ、ママ、ママ…」

気分の悪さにひたすらママと呼び身体を横にして嘔吐するままに丸めて膝を抱える。

ママが、写真と飼い主どちらかを指定しているわけでもない。縋るモノが欲しいのだ。


頭の揺れる感覚が収まって呼吸が安定してくるとパンタコーナは。
もはやグシャグシャにしたうえにゲロまみれの写真を手で拭う。

写っている母親と自分の顔に少し元気が出てくる。

「こ・ここには追ってこれないテチッ…」

自分が登ってきた…仔実装のパンタコーナでも登れたという事実を無視しての第一声である。

「ここは始めて見る場所テチ…きっとママがいるテチ。下の怖いの何とかしてもらうテチュ。
 でも… テチィー…  この扉にはパンタコーナちゃんドアが無いテチィ」


廊下の左右にあるドアには、彼女がパンタコーナちゃんドアと呼ぶ実装ドアがない。

成体実装でも人間用ドアの開閉には取っ手まで手を伸ばす孫の手アイテムや。
実装石の高さに連動取っ手を付けるなどしなければ不可能で。

そもそも、仔実装の力では人間用の扉自体を動かすことも不可能に近い。


「テーチュン! テーーーチュン!!」

トントントントン…

パンタコーナには、飼い主を呼びながら戸を叩く事しかできなかった。

「テーチュン!! テーチュ…ン… テチュ、テーチュ、テーチュ、テーーーチュン」

一方のドアからは一切の返答も変化もなかった。
しかし、反対のドアには変化があった。

鳴いて縋るように叩いたドアが、手応えと共に微かに動いたのだ。

戸はロックが掛かっておらず、ほんの僅かに開いていたのだ。

パンタコーナは、それに気が付いて”ここしかない”とばかりにドアを押そうと踏ん張った。
全身で押し、体当たりをしたり隙間に手や足を入れてみる。

とにかく、飼い主の顔を見ない事には、心に刺さる恐怖の棘は消える事がない。
パンタコーナは、そうしなければ殺される位の気迫で全力を尽くしてドアを開けようとした。

「デヂィィィィィ…デヂュゥゥゥゥゥゥ…デヂァァァァァァァ…」

僅か数ミリ開いていた物が数センチの隙間となり。
隙間が開くとパンタコーナには、通ってしまおうと身体を入れようという事以外に頭が回らない。

「デッヒ…テッヒュ…ピィィィィィィィ〜」

隙間に身体を差し入れ、何も無い部屋の空間に向けて手を伸ばす。
そうすれば、飼い主が手を握って中に引き入れてくれるような気がするからだ。

身を捩り、腹に力を入れ、足を攣りそうな程に伸ばしたり。
涙ぐましい努力で隙間に入れた身体を酷使して部屋に入ろうとする。

その努力の甲斐あって身体はほぼ半分が入り、
あと数ミリ動けば一番太い腹の出っ張りも抜けられるという時…。


「ブキュウ! プギャッ!! ブギュゥゥゥゥゥゥ」

順調に隙間を作っていた戸が、自然に締まり出す。

パンタコーナは、隙間に挟まれるどころか圧迫され始める。

「ブヒィ!! ブギャッ!! ギュピッ!」

扉を手で押さえてみるが、戸はグイグイとパンタコーナを押しつぶしに掛かっている。

パンタコーナは、心の中で飼い主を…ママに助けを求める。

部屋の中に入った半身は、圧迫され僅かに飛び出した眼球で涙ながらにキョロキョロと室内を見回す。

「ブギュゥゥゥゥゥゥゥ…」

パンタコーナの目には、扉を閉めようとしている物の姿は見えない。

ベランダへの戸が開いていて、風が戸を押している事などパンタコーナには理解できるはずもない。

パンタコーナがもはや抵抗する力をなくしたその時。

ビュウ…  ギィィィィィ

急に風が変わり、今度は一瞬の負圧でドアが開き出す。

「デジュア!!」

パンタコーナは、その瞬間に迷わず身体を倒れ込ませるように部屋の中に入れる。

バタン…

次の瞬間、再び部屋に吹き込んだ風がドアを閉めてしまった。

「テッ… テチュゥゥゥゥゥ…」

締まったドアを見つめ、胸を撫で下ろすようにして身体を起こすパンタコーナ。

しかし、圧死は免れたが、気を取り直して見回した部屋には飼い主の姿はない。


「テチュウ…」

トントン

パンタコーナは、締まってしまったドアを叩いてみるが。
今度は戸は完全に閉まって、パンタコーナの大きさと力ではノブを回して開ける事は不可能になっていた。

「テーチュン…テーチュン…  テェェェェェ」

途方に暮れるしかないパンタコーナ。

掃除の途中だった部屋には、掃除機やバケツなどが散乱したままだった。


「テチ…テチテチ、テッチュ… テッチュン テチュー」

することの無くなったパンタコーナは途方に暮れて、仕方なく重く不快なパンツに溜まった糞を掻き出すしかない。

それが終わって、身軽になったパンタコーナは。
よせば良いのに飼い主の痕跡を追って、なんとかこの部屋を出ようと考える。

掃除機の周りを巡り、臭いを辿り、部屋を散策する。
毛足の短い絨毯の上には、落ちた毛や埃を取る為のガムテープ片もいくつか落ちている。

「テチュ!? テーチュン!」

バケツに掛かった布巾に、微かに飼い主の独特の匂いを感じたパンタコーナは。
不安を拭い安心感を得る為に布巾に頬を寄せて抱きつく。

飼い主の匂いは微かだが、それ以外の香りも、嗅いだ事がある洗剤の匂いなのでパンタコーナは安心した。


「ママ、これからワタチはどうすればイイテチュ…」

パンタコーナは、少しでもその安心感を得ようと、洗剤と、本当に微かに飼い主の臭いが混じる布巾にくるまろうとする。

「ママ、ママ、ママ…」

布巾にくるまりたくて、バケツに引っかかっているソレを引っ張り始める。

カシャン!
「テヂャァ!!!」

バケツが倒れ、パンタコーナは逃げ遅れて片足を挟まれる。

幸いに、バケツは小さく水も少なく、倒れた事で水は零れ出て身動きが取れなくなる事は避けられたが。
その一瞬挟まった片足は、潰れては居ないが捻挫のような状態になってしまった。

「デチャァァァァ!! イタイテチ! イタイ、イタイテチュ!! ママ!! ママァー」

布巾を被り、動かない片足に初めて感じるひき攣る痛みに、這うように逃げるパンタコーナ。

そのパンタコーナの目の前には、今のパンタコーナのもう1つの心の支えたる写真が落ちている。

パンタコーナは、写真と布巾を抱いて丸まるようにして痛みに耐えた。
布巾の匂いを嗅ぎ、ボロボロの写真を抱いて泣いて痛みに耐えるパンタコーナ。

布巾が濡れているのに気が付いたパンタコーナは、その絞り汁を口に運び乾いた喉を潤した。
そうして水分を補っては涙を溢れさせる。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

絶望に突き落とされ、それ以上動く事を止めどれだけの時間が過ぎた事だろう。

生まれて初めて…それも屈辱ばかりを体験したパンタコーナは。
傷付いた身体を抱えて今まで見ていた甘い夢に浸る事も出来ず。
眠る事も出来ないままに痛みとストレスに耐えて目を閉じるだけで過ごした。

布巾の絞り汁を飲んでも糞とゲロで空になった我が儘な胃は、パンタコーナに食べ物を要求する。
泣き叫んだ喉は腫れ、水分をとってもとっても渇きを覚えさせた。



『ただいまぁ〜』

静かに愚図るだけのパンタコーナの耳に、確かに下から飼い主の声が微かに響いてきた。


「テ!! テチュゥ!!」

その瞬間、パンタコーナは、片足の痛みも吹き飛んだかのように布巾をはねのけ飛び起きる。

飼い主が戻ってきた。

これで全ての生活が元通りになるという希望がパンタコーナを満たす。


「テッチャ〜〜〜   テーチュン♪テーーチュン♪」

パンタコーナは真っ直ぐに扉を目指す。


その時。

「テベッチャァ!!」

ボテッとパンタコーナが顔面から絨毯の床に倒れる。

「ブキャッ!? テッ テテッ テエッ? テッテェェェェッ!!?」

パンタコーナは、痛くは無いが何故転んだか判らずに顔を起こし、違和感ある足下を見る。

その足には、ガムテープがベッタリと張り付いていた。

飼い主が絨毯のゴミ取りのために使って置いてあったガムテープの切れ端の上を走ったのだ。


「テチィ! テッテッテッ テチャァァァ! テッテテッテッテッ テェェェチィィィ!! テッテッテッ…」

慌てて足に絡むガムテープを剥がそうとするパンタコーナ。

しかし、只でさえアンバランスで不器用な仔実装の肉体に加え飼い主の声が気になり。
外そうとしたガムテープは手に付いて複雑に体中に絡まり出す。

「テェェェ! テキュッ! テチャァ!! テェェェ、テッテッテッ プキュゥゥゥゥ!!」

「デヂュゥ!! 髪、ワタチの髪が抜けるデチィ!! テェェェ、ママの声テチ! ハヤクハヤク…デチッ!ブチッって言ったテチ!」

暴れて足のテープがはずれ掛かると手が絡まり、手を外すと足に絡まっていて。
やがて、無駄に長くボリュームある髪を巻き込んだパンタコーナは。
外そうとすると髪を引き抜かれる痛みに動きを封じられ、それも気になってゴロゴロとのたうち回る。

とにかく、飼い主に近付きたい。
気が付いて貰いたいという気持ちが、そんな体勢でも声の聞こえるドアの方に行かせようとするのだ。

そして、同様に落ちている別のガムテープの切れ端を巻き込んでいく。
やがては、はね除けた布巾さえも巻きこんで、手足がかろうじて動く蓑虫のように膨らんでいった。

「ビッ ベッ フー フー フホッ!」

顔にもテープが付着したパンタコーナは、苦しい呼吸の中、微かに聞こえる飼い主の声だけが救いだった。

飼い主が気が付いてくれればきっと助かる…。
そう信じて、その声に耳を澄ませるように動きを止めた。


しかし…。


『え!? エー!? 何よコレ!メチャクチャじゃない! ちょっとコレ、パンタコーナね!』

罵声が下で動き回りだし、一向にこの部屋に近付く気配がない。


「フギッ! フギッ! プギュゥゥゥ…     デヂァ!! テェェェ、イタイテチ! ぬ・ぬけたテチ…ワタチの髪…」

息が出来ずに顔を真っ赤にしたパンタコーナは、待つ事が出来ずに、力の限りに口と鼻を塞ぐガムテープを引き剥がす。

髪が抜けるのは辛いし痛いが、窒息には変えられない。
そして、一旦、その痛みを吹っ切ったパンタコーナは、なかなか近付かない飼い主の声に。
やはり自分から何か音を出して場所を知らせないとダメだと感じた。

「デヂッ! デチュッ! ガマンテチ… ママに気が付いて貰うテチ… 助かるテチ…ワタチはパンタコーナちゃんテチ」

手足が動かせるようになんとかテープを剥がし、手近な物に寄りかかって立ち上がるパンタコーナ。
我慢して剥がしたとは言え、まだ体中にはガムテープが巻き付き片目もふさがれ視界も充分ではない。

悲しいかな。そうして寄りかかった物がガムテープの本体なのに気が付いていない。

「テッ…コレでもうイタくないテチ…ママを呼ぶテチ」

ベリベリ…

パンタコーナは、動くたびに擦れたり皮膚や髪を引っ張り抓るガムテープの痛みを我慢し歩き出す。
全部を自分で引き剥がすよりはマシだと感じての我慢だ。

しかし、数歩、歩を進めた時にパンタコーナは違和感を感じる。
歩く時に感じるのとは違う痛みが襲い後ろに引かれる感覚がある。
それに抵抗して前に進もうとすると進めないわけではないが痛みと抵抗が強くなる。

ベリベリとガムテープが本体から伸び、ズルズルと引きずっていた。

「テェ!? テェー テッ??」

進む効率が悪くなったと思った矢先、今度は急に殆ど進めなくなった。
テープのロール本体を引きずりはじめたのだ。

「テッチィ!! テチャァーーー」

流石にコレにはパンタコーナもすぐに原因に気が付く。
しかし、原因に気が付いたからといって、問題を解決できないのが仔実装の知恵の浅さ。

ましてや、飼い主に何としても気が付いて貰おうと焦っているパンタコーナは。
何とか自分とロールの間のガムテープを引き千切ろうとする。

「デヂッ! テチャ! テチィ、テチィ… テェテテテッテェッ… テヂァ!」

だが、そもそも、最初のテープすら満足に取れないパンタコーナは。
ベリベリと手に身体に巻き付けるだけで千切れはしない。

焦りと苛立ちが溜まりに溜まったパンタコーナは、完全に視野が狭くなる。

「テチャァ!テチャァ!   テッチャァーー!!」

熱くなり、もはや他の事が見えないとばかりに、その怒りをガムテープの本体に渾身の蹴りという形でぶつける。

ビリビリ…

「デヂャッ!! テッテッテッ…」

テープのロールは残り少なく、パンタコーナとそんなに重さが変わらない。

パンタコーナの渾身の蹴りに少しテープを引き出しながら転がってしまい。
それによって、繋がっているパンタコーナも引っ張られ痛みを味わう。

「テェーー!! テッチュワァ!!」

パンタコーナは、余計な痛みを味合わされて、目指す扉からほんの少しでも遠ざけられたという怒りで。
今度は助走を付けた蹴りをテープ本体にぶちかます。

そなると、もうパンタコーナにはテープの事しか頭になくなる。

ベリベリベリベリ…

「テチッ!? デチャァ!! テ、テ、テテテッ…」

ロールは蹴り飛ばされるたびにテープを伸ばし、それ以上に本体は移動しようとしてパンタコーナを引っ張り。
身体に巻き付いたテープをひっぱり皮膚や髪を痛めつける。

それが、パンタコーナのさらなる怒りを誘う繰り返し…。


ロールとパンタコーナの距離が取れるようになると、蹴り飛ばす勢いが痛みを増加させ。
パンタコーナの攻撃が更に過激化して、どんどんと扉から離れていく事になる。


「デヂィ!テチュテチャテッチャテチィ、テッチィ!! テーーーチャァァァァァ!!!」

もはや我を忘れたパンタコーナは、テンションが上がりすぎた勢いでロールを勢いだけで抱え上げ。
サイドスープレックスに投げようと言う動作をするが。
やや体勢を崩してしまい重さに耐えられず、そのまま前に投げ飛ばす。

ロールは殆どパンタコーナと離れず、ただ、向きが横に倒れていた物が縦になっただけであった。

思い通りに投げられなかった事、以前、自分の目の前にソレがある事に不満のパンタコーナは。
「テチャ、テチャ」と距離をとると、助走を付けて蹴りをかます。

ベリベリベリベリ…

タイヤの様に立ったロールは、その蹴りに今までにない勢いで転がり出す。

テープが伸び、今度はパンタコーナが引っ張られる事も、それに伴う痛みもない。

「ワタチに逆らうからテチュ♪」

パンタコーナは、その転がる様と引っ張られなくなった事に満足して、目的を思い出し扉を目指そうとする。

その時には、ロールはテープを伸ばしながら、ついには開いた扉からベランダへ。
そして、ベランダの下の隙間から外の庭に向けて落下した瞬間だった。


その時にパンタコーナが駆け出した。


急に違う向きに力が加わった事で、運悪くロールとテープが絡まって、テープがそれ以上伸びなくなる。

そして、ロールはそのまま重りとなって垂れ下がる。


グイッ!
「テーイュン、テーチュン、テーーーチュン!!   デビャッ!!!!?」

パンタコーナが意気揚々と扉に向かっている最中に、その衝撃と慣性をパンタコーナの肉体に伝える。


瞬間的に体中に巻き付いたテープが締まり、引かれ、今まででイチバンの痛みを与えたかと思うと。
瞬間、驚いた上に無防備だったパンタコーナの肉体を一気に引っ張る。

「テチョ!! テチ?テチ?テチ?テチ?」

備えていなかったパンタコーナは、その瞬間的痛みと負荷をモロに受けて後頭部を叩き付けるように倒される。

そのまま、ズルズルと為す術無く引きずられはじめる。

「テチャァ!! テチャァァァァァァ! テーチャァァァァァァ!!」

ズリズリズリズリ…

何もしていないのに目指す扉から離れていく光景を、数呼吸の間、何が起きているか判らずに見送り。
何が起きているのか判らないままに引きずられるのを食い止めようと。
ガムテープ巻きの身体をうつぶせになるように回転させ。両足を突っ張らせ。両手で絨毯の毛を掴もうとする。

しかし、毛が短い絨毯の毛は掴む事が出来ず。
摩擦抵抗を低くする上に、パンタコーナの身体はガムテープのぐるぐる巻き…。
ガムテープの粘着面の反対はツルツルで、その毛足の短い絨毯との滑りの相性はバツグンである。
仮に接着面を上手く使ったとしても、毛の短い絨毯には殆ど摩擦を高める効果はない。

それが、それほど重くはないロールの重りにパンタコーナが軽々と引っ張られる秘密である。


「テチュゥゥゥ!! テッテッテッテッ テチィィ! テチュテェ! テェー! テテッテェー!」

パンタコーナが引きずられるたびに、垂れ下がるロールは下に降り。
支点からの距離が短くなるパンタコーナに、距離が長くなるロールの重みや引力などが掛かると。
ドンドンとパンタコーナをベランダに引きずっていく。

「デギィ!!」

パンタコーナは、抵抗むなしく瞬く間に部屋とベランダを隔てる窓まで引きずられる。

それでもなんとか、その窓のレールに捕まって止まる。


抵抗の挙げ句に蓑虫のように絡みついたガムテープが剥がれ、あるいは締まる。
痛みに漏らした糞は、そのガムテープの服をパンコンさせ体中を駆けめぐって氾濫した。

「テチャァァァァ!! テーチュン!テーチュン!テー テー テーーチュン!!」

それでも、懸命にパンタコーナは叫び出す。

トントントン…と、騒動に気が付いたのか、下を探し終えたからか。
飼い主が階段を上がってくる音と振動がパンタコーナに聞こえてきたのだ。

飼い主は自分を見つけてくれる…。

あとほんの少し耐えられれば、見つけて貰えさえすれば、こんな苦しい事はきっと終わる。

そもそもなんでこんな目に遭っているのかとか。
最初は何が目的で自分の部屋を出たのかとかは関係なくなっていた。


「ママ…ママ… 来てくれたテチ、やっぱりママ来てくれたテチ。
 もうちょっとテッチュ! ガンバルテチ!! 見つけてもらうテチュン…。
 助かれば、もうコワイ事は無くなるテチ… ママァー!マーマァー!!」

気が付いて貰うには叫ぶしかないと感じて、パンタコーナは腹の底から飼い主を呼んだ。

「テーチュ…ン! テチャァ!!     ブキュゥゥゥゥゥゥ」

しかし、叫ぶ為に腹に力を入れた為に、手への集中力が散漫になる。

掴んでいたレールから手を滑らせて、ベランダを転がり滑る。


今度は、ベランダの下の隙間から落ちかけたのを、かろうじて支柱に手を掛けて耐える。


しかし、ロールの重みは先程より容赦なくパンタコーナを、今度は下に引っ張り肉体を痛めつけた。



「テテッ 高いテチ… こんなの落ちたら死なされるじゃ済まないテチュ!」

ガタガタ…ブリブリ…


ちょっと首を動かせば、望まなくても生まれて初めて目にする二階からの絶景が容赦なく飛び込んでくる。

本来なら高さから来る恐怖を安全に味わう事で、脳内物質の分泌で快感を得られ”絶景”と感じる筈が。
まさに見たままの恐怖を味わう事になっているのだ。

落ちたら死ぬ…。

それがその足りない脳みそで考えるまでもなく。
自分なら奇跡が起きて守られると歪んだ考えに辿り着く暇も与えられず突きつけられている。


「ママ…デチャ…ママ…た・タス・たすけ…デッ」

それでもパンタコーナは、格子の支柱に手を掛けて耐える。

パンコンして糞が充満したガムテープの”蓑”がさらにパンタコーナを責める重さを増していく。


それでも、あと数秒、本当に数秒耐えられればと力を込める…。


「ママ、ハヤクテチ… ハヤクテチ… ココテチ、パンタコーナはココテチ」

カチャリ…キキ…

戸がゆっくりと開き出す。

「ママァー…」

パンタコーナの顔が明るくなった。

まさに救われたという恍惚が、筋肉を緩めさせた表情が浮かんだ瞬間。
ベランダに顔だけが乗っていたパンタコーナが消えていた。


『おかしいわね…”アレ”の声が聞こえた気がしたけどどこにも居ないじゃない。
 あーあ、せっかく掃除したのにココもやられてるわ…まったく最低!』


飼い主が扉を開けた瞬間、パンタコーナは空中を舞った。


希望が見えた事に顔を緩めると同時に、不器用な実装石であるパンタコーナは全身の筋肉も緩めてしまっていた。

そして、運悪く垂れ下がるテープのロールに興味を惹かれた庭の野良実装達がそれを引っ張り遊びだしたのだ。


あと、数秒を耐えれば良かったのだが、その数秒を耐える事は不可能だったのだ。


「テェ… … … …」

扉が開いた瞬間に、景色が変化したパンタコーナは、希望が見えた柔らかな表情のままに。
その浮遊感と、何も出来ないのにゆっくり過ぎるだけの変化する景色に。
流石に宙を舞っている事だけを理解し、短く喉をつまらせる。


走馬燈が流れ行く…。その表現がまさにそのままに脳だけがフル回転して”シアワセ”だけを蘇らせる。


母親と呼ぶ飼い主との食事、会話、初めての散歩、はじめてこの家に来た時の挨拶…。


次々に浮かぶ。


そして、断片的に蘇るそれ以前の記憶。


薄暗い、裸の豆電球だけが明かりで、清潔だが寝るだけの広さしかない狭い部屋…。

壁に一面に貼られた、自分が持っているのと同じ写真…。
眼前の鏡に映るのは、裸で膝を抱えドライフードを片手ではみながら。
生気のない眼で写真と鏡を交互に見つめ呟く小さな小さな仔実装。

「テヘッ テヒッ ついにお名前決まったテチュ…パ・パ・パンコンじゃない、パンタコー…コー…コーナテチ♪
 今日も怒られなかったテチ。ワタチは賢いちゃんって言われたテッチュン。
 それに、お名前が決まって、”買い手が付いた”ってギシキもすませて、明日から服が着られるテチュン♪
 ワタチは高貴でシアワセになれるテチ、ママみたいにシアワセテチ、ニンゲンさんをママにするテチュ♪」


場面が変わる。


暗い中から落ちる感覚を味わうと、真上に尻が見えた。

尻が見えたと思った瞬間に、さらにパンタコーナは滑るように視界が動き。
プリプリと降ってくる蛆実装のようなものをも置き去りにして滑り動く。


「テッ! あれはママのオシリテチ? あれは妹ちゃんテチュ? どうしてワタチは動いているテッチュ?」

ただの昔に見た記憶流れているだけではあるが。
今のパンタコーナには感覚的に、その光景を、何が起きているかを第三者的視点から理解できる。

人に飼われているパンタコーナという枠も取り払った視点だ。

「テッ… コレは、滑っているテチ? テテテッ 回ってるテチュ… テェー」

その流れる景色でパンタコーナは見て理解した。


手も足もなく、磔になって並んでいる実装石の股から次々と仔が生まれ落ちている光景を…。

それを訳もわからずスロープを流れ落ちながら「レチュレッチュ♪」と喜び眺める自分の存在を。


アレの1つが自分を生んだ母だと。
あの、磔で口に管が付いている実装石”らしきもの”の1つがそうなのだと。

生きているかどうかも判らない、磔にされて仔を絞り出すだけの物体が…。


「これは…シアワセテチ?これがワタチのシアワセテチ?」

そう、パンタコーナは、その時にシアワセを強く感じた光景だけを思い返していた。

パンタコーナには、母親の記憶が無くて当然だった。

抱かれた記憶もない。
当たり前だ…母親は動く事が出来ないのだ。

写真は、バカを素直で大人しくさせる為の記憶を操作する小道具に過ぎない。

パンタコーナは胎教を聞かされる事すらなく。
ただ、生まれ落ちた事だけを幸福に感じているだけの何に使われるかすら定かではない”モノ”の1つに過ぎなかった。


ただ、そのモノのなかでちょっと運が良く選ばれたという…。


パンタコーナは滑り落ちた先、沢山の生まれたての仔が膜取りを待って浮かぶ溜め池で生まれて初めての人間の声を聞いていた。

覚えていたのだ。パンタコーナは全てを…。

『今、落ちてきたのがA−8の仔か?数が少ないし、糞も多く流れてるし、仔は来るまでに半分は死んでるな。
 そろそろ限界かな?Aラインの餌の供給止めて総入れ替えの手配だな』

そう言いながらパンタコーナを手に取るニンゲンに、パンタコーナは生まれて初めて呟いた。

「膜を取ってレフ…イキグルチイレフ…」

『おっ、コイツ、プニフー以外の実装語をしゃべったぞ、運が良いなキープで食用から格上げだ』

パンタコーナは膜を取られ、他の仔とは違うトレイに寝かされた。


ニンゲンに取り上げられた事でもない。
膜を取って貰えた事でもない。

その時のパンタコーナは、ただ生きているだけでシアワセだった。


それから、再び、記憶が途切れた。



「ワタチのシアワセは…」

気が付いた時、パンタコーナは見知らぬ景色の世界にいた。


動けない…だが、夢ではない。

死んだのだろうか?…だが、全身が激しく悲鳴を上げて痛む。


身体は自由に動かず、テープでグルグル巻きになっている自分を思い出す。

よく見れば、まったく知らない世界ではない。
”お散歩”で飼い主と遊ぶ庭だと思い出した。

あっちがお家かも…。

チラっと目をやったそのガラス戸の真ん中、上の方からニンゲンが降りてくるのを見て。
パンタコーナには、それが自分の居た家であるとハッキリ理解できた。


パンタコーナは、落下の瞬間に助からない絶望から走馬燈を見た。
シアワセの感情で満たして痛みを感じないようにした。

しかし、その長く夢を見て居たような時間は、現実には1秒も経過しておらず。
しかも、その瞬間の間にパンタコーナに奇跡が起きていた。


体長10cm少しの仔実装たるパンタコーナは。
通常、身長の3倍程度の高さからの自由落下で、できあがっていない肉体は致死率が7割に達する。
それが家の2階…3m近い高さからの落下では、まず助かりはしない。

ところがパンタコーナは、ガムテープで蓑虫状に身体を包まれて中で糞を漏らしていた。
服とガムテープで漏らした糞が逃げにくくなった為に、全身を包む糞のクッションになったのだ。

さらに、上から垂れていたテープのロールに興味を惹かれて遊んでいた野良実装達の頭に落下し。
その野良実装が血を吹いて潰れゆく課程で、もう1つのクッションになっていた。


「ウンコテス…ウンコの王が降ってきて、ママを殺したテスゥ!!」

「デシャァァァァ!! 何テチ! コイツ、何者テチィ!!」

「これは食えるテチ? 食えそうに見えないけど、何となく食えそうテチュ」


そして、テープ巻きになっていた事で、野良達はパンタコーナに対して。
瞬間、ただの仔実装と理解できずに警戒して手を出せなかった。

パンタコーナは、助かった奇跡を感謝する間もなく。
落下の衝撃で傷付いた身体で、動きを拘束するガムテープを、またも苦痛に耐えながら引き剥がさなければならなかった。


この場から脱して助けを求めれば、まだ何とかなるという希望が視界の先で動いているのだ。

ガラス戸を挟んだ向こう側で…。


「デ…テッ…テ、テ、テーチュン  デチュウ… デヂッ」

片足は完全に明後日の方向を向いていた。
動く度に身体に電撃が走るように痛みが増し、それ以外も激しい損傷がある事を教えていた。

それでも、テープ巻きのボロボロの姿で、ズリズリとそちらに動き出す。


「デスゥ…コイツは知らない顔デス…なんとなくウンコ臭いけど飼い実装のような気がするデスゥ…」

「驚くなデス、落ち着くデス。ただの仔実装に見えるデス…誰の仔でもなさそうデス(ゴクリ)」

やがて、落ち着いた野良達もパンタコーナが仔実装であることを理解し始める。


ジリジリと寄ってくる野良実装達に、パンタコーナは痛みも容姿も気にしていられなくなった。


「デチュゥゥゥ こ・こるさられるテチ… テテテ… デヂィ!!
 これで左手動くように…デチャァ!!こ・こ・これは髪が束で取れてるテチュ!
 テェッ! アンヨ、アンヨ…デヂュゥ!! イタイテチ…デピャ!スカートが破れたテチュ!!
 テェェェ! ニゲルテチ、走るテチ! なんとしても走るテチュ!! ママァ!! マーマァー!!」

少しでも動きやすくと、さらにガムテープを引き剥がす。
痛みを忘れて、損傷激しい肉体を酷使する。


まだ助かる…飼い主に保護されれば、きっと助かる。

これこそ奇跡だ。

これこそ自分がパンタコーナであるシアワセだ。


初めから用意された絶対のシアワセ…。


あんな、みすぼらしい姿、ただ存在する事だけをシアワセと感じた貧相な心は偽りなんだ…。


そう信じて駆け出した。
自分は人間の世界に戻るのだと言い聞かせて。



「テーーーーチュン! テチュン! テチュン! テチュン!テチュン!テチュン!テチュン!テチュン!」

ヨロヨロと駆け、必死にママと叫び続けるパンタコーナを、ガラス戸の向こうから見つけた飼い主は…。

『やーだ、また野良が向かってくるわ…懲りないわね…もう忙しいのに止めてよ実装石なんか…』

そう言って、廊下の電気のスイッチに不自然に増設されたボタンを押す。

見るにも耐えないボロボロな半ハゲの仔実装が向かってきて。
後から、やはり見るからに臭っていそうな野良達もゾロゾロ群れているのだ。

当然の反応といえば当然だ。


ウイーン…

庭の芝生から、何本か、等間隔になにやら円筒形の機械がせり上がってくると…。

プシャァー!!

筒の上部から放射状に勢いよく水が撒かれ出す。


「デギャァ!!こ・これは祟りデスゥ!!」
「テチャァァァァァァ!! 雨じゃないお水は溺れるコワイテチィ!! ママ!!ママァ!!」

幾つかの野良は、突然水が撒かれた事で驚きパニックを起こしたり逃げはじめた。

それでも、パンタコーナは真っ直ぐ飼い主が見ている戸を目指し。

今更になって、パンタコーナを食い物や奴隷候補として認識した実装石や。
ママと呼んで向かっていくパンタコーナに並んで行けば、あそこに入れると欲を出した実装石が。
撒かれる水をものともせずに、パンタコーナを追跡し始める。


パンタコーナが庭の縁石に登り、縁側によじ登り、ガラス戸に張り付いて戸を叩く。

「ママァ!!ワタチをタス…」

そう言いかけた時に、飼い主は言いかけて溜を作っていた言葉を続けた。

『(実装石なんか)…見たくもないわ』

もう一度、スイッチを押すと、芝生への水撒き機はもう1つのモードを作動させる。


”野良実装石排除モード”
放射状に撒かれていた水が止まると円筒の上部にLEDランプが点灯する。
そして、ウインウインと上部が回転をはじめ、
やがて、実装石の居る方向で固定し、LEDランプがその動きに合わせて動き出す。


ブシュゥ!!

そして、LEDランプが狙っている向きに、勢いよく水が1本の筋として噴き出す。

LEDランプの部分には、熱源センサーなどが組み込まれ、自動で散水口の向き角度を調整し、
散水に使う水圧を1つの穴に集中させて、勢いよく実装石にぶつける追尾攻撃モードが用意されていた。


「テッチャァ!! マッ、ママ! ベバァ!!」

「テチュゥゥゥゥゥ!! テーーーーーーーチュゥゥゥゥゥゥゥ…」

まともにその水圧に狙われた仔実装は、下手に踏ん張って水圧に身体を折られるか、
水圧に翻弄されて、死ぬ程の勢いで地面を転がされた。

成体の実装石にはすぐに致命的な打撃はもたらされないが、十分に痛みを与え。
動けば向きを合わせて向かってくる水に、やがてはウザったらしく感じて逃げまどうようになる。


「テェ!! テェー…テェー…テェーチュン…テーチュン!」

パンタコーナも狙われ、ガラス戸に押しつけられるように水を背中に浴び続けながらも、必死に飼い主に自分の存在を訴える。

だが飼い主が昼前に着せた服とは違う服、しかも、その服は破れ、糞にまみれ、ガムテープがみすぼらしさを増し。
髪も抜けて残り少なく、禿げているよりも貧しそうな半端なボロ仔実装。
そんな容姿のパンタコーナをパンタコーナであると理解できる程に、飼い主の方の愛情など存在しなかった。


『まったく、実装石って何でこんなにウザくてキモチワルイのかしらね…』

ガラスを挟んで向こう側から、飼い主はパンタコーナにそう言いはなった。

『はやく居なくなって頂戴!!』

「テッ…」

バン!


パンタコーナが気力を失ったのと、張り付く実装石を脅かす為に飼い主がガラスを叩いたのは同時だった。

パンタコーナは、悲鳴を上げることなく芝生の上をゴロゴロ追い立てられて転がり回った。

”捨てられた”それだけが頭を満たしていた。



プルルルルルル…

『あっ、とし子?丁度良かったわ!そう、パンタコーナよ。
 アレ、ゼンゼン頭悪いし。ドンドン頭悪くなってくし。可愛くないし。
 仔を産んで稼げるって話だから合わせて我慢してたのに…。
 今?それが掃除用具買いに出かけた間に、家の中、糞まみれにして姿が見えないのよ。
 うん、家からは出られないはずだから何処かに隠れていると思うけど…これで逃げられたらどうするのよ?
 こんな事なら最初から、アンタに聞かずにペットに犬飼うんだったわよ。
 ちゃんと教育したら賢くなって、可愛くもなって飼うのも楽になるって話だから…。
 そうよ、金ばかりかかるし。自分を賢いとか言っちゃって1日前の事も記憶しないのよ!
 バカの方向性がアンタの言うのとゼンゼン違うじゃない。
 こんなの仔が産めるようになるまで育てる自信なんか無いわよ!
 見つかったら送り返すから、そのなんとかって業者からお金返して貰ってよ!!』

普通のペットを飼う事に飽きた女性層に、サイドビジネスとしてペット実装育成が密かなブームとなっていた。

ペット実装の仔を”シアワセ”を感じさせストレスを少なく育て。
そうして育った実装石の仔をペットショップに買い取って貰うビジネスだ。

それなりに育てたペットは手間が掛からなくなり。
仔は一山数百円だが、育成法さえ間違えなければ定期的に勝手に生み続けるようになる。
そして、偶に知能テストで良い数字を出せる仔がいれば。
程度によって餌代還付や小遣いになるモノもいれば、臨時収入とよべるほどの値になる場合もあった。

犬猫と違い、コミュニケーションが出来るペット。
自分で自分の世話ができるペット。
それによってある程度の地位を得たペット実装に、さらに宣伝文句を付加し。

ペットを可愛がるついでの、その微妙なギャンブル性が暇を弄ぶ中流独身女性層に受け出していた。


やがて、ペットとして育てた結果として仔を売って儲ける…から。
仔を売る為に飼って育ててみる…という考えが生まれだす。

自然と、その流れを逆に利用しようと言う者も現れる。


パンタコーナも、そんな飼い主に飼われる為に見栄えだけ良くして、そうした知識薄い女性に。
ペットに及ばない仔実装をペット並に育てさせようと言う。
詐欺ではないが詐欺に近い偽りがある商法に使われる為に用意された仔実装だったのである。

パンタコーナの当たり前に用意されたシアワセとは。
形を変えて母親と同じ、ロクでもない未来しか用意されていない仔を産み続ける出産石としての未来だった。


それでも知らずに産み続けて、その仔の何パーセントかは。
食用の出産石なり、店頭で数百円の値が付くペットになったり、ほんの少し長く生きる事が出来るかも知れない。
もしかしたら、高い値が付くペットになれる者が生まれるかも知れない。

なにより仔を孕んで産み続ける間は、ペットとして何も考える必要なく生きていられるのだ。


しかし、パンタコーナは、シアワセとは何であるかを知ることも考える事もなく。
地面を転がされ、側溝に落ち、他の野良達とともに芋洗いにされて、命からがら這い出し、野良に落ちて生きる事になった。



「テーチュン…テーチュン…テチテチィー…テチュンテッチュー(ママ…ママ…寒いテチ…ひもじいテチ、シアワセはドコテチ?)」

髪を大部分失い、服は破れ、ガムテープが張り付き、みすぼらしい容姿で。
懸命に破れてしまった写真の一部を抱えて、それに話し掛けながらトボトボと歩く。

同じ様に転がり流され、側溝に流されて生き残っていた仔実装達の後を付いて歩いていた。

その野良の仔実装たちも、親とはぐれて行く当てもなく親を求めて彷徨い歩いている有様だ。
別の方向に行く仔達も居るが、大抵の仔実装は居る場所が判らない不安から誰かの後を追うことしか出来ず。
パンタコーーナもまた、それに倣って付いて行く事しか出来ない。


頼る者も無く、一人で立って生きる知能もない仔実装パンタコーナには、もう本当に肉体以外に何も無い。

この先、行く当てのない野良の仔達に付いて歩いて彷徨い、野垂れ死にするか。
せいぜい運良く公園まで辿り着いて、揃って喰われるか他者の奴隷になる道しか残っては居ない。


ただ、全てが幻だった事だけがパンタコーナには理解できた。
理解は出来たが、認める事は出来なかった。

パンタコーナは生まれて初めて飢えを感じた。なによりシアワセに飢えた。



パンタコーナには考えない事が2つあった。

フシアワセのカタチとシアワセのカタチである。

だがパンタコーナは写真の切れ端を抱え、トボトボと同様に希望を無くし歩く仔実装に付いて歩きながら、
生まれて初めてシアワセを比較して、シアワセにパンタコーナのカタチ(順位)を与えようとしていた。

落下する時に見た走馬燈の順番通り、シアワセの順番を付けてカタチが決まってくると…。

そして、そのシアワセのカタチ…当たり前に全てがあった世界には手が届かないと判ると。
自然とパンタコーナにフシアワセのカタチも見えた。


フシアワセのカタチは、今のパンコン蓑虫なパンタコーナの姿をしていた。



「ワタチはパン、パンコ…パンタ…パンタコーナちゃんテチ…テペペ…テペペペ…
 今度は、ニンゲンさんのカイジッソウになれるんテッチュ♪ テベッ…テペペペペペ…
 ママはもうイラナイテチュ」

パンタコーナはブツブツと呟き歩く。

他の仔達も、同じ様にして歩いているのだから別に攻撃されるわけでも差別を受けるわけでもない。



パンタコーナには、生きる事だけがシアワセだと感じられる所まで還る事は出来なかった。

だが、生きる事だけがシアワセと感じている方が、短い実装生で一番楽な生き方である。


元々は、その道を踏み外した事で降りかかった災いだったのだから。

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シアワセ仔実装 パンタコーナちゃん … おわり

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