さんさんと降り注ぐ午前の陽光。 最近は雨が降る度に温度と湿度が上がる。 その実翠石は、首を傾げながら鉄柵に囲まれた初夏の庭を見詰めていた。 まだセミの鳴き声は聞こえないが、温度は既に夏を感じさせ。 感情の機微が他の実装シリーズよりも乏しい実翠石でも、僅かに辟易とした感じを醸し出させていた。 2〜3ヶ月前に飼い主になった少女でも気付かない程度ではあったが。 そんな熱さの中でも、彼女は庭師の本能に従い庭に出て自前の如雨露で水を撒き始める。 前々日まで雨が続いていた為、地面が乾くほどではなかったが、定期的に適切な量を散水した方が庭木の状態も安定する。 どれだけ水を撒けばいいか。どこに水を撒けばいいか。 それは本能が示してくれるため、実翠石はただ如雨露に水を汲んでは庭にまくを繰り返していく。 手入れが殆ど行われてない、過去に撒かれた花々が無秩序に咲いているだけの庭。 しかし気のせいか、この実翠石が家で飼われ初めてからというもの。 勝手に生えているように見える茂みが整然とし始めたような気がする。 前に極々短期だけ飼われていたナマモノは糞を投げては己の領域だと主張し喚くだけだったのに。 フワフワと実装服の裾をなびかせながら、実翠石は庭に水を撒き続ける。 時折額に滲む汗を拭いともせず、機械的に水を撒く。 ベチャリ。 不愉快な音と共に、甲高いわめき声が聞こえて来た。 実翠石は少しだけ庭の奥に移動してから、振り返る。 前々回は振り向いた途端に顔に糞をぶつけられたので、本能で危機回避を行ったのだ。 「テヂュ、チューチュー、チチュージャアアアアアア!!!」 「デチャアアアアアア、ジュアアアアア!!」 鉄柵の向こう側に2匹の仔実装が居た。 2匹とも、普通の実装服姿ではない。 姉らしき仔実装はピンク色の実装服だった。 襷がけにしたポシェットと右耳に大きなリボンをしている。 妹らしき仔実装は蛍光イエローのフワフワとしたフリル付きの実装服。 デフォルメされた実装石の顔がプリントされたナップサックを背負っていた。 しかし、その姿はもはや飼い実装を連想させなかった。 各々の実装服は原色が辛うじて解る程度まで酷く汚れていた。 姉のリボンも所々千切れ、半渇きの糞が詰まったポシェットはボロボロだった。 妹のフリルも殆どが引き裂かれ、ナップサックも底が抜け落ちていた。 彼女ら自身も、異臭を振りまく位まで汚れきっている。 目の下は隈で黒々としており、顔色も栄養失調の為か酷く悪い。 かつてはプクプクと太っていたその身体も、今では野良の仔実装と同じかそれ以下の貧弱さだ。 肌と言わず服と言わず黴が生えているところからして、かなり弱っている状態なのだろう。 彼女らは、何故か自分の姿を見つけるとただひたすら叫び、糞を投げてくる。 今叫んでいる姉妹も先々日自分に対して糞を投げてきた輩ではない。 かつては綺麗だったであろう実装服を着た別の仔実装だった。 別に、自分だけではない。 主に抱えられ散歩や買い物に出た時、通りかかった家に実翠石が飼われていると同じ様な光景を見る事が偶にある。 その度に糞を投げたり罵声を上げたりしては、不愉快に思ったらしい人間に殺されたり袋詰めにされていた。 仔実装姉妹は叫び続ける。 返せ、返せと。 温かい住まいを返せ。 温かくて美味しいご飯を返せ。 甘くて美味しい金平糖を返せ。 涼しくて快適な部屋を返せ。 温々な布団とお風呂を返せ。 自分を飼ってくれるニンゲンを返せ。 飼ってくれるニンゲンのアイを返せ。 そこはお前達の居る場所じゃない。 ワタシ達が居るべき場所だ。 簒奪者どもめ、ワタシ達の居場所を返せ!! そこらの馬鹿で欲望丸出しな野良とは違う。 恨みと怒りに満ちた威嚇顔で叫んでくる。 語彙や羅列は異なれど、みんな同じ様な事を叫んでくる。 実翠石は、どうしたらいいのか解らなかった。 そもそも、何で自分が責められ、怒鳴られているのか自体理解出来なかった。 理解できない抗議など無視するのが一番だろうが、この実翠石は他の実翠石より感情が多目らしい。 射程の短すぎる糞投げと罵声を連続してぶつけてくる仔実装姉妹に対して向き直る。 そして如雨露を振りかざし、素早く振り回した。 見事な散水により、地べたを汚していた糞が鉄柵の側にある側溝へと流されていく。 投擲ポーズで糞を投げようとしていた姉と、真黄色な歯をむき出しにして威嚇していた妹に水飛沫が降り注ぐ。 実翠石としては、猛り狂っている姉妹に水をかけて落ち着いて欲しかったのかもしれない。 顔が無表情なままなので真意が今ひとつ不明だったが。 仔実装姉妹は投擲モーションと威嚇顔のまま、いきなり水を浴びせかけられて唖然としている。 実翠石は唖然としたままの仔実装姉妹に対し、頬に手を当てて上目遣いで見詰めてみた。 ある意味、彼女なりの友好的ボディランゲージだったのかもしれない。 無表情で感情が全く発露されてない為、真意が全く不明であったが。 しかし、姉妹にはすこぶる不評だったようだ。 「「デヂュー、ヂュワヂャワ、ジャアアアアアアアア!!!」」 声のオクターブが上がり、威嚇と言うよりは絶叫に近い。 顔をウメボシの様に皺だらけにして、鉄柵を揺するようにして叫んでいる。 その痩せぎすで明日にでも飢え死にしてそうな有様で、よくそんな声が出せるものだと感心する位に。 もう出せる糞も尽きたのか、叫ぶ事に全身全霊をかける仔実装姉妹。 実翠石は本当に、本当に極僅かだけだが困っていた。 陽も上がって温度も上昇しつつあるし、水まきの続きを早くしたい。 この身は同類(?)とされる実装シリーズの中ではか弱い方だ。 長時間暑い外に立ち続けると熱中病になる恐れがある。 さて、どうしたものかと乏しい感情を総動員しながら姉妹を見詰めていた実翠石だが。 「ヂィベェ!?」 「ジョバ!?」 叫んでいた姉妹の後ろに誰かが立ったと思うと、姉妹の顔がいきなり文字通りに凹んだ。 姉妹はそれ以上不愉快な叫び声を上げる事もなく、鉄柵にもたれ掛かるようにして崩れ落ちた。 「ボクー」 目をまん丸くしていると、麦わら帽子を被り大きな鋏を持った少女のような存在が鉄柵の外に立っていた。 この実翠石にとって、それは見覚えのある存在だった。 確か、近所を飼い主に抱えられて散歩していた時、数軒隣りの垣根に囲まれた庭を手入れしてたのを見たような気がする。 多分、この姉妹が大声で騒いだので聞きつけて来たのだろう。 本能だろうか、僅かに恐怖が心の奥を過ぎったが表情に出る程でもない。 いや、表情に出る事があるのかも不明だったが本石にとっても解らない事なので仕方がない。 ともあれ、その鋏を持った麦わら帽子は、実翠石の窮状を救ってくれた。 彼女は頭を凹ませたまま痙攣する仔実装姉妹を、持っていた袋に手際よく詰め込み袋の入り口を縛った。 そして麦わら帽子に片手を添え実翠石に軽く会釈し、袋を引き摺りながらそそくさと帰って行った。 実翠石が礼を言うのを忘れたと気が付いたのは、彼女の居る庭の木で脱皮したニイニイゼミが鳴き始めてからだった。 完 ———————————— 感想を何時もありがとうございます。 現在、拙作をブログで少しずつ編集中です。 大鍋氏の設定が入っているスク(繭を作った蛆・釣り場での託児)も編集して大丈夫でしょうか? この場を借りて連絡させて頂きます。 過去スク 【微虐】コンビニでよくある事 【託児】託児オムニバス 【託虐】託児対応マニュアルのススメ 【虐】夏を送る日(前編) 【虐】急転直下(微修正) 【日常】実装が居る世界の新聞配達(微修正) 【虐】山中の西洋料理店 【観・虐】実装公園のトイレで休日ライフ 【虐・覚醒】スイッチ入っちゃった 【虐夜】冥入リー苦死実増ス 【冬】温かい家(改訂版) 【虐】繭を作った蛆 【教育】神父様の教え 【哀】風の吹く町 【哀】【春】急転直下2 【哀・虐】桜の季節 【虐】繊維蟲 【餌】釣り場での託児 【虐・哀】春が過ぎた季節 【託児】託児オムニバス2