休みの昼だった。 敏明は部屋にほのかに立ち上る異臭の中で目覚めた。何だこの臭い? くさい。 嗅いだことのない種類の臭いだ。鳥小屋のような、動物園のようなケモノ臭。 原因を探る。 昨夜は仕事で遅かった。 冷蔵庫の中のつまみやビールで晩酌をしていたら、いつの間にか寝落ちしていた。 貴重な休みがもう午後になっていた。くやしい。 昨夜帰った時に放り投げたバッグや上着の横にコンビニ袋がある。 異臭はそこからしていた。 何か腐らせたか? いや、昨日コンビニでヤクルト1000を二つ買った。今思い出した。 このビニールの袋の中には二つのヤクルト1000が入っているだけのはずだが? 「何だこれ」 コンビニ袋のヤクルトはそのままだったが、中に小さな生物がうずくまっていた。 辺りに散らばっている緑色は糞か。異臭のもとはこれだ。 なんだこの汚い生物? いつからいた? 生物は10センチ足らずで、人に似ていた。裸で、後頭部に髪のような毛が生えている。 スマホで写真を撮り、画像検索する。 「実装石」 これが、ソレか。 知識としては知っていたが、近くで見るのは初めてだった。こんなに小さいのか。 ■ 「テヒィー。テヒィー」 その汚い裸の生物にはまだ息があった。小さく肩?が上下している。 餓鬼のように膨れた腹以外は骨が浮くほど痩せていて、衰弱していることは明らかだった。 リンクからWikiの実装石の項目を初めて開く。 Wikiのページの記述は膨大で、敏明はざざっと眺めたが、真面目には読まなかった。 せいぜい、体長5〜40センチ、成体はそれより大きくなることもあり、平均寿命は6ヶ月、 栄養状態や飼育環境では5年以上生きることもあるが、野生の場合は多産でよく死ぬ。 そんな記述が目に入った程度だ。 これは10センチないな。 敏明の親指よりは大きいが、8センチ程度という小ささだ。 思わず、うつ伏せの実装石に触れて転がしてみた。臭いのに、糞まみれなのに。つい。 「テェェー」 仰向けにした裸の実装石の頭は剥げていて、しかし額に一房の毛が生えていた。 Wikiの画像と見比べる。 これは髪の毛だ。これで正常なようだ。画像と違うのは服がないことくらいだが…。 「テェエ。テェェェン」 まだ生きているので、か細く声を上げている。 ものすごく小さい口。ものすごく小さい声だ。集中していなければ聞こえない。 両目が赤と緑のオッドアイだってことは、Wikiを見ていなければ気付けなかっただろう。 それくらい小さい。瞳なんて爪楊枝の先くらいの小ささだ。 「すごいな。なんか、ガチャガチャのフィギュアみたいだ」 ぱしゃりとまた写真を撮る。 何の気もなしに、Twitterにそれを上げた。 『実装石? 初めて見た。何でコンビニ袋の中にいるんだ?』 敏明はそんなに積極的にTwitterをしていない。リプライなんて期待していなかった。 いつもと同じ、ただ気が向いたから書き込んでみただけだ。 「テヒィー。テヒィー。テチャー」 実装石は虚空に目を見開いて、荒く呼吸を続けている。 「弱ったな」 敏明は頭をかいた。 世間一般ではほぼ害獣の実装石。死んでいたならコンビニ袋を縛って、捨てて終わりだ。 だが、この小さな生物はまだ生きているのだ。 しばらく途方に暮れているとやがて、普段何も変化のない敏明のスマホに通知が来た。 ■ 「託児キターーー」 「FF失礼、親実装が後をつけてくるので警戒して下さい」 「糞蟲、実装石は害獣なのでちゃんと潰して指定ゴミで出して」 「釣りですか? 虐待派乙」 次々と、ではないがぽつぽつリプライが来る。ほぼ全部フォロー外からだ。 こんなこと初めてだった。 「怖っ」 敏明はツィートを削除した。 しかし気にはなったので、またWikiを眺める。 「託児」の項目。 実装石が人間の庇護を求め親子ともども飼われようとして行う習性。 仔を人間のバッグなどに投げ入れ、親が後をつけて飼育を要求する。 その際、仔はバッグ内の食料を食べ誤魔化すために同じ重量の糞をするため、 人間の怒りを買うことが多く、成功率は著しく低いが、本能して連綿と続けられている。 「なんだこれ」 敏明は唸った。少し、かなり呆れて。 そして、コンビニ袋の中の小さな実装石を改めて見た。 俺は、託児されたのか。 ツィートは削除したのに、DMの通知が来ていた。 送り主のアカウント名は「フタバ」。 フォロアーだが、ほとんどTwitterをしていない敏明。いつ繋がったのかは覚えていない。 DMを開く。 「初めてDMさせていただきます。敏明さん、実装石に託児されています。  親実装が後をつけて来ますので、気を付けて下さい。  大丈夫ですか? 家は二階以上ですか? 床や玄関が汚されますので注意です。  実装ゴミは指定日に自治体の指定袋で出す決まりです。突然すみません。  実装石にお詳しくないように感じましたので、念のためDMさせていただきました」 「フタバさん、誰だろう? 親切だなー。ありがとうございます」 敏明はスマホの前で独り言。 ええと、とか言いながら慣れないフリックでぽちぽち返信を打った。 「フタバさん、DMありがとうございます。仰る通り、実装石に関わるのは初めてです。  託児という習性も、さっきWikiを見て初めて知りました。  ただ、私はバイク通勤で、託児されたのは職場近くのコンビニかと思います。  親実装が歩ける距離ではないと思いますし、私の部屋も三階なので大丈夫です」 送信。 ご心配ありがとうございます的な礼儀はつくしたと思った。 コンビニ袋の中の実装石を見ながら少し考えて、もう一文、フタバにDMを送る。 「この実装石、かなり弱っているように見えるんですけど、どうしたらいいでしょうか?  もしお詳しかったらアドバイスいただけましたらありがたいです」 ■ 敏明はスマホを何度か見ながら、しかし少し空腹を感じて、 冷蔵庫の中の総菜をレンチンして食べた。 袋の中の実装石は小さいのでものすごい悪臭というわけではないが、臭いは臭いので、 ついつい昼間からビールも飲んだ。現実逃避と言うか、現状を誤魔化すかのように。 この実装石、どうしようかー。 二本目のビールを開けた時、スマホの通知が鳴る。 「返信遅れてごめんなさい。  少しびっくりしてしまいました。言葉を選ぶのに時間がかかって…。  敏明さんは託児されて困っているはずなのに、実装を助けたいと思っているのですね。  私から言えることは、実装は害獣なので、できればそのまま駆除するべきと思います」 生物を殺すのはちょっとね。 敏明は実装石のことは詳しくないが、道徳や倫理観的にそう思っていた。 だいぶ時間が経って、フタバからのDMの続きが来る。 「写真を見た限りでは、仔実装はかなり飢えていますが、この程度ならすぐに回復します。  特に何を用意しなくても大丈夫です。ヤクルトの口を開けて下さい。  一つで充分です。包装を開けるだけにして、撫でたり優しくしないで下さい。  二つ目をあげたら増長しますよ」 ありがとう。そうしてみます、 そう返信をしたと同時に、続きが来た。 「どうか、敏明さん、気をつけて下さい」 「実装は糞蟲と呼ばれていますが、これは悪口ではありません。生態の形容です。  糞蟲は与えられたことをすぐに当然として、それ以上を要求するようになります。  だから害獣で、とても飼うのが難しいんです。ペットとして扱ってはいけません。  絶対者として暴君のように振る舞わないと、手に負えなくなる生物なんです。  私は、今すぐに潰して捨てるべきだと思っています。  でないと、敏明さんの心がいつか必ず傷つきます。私はそれを心配しています」 ■ フタバの言う通りに、コンビニ袋の中、ヤクルトの包装を一つ開けてみた。 「テチュゥーン」 今にも死にそうな実装石が、いきなり小さな鼻をピスピス鳴らして立ち上がった。 しかし、ヤクルトの容器は死にかけの実装石よりも大きい。 近づいて背伸びしても飲み口には届かないし、舌を伸ばしても舐めることもできないのだ。 敏明は少し悩んだ。 ヤクルトを倒すか? 或いは小皿に中身をあけてやるか? 「テッチュ!テッチュ!」 小さな実装石が敏明を見上げて跳ねる。どこからその力、湧いて出たんだ。 「テッチューン!」 敏明の顔をしっかりと見つめて、右腕を頬に当て、首を傾げた。 所謂完璧に媚びのポーズだが、敏明には意味がわからなかった。スルーした。 「元気じゃねえか。いいから飲めよ」 敏明がぞんざいに対応したのにはフタバの影響もある。 フタバは敏明が返信する前にさらに何通もDMを送ってきていたのだ。 フォロアーとは言え、見知らぬ他人だ。敏明には若干怖い。 「敏明さん、犬を飼ったことはありますか?」 DMを読む。敏明はペットを飼ったことがない。 「犬は社会性のあるペットと言います。聞いたことがあるとは思いますが、  群れの中で序列を作るんです。自分は何番目か、そういうあれです。  お母さんが一番、お父さんが二番、長女が三番、長男が四番、自分は五番、みたいな」 「可愛い犬でも、人間をその下に置くことがあります。  例えばで恐縮ですが、敏明さんを六番目、みたいに。  序列の上には従うけど、自分の下は軽く見るし、舐める。馬鹿にする。いじめる。  人間より自分が上だと思った犬は、下に対してものすごく我がままになります。  実装石の場合、その度合いが何十倍もあると思って下さい」 フタバの例えは、敏明にも何となくでも伝わった。 「上の立場として、主導権を絶対に維持すること、そういう意味ですか?」 DMの返信はすぐに来た。 「そうです。飼い主を崇拝する実装は可愛いですよ。ママと慕ってくれます。  でも、一瞬でも実装に侮られたら。飼い実装が崩壊する原因はそこにあるんです」 「テチャー!」 実装石が何度かの体当たりでついにヤクルトを倒した。 こぼれるヤクルトを四つん這いで舐め出す。這いつくばってピチャピチャ舐める。 「テチャ!テチャァアー!!」 おいしいらしい。 それは、実装石にとってとんでもない栄養であるらしく、一滴も残さず舐めていく。 自身の糞も一緒に食べているのだがそんなことはどうでもいいかのように。 やがて、ヤクルトも糞も全部腹の中に収めた。 餓鬼のような死にかけの身体が一瞬でつやつやと健康的に潤っていく。 なんてデタラメな生物だ。 すっかり生気を取り戻し、肌もピンク色になった実装石は やがて満足そうに仰向けにスースーと寝息を立てた。 びっくりするくらいの量の糞がコンビニ袋の中にひり出された。 ■ 「おかげさまで実装石、助かったみたいです。  袋の中ですやすや寝てます。あとめちゃくちゃウンコしました」 敏明はDMを送信する。写真も添えた。 「実装石 飼う で検索しましたが、ハウスにも色々あるみたいで。  放し飼いや、水槽、ダンボールなんてのもありました。  おすすめなどがありましたら、教えていただけるとありがたいです」 実装石初心者の敏明は、この託児仔実装を飼う気でいたのだ。 瀕死の状態から命を繋いだ満足感もあった。つまり、情が湧いたのだ。 仔実装が賢いか、糞蟲かどうかもまだろくに分かっていないのに。 フタバからの返信はかなり経ってから届いた。仔実装はまだ寝ている。 「その3つの中からですと、水槽飼いをおすすめします。狭いので充分です。  理由として、実装は基本不潔なので洗いやすいのと、制限できることです。  制限という意味は、自由とか権利をです。  大げさに聞こえるかも知れませんが、あまり自由にさせすぎたりすると  実装はすぐに増長して飼い主を馬鹿にするようになります。  言うことを聞かせるために糞を投げたり、わざと悪いことをしたりします。  実装は動物としてはおおむね賢いですが、ずる賢い方向に賢いです」 敏明は部屋を探った。水槽は持っていない。 が、しばらくしてフィギュアなどを飾るアクリルケースを発見した。 水槽と比べるには小さいが、目の前の仔実装はフィギュアよりもっと小さい。 一応、写真を撮ってフタバにお伺いを立てた。 いいと思います、と返信が来たので敏明は満足した。 貴重な休みの昼間、アルコールも入っている。 今さら実装石を飼うために買い出しに出かけたりするのは面倒だった。 フタバの返信では、餌皿、水皿、タオル、トイレがあれば充分だと言っていた。 フタバの飼い実装の画像も添付されていた。 身なりはきれいで、その表情には知性が感じられた。 敏明は、フタバを信頼した。 アクリルケースの床にティッシュやチラシを敷き詰め、タオルを置く。 百均の皿を三つ、それぞれ餌皿と水皿、トイレとした。 「テチュウーン」 寝息を立てる仔実装をそっとつまみ、ケースに入れた。 糞まみれのコンビニ袋は口を固く縛ってゴミに入れた。 そうして、仔実装はコンビニ袋の中の託児実装から、敏明の飼い実装になった。 ■ このスクは愛護タグではないのでいくらか省く。 フタバのアドバイスに従って、目覚めた仔実装を洗面所で洗った。 石鹸を使い、冷水でゴワゴワな髪や垢と糞で緑に染まった体を洗った。 「テジャァァァァ!」 仔実装が糞を漏らして嘆くが、手加減しない。 むしろ、糞が出なくなるまで洗った。 お湯を使うことを忘れていたので、洗い終わった時には全身ブルブル震えていた。 タオルで拭く。 「テッチュウ?」 仔実装は自分を包むタオルの柔らかさに、温かさに夢見心地になった。 「ママァ…」 うわ言のように呟いたが、敏明は気に留めず、その後ケースに入れた。 「託児の仔実装が裸だったことが気になりますね。  実装にとって、服と髪は命と同じくらいの財産です。  どちらかが無くても、実装社会では凄惨な虐めに合います」 夕方、寝ている仔実装を背に敏明はスマホを見ている。 「託児を成功させるためには普通、親は一番の賢いお気に入りを投げます。  敏明さんの仔実装が裸なのは、もともと間引き目的だったのかな? と思います。  本来、託児は親仔ともども飼ってもらおうとする実装の醜い習性です。  ですが、今回はいらない仔の、ていの良い口減らしに感じます」 そうなのかー。 「なので、少し期待が持てます。不幸中の幸い、と言いますか、  人間をメロメロに出来ると期待され託児された仔実装はほとんど糞蟲ですが、  糞蟲の要求は際限なくて醜いものですが。  敏明さんの仔実装は親に捨てられたので、何も知らされていない可能性があります。  つまり、敏明さんの躾けに素直に従う可能性があると言うことです」 躾け、というワードが出てきた。 躾か。 そう。飼うのならば、躾をしなければならない。 人間と一緒に住むのならば、覚えさせるべきルールはあると感じた。 数日が経った。 ■ 餌はフタバの指定した安い実装フードのみ。それ以外は絶対ダメ。 決まった時間に適量あげて、いくら要求されてもそれ以上はあげてはダメ。 敏明はそれに従った。 ケースから異臭が立ち上る。 仔実装を洗面所で洗っても、いつも全身糞まみれだ。 テチャテチャ泣き喚くが何をしてもトイレを覚えない。 どころか、餌はあげているのに糞を舐める毎日が続く。 「いつもすみません。どうして、トイレが分からないんでしょうか?」 フタバにDMする。 「実装は敏明さんの言葉が分かります。分かるのに、従わないのは反抗しているからです。  敏明さんが躾をしようとしているのは分かりますが、実装は言葉が分かるからこそ、  不満があってそれに反抗しています。  言葉だけで言うことを聞かないのなら、残念ですが痛みで躾するしかありません。  納得はいかないでしょうが、言うこと聞かない場合、爪楊枝で刺してみて下さい。  たぶん、その結果に敏明さんはきっと驚きますよ。  実装の躾は難しいけど、痛みを用いると簡単なことが多いんです」 マジか。 敏明は文面を何度か見返して、びっくりしたが、 「テッチューン」 ちょうど仔実装がタオルの上に座り込み糞をしようとしていた。 本当に言葉が伝わるのか? 「トイレはあの皿だ。そこでしないなら痛いぞ」 爪楊枝で刺してみた。 「テヒャアァーーー!」 飼い主から初めて与えられる痛み。 仔実装は泣き叫んで少し漏らしたが、ヨチヨチ歩いてトイレで残りの糞をした。 爪楊枝で一回刺しただけなのに、仔実装が言うことを聞いたことに、敏明は本当に驚いた。 ■ 仔実装はその後も何度か粗相をしたが、そのたびに爪楊枝を刺して言い聞かせると、 本当に驚くことに、やがてトイレを完璧に覚えた。 「危なかったですね。敏明さん、馬鹿にされてたんですよ。  黙ってても毎日ご飯も水も貰えるし、糞で汚れた水槽も掃除して貰えてたんですから」 そうなのか。 フタバの返信に、敏明は複雑な思いだった。 今までペットを飼ったことはなかったけど、叩いて躾けるつもりはなかった。 それなのに、ただ爪楊枝で何度か刺すだけで仔実装は言うことを聞くのだ。 「テギャアアアアーー!!」 そのたびに派手に鳴いて血も出るが、敏明は知っていた。 ファーストコンタクトで、餓死寸前に見えたのにヤクルト一本で蘇生回復したのだ。 爪楊枝一刺しで負った傷など、秒で回復している。 ただし痛いは痛いらしいので、躾の効果は如実に表れる。 「フタバさんの言う通りでした。仔実装、めちゃめちゃ言うこと聞きます。  俺、ずっと仔実装に舐められていたんですね。気付きませんでした」 「敏明さんに絶対に敵わない、って気付いたら実装は依存してくれますよ。  かまってない時でも敏明さんのことをチラチラ見たり、  例えば洗ってる時に必要以上に甘えてきたり。実感はありますか?」 言われてみれば。敏明は思い当たった。 餌や水を足す時はこれ以上ないくらい飛び跳ねてテチャテチャ鳴くし、媚びポーズもする。 洗面所で洗う時には敏明の腕にずっと抱きついてテチュテチュ鳴く。 洗濯したタオルを取り替える時には両手を上げて喜んでいるように見える。 トイレを覚えてからの仔実装は、手がかからないし、なんだか可愛く思えてきた。 Wikiや飼育ページを見たりもしているが、どうにもぼんやりと頭に入ってこない。 その点、フタバのDMでのアドバイスは的確で、すぐに効果があった。 敏明は会ったこともない、顔も知らないフタバに深く感謝していた。 仔実装の飼育はもはやルーチンで、 仕事帰りに世話をするだけで充分で、 仔実装のテチャテチャやテッチューンな鳴き声も慣れてむしろ心地良い。 仔実装が部屋にいるのが当たり前に感じられるようになって、3か月が過ぎた。 ■ 「お久しぶりです、お世話になっています」 敏明は久しぶりにフタバにDMをした。 それと言うのも、少し気になることができてきたのだ。 実装石は5〜40センチくらいとWikiにあった。 しかし、3か月過ぎても敏明の仔実装は8センチのままなのだ。 小さくて可愛らしいし、飼うのに手もかからないが、不安があった。 そして、これは飼い主としての感覚にすぎないが――、 仔実装の元気がだいぶ落ちている気がする。 毎日同じ量あげているフードや水だが、翌朝になっても残っていることがある。 敏明がかまうとテチャテチャ跳ねて喜ぶが、それ以外は突っ伏して寝ている時間が増えた。 3か月も飼うとさすがに愛着もある。 心配だった。 フタバからの返信は予想外のものだった。 「それは多分、残念ですが仔実装の寿命が近いんですよ」 そんな馬鹿な! Wikiにも野生だって平均寿命は半年だって。 そもそも飼育環境で何年も生きるって!! 敏明は取り乱した。 「敏明さんの躾と飼い方は仔実装にとって百点満点だったと思います。  どうか悲しまないで下さい。敏明さんの仔実装は幸せだと思いますよ」 そう言われても! どうすれば!? 「残念なことですが、実装の命は儚いんです。  でも仔実装は敏明さんのことを愛していると思います。これは保障します。  思いっきり甘やかしてあげてもいいと思います。一緒に出かけたり、撫でたり。  もうきちんと絆ができていますから、増長することはもうないと思いますので」 ■ 敏明はその通りにした。 仔実装がだんだんと小さくなってやがて寿命が来るまで、仔実装を愛した。 ケースから出して放し飼いにした。 散歩に連れて行き、陽射しを一緒に浴び、通り雨に一緒にびっくりした。 仔実装は本当に幸せそうに、テチャテチャ鳴いた。 しかし、仔実装の衰弱は日に日に進んでいった。 いよいよ弱ってきた時からは夜は一緒に寝た。 「テチャ。テチュ。テッチューン」 仔実装が頬を撫でている。 夜中、敏明は目覚めた。 飼い始めた時と同じ8センチの小さな生物の小さな小さな瞳が敏明を見ていた。 気付いてしまった。 お前、死ぬのか。 敏明の目から涙があふれて止まらなかった。 仔実装は弱った体で敏明の涙を触ったり撫でたりした。 敏明は仔実装をふんわり抱きしめた。 どんどんその命の火が消えていくことを感じていた。 「テチューン」 本当にかすかな、聞き取れるかぐらいの鳴き声を最期に。 敏明の仔実装は死んだ。 名前、つけてなかった。 つけておけばよかったな。 敏明は嗚咽しながらそんなことを思っていた。 ■ 「お悔み申し上げます」 そのDMを最後に、フタバからの交流も終わった。 いつの間にかフォローも外れていた。 しばらくして、ふと実装石で検索や記事を読み漁っていた折、 フタバに勧められ、ずっとそれだけ購入し与えていた実装フードが、 どちらかと言えば虐待派に人気の、 つまり、「実装石の成長を阻害し生存のための栄養だけ与え仔実装の姿を保つ」 ものであると言うことを知った。 怒りは湧かなかった。 そもそも、自分で調べていれば秒で分かった知識だ。 ただ、どうしてフタバが自分にそれを勧めたのかが気になった。 実装石が憎かったのか? いや、フタバも実装石を飼っていたようだし、自分へのアドバイスは真摯だった。 名前もつけなかった死んだ仔実装のことを思いながら動画サイトを見ていた。 「一番可愛い」とされる仔実装たちの姿がテチャテチャ映し出されていた。 そんな動画を、仔実装が生きていた以上の時間、何か月も見ていた。 二度、託児され部屋は糞まみれになり敏明は怒りとともに実装石を皆殺した。 ■ ああ、そうか。 ふと思ってフタバのアカウントにアクセスする敏明。 アカウントは生きているようだったが既にブロックされていて書き込みは見えなかった。 いい思い出だけをくれたんだな。 敏明はそう理解することにした。 以降、実装石について生態や検索を尽くしたが、フタバの見識は的確だったし、 何より、検索で知った「本来の」実装石は敏明の経験以上に醜悪だったのだ。 思い出は残る。 敏明は今でも、実装石のことを憎めないし、 フタバのことは親切な友人だと思っている。 おしまい ■ 名無しでしたが「13年越し」と名乗ることにしました これはわたしが13年前にめちゃくちゃ実装石にはまっていて、 自分でもスクをかこうとしてた形跡を去年突然に発見して、 コロナ禍とかもあって、色々あったのでしょう、なんか完成させることができました そしたらあれよあれよと次々スクがかけて、10作以上できた上に ありがたいことにレスも戴いたりして嬉しかったので 自分で自分に名前をつけてみました 以下はわたし「13年越し」のスクの一覧です 新しい順になっています 初回限定セルフライナーノーツ()あり 12【冬 観察】冬の双葉公園 http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_3084.html 冬と観察が好きなので 小金井公園を見ると実装石がいるような病気になっています 11【冬 愛護 虐】無関心派敏明の初めての愛護と理解のある妻 http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_3060.html 愛護に至る心理と冬です あとなんか高スペックぽい妻 愛護ってあると伸びませんね 10【虐】お手軽な触れ合いにも! http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_3034.html 手を下さずともやがて死ぬ儚い命について考えていました 一缶20匹は多すぎか 09【虐?】大好きな実装石 http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_3007.html 放置ものとちょっとサイコな女性主人公はえろい気がすると思ってかきました 08【虐】NPO http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_3004.html 新聞屋の経験がありますが睡眠時間が一日90分×2でした どっかでサボらないと死ぬ 07【虐】虐待派敏明の年越し http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_3002.html 禿裸が好きですそして放置プレイも大好きです 糞蟲とお酒をのみたいと思いました 06【虐】実装工場 http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_2999.html 酔って一発でかいたので工場のシステム悲哀というより、デスゲーム的なあれです 05【観察】コンビニと託児と広い広い駐車場 http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_2998.html これは難産で、インガオホーと諸行無常と母仔の血の繋がり的な、結局おなじ的な 04【虐】飢えた公園の生き残り実装一家と虐待派 http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_2997.html 躾ものは好きとレスを貰えて嬉しかったです 躾ものだと思います 03【観察?】それは観察系と呼ばれる? http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_2991.html 観察系が好きでかきたくてやっとかけましたが親実装が憤死してくれなかった… 02【虐?】これは私の二度目の実装情熱なんだよ時代遅れとか知らないのだが http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_2990.html 13年ぶりに実装石に関わったので実装斜陽時代へのリスペクトを含めかきました 01【虐】テンプレ託児です 13年前の書きかけを完成された初投稿デスゥ http://jissou.pgw.jp/upload_ss/j/view/0_2987.html 13年前に1/3ほどかいていました大好きな託児で主人公を女性にしようと思っていました