「待っテチ?」 「飼っテチ!」 「待っテチ?」 「飼っテチ!」 2匹の仔実装の姉妹がリズムカルにステップを刻む これは彼女達の芸である まず互いの手をつなぎ姉が「待っテチ?」と言いながら一歩前へ踏み出す 続いて妹が「飼っテチ!」と言いながら二歩前へ踊りだす そしてまた姉が「待っテチ?」と言いながら二歩前へ踏み出す これを淀みなく軽やかに、見るものを飽きさせない様、踊りを交えながら行うのである この待っテチ飼っテチステップは彼女達一番の得意芸であった それを鑑賞する愛護派達から称賛の声があがる おひねりだと言わんばかりに金平糖、飴玉、チョコレート等の色とりどりのお菓子が差し出され、それを彼女達姉妹の親実装がビニール袋へ回収していく 「本日もありがとうございましたデス。またのお越しをお待ちしておりますデス」 公演が終わり愛護派の人間たちも実装石の彼女達も散り散りに帰路へつく 紅葉咲き誇り舞い散る季節 ここは公園で、彼女達は野良である 親実装は元飼い実装であった かつては人間用に見せる芸を仕込まれたそこそこ高級の躾済み実装としてショップで売られていた 捨てられた理由は、彼女には非がなく、ただ単に成体になって可愛げが無くなった、飽きたという100%人間の身勝手な都合だった それ故か親実装はいつか飼い実装に返り咲くという思いが強く、公園に来てから産んだ我が仔の教育に熱心であった 「アマアマおいしいテチィ♪」 「これを作ったシェフにキスしたいテッチュン♪」 ダンボールハウスの中で2匹の姉妹が先ほど得たお菓子に舌鼓をうつ 「今日も大漁だったデス、この調子なら飼い実装になる日も遠くないデスゥ」 親実装も上機嫌だ 「本当テチ!?」 「やったテチ!」 実は当初仔の数は8匹いた 蛆として生まれてきて不要と判断された者、糞蟲性を発露しワガママ放題のため間引かれた者、厳しい躾に耐えきれず家出を敢行しそれきり帰らなかった者… そうして数こそ減ったものの、残った2匹の姉妹は親の期待に応え、どこへ出しても恥ずかしくない仔に育った この調子ならばあの愛護派たちの中から自分達を飼いたいと申し出る者が出るのも時間の問題、と親実装は考えていた 仔たちも厳しい躾をクリアしてきたという自負が、他の野良と自分たちとは違うのだというエリート意識を芽生え始めさせていた 「さあ今日もレッスンを始めるデス。今日はお歌を教えるデス。まずワタシが歌うから、続けて復唱するデス」 「「イエス、マム!テチ」」 食後の稽古だ 「デッデッデデデデッ(スーン!)デデデデッ…ハイ復唱するデス!」 「テッテッテテテテッ(チューン!)テテテテッ」 〜♪ 「…これ何のお歌なんテチ?」 「ワタシも詳しくは知らないデス。遠い国の殿下のテーマだと聞いたデス。…ケホン」 **************************************************************************************************************************** 「ママー、あれ何テチ?」 ある日、親仔で外を歩いていると禿裸の野良が木陰でうなだれているのを見かけた 「アレは禿裸デス。ああなったら終わりデス。飼いになれる可能性も全く無くなって乱暴者にリンチにされるかドレイにされるかデス」 「すぐに行き倒れになるか、一生みじめな生活をするか…どちらにせよ夢も希望も無い未来しかないデス…コホン」 「テェェ…怖いテチ」 「ミジメテチィ♪ブザマテチィ♪チププププ!」 想像し怖がる姉、落伍者を嘲笑う妹。反応は違うが導き出された2匹の結論は同じだった 「でもワタチたちはあんなのにはならないテチ!」 正直、姉妹は今のままでもいいんじゃないかという気持ちが少しあった 確かにママから聞く飼い実装の生活は憧れる。 暖かいお風呂にフカフカお布団。毎日ゴチソウウマウマお腹いっぱい…そんな飼い実装になれればどんなに良いだろう 野良の生活も楽じゃない。寒かったり暑かったりカラスや野良猫、そして同族という脅威もある でも自分たちの歌や踊りをたくさんのニンゲンに見てもらい、褒めてくれる。おいしいお菓子をいっぱいくれる ママの教育は厳しいけれど、それは自分たちを思っての事。それを分かっているから苦ではない 不満が無いわけではなかったが毎日何かしらの幸福があり楽しかった しかしその永遠に続くと思われた穏やかな時間も暗雲が立ちこめ始めていた… **************************************************************************************************************************** ひと月、二月と経ち、秋が終わり寒風が体に染み入る季節となった 夏に生まれたばかりの仔実装には初めての厳しい寒さとなる これでもまだまだ序の口なのではあるが しかし本格的な冬が訪れる前に家族に危機が訪れていた 「ゲホッゲホッ!ゴホンゴホン!デゲッホ!ハアーッハァーッ」 「ママー!しっかりしてテチ〜!」 胸を抑えて苦しむ親実装。オロオロするだけで何も出来ない仔たち 「ハァ…ハァ…お、お前たちよく聞くデス…ハァハァ…ママはもう長くないデス…」 「そんな!?ママー!ワタチたちを置いていかないでテチー!」 親実装の命の灯火が今まさに消えようとしているのだ 病気…といえば病気と言えるのかもしれない。原因はストレスによる偽石の崩壊だ そもそも捨てられたことがこの親にとって空前絶後の大ショックだった。 そして慣れない野良生活。 仔をもうけた時は幸福感もあったが間引いた時も家出をされた時も内心、身を切るような思いだった それらが徐々に彼女の偽石を蝕んでいたのである。 それだけではない、冬が始まり一家をとりまく環境に変化が訪れていた 仔の芸を見に来ていた愛護派たちも寒くなったことと、年末年始に向けて忙しくなったことで公園から足が遠のいていたのだ 愛護派たちからの差し入れ頼りだったこの一家の家計は急激に悪化しこの一家も餌場への収穫へ出向くことになった しかし良質な餌場というのは野良である彼女らにとってトップシークレットだ 普通は普段から近所付き合いなどして他の個体と良好な関係を構築しお互い困った時は、という感じでこっそり情報交換するものだ この公園は比較的治安が安定していたため、好戦的なならず者を除いて皆そうしていた しかしこの一家は孤立していた どうせ愛護派たちからの差し入れがあるから、どうせいつかは飼いになってここを出ていくのだから、野良どもと馴れ合う気など無い 「チププププ、あいつら生ゴミ食ってるテチ、アワレテチ」 「あんまり見ないようにするデス、近づいたら危険デス」 そうして他者と関わりを断ち、時に見下し、蔑んだ 野良たちは一家を積極的に排除するわけではないが、手を差し伸べることもしない。村八分というわけだ 自分たちは飼いになるのだろう?じきに冬になるのに歌や踊りの稽古とはノン気なものデス 勝手に朽ち果てろデス といった具合だ 結局親実装が餌場で手に入れられるものは他者が奪い合った後の出がらしとなった 飼いになるはずだったのに状況は悪くなる一方だ そうして心身の疲労が蓄積しついに限界を迎えた 「デホッデホッ、お前たち…ニンゲンサンを見つけたら…飼ってもらえるようにお願いするデス… 失礼の無いように教えた通りするデス…ハァハァ…教えた芸を見せればきっと喜んでくれるデス… お前たちなら…きっと飼いになれるデス…ウェッホ!ゲホゲホ!」 「ママ…!グスン…分かったテチ!絶対飼い実装になるテチ!ママから教わったお歌と踊りでニンゲンサンをメロメロにしてやるテッチュン!」 それを聞くと親実装はかすかに微笑んだかと思うと眠るように息を引き取った …ように見えた (もう何も見えないデス… !? …何か光が見えるデス! ゴシュジンサマ!? デ、デェェェェェン!! やったデス!会いたかったデスー! ずっと待ってたデス!言いつけ通りにイイコにしてゴシュジンサマの迎えを待ってたデス!ずっと…ずっと! … ゴシュジンサマ? 何で向こうへ行っちゃうデス!? 待ってデス! 置いていかないでデス!! 待っデチ!飼っデチィィィィィイイイイイイイイイイ!!!!) パキン **************************************************************************************************************************** 親が死に、喪に服すのも程々に仔姉妹はダンボールハウスの外の様子を見る 遠くで乱暴なならず者集団が歩いていた一家を襲っているのが見えた 仔は生きたまま食われ親は服も毛も剥かれリンチにされていた 秋の間に備蓄を蓄えていなかったならず者たちは冬が始まると早々に略奪によって飢えをしのいでいた しかも略奪派は日に日にその勢力を増大させていた 備蓄が心もとない個体が略奪派に転向していったためだ その魔の手が仔姉妹の家に伸びるのは時間の問題だった かつての比較的治安が安定していた公園の姿は見る影も無い 親無しの仔実装だけで生きていけるわけがない もはや一刻の猶予も無いと判断した姉妹は人間の庇護を得るため、早速出発することとなった 「ママ、行ってくるテチ」 「飼い実装になれたらいつか弔いに来るテチ」 親の骸に別れを告げ、同族に見つからぬように移動を開始する とりあえずの目的地は公園の中央広場 あそこは人通りが多かったからニンゲンサンに会えるはず ダメなら公園の出入り口のすぐ外 公園から外に出たことは無いが、多くのニンゲンが通行しているのを見たことがある ニンゲン、ニンゲンにさえ会えれば…自分たちにはニンゲンを夢中にさせる芸がある ニンゲンさえ見つかれば窮地を脱することが出来るのだ そんな事を考えながら慎重に歩みを進める姉妹 到着した中央広場は戦乱の嵐が吹き荒れていた 冬のための蓄えが無い略奪派と留守の間に仔と私財を奪われた親達が結束した復讐派の2つの軍が争い、さながら合戦の様相を呈していた 「本日天気晴朗なれども波高し、公園の興亡この一戦にありデス!各員一層奮励努力せよデスゥ!」 「やってやる、やってやるデスー!」 「デスデスデス、ワレ奇襲ニ成功セリデス」 「やあやあやあ我こそは公園西区公衆トイレ脇に居を構える元飼いのミドリデス!いざ尋常に勝負デスゥ!」 「たぎるデス!久しぶりに糞蟲の血がたぎるデス!」 「射程距離外からデス?意外とセコい手を使うヤツデスゥ」 「ええい糞蟲どもそこになおれデス!我が伝家の宝刀デッスン釘の錆にしてくれるデス!チェストデスゥ!!」 「出ておじゃれデス、隠れていても糞蟲は臭いでわかりまするデス」 「がああっ!パ、パワーが違いすぎるテチー!」 「この公園の明日のためのスクランブルデーーッス!」 死屍累々、屍山血河、傷つき斃れた死体が折り重なり地獄のようだ 当然このような場所に人間などいない。姉妹はとばっちりを食わないように広場を迂回し公園出口へと急いだ 「あ!見るテチイモウトチャ!ニンゲンサン!ニンゲンサンテチー!」 「テチャー!本当テチ!天はワタチ達を見離してはいなかったんテチー!」 公園のベンチに人間の男が腰掛けてスマホを操作しているのが見えた トテトテと男の前に走り寄る 「チャー!チャー!テチャー!テッチィ!テチュテチューン!」 2匹の実装石の仔が何事か騒いでいるが男には何を言っているのか分からない この男は愛護派でも虐待派でもなく、多くの人間と同じ無関心派だった 故にリンガルを持っていなければ携帯アプリも登録していなかった どうせ食い物の催促だろう、やれやれと思い無視を決め込んだ 姉妹は飼っテチと訴えたがどうにも反応が悪い それならば歌だ。自分たちの芸を見せれば無反応ではいられないだろう 「テッテッテテテテッ(チューン!)テテテテッ」 〜♪ 男はこっちが無視してやってるのになおも食い下がっていると思い、だんだんイライラし始めていた しかもこの男、先日あまりに勤務態度が悪いということで仕事をクビになっていたのだ ここでスマホで求職情報を見ていたが男の職歴と資格ではロクな求人が無かった だから今、最悪にムシの居所が悪かった 姉妹はまだ反応が悪いので切り札を出すことにした 姉妹の十八番(オハコ)、待っテチ飼っテチステップだ! これを見て喜ばぬニンゲンサンはいなかった! 「待っテチ?」 「飼っテチ!」 「待っテチ?」 「飼っテチ!」 「待っテチ?」 「飼っテチ!」 「待っテ── 「う  る  せ  え  !  !  !」 ダ ン ッ 大きな影が落ちてきたと感じたと同時に音と衝撃に煽られ妹が後ろにすっ転び尻もちをつく 数秒意識と目がくらみ、だんだん鮮明になっていく 落ちてきた大きな影は男の足だ その位置には確か…姉がいたはず。オネチャはどこテチ? そう思っていると男が足を上げる ネチャリ… 地面と男の足の間を糸が引き湿度の高い音が鳴る 地面には赤緑のマーブル状の粘液が広がっていた さっきまでそんなモノは無かったはず…ということは…それの正体は… と妹の脳が現実を理解しきる暇も無く浮遊感に包まれた 男が妹をつまみ上げたのだ 「俺がこれからどうやって飯を食っていこうか悩んでるってのにてめえらはイイ気なモンだな、ええ? 人間様に媚びを売ればエサにありつけるってんだからよ、いいご身分だな? 確か実装石ってのは髪と服が何よりも大事って前に聞いたな、なら…こうしてやるぜ!」 ブチブチブチン!ビリビリビリ! 頭に激しい痛み、続いてママからもらった大切な大切な服が無惨にも引き裂かれていくのが見えた そして地面に転がされる どこか非現実的な感覚をおぼえその後意識が鮮明になっていく 圧倒的喪失感、恐る恐る頭に手を伸ばす あるはずの感触が、無い。フサフサのはずがツルツルだ 男が薄笑いを浮かべながら握りこぶしを妹の眼前に突き出し、手をこれ見よがしに開く ハラハラと舞い散る亜麻色の毛 「テ、テ、テ、テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!! 髪が…髪が無いテチャアアアアアアアアアアアアアア!オクルミもバラバラテチャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」 飼い実装への架け橋となる髪と服を失った 親の言葉が脳裏にリフレインする (禿裸になったら終わりデス禿裸になったら終わりデス禿裸になったら終わりデス禿裸になったら終わりデス…) 「ハハハ、ざま〜見ろ!ちったあ苦労しやがれ!ああスッキリした、ハロワ行って帰ろ」 心機一転晴れやかな顔つきになった男が去っていく 「テッチ、テッチ、テッチィ!元に、元に戻れテチュー!」 妹は地面に散らばった髪を集めて頭に押し付けたり服の残骸を繋ぎ合わそうとパーツ同士を擦り付けるのに必死だ だが当然そんなもので修復できるわけがない 「テ、テェェェェェェェン!テエエエエェェェェェェェン!何で直らないんテチィ!?」 止めどなくあとからあとから涙が溢れ出てくる (飼いになれる可能性も全く無くなってしまうデス) 脳裏によぎった親の言葉にビクッと怯える その時一陣の風が吹き、髪と服の残骸が散り散りに舞いながら遠くへ運ばれていく とっさに手で追いかけるが届くわけがない そして視線の先に実装石の集団が見えた 略奪軍だ 中央広場の合戦は略奪軍の勝利に終わった 公園の治安は最悪の一途をたどるだろう 汚い笑顔を浮かべ凱旋する集団がこちらに向かってきている (乱暴者にリンチにされるかドレイにされるかデス) 体の震えは寒風によるものか、それともこれからの己の末路を想像したことによる恐怖からか 妹の思考回路が生存ルートを求めてフル回転する 「待っテチ…」 妹は目標に向かって駆け出す 「待っテチ!」 目標はつい先程自分たちを人生のドン底に叩き落とした男だ もはや生き残るには何が何でも人間の庇護を得る以外にない 「ハア!ハア!…待っテチ!飼っテチ!」 既に男とは距離が離れている 歩幅も違いすぎる。追いつけるわけがない しかしそれでも全力で走る (ミジメテチィ♪ブザマテチィ♪チププププ!) かつて自分が口にした言葉が脳に再生される 涙と嗚咽と糞を漏らしながらも走る 決して届かないものへと向かって 「待っテチ!飼っテチイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィ!!!!」 仔実装の叫びが公園に響き渡る… 〜オワリ〜 あとがき デエエ、また【虐観察】ものデスゥ おもちさんの絵からインスピレーションを受け話を膨らませました 「待っテチ?」 「飼っテチ!」 「待っテチ?」 「飼っテチ!」 過去作 冬の温もり 限界耐久籠城ピクニック