その一家に子供が生まれたのは、春頃のことだった。 広い河川敷公園内の一角の水溜りで、母実装石は5匹の仔実装を産んだ。 そのうち一匹だけが蛆実装だった。 蛆実装として生まれた者は、1人では生きてゆけない。 いずれ他者の犠牲となる。 はたしてこの蛆実装はどうだろうか。 母の帰りを待つ間、仔実装達姉妹は巣で遊んでいる。 公園に落ちていたゴミを様々な遊具に見立て、 テチュテチュと大騒ぎだ。 「レフレフー」 姉妹達の輪に蛆実装が近づいていく。 自分も遊びに加わりたいのだ。 ようやく姉妹の一匹に近づけたと思うと、相手はサッと避けた。 「レフー」 もたもたと方向転換し、 また近くの姉妹のそばへと向かっていく蛆実装。 しかしまた彼女も蛆実装を避けるように、走り出す。 「テッチテッチ♪」 「レフレフー」 「テッチュー♪」 つまりこれは蛆実装を仲間はずれにする遊びなのだ。 フットワークの鈍い蛆実装を、みんなでからかっている。 「レフー……」 小さな足では姉妹の移動速度にとても追いつけない。 蛆実装は落胆しあきらめたのか、 動きを止めると遊ぶ姉妹達を見つめていた。 母実装石が帰ってきて食事となった。 巣の一角に積まれた残飯に、仔実装達が群がって食べている。 「テチテチ」 「テプププ」 その隙間に蛆実装も入り込もうとする。 空腹なのはみな同じなのだ。 「テチッ」 仔実装が蛆実装を蹴った。 ちょうど位置的に足は蛆実装の目の前だ。 顔面にクリーンヒットする。 「レピャアー!」 顔を蹴られた蛆実装が泣き出すが、 誰一人気に留めない。親実装石すらもだ。 ――――できそこないの蛆実装。 母実装にとっては家族の範疇に入っていないらしい。 それでもこうして生かしているのは、 仔実装達の生きた遊具としての役割と、 いずれ負わせる役目があるからだ。 「レピー!レピャー!」 蛆実装は泣き続ける、そこにまた姉妹の蹴りが入った。 1発、2発、3発……。 食事を終えた仔実装達はこの出来損ないの妹を、 ボール代わりにした遊びを始めたようだ。 蹴り方にも方法があるらしい。 大きな声で泣かせる顔面キック。 難度の高い蛆実装の小さな足を踏みつける攻撃。 蛆実装は姉妹にとっては、 泣き声をあげるサンドバッグのようなものだった。 姉妹達が成長するにつれ虐めはエスカレートしていった。 今日も顔面にポフポフキックを何度も食らう。 尻尾を踏みつけられ、脇腹を蹴り上げられる。 「レフェーン!レピャアー!」 蛆実装が泣き叫ぶ。 虐める者と、虐められる者。2者を分ける差は手足だ。 蛆実装の手足は貧弱で役立たずであり、移動も遅く、身を守る術も持たない。 実装石の集団では明らかに弱者であり、弱者は強者に蹂躙される。 どうしようもなく無情な現実だった。 子供達が外に連れ出せるほどに成長した頃、 ある日、母実装石は家族総出で外へと出た。 しかも仔実装達に蛆実装を抱きかかえさせてだった。 これから人間にエサをねだりに行くのだ。 こうした家族の仲の良さをアピールするような演技が、 人間の心象を良くすることを、この母実装石は知っていた。 いつも地べたをはいずっていた蛆実装にとって、 姉妹に抱えられての移動は快適だった。 自分が突然偉くなった気がした。 ほんの数センチの高さからだけど、視点も速さもまるで違う。 自分にも立派な手足があれば、これほどまでに快適なのだ。 「レフレフ♪」 姉妹に抱えられ蛆実装は上機嫌だった。 ――――初めて見た人間をなんと表現すればいいのか。 大きい。 そして、なんて立派な手足をもっているのか。 家族達の丸っこい手足とはまったく違っていた。 蛆実装は一目で人間というものに惚れこんでしまった。 普段威張っている母が、姉妹が、必死で人間に媚びていた。 そして人間はというと、まるで関心が無いかのように無視している。 どっちが格上かは鈍い蛆実装の頭でもすぐに理解できた。 親実装石がしつこく媚び続けるのが癇に障ったのか、目の前の男が軽く蹴った。 それだけでも勢いよく転がっていく母実装石。 「レッフゥーッ!」 その光景に蛆実装は感激していた。 そして決心した。 人間の仲間に入れてもらおう、そして人間にしてもらおう。 「レフレフレフ!」  ニンゲンさんウジちゃんをいっしょにつれていってレフ  ニンゲンさんウジちゃんをニンゲンにしてレフ もちろん、そんな訴えなど人間に理解できるはずも無く、 彼らの多くは嫌悪感も露わにその場を去っていく。 そもそも人間にとっては、薄汚い野良実装石家族のさらに片隅の蛆実装など、 視界に入らず認識もしていない。 その圧倒的強者ゆえの傍若無人な態度が、なおさら蛆実装には偉大に見えた。 「レフ!レフ!」 人間との初めての遭遇に蛆実装は興奮しっぱなしだった。 「テチュ!」 舞い上がっている蛆実装の顔を、姉仔実装がいきなり殴った。 もう人間は立ち去った。 仲良し家族をアピールする演技も必要ない。 「テテッチュ!」「テッチュ!」 「レピ……ピ……」 姉たちは人間への餌強請失敗の腹いせを蛆実装にぶつける。 そして母実装石にそれを止める気はまるで無いようだ。 出来損ない蛆実装は娘の内に入ってないらしく、いずれ何かの事故で死ぬまでは、 他の娘たちのストレス解消のマトとして使い潰すつもりなのだ。 「テチュ!」(わらってんじゃねぇテチュ) 「レピャ!」 「テチ!」(なにが楽しいんテチ) 「レヒ!」 蛆実装は身を丸めて縮こまることしか出来ない。 それが抵抗の意志に映ったのか姉達はさらに激昂した。 「テッチュ!」 「テッチュ!」 姉たちに囲まれ袋叩きにあい、涙を流して耐える蛆実装。 しかし、その心はいつもと違い苦しみだけではなかった。 また人間と会える日のこと、そして人間の仲間入りをすること。 蛆実装の心に生まれて初めて希望が湧いていた。 たまにアタリの人間に遭遇することもある。 その日、実装石家族の前で若い男が足を止めた。 「デッスン」 「テッチテチ」 蛆実装を抱いた仔実装を、さらに母実装石が抱き上げ、 親子仲をアピールするかのように柔らかい声で鳴く。 その手の中で蛆実装を抱える姉仔実装も媚び気味に鳴いた。 「おや、お姉さんの方はずいぶん鼻の穴の大きい個性的な顔だね」 事実、いつも蛆実装を抱き上げる身体の大きい姉は、 実装石の平均よりも鼻孔が大きめで、不細工ながら愛嬌のある顔をしている。 男はいかにもおかしそうに笑うと実装石家族の前で屈み、 カバンから袋入りのキャラメルの包みを取り出した。 「はい、どうぞ」 男が蛆実装の口にキャラメルを当てた。 ――――おいしい! 「レフ!」 生まれて初めての甘味に蛆実装は感激した。 こんな美味しいモノが存在するのか、驚きの衝撃に固まる蛆実装。 すると蛆実装の口には大きすぎたキャラメルは、 地面に落ちてしまった。 「テチ!」「テチュ!」 地面では姉たちがキャラメルを取り合い喧嘩を始める。 「そんなに慌てなくても、まだまだたくさんあるよ」 男は蛆実装の口元に新たなキャラメルを与えた。 「レフン!レフン!レフン!」 蛆実装は今度こそは落とすまいと、 小さな前足で必死にキャラメルを支え、 舌を伸ばして懸命に舐めた。  ニンゲンさんだいすき!  おいしいモノくれるニンゲンさんだいすきレフ!  そしてニンゲンさんもウジちゃんをだいすきだったレフ!  はじめにおいしいものをウジちゃんにくれたレフ  ママやオネチャよりもずっとやさしいレフ!  きっとニンゲンさんはウジちゃんをあいしてるレフ! 蛆実装はキャラメル越しに男の顔を見つめた。 人間が笑っている。 優しげな笑顔を見るだけで心が弾む、嬉しくなる。 これが蛆実装の初恋だった。 男は実装石家族の口元へ一通りキャラメルを与えると、 「残りは大事に食べな」 と袋ごと母実装石へキャラメルを渡した。 「デッスーン!」 男が去る後ろ姿を見送りながら、母実装石は何度もお辞儀を繰り返す。 キャラメルを夢中で舐める姉たちと違い、母親の行動は妙に理性的だ。 元飼い実装だった母親は、人間への距離の詰め方に慎重だった。 図々しく要求を叫ぶのではなく、まず気に入ってもらう必要を知っていた。 それはさておき、今日の家族仲アピール作戦は大成功だ。 「デッスデッス♪」 「テッチテッチ♪」 家族で歌いながら帰途に着く。 しかし最後尾を歩いていた仔実装が突然倒れた。 舐めているうちに柔らかくなったキャラメルが喉に詰まったのだ。 元々は人間の口に入れる想定サイズ、 仔実装の口には大きすぎ、それが柔らかくなり、 中途半端に飲み込んだところで止まる。 口腔をいっぱいに占めるキャラメルは呼吸を妨げ、 仔実装の息の根を静かに止めるのだ。 帰宅しても実入りの大きさに舞い上がっていた家族は、 娘が1匹減っていることに気づかなかった。 その晩、キャラメルを貪っていた仔実装の一匹が、 案の定また息を詰まらせ死にかけたものの、 母実装石がマウストゥマウスでキャラメルを吸い出し、 食べてしまうことで事態は収まった。 この美味しい食べ物は仔実装には危ないと母親が独り占めし、 生まれて初めての甘味を取り上げられた仔実装たちの不満は、 いつものように蛆実装へと向けられることとなる。 「テッチュ!」ぼすっ 「レフ!」 「テッチッチー!」ぱふっ 「レヒィ!」 蛆実装の顔面に、脇腹に、姉たちが怒りの籠った渾身のローキックを放つ。 今日の昼間にキャラメルの美味さは堪能している。 しかし、それは母親に全て取り上げられ二度と味わえない。 「「テテチャア―ッ!」」 仔実装達は号泣し、涙を撒き散らしながら蛆実装を蹴り続けた。 蛆実装はまた身を丸めて縮こまる。  ニンゲンさんはやくウジちゃんをたすけにきてレフ。  ニンゲンさんはやくイジワルなやつらをやっつけてレフ。 蹲った蛆実装は人間を想いながら涙を流すしか出来なかった。 数日後、河川敷公園に小学生の集団がやってきた。 脇にサッカーボールを抱えている。 この公園の近くにはそこそこ規模の大きい小学校があった。 そこで近く行われる球技大会の練習をしに来たのだ。 彼らの表情がみな不機嫌なのは、グラウンドの争奪に負けたせいだ。 市街地にある小学校のグラウンドは、 一度に複数チームが複数種目を行えるほど広くはない。 あぶれたチームは不本意ながら、近くの広場である河川敷公園を選んだらしい。 敵味方に人数を分け、それぞれ配置にバラけるとゲーム開始の合図を出した。 「バックスー!ちゃんと守れよー!」 「ゴールネット無いからキーパー通すなよー!」 いっぱしの物言いだが、稚拙な技術でボールの動きが安定しない。 パスのつもりが大振りキックでボールが在らぬ方向へ飛んでいき、 広場周囲の草むらに飛び込んでしまった。 「あ〜あ」 「取ってくるからタンマ」 外周近くの数人が草むらへ近づいていく。 「デスゥ」 1匹の実装石がサッカーボールを抱えて草むらから出てきた。 「うわ、実装石だ」 見るからに野良の汚らしい実装石を見て、少年達が一瞬足を止める。 実装石については少年達も大まかな知識を持っていた。 人間に似た姿をしているが知能は低く不衛生、 衣服も汚れ放題で、とくにパンツは糞がこびり付き、 変色しているほどの不潔な生物だ。 少年達にとっても素手などで触りたくない忌避対称だった。 「デッス!デッス!」 実装石がボールを地面に置くと、短い足で不器用に蹴った。 ボールはコロコロと転がり少年達の足元にまで届いた。 「デッスン!デッスン!」 実装石が顔を紅潮させて盛んに鳴く。 鼻息もピスピスと荒い。 「なにコイツ、サッカーしたいの?」 「いや、構うな。戻ろう」 少年達はボールを蹴りながら広場へ戻っていく。 「デ、デエッ!」 実装石が慌てたように鳴き、後ろをモタモタと追ってきた。 広場中央で待っていた少年たちが戻ってきた仲間に聞く。 「あの実装石なに?」 「うわ、付いてきた」 少年達の後を追い、広場まで入ってきた実装石は盛んに鳴いている。 「デッスン!デッスン!デスデッス」 (ワタシはボール遊びが上手デス、仲間に入れてほしいデス) 実装石は懸命に訴えるが、あいにく小学生は実装リンガルなど持っていない。 どれだけ鳴いても意図はまったく伝わらなかった。 この実装石は河川敷公園に居着いている家族の母親実装石だ。 かつては飼い実装であり、その家の子供が時折、 サッカーボールを使って実装石と遊んでやっていたのだ。 もちろん本格的なサッカーではなく、 軽いドリブルや、ゆっくりしたシュートを用いたキャッチボール等、 ペットをあやす優しいボール遊びだったが、おかげでこの実装石は、 自分がボール捌きの達人と勘違いしてしまっていた。 つまり、サッカー名人の自分が、コーチしてやると売り込んできているのだ。 そして華麗なボール捌きに驚愕感銘を受けた少年達が、 自分を「ぜひ飼いたい」と申し出てくる筈と夢想しているわけだ。 しかし、少年達は実装石を無視し、サッカーを仕切り直すことにした。 「おまえ邪魔」 実装石を蹴り倒し、広場の中央へ戻っていく。 「デ、デェ……」 少年達がサッカーを再び開始した。 しかし皆ほぼ素人であるせいか、数人のフォワードがボールに群がり、 やみくもに足を突き出し合うだけで、ボールがなかなか動かない。 「デェエーッス!」 そこへ実装石が飛び込んできた。 足で蹴られるのも物ともせず、必死にボールに食らいつくと、 両手で抱え込んで得意げな声で鳴いた。 「デッスン!デッスン!」 「なんなんだよ、おまえ」 少年達が苛ついた声を上げるが、実装石は興奮しきっており雰囲気を意に介さない。 抱えたボールをまた蹴ろうと実装石が足を振り上げた。 しかし力み過ぎたのかバランスを崩し、ボールの上に転んでしまう。 ぶちょ。 湿った音と共にパンコンパンツから糞が溢れだし、 ボールにべったりとへばり付いた。 「うわ!汚え!」 「何すんだ!おまえ!」 「ボールそれしかないんだぞ!」 少年達が一斉に怒声をあげる。 だが普段から糞になど無頓着な実装石には伝わらない。 「デッスーン!」 緑色の糞が塗られたボールを蹴り返し、実装石は得意気に鳴いた。 少年達がささっと身を引く。そして仲間内で目配せ。 目下の問題として、この実装石をどうにかしないとサッカーどころではない。 何を考えているのかわからないが、隙きあらば飛び込んできてボールを取ろうとする。 そして、泥や垢や糞まみれの姿でボールが汚される。 「……ルール変更だな」 「バックスのみんなも集まってー!」 全員が集合した横で、実装石は相変わらずボールを抱えて鳴いている。 実装石の目には少年達の立ち話が、自分を迎え入れる準備の話し合いに映っていた。 「デスーン♪デスーン♪」(いますぐ飼われてあげてもいいデス♪) しばらく話し込んでいた少年達が一斉に実装石へ向いた。 先程までの険しい表情が嘘のようににこやかだ。 「おまえも仲間にいれてやるよ」 「デスッ!」 「じゃあボール返して」 少年の1人が実装石からボールを奪うと、地面にこすり付けて糞を拭った。 「PK戦の練習するからさ、キーパーやってくれない?」 「デデッス!デッス!」 実装石には言葉の意味を理解できなかったが、少年達に受け入れられたと感じた。 作戦は大成功、もうこれで自分は飼い実装石だ。 さっそく藪の中で待っている娘達も呼ぼうと後ろを向いた、 その瞬間。 背後から衝撃を受けて実装石は倒れていた。 少年の1人が至近距離からボールを蹴り、それが背中に命中したのだ。 「いえー!ナイスブロック!」 「デ、デェ」 跳ね返り転がるボールを、また別の少年が実装石めがけて蹴り込んだ。 「デパァンッ!」 今度のボールは実装石の側頭部を直撃した。 立ち上がる暇もなく実装石が横へ転がる。 そこへまた新たに別の少年がドリブルしながら近づいてくる。 倒れた実装石の正面すぐそばで立ち止まった。 「デェ……」実装石が顔を上げた瞬間、 「シュートッ!」 ほぼ密着状態だったボールを顔面めがけて力いっぱい蹴り込んだ。 「デプフフゥーッ!」 鼻血を撒き散らしながら実装石が宙を舞う。 回転しながら弧を描き地面に落ちた。 突然の3連撃に実装石の理解と意識が追いつかない。 立て続けの痛いことはただの事故だ、そう思った。  ワタシはコーチをしてあげるデス  ワタシは飼い実装石になったデス  だから娘達も呼ぶデスいっしょデス   「デデェ……」 立ち上がろうとする実装石の頭にまたボールが直撃した。 少年達は実装石を囲んでいた。 到底PK練習の配置とは呼べない形だ。 「おら、シュート!」 また少年が実装石めがけてボールを蹴った。 しかしボールはわずかに逸れて脇へと飛んでいく。 実装石がヨロヨロと立ち上がるとボールへ向かおうとした。 この母実装石はいまだにサッカーコーチを務めるつもりらしい。 「ごめーん!足がすべったー」 先程のシュートを外した少年が実装石の背中を蹴飛ばした。 もんどり打って実装石が転がっていく。 ぐったりと倒れたまま実装石はうめき声をあげた。 「デェ……デェ……」 一方で少年達の表情がにんまりと歪む。 ボールを蹴る建前はもう要らない。 実装石への直接キック解禁の合意だった。 倒れた実装石のそばへズカズカ歩いて行くと、 「しっかり守れよキーパー!」 煽る言葉とともに、実装石の脇腹を蹴り上げる。 「デブウッ」 くぐもった声を上げて実装石が再度宙を舞った。 「オラァ!」 もはやただの掛け声でしかない。 実装石の尻を踏みつける。 腹腔内の糞がはみ出て来たが、一方的な暴力の楽しさに高揚した少年達は、 いまさらそんなモノに怯むことは無い。 倒れた実装石の顔を蹴り上げ、引きずり起こした実装石の腹へ蹴り込み、 また倒れかかった実装石の背中を蹴り飛ばし、宙に浮いた実装石を落下前にまた蹴り上げる。 鼻血と糞と吐瀉物を撒き散らしながら、実装石は何度も蹴り飛ばされ続けた。 「デヒィ!……デスゥ!……デホォオーッ!」 少年達に囲まれ逃げ道を絶たれたまま、数え切れないほどの蹴りを受け、 母実装の思考はまったく進まなくなっていた。 もう、娘達を呼ぶことも意識から消えた。  怖い、痛い、怖い、痛い、助けて!助けて!ママ助けて! 「デチィー!デチデチー!ヂュワーッ!」 思考が追いつかない連続の暴力にパニックとなった実装石は、 幼児退行を起こし最大音量の濁った甲高い声で泣いた。 「なんだこいつ」 「狂っちゃった?」 「元からだろ」 成体らしからぬ悲鳴を上げながら、顔をパンパンに腫らし、 全身が痣だらけになった実装石がその場にへたり込む。 痙攣しながら、なぜか糞や吐瀉物を顔に塗りたくり、けたたましい絶叫を上げる。 「ヂュワーッ!ヂュワーッ!デッチャー!デッチャー!」 「うわ、完全にバカになっちゃった」 呆れた表情で少年達が実装石を見下ろしていると、新たな参加者が現れた。 2匹の仔実装だった。 草むらに隠れて様子を窺っていたが、母実装石が執拗な暴力でボロボロになり、 やがて狂ったような泣き声で喚き始めたのを見て、 居ても立ってもいられなくなり、母の助けにやってきたのだ。 一方で蛆実装は目の前の惨劇を目を輝かせながら凝視していた。 「レフン!レフン!レフン!」  やはりニンゲンさんはつよいレフ!かっこいいレフ!  あのりっぱなあんよですごいキックをしているレフ!  ニンゲンさんのあんよはすばらしいレフ  いつもいばってるママもコテンパンレフ!  ニンゲンさんにはママだってかなわないないレフ!   蛆実装は憧れのニンゲン達が、 意地悪ママをやっつけている様子に夢中だった。 普段の母実装石は怖くて、姉たちも絶対に逆らわない。 母のパンチ一発で姉は吹っ飛びダウンしてしまうのだ。 その一家最強の母が、手も足も出ないまま一方的に叩きのめされ、 今は惨めな仔実装のように大声で泣いている。 いい気味だった。 「レッフン!レッフン!レピューン!」  がんばれニンゲンさん!ウジちゃんはおうえんしてあげるレフ!  もっとやれニンゲンさん!ウジちゃんはみかたしてあげるレフ!  ウジちゃんはきっとニンゲンさんになるレフ! そこまで考えると、 蛆実装はなんだか自分にもうすぐ立派な足が生えてくる予感がした。 そして以前に出会った優しいニンゲンさんが、蛆実装を迎えに来る姿も頭に浮かんできた。 「レフフフ……レフフフ♪」  だいすきなニンゲンさんともうすぐあえるきがするレフ。  そしたらウジちゃんとけっこんしてもらうレフ。   思わず口元が緩む。 母親が血祭りに上げられる姿を眺めながら、 なぜか蛆実装は心地よい勝利の喜びを感じていた。 そして今、人間の元へ向かった2匹の姉仔実装が、ちょうど少年達に捕まるところだった。 「テテテチィーッ!」(ママをよくもテチ!) 「テチャチャーッ!」(ゆるさないテチ!) 「なあ、これにキーパーさせるの無理だよな」 「痛てっ、こいつ噛んだわ」 「大丈夫か?」 「血とかは出てないな、せいぜい洗濯バサミに挟まれたくらいだ」 「チィィーッ!チィィーッ!」 掴まれた少年の手の中で仔実装が、泣きながら威嚇の声を上げる。 しかし仔実装の命がけの抵抗はまったく効果が無かった。 それどころか大きな逆効果だった。 「なんか生意気だよなコイツら」 少年達の表情がまたもやにんまりと歪む。 「「コイツらもやっちゃうか」」 まず少年に威嚇を続ける噛みつき仔実装を地面に置いた。 予想外の丁寧な扱いに仔実装が戸惑っている。 そして周囲を少年達が囲んだ。 「こんどは軽いドッジボールにしよう」 サッカーボールを仔実装の頭上に掲げ、そのまま落とす。 「テヂュッ!」 ボールの重量だけとはいえ、自分の身体より大きな落下物の直撃を受け、 上を見上げていた仔実装は地べたへ打ち倒された。 そこへ別の少年がボールを拾い、また落とす。 仰向けに倒れた仔実装の顔面にサッカーボールが直撃した。 「チャブッ!」 小さな仔実装相手にサッカーボールを力いっぱい投げつけては、 ひとたまりもなくすぐに死んでしまう。 できるだけ長く苦しめるように、ただボールを落とすだけだが、 その衝撃だけで仔実装の脆い骨は折れ、みるみる痣が増えていった。 落ちたボールは隣の少年が拾い、またすぐ仔実装の上に落とされる。 「テチン!」 「テデン!」 「テェェ……テブッ!」 「テェェェー……エン!」 ボール落としが数周した頃には、仔実装は全身の骨が砕けてしまい、 もう立ち上がることが出来なかった。 ただイゴイゴと身をよじり泣くだけだ。 顎も砕けてしまい、泣き声にも張りがない。 「フェェェン……フェェェン」 「これでもう噛みつけないな」 「ざまあみろ」 「デチィイイーン、デチャアアーン!」 仔実装がボール落下打ちに遭っている最中、母実装石はその傍らで蹲り、 相変わらず子供のような泣き声を上げている。 そしてまだ無傷のもう一匹の仔実装は少年に掴まれたまま、歯を鳴らして震えていた。 もはや自分に出来ることは何もない。 母実装石を助けようと飛び出して来た時、 姉妹2匹と母で立ち向かえば人間を追い返せる気がしていた。 それがダメなら、いつもの家族仲良しアピールで、 人間を喜ばせ許してもらうつもりでもあった。 しかし、近づいた途端に交渉する間もなく少年達に捕まり、 あっという間に姉はボールの連続殴打を受け、足元でもがくだけの物体になった。 次は自分の番だ。 「テテチュ、テテチュ……」(やめテチュ、ゆるしテチュ) 恐怖で鳴き声も震える。 一方で少年達も暴行熱が冷めて来ていた。 親実装石はぶっ壊れるまで思い切り蹴り続けて気が済んだが、 生意気な仔実装は半殺しにしたものの、 手加減したやり方だったため、どうにも消化不良感が残る。 派手に叩く蹴る以外に何か痛めつける方法は無いものか。 「こいつはどうしよう」 「もうボール攻撃も飽きたなあ」 「テチ……テチ……」 しばしの停滞。仔実装を捕らえたまま少年達は考え込む。 掴んだ手を締めるでもなく、 叩いたりもしない様子に仔実装は少し安心したようだ。 もう少年達は自分を許してくれたと判断したらしい。 「テチュ、テチューン」(ワタチとママを助けテチ) 頬に手を当て首をかしげたポーズを取り、 とっておきの媚び声で鳴いた。 「ソイツ、なんか媚びてるみたいだけど」 「これ、たしか実装石が餌ねだる時にやる仕草だよ」 「俺らに餌よこせっての?すげー図々しさだな」 そこでまた少年達がにんまりと顔を歪めた。 次の方針が決まったようだ。 「餌が欲しいなら食わせてやるよ」穏やかに言う。 「テッチ、テッチ、テッチン」(助けてくれるテチ?ありがとうテチ) 「石ごはんを腹いっぱいにな」 少年達は一斉に広場に転がる小石を拾い集めだした。 「こんなもんでいいかな」 少年達の足元に仔実装3匹分相当量ほどの小石が積まれていた。 「テチュー?」 小石集めの間、仔実装は少年の手の中に捕まったままだったが、 特に暴行されることもなく、むしろ暖かい人間の手の感触は仔実装に心地よく、 わずか数分のうちに慣れてしまったのか、仔実装は行儀よくおとなしかった。 「御馳走の用意ができましたよー」 「お召し上がりくださーい」 少年達の楽しげな口調につられて仔実装も歓声を上げた。 「テチュテチューン♪」 その口元へ小石を押し込まれる。 「テヂッ!」 口内に当たる石の硬さに仔実装が声を詰まらせた。 「テペッ!テペッ!」 明らかに食べ物じゃない物体を吐き出そうと仔実装がむせる。 仔実装を掴んでいる少年はさらに小石を口へ押し当てた。 「吐くな、ちゃんと食えよ」 「そいつら噛みつくことあるから気をつけろよ」 「あ、そうか。じゃあ顎はずしたほうがいいな」 「え」 と周りの少年が一瞬あっけに取られている間に、 掴んでいる少年は仔実装の口に人差し指を押し込むと、 次の瞬間、下あごを引き千切るような勢いで一気に下げた。 ペキン、と小さな音が鳴り仔実装のあごが力なく開く。 「フェ!フェ!フェエエエエーン!」 「これでOK」 「うわマジか」 仔実装はあごを襲う激痛に大泣きしている。 しかし少年達はそれぞれ小石を手に取ると、泣き叫ぶ仔実装の口へ詰め込み始めた。 「石ごはんどうぞー」 「おかわり無限でーす」 「フェヘヘヘエ!フェフェフェエ!フェエエーッ!」 次々と腹へ石を詰め込まれる仔実装の尻から、 押し出されるように糞がもりもり溢れ出してくるが、 少年達は糞が触れないように仔実装を持ち直すと、さらに小石を詰め込み続けた。 蛆実装は草藪の陰から少年達が、姉2匹を弄ぶ様子をじっと凝視していた。 先程の母実装石への暴行は足技主体だったが、 姉達への暴行は道具を使った巧みなものだった。 少なくとも、移動にすら事欠く貧弱な四肢しか持たない蛆実装には、 少年達の足捌きと腕使い、さらに道具を操る器用さは驚愕に値した。  ニンゲンさんすごいレフ!なんでもできるんレフ!  はしるのはやい!ちからつよいレフ!  あたまいい!どうぐじょうずレフ!  ウジちゃんはまだなんにもできないけど  ニンゲンになればなんでもできるレフ!  おねがいレフ!うじちゃんをニンゲンさんにしてレフ! 蛆実装が目を輝かせながら、草むらから這い出て行こうとした。 それを傍らに残っていた、鼻の穴の大きな姉仔実装が掴んで引き止める。 「テッチャー!」(あぶないテチャ!) 「レフ!レフ!」(じゃましないでレフ) この姉仔実装はマヌケな容貌に似合わず聡明だった。 眼の前で家族最強の母親が、為すすべ無く叩きのめされた。 あれはもうダメだ。 助からないし、元にも戻らない。 大きな仔実装になってしまった母の絶叫が耳に刺さる。 妹2匹は情と打算と不安にじっとしていられず、 母のところへ飛び出して行ってしまったが、もう生きて戻っては来れないだろう。 ――――これからどうしようか。 いや、そんなことより今はすぐに逃げるべきだ。 あの人間達に見つかったら、楽に死ぬことすらできないだろう。 足元にいる妹蛆実装は家族が、血祭りに上げられる姿を嬉々として見つめている。 まるで自分が人間側にいるかのように、はしゃいだ鳴き声がとまらない。 姉仔実装は足元の蛆実装が、図々しい妄想に耽っているとは気づかなかったが、 どうにも様子が危なっかしい。 このままだとせっかく隠れている自分達の居場所がバレそうだ。 姉仔実装は蛆実装を抱えると、広場から遠ざかるように草むらに潜って行く。 「レフ!レッフー!」(いやレフー!) 腕の中で蛆実装が身をよじり暴れるが、その耳を囓り叱る。 「テチ!テチ!テッチン!」(うるさいテチ!おとなしくするテチ!) 自分1匹だけ逃げるのは簡単だが、蛆実装がいないと人間から餌をもらいにくい。 人間の歓心を買う仲良し家族アピールに蛆実装は必要だった。 今からは手元の蛆実装と2匹だけで生きていかねばならない。 「テチュ……テチュ…」 藪の中を駆ける仔実装の目から、じわりと涙が溢れ出す。 急激な事態の変化にようやく気持ちが追いついてきた。 もう母親の庇護を受けられないことも理解出来てきた。 突然の喪失感が身体の力を奪っていく。 駆け足が歩きへ、やがて立ち止まり、仔実装は藪の中で蹲り静かに泣いた。 「……テェ……テェ……テェェン……」 「レッフン!レッフン!」 傍らに置かれた蛆実装が不機嫌さも隠さずに鼻息荒く鳴いた。 その頃、広場の片隅では宴の終盤へ差し掛かっていた。 仔実装は体型が変わるほどに小石を詰め込まれ、 いまや泣き声もあげず、身動きもとれず、小さく震えるだけだった。 「テ……!テ……!」 体重の数倍にもなる量の石が腹腔内で軋みあい、仔実装は痙攣を続けている。 一足先に全身骨折で動けなくなった、もう一方の姉妹の腹にも小石が詰め込まれ、 手のひらサイズの仔実装がどちらもずっしりと重い。 「ま、こんなとこかな」 「よかったな満腹だろ」 少年達は仔実装を弄び続けているが、母実装石に子を助けるつもりは無いようで、 いまだに座り込んで泣くだけだ。 幼児退行したまま汚物を顔に塗りたくり、時折しゃくりあげながら幼体のように泣く。 「ヂュワーン!デチィイイーン!デチィイーン!」 「そろそろ帰る時間だけど、これどうしよう」 「コイツのせいで結局サッカーの練習できなかったな」 「おい、いつまで泣いてんだよ」蹴り。 「デヂャアアーッ!」 「明日もコイツに邪魔されたくないな」 「捨てるか」 「どこに?」 「川」 この広場は河川敷公園の一角にある。 川辺りまで草藪で区切られているが、歩いてすぐの位置に川が流れている。 「おら起きろよ」 母実装石の後ろ髪を掴んで引っ張り立たせる。 「デチィ!」 悲鳴を上げ怯える実装石を蹴り飛ばしつつ、川辺りまで進んだ。 ここまで来ると実装石も少年達の意図を察する。 川に飛び込めという意味だ。 「デッス!デデッス!」 混乱していた意識も正気に戻る。 川は危険だからと娘達にしっかり教え、自らも必要な時以外は近づかないよう心がけてきた。 「デスデス!デス!」激しく首を振り、母実装石が嫌がる意志を見せる。 「いいから飛び込めっての」 少年の1人が蹴り飛ばした。 実装石が川に落下する。 「デスゥ!デスゥ!」 水の中で実装石がもがいている。 人間には浅い川だが実装石には背丈の深さだ。 また流れもゆるやかだが体重の軽い実装石には抗いにくい。 もがきながらも実装石は下流へ徐々に流されていった。 「さよーならー」 少年達が手を振って見送る。 しかし50メートルも行かない場所に浅瀬があったらしく、 実装石は川から岸へと這い上がって来た。 「ありゃ失敗かー」 「川流しは上手くいかないみたいだね」 しかし、岸へ上がった実装石はそのまま逃げるかと思いきや、こちらへ戻ってきた。 「デデス、デスデス」(どうか娘達を助けてほしいデス) 小石詰めされた仔実装達のそばへ来ると、少年達へ向かい小さく鳴いた。 「子供と一緒がいいのかな」 「子供の方も石で重いから川流しできないよね」 「じゃあ一緒にしてあげるよ」 またもや少年達はにんまりと顔を歪めた。 「デェエ!デェエ!」 うつ伏せに押さえつけられた母実装石の後ろ髪に、仔実装の髪の毛を結び付ける。 左右一房に1匹づつを解けないようしっかり固結びで括り付けた。 「デスデス!デェエス!」 「テチ……」 「チィ……チィ」 これで母実装石の後頭部に2つ合わせて、4〜5キロほどの重りが付いたことになる。 そのまま親子を川辺りまで引きずっていくと、少年達はそれぞれ実装石の足と両手を掴み、 重り仔実装が外れないように、大きく振りながら川へと投げ込んだ。 「「そぉい!」」 ドボン 川辺りから3メートルほど離れた水中へ実装石親子が沈む。 実装石の背丈ほどの深さの水面には、母実装石の足がわずかに突き出ていた。 その足は水面に飛沫をたてながら激しくもがくが、流されていく様子は無い。 水面下では実装石が逆さのまま、溺死の恐怖に半狂乱となって暴れていた。 もともとウレタンのような身体で、比重の軽い実装石の頭に、 石をぎっしり詰めた重りを繋いでいるのだ。 自然と頭部は深く沈み、軽い身体は浮き、逆立ち姿勢から逃れることが出来ない。 水中では母も娘もあらん限りの力で悲鳴を上げているのだが、 それらも全て川の流れる音にかき消され、地上には届かなかった。 水面から覗く実装石の短足がモゾモゾ動くのがよほどおかしいのか、 少年達は指をさして笑っている。 やがて、その短足が痙攣し始め、一際大きく震えた後、股間位置の水が、 ボブリ と盛り上がり、緑色の固まりが浮かんだところで、彼らの爆笑はピークを迎えた。 「いやー笑った笑った」 「けっこう面白い奴だったね」 先程まで暴虐を働いてたのが嘘のように、屈託のない笑顔で少年達が笑う。 彼らにしてみれば、 男児特有の悪ノリと深く考えない勢いと無責任さで、 いつもと違う遊びをやったら、盛り上がっちゃった程度の出来事なのだ。 一晩寝ると明日にはもう、惨殺した実装石家族のことなど忘れているだろう。 後編へ続く