一軒家のベランダの一角。そこにはダンボールが横置きされていた。 上からはブルーシートが掛けられ今は壁面となっている底はテープで二重に止められている。 野良の実装石に比べて多少頑丈な作りの中は安っぽいタオルが敷かれていて一応の防寒になっている。 中にいるのは5匹の実装石。親である成体が一匹にそれぞれ頬に数字の形に火傷の痕がある仔実装が4匹だ。 その内の1から3の仔はテチャテチャとじゃれあい4と書かれた仔は成体に抱き抱えられ子守唄を聞かされている。 「テー…コンペイトウが食べたいテチ…」 母の腕の中でまどろみながら4号が呟く。なんて事の無いうわごと。 この仔実装を含めここにいるのは皆金平糖など食べたことがない。だが産まれたときから刻み込まれているのか、実装石は皆その名を口にする。 だがその一言に他の実装石達が震え上がった。 「だ、ダメデスゥ4号ちゃん!その言葉はダメなんデスゥ!」 「テチャァァァ!もうダメテチィ!」 「終わりテチ!もう終わりテチィ!」 「イモウトチャ、サヨナラテチィ…」 今更口を塞ぐ親。腰が抜けてパンコンする者。体を丸めて震える者。全てを諦め手を振る者。反応は様々だが完全な恐慌状態だ。 「な、なにテチ!?ママ、いったいどうしたんテチ?」 ただ4号だけが事態を認識出来ずにいる 無意識に放った言葉ゆえ自分が何を口走ったのか理解していないのだ。 しかしその結果はまもなく訪れた。 扉が開く音がして直後にダンボールハウスの扉が勢いよく開かれた。 「4号、お前はもう終わりだ」 そう言った人間の男は親実装の手から4号をつまみ上げた。 「デスゥゥゥゥ!許してくださいご主人様ぁ!その子は言いたくて言ったんじゃないデスゥゥゥ!弾みだったんデスゥ!悪気はないんデスゥゥゥ!」 血涙を流しながら親実装が懇願する。 しかし男の目は冷たい。 「言ったはずだ。俺が決めたルールを守れないやつは処分だとな」 その言葉と視線に親実装は固まるしかなかった。 「知らないテチャァ!ワタシ、何も言ってないテチャァァ!」 4号は男の手の中で血涙を流しパンコンしながら抗弁する。 しかしそれに男が耳を傾けることはない。 なにかを伝えることもなく男は床に4号を叩きつけた。 衝撃で首や四肢が飛び内蔵が辺りに散らばる。4号と呼ばれた仔実装は断末魔すらなくこの世から消えた。 仔実装が染みとなったのを確認すると男は親実装へと振り向いた。 「言ったはずだぞ糞蟲。贅沢をしたいと言ったやつは殺すってな」 「デ………」 それは親である成体実装が産まれる前からの鉄の掟。それを破って生き残った実装石はただの1匹もいない。 だからこそ誰もが口をつぐんでいたというのに本能とは恐ろしい。 それを消し去るにはあと数世代時間が必要になるだろう。 「今日の食事は終わったのか?」 「ま、まだデス…」 「ならさっさと食わせてやれ。今ここでな」 「デ、デスゥ…」 男に促され、親実装がのそのそとパンツを脱ぐ。 「ママーお皿テチー…」 仔実装達がプラスチックの餌皿をハウスから押し出してくると親実装は盛大に脱糞した。 仔実装達もそれに倣い、パンコンした者はパンツの中の汚物を投げ入れる。 「さあ、今日のご飯デス…」 「テチー…」 パンツを履き、親子が力無く話モソモソと口へと糞を運ぶ。 ここにいる実装石達は産まれてこのかた自分達の糞しか食ったことがない。 仔実装達は勿論、母親である成体もその母親が公園から連れてこられ、このベランダで産まれてからただの一度もだ。 男は餌をやらない。共食いもさせない。蛆や白呆が産まれたなら即刻処分し死体は室内のゴミ箱へと捨てる。 先程叩き潰された4号も拾い集めてビニール袋へとしまっていく。 この一族は先祖の代から贅沢を要求することを禁じられ、男の機嫌を損ねる度にその数を減らしてきた。 この家族も元は仔が11匹いた。 3匹は男の機嫌を損ね、2匹は男に反抗し、1匹はカラスに襲われ、1匹は脱出を企て地面の染みになった。 その事から生き残ったもの達は男の機嫌を損ねない、不用意に出歩かない、逃亡しようとしないと決めたのだった。 そして、それらを監視するためにダンボールハウスは常時監視され、言葉も実装リンガルを通して翻訳されている。それもどの個体が喋ったのか識別可能な高性能な物をだ。 飼い実装でありながら極貧に等しい絶対的に質素な生活。ダンボールハウスが防水され、タオルが敷き詰められているのが唯一マシなところと言えた。 「食い終わったらパンツを洗っておけよ」 「デ、デスゥゥゥ…」 そう言うと男は部屋へと消えていった……。 そして一年後。世代を幾つか跨いだ後。 「蹴る時には軸足を意識しろっ!しっかりと踏み込んで蹴るんだっ!」 「テチィッ!」 男の言葉に合わせて仔実装達が蹴りの練習をする。 等間隔に並んで行われるそれはまるで中国武術の修行場だ。 それぞれがテチィ!テチィ!と声を上げながらテンポ良く蹴りを続ける。 「テヒ…テヒ…」 しかしそんな中1匹だけが遅れていた。 「どうした貴様っ!貴様はそんな程度か!」 「テ、テチャァ…」 叱責された仔実装が蹴りをやめ、男を見上げて小さく鳴く。 「誰が止めて良いと言ったぁ!」 「チベェ!?」 しかしその瞬間仔実装は一瞬にして踏み潰された。 突然の事態に他の仔実装達も流石に腰を抜かした。 「いいかお前達!力の無いものは死ぬ!それを肝に命じておけ!」 更に男が檄を飛ばす。しかし仔実装達は目の前で姉妹を潰された恐怖で動けない。むしろパンコンしていないことを褒めるべき状況だろう。 「テ、テチッ!」 しかし1匹は違った。 自ら立ち上がり、再び特訓にいそしみ出したのだ。 「良いぞ3号!その調子だ!」 「テチィ!」 他の仔実装もその様子に感化されたのか次々と特訓に復帰する。 仔実装達の特訓はこの後一時間続いた……。 「よく頑張った!次の試験はこれだ!」 特訓の後、そう言って男は色とりどりの突起のある球状の物体を取り出した。 初めて見るそれに仔実装達は困惑ぎみだ。 「ご主人様、これは何テチィ?」 「それは金平糖というものだ。味は甘く多くの実装はこれを好む」 実装石であれば誰もが欲しがる甘味。しかしここの仔実装達はそんなものすら知らなかった。 「しかしこれはお前達にとっては猛毒だ。それを肝に命じておけ」 男が更に忠告する。 甘くて誰もが欲しがる、だが自分達には猛毒。 食べるべきかやめるべきか。そんな逡巡が流れる。 そんな中、意を決した1匹が齧り付き、それと同時に硬直してしまった。 「毒テチかっ!?」 「オネエチャ死んじゃ嫌テチィ!」 周囲の心配を他所に、金平糖を口にした仔実装はカッと目を見開き食事を再開した。 「うまいテチィィ!うまいテチィィィィ!!うますぎるテチィィ!」 声を荒げながら一心不乱に口に入れる。その表情は一種狂気に満ちていた。 しかしその様子に他の仔実装も続く。 「甘いテチィ!」 「うまい!うまいテチャァ!」 「こんなの初めてテチィ!」 「いつものウンチと比べられないくらい美味しいテチィ!」 「毒なんて嘘テチ!毒がこんなに美味しいはず無いテチィ!」 みな揃って歓喜にうち震え涙を流しながら貪り食う。 厳しい特訓と糞だけの食事。そんな生活に突如現れた甘美な存在に仔実装達は魅了された。 しかし完食しだした辺りから異変がおき始めた。 「…お腹痛いテチィ…」 「ワタシもテチィ…」 「変テチ…変なもの食べた覚えもないテチ…」 「やはり…コンペイトウは毒なんテチか…?」 仔実装達が口々に体調不良を訴える。原因は主に腹痛だ。 「ウンチ、ウンチ出るテチィ…」 「わ、ワタシもテチィ…」 「お皿テチィ!漏れちゃうテチィ!」 ヨロヨロとダンボールハウスへと歩きだす。糞は食事、食事は餌皿に。それは男が最初に教えたルールだった。 守れなければ即、死である。 しかし列は遅々として進まない。腹痛に耐えながら漏らさぬように内股にならざるを得ず速度が出ないのだ。 「はやくするテチィ!漏れるテチィ!」 しかし歩く速度は等速ではない。後方の焦った仔実装が前の仔実装を押し先頭の仔実装が転んだ。 「テェッ!?」 悲鳴と共に腹から地面に叩きつけられ勢いよく脱糞しパンコン状態になった。 それを見たせいか、あるいは臭いにあてられたのか、他の仔実装達も次々とパンコンさせていく。 「テェェェェェ!止まるテチィ!漏れちゃ駄目テチィィ!」 「ウンチ止まらないテチィィィィ!!」 「死ぬテチィィィ!殺されるテチィィィィ!!」 しかし糞の勢いは収まらない。パンツをはみ出し、体積の半分近い量まで漏らし続けた。 「テ、テェェェン…」 「お漏らししちゃったテチィィ!」 「嫌テチ!死ぬのは嫌テチィィ!」 お漏らしは即処刑。それがルール。 ここにいる実装石は全滅する。そんな絶望をみなが抱えた。 だが男の口から発されたのは予想外の言葉だった。 「糞漏らしの件は許してやろう。毒の効果である以上耐えがたいものだからな」 失態を犯したものは例外無く処分する。それがここの鉄の掟だった。見逃されるというのは初めての事だった。 「だが毒であるという忠告を無視した責任は取ってもらう」 そう言って男は真っ先に食べた仔実装を踏み潰した。 「ヂッ!」 「お前達もこうなりたくなかったら二度と金平糖に手を出すな!分かったな!」 「テ、テェェェ…」 生き残った仔実装達が不用意な行動による苦痛と男による制裁に絶句する。 あの甘いお菓子を食べることは許されない。そう骨身に感じながらその事実を受け入れるしかなかった。 実は男が出したのは金平糖ではなく弱毒性の下剤だった。 仔実装が口にしても死ぬことはないが体内の糞は全てひねり出される。全ては金平糖を食べてはいけないと躾る為のものだったのだ。 だがそんなことを知らない仔実装達は従順に自分達で誓いを立てるしかない。 この日も仔実装達は自身の糞を食べて眠るしかなかった……。 仔実装達が下剤によって脱糞した一週間後、男は再び金平糖を彼らの前に置いた。 「テ…ご主人様、これは毒テチ」 「そうだ。よく覚えていたな3号」 仔実装であれば一週間も前のことなど覚えていないのがザラだ。 「たしかにこれは毒だ。だがお前達はその甘さと痛みを理解しているはずだ」 仔実装達の顔がみるみる青くなる。痛みを思い出しているのか、脱糞による恐怖か、制裁として殺された姉妹を思い出しているのかは分からない。 しかし男の口から発せられた言葉は予想外のものだった。 「俺はこれを食った事に対してペナルティを課さない。糞を漏らしてもパンツを洗うだけで黙認しよう。その上であの味の誘惑に負けるか、痛みを付け入れてでも食うか、好きに選べ」 言うと男は部屋へと戻ってしまった。 食べても殺されない。脱糞しても許される。その言葉に仔実装達は戸惑い始めた。 だが内容としては単純な精神力のテスト。しかも危険と理解させた上でのものであり難易度としては決して高いものではない。 「テェェ…お腹すいたテチ…」 「コンペイトウ食べたいテチ…アマアマなのまた食べたいテチ…」 しかし育ち盛りの上に空腹である仔実装にとって甘味を前に耐久戦というのは相当に堪えるものだった。 だが彼らは今まで厳しい躾と修行に耐えてきた。おいそれと手を出すものはいない。 「…テチ!」 先程3号と呼ばれた仔実装が動いた。 しかしそれは金平糖の下へ行くのではない。ダンボールハウスに入り、皿へと糞をぶちまけたのだ。 「コンペイトウなんていらないテチ!ワタシはウンチを食べるテチ!」 その行動に突き動かされたのか、1匹、また1匹とダンボールハウスへと戻っていく。 「テェ…」 「どうしたテチ?戻らないんテチ?」 だがそのなかでも戻ろうとしないものもいる。 そんな姉妹の様子に戻ろうとした1匹が声をかける。 「ワタシは…食べるテチ」 「テ…?」 「コンペイトウ食べるテチィィィィ!!」 その直後、最後の1匹が金平糖へと突撃する。 その声に驚いた姉妹達が駆け寄るがもう遅い。 金平糖へと飛び付いた糞仔蟲は一心不乱に金平糖を舐め始めた。 「イ、イモウトチャ…やめるテチィ!死んじゃうテチィ!」 「アマアマテチィ!みんなの分も食べちゃうテチィ!」 言葉通り全ての金平糖を唾液まみれにしていく。 毒餌と理解しつつも甘美な味は仔実装を知性の欠片も見られない行動へと突き動かしていた。 「毒がなんテチッ!ウンチ漏らすくらい平気テチ!」 中途半端な学習だが問題は脱糞だけ。殺されもしないし甘い物を食べられるならその程度のリスクは承知したということらしい。 だが現実はそれほど甘くはなかった。 「体が…しびれテチ…」 早速毒が体を犯し始め仔実装が不調を訴える。 みるみる内に顔は真っ青になり息が荒くなっていった。 「毒が回ってきたんだテチ!」 「早くパンツ!パンツ脱ぐテチ!」 「お皿はこっちテチィ!」 姉妹達が急いで皿を持ってくるだが毒を食べた仔実装は尻を向けるのではなく両手を着いた。 「テベッチャアッ!?ヴォェェェェェェェ!!」 悲鳴をあげると嘔吐し未消化の毒を体外へと排出する。 その中には赤と緑の血も混じっていた。 吐血は止まることを知らず続き、血涙を流しパンコンした。 その惨憺たる光景は先週の比ではない 「苦しいテチ…息が…できない…テチ……」 浅い呼吸をしながらなんとかさんそをとりこもうとする。だが容態は悪くなる一方だ。 「しっかりするテチ…きっとすぐ良くなるテチ……」 「ドゥヴェジャァァァァァァ!!?」 「テチャァァァァ!?」 「こ、今度は何テチィィ!?」 姉妹に背を叩かれた瞬間、嘔吐を続ける口から何か固形物が姿を表し始めた。 長く延びたそれは止めどなく仔実装の口から溢れ止まらない。 それは仔実装の内蔵だった。体をひっくり返したような事態に他の仔実装達もパニック状態だ。 何処に入っていたのか糞も自分の体積の二倍近く放りだし、更に口から糞を撒き散らす。 そして、内蔵に紛れて小さな偽石が吐き出された。 その色はどす黒く変色しており仔実装がもうじき死ぬことを知らせていた。 「テェェェェ!オネエチャ死んじゃ嫌テチィィ!」 そんな妹の願いもむなしく嘔吐する仔実装の顔は土気色へと変わっていった。 「死にたく…テ…コン………たべ……チ………」 そう言葉を残し、仔実装の偽石は糞の山の上でパキンと割れた。 激痛と内蔵が体外に吐き出されたことによる多臓器不全、喉を詰まらせた内蔵による窒息、なによりも毒による偽石の侵食が主な原因だろう。 男が用意したのは駆除用の実装ゲロリだった。 ドドンパは周囲一面に糞を撒き散らし、実装コロリはただ駆除をするだけのもの。だがゲロリはその凄惨な死に様から実装石達にトラウマを植え付け人間に近寄らなくするために、より残酷な死にかたをする設計されたものだった。 その効果は覿面で、男が再び実験をしても一匹たりとも金平糖に近づくようなことはなくなった……。 仔実装達が産まれて半年。実装石は成体まで育ったがその数は1匹だけとなっていた。 そんなある日男がベランダへの窓を開けると汚ならしい実装石が現れた。 「なんデスかこの家は!こんな狭い家は高貴なワタシに相応しくないデス!」 ずかずかと小汚ない成体実装がベランダへと歩みを進める。 服は染みだらけ、髪はボサボサ、パンツは緑に染まり肌も汚ならしい。 一目で分かる野良実装だ。 「3号。お前にはコイツと戦ってもらう。一撃で決めろ」 「デ?デ?」 突然の事に3号は混乱した。 分からない。姉妹との組手は幾度も経験したが見ず知らずの野良は初めてだ。 実力も特性も分からない。 「やるデス」 だが3号は迷わなかった。 男がやれと言ったのならやらなければならない。 それがこの家での掟、そして3号のプライドだった。 「なんデスかコイツは。奴隷ならこのニンゲンで間に合ってるデス。お前なんか用済みデスはやく出ていくデス」 空気を読めない野良がズケズケとものを言う。どうやら自分が置かれている立場を理解していないようだ。 「お前が倒さないとコイツは出ていかないぞ」 「デデェ!?ふざけんなデスゥ!」 男が野良に言うと野良は3号を観察し出した。 自分と違って小綺麗な服に多少手入れされた髪。 太くはないが痩せてもいない体。 明らかに自分よりも恵まれた環境で育った奴だ。 それが野良の勘に触った。 「お前を殺して王宮暮らしデシャァァァァ!」 殺す。自分よりも幸福に育った憎たらしいコイツを殺す。 勝手な被害妄想とおめでたい妄想を叫びながら野良が飛びかかる。 だが3号は全く引かずに野良の顔を捉えながら構えをとった。 右半身を引かせ左足で大地を踏みしめる。一発で決めるつもりだ。 今だ。 「デェス!」 咆哮と共に3号は見事なストレートを撃ち放った。 実装石にあるまじき華麗なフォームだ。 「デヴォブェ…!」 拳が直撃した野良は不気味な奇声と共に穴という穴から血を吹き出し仰向けに倒れた。 3号の拳は野良の胸に深々とめり込んでいる。正中線を正確に貫いたそれは一撃で偽石を真っ二つに割りその命を瞬時に奪っていた。 「いいぞ3号!」 その光景に男が思わず声をあげた。 過酷な公園で暮らしていた野良の、しかも成体実装を一撃で葬るその実力はそれだけの価値があったのだろう。 「明日からは仕上げだ。今日はもう休め」 そう言って男は野良の死体と共に引き上げた。 3号は状況をのみ込めていなかったが、自身に眠る力を自覚しつつあった……。 翌日。男と3号は公園にいた。 手には新品のダンボールと今まで使っていたブルーシート、糞皿に水皿とタオル。そして耐水性の高いテープがある。 「ご主人様。これはどういうことデス?」 疑問を浮かべる3号を余所に男が茂みの隙間、大きく深い糞の池の近くにダンボールハウスを建築していく。野良の物に比べれば頑丈で壊れにくい造りだ。 雨風を凌げるように隙間は目張りされ、出入り口も小さく成体が四つん這いになって入るのがやっとの大きさだ。 「3号。お前はここで暮らすんだ」 「デ?」 「お前はここで暮らし続ける。今まで俺が教えたことを糧に生き抜いて見せろ。これも修行だ」 そう言うと男は去っていった。 理由は分からない。だがここで生きるしかないということだけは3号の頭でも理解できた。 「デププププ♪」 それを理解し生きる決意をした刹那嘲笑の声がした。 振り向けばそこには3匹の成体実装。どうやら3号を笑っているらしい。 「お前ニンゲンに捨てられたデス。いい気味デスゥ♪」 そうなったことは3号にも分かっていた。だが男は普段から厳しかった。男が修行だと言うなら黙って従う。男が必要と考えた以上それは間違いではない。そうして自分は野良を一撃で葬る力を手に入れたのだから。 「新人歓迎会を初めるデスゥ♪」 「盛大に祝ってやるデスゥ♪」 「ありがたく受け取るデスゥ♪」 言うが早いか野良達が次々脱糞し糞を手に持つ。どうやら元々は肥溜めへと用を足しにここへと来たらしい。 「くらえデスッ!」 野良の1匹が3号に糞を投げつける。 だが鍛えられた3号にとってそれを避けるのは造作もなく、最小限の動きでかわしてしまった。 「デ!?」 「何事デスッ!?」 その様子に野良達が混乱する。 鍛えられていない実装石の鈍い反射神経では3号の動きを捉えきれず、まるで糞が3号を通り抜けたように見えた。 「なら全員で行くデスッ!」 「これでもくらえデスッ!」 「糞まみれにしてやるデスッ!」 次々と糞を投げ出す。 だがコントロールが悪いのも手伝って3号はやはりヒョイヒョイと避けてしまう。 しかしそれも長くは続かない。それぞれの体力が尽きるよりも野良の糞が尽きる方が圧倒的に早い。 しかし3号も所詮は実装石。ラッキーヒットも手伝って糞の一発を僅かに被弾してしまった。 「デププププ!ワタシのウンチが当たったデス!」 「ザマァないデスッ!」 「無様デスゥ!」 血涙を流して大笑い。当初の糞まみれには程遠いが実装石特有の幸せ回路で無意識に目標を下方修正しているようだ。 だが3号は何が可笑しいのか理解できなかった。 なにせ今まではひとつのミスが死に直結するような生活だ。糞が掠めた程度騒ぐことではない。 そしてなによりも…。 「歓迎会ってゴハンをくれる事デス?」 3号は無造作に落ちていた糞を口にした。 糞は自分が食べられる唯一の食料。そう叩き込まれている以上、野良のやっていることは自分への選別以外の何者でもなかった。 「デデェ!?」 「コイツウンチ食べてるデスゥ!」 「笑えるデス!笑えて死にそうデスゥ!」 糞食いは底辺が行う行為。それを一瞬前まで飼いだった実装石がやる。野良にとってこんなに可笑しい事はなかった。 「何騒いでるデス?とりあえずゴハンをくれたことには感謝するデス」 実装石特有の絶望的な察しの悪さを発揮し3号が礼を言う。 野良達はそんな姿にも大笑いし、3号が糞を食い尽くすのを見届けると去っていった……。 肥溜めの近くに糞を食う元飼いがいる。そのニュースは瞬く間に広がり翌日には知らぬ実装石はいなくなった。 そして実装石達はみな毎日用を足しに肥溜めへ向かう。糞食いの元飼いの姿を見る機会は平等にあった。 「アイツデスゥ!」 「デデェ!?」 「糞食いデスゥ!」 「ウンチ食べるとか恥ずかしいテチィ!」 用を足している間にも3号を見ると野良達は大騒ぎで様子を伺う。 3号は昨日のうちに汚れを洗い落とし綺麗な身なりをしていた。 それが気にくわなかったのと面白半分に野良達は一斉に糞を投げ出した。 「くらえデスッ!」 「今日の朝飯デスゥ!」 「ありがたく受け取れデス!」 「感謝しろテチャァ!」 昨日とまったく同じ流れ。3号もヒョイヒョイと避けていく。 だが野良達はそれが面白くないらしくどんどんヒートアップしていた。 「いい加減当たれデスゥ!」 「みっともない糞食いのくせに生意気デスゥ!」 「はやく糞食えデスゥゥゥ!」 「ママァ!ワタシはウンチじゃないテチャァァァ!」 頭に血が上った野良の1匹が誤って我が子を投げつけてしまった。 仔実装は糞に比べ大きく、3号としても初めて投げつけられたもので一瞬判断に迷う。 「デデェ!?」 と大口を開けて立ち尽くした瞬間、仔実装は器用に3号の口の中へと入ってしまった。 「デ、デヒャア!?子供が入ってきたデスゥ!?」 パニックになった3号が慌てて口を閉じると仔実装の頭蓋骨を噛み砕いてしまった。 更には本能に従い咀嚼してしまう。 「チベチャァァァァ!!?」 「ワ、ワタシの仔を食ったデシャァ!?」 そもそも自分が投げたせいだという理由そっちのけで悲鳴をあげる。 更には被害者意識丸出しで3号の元へと走り出した。 「許せないデスゥゥゥ!!」 だが3号はそれどころではない。 糞以外の物を食べてしまった。しかも同族の子供をだ。 自分は糞以外食べられないのだと思っていたがなんの異常もない。 そしてなによりも。同族は…美味しかった…。 「死ねデスッ!」 親らしき成体が3号に殴りかかる。 だが3号は見事なボクシングスタイルで片膝を折ってテレフォンパンチを回避しカウンターの右をクリーンヒットさせた。 偽石を破壊され血飛沫を散らして成体が倒れる。あれだけ糞をしたというのに特大のパンコンのオマケ付きだ。 「デデェ!?」 「く、糞食いのくせに生意気デスゥ! 」 残っていた野良達が次々と3号に殺到する。 だがこの程度の数は3号の敵ではない。むしろただの的だ。 こちらも手早くワンパンで処理すると3号は残っていた仔実装の体を抱き上げた。 「デ……」 そして意を決してかぶり付く。 美味い。美味い。初めて食べる肉の味。血の味すらも美味であり筋繊維の歯応えも堪らない。 骨は邪魔で鬱陶しいが吐き捨ててしまえば問題ない。 3号はあっという間に肉の味に夢中になった。 こうして3号は同族の味に目覚めてしまった……。 それが悪夢の始まりだった。 3号はダンボールハウスを襲撃するようになった。 野良程度では鍛え抜かれた体には誰も太刀打ちできず反抗すれば殺される。 特に柔らかく雑味の少ない仔実装が好きなようで主に仔実装を狙っており、その事は公園中に知れ渡った。 「ここ、この仔をあげるからワタシは許してデスゥ!」 自身のハウスの中で3号に追い詰められた親実装が仔である親指実装を差し出して懇願する。 自分が助かれば仔はまた産める。この場さえ凌げれば何とかなる。そんな希望を胸に最後の仔を使っての命乞いだ。 「テ、テチュ〜ン…♪」 親指実装はと言えば子供ながらに何が起きているのかを理解しているらしく血涙を流しパンコンしながら震える手を口許に添えて3号に媚びていた。 目の前の大人を刺激してはならない。親は頼りにならない。絶望的な状況での精一杯の生存戦略だった。 「こんな小さいの1匹で満腹になるかデジャァァァァ!」 だがそんな願いも虚しく3号はそう叫ぶと親実装の腕ごと親指実装を貪った。 「デギャァァァァァ!」 親実装の悲鳴が上がる。 仔実装で足りなければ親も食う。公園中が3号の襲撃に怯えていた。 だが、この事態に公園のボス格の実装石が黙っているわけがなく、遂には3号駆除に乗り出した。 事態が変化したのは3号が公園に来てから一週間後の事だった。 「なにやら新人が好き勝手やってるようデスね…」 「デッ!今日も二世帯が跡形もなく食われたデスッ!」 毒味された金平糖を舐めるブクブクに太ったボスに成体実装が報告する。 ボスの前に首を垂れる成体は三匹。幹部と呼ばれるボス直属の配下達だ。 「ワタシの国の国民に手を出すとは太い野郎デスゥ…」 実際のところボスにとっては他の実装石が何匹死のうが知った事ではない。 だが彼らには毎日自分へ供物としての食料を献上する役目があり、個体数の減少は自身の食事量の低下を意味していた。 「我慢ならんデス。ワタシが直々にぶっ殺してやるデス」 言葉と共にボスが金平糖を飲み込んで立ち上がる。 「デッ!?ボス直々に出陣デスか!」 幹部の一匹が驚愕する。ボスが戦うなどいつぶりだろうか? 「ワタシの威光を無視する狼藉者が出た以上ここらで引き締めが必要デス。たっぷりといたぶってワタシの恐ろしさを全国民に思い知らせてやるデス…」 好き放題やっているとはいえ所詮は実装石。高貴な貴族である自分が負ける筈がない。ボスはそんな自信に満ち溢れたまま一路3号の元へと向かうのだった……。 「お前が3号デスかっ!」 3号がクチャクチャと親実装を貪っていると背後の扉が開き成体実装が現れた。 「なんデスか?今はお食事中デス」 「ボス直々のお呼びデスッ!さっさと外に出るデスッ!」 渋々、という感じだがボスが呼んでいるとなれば従うしかない。3号が成体に促されダンボールハウスから外に出る。 するとそこでは数十匹の実装石が輪になってダンボールハウスの廻りを囲んでいた。中央にいるのは丸々と太った実装石。その光景はまるでかつてのコロシアムのようだ。 「ボスー!」 「娘の仇を取ってくれデス〜!」 「公園の秩序を乱す狼藉者に裁きをデスー!」 「死ねデス余所者ぉ!」 「毎日の供物もっと減らしてくれデスー!」 聞こえてくるのは3号に対する罵詈雑言、とどさくさ紛れのボスへの嘆願。 とりあえず目の前にいるのが公園のボスだということは理解できた。 「ボス、なんデスかこれは?今日は祭りデスか?」 事態を理解していない3号が質問する。だがその内容はまったくの的はずれだ。 「デププププ。お前、随分好き放題してるようデスね」 ボスが不敵に笑う。 「ワタシの王国でこれ以上の好き勝手は許さないデス。その命貰い受けるデスッ!」 ボスがそう吼えると巨体が突撃してきた。 速い。脂肪まみれでありながら並みの実装石を抜き去る程の速度を出している。 そして大きい。横幅だけでなく背丈も10cmは差がある。 3号が成体実装の平均身長である40cmなのと比べるとその差はあまりに大きい。 「…デッス!」 だが避けるのは造作もない。 3号はタイミングを見計らって横へと飛び、ボスの巨体を回避した。 「デデェ!?」 「デブチャ!?」 「レヒァャ!」 「テェェェェン!ママァァ!」 攻撃を外したことでボスはそのまま群衆へと突っ込み見物していたもの達の一部をミンチに変えた。 ただの突撃で成体実装を爆裂させるとは、恐ろしい破壊力だ。 「デ、デスゥ…」 これには流石の3号にも緊張が走る。敵は直線的な動きしかできないため回避は容易いが僅かでも掠めたら一気に不利になってしまうかもしれない。 「避けるんじゃねぇデジャァァァァ!」 ボスが再び突撃する。だが3号は冷静に相手を観察し、避けるタイミングを完璧に合わせた。 3号の最も秀でている部分。それは反射神経だ。 パワー、体力、知力に秀でた姉妹は他にいた。だが彼らは3号を捉え続けることが出来ずことごとく敗北したのだ。 その能力を発揮し、初めて見る巨体による突撃の回避を実現しているのだ。 「今デッス!」 避けるだけに留まらず3号はボスの脇腹に拳をめり込ませた。普通の実装石をいくら鍛えても習得できない。3号の天賦の才がなければ不可能な攻撃だ。 「デフェ!?」 想定外の攻撃にボスが悲鳴をあげてたたらを踏む。 公園に生まれ、今まで数多の戦いを経験したボスだったがこんな攻撃を受けるのは初めての経験だった。 同時に3号も勝ちを確信した。 僅かな間を置いて、ボスがゆっくりと3号へと振り返った。 「…デププププ」 効いていない。 「デデェェェェ!??」 今度は3号が驚愕した。 今のパンチは正確に入ったはずだ。確かに跳躍したままの攻撃であり踏ん張りは効かなかったが無傷で済むような拳ではない。 ボスは巨体による肉厚と分厚い脂肪が盾となって3号の攻撃を無効化したのだ。 必殺のパンチは通用しない。ボスもまだまだ体力がある。一撃でも食らえば命はない。周囲は敵だらけ。 状況は全て3号に不利なもので形成されていた。 「や、ヤバいデス……」 3号の額を冷や汗が流れる。 男の家にいた時とは違う、明確な恐怖が形となって目の前に佇んでいた。 3号が小さな脳みそをフルに使って打開策を模索する。 考えろ。考えろ。なにか方法があるはずだ…。 「テェェェェェェン!テェェェェェェン!」 先程の突撃によって親を失くしたらしい仔実装の泣き声が聞こえる。 集中を乱された3号がその仔実装をキッと睨み付ける。 だが仔実装は自分の悲しみに精一杯で周囲の状況など見えていない。 うるさい。ワタシは集中したいのに。お前から先に消してやろうか。 八つ当たりのような思考が3号の脳に去来する。 「……そうデスッ!」 3号は泣き叫ぶ仔実装の下へと走り出した 「デププププ♪逃がさないデス♪」 更にそれをボスが追撃する 脚は3号の方が速い。だがらといっていつまでも逃げられるわけではないのは百も承知だ。 なにせ公園で生きるのは修行。敷地外に逃げるわけにはいかない。 3号は今ここでボスを倒すしかないのだ。 「テェェェェェェン!テェェェェェェン!」 泣いている仔実装の下へとたどり着いた。勝つには、生き残るにはこれしかない。 「これでもくらえデスゥ!」 「テェェ!?」 3号はボスへと向き直ると仔実装、その側に倒れている親実装の死骸を投げ付け始めた。 だがコントロールが悪くなかなか当たらない。 「小賢しいこと考えてないでさっさと潰れるデシャァァァ!」 ボスが吠える。だが3号は死骸を投げ付け続けた。 「ママァァ!」 仔実装の悲鳴を無視して必死に投げる。もう時間がない。 五発。六発。七発目にしてようやくボスの顔面に投げつけた肉片が命中した。 その肉片は小さく、ボスを多少驚かせることはあっても勢いを止めるほどの威力はない。 だが不思議とボスの勢いはみるみる落ちていった。 「デ、デデェ?!なんだかお腹がおかしいデスゥ!お前、ワタシに何をしたデスゥ!」 「まだ分からないんデスか!ワタシはお前を、妊娠させてやったんデスッ!」 3号が腕を突きつけて宣言する。 その視線の先にあるボスの両目は真っ赤に染まっていた。3号が投げ付けていた死骸はとくに赤い血を流している物ばかりであり、それが緑の目を赤く染めることを狙っていたのだ。 「デ、デシャァァァ!ふざけるなデシャァァ!この卑怯者が、ワタシに舐めた事して許されると思ってるんデシャァァァ!」 吠えつつも急速に膨らんでいく腹を抱え込んで膝を折る。 3号はこの時を狙っていた。 「頭が下がったなら当たるデスッ!」 渾身の右ストレートを顔面に食らわせる。 ボスはたまらずその場で倒れてしまった。 同時に股から大量の蛆実装が溢れ出てくる。 「とどめデスッ!」 3号が飛びボスの腹の上へと着地する。 その重さでボスの股からは更に蛆実装が吹き出した。 「デベェ!?お、お前、今すぐ降りろデシャァァァ!今なら命だけは助けてやるデシャァァァ!」 なんとか振り落とそうともがいているようだが痛みで動くことすら出来ない。 「ワタシは助けてやるつもりはないデスッ!」 言いながら3号がボスの口へと腕を突っ込む。その手の中にはボスがたった今産んだ蛆実装が山と握られていた。 「デボッフェェェェ!!?」 「自分の仔で窒息しろデスッ!」 窒息だけではない。咀嚼され飲み込まれないように更に殴り付けて歯をへし折る。3号の攻撃は徹底していた。 「おいお前っ!ママの仇をとりたいなら今すぐここに来るデスッ!」 「テェェ!?」 3号が近場に立ちすくむ仔実装に呼び掛ける。自分が親を投げつけた仔だが元々ミンチになったのはボスの突撃が原因だ。復讐の権利はコイツにもある。 「……テチッ!」 仔実装はしばらく迷っていたが意を決してボスの上へと飛び乗った。 「ワ、ワタシもママの仇を討つテチッ!」 「よく決心したデスッ!お前は偉い仔デスッ!」 3号が仔を奮い立たせる。これで勝利の方程式は完成した。 「それで、何をすれば良いんテチ!?」 「それは、簡単デスゥゥゥ!!」 3号が仔実装を掴むと勢いよくボスの口へと叩き込む。 その際に入りきらなかった手足が減し折れ千切れたが些細なことだ。 「テチィィィィ!?」 「デボファ!?デデッ…………!」 仔実装が喉に突っかかりボスの呼吸は完全に不可能になった。 流石に蛆実装数匹だけでは心もとなかったがこれならもう助かる方法はない。 ボスと仔実装。二匹の実装石はしばらくイゴイゴと蠢いていたが、やがてパキンという音と共に動かなくなった。 「ボ、ボスが死んだデス……」 「これからいったいどうなるんデス…?」 「秩序の崩壊デスゥゥ!!」 「これからは供物の必要はなくなったデス?」 周囲を囲んでいた実装石達に動揺が広がる。無理もない。誰一人このような結末など予測していなかったのだ。 「狼狽えるなデスッ!」 その中の一匹が声を張り上げる。突然の大声に誰もがその実装石に注目した。 「ワタシ達にはまだボス直属の幹部達が付いているデスッ!あんな新入り一捻りデスッ!」 そうだ。この公園には三匹の幹部がいる。彼らはボスの命令に忠実で実力もあるもの達で構成されている。必ずや彼らが仇を打ってくれるだろう。 「そうデスッ!幹部がいるデスッ!」 「神はワタシ達を見捨てていなかったデスゥ!」 「増税反対デスゥゥ!」 そんな期待からギャラリー達が一斉に湧く。 幹部達が3号を倒せば今まで通りの生活が送れる。他の可能性など考えずに無責任な喚声が一層大きく広がった。 その声に押されるように幹部の一匹が前へ出る。 「ミドリデスッ!幹部一の切れ者デスッ!」 「これで未来は安泰デスゥ!」 「その新入りやっつけてくれデスゥゥゥ!!」 「平和で安定した暮らしが欲しいデスゥ!」 3号とミドリが対峙する。3号はボスの死骸の上から、ミドリは地面から。二匹は無言のまま数刻向き合った。 静寂を打ち破ったのはミドリだった。 ミドリは一度深くため息をつくと3号に背を向け言い放った。 「黙れデス愚民共っ!3号様こそ新しいボスデスゥゥゥゥ!!」 「「「デデェェェェェェェ!??」」」 公園中の実装石が驚愕する。 絶対に新入りを倒してくれると確信していた幹部が寝返るなど誰一人予測していなかったのだ。 「死んだボスはなにもしてくれないデスッ!そんな死体はせいぜい無駄な贅肉をゴハンにするくらいしか出来ないデスッ!今するべきは新しいボスを歓迎することだけデスゥゥゥゥ!」 「そ、そうデスッ!」 「みんな3号様にかしづくデスゥ!」 遅れてやってきた幹部二匹が更にもり立てる。 「コイツら、怖じ気づきやがったデスゥゥゥゥ!!」 「謀反っ!謀反デスゥ!」 「でももう供物出さなくて良いデス?」 「ワタシ達はどうすれば良いんデスゥゥゥゥ!!」 様々な感情が混ざり合う喧騒のなか、3号は公園のボスになった……。 3号がボスになってから公園の環境は変わった。生ゴミなどの供物の量が減った代わりに仔実装を要求するようになったのだ。 一世帯二匹ずつ。それが日に三世帯ランダムに選ばれ献上させられるのだ。 どの仔を渡すかは親に一任されており糞蟲の間引きにはなったが問題はある。 愛情深く仔を渡せない世帯やそもそも仔がいない世帯だ。 彼らや抵抗するものは一ヶ所に集められると服と髪を奪われるだけでなく手足を食われ、3号や幹部のおやつとして蛆実装を生まされた。 奴隷以下の存在。所謂蛆チャンという身分へと落とされるのだ。 持ち前の回復力で手足の再生など容易な実装石だが、回復の度に食われる羽目になるのだから堪らない。更には食事は自分達の糞のみで環境も劣悪と、完全に奴隷以下の扱いを受けていた。 だが公園中を探しても反抗するものは誰もいない。 蛆チャンへ落とされるものが増えれば仔実装の要求も減るはず。苦しむのが自分以外であるのならなんの問題もない。 そんな実装石の根幹に根差す自己中心的な考えがこの環境を是としていた……。 人間達の間にはボスのいる公園に対して特殊なルールがある。 ボスやそれに近しいものへの虐待、連れ去りの禁止だ。 これは観察派が特殊環境の変化を嫌ったことや、一部虐待派による個人のみで特殊個体を虐待することを楽しむことを禁じた結果生まれた暗黙のルールであった。 3号もまた、そのルールに漏れず当人の預かり知らぬところで守られていた。 だがその公園に一人の男が現れた。 彼は虐待派であり3号の苦しむ姿を見てみたいと思っていたのだ。 もちろん彼もルールについては承知しており、それを破るつもりなど毛頭ない。 何食わぬ顔でベンチに座った男の両手にはダンボール箱が抱えられており、中身に興味津々な実装石達が輪になっている。 「さてと、そろそろいいか」 そう言ってダンボール箱の蓋を開けるとなにやらガタガタと動き出した。 そんな異変などお構いなしに野良達が媚びたり金平糖を要求している。 「もう少し待ってろよお前ら。とっても良いものをやるからよ」 バリバリとマジックテープを剥がす音が続き、固定されていたものを取り出す。どうやら実装石のようだ。 男は手のなかでもがく実装石を大地に立たせるとサッと手を離した。 「そらっ遊んでこい!」 「「「デデデェェェェェ!!?」」」 男に解き放たれた実装石を見ると野良達は一斉に驚愕した。 なんとそれはマラ実装の成体だったのだ。 「デシャァァァ!メス!メスデスゥゥゥゥ!!」 マラ実装は血走った瞳で突撃すると即座に手近な実装石を捕まえた。 「ヤらせろデスゥゥゥゥ!今すぐ!今すぐ犯させろデスゥゥゥゥ!!」 「助けデズップェ!?」 助けを求める暇すらなく身長ほどに屹立したマラをぶち込まれる。マラ実装にとって他の実装石などただの使い捨てオナホも同然だ。 「食いつきっぷりすげぇな。流石は三日間オナ禁させただけあるぜ」 マラ実装は毎日1Lは射精を求める。それを三日間禁止されていたともなると完全に制御不能になるのは自明の理だった。 「はやく来いよここのボス。でないと公園中の実装石がマラでぶっ壊されちまうぞ」 男がニヤニヤしながら告げる。 そう。禁止されているのは人間自身による干渉だ。 これはただの実装石同士の争い。公園で毎日繰り返されている光景と変わらない。 だからなんのルール違反でもなく、男はただ当たり前の光景を見ているだけなのだ。 そう考えていると幹部から話を聞いた3号が飛び出してきた。 「ワタシの王国で何をしているデジャァァァァ!」 既に完全にぶちギレており男の期待通りといった様子だ。 3号が猛ダッシュの勢いそのままに殴りかかる。 「デッッッ!?」 突如3号が横へと吹っ飛ばされた。 おかしい。敵はしっかりと見ていたはずだ。 立ち上がるよりも先に原因を探るべく敵を観察する。 「ワタシのマラは逞しくて雄々しいデッス〜ン♪」 マラ実装が腰を振ってマラを強調する。 3号を殴り付けたものの正体は巨大なマラだった。 憤慨しつつもしっかりと観察していたはずだが自身に無いものの存在を忘れるあたりが所詮は実装石といったところか。 「デッッス!」 「デデェ!?」 隙を与えないかのように間伐入れずにマラ実装が突撃する。 観察することに意識を向けすぎた3号は対応が遅れた。 「デベェッ!?」 マラで腹を突くと3号は成す術無く再びぶっ飛ばされる。 マラ実装は基本的に通常の実装石よりも力と体力に秀でており、それにより日に何匹もの実装石を犯し殺すことができる。元々の膂力が違うのだ。 3号は思わずパンコンしてしまい、そのまま大の字に倒れてしまった。 「デププププ♪ワタシに歯向かおうとはなかなか骨のあるヤツデス」 マラ実装が3号を見下ろしながら嘲笑する。 なんとか言い返そうともがく3号だが肺を潰されて呼吸すら満足に出来ない。 「デププププ♪頑張った褒美にワタシの子種をくれてやるデス。光栄に思うデス」 「デヒッ、デッ、デェェェ……」 これから行われる恥辱を振り払おうと口を開くが相変わらず何かを言い返すことも出来ない。 そうこうしている内にパンツを脱がされ糞まみれの総排泄口を晒されてしまった。 元々3号は己の力を誇示するために幹部や雑用を使わず自ら選定を行うダンボールハウスへ出向き制裁を加えていた。 今回はそのナルシストな性分が完全に裏目になってしまったようだ。 「さあ天国へ連れて行ってやるデスッ!」 「デギャァァァァァァァァ!!!」 青い空の下、公園に3号の悲鳴が轟いた……。 一時間後ーー。 「おらぁ!もっと腰を振るデスッ!」 「許して欲しいデス…もう勘弁してくれデスゥ……」 虐待派の男に連れてこられたマラ実装。それは今は3号に組み敷かれ搾り取られていた。 なんと3号はマラ実装の無限の精力に打ち勝ってしまったのだ。 「情けないヤツデスッ!おら!もっと出すデスッ!」 「デ、デェェ…………」 マラ実装が達すると3号の口から白濁液をぶちまけられた。 その目はどちらも緑に染まっており、己の白濁液で妊娠させられたのが分かる。 「この程度デスか根性無しがっ!こんなんじゃワタシは妊娠しないデスッ!」 実際には3号も両目緑の妊娠状態だが気付いていない。 「もう……ダメ……デス…………」 その言葉を最後にマラ実装は力尽きた。 それを確認した3号が自身に突き刺さっていたマラを引き抜く。 ふにゃふにゃになったマラは蛆実装のような大きさと軟弱さを晒し、粉々に砕けた偽石を排出して終わりを告げた。 「とんだ根性無しデス!期待外れもいいところデスッ!」 言ってマラを蹴り飛ばすと根本から千切れ飛び、男の足元へと転がっていった。 「そんな…俺のマラが…」 マラ実装を連れてきた男が信じられないといった様子で告げる。 彼が自信満々で放ったマラ実装は精力で敗北したのだ。 持ってきたダンボールもそのままに、ガックリと肩を落とした男は自分の家へと帰っていった……。 「デッデロゲ〜デッデロゲ〜♪」 野良にしてはしっかりと作られたダンボールハウスの中から不快な歌声が響く。 3号が胎教の為に歌っているのだ。 マラ実装の襲撃から数ヶ月。3号の腹は見事に膨れ、出産まであと少しといったところだ。 「ボス、入るデス」 そう言って一匹の成体実装が入ってくる。 幹部一の知力を持つミドリだ。 ミドリは3号の正面に来るなり跪く。 「ミドリ、お前にはオヤツの蛆ちゃんを持ってくるよう言ったはずデス。蛆ちゃんはどこデス?」 「デッ!畏れ多くもボス。ワタシはもっと良いものを持ってきたデス!」 「もっと良いものデス?」 「これデスッ!」 そう言ってミドリは色とりどりの菓子を差し出した。 「デデェ!?こ、これは…!」 「そうデス。コンペイトウデス…」 思わず立ち上がった3号に恭しく話す。 金平糖。それは実装石にとってご馳走でありひとたび見ればたとえ相手が肉親であろうと奪い合いをするほどの逸品だ。 以前人間がばらまいていたものを回収し備蓄していたのだ。 ミドリには野望があった。 ボスになりたいわけではない。ナンバー1よりナンバー2。それがミドリのモットーだ。 だがそんな思いを常に邪魔する目の上のたんこぶがあった。他の幹部達の存在だ。 自分と同列のものが他にもいる。その事実には常に不満として残っており、いつかのし上がって奴らの上に立ちたいと考えていたのだ。 3号にいち早くついた理由も、今回の金平糖という賄賂もそのためのものだ。 「デププププ♪これでワタシの地位も安泰デス」 他のやつらでは絶対に思い付かない冴えたやり方。ミドリはそう確信していた。 「ミドリ…」 暫く黙っていた3号が立ち上がる。そして突然ミドリは殴られた。 「デギャァァァァァァァァ!?」 悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、壁に激突して止まる。 殴られた左頬は大きく腫れて裂け目も飛び出してしまった。 更には壁にぶつけた頭も頭巾が裂けて頭からも血が吹き出している。パンツはとっくにパンコン状態だ。 「殺すっ!殺すデスッ!」 前髪を引き抜かれ、下がった顎をかち上げられた。 同時に口を思いきり噛み締めることになり歯の殆どが砕けて割れた。 顎を支える筋肉の一部も断裂し、だらしなく片側が垂れ下がっている。 「ヒョホヒ…ヒョ…ヒョォォ……」 口を大きく損傷したことで呼吸すら激痛を伴うようになり満足に息をすることも出来ない。 だが何より理解できないのは自分が暴行を受けていることだ。 自分が何をしでかしてしまったのか、ミドリは必死に考える。 自分はボスにオヤツの蛆実装を持ってこいと言われ、より価値の高い金平糖を差し出した。 確かにボスが所望したものとは違ったが、それがボスの逆鱗に触れるようなものでは断じて無い。 ではいったい何がまずかったのか。 耐え難い激痛といつまでも続く更なる暴力の中でミドリはそんな思考の堂々巡りに陥った。 ミドリは知らなかったが3号は飼われていた時代に金平糖は猛毒だと教え込まれていた。そんな3号に金平糖を差し出すなど自殺行為に他ならない。 相手の意図など露知らず、3号の暴行は続く。 ミドリは垂れ下がった目の神経を引っ張られ、脳の一部を引きずり出される。 「ヴェポエペペッペェ!?」 脳を破壊され奇声を放つミドリ。もはや自分が何者かすらわからなくなっているだろう。 だが3号は執拗に殴り続け徹底的に破壊しようとしている。 大の字に倒れたミドリにマウントを取り幾度も幾度も殴り続けた。 鼻は陥没し、手足はあらぬ方向に曲がっている。 「フェヒョポ……フィペ…メパソ…………」 「デッッッス!」 偽石のある腹を殴られ残っていた糞が口と総排泄口から吹き出し事切れた。 「ボス、入るデス」 それから間も無くしてもう一匹の幹部、グリーンがダンボールハウスへと入ってくる。 「デデェ!?ミドリ…いったい何があったんデスッ!?」 グリーンは突如目の前に現れた惨状に驚愕する。 3号が両腕を血塗れにし、肩で息をしながらミドリを見下ろす様子にグリーンは混乱した。 「謀反デス」 「…デ?」 「この売女。こともあろうにワタシの命を狙ってきやがったデス…」 少しは使えるやつだと思っていたがとんだ見込み違いだった。 行く行くは自分の側近として更に特別な扱いもしてやろうと思ったが、まさかここまで愚かだったとは。 3号は失望の色を隠さずため息を吐く。 「それよりもお前はそれを捨ててこいデス」 3号が床に散らばった金平糖を差し命令する。 「これは……コンペイトウ…?」 「さっさとそれを捨ててこいデス!ワタシはそのイガイガが大っ嫌いなんデス!」 突然の激昂に気圧されグリーンは慌てて金平糖をかき集めてダンボールハウスを後にした。 それから一分ほど後。 「ボスー。外でグリーンが口と穴からウンチ漏らして死んでるデスー」 最後に残った幹部。スイが外から報告する それを聞いて3号はため息を吐いた。 「この公園はバカばかりデス…」 三ヶ月後。3号の子供達は中実装にまで成長していた。 だがこの成長に合わせて不満を大きくするものがいる。最後に残った幹部、スイである。 「早くオヤツの蛆ちゃんを持ってくるテス。使えない奴隷テス」 「これっぽっちじゃワタシの腹は満たせないテス。お前舐めてるのかテス」 「キビキビ動けテス。それともお前を食ってやろうかテス?」 「ウンチしにお外出るの面倒テス〜。お前ワタシのウンチ食べるテス」 「早くプニプニしろテフ〜。蛆ちゃんは気が短いテフはやくしろテフ〜」 何不自由なく育った子供達は完璧な糞蟲へと成長しスイを奴隷扱いしていた。 これが頭の回るミドリであったなら他の実装石を育児担当にあてがっただろうが生憎スイにそのような知能はなく、一人で面倒を見続けている。 当然手が回らずストレスも貯まる。ボスの仔であるとはいえ三ヶ月も耐えたスイは十分我慢強いと言って良いだろう。 3号も3号で子供を大事に思っていても全く面倒を見ず、むしろそのふてぶてしい姿勢を子供達は学びより傲慢に育っていった。 「もう我慢ならんデス…殺してやるデス……!」 子供の殺害を決意するスイ。 しかし子供を殺したところでそれが3号に発覚しては此方が殺されてしまう。 「せめてなにか武器があればデス……」 スイが当てもなく公園を散策する。 そして見つけた。自分の拳よりも遥かに強力な武器が地面に転がっていたのを……。 「うぅ、寒いデスゥ……」 3号が外にある肥溜めへと脱糞する。 季節はもう秋に差し掛かっており気温は下がる一方だ。 更には今日の天気は曇りでありじきに雨が降ってくる。時間も薄暗闇になり始め、人影も見えない。 「テギャァァァァァァァァ!!!」 そんな静寂を破ったのは中実装の悲鳴だった。しかも出所は3号のダンボールハウスだ。 「何事デスッ!?」 慌ててパンツを履いて家へと戻る。 「テヒィ!?」 「テジャァ!!?」 元々肥溜め近くの立地だったためにすぐに帰り着くことが出来た。 だがその僅かな間にも子供達の悲鳴は続き事態が深刻であることを告げている。 「いったい何が…デデェ!?」 ダンボールハウスの中では中実装達がぐったりしており頭や腹から血を流している。既に動かなくなっている個体もいくつかおり、下手人が相当の手練れであることを匂わせた。 「これは…どういうことデス…スイッ!?」 「帰ってくるの速すぎデス。空気の読めないやつデス。もっとゆっくりウンチしてろデス」 スイが仔の一匹を踏みながら言う。そこにはボスに対する畏怖や敬意は欠片もない。 「どういうこともなにも自分の胸に手を当てて考えてみろデス。なんでもかんでも押し付けやがって、いくらボスと言えども限度があるデス」 「部下がボスや家族の面倒を見て当たり前デスッ!八つ当たりしてんじゃねーデスッ!」 そもそもが実装石は自分こそが一番と考える存在だ。今まで従っていたことの方が奇跡だというのに3号はいまだにそれを理解していない。 「どうやらこれ以上話しても無駄なようデスッ!」 「テギャッ!」 スイが踏みつけにしていた仔の頭を踏み潰す。 それが死合開始の合図だった。 「許さんデスゥゥゥ!!」 「殺ってみろデシャァァァ!」 スイが踏み潰した頭をサッカーボールのように蹴り千切る。3号はそれがどうしたとばかりに踏み潰し、バランスを崩した。 「デェェェ!?」 「もらったデシャァァァ!」 その隙を逃すまいとスイが突撃し隠し持っていた武器を突き立てた。 「デジャァァァァ!?」 3号の左脇腹に小さな傷が出来た。 混乱し、尻餅をつきながら3号がスイを見上げる。 スイが手にしていたのは錆び付いた安全ピンだ。細い針は面積こそ小さいが深々と刺さり成体相手であっても重症を追わせることができる。 簡単ではあるが実装石にとってはかなりの驚異となる武器だった。 「たまたま落ちていたデス。こんなものを見つけられるなんてこれもワタシの日ごろの行いが良かったからデス」 左腕めがけてピンを振り下ろす。 「ジャァァァァァァ!!!」 貫通した左腕から血が滲む。再生には数時間は必要になるだろう。 だが3号は果敢に足払いをかけスイを転倒させる。 「な、生意気デスッ!」 「それはお前の方デジャァァァ!」 声を上げながら同時に立ち上がったが、ピンを刺すには距離が近すぎる。 距離を詰められる前に決着をつけようと3号が右腕を繰り出した。 今まで幾多の実装石に致命傷を与えてきた右がスイへと振りかかった。 「デヒィ!」 左頬に食らったスイが悲鳴をあげる。 「…デシャァァァ!」 だが果敢に殴り返してきた。これには3号も混乱する。 自分の拳は一撃で致命傷を与えられるのではなかったか? 踏み込みが足らなかったか? スイは普通の実装石よりも堅いのか? 幾多の疑問が脳裏に浮かぶ。 「デププププ♪お前、まだ気付いてないんデス?」 「デッ!?」 スイの嘲笑に3号が驚く。 コイツ、自分が知らない原因を知っているのか? 3号にはそんな感情がありありと含まれていた。 「お前は子供を産むあたりから何でもワタシ達に仕事を押し付けてきたデス。だから体は鈍ってブクブク太っていく一方。毎日歩き回る羽目になったワタシに勝てる筈がないデス」 「デデェ!?」 確かに子供が生まれてからは仔実装の調達や反逆者の処分までスイに押し付けていた。 自分がする事と言えば子供達への自慢話とトイレにいくために少し歩いた程度。男のもとで鍛えられた体は既に見る影もない。 敗北。死。そんな予感に奥歯がカタカタと鳴る。 「もういいデス。お前はさっさと死ぬデスッ!」 話をしている間に距離をとったスイが再度突撃してくる。 これ以上負傷すれば逃げる力もなくなってしまう。だが今逃げようにも安全ピンから逃げ切るのは不可能だ。 3号が必死に頭を巡らす。 そしてひとつの答えに行き着いた。 「デッス!」 なんと正面から向き合い安全ピンの先端を叩き落としたのだ。 「デデェ!?」 叩き落とされた安全ピンがダンボールの地面に突き刺さる。どうやら土の地面にまで貫通するほど深々と刺さってしまったらしく、録な受け身もとれないままスイは転んでしまった。 転がった先で仰向けに倒れ、なんとか立て直そうと体を回転させる。 「デギャァァァァァァァァ!」 すると右足に激痛が走った。 見ればそこには錆びた安全ピンが突き立てられている。スイが体制を整えようとしている間に3号が地面から引き抜きそこへ突き刺したのだ。 「デ、デギャ…」 なんとか引き抜こうと手を伸ばす。 だがそれも3号の拳で防がれてしまった。 「デギャァァァァァァ!」 顔面を殴られ仰向けになるとその上に3号がのし掛かってきた。 「もう、立ち上がらせないデス…!」 ふぅふぅと息を切らせつつも鬼の形相でスイを見下ろす。 「デ、デッス〜ン♪」 スイが起死回生に繰り出した攻撃。それは媚だった。 自分よりも強いものに媚びて助かる。それは実装石の本能に根差した行動だった。 だが当然のように殴られ、その思いは無惨に打ち砕かれた。 「デギャッ!?」 「媚は醜い行動、ご主人が言っていた事がようやく分かったデス…」 散々痛め付けてきた相手が媚びて助かろうとする。その浅ましさに心底吐き気がした。 「ゴメッ!悪気は無かったデギャッ!?ちょっとしたお遊びデッ!も、もう許してデジャァ!」 3号はそれから使える右手で何度も何度もスイを殴り、頭蓋骨が砕けるまでそれは終わらなかった。 「デー…デー…デー」 とっくに偽石が砕け、醜い死に様を晒すスイを見下ろす。 すると途端に虚しくなった。 コイツを殺しても自分の子供は帰ってこない。そんな事実が押し寄せてきたのだ。 「テフ〜」 「う、蛆ちゃん…?」 子供達の死体の山から這い出した中実装サイズの巨大蛆。それは自分の生んだ末娘だった。 「蛆ちぁ〜ん!」 「ママ〜!」 互いに駆け寄り抱き合う。 暖かい。生きている。冷たくなった他の仔達とは違う。その事実に3号は歓喜の涙を流した。 「ママ、オネエチャ達死んじゃったテフ〜…」 「お前が生きてるだけで十分デスッ!これからはママがしっかり守ってやるデス〜!」 それは感動の再開だった。 その晩は子供達の死骸を食べて二匹で抱き合って寝た……。 早朝。まだ薄暗闇に包まれている時間。 3号は外の肥溜めへと向かった。 「う〜寒いデス。でもウンチ出そうデス」 昨日は食が進みすぎてつい食べ過ぎてしまった。更には連日の低い気温から下痢ぎみなようだ。 「昨日のゴハンは脂身が多くてなかなかだったデス。また食べたいデスゥ」 パンツを下ろし、肥溜めに中腰の尻を向けながら物思いに更ける。昨夜食べたのが自身の子供だった事など既に覚えていないのだろう。 「ママ〜!」 「デッ!?」 突然中実装サイズの蛆が飛び出してきた。自分に唯一残された子供だが、血涙を流し必死の形相だ。 そのあまりの光景にブピッと糞が飛び出し始めた。 「ママ〜!置いてっちゃ嫌テフー!」 必死の形相で跳び跳ねるようにして駆けつける。 どうやら昨日の今日で母親が一瞬でも姿を消したことに慌てて飛び出してきたのだろう。 「だだだ大丈夫デスッ!何処かに行ったりしないデスゥ!」 「ママー!」 しかし生憎3号は脱糞中だ。駆け寄るわけにもいかず、手をブンブンと振って制止する。 だが巨大蛆は話を聞いていないため速度を落とさず猛ダッシュを繰り出してくる。 「デギャッ!?」 「テフゥッ!?」 蛆はそのまま3号へと頭突きをボディブローのように叩き込んでしまった。 中腰姿勢であり安定感の悪かった3号はそれをモロに受けてしまい、巨大蛆共々糞の海へとまっ逆さまに落ちていった。 糞は先日の雨のお陰でヘドロのようになっており、もがいてもまとわりつくばかりで満足に動くことも出来ない。 「デボガボバガガガ……!(あの馬鹿蛆っ!ここから出たら絶対に引き裂いて殺してやるデスゥ!)」 既に相手が仔であったことなど忘れたのか怒りに任せて叫ぼうとする。 そうして開いた口の中に糞が殺到する。 「(苦いっ!臭い!臭いデスゥ!汚いデスゥ!)」 口を開けば糞が飛び込みその味をしっかりと味わうことになる。 更には光が差し込まず、3号にはどこに天地があるのかすら把握できない。 「(息がっ!息が出来ないデスッ!誰か、誰か助けろデスゥゥゥ!!)」 もがけばもがくほど酸素と体力を消費する。だがそれを理解できる余裕は3号には残されていない。 更にはこの肥溜めは深く1m程の深さがあり天地すらわからない実装石が助かる方法は皆無だった。 「(嫌…デス…死にたくな……)」 こうして糞食いとして育てられた実装石は、誰に知られることもなく糞の海で口の中を糞でいっぱいにして死んだ。 誰も知らない内に公園のボスは消えた。 ここに住む野良達は不思議に思いつつも自らの生活を続け、時に愛護派に、時に虐待派に、時に虐殺派に、時に観察派に、時に同族に、時に動物や鳥に、時に自然に干渉され数を増減させつつもそれを当たり前の日常として謳歌していくのだった……。