■ キッチンに空気で膨らませる系ビニールプールが広げてあるのは異常だろう。 その中で敏明がパンツ一丁で座り込んでいる様は明らかに異常だろう。 カキュ。 敏明は大きめの缶詰のプルタブを開けた。 そして、ぞんざいにその中身を逆さまにして、ビニールプールの床に振った。 テチャ。 テチュウ。 テッチー。 テチューン。 テベッ。 ヂッ。 その缶詰には「食用仔実装お徳用20匹」とプリントしてある。 10センチほどの生き物たちが、開封されたことにより空気に触れ、仮死から目覚める。 たちまちテチャテチャ思い思いに鳴き出し、ビニールプールの床をイゴイゴと蠢き出した。 落下のショックで3匹くらいが潰れて死んでいた。 食用の仔実装でも、真空パックものと違って、缶詰は特に粗悪だ。 無菌状態、糞抜き済みとは言っても、食用としての質はとても低い。 肉は筋張っていて固く、味も淡白で、生食にはとても向かない。調理推奨の安物だ。 具体的には、焼くか、揚げるか、煮込むかして、きちんと濃いめの調味料を染み込ませる。 そうでもしないと、とても食べれたものではない。 生食や刺身、しゃぶしゃぶなどに耐えうる美味な食用仔実装の値段は缶詰の数十倍はする。 敏明はその味を知らない。 それと言うのも、敏明が異常だからだ。 実際、低品質な食用仔実装の缶詰の売り上げは芳しくない。 生産数も年々減り、やがてメーカーも倒産するかと思われていたが、 販売元は起死回生の一文をパッケージに追加し、やがて業績は安定した。 「お手軽な触れ合いにも!」 ■ テチャアー。テチャー。テチャー。 テッチューン。テチュー。テチュー。 テジャアア! テギャアアア!! テチ。テチテチ。テチ。 テチュー。テチュー。テチュー。 ビニールプールの端で、敏明はあぐらをかいて、食用仔実装たちを眺めている。 足元では、仔実装たちによる恐慌のショウが始まっている。 仔実装たちは、仮死から強制的に目覚めさせられたばかりで、状況が分からない。 何もないビニールプールの床にいて、巨大なニンゲンが目の前にいて、自分の姿は禿裸。 世界一賢く可愛くて愛されて当然と信じる実装にとっては、スタートからのバグ状態。 嘆き悲しんだり、意味もなく駆け回ったり、敏明から逃げたり、敏明に媚びたり。 10センチ足らずの17匹の生き物たちが、狭い空間の中でテチャテチャかしましい。 テププププ。 禿裸を指さして嘲笑っている個体が何匹もいる。お前だって禿裸なのに。 いつ本人は気付くのか。自分だけは特別で美しいままだと思っている。 テチャァーー。 闇雲に走り出して転んだりビニールプールの端にぶつかる仔実装。 敏明は何もしていないのに、もう手足が折れて蹲っているものもいる。 テヒャー。 絶望して頭を抱えている仔実装たち。 ブルブル小刻みに震え、偽石を自壊させ死ぬものも。儚い。あまりにもチリィ。 テッチュ!テッチュ! ビニールプールの端から登って逃げようとしている仔実装。 よじ登れる高さではない。何度も繰り返し、落ち、脚は折れ、 やがてそれが絶対に、絶望的に不可能だと気付く。 敏明はただそれを見ている。 楽しい。 ものすごく楽しい。 ■ テッチ!テチテチテッチ! 食用仔実装の半分くらいが、座ったまま無言の敏明の前に集まって来ていた。 何か要求しているのだろう。 この状況だと、まずは餌か。スシやステーキ、金平糖をよこせテチとでも言ってるのだろうか。 人間である敏明にとって、わずか10センチ足らずの仔実装たちの声は小さく、 キュッキュとか、キュイとかにしか聞こえない。まるで発泡スチロールを擦ったような音だ。 リンガルを使っていないので意味も分からない。 個体の声の区別もつかない。 テチューン。テッチューン。 一部の食用仔実装たちが頬に手を沿え小首を傾け敏明に鳴いた。 まるで教えられてきたかのように、顔を上げてしっかりと目を合わせてくる。 媚び、か。 これは分かる。どれだけ仔実装が小さくても。 ポーズも含めて、視認しやすく糞蟲である証明に等しい。けれどまあ、どうでもよかった。 食用仔実装として生産され、食餌も排泄もしないままパッケージされ出荷された食品だ。 胎教も教育もされてないだろう。 なのに、食用仔実装たちは、多くが人間に頼ろうとし、庇護を求め、媚びる。 不思議な習性だ。 何しろ実装石は、人間に似てこそいるが、蹴れば死ぬ程度の小さな蟲だ。 リンガルを通せば人語を解し、流暢に会話もできると言う。あまりにおぞましい話だ。 敏明は実装に対してリンガルを使ったことはない。 テチテチテッチ! テッチューン。 仔実装たちが鳴き続けているが、敏明は無視した。 ビニールプールの端、敏明はあぐらをかいて座っている。 集まってきた仔実装たちの一部が敏明の脚に登って来る。 ペチペチと叩いて気を惹こうとする個体もいる。 それは敏明にとってわずかな刺激でしかないし、 仔実装の鳴き声も、どこまでも小さくて、発泡スチロールを擦る音でしかない。 ■ テチャアー。 テェエ。 テヒィー。 視界の向こう、敏明から逃げてた仔実装たちの間で悲鳴が上がった。 何回も繰り返してきて見慣れた風景だ。 敏明は目を細めて何が起きているか確認した。いつも通りだった。 空腹を覚えた仔実装たちが、はじめに落下した死体を食べようとしたのだ。 テェ。テェ。テェ。 テヒャアー。 当たり前だ。 産まれてすぐに缶詰に入れられた食用仔実装たち。 安物でお徳用だとは言っても衛生基準というものがある。 きちんと処置されているのだ。 もとより、排泄ができるような体ではない。 そして、その口が餌を食べることは永遠にない。 あらかじめ喉は焼かれ、塞がれているのだ。 テチャ!? テッヒィー!! どうして絶え間なく涎が落ち続けたか、一部の仔実装は悟ったかも知れない。 涎が出るのが空腹のせいと思ったのは間違いだ。 飲み込めないからだ。 唾を。食べ物を。 そのように処置されている。 気付くということは、それ以前より嘆くべきことらしい。 テェ!テェエ!! テッヒャアーー!! 飲み込むことができない。 食べ物を、どころか唾さえ飲めない。 こんなに空腹なのに。 こんなに喉が渇いているのに。 ビニールプールの端では、絶望に偽石をパキンさせて自壊するもの、嘆きのたうち回るもの、 ニンゲンの敏明に助けを求めて走り出すものと、どこまでもドラマチックだ。 ショップの仔実装が一匹一万円、糞蟲で値引きされた底値がだいたい500円。まあ高い。 それと同レベルの遊びが、この徳用缶詰20匹1480円で得られる。 とんでもない高コスパだ。 テジャア! 敏明に向かって走ってきた仔実装が派手に転ぶ。両足と右腕が折れた。 あまりに脆い。ウケる。 もとより食用だから、生存のための能力は限界まで削られているのだ。 禿裸を殴ったつもりの腕が折れる。 折れた腕が根元からポトリと落ちる。 食用なのだから当たり前だ。 しかし、それを理解できない仔実装たちは血涙を流して世界の終わりのように嘆く。 どうにかしろとか、治してとか、助けてとか、多分そんな感じに敏明に訴える。 仔実装の言葉など分からない。 敏明はただ見るだけだ。 ■ テッチュ。テチュ。テッチュー。 テヒャアー。テチ。テッチュウーン。 さすがに笑った。 飼い実装の教育も受けていないだろうに、数匹が敏明の前でダンスをし始めたのだ。 飲み込めない涎をボトボト垂れ流し、周りに汗を撒き散らし、愛らしいはずなどない。 敏明はあぐらをかいたまま、頬杖をついてそれをニヤニヤ眺めた。 食用仔実装たちは文字通り必死で、命を懸けてご主人様へのダンスを続ける。 練習をしたこともないはずだ。 当然踊りは不揃いで、まったくそれぞれバラバラで、見るべきところは一つもない。 テッチュ。テチュ。テッチュー。 テヒャアー。テチ。テッチュウーン。 だが、踊る。 それが自身の存在証明だと言うかのように。 食用仔実装は、食用に加工され出荷された仔実装である。 食べることも飲み込むことも排泄もできないように加工されている。 意識だけが実装石のままだと言うだけの商品だ。 食品に意識や人格は必要ないのだが、 安価な商品においてそこに配慮するコストは不必要とされた。 何より、顧客は活きの良さを重視する。 鮮度や肉質で戦えなかった缶詰仔実装こそ、 逆に、どこまでも「野生っぽく活きが良い」のだ。 ところで、 この商品の賞味期限は120分と記載されている。 ■ テチ。テチテチテチテチ。 テジャァ! テジャ。テj。 敏明の足元に集まっていた仔実装たちがだんだん死に始めた。 今際の際にも何か要求しているところがむしろ実装石らしく好ましい。 まあ、何を言ってるのか分からないが。 テチャア!テチャー! テッチ!テッチ! 死に始める。 もともと食用として産まれ、食餌も排泄もしないままその機能を焼かれた蟲だ。 パッケージを開けたらなるべく早く調理して食べて下さいね。 賞味期限は120分です。 テッチ、テッチ、 テチャ。テッチャ。 ダンス仔実装たちが踊りの途中で死んだ。 次の振りに行こうとしてたから、まさかここで寿命だなんて夢にも思っていなかったのか。 バカだな。 テヒー。 テギャア。 奥の方の仔実装は、死体の尻に喰らいつきながらこと切れている。 食えない、咀嚼できないことが理解できなかったのか。 それとも、分かっていても抗えない空腹だったのか。 それらを合図のように、賞味期限が切れた食用仔実装たちが勝手に死に始めた。 パキンとかの偽石の割れる音や、血涙とともに激しく嘔吐して死ぬ音も響く。 いや、喉を塞いでるし一回も何も嚥下してないから吐くこともできないはずだが。 こういうのも実装石特有のナルシスティックなあれなのか。 敏明にはわからないし、興味もない。 はっきりしているのは、もう遊びが終わると言うことだ。 ■ テチャテチャテチャ。 テチ。テチテチテチ。 敏明が一切手を下さずとも、死が支配しだしたビニールプールの端、 敏明の足元で血涙を流した仔実装二匹が口々に何か訴えていた。 明らかに、もう寿命が来ている。 その必死さに命乞いの類いではない、そう感じたが別に喋る気はなかった。 リンガル使う気もないし。 テチャテチャテチャ! テチ!テチテチテッチ!! しかしまあ、なんか一生懸命鳴いている。 こいつらはそこそこに賢そうだ。何となくは分かってしまう。 どうして死ななければならないか、なぜワタチタチは産まれたのか。 そういったことを人間に問うているのだろう。 賢い個体は稀にいるので、何度かあるので、何となく分かるは分かる。 敏明は珍しく声をかけた。 今日初めて、仔実装に話しかけた。 お前達は食用仔実装なんだよ。人間が食べるために加工されてる。 だから、食べるために不要な食餌と排泄の器官は焼いてある。 食えなかったろ? 糞出なかったろ? 食用の実装石は空っぽじゃないと臭いからな。そういうことだ。 お前たちは、ただの、人間の食い物だ。 ■ リンガルを介してないのに、一匹がテッとか言ってパキンした。 もう一匹が、少し逡巡し、しかし勇ましく顔を上げ、血涙を流して敏明に言った。 テチュテチュテチュテチュテチュー!! それは、 ワタチがもう死ぬのは分かってるテチ。 ニンゲンさんの食べ物として産み出されたのも理解したテチ。 だからこそ、ワタチは無意味に死にたくないテチ。 ワタチが食用仔実装なら、ニンゲンさん、どうかワタチを食べてテチ。 そうしたら、ワタチの人生も無駄じゃないって意味あったって思えるテチ。 何言ってるか全然分かんないわ。 ■ 敏明に実装食の趣味はなかった。 それから30分もしないうちに食用仔実装たちは全滅し、 敏明は慣れた様子で死体を市の指定実装ゴミ袋に入れる。 空気を抜いたビニールプールを浴室に運ぶが、 洗うのは気が向いた時にしよう。 まずはシャワーだ。 食用仔実装は無菌状態で、臭いもほとんどないが、 自分から実装石の臭いがわずかでもするのは耐えられない。 虐待派だと後ろ指はさされたくない。 敏明はそう思って、長い時間熱いシャワーを浴び続けた。 でも楽しかった。 またやろう。 そんな感じで、また何度もやった。 これはインスタントで楽しいのでおすすめです、そう心の中で思ったけど、 別にTwitterに呟いたりはしなかった。 @ijuksystem