楽園計画・第一期は失敗に終わった。  だが、これはあくまで最初の一歩に過ぎない。 「村咲サン、追加の予算をいただいてもいいでしょうか」 「もちろんよ。好きなだけ使いなさい」  パトロンは実装石の楽園実現のためならいくらでも金を出してくれる。  なにやら怪しい商売にも手を染めてるらしいが、そんなことは博士の知ったことではない。  楽園計画・第二期はさらに莫大な予算が必要になる。  第一期と同様の楽園管理に加えて、新たに『監視・懲罰システム』を導入するからだ。    ※ 「オイこらオマエ、そのフードはワタシが先に目を付けたデス!」 「知ったことじゃないデス。先に手にした者のモノデス」  楽園計画・第二期に投入されたのはやはり何も知らない野良実装石たち。  元々の気質が荒かったのか、エサの無限供給システムを全体が理解する前にちょっとした諍いがあった。  目に付いたフードを巡っての奪い合い。  それはどちらかがより強いことを理解した瞬間に終わる程度のちょっとしたケンカ。  前の楽園なら負けた方が別の供給所に移動して終わりだった程度の話。  だが、第二期の楽園では許されない。 「ん? なんデスあれは――」  ジュッ。  どこからともなく飛んできたラジコンヘリ。  搭載された監視カメラが争いに気づくと同時に、ヘリの先端から熱線が発された。  熱線は狙い違わず先に因縁をつけた実装石の偽石を貫く。 「デ……」 パキン 「デエエエエエッ!?」  生き残った実装石は、突然のケンカ相手の死にひっくり返ってパンコンする。  きわめて低出力だが確実に実装石を殺害できるビーム砲。  これが第二期楽園に追加された新しい設備だった。    ※  争い禁止。  戦争によって技術を発展させつつも自尊心を肥大化させ、最後は滅びを迎えた第一期の楽園。  同じ轍を踏まないように今回の楽園では徹底した監視システムを導入することになった。 「そうだ、そうだよな。実装ちゃんの安全はしっかりと守ってやらないと。それが人間の責任だよな」 「は、博士……?」  前回の凄惨な結末にショックを受けた博士はもはや狂った愛護派であることを隠そうとしない。  そんな彼を見て辞めていく研究員たちもいたが、さらにアップした給料に釣られて残った者も多かったので、問題なく施設は運営できている。  さて。  前回の楽園では実装石たちを『飢え』、『災害』、『外敵』、『居住問題』から守っていた。  しかし一番肝心な『同族からの暴力』を実装石の自由意志として見過ごしてしまい、そのために崩壊した。  今度は大丈夫。  同族からの暴力も絶対に阻止してみせる。  最初のしばらくは苦痛を強いることになるが……なあに、優しくて賢い実装ちゃんたちなら、すぐにわかってくれるさ。    ※  楽園・第二期の開始から800日が経過。  争うことを禁じられた実装石たちは、住処を奪い合うことをせずに各地に広まっていった。 「いいデスかお前たち、よく聞くデス」  ここはとある一家の居住区。  研究所が用意した住居(といっても木板の仕切りで区切っただけのやや高級なハウスといった趣だが)のうちの一つ。  そこでは幼い仔たちに親が教育を行っていた。 「この世界は素晴らしいところです。食べ物はいっぱいあるし、怖い生き物もいないデス。これは遥か昔にワタシたちジッソーがあまりに可愛くて素晴らしくて美しかったから、ご褒美にカミサマが与えてくれたラクエンだからなんデス」  この親実装は、楽園で生まれた個体であった。  第二期が始まったときの最初の八匹はまだ存命だが、すべて第一配給所の近くで暮らしているため会う機会もない。  故に自分が親から聞いて信じている言い伝えをそのまま仔に伝えていく。 「ただし、この世界には絶対のルールがひとつだけあるデス。それはよそのジッソウを傷つけることは絶対にしてはいけないってことデス」 「ブッたり叩いたりしたらいけないってことテチ?」  「そんなのはもってのほかデス。口で争うこともダメデス。もし他の仔に気に入らないことがあったら、その時は黙って別の場所に行くデス。どこに行ってもワタシたちは生きていけるデス」 「もしワタシが他の仔を叩いたらどうなるテチ?」 「その時はカミサマの天罰が下るデス。ママは一度だけ見たことあるデスが、空から恐怖の使者が降りてきて一瞬でオイシを貫いていくデス」 「テェェェ……怖いテチィ……」 「怖がることはないデス。争いさえしなければ大丈夫なんデス」  やや宗教臭い理解ではあるが、殺人監視装置の正体などわからない実装石にとっては上等な認識だろう。  ともかく彼女たちはいつからか暴力そのものを忌避するのが当たり前となった。  それは世代を重ねるごとに強くなる。  2年目を過ぎた頃からは突発的な暴力をふるう個体もほとんどなくなった。  余りにも無慈悲な制裁が繰り返されるうちに、本能レベルにまで暴力禁止のルールが刻まれたのだろう。 「さ、そろそろゴハンを取りに行くデス」 「わかったテチ! 今日はワタシが行ってくるテチ!」 「きちんと順番に並ぶデスよ」 「ハーイ、テチ!」  第二期の楽園は仔がひとりで出歩いても危険がないほどに平和だった。  それぞれの食糧配給所の近くに居を構え、野良実装さながら家族単位で暮らす。  第一期のように国家的な大規模集団は存在しないが、各々の優しさで配給所付近の治安は成り立っていた。 「こんにちはテチ、お隣のオバチャン!」 「あらあら向こうの家のお嬢ちゃん、今日はアナタがごはんのお使いデス?」  個体名という文化も、一般の野良実装を超える特別な技術も持たない。  それでもお互いがお互いを思いやり、決して飢える事のない社会での平穏で幸せな暮らしがそこにはあった。 「こんなに立派なら自立も遠くないデスね」 「ママと離れるのは寂しいけど……早く立派なおとなになるため頑張るテチ!」 「こんど向こうの向こうのお宅に仔が生まれるそうデス。アナタがおとなになる頃にはここのジッソウもいっぱいになると思うデス。そしたらなんにんかでまとまって他の餌場に移動するデスよ」 「知らない場所に行くの、ちょっとだけ楽しみテチィ!」  ちょうど、この時期あたりまでは。    ※  第二期楽園が始まって、1200日ほどが経過した。 「ダメです。南東地区の出生率、低下する一方です」 「北東地区も同様です。このままでは個体数が減少に転じるのも時間の問題かと」 「何故だ!?」  博士は机に拳を叩きつけた。 「エサは十分にある! 危険はどこにもない! 仲間たちもみんな善良で優しい! ……なのに、なぜ彼女たちは開拓を行わないんだ!?」  800日を超えた辺りから、すべての地区で出生率の低下が始まった。  そして1000日頃からは他の地区に移動する実装石の数がめっきりと減ってしまう。  用意された楽園はまだ3割も使われていない。  総人口は第一期楽園末期における三大国家の一つ分にも満たない程度なのに、もう出生率の低下が始まってしまった。 「いったいなぜだ……なぜ彼女たちは……」  監視カメラに映る、とある配給所近くの映像に目を向ける。  そこには間違いなく平穏があった。  誰もが飢えず、傷つけられず、争わず……食っては寝ることを繰り返すだけの怠惰な平穏が。    ※ 「あー……」  のそり。  成体実装が身を起こす。    気だるい足取りでハウスを出て、のそのそと重いカラダで歩いて餌場へ行く。  周りにちらほら見られる他の実装石とは会話をしない。  ただ出てくるフードを手にして家に戻る。  その途中、元気そうに走り回っている仔を見た成体はデフッ嘲笑を浮かべた。 「あの元気がいつまで続くデスかね」  他者に対して感想を持つような感情がまだ残っていたことに驚くが、それも十秒後には忘れていた。  さあ、さっさと帰ってフードを食って寝よう。  次に腹が減るその時まで。    ※  第二期の社会停滞の原因を一言で言えば、『飽き』だった。  安全は完全に確保されている。  住処から配給所まで歩くだけで簡単に食べ物は得られる。  暴力を振う同族も存在しない。  ……反面、自分が暴力を振うことなど想像することすらできない。  結果として実装石たちは能動的にも受動的にも『やらねばならないこと』は存在していなかった。  幼仔の頃は、まだいい。 「ちょっと近所に冒険に行ってくるテチ!」 「あー、お腹が減るまでには帰るデスよ……」  生まれたばかりで世界は知らないことばかり。  近所の草木を見るだけでもワクワクがある。  しかし成長するにつれて代わり映えのしない日常に退屈を覚え、いつしか探求心も失われてしまう。  1400日め。  まだ仔は元気があった。  1500日め。  仔が世の中に興味を失うまでの平均日数が100日をきった。  1600日め。  この世に生まれてくる実装石が希望をもって叫ぶ言葉「テッテレー!」を言わない仔が現れ始めた。  1700日め。  元気にはしゃぐ仔の姿を一切見かけることは無くなった。  そして、1800日め。 「ふんっ……」  特に感慨もなく妊娠した仔を出産する生体実装。  生まれた仔はたったの一体のみ。  その仔は無言でこの世に生まれ落ちる。  そして母親の顔を見上げ、同時に涙を流した。 「なんで……ワタシを産んだテチ……?」  母実装はそんな仔の疑問に対して、暗い笑みを浮かべて答えた。  この一瞬の心の揺らぎを楽しむ。  そのためだけに今日まで生きて仔を産んだのだから。 「地獄へようこそ、デス」    ※  やがてはその昏い楽しみすら飽き、妊娠する実装石がなくなった。  2215日め、最後の実装石が高台から飛び降り自殺。  第二期楽園も全滅した。 「争いを奪ったことで逆に停滞を速めるなんて……」  戦うことを辞めてしまえば、そこで生物の進歩は終わりということなのか?  いや、そんなはずはない。  それなら生物の未来は争い滅びるか停滞して滅びるかの二択しかないことになるじゃないか。 「俺は認めないぞ! きっと、より良い進歩の可能性があるはずだ!」 「えっと、まだやるんですか……?」 「当たり前だ! すぐに第三期の準備に取り掛かれ!」  なにか、何か方法はないものか……  争わずとも退屈に飲み込まれず進歩する可能性が…… 「あーあ、糞蟲どもに構ってるより早く家に帰ってファミコンやりてえなあ」 「……なんだと?」  研究員の呟きを博士は耳ざとく拾う。 「あ、いえ! すみませんした仕事中に!」 「そっちのお前、そっちに積んである本はなんだ?」 「休憩中に読もうとしてたスポーツ雑誌ですけど……」 「いい大人がそろいもそろって仕事中に……いや、待てよ?」  そうだ、あるじゃないか。  争いに夢中にならなくても退屈を紛らわす方法なんて。  人間の世界にはいくらでも娯楽がある。  それを実装石に適応させて与えてやれば……!                         ――つづく。