「テチャア! テチャアーー」 仔実装たちが入れられているのはケージではない。 水深5cmほどに水の張られたごく狭い水槽だ。 保護施設も保健所も、持ち込まれる実装石でずっと以前からパンク状態だった。 敏明が代表を務めるNPO団体は、それらの橋渡しを名目に、補助金を得て運営されている。 ここは、表向きには、野良や捨てや、もと飼いの実装石の一時避難所。 だがほとんどの実装石はどこにも行くことはなく、ここで死んでいく。 誰も咎めることはない。 誰も、要らないとされた実装石の行く末などに興味はないのだ。 虐待派の敏明は、この仕事を天職だと思っていた。 「テチャァーー!」 毎朝、水槽の決まったラインに水を流し込む。 仔実装たちが冷たさに悲鳴を上げる。 職員の仕事はそれだけだ。あとは監視。 死んだら、その対応。 ごく稀に、外部より問い合わせがあったら、その対応。 仔実装は水に腰までつかり、寒さにブルブル震え、 しかし転んだり寝るわけにもいかない。そうすれば溺れてしまう。 24時間ずっと冷たい水の中で立っているしかない。 狭い水槽には仔実装が一匹づつ入れられている。一匹ごとに一つ。 タコ部屋になんかしたら虐待にあたる。 保護の名目で収容されている仔実装の権利は、行政的にきちんと守られているのだ。 敏明の施設にはそんな水槽が100以上あった。 「テチャテチャ。テッチュウーン」 冷たい水の入った水槽の中、保護仔実装は優しいニンゲンに飼われることを夢見て、 ずっと立っている。ずっと耐えている。 誰もいないのに、頬に手を当て媚びたりもする。 そんなニンゲンが来ることは滅多にない。 水はたちまち漏らした仔実装の糞の色で緑に染まる。 餌をやってはいけないルールだ。 ニンゲンの食べ物の味を覚えた実装石は特定害獣指定にあたる。保健所での処分対象だ。 あくまで自ら餌を探し、自活しなければいけない。 飢える。 たまらず、汚れた水を飲み、糞を喰らう。餌が出されることは永遠にない。 水の中に脱糞する。 冷えきった体は、我慢などできない。下痢便が延々と垂れ流される。 減った水と同じだけの量が朝に足される。 仔実装は立ち続ける。 倒れるわけにはいかない。それは死を意味する。耐える。 保護下の中で、害獣でないものだけが里子に出る資格がある。 しかし、敏明のNPOのHPの記載は曖昧で、 あるにはあるが里親募集ページにたどり着くのも難しい。 逆に、虐待派のネットワークのリンクの方がはるかにアクセスがあるのだ。 それらの公表義務はない。 ケージでなく水の張られた水槽で飼育していたことを告発されても、逃げ切れるだろう。 「清潔を保つことを重視した」 そう敏明は言うだろうが、 誰も、要らないとされた実装石の行く末などに興味はないのだ。 「テチャアーー!!」 絶望した仔実装はやがて水の中に倒れ込み、溺死する。 死んだ仔実装はゴミ袋に入れられ、水槽は洗浄され、また新たな保護実装の受け入れ先に。 帳簿の数字がただ増えたり減ったりする。 楽な仕事だった。 ■ 「テチュゥーン」 「また私に媚びてますよ。全く、どうせ死ぬのに。糞蟲はみんな馬鹿ですね」 女性職員が嗤った。死んだ仔蟲を片付け、減った水を水槽に足しながら。 「気に入った仔実装がいたらいつでもどうぞ。我々は慈善団体なんですから」 所長である敏明は穏やかにそんなことを言う。 薄笑いをしているので、本心でないこともあからさまに。 「嫌ですよ。うち、猫がいますし。それに、糞蟲の区別なんてつかないです」 「ですねえ。それは分かります」 団体の運営金をせしめることを敏明はしなかったので、 職員の時給は破格だ。それゆえに、職員の離職率は極めて低い。 それがますます、この施設の秘匿性を増していく。 Win-Winだった。 女性職員がストレス解消にまだ生きてる仔実装を潰していることも知っていた。 ただ、何となく録画を見返していたら、 「餌なんてあげないから。お前は飢え死にか溺死しかないよ。いや可愛くないし。  猫の可愛さお前知ってる? お前なんか猫の爪先ほどの価値もないよねー。  耐えても無駄だしもう死ねば? 死ね。もっと媚びなよ。私の手、止めてみれば?」 テチテチ助けを乞う仔実装を言葉責めして殺してる証拠画像が出てきてしまった。 そのサディスティックな表情と、容赦ない殺しっぷりと、潰した後に慌てるさまと、 証拠隠滅に勤しむ彼女にドMの敏明は興奮してしまったので、引き続き不問にした。 録画をUSBメモリに保存して、個人的に楽しむ用に持ち帰ったまである。 「テチャ! テチャア!」 ニンゲンさん! ニンゲンさん! ワタチを助けて下さいテチ。ワタチはまだ死にたくないテチ。 「糞蟲の言葉は分かりませんねー」 分かっていたけど、敏明はそう返す。 それよりも、自分がここの長だって理解した上で訴えてくる仔蟲の知能に感心した。 「テチャア!」 あなたが言ってくれればみんな助かるテチ。 待遇の改善を要求するテチ。 餌を下さいテチ。ベッドもトイレも必要テチ。ワタチは糞蟲じゃないテチ。 でも、この環境ではそれを証明できないテチ。ニンゲンさん、お願いしますテチ。 「なるほどー」 「テッチ! テッチテッチ!」 ワタチはいい飼い実装になるテチ。そのためのオシゴトをして下さいテチ。 もう限界テチ。優しいニンゲンさんに飼われる、そのためにワタチはずっと耐えてるテチ! 「この施設についても理解してますか。賢いですね。いい飼い実装になれるかもです」 「テッチ!! テチテッチ!!」 飼い実装になりたいテチ! ワタチは死んではいけないテチ! ニンゲンさんならできるテチ!! 「いやーー」 「テッチ! テッチ!!」 「糞蟲が何言ってるか全然分かりませんねーー」 「テヒャア!!!」 敏明は笑顔でそう言うと事務室へ戻った。 仔蟲は3日生きたが、その後糞まみれの水の中に浮いていた。 ■ 保護団体や保健所の視察が来るときは水を抜いた。 底の栓を外すだけなのだから、すぐに対応できた。 「みんな弱ってますね」 「ええ。実装石は人間に依存する性があります。  必要とされていない、その悲しみは彼女たちの生命力も蝕みます」 「なるほど。しかし、臭いですね」 「実装臭をご存じない? 野良の臭いはこんなものではありません。  ここでは毎日入浴をしています。けれど、糞の臭いはどうしても漂います」 「どうしたらいいと思いますか」 「教育ですね。優しい家庭に迎えられ、愛された実装石はきちんとトイレを覚えます。  一時避難として保護された実装は、まだ愛を知りません。努力至らず不甲斐ないです」 「誰も引き取ると言いませんでしたね」 職員の軽口に、敏明は苦笑した。 「そうですね。やっぱり、糞の臭いにびっくりしたのでしょう。  野良に触れたことがないのかも知れませんね」 「ああ、そうですね敏明さん。ここは実装施設なのに臭くない。  こんなの全然臭くないです。お役人は、そういうことも分からないんですね」 「次の補助金で全部の水槽にシャワーを設置できます。  一日一回の水の入れ替えではなく、ずっと洗い続けることができます。  そうしたら、もう少し監査の覚えも良くなるかもですね」 敏明の言葉に、職員がくっくと笑って意地悪そうに見返した。 「凍死の個体が増えますね」 「空調が整うのは次の次の補助金頼りなので。仔実装たちを励ましてあげてください」 「ははっ。はい。はい。励まします」 ガス湯沸かし器は最初から設置されているのに、敏明は頑なに温水を使わない。 敏明が虐待派なことは職員にはとっくのとうにばればれだった。 誰も咎めない。 ゆえに、保護された仔実装たちには延々と冷水が注がれ続けるのだ。 翌週からは24時間ずっと冷水のシャワーが水槽に満ちるだろう。 仔実装たちの苦痛は想像に余りある。 ■ 「パパが捨てちゃったミドを探しに来たんです! 保健所は満員だからここにいるって」 「そうですか」 中学生くらいの兄妹が尋ねて来た時も、敏明は穏やかに応対した。 「ミドちゃんはここにいますか? 飼い主さんがお迎えに来てくれましたよ」 敏明が水槽に向かって言う。 職員もミドちゃーんっていっせいに呼びかけた。 「テチュ!」 「テチャア!」 「テチューン♪」 「テプププ」 「テッチ。テッチ」 すごい数の仔実装が返事をした。 ワタチテチ! ワタチがミドちゃんテチ!! これで飼い実装になれるテチ! スシやステーキ食べ放題テチ! あれがワタチのゴシュジンさまテチ? 「ええーーー」 「ミドぉ……」 「はは。かわいい人間さんを見てみんなはしゃいでいますね。  みなさん、この人たちはミドちゃんを探しに来たんです。ミドちゃんはいますか?」 「テチュ!」 「テチャア!」 「テチューン♪」 「テプププ」 「テッチ。テッチ」 「ええーーー」 「ミドぉ……」 「ミドちゃんに何か目印はありませんか。例えばリボンとか。飼い実装ですしね」 「リボン! してます。首に。ピンクの」 スタッフが確認に走った。 元飼い実装の数は一応は把握されている。 だが、糞蟲があまりにも多いため、この施設での「三日生存率」は著しく低い。 ミドは初日でパキンしていた。 自分の糞を喰らい、喉に詰まらせて窒息後、水没死していた。 スタッフが処理箱からミドを見つけた。確かにピンクのリボンをしていた。 実装ゴミの回収は明日だったので、運が良かったと言える。 「お気の毒ですが、ミドちゃんは亡くなっていました。これが遺品のリボンです」 「そんな!」 「ミドぉ!!」 「実装石は人に依存する生き物です。捨てられてショックだったんですね。  ああ、泣かないで下さい。寂しくて死んじゃうのは、愛されてた証拠なんですよ」 「ミド…」 「ミドごめんねえ」 「もし次があるのなら、もっといっぱい愛してあげて下さいね。  実装ちゃんは人の愛が栄養なんです」 敏明は穏やかに、優しく兄妹に言った。 代わりの仔をお持ち帰りさせるか? と何度か考えたが、悲しむ様を見て、結局諦めた。 念願の飼い実装になれるかもしれなかった仔実装たちは、そんなわけでなれなかった。 どころか。 「お前たち、本当に糞蟲だねえー」 夜勤のスタッフが「ミドだと名乗った仔実装」すべてをプチプチ潰してしまった。 敏明はざっと録画でそれを確認していたが、特に問題はなかったので、良しとした。 ■ 「テチャア…」 また一匹の仔実装が、不眠不休で立ち続けた冷水の水槽内に倒れようとしている。 もうダメテチ。限界テチ。 清潔を保って里子に出されるって言ってたけど、誰も来ないテチ!! お腹空いたテチ。ステーキ食べたいテチ。スシ食べたいテチ。コンペイトウ食べたいテチ。 「金平糖ならあるぞー」 普段はそのまま捨て置かれるが、今日は職員が現れた。 「備品で回って来たぞー。金平糖だぞー。食べたい奴は手を挙げろー」 「テッチ!?」 「まあ、毒だけどな。食えば死ぬ。けど甘いぞ。めちゃくちゃおいしい」 「テッチィ!?」 毒。死ぬ。 そう言われたのに、24時間ずっと冷水で立ち続けることを強制されていた仔実装たちは、 一瞬でもいい。わずかでもいい。幸せを。アマアマを求めた。 「食べたら死ぬけどすげー甘いぞー。おいしいぞー。希望者は挙手!」 強制はしていない。 挙手制だ。絞首台へのサイン帳だ。なのに、多くの仔実装は手を挙げた。 「テチュ。テチュ。テッチュウーン」 おいしいテチ。甘いテチ。幸せテチ。甘いテチ。おいしいテチ。幸せテチ。 もう死ぬので、水を抜かれた水槽の底で犬のように這いつくばって実装コロリを舐める。 涙を流して舐めしゃぶる。 甘かった。おいしかった。生まれて初めての甘さだった。幸せだった。甘かった。 幸せだった。 「ははは。糞蟲は馬鹿だなあ」 実装コロリは猛毒であり、わざわざ最大限の苦痛を味わうように作られている。 つかの間の甘味の快楽に全てを捧げた仔実装たちは、激痛に悶え苦しんで死んだ。 敏明の施設のキャパが増え、ますます保護施設や保健所予定の仔実装の入荷が増えた。 ■ 「テチャア!」 生きるテチュ死にたくないテチュ。絶対ここで生き延びるテチュ。 仔実装は何度も繰り返して自分に言い聞かせる。 これは誓いであり、願いであり、呪いである。 「どうせ死ぬんだから諦めなー?」 職員の嘲りも無視してなお生き続けることを選んだ。努力を惜しまなかった。 死にたくないテチ。 それだけが仔実装のすべてだった。 死ね、という上からの要求。それを拒絶することこそが彼女の戦いだった。 腰までの冷水に全身が冷える。 餌もない、トイレもない、タオルもない状況に折れかける心を奮起する。 自身の糞ごと水を思いっきりがばがば飲むと、水深はかかとの上くらいに収まる。 翌朝また腰まで水が注がれても、夜間の寒さはほかの実装よりいくぶんマシだ。 それを毎日続けた。耐えた。耐え続けた。 「ああ敏明サン。こいつら馬鹿なんですよ。すっげー生きたがりですね」 目を合わせればテチャテチャ餌の要求。 それを当たり前のようにデコピンで黙らせる職員。 「まあ、生きたがりはいいですよ。自己主張もあるし。賢いってことです。  個の能力としてはかなり見所があります。どれですか?」 「ええ? ええと…」 若い職員には仔実装の区別はつかなかった。間違って隣の水槽を指さした。 「テッチッ!?」 突然注目を浴びた仔実装は困惑し、かなり考えた後に媚びた。 「なるほどー」 敏明は何となく返事したが、その個体に見るべきところはなかった。 すぐに忘れようとしたが、ふと隣の仔実装を見た。 「…………」 生きたがりの仔実装は黙っていた。 求められていないのに、前に出るのは自殺行為だと思っていた。 NPOのボスが見ているのは隣の実装だ。ワタチじゃない。 息を殺して、身を縮めていた。 「あーーー」 敏明はそれを見て、きょろきょろして、ほかの職員に尋ねた。 「これはどうです? 何か、気になったことはありますか?」 「えーー?」 これも生きたがりっすね。水もいつも半分は飲むし、死にたくないって感じっすね。 目が合うとテチュテチュ何か言ってますけど、私たちほとんどリンガル持ってないので、 何言ってるかは分かんないっすね。 「ありがとうございます」 敏明はそう言うと、スタッフを下げた。 そいつに向き直った。 ■ 「お前、本当に馬鹿だな」 「テチャア!?」 「俺だよ。俺に媚びないと助からないわけ。黙っててもお前死ぬだけなんだわ」 突然いつもの丁寧語を崩した敏明に、仔実装は困惑した。 施設の代表で、ボスなのにも関わらず、虐待派特有の意地悪な攻撃性を隠しもしない。 「でさ。聞くけど、生きたがりってお前? それとも、職員が言ってた隣の奴?」 「テチャア」 ど、どっちもテチ。みんな、誰も死にたくないと思ってるテチ。 ニンゲンさん、あなたは偉い人らしいテチ。だったらみんなを助けてあげてテチ。 「あーそう」 敏明は下卑た笑みを浮かべた。 たまに仔蟲と喋ったりはするが、こいつはかなり上物だった。 自身の生存に汚い実装は山ほどいるが、この期に及んで、同属のことにも言及している。 「仔蟲が生き延びる道を教えてやるよ。  ここはお前らが飢えて弱って死ぬためだけの施設だが、直接殺すわけにもいかない。  ナチのガス室じゃないしな」 「よく虐待派が来る。そいつらが喜んで遊んでくれるような反応をしろ。  そうしたら俺やほかの職員が選んでやる」 「愛護派もたまにだが来るぞ? 保護施設に運ばれる奴もいる。  愛想よくしろ。清潔にしろ。糞を漏らすな。糞臭い奴は絶対に選ばれない。  いいか。絶対に糞をするな。無理だろうが。施設行きはまだ一匹もいない」 「まあ、本末転倒だけども、俺や職員に媚びるのはダメだわ。媚びる奴は糞蟲だし。  ここでお前たちを可哀想に思って飼ってくれる奴は一人もいないから」 「ヂッ」 敏明が隣の水槽の仔実装を潰した。 さっき目が合った時に、媚びたからだ。 「お前はどうする?」 敏明が仔実装を見据えた。 「お前はこの状況で、どうやって生き延びる?」 「…テッ」 仔実装はうつむいて、絶望した表情で血涙を流した。 八方塞がりだ。少しは賢い部類の実装石だったが、どう考えても打開策はなかった。 「テチャア…」 敏明を見上げる。 そして、意を決したように、手を頬に添え、媚びた。 「テッチュウーン」 「ははっ」 敏明が嗤う。 「面白いわお前。いいぞ。そうして、永遠に絶望の二択を選び続けろ」 敏明は、その仔実装を自宅に持ち帰った。 仔実装の末路は想像にお任せする。 敏明の施設はその後も10年ほど存続し、法改正に伴いまた違う法人を立ち上げた。 それもまた、実装石に関わるビジネスだった。 おしまい ■ 蛇足 社会不適合者そのものだった敏明が食い詰めて一時期身を寄せていたのが新聞配達だ。 新聞販売店の多くが寮や契約ワンルームを備え、社食があり、制服がある。 裸一貫で飛び込んでも衣食住が満たされるのだ。 仕事はきつかったし、公私めちゃくちゃだし、睡眠時間はわずかだし、 入れ替わりも激しかったが、20代の元気な時だった。何とかこなせていた。 配達の初めから最中から終わりまで実装石に邪魔される煩わしさは想定外だったが、 これはほかの方の良質なスクがあるのでそれを参照されたい。 同僚はみんな一般生活ではあまり関わることのないような、脛に傷のある者ばかりだった。 クズ、という言葉が蔑称ではなく自虐のように飛び交い、みんなクズを自称した。 新聞屋に求められることは時間通り配達すること。 どんなクズでも、ついさっきまで飲んでて酔っていても、配達をすればプロだ。 倫理観めちゃくちゃな職場だったが、やがて敏明もプロになった。 Sくんは敏明の後輩で、明らかに元ヤクザで、真夏でも長袖を着て、入れ墨があった。 半年先に入社していなかったら、コミュ障の敏明は絶対いじめられていただろう。 しかし、Sくんは上下関係に厳しく、幸運なことに敏明と仲の良い関係を築いた。 私は、いや、敏明は当時「働きたくねーよー」とか言いながらずっと、 吸収合併されたよその区域の販売店跡地で煙草を吸いながら毎日Sくんと駄弁っていた。 色々な話と、知識を得た。 昔の話だから、Sくんはかつてダフ屋とかやってた。 早い段階からビジュアル系に目を付けて、それがすごい稼げたらしい。 好みの子だったら一発やって値下げしてあげたらしい。充実してた、と言ってた。 フィリピンの子との偽装結婚、国籍取得のビジネスも良かったと言っていた。 実際Sくんの彼女はフィリピン人で、世帯主も名義も彼女にしていた。 ヤクザを足抜けしたとは言え、Sくんは仕事ができたから、追っ手を警戒していた。 生活保護の不正受給のビジネスでは給付金を公務員と折半したと言っていた。 やっぱり、ヤクザとつるんで甘い汁を吸おうとする公務員は実在したみたいだ。 SくんはNPO団体設立のノウハウや給付金の受給について丁寧に教えてくれた。 敏明は、独立した。 Sくんはあくまで敏明の後輩であり、同僚としてのアドバイスだったので、 恐れていた反社会団体が関わることはなかった。一切合切が、合法だった。 Sくんは、職場でめきめき頭角を現し、営業部門のエリアマネージャーになっていたので、 敏明へのアドバイスは全くの好意だったのだ。 Sくんはもうヤクザの構成員に戻る気はなかったし、自分で生きていける実力があった。 今も交流は続いているが、強面な見た目も気にして、決して深入りはしてこない。 敏明は幸運にも、Sくんとの得難い友情を得たのだ。 こういうことはたまにある。 敏明は、NPOの代表として、数名の職員を雇い、食い詰める日々は終わった。 敏明が選んだのは実装ビジネスだった。 カテゴリーは福祉。 愛護生物(ペット対象)でありながら特定害獣指定をされた実装石の微妙な立場。 敏明のNPOは保護団体と保健所との橋渡しを担う。 全くの合法だ。 ■ 「敏明サンはすごいですね」 職員の一人がそう言った。 この施設の時給がとても高いため、ボスである敏明はかなり敬意を持って扱われる。 「何もすごくないですよ。たまたま、良い友達に恵まれただけです」 「いい友達?」 「はい。Sくん。ああ、今は違う名字になっていますか」 あのフィリピン人の彼女とは別れたのかな。捨てたのかな。 金づるだ、大蔵省だっていつも言ってたのにな。 気にはなるけど、聞くことはしない。 ある程度筆者の実体験を伴う。 @ijuksystem