「ついに...ついにやったデスゥ...」 親実装は眼前の光景に溢れ出る血涙をこらえることができない。 「ママ...ワタチたち本当にやりとげたんテチィ...?」 涙を流すのは親実装ばかりではない。消耗しきった長女もボロボロに汚れた親実装のスカートの裾を掴みながら感無量である。 「妹ちゃたちと一緒に来たかったテチィ...グスッ...」 彼女たちの脳裏に浮かぶのは長きに渡る道中、彼女たちに降り掛かった理不尽かつ凄惨な災難。 何度も何度ももうダメだと諦めかけた。 出立前にいた8匹の仔らも長女を残して全て死んでしまった。 彼女たちが命を賭して行った一世一代の大冒険。 それは彼女たちの生息地で種への淘汰圧が極めて高まった時に見せる行動。 繁殖に適した新たな新天地を求めて旅に出る生存戦略は、彼女らの生涯では決して珍しい行動ではない。 しかし、実装石の種族的脆弱性からその旅路は決して安寧なものにはならない。 実装石に関する過去の権威ある研究論文によると、その成功率はわずか5%程度とも言われている そう、彼女たちは成功させたのだ 実現不可能と言われている「渡り」を。 ==================================================================================================== ==================================================================================================== かつて親実装たちがいた公園の治安はそこまで悪くはなかった。 公園内での実装石の個体数は少ないながらも安定し、平均からするとやや高い知能水準の個体が多かった。 そのため、近隣住民からは白い目で見られてはいたものの公園内駆除を実施するまでには至らなかったのは彼女たちにとって幸運と言えただろう。 そこには実装石と人間との不干渉と言う名の安定が存在していた。 だがしかし、ある日を境に公園の実装石の安定と平和は脆くも崩れ去ってしまう。 一体何者が親実装たちの棲む公園の治安と秩序を完膚なきまでに破壊してしまったのだろう? 心無い虐待派の仕業であろうか? いや、それとも虐殺派の仕業なのだろうか...? 否、 愛護派である。 愛護派が彼女たち実装石の生活全てを崩壊させてしまったのだ。 突如公園にやってきた愛護派は、無節操な餌付けを公園の野良実装たちに施しはじめた。 毎日のようにばらまかれる実装フードと金平糖。 理性のタガが外れ、餌に群がる実装石たち。 公園内での実装石の個体数を安定させていた食料事情という制限因子が愛護派によって取り除かれたのだ。 公園の実装石の個体数が爆発的な増加をみせたのは必然であった。 たちまち公園内は知能の低い糞蟲で溢れかえった。 辺り構わずそこらに糞を垂れ流し、近隣に吐き気を催す糞臭を撒き散らす。 田んぼのカエルのように深夜までデスデスと癇に障る鳴き声で喚き散らし、近隣住民をイラつかせる。 公園に訪れた愛護派以外の人間に投糞と威嚇を繰り返す。 近隣住民と愛護派との軋轢は高まり、そしてそれは直ぐに表面化した。 住民たちからの殆ど罵倒寸前の抗議を受けた愛護派は、公園からあっさりと手を引いた。 もともと気まぐれ程度で始めた無責任行為だ。 気まぐれで餌付けを止めるのも当然だろう。 彼らは自分たちの行為に信念や覚悟など、はなから持ち合わせてはいなかった。 愛護派というのは得てしてこのような無責任な輩が非常に多い。 (あれだけ大切に世話をしてあげたのだから、実装ちゃんたちもきっと幸せだっただろう。) 愛護派の男はそう考え、一切反省をすることなく次の公園へと去っていった。 後に残されたのは公園から溢れんばかりにその数を増やした糞蟲たちである。 愛護派からの餌の供給が絶たれ、残された実装石たちがパニックと飢餓にみまわるのはお決まりの流れだ。 直ぐに同族喰いが蔓延り、たちまち公園は地獄の淵と化した。 他所の仔実装を誘拐して捕食するのは日常茶飯事。 空腹に怒りの沸点が下がった個体同士の諍いが殺し合いにまで発展し、喧嘩に敗れた個体が捕食されることは珍しくなかった。 公園中にぶち撒かれた実装石の臓物の腐敗臭が糞臭とブレンドされ、まさに地獄の釜がフルオープン状態であった。 極めつけは出産直後の個体への襲撃であった。 徒党を組んだ実装石が出産直後の妊娠石をトイレで襲撃し、仔らをその場で全て捕食していたのだ。 出産の直後で消耗していた親実装も襲撃石たちの胃袋に収まったのは自然の流れであった。 トイレの個室内は壁から便器に至るまで赤緑の血と肉片でペイントされ、悪夢のような臭気を発生させていた。 何も知らない人間が便意から公園のトイレに駆け込み、トイレ内のあまりの惨状に反吐をぶち撒けズボンの中に失禁し涙を流しながら公園から退散するのは珍しい光景ではなかった。 飢えた実装石が近隣住民の住宅への侵入を始めた頃には、区役所に駆除の依頼とクレームが殺到していた。 公園の日当たりの悪い片隅。 植え込みの中に巧妙に隠されたダンボールの中にいた親実装が渡りを決意したのは駆除業者が公園の一斉駆除を行う2日前のことであった。 ==================================================================================================== ==================================================================================================== 「デェェ...」 親実装は「渡り」をやり遂げ、緊張の糸が切れたのか、地面にへたり込む。 もう疲れた....できることならもうこのまま仰向けになって眠ってしまいたい。限界だ。 だがまだその時ではない。 安全と食事を確保しなくては...過酷な渡りを経てもなお、油断はできないのだ。 「ママ...もうワタチ一歩も動けないテチ...」 「なにか食べないと死んじゃうテチィ....ママァ...」 「お腹空いたテチィ...ごはんほしいテチィ...ママ...ママァ...グスッ....」 へたりこんで涙ぐむ長女。 ここ2週間ずっと死の行軍を続けてきたのだ。 実際長女も親実装以上に体力と気力の限界であった。 親実装でさえ健康な成体と比較して体の横幅が3分の2程度まで痩せてしまっている。 まだ仔実装である長女は断続的な飢えを水でごまかし続け、腹だけがでた餓鬼のような様相だ。 その体の横幅は健康な仔実装の半分程度までやせ細っている。 眼窩は落ち窪み頬が痩けてしまっている。 あと半日も食事をしなければ確実に栄養失調で死んでしまうだろう。 ひとたび意識を失えば次に覚醒できるかは定かではない。消耗しきった長女が意識を保っていられるのは生への執着のみだ。 「デス...お前はこのお石の陰に隠れてるデスゥ...なにか食べられそうなものを探してくるデスゥ...」 疲れと体中の痛みをおして親実装は立ち上がり、食べ物を探しに行く。 親実装は乱立する直方体の石塊の間を縫って歩いていき食べ物を探し回る。 親実装たちがたどり着いた場所は公園ではなかった。 ここは双葉霊園。田舎町の片隅にある集団墓地だ。 親実装がいた公園の反省から、同族がいない場所を求めて行き着いたのがここだったというわけだ。 親実装は虚ろな目で墓地を徘徊する。 なんだろう...? 四角い石のうえになんだかよくわからないものがいろいろ積んである...? ごはんデスゥ...? あの透明の箱に入っている黒くて丸いものはなんデスゥ...? やわらかそうで...あまり匂いはしないデスゥ... 真っ黒で...あんまり美味しそうじゃないデスゥ...けど... お腹に入ればもうなんでもいいデスゥ...早く長女のもとに持っていってやらないと... あの仔はもう限界デスゥ...死んじゃうデスゥ... 自身も体力の限界にある中で娘のことを想える親実装は非常に賢く愛情深い個体であった。 「テ...ェ....ゥ.....」 墓石の傍らで横たわりブラックアウトしそうな意識を懸命に保っている長女 「長女...ごはんがあったデス...頑張って食べるデス...」 「チュゥゥ....ママ...あり...が...」 「さ...礼はいいデス...早く食べるデス...」 四つん這いで這いながら食べ物に向かう長女。 長女が産まれたのは公園が地獄の様相を呈した頃だった。 産まれたときからダンボールを一枚隔てた外には正気を失った地獄のグールじみた成体実装が目を血走らせて徘徊するような状況である。 産まれてこのかた口にする食べ物といえば雑草、植え込みの葉っぱ、ダンゴムシの死骸、なんだかよくわからない酸っぱい生ゴミ。 喉が渇けば深夜に便器の水を啜って乾きを癒していた記憶しかない。 長女にとって食事とは楽しみや家族の団欒のためのものではない。 生き物は何かを口に入れないと死んでしまう。シンプルなルールだ。 ごはんのじかんとは、むせてえずきそうな生ゴミでも巣の外にいる成体に存在をさとられないよう音を潜めて行う行為。 長女にとって食事とは生きるために行う義務作業でしか無かった。 生まれてこのかた いいことなど一つもなかった 実装石の生涯に楽しみなどあるのだろうか? そんなことを想像することすら出来ないほど惨めな長女の生涯だった。 そして長女は命をつなぐために親実装が持ってきた黒い物体にかぶりつく。 その瞬間 「ッッッ!!!?!???!??!!!?????!!!!!!!!????!!??」 「チャアアアアアアアアアアアァァァァッッッッ!!!!?!!!?!!!??!!?」 「アッアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」 消耗しきった体のどこにそんな元気があったのか、突然長女が絶叫をあげる。 「デ...デデ...?」 異様な長女の反応に狼狽する親実装。 長女の脳天から背骨を通り、総排泄孔まで一直線に強烈な電流が走る。 産まれて初めて感じる強烈な感覚。 謎の感覚に長女は戸惑う。 長女は脳内でその強烈な感覚を必死に整理する。 過去の経験からこの感覚に似たものはないか必死に手繰り寄せる。 苦痛・恐怖・悲しみ・怒り・絶望 しかしそのどれでもない、どれにもあてはまらない。 長女が今に至るまでの短い生涯で感じたものにはどれも当てはまらない。 長女がその生涯で初めて感じたもの。 それは 強烈な多幸感であった。 プッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!! 長女の総排泄孔から薄緑色の尿が勢いよく放出される。 同時にその両目からはかつて無いほどの血涙が排出されていた。 長女が口にしたものは「おはぎ」。 人間が墓前に供えたお供え物であった。 餓死寸前の極限状態から生まれて初めて味わう強烈な甘みに長女は完全に発狂していた。 おはぎを抱え込むように抱き込み、狂ったように下顎を上下させている。 「チャアアアアァァァァッッッ!!!!?!!?」 「知らないテチ!!こんなの知らないテチィィィィッ!!!!!!????!?」 「美味しいテチ!!!美味しいテチィィィィイイ!!!!!!!」 「嘘テチィ!?ウマウマテチィ!!こんなの嘘テチィ!!!???!???」 「お口の中気持ちいいテチュウウウウウゥゥゥウウウゥゥウッ!!!!」 「全部食べるテチィ!ワタチのものテチ!!!チュアアッ!!!ハムッ!ハムッ!!! モチャ...モチャ...ハグッ...ング...ピチャッ....ペロペロ...モッチャ....モッチュ..グチュ... 涙を流しながら視線を天に向け完全にガンギマリな様子でおはぎをかきこむ長女に若干ひいている親実装。 絶叫したときは毒かと思って焦ったがどうやら違ったようだ。胸を撫で下ろす親実装。 先に毒味をしておくべきだったが、疲れのあまり判断能力が低下していたようだ。 姉妹の中で一番賢かった長女が完全に正気を失いごはんを貪っている。... どうやらあれはニンゲンのアマアマだったのか。 甘み...そんなものを口にしたのは親実装もずいぶん遠い昔のことだ。 思い返すのは愛護派が来る前の公園。 あの時は平和だったデスゥ... 少ないながらもごはんを集めてきて、おうちでごはんを食べる時は家族のみんなに笑顔があったデスゥ。 たまに運良く甘い物を手に入れた日は仔たちが色めき立って喜んでいて...。 決して豊かではなかったけれど...思えば公園ではあの時が一番幸せだったデスゥ... あの愛護派が公園に来てから仲間がみんな糞蟲になって...おかしくなっていったデスゥ... どうしてこんなことに....あの愛護派はなんの恨みがあってワタシたちにあんなことをするデスゥ... 目の前にいる長女が生まれる前、全滅したかつての娘たちや仲の良かった同族たちに思いを馳せる親実装であった。 「甘いものはママもずいぶん久しぶりデスー」 「ママも食べるデスー...」 2つあったおはぎの片方に手を伸ばす親実装。 おはぎに手が触れるその瞬間、親実装の右手に小さな痛みが走った。 ガブゥ! 「デッ!?」 見れば親実装の右腕に長女が鬼気迫る形相で噛み付いているではないか。 「ッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」 「これはワタチのものなんテチィィィイィィィイイィィィイ!!!!!!!!!!!!」 「駄目テチィィィィィィィィ!!!食べちゃ駄目なんテチィイイイッッッ!!!!!!!」 「ヂィィィィィイイイイイイイイイィィィィィィイイイイイイイイイッッッ!!!!!!!」 おはぎを背にした長女が四つん這いで尻を高くあげ、親実装に向かい威嚇を行う。 長女の顔面からは涙、鼻水、よだれ、およそ顔面から垂れ流せるあらゆる体液を撒き散らし親実装に相対する。 焦点の合わない目でヂィヂィとセミの如く濁った鳴き声で決死の威嚇をする長女に理性の光はない。 長女は姉妹と喧嘩一つせず、いままで親実装に不平を述べたこともなかった。 実装石の平均としては図抜けた忍耐能力を有していたと言えよう。 そんな彼女が死の間際で初めて味わった至福の甘み。 生涯初体験の超弩級の快楽に長女は思考能力の全てを奪われていた。 「デ....」 痛みを堪えながら娘の変貌ぶりに困惑する親実装。 長女に噛まれた腕が痛いのではない。心が痛いのだ。 あの賢い長女が....ここまで正気を失うほど自分は娘たちを追い詰めていたのか。 己のなんと不甲斐ないことか。 母として娘たちに何も出来ず、渡りの最中みすみす死なせっていった姉妹たちが親実装の脳裏に浮かんでは消えていく。 自然と赤緑の涙が親実装の頬を伝う。 「デ...デック...デスゥ...」 親実装から嗚咽する声がもれる。 「食べるデス....全部お前のごはんデス...お腹いっぱいになるまで全部食べるデス...」 「お前のごはんを邪魔するものはなにも無いデス」 「もうなにも心配することはないデース...」 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に精一杯の笑顔を浮かべ、親実装は長女におはぎを食べることを促す。 「テ...テエェェェ....」 親実装の涙を目の当たりにした長女の目に理性の発露が現れる。 渡りの道中無残に死んでいった姉妹たちが長女の脳にフラッシュバックする。 一番中の良かった3女が何の理由も落ち度もなく人間に踏み殺された時 4女が爆発四散した時 糞蟲の5女が人間に媚びて地面に思い切り叩きつけられて跡形もなく消滅した時 小学生が乗った自転車に面白半分で追い立てられて7女がタイヤに轢殺された時 次女と6女が餓死した時 8女が車に轢かれて地面のシミになった時 姉妹が死んでいく中、親実装は家族の前で涙を流すことはなかった。 しかし、過酷な渡りの中、絶望に沈む姉妹たちが寝静まった夜。 長女は見たのだ。深夜に肩を震わせ、嗚咽を漏らしている親実装の背中を そう、ちょうど今のように。 娘たちの死は親実装の心に癒やすことのできない大きな傷跡を残していたのだ。 「テェェェェェェェェンッ!!」 「テェェェェェェェェンッッッ!!!」 「ごめんなさいテチィッ!ママッ!ママァッ!!ごめんなさいテチィィィ!!!」 「テェェェェェェェェンッ!!」 「デェェェェェェェェェェェェェン!「デェェェェェェェェェェンッッ!!」 母娘の泣き声が誰もいない霊園に木霊した。 ==================================================================================================== ==================================================================================================== 親実装たちが双葉霊園に着いたあと、1週間ほどが経過した。 それは彼女たちにとってまさに夢のような時間だった。 危険な同族はいない。 人間もたまにやってくるが、なぜか大きな石の側に美味しい食べ物や飲み物をおいていく。 ダンボールはまだ手に入っていないが、焦ることはない。 今は寒い冬ではないのだ。ゆっくり探せばいい。 人気がなくなる頃に墓地を回れば、上等な食料がいくらでも手に入る。 親実装にとって双葉霊園はまさに理想郷。彼女が探し求め、遂に見つけたエルドラドであった。 餌集めを終えた親実装が住処の樹の下に来ると、待ちきれなかった長女が親実装を出迎えに来た。 「ママッ!おかえりテチィー!」 「ただいまデスー」 「今日も大量デスー」 「きっとお前も喜ぶデスー」 「チュアッ!?アマアマテチ?アマアマテチ?」 「見てのお楽しみデスー」 目をキラキラと輝かせて長女が親実装に問う 今日の親実装の収穫は墓前に供えてあったおやつカルパスとぽたぽた焼おせんべいそして四角いカラフルなゼリーである。 器用に袋を食い破りながら親実装は長女に食べ物を渡してやる。 「チュウウウウーーーーーーーーーーーーーン♪」 「おいしいテチィ♪ママありがとうテチィ」 「たくさん食べるデスゥ。まだまだごはんはたくさんあるデスゥ」 「ママも早く一緒にごはん食べるテチィ!」 満面の笑みで長女は親実装に語りかける。 笑顔の食卓などいつ以来であろうか。かつての公園では絶えて久しい家族の団欒であった。 親実装は思う。 よかった...本当によかったデスゥ... 家族は犠牲になったけれど、思い切って渡りをやって正解だったデスゥ ここは静かだし同族もいないうえにごはんも沢山手に入るし、本当にいいところデスー もう少しして落ち着いたらまた仔どもを産んで... 今度こそ家族に囲まれて幸せに暮らしていくデスゥ... 素晴らしい未来を夢想する親実装。 ふと空を見上げると雲ひとつ無い快晴であった。 突き抜けるような青色がどこまでも広がっていた。 きれいデスゥ まるでワタシたちの未来みたいなお空デスゥ 今度こそきっと幸せを掴むんデスゥ...死んだ仔どもたちのためにも、絶対幸せにならなきゃ駄目なんデスゥ 長女もきっと立派な大人になれるデスゥ。 長女の仔はきっと賢くて優しい仔デスゥ。ワタシもママのママになるデスゥ...そしたら... 「ヂッ」 天を仰いでいた親実装は足元で長女の頭部が赤緑色の血煙に包まれた瞬間を見ることができなかった。 「デ...?」 「デデ...?」 足元の長女を見ると、長女の頭部の右半分が消滅していた。 吹き飛ばされた頭部からはピンク色の脳が覗き、脳漿がこぼれている。 長女は手足を小刻みに震えさせながら親実装に向かい2,3歩ほど歩き何かを言おうとした後、親実装の前で倒れ込んだ。 長女の頭部から大脳がうどん玉のようにこぼれ落ちた。 「....」 「デ...デプッw...デププッw」 「ほらほら...ごはん時にふざけちゃ駄目デスよ...長女...」 「早く立つデス...ほぉら...美味しいごはんデスよ...お残しは許さないデス...」 親実装は長女の頭部からこぼれた脳みそを手でかき集め頭蓋に入れ直す。 「ほら...立つデス...」 親実装は長女の両脇を抱え立ち上がらせようとする。 しかし長女は糸の切れたマリオネットの如く、重力に従いぐったりと地面に倒れ伏した。 弛緩した長女の総排泄孔から糞がぷりぷりぷーと溢れ出しパンツが不気味に膨れ上がる。 「デ...お腹いっぱいでおねむデスゥ...?」 「まったく...お行儀が悪いデス...デププ...」 そう、大したことはない。大したことなどはないのだ。 遠くからニンゲンがワタシたちに向かって歩いて来ているが...大したことはない... 親実装に向かって歩いてくる男はM14socom(東京○イ)のエアガンを手に持っていた。 放心した様子で長女の頭を撫でている親実装に男が話しかけた。 「よっ!糞蟲ども。今日は雲ひとつ無い良い天気だな」 「まるでお前たちの未来を暗示しているみたいだよ」 「死ぬには良い日だ」 ==================================================================================================== ==================================================================================================== 近づいてきた男に虚ろな目で親実装が問いかける。 「デ...ニンゲンさん...長女の様子がおかしいみたいデスゥ...」 「ニンゲンさんなら原因がわかるデスゥ?」 「申し訳ないけどちょっと診てやってくださいデスゥ...」 笑顔で長女を掲げて男の方に向ける親実装。 男は柔らかい笑顔で応え、母娘を見つめる。 よかった...優しそうなニンゲンデスゥ... 親実装は安堵した。きっと長女の具合を治してくれるだろう、と。 男はM14socomに取り付けられたダットサイトの照準を親実装が掲げ持つ長女に合わせ、引き金を引いた。 ダキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュッ フルオートでBB弾が銃口から吐き出され長女の体に喰い込んでいく。 長女の体中から赤緑の血しぶきが吹き出し、親実装の手の中で長女の死骸が珍妙な死のワルツを踊りだす。 3秒後...男が引き金から指を離すと親実装の両手の間には赤緑色のなんだかわからないグズグズに崩れたミンチ肉があった。 その肉片に長女の面影は一切無い。 「デ...デアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???????」 「ちょ、長女ぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉおおぉおぉぉぉおおおおおッ!!?!???!!!!!???」 「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」 「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」 「どおしてぇッ!!!???どうして長女を殺したデスゥーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!??」 「ワタシ達はニンゲンに何も迷惑をかけていないデスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」 「なんでぇッ!!!??!!なんでぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!??!!?」 「んー...汚いから?」 「あと...お前らの存在自体が人間様の迷惑だからかな?」 男は無情に言い放つ。まるで路傍のゴミを一つ始末したかのような口ぶりである。 実際そうなのだが。 男にとっては実装石の駆除は善行でしかない。 親実装と男の感情が噛み合うことは、ない。 「墓場で供え物を荒らしている実装石がいるって話は前々から出てたんだけどな」 「いやー、じいさまやばあさま方は信心深いからか知んないけど墓場で殺生とかしたがらないんだわ」 「んで、俺にお鉢が回ってきたわけよ。」 「この双葉霊園は人間の御霊が安らかに眠るための場所なんでね」 「くっさい緑色のゴミ蟲がたむろしていい場所じゃないんだわ。おけー?あんだすたん?」 「デッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」 「殺してやるデスゥ!!!殺してやるデスゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウッ!!!!!!!!!!」 「お前も長女みたいにぐちゃぐちゃにしてやるデスゥッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 「あの世で長女に土下座して謝れデスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!」 そう言うやいなや親実装は男の足元に駆け寄り全力で男の足をペチペチポフポフと殴りつけた。 「死ねデス!死ねデス!死ねデスゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウッッッ!!!!!!!!!」 「長女の仇デスゥ!殺して食ってやるデス!喰い殺してウンチにしてやるデスーーーーーーーーーー!!!!!!!」 親実装はありったけの憎しみを拳に込めて男への殴打を続ける。 「カスが、効かねぇんだよ」 男がサッカーボールキックを親実装の胸に見舞う。 ドゴォッ 「デボォァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!??!!!???!???」 地面と平行に飛んでいった親実装は樹に頭部を強かに打ち付けて崩れ落ちる。 「デッ...デッ...デボハァ!!...デハァッ!!!」 親実装の胸骨は完全粉砕骨折している。 派手に吐血したところをみるに臓器もいくつか損傷したのだろう。 「デハーッ...デハー...」 通常ならば昏倒しているレベルの打撲だろう。 しかし親実装は執念で立ち上がった。 彼女を立たせているのは怒り、そして復讐心だ。 「立ち上がった根性は認めてやるが、お前の駆除は確定事項だ。」 「お前はもう終わりなんだよ」 男が親実装に冷たく言い放つ 「何も終わっちゃいないデスゥ!!」 「ワタシにとって渡りは続いたままなんデスゥ!!」 親実装は残った力の限りを尽くし声を荒げた。 「ママの教えの通り必死で仔を育てたけど結局みんな殺されたデスゥ!!」 「そして愛護派が公園にやってきてからは行く先々でニンゲンたちから非難轟々デスゥ!!」 「仔殺しとか糞蟲とか悪口の限りを並べ立てられたデスゥ!!」 「あいつらはなんデスゥ!?実装石の苦労も知らんくせに!!頭にきたデスゥ!!」 「実装石は世間じゃのけものなんデスゥ!」 「公園じゃあ仁義があって賢い仲間同士お互い助け合っていたんデスゥ!」 親実装は興奮のあまり世界への鬱憤をまくし立てる。 それは虐げられ続けたものの怨嗟か。 「飼い実装は一缶500円の高級フードを人間に与えてもらってるんデスゥ!」 「でも野良生活じゃ格安実装フードの口もないんデスーーーーーーーーーーーー!!!!!」 「デハァ...デハァ...」 親実装は胸の痛みのあまり地面に腰からへたり込む。 「みじめデスゥ...どうなってるんデスゥ...?」 「公園に愛護派が来る前は気の会う同族が大勢いたんデスゥ...」 「昔は頼りになるお友達がたくさんいたんデスゥ...」 「もうワタシにはお友達も仔たちもいないデスゥ...」 「許せないのはあのニンゲンの子供デスゥ...」 「渡りの途中でワタシたちに声をかけてきたデスゥ...」 「とっても優しそうな子だったデスゥ...」 「渡りを頑張っているワタシたちにご褒美だって言って...コンペイトウをくれたデスゥ...」 「ワタシたちは人間の子供にお礼を言って...4女が大喜びでコンペイトウを口にしたデスゥ...」 「そうしたら...4女の体が爆発したデスゥ...」 「4女の手足がバラバラになって吹っ飛んだんデスゥ...」 「4女の肉片がワタシにへばりついて...もうめちゃくちゃデスゥ...」 「血まみれになって4女の手当てをしたんデスゥ...でも内臓がはみだしてきたデスゥ...」 「周りのニンゲンは誰も助けてくれないデスゥ...」 「4女はおウチに帰りたい帰りたいって喚いていたデスゥ...」 「ワタシはちぎれた4女の足を探したデスゥ...でもどこにも見つからないんデスゥ...」 「まるで悪夢デスゥ...」 「今でも死んだ仔たちの夢を見るデスゥ...」 「そんなことが何日も続いて...どうにもならないんデスゥ...」 「どこに渡りをすればいいんデス...?」 「どこに行けばワタシたちが気ままに過ごせる場所があるんデスゥ...?」 「デェェェェェェェェェェェェェン!!」 「もう嫌デスゥ!!どうしてワタシたちは生まれてきたデスゥ!!」 「生きててもいいことなんて何一つ無いデスゥ!!!幸せなんてどこにも無いんデスゥ!!」 「ワタシたちの命なんてなんの価値も無いデスゥ!どうしてワタシたちをほおっておいてくれないんデスゥゥゥ!!!!!??」 親実装は地面に突っ伏して泣き出した。 「デェェェェェェェェェェェェェン!!!!!」 「デェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエン!!!!!!!!」 娘は全員死に、おそらく自分も殺されるだろう。 もう終わりだ。 自分はこの世に生きた痕跡を何一つ残せなかった。 なんと無意味で無価値な生涯だったのだろう。 なにがいけなかったのか?どうすればよかったのか? 親実装は自らの生涯を振り返るが答えは見つからない。 親実装の慟哭は双葉霊園にいつまでも響き渡っていた。 いつまでも いつまでも ==================================================================================================== ==================================================================================================== あれほど晴れ渡っていた青空がまるで親実装の運命の如く赤く暮れなずんでいる。 親実装は双葉霊園を後にしていた。 男に見送られ木の棒を杖代わりにしてヨロヨロと歩いていく。 服は剥ぎ取られ、髪も一本残らず引き抜かれている。 親実装の全身に赤紫の打撲跡がある。最早殴打されていない場所を見つけるほうが困難だ。 親実装の左眼はくり抜かれ、男にターボ式のチャッカマンで再生しないよう念入りに焼き潰されていた 残った右眼も男からの殴打で腫れ上がり、お岩さんのようになっている。 左右の尻も男が持っていたターボ式のチャッカマンで炙られ、決して消えることのない文字が焼印として書かれている。 左尻には「糞」右尻には「虫」 全ての望みは絶たれた。 仔を残せない今親実装に何の望みがあるというのか? どこに向かえば良いのだろう? 目的地もわからず親実装は歩みを進める。 だが、彼女には立ち止まることは許されないのだ。 向かう先が天国だろうと地獄だろうとただ歩み続けるしか無い。 歩みの先に何が待ち受けていようとも、それが運命を成就するということなのだから。 沈み行く太陽に向かい親実装は歩み続けた。 一説には実装石の「渡り」の成功率はおおよそ5%程度と言われている。 渡りを成功させた親実装はきっと幸運な個体だったのだろう。 だがしかし、実装石が幸せな生を成就する可能性は0%なのだ。 〜fin〜 どうもフンババです。 投稿用パスワードがわからなくなって投稿が滞っていたのです。 またぼちぼち投稿していくと思います。