1 「キュリァーッ!」 「デブボッ!?」  B子ちゃんが謎の嬌声を上げながら、目の前に聳え立った象のように巨大な実装ちゃんに爆弾を張り付けました。  それを一斉起爆させると、鋼のような皮膚を持つ巨大実装ちゃんもたまらず肉体を損壊させバラバラになります。 「ギシャァッ!」  その陰がら飛び出してきたのは肉食獣のような牙と爪と鬣を持った四つ足歩行の実装ちゃん。  目でとらえるのも難しいほどの速度で私たちに迫ってきたその仔は…… 「あらあら、うふふ」 「ギシャッ!?」  背後に回った那磨さんに首根っこを掴まれると、反撃に出る間もなく頭からかぶりつかれました。 「むしゃむしゃ……うーん、ちょっと筋張っててあまり美味しくないわね」 「ギッシャ、ギッシャァァァァ……!」  そして私の目の前にいるのは巨大な砲塔を持つ実装ちゃん。 「テ……テ……テーン!」  砲塔の狙いを私に向けたその直後。 「悪く思わないでね……『星裂流・覇王神速斬』!」 「テンッ!?」  私は手にした携帯用伸縮薙刀を一閃させ、砲塔もつ実装ちゃんを斜めに斬り裂きました。 「ふう」  研究所に侵入した私たちは、とりあえず迫ってきた敵を片付けて一息入れます。  しかし……この研究所が新種の実装ちゃんを作ってるって情報、マジだったんですね。  私たちだから難なく退けたように見えるかもしれませんが、どれもかなりの戦闘力を持つ、かなり危険な個体ばかりでしたよ。  っていうか、こんなの実装ちゃんじゃないし!  実装ちゃんはか弱いからこそかわいいのに!  遺伝子をいじくって命をもてあそぶ科学者共……  こんなふざけた施設、絶対に許してはおけませんね! 「マイちゃんがどの口で命をもてあそぶとか言うんだろうね」 「この場にいない友人Aの幻聴が聞こえましたが気のせいだと思っておきましょう。さあ、二人とも。少し休んだらまた――」 「いたぞ、侵入者だ!」  通路の向こうから声と足音が聞こえてきます。  見ると、肩からアサルトライフルを下げた男たちがこちらにやってきました。 「降伏を……いや、殺せ! 研究所の秘密を知ったものは絶対に生かして帰すな!」  うわっ、撃って来ましたよ!?  あいつら銃刀法違反って言葉を知らないんでしょうか。  この治安国家日本でいきなり女子高生に向かって銃撃なんて、とても正気とは思えません。 「はあ、まったく……」 「っ!? 消え――ぎゃああああああ!」  とりあえず私は壁を走ってそいつらの背後の壁に薙刀を投げて突き刺すと、そこに向かってワープして背後から頸動脈を斬り裂いて息の根を止めておきました。  銃を持って戦場に立ったからには当然しぬ覚悟もできてるとみなしますよ。 「すごいっす、あねご。人間相手に躊躇の欠片も見せずに瞬殺とかぱないっす。マジモンの修羅っす」 「よっ! マイちゃん人殺し!」 「おい」  好き勝手言う二人に文句を言おうとしてると、さらに奥から大量の人たちがやってきました。 「仲間がやられてるぞ!」 「おのれ、侵入者め!」  ちっ、まだ戦闘員が残ってるみたいですね。  全部やっつけても構いませんが、それだと時間がかかるなーとか思っていると。 「待つデス」 「っ!?」  足音や人間の怒声すらかき消すような、低く野太い実装ちゃんの声が廊下に響きました。  ライフルを構えた戦闘員たちが廊下の端へ避け、開かれた人垣を割ってその子は私たちに近づいてきます。 「な、なんだ、あいつ……?」  B子ちゃんの声が震えています。  真正の虐殺派の彼女ですが、戦闘者の本能で感じ取ってしまったのでしょう。  見た目は普通の成体実装ちゃん。  しかし、あの子はまったく普通ではないことに。 「いい大人が雁首揃えてみっともないデス。たかが小娘三匹程度、いちいち慌てるんじゃないデス」 「し、しかし『オサ』。やつらはただの小娘では……ひっ!?」  オサと呼ばれた成体実装ちゃんが睨みつけると、ライフルを持った戦闘員は悲鳴を上げて姿勢を正した。 「口答えするデス?」 「もっ、申し訳ございませんでした!」  ここは実装ちゃんの命を命とも思わない凄惨な研究所。  しかもあいつは女子高生相手に銃を撃ってくる容赦ない戦闘員です。  それを一睨みで黙らせ、敬語まで使わせるあの実装ちゃんは、一体……!? 「確かにある」  いつの間にか私の隣に白髪のおじいさんが座っています。 「あり得ない? いやある。 走馬燈のようなもんじゃ。  『死ぬ』って瞬間に時間が超スローになって自分の人生振り返る感覚あるじゃろ? あれに近い」  おじいさんは聞いてもいないのに一人で何か勝手にしゃべっています。 「あの実装石の強さの秘密? まぁ……いくつかあるが。まず『欲望』が恐ろしく静かじゃ  奴の欲求の流れから次の行動を読むのは誰にもできんな。ダテに長く生きてないわけよ。  精神的にはもう初期実装の域じゃろ。なにしろあの実装石、ワシが乳飲子の頃からずっと成体じゃ。  ワシのジジィとケンカして生存しておる唯一の実装石じゃし。 ん? ああ、強さの秘密だったな。  あとは……そうさな。戦闘の方で言えば……『百式愛想』。これが最も厄介じゃろ」  あの成体実装ちゃんの一連の動作はこの上なく流麗かつ緩やかに行われましたが、  実装ちゃんの腕が動いた時からポーズ形成までの刹那にすべてが成されたことに疑いの余地はなく、  それは私が己の体感時間を限りなく圧縮し自らの時を止めるに等しい状態に置くことでしか、  あの実装ちゃんの動きを目でとらえることができなかったことに起因します。  つまり真相は 「デッスーン♪」  不可避の速攻である。    ※  いつからデス?  ニンゲンの駆除を待つ様になったのは。  いったいいつからデス?  負けたニンゲンが頭を下げながら差し出してくる両の手に間を置かず答えられるようになったのは?  そんなんじゃ、ねェデス!  ワタシが求めた『ブ』の極みは!  オサ、46歳、冬。  己の肉体と生活に限界を感じ、悩みに悩みぬいた結果。  彼女がたどり着いた結果(さき)は感謝であった。  自分自身を大きく育ててくれた飼い主への限りなく大きな恩。  自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが、 「デッスーン♪」  一日一万回、感謝のお愛想!  気を整え、拝み、祈り、構えて、媚びる。  一連の動作を一回こなすのに当初は5、6秒。  一万回もお愛想を負えるまでに初日は18時間以上費やした。  お愛想し終えれば倒れるように寝る。  起きてまたお愛想を繰り返す日々。  2年が過ぎた頃、異変に気付く。  一万回お愛想し終えても日が暮れていない。  齢50を超えて完全に羽化する。  感謝のお愛想一万回、一時間を切る!  代わりに 「ンブオオオオオオオ!」ブリブリブリブリブリブリ  糞の量が増えた。  山を下りた時。  オサの腕は。 「デッ――スー……ン♪」  音を、置き去りにした。    ※ 「美味しいわああああああ! 長い年月かけて熟成した成体実装石の肉は美味しいわあああああ!」 「やめろデス食うなデス嫌デス助けてデスやめデッギャアアアアアアア!」  そんなすごい実装ちゃんを那磨さんは美味しそうにむしゃむしゃ食べてます。  まあ、いくら音を置き去りにするほどすごい媚びをしようが、それで人間が死ぬわけじゃないですし。  もしかしたら人間の情に訴えかけるみたいな特殊効果もあったのかもしれませんが、実装ちゃんを食料としか見ていない那磨さんには全く通用しません。 「これが……ニンゲンの……底知れぬ悪意……」パキン  なんだか悟ったようなことを言ってすごい実装ちゃんは崩御しました。 「うわあああっ! オサがやられたぞおおお!」 「バケモンだ! 逃げろーっ!」  オサが食い殺されたことで取り乱した戦闘員たちは銃を捨てて逃げていきます。  ぶっちゃけかなり謎ですが、人間同士の戦闘とか(読者の)誰も望んでないので都合がよかったと思いましょう。  そして。 「あねご。このレポートを」 「なになに……はあ、これはまた」  奥の部屋で私たちは研究所の秘密を入手しました。  あとは木下さんにこれを渡せば、私たちの任務は完了です。  ついでに研究所はB子ちゃんの爆弾で跡形もなく破壊しておきました。    2 『……というわけで、データは木下さんのPCの方に送っておきました』 「ご苦労だった。怪我はないか?」 『もちろん。報酬の品、帰ったらちゃんと用意しておいてくださいよ』 「わかっている」  木下は桐野妹との通話を終えると、ノートPCでメールソフトを開いた。  たったいま送られてきたばかりのデータに目を通し、暗くほくそ笑むと、そのままデータを別の人物に転送する。 「くっくっく……これでPIAも終わりだな」 「いったいどんな情報を入手したんですか?」  木下は尋ねてきた桐野兄にPC画面を見せた。  そこ記されているのはには戦闘用に品種改良された実装石と輸出記録。  多額の金を見返りに某独裁国家やテロ国家に送っていたことを記す事実である。  また、双葉市の市長および周辺の政治家たちのバックについている組織が、それに深く関わっていた証拠もある。 「ちょ、これって!」 「立派なテロ支援組織だ。国が動くには十分すぎる理由だろうな」  表向きは民主的に半独立が決まったため、今までは国も双葉市に手を出せない状況が続いていたが、これで政府もようやく重い腰を上げるだろう。  木下がデータを転送したのは与野党関係ないすべての国政政治家、そして大小マスコミ各社である。  一部がすでに抱き込まれていたとしても、もはや言い逃れができる状況ではない。 「糞蟲を殺して回る俺たちもまた囮だったってわけですか」 「腐るなよ。俺たちの働きがあったから、お前の妹は自由に動けたんだ」 「まあいいですけど。それじゃ俺たちの仕事はこれで終わりってことっすか?」  深い息を吐く桐野兄。  そんな彼に木下は呆れた声で言った。 「おいおい、何を言ってるんだ。俺たちは何だ? 何のためにここにいる?」 「何って、そりゃ……」 「俺たちは『糞蟲虐待サークル』だ」  木下はネックウォーマーを首元まで下げると、にやりと攻撃的な笑みを浮かべて見せた。 「本当の活動はここから始まる。この街のすべての実装石を滅ぼしつくすためにな」    3 「おっきょーっ!」 「むっきょーっ!」  幽鬼の群れのような成金BBA共が叫び声をあげる。  何事かを叫んでいるようだが、その意味するところは誰にも理解できない。  飼い実装が苦しみの果てに死んだ。  表に出れば目も追わんばかりのジェノサイドの跡があちこちで広がっている。  愛護派を自称する彼女たちにはとても耐えられるような状況ではなかった。  そして、その姿は国の他のどの機関よりも早く駆け付けたマスコミによって全国に晒される。  中には市議会の息がかかった局が彼女たちに同情的なコメントを加えるが、あまりに醜い姿を見た一般の人たちがどう思うかは想像するに難くない。  そもそも双葉市を除いた日本中のほとんどの自治体において実装石はすでに害虫認定されている。  害虫を愛する奇妙で奇特な奇人……それ以上の評価は得られない。  とはいえ、実装石も生き物である。  普通の人間(無関心派)なら、過度な虐待や虐殺には忌避感を持つこともあるだろう。  愛誤派同様に虐待派も決して世間の支持を得ることはない……はずだった。  だが、いまの双葉市は違った。 「糞蟲が……ざまあみろだぜ!」 「ぜってぇに許さねえからな!」  愛誤派と糞蟲によって生活圏を奪われ惨めな思いをしてきた双葉市民たち。  その惨状が何者かのリークによって明らかになると、世論は急激な実装石排撃へと乗り出した。  一日二日で法案が覆されることはない。  だが、双葉市の警察は国の介入で一時的にその権限を停止させている。  仮にも警察が海外テロ組織の支援に協力していたのだから、当然の処置だろう。  愛誤派は警察という力を失った。  そして、市民の怒りは今にも爆発しかけている。  かといって街は愛誤派に暴力を振るうほどの無法地帯になったわけではない。  ならば、どうなるか?  市民の……いや、国民全体の怒りは、多少の逆恨みが混じっていようとも『人様の権利を侵害して優遇された生物』へと向かう。  そして新たに設立された双葉市の暫定警察機構は、双葉市ローカルルールに従った規制を続けるつもりはなかった。    4  なんで? なんで!?  なんでどうしてなんで!? 「テッチ、テッチ、テッチ……!」 「いたぞ! 仔糞蟲だ、殺せ!」 「テチャアアアアアアッ!」  どうしてわたしをころそうとするの!?  どうしてわたしの家族をみんなころしちゃったの!?  どうしてわたしのお友だちも近所のおばさんもぐちゃぐちゃにされちゃったの!? 「つーかまーえた!」 「テッチャアアアアァァァァァッ!」  痛い! 痛い痛い痛い!  放して、潰れちゃう! 死んじゃう! 「痛いか? 苦しいか? だが、俺たちが受けた苦しみはこんなもんじゃねえんだよ。テメエら糞蟲共は一匹残らず苦しめつくして殺してやるからよォ!」 「テチィィィィィィッ!」  わたしは糞蟲じゃない!  ちゃんといい仔にしてた!  ママの言うこともよく聞いた!  わるい仔にならないよういっぱい我慢した!  ニンゲンのひとに「ここから出ちゃダメだよ」って言われた線も守って越えなかった!  わたしたちの「まち」を維持するために、いろんな「るーる」を守っていた!  好き勝手に生きてたわけじゃない!  そのるーるだってニンゲンのひとが決めたってママがいってた!  なのに、なんで!?  なんでこんなひどいこと……ぎゃああ! 「ヂィィィィィィッ!?」 「死ね! 死ね! 死ねェ! テメエらみてえな害虫は一匹残らず死んじまえェ!」  ニンゲンのひとがまちを作ってくれたのに。  この中でなら平和に暮らしていいよって言ってくれたのに。  実装石はえらくてかしこいから、それは当然与えられる権利だよって言ってたのに。  なんで今になって糞蟲なんて……しねなんて……そんなひどいこと―― 「ヂッ」  上に政策あれば、下に対策あり。  双葉市における『楽園』は余人が思うほどの無法地帯ではなかった。  楽園を維持するために集められたのは業界トップクラスの調教師たちである。  多くの愛誤派議員たちは己の飼う実装石以外にさしたる興味はなく、楽園に関しては基本プロにまかせっきりであった。  愛護法案の中において、唯一実装石の生殺与奪を許可された存在。  それが『楽園管理者』と呼ばれる調教師たちである。  実装石の集団のコミュニティを維持するのが恐ろしく大変なことは誰もが知っての通り。  ただ満足なエサを与えるだけでは途端に全体が糞蟲化し、凄惨な仲間内での殺し合いに発展するだろう。  楽園での生活は基本的に家族単位。  しかし、生まれた仔たちは一時的に『学校』と言う名の調教施設にに預けられる。  仔実装の頃は昼間のある程度の時間、調教師たちの下へ預けられ、教育と言う名の徹底的な調教が施される。  その過程で糞蟲要素のある個体は(秘密裏にだが)処分される。  残った仔たちはかつての高級飼い実装並みのしつけを受け、夕方はそれぞれの家庭に返される。  各家庭には監視カメラが供えられ、二十四時間体制で専門の職員が糞蟲要素がないか観察し、問題ありと見なされた仔は翌日の学校で処分される。  結果、ひとつの家族に残る仔実装は一匹から多くて四匹程度  これは爆発的な個体増加による楽園の増殖も抑制していた。  もちろんこのシステムの中で育った成体実装たちは仔の間引きに文句を言わない。  彼女たちもまたそのシステムのおかげでこの楽園が維持できていると知っているからだ。 『徹底的に管理された野良のような集団』  それが楽園の本質である。  故に、楽園には善良な個体しか残らない。  野良に近い生活を送ってはいるが、中身はしつけ済み、かつ善良な野良らしい家族愛の深い実装石ばかりである。  公務員と言う立場を与えられたプロフェッショナル中のプロフェッショナルである調教師たち。  彼らが地獄のディストピアにおいて、なんとか現実的に作り上げた真実の楽園。  そこはまさに実装石にとっての理想郷であった。  人間の生活圏を奪っているという原罪の上に成り立った…… 「アッハハハハァ! 潰れて死ねヤァ!」 「ヂベッ!?」 「ほぉら糞蟲ちゃん。焼け死のうねえぇ!」 「やめてくださいテチ! やめっ、やめ――ヂィィィィィッ!」 「いくぞ? いくぞ? ほら、クンッ!」 「ブベバッ」 「これお前の妹? 裂くね! 裂くね! 切り刻むね!」 「やめテチ! やめテチ! なんで、なんで、ワタシたち何も悪いことしてないテチぃぃぃぃぃぃ!!!」  人間の都合で楽園を与えられ、人間の都合で楽園を奪われた実装石たち。  彼女たちは自分たちがなぜこのようになっているのかもわからないまま死んでいく。  思いもよらぬ良個体ばかりだった楽園の破壊を許可された虐待派たちは、これまでの鬱憤を晴らすかのように至る所で思いつく限りの残虐な殺戮を繰り広げた。    5  村咲の取り巻きである愛誤派マダムたちにも崩壊の時は迫っていた。 「実装ちゃんを捨てろ!? あなた、なに言ってるザンショ!? 正気ザンショか!?」 「わかってくれ! 法案が無効化されてる今がチャンスなんだ!」  その愛誤派BBAはとある企業の社長夫人であった。  夫が稼いでくる金で豪遊の限りを尽くし、金持ちのステータスとして実装石を飼う。  正しい実装石知識などもちろんなく、ひたすらに飼い実装を甘やかして周囲に迷惑をかける典型的な愛誤派である。 「会社がテロ支援組織のレッテルを張られて業績も斜め下がりだ! うちにはもう金食い虫を飼っておける余裕なんてないんだよ!」 「だったら業績を上げるための努力すればいいザンショ! なんでそんなことのために私のかわいいアンデルセンちゃんを捨てなきゃならないんザンショ!?」 「俺だって実装石愛護派として心苦しいんだよ! でも、今は自分たちの生活の方が大事だろ!?」 「アンデルセンちゃんを飼い続けることも同じくらい大事ザンショ!」 「っ、こんな言い方はしたくないんだが、お前たちが贅沢な暮らしをできてるのは誰のおかげと……」 「というかそもそもあなたが稼いでるのは誰のおかげだと思ってるザンショ!?」 「……何?」 「ぜんぶ私のおかげザンショ!?  私がお屋敷で使用人に指示を出してるおかげで、あなたは家庭のことを気にせずのびのびと外で働けるザンショ! その報いとして家にはこれまで通りの稼ぎを入れ続けるのが義務ザンショ!」 「本気で言ってるのか?」  愛誤派BBAは机を思いっきりドンっと叩いた。 「本気も本気ザンショ! そうザンショ、業績を上げるためにコストカットすればいいザンショ!  あなたがくだらない情に絆されてリストラできないなら私が見繕って役立たずな従業員の首を切ってやるザンショ!  何人かクビにして残った社員に努力させればその分で十分私たちの生活水準も維持できるし、  アンデルセンちゃんに今まで以上の贅沢をさせてあげられるザンショ! まったくいい考えザンショ!」 「そ、そんなことをすれば、何人のわが社のために尽くしてくれた社員が路頭に迷うかわかっているのか……!」 「きさま! 私に向かってその口の利き方はなんザンショ! そもそも社員の努力が足りないから業績が落ちるんザンショ! 無能な社員共は黙って社長夫人の言うことをきいておればいいんザンショ!」  ダンッ! 「!!」  眉間を銃弾に貫かれた社長夫人が声も上げずに倒れていく。 「貴様に社長夫人の資格はない……」  性根の腐りはてた妻を撃ち殺した社長は、その足で飼い実装アンデルセンの下へ向かう。  何も知らずにふかふかのソファの上で寝転んでいる成体実装と目が合った。 「腹が減ったからさっさとステーキをよこせデスゥ」 「ああ……妻も一人では寂しかろう。お前もついていってやってくれ」 「デギャッ!? な、何するデス!? ちょっと、そっちはベランダ……デギャアアアアッ!」  彼は決して虐待派ではなく、どちらかと言えば実装石のことが好きな愛護派であった。  それでも、多くの人たちの暮らしを預かる立場として……どちらか選ぶとなれば迷わず人間を優先する。    6  そしてすべての元凶である村咲は。 「くそっ、くそっ! 一体どういういことザマス! なんでこうなったザマス!」  愛車のインターセプターV8を自ら運転しながら市長公舎へと急いでいた。  次々と入る楽園崩壊の知らせに彼女の怒りと焦りは極限に達している。  そんな彼女の運転する車の前に、一台の軽自動車が割り込んだ。 「人の前に入ってくるんじゃないザマス!」 「ぐぼーっ!?」  村咲は無礼な車に後ろから体当たりをかけるた。  ぶつけられた車は路側帯に突っ込み、炎上して爆発する。 「まったく、これだからマナーのなっていないクソ人間は……」  悪態をつきながらさらにアクセルを踏み込み加速する。  道路は片側一車線になり、彼女の前方を車道を一台の自転車が走っていた。 「邪魔ザンス!」 「ぐぼーっ!?」  トロトロ走っている自転車を跳ね飛ばし、そのまま運転手ごと踏みつけて超える。  (車道に)出て来なければやられなかったのに! 「まったく、いくら車道を走るのがルールだからって現実的に安全を考えられないクソ人間は……」  そのままハンドルを切り、裏路地へ入る。  彼女の進路上に二人のBBAと子どもが見えた。  車の接近に気づいた子供は慌てて道路の端に避ける。  しかしBBA共は「歩行者優先でしょ?」とばかりに喋ったまま動きもしない。 「死ねェ!」 「ぐぼーっ!?」「ぐぼーっ!?」  子供でも分かる危険を理解できない馬鹿なBBA共をひき殺して道路のシミにする。  親を失った子どもたちは気の毒だが、まあ辛い経験も糧になってそれなりの人生を歩めるだろう。 「まったく、自分が偉いと勘違いしたクソ人間は……」  次に村咲の行く手に表れたのは高校生の集団。  さすがに危機感を察知したらしく、即座に道路の端に避ける。  ただし、他のみんなが左端に避けているのに、なぜか一人だけ右端に避けた。 「バカかお前は!?」 「ぐぼーっ!?」  集団が車に道を譲るとき、なぜか必ず左右に分かれやがる。  なんでわざわざ真ん中を通らせようとするのか、片っぽに集まった方が安全に決まってんだろ。  そんなこともわからない馬鹿は死んで当然だ。 「まったく、これだから想像力のないクソ人間は……」  大通りに出た。  村咲は歩道をぶつぶつ言いながら歩いているデブを発見する。 「ぐへへ……さすがは双葉市なノ。調教済み野良公園とか盲点だったノ。さてこいつらはどんな声で鳴いて……ぐぼーっ!?」  とりあえず目障りだから歩道に乗り上げて轢いておいた。 「まったく、これだから愚鈍なデブ人間は……」  このわずかな間にも立て続けに人間と言う種の醜さを見せつけられた村咲は辟易していた。  愚かな人間どもは実装ちゃんを糞蟲と呼ぶ。  だが、クソはどっちだ。  どいつもこいつも自分勝手で、都合のいい常識を振りかざし、危機感という野生動物ですら備わっている感覚が欠如した愚かな生き物。  人間こそがまさに奴らの言う糞蟲そのものではないか! 「そんなクソな人間は正しく導かれねばならんザンス。指導する絶対者が必要ザンス!」  だからこの私が管理してやったというのに。  クソみたいな行動をする人間を調教し、まともな生物として育て上げてやろうとしたのに!  貴様ら愚かな人間どもに代わって、真に純粋なる実装ちゃんのための世の中を作ろうとしたのに! 「……いや」  自由ともてはやされた罠に、夢と言う劇薬に冒された愚かな人間どもは、それを拒否して我がユートピアを破壊しようとする。  果たしてそんな愚かな人間に生きる価値はあるのか? 「やはり、滅ぼしてしまった方がいいかもしれんな……」  いつしか村咲は山の手言葉を使うことも忘れ独り言ちていた。  彼女の横、助手席には一台の機械が置いてある。 「この地球(ほし)を浄化するためには、人間と言う悪性のウィルスを取り除き、実装ちゃんに地球を明け渡す以外にない。お前もそう思うだろう、マイ?」  そのオイルと埃で汚れた機械の側面にはこう書いてあった。  Diabolic Eraser X-Typeと。  我が名は村咲窈窕。  すべての人間、すべての文明、すべての欲望を消し、  そして わたしも消えよう  永遠に!!                                    【完結編】につづく