1  その実装石は名前をアリスと言った。  彼女は元々、良く躾けられた高級飼い実装であった。 「デププッ! オラッ、クソニンゲン共! ワタシのお通りデスッ!」  それが今や押しも押されぬ糞蟲に成り下がり、ピンク色の服を纏って我が物顔で街道を練り歩く。  道行く人々は彼女が通る先をモーセが海を割るかの如くこぞって譲っていた。  すべては面倒ごとに巻き込まれたくない故である。  わざとリンガルを音声モードにして、その糞蟲っぷりを声高に叫んでも、それを咎める者は誰一人として存在しない。 「その通りザンス! アリスちゃまは世界で一番偉い実装ちゃんなんザンス!」  アリスを糞蟲に仕立て上げた張本人……飼い主の中年女性は、似合いもしない露出度の高い黒いドレスを着こみ、アリス共々我が物顔で街道を練り歩いていた。  実装ちゃん愛護法案。  稀代の悪法と呼ばれるその法案が双葉市議会を通ったことで、今は双葉市は実装石とその飼い主たる極一部の上流階級の人間が好き放題に振る舞う暗黒郷と化していた。 「ほら、よく見るザンス! 下々の豚共がアリスちゃんを羨望のまなざしで見ているザンス!」 「デププ……我が御主人も言葉に遠慮がないデス。そんなハッキリ言ったら下賤の民が気の毒デス」  法案に含まれた条文によって、飼い実装には極めて高水準の生活を保障しなくてはならない。  一体当たりにかかる費用は実に月百万近くに至り、たとえ愛護派と言えども、気軽に実装石を飼うのは不可能になった。  結果、このような成金愛誤派夫人が実装石を理由に傍若無人に振る舞うようになったのである。  もはや実装石を飼うことが上流階級のステータスと言っても良い。  そして……そのような飼い主の下で暮らす実装石は、たとえ元がどれだけ謙虚で良い個体であっても、増長せざるを得なくなる。 「オラ、クソニンゲン共! ワタシとご主人に道を開けるデス!」  もちろん、このような横暴な振る舞いを一般の人々が甘受できるわけがない。  早くこの嵐が去るように願いつつも、内心ではみな腸が煮えくり返るほどの怒りを感じている。 「……クソが」  ぴくり。  黒ドレスBBAの耳が奇妙に跳ね上がる。 「誰ザンスか!? いま、ワタクシのアリスちゃまを侮辱する言葉を放った底辺階級の豚は!」  耐えきれずに悪態をついた市民の声を耳ざとく拾った黒ドレスBBA。 「絶対に許せないザンス! 見つけ出して裁判にかけて牢屋にぶち込んでやるザンス! 恥を知ってるならさっさと名乗り出るザンス!」 「デギャアアアッ! さっさと出てくるデスゥ! このワタシを侮辱した罪はギロチンにかけなきゃ気が済まないデス!」 「見るザンス! アリスちゃんもこんなにお怒りザンス! 黙ってれば逃れられると思ったら大間違いザンスよ!? 絶対に、絶対に見つけ出して、そっ首を刎ねてやるザンス!」  周囲の人々に緊張が走る。  下手に発言をしたら疑われる。  なんなら証拠がなくてもスケープゴートにされるくらいはあるだろう。  司法も絶対に被疑者を庇わない。  それほどに今の双葉市における実装石と飼い主は絶対的な権力を持っているのだ。 「さっさと名乗り出るデス! もしオマエが罪を認めないクズニンゲンだっていうなら、とりあえずそこのチビメスニンゲンを身代わりに――」  アリスが近くにいた無関係な幼い少女を腕差し、傍らの母親が絶望に染まった顔で娘を抱き寄せた、その瞬間。 「デッ」  アリスが横に吹き飛んだ。  何か、強い衝撃を側面から食らったのだ。 「アリスちゃま!? 大丈夫ザンスか――」  飼い主の黒ドレスBBAが慌ててアリスを抱きかかえると。 「デ? デ……デギュボブボブボボボボボバブボォッ!?」  アリスは途端に苦しみの表情で大量の緑の吐瀉物を口から吐き出した。 「キヤーァッ! なにするザンスかアリスちゃま!?」  服を汚物で汚された黒ドレスBBAは思わずアリスを投げ捨てた。  愛護法案に従えば懲役3年、罰金50万円以下の行為だが、それを気にする余裕はない。  結局、成金愛誤派なんてものは自分の身が一番なのだ。 「で、デギャアアアッ! い、痛いデス! 苦しいデス! 辛いデス! 悲しいデス……デギャギャギャギャアァァッ! 誰かっ、タスケっ、御主人……ゴブボバボルベバボバアッ!」  ところがアリスの苦しみはそんな程度ではない。  ぶつけた頭よりも、全身をあらゆる苦痛が襲っている。  体が内側から破壊されるような強烈な痛みと、首と体内主要機関を握り絞められているような強い苦しみが彼女を襲っている。  そして……それ以上の身を引き裂かれるような悲しみが、体の奥底から湧き上がってくる。 「ゴメンナサイデス……ワタシが、ワタシが悪かったデス……死にたくないデス……できるならもう一度、ゴブッ! やり直したいデス……死にたくない、デス……ゲベッ! こんどは、グブッ! いい仔に、なる、デス……死にたくないデス……死にたく、死にたくないデスゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」 「アリスちゃま!? アリスちゃま!? いったいどうしたザンス!?」  深い悔恨と絶望を表情に浮かべながら、アリスはとめどなく吐瀉物と糞と涙を全身から流し続ける。  やがて全身がしぼむようにやせ細り、それでも決して一思いに楽になることはない。  完全に脳を破壊されたアリスはこの後、数日に渡って苦痛と絶望の中で残りの生を過ごすことになる。    2 「成功だ」  長距離からの狙撃を果たした木下は、対して喜ぶでもなく淡々とスナイパーライフルを解体していく。  事を成した後は早くこの建物の屋上から逃げなければならない。 「さすが木下さん。よくあんな距離から当てられますね」 「訓練次第だ。どうということはない」 「いや、マジですごいですよ」  サポートを行っていた桐野は心底から感心した。  双眼鏡で覗いたターゲットの実装石は今も全身からいろんなものを吹き出して苦しんでいる。 「しかしあれ、何を撃ち込んだんですか? ただの銃弾じゃあそこまで苦しまないですよね?」 「実装石の脳みそを破壊する劇薬だよ」  木下が銃弾に込めた薬……  それはかつて、とある製薬会社が開発した薬品だった。  曰く、実装石の性格を投薬によって強制的に良蟲に変えてしまうという狂気の薬だ。  ところが、完成したのは脳に誤認識を与え、外傷に関係なく永遠に痛覚と苦しみを与え続ける薬だった。  そしてさらに悪魔的なことに『良蟲にする』という点だけは成功し、あれを撃ち込まれた実装石は己の醜さとくだらなさを良心に従い鑑みて、ひたすら絶望と後悔の中で死ぬまで悲しみ続けるという、まさに実装石を可能な限り苦しめて殺すための薬品なのである。  強烈なバッドトリップと禁断症状しかない麻薬と言えば常習者諸氏には理解しやすいだろうか。  その悲しみはこうして音声が聞こえない距離で遠くから見ているだけでもよく伝わってくる。  悲痛な表情と泣き顔を見ているだけで、動物嫌いでない一般人なら心が痛く……  また虐待派にとっては胸がすくような爽快感を味わえる。  泣き叫ぶ実装石を取り囲む周りの人々の表情にもそれがよく表れていた。  特に飼い主は半狂乱になって汚れが付かない距離で泣きわめいている。 「けど、これってちょっと遠回りじゃないですか? 虐待としては面白いですけど、今回の目的って双葉市の実装石を絶滅させることですよね? 一匹ずつ殺していくのは流石に……」 「なあに、これはただの布石さ。とりあえず次のターゲットの所に行くぞ。できる限り金持ちなBBAの飼っている実装石の所へな。ククク……」  ばらしたライフルを楽器ケースにしまい込んだ木下は、相棒の桐野を伴って次なる標的の所へと向かって行った。    3  愛護法案によって地獄と化した双葉市。  その問題を解決するため、実装石駆逐のプロフェッショナルがこの街に降り立った。  滅亡派という「とにかく虐待や虐殺を楽しむよりも実装石を全滅させることに喜びを見出す」究極の実装ジェノサイダーである木下は、まず始めに金持ちのペットを狙って攻撃を開始した。  魔薬弾を撃ち込まれた実装石はこの世の者とも思えないほど苦しみぬいて死亡する。  愛誤とはいえ愛するペットのそのような姿を見た飼い主を絶望に落とすには十分な効果があった。  そして…… 「まーた夜勤っすか!? これで三日連続っすよ!」 「文句を言うな。上客様が大人数での不寝番をお望みなんだよ」 「金持ちの警護よりもスナイパー犯を探す方が先でしょ? ……はぁ〜あ、いつから警察は市民の味方じゃなく、成金様の警備員になっちまったんっすかねえ」 「言うな」  愛護法案が成り立つ前から双葉市は警察民営化の実験都市であった。  しかしそこに目を付けた金持ちたちは多額の資金を投入することで警察を私物化。  特に小国の国家予算規模の寄付金を払っている村咲とその取り巻きたちに、利益追求を至上とした警察は逆らうことができなくなっていた。 「……つーか、あの議員の資金の出所を探った方がいいんじゃないっすかね。あれってどう考えても」 「今のは聞かなかったことにする。お前はもう公務員じゃないんだ、局長の耳に入ったら一発でトバされるぞ」 「うへっ。そりゃ勘弁」 「悪い、電話だ」  若手を諫めていた警官は物影に行くと、BT接続したイヤホンを耳につけて小声で通話をした。 」 『どうだ。そっちの様子は』 「あんたか……おかげさんで今夜も残業確定だよ。手分けして成金BBAの家に張り込みだ」 『そいつは悪いことをしたな』 「給料は上がってるんだけどな。で、あんたの目論見通り多少の事件に人員は割けなくなった。スポンサー様が最優先だからな」 『好都合だ。まあもうしばらく待っていろ。この街からゴミを掃除すると同時に、悪党の不正も俺が一緒に暴いてやるさ。汚い資金の出所に目星は着いているのだろう?』 「事前に渡した資料の通りだ。だが気をつけろよ、やつのバックは一筋縄じゃ行かないぞ」 『まあ見ていろよ。こっちも特殊部隊を投入する』 「頼りにしてるぜ……木下サンよ」  警察内の内通者はイヤホンをオフにし、何食わぬ顔でテロリストとの会話を打ち切った。  成金たちの私兵と化した警察はスポンサー警護にかかりっきりで動けない。  つまり今夜は野良どもを駆逐する絶好のチャンスである。    4  その公園は実装石の楽園だった。  愛護法案によって個人宅で飼われることのできる実装石の絶対数は大幅に減った。  が、その分だけ公共の場が実装石のために使用されることになる。  かつては人々の憩いの場だった市民公園。  今や一般人の立ち入りは禁止され、プロのブリーダーによって『自然な家族単位の生活保護』を受けた実装石家族が無数に暮らしている。  それは実装石の町と言ってよい規模であり、この公園で暮らす実装石たちは適度にばら撒かれたエサを親が『自分でとってくる』ことで子に分け与え、何不自由のない生活している。  安全は保障され、仔たちの遊び場は無数に存在し、大人になれば『エサ集め』という仕事を行い独立した家庭を持つ。  いわば管理された巨大な野良の楽園である。  あらゆる脅威はプロの手で排除され、最大の問題である『増えすぎ』に対しては、その都度新しい公園や施設を楽園化させることで対応し続けている。 「さあ、暗くなってきたからもう寝るデス」 「はいテチ、ママ!」 「夜はおねむの時間テチ!」  その一家は昼食後の遊びタイムを終え、断熱効果のある段ボール(職員が自然な形で公園に放置し親実装が組み立てたもの)ハウスへと帰っていく。  楽園ではどこにでもある幸せな家族の風景。  彼女たちは明日も今日と変わらぬ楽しい一日が待っていると疑いなく信じている。  その帰宅途中に『ソレ』は襲い掛かった。 「ヂュアアアアアアアアアッ!?」  最後尾を歩いていた長女が突然奇声を上げた。  他の家族が振り返ると、長女の体に円盤状の何かが食い込んでいた。  その円盤は空を飛び、ものすごい速度で回転している。  動いている間は見えないが、その円盤の外周部には刃が取り付けられていた。  決して鋭利ではなく実装石の体ですら斬り裂くのに苦労する錆びた鈍い刃物が。  それが高速回転しつつじわじわと仔実装の体を切断していく。 「痛いテチィイイイイイ! ママ、ママァァァァ!」 「長女ォ! くそっ、なんデス、これは――痛デスッ!」  なんとか長女を助けようと円盤に近づく親実装だが、それに触れれば自分の手も傷つく。  結果、なすすべもない彼女の前で仔実装はじわじわと体を斬り裂かれ、やがて内蔵をまき散らして真っ二つになった。 「ヂュァァッ!」  下半身を失い動けなくなった仔を円盤はさらに執拗に切り刻む。  やがて、仔は偽石を砕かれて死亡した。 「ヂッ……マ、マァ……」 パキン 「テッチャァァァァ! こっちに来るテチィィィィ!」  長女を葬り去った円盤は続いて近くにいた二女に襲い掛かる。  これもまた時間をかけて肉体を切り刻み、確実に死に至らしめる。  それが終わればすでに遠くに逃げていた三女を追いかける。 「やめるデス! なんでこんなことするデス! やめてくださいデス!」  すぐ傍で仔が殺されているのに手も足も出せない親実装は血の涙を流しながら訴え続けた。  しかし、感情を持たない機械は親の言葉に心を動かされることはない。  すべての仔を殺し終えた刃付きの円盤――内部に仕込んだ偽石サーチシステムで実装石を見つけ出して無差別に殺戮する機械は、そのまま親実装へと襲い掛かった。 「デギャアアアアアアアアッ!」  仔よりは多少頑丈な親の肉体は、より長い苦痛をかけて切り刻まれていく。 「なんで……こんなことするデス……ワタシたちは何も悪いことしてない……デス……」パキン  やがてたっぷりと一分以上もかけて、親は細切れにされて死亡した。 「テッチャァアアアアア! 怖い円盤が来るテチィィィィl!」 「デスぅ! お願いだから止めてくださいデスぅ!」 「イタイ! 痛い痛いイタイテチィ! ママァ! タスケ――」 「死にたくないテチィ!」  俯瞰的に見てみれば、公園の至るとこで似たような殺戮が繰り返されていた。  機械は虐待を楽しむことも、凄惨な虐殺を厭うことも、生命に対する敬意や情も持っていない。  ただ、実装石を確実に見つけ出して殺す。  百近いこの殺戮機械が放たれた時点で、この実装石の楽園の滅亡は決定していた。 「ククク……バグシステムの調子は良好のようだな」 「はい。この調子ならあと三十分でこの公園からすべての実装石は死に絶えますよ」 「結構なことだ。いいか、仔一匹蛆一匹生き延びさせるんじゃないぞ」  ここは公園近くに止めた戦闘指揮車の中。  木下はヘッドマウントディスプレイを装着した桐野と会話をしていた。 「しかし、全滅が目的ならわざわざこんなすごい機械なんて使わなくても、コロリガスでも撒けば早かったんじゃないですか?」 「こいつは軍が極秘に開発中の新技術のテストも兼ねている。実地で試すわけにもいかないので、今や国内治外法権となっているこの双葉市は絶好の実験場なんだよ。それに加えて次に向けて必要なのは『より凄惨な殺戮現場』なのさ。愛誤派共をもっともっと発狂させるためにな」  虐待派の手による虐殺では取りこぼしがあるし、不特定多数の手を借りるのは秘密工作活動をしている彼らにとって情報漏洩のリスクが高い。  かといって虐待派ではない普通の人たちに生き物を凄惨に殺させるのは別の問題が生じる。  無人機による殺戮は殺し漏れもなく、誰の心も痛まない良い作戦であった。 「バグシステム。北西の段ボールハウス密集地帯に飛び込みました。公園内の残り実装石の数、25……22……17。親の手で狭い所に隠された仔が必死に抵抗してるみたいです」 「子バグ、ビーム、自爆特攻許可。なんとしてでも絶滅させろ。一匹残らずな」 「了解。……残り5……3……1……殲滅確認」  公園からすべての実装石がいなくなった。  楽園は無慈悲な殺戮機械によってわずか1時間足らずで滅亡したのだ。  木下は愉悦に緩みそうになる口元を隠しつつ、車のエンジンに火を入れた。 「残ったバグを回収後、次の公園へ向かう。今度は別の兵器を試すぞ」 「了解」    5 「ママァァァァァァl 怖いテチイィィィィィィ! タァスケテチィィィィィ!」 「やめるデス! 下ろしてあげてくださいデス! 仔が怖がってますデス!」 「あんな高さから落ちたら死んじゃうデス! なんでこんなことをするんデス!?」 「お前たちに慈悲はないデスかァァァァァ!」  建物中央に集まった生体実装たちは空を見上げながら大声で叫んでいた。  彼女たちの視線の先、上空には小型のドローンに捕縛された数百の仔実装がいる。  ここはかつて市民体育館だった施設である。  今は公園と同じように『楽園』のひとつと化していた。  明るいライトに照らされた建物内を無数に飛び交うドローンは、マニピュレーターの先端から分泌する実装ペタリで仔実装だけを捕え、十数メートルの高さで滞空し続けている。  やがて、その時は訪れた。  マニピュレーターからペタリハガシ剤が滲み、接着力を失った先端の異物が解き放たれる。 「テ……? テッチャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」  ふいに拘束が解け、数百の仔実装たちは一斉に地上へと落下する。  それはまさに子供の雨。  落ちれば待っている確実な死。 「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」 「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」 「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」「ヂッ」  未来を担う子供たちが、体育館のあらゆる場所でシミと化していく。 「デ……」パキン  あまりに凄惨な光景に、中にはショックで偽石を崩壊させる親実装もいた。  さっきまで幸せに暮らしていたのに。  いつものように空の灯りが消えて、また楽しい明日が待ってるはずだったのに。  ブーン……という聞き慣れない音が鳴ってハウスにあれが入ってきてから、ほんの数分ですべてが崩壊してしまった。 「チクショウデス! このっ、おまえら、コノッ!」  残った中には血涙を流して投糞する生体もいるが、空飛ぶ機会はそれを一顧だにしない。  糞を受けて誤作動することもなく再び地上近くに降り立つと、今度は下部に備え付けられた小型機銃で成体の掃討を開始した。 「デギャァァァァッ!」 「なんで……こんな……」  理解不能な殺戮。  会話も通じず、感情にも反応を見せない。  全身を穴だらけにした実装石たちの疑問の声は誰にも届くことはなく、自身の死によって意識もろともかき消された。    6 「えっぐ……流石に虐待派の俺もあれは引きますよ」 「古い漫画を参考にしてみた」  窓から撮影用ドローンを通して内部の様子を見ていた木下と桐野は、殺戮機械を回収するとすぐに次の現場へと向かった。  指揮車での移動中、派手な爆音を立てたバイクの群れを見かける。 「ヒャッハー! 糞蟲共は皆殺しだァ!」  モヒカンに肩パット、バールのようなものを装備した暴走族である。  桐野はハンドルを切ってそいつらから離れた場所を走行した。 「茂比の仲間……じゃないか。なんでしょう、あれ?」 「虐待連合とかいう地元のチームだろう。ククク……耳ざといというか、楽園の糞蟲たちの悲鳴を聞いて立ち上がったか。これまで溜まり続けた鬱憤を晴らして廻っているのだろうな」 「仲間ってことですか? 話をつけて協力させます?」 「いいや、言って聞く連中でもあるまい。分別の無い馬鹿共にはスケープゴートになってもらおう。精々好き勝手に暴れ廻ればいいさ」  派手にやり散らかす彼らの陰に隠れて、木下たちの今夜の活動は目立たなくなる。  そう考えれば彼らはおとりとして十分に役立ってくれるだろう。 「行くぜェ! 目指すは街はずれの森だ!」 「実装石の森を燃やせ!」  この夜、興奮した虐待派連中はいくつかの楽園を焼き討ちにする。  虐待虐殺そのものを楽しむ彼らは多くの殺し漏れを出すが、存分に警察の注意を引いてくれた。  翌日になって代表者の何人かが愛護法案を適用され裁判もなく見せしめにギロチンにかけられたが、それは木下たちの知ったことではない。     7 「さあて、憧れの双葉市にやってきたのはいいけど……」  終電間際の電車から降りて駅から出ると、あちこちからサイレンの音が聞こえてきます。  それに交じってバイクの音やヒトの叫び声も流れてきました。  まるで暴動中の途上国家みたいですね。  きっと木下さんたちが上手くやってるんでしょう。 「血が騒ぐっす、あねご。わたしも近くの公園を爆破してきていいですか?」 「だーめ。私たちはやらなきゃいけないことがあるんだから、大人しくしててね。B子ちゃん」  本当なら私だってゆっくり双葉市観光でもしたいところなんですけどね。  さすがにもう夜中ですし、木下さんに頼まれた仕事をこなさなきゃなりません。 「謎の研究機関に侵入して秘密を探り出せ! だっけ? なんだかスパイ映画みたいねえ」 モグモグ 「テチャアアアア! 食べないで! ワタシを食べないテチィィl」  落ち着いた声でそう言う那磨さんは、どこで拾ったのか野良の実装ちゃんを食べながら、私の隣を歩いていました。  この人は拾い食いをしちゃいけませんって小学校で習わなかったんでしょうか?  それにしても、夜中に道端を野良の実装ちゃんが歩き回ってるなんて、YH市では絶対にありえない光景です 。  さすが実装ちゃんの聖地。  私もなんだかテンションが上がってきました。 「でもあねご、よくこんな仕事を引き受けましたね。糞蟲共の聖地から糞蟲を根絶やしにするなんて、あねごは絶対に反対すると思ってました」 「うん。まあ、ちょっとね」  私が今回木下さんに協力した理由はいくつかあります。  報酬としてダビングした黒の章のコピーをもらえるとか、聖地が滅ぶときに実装ちゃんたちはどんな可愛い姿を見せてくれるか楽しみとかありますが…… 「個人的に、どうしても始末をつけなきゃいけないから」  私はスマホを取り出し、アマゾンプライムフォトをスクロールさせて、一枚の画像を画面に表示させました。  そこに映っているのは幼いころの私。  そして、その隣で笑顔を見せる、紫色の服を着た三角定規眼鏡の女性――                                    つづく    【今日のひとこと】    ちょっと遅くなってごめんね☆                            by作者代理・桐野妹